佛說琉璃王經
西晉月氏國三藏竺法護譯
西晋・月氏国・三蔵竺法護訳
聞如是:
私はこのように聞きました。
一時,佛遊迦維羅衛釋氏精舍,尼拘類樹下,與五百比丘、侍者阿難、金剛力士樓由俱。
ある時、お釈迦さまはカピラヴァストゥの釈迦族の精舎、ニグローダ樹の下におられました。五百人の比丘たち、侍者の阿難、金剛力士の楼由と共に。
於城中有舍夷貴姓五百長者,共為世尊造立講堂,自相興誓:「講堂成已,當請正覺於上設供,沙門、梵志、長者居士、群黎人民,不得先佛妄昇此堂;若違要者,罪在不測。」
都の内に、舎夷という高貴な姓を持つ五百人の長者がおり、共に世尊のために講堂を建立し、互いに誓いを立てました。「この講堂が完成したならば、正覚者(仏陀)をお招きし、その上で供養を行おう。沙門、梵志、長者、居士、一般の人々は、仏陀に先立ってこの堂に妄りに昇ってはならない。もしこの約束に背く者がいれば、その罪は計り知れないものとなる。」
舍衛國王,時有太子名維樓黎——產育之初,與琉璃寶俱,因以為號——領衛士定省外氏,方來入城,見視講堂,高廣嚴淨,都雅殊妙,世所希有,則於其上,頓止息涼。
舎衛国の王に、太子がいた。名は維楼黎といった。生まれた時、瑠璃の宝と共に現れたので、その名がつけられた。
ある時、太子は衛士を率いて母方の実家を訪ね、帰りに城に入ろうとした。その途中、一つの講堂を見かけた。高く広く、厳かで清らか。優雅で格別に美しく、世にも稀な建物だった。太子はその上に立ち寄り、ひととき涼をとって休んだ。
監講堂者,往白諸貴姓言:「舍衛太子來止講堂。」貴姓聞之,興怒罵曰:「吾等家產。有何異德,敢登此堂?本造斯殿,乃為佛舉,當具上饌,延屈世尊至真聖眾,供養畢訖,然後吾等乃宜自處;而微者前尊,置體于此。」尋遣使者面罵辱之,催逐發遣,令不久滯,所蹈之地,剗去足跡,所履寶階,輒更貿易。
監講堂の者は、急いで貴族たちのもとへ行き、「舎衛の太子が講堂に来ております」と告げました。貴族たちはこれを聞くと、怒りを爆発させて罵りました。「我々の家の財産で建てたこの堂に、何の特別な徳があって、あのような者が登ることを許すのか?そもそもこの殿堂を建てたのは、仏様をお招きするためだ。上等の食事を整え、世尊と聖なる僧たちをお招きして供養を終えた後、初めて我々が使うべきものだ。それなのに、身分の低い者が先に堂に入り、その身を置くとは何事か!」
すぐに使いの者を遣わして、太子の面と向かって罵り辱め、追い立てて立ち去らせ、一刻も留まらせないようにしました。太子が踏んだ地面は、足跡を削り取らせ、太子が歩いた宝石の階段は、すぐに取り替えさせました。
時,琉璃太子聞其罵音,姿色變動,心懷毒恚,勅太史曰:「深憶記之,須吾為王,當誅此類。」太史阿薩陀(晉名無信)能觀天文、占究災怪,令書此狀內于帶中,俠惡識非,嚴退還歸,不復前至朝覲外家。
その時、琉璃太子はその罵りの声を聞き、顔色を変え、心に毒のような怒りを抱き、太史に命じて言った。「深く覚えておけ。私が王となった時、この類いの者を必ず誅するから。」太史の阿薩陀(晋の名では無信)は天文を観察し、災いや怪異を占うことができ、この様子を帯の中に記録させた。悪しき縁を避け、厳かに退いて帰り、二度と外戚の朝覲には赴かなかった。
太子父王名波斯匿,與后末利,駕乘導從,詣祇樹園。下車却蓋,免冠解劍,屏拂脫屣,除四種兵。步涉小徑,與末利俱,五體投地,稽首為禮,却坐一面。
太子の父、波斯匿王は、后の末利夫人とともに、従者を連れて祇樹園へと向かわれました。 車を降り、傘を置き、冠を脱ぎ、剣を外し、侍従を退け、四種の兵士たちを残して、 小道を歩きながら末利夫人と共に進まれました。 そして、五体を地に投げ出し、深く頭を下げて礼を尽くし、一隅に着座されました。
琉璃太子時歸還宮,無所瞻覩,問左右曰:「父王、太后今為所湊?」曰:「造佛。」
太子聞問,欣率所領,不復解嚴,遂至精舍,曰:「宜知是時。」
太子はこれを聞き、喜んで配下を率い、警戒を解くこともなく、すぐに精舎へと向かい、こう言いました。「今こそその時であると知るべきです。」
於是,太子逼害翼從、王之近臣,五百餘人,一時夷滅,却王冠幘蓋劍拂履服乘諸飾,外無白者。
そこで、太子は王の側近である五百人余りの護衛たちを追い詰めて害し、一瞬にして滅ぼしてしまいました。王の冠や頭巾、傘、剣、払子、履物、衣服、乗り物などの飾りをすべて奪い取り、外には誰も報告する者はいませんでした。
於時,世尊為王及后說世無常、愛欲合、會別離法句,王立不退轉,后得覩道迹。佛說經已,王稽首退,不見侍輔,而僵尸狼籍,唯王衣冠二人得免,逃入樹間,還與王遇。王問之曰:「群僚所在?」二人答曰:「太子率勒所統,脇將還宮。」
その時、世尊は王と后に、世は無常であり、愛欲は合わず、会うものは必ず別れるという法の句を説かれました。王は不退転の境地に立ち、后は道の跡を見ることを得ました。仏が経を説き終えられると、王は頭を地につけて礼拝し、退出しました。しかし、侍従や補佐の者たちの姿は見えず、ただ死体が乱れ倒れているばかりでした。王の衣冠をまとった二人だけが難を逃れ、木々の間に隠れていました。彼らは王のもとに戻り、王に出会いました。王は彼らに尋ねました:「群臣たちはどこにいるのか?」二人は答えました:「太子が率いる軍勢に脅かされ、宮殿に連れ戻されました。」
王謂末利:「子造不順,謀逆如斯。素知此,吾當避,以國付,之精舍。」左有族姓,愍王及后體柔狀樂不堪步,濟以車乘,弊陋難處,遂昇進邁至于城門。
王は末利に言われた。「息子は不従順で、このような謀反を企てた。以前からこれを知っていたので、私は退き、国を彼に譲り、精舎に身を寄せよう。」 左側には一族がいて、王と王妃の体が柔らかく、楽を好み、歩くことができないのを憐れみ、車に乗せて助けた。粗末で住みにくい場所であったが、遂に進み、城門に到着した。
先時,太子列五百人置門鎮衛,勅門監曰:「若父王來,勿聽使入。」王曰:「若不得入,吾將焉如?」曰:「詔大王當令出境。」
かつて、太子は五百人の兵士を門に配置して守らせ、門番にこう命じました。「もし父王が来られたら、中に入れないようにせよ。」王は言いました。「もし入れないなら、私はどうすればよいのか?」太子は答えて言いました。「大王には国を出るようお命じします。」
時,王波斯匿涕泣哽噎,以偈歎曰:
その時、波斯匿王は涙を流し、声を詰まらせながら、偈をもって嘆いて言った。
「誠哉世尊教, 所演審而諦,
興衰與貴賤, 一切無常住。
寧守戒念道, 不貪厚俸祿,
僥聞講法會, 不願億國土。
王據國恣情, 饕穢遑所欲,
聞法蒙解脫, 塵垢用消除。」
「まことに世尊の教えは、説かれることがらが深く真実である。 栄えることも衰えることも、身分の高いことも低いことも、すべては永久には続かない。 むしろ戒を守り、道を念じて、厚い俸禄を貪らないことだ。 法を説く会を聞くことを願い、億万の国土をも願わない。 王が国を支配し、欲のままに振る舞い、貪り汚れて、欲しいままにふるまう。 法を聞いて解脱に至り、塵や垢が取り除かれる。」
爾時,觀者無數千人,聞王歎音,八百人發大道意,皆立不退,轉憂色不悅。王后末利白王曰:「幸勿愁憒,可共俱逝還我父國。」即便進發,七日七夜,到迦維羅衛兜薩聚,值冥門閉,亦不得入。各共飢渴,無所向仰,求乞無地,止於水傍人洗菜處,得迸蘿蔔食之,臚脹腹痛而薨。
その時、見物人たちは数千人にもなり、王の嘆きの声を聞いて、八百人が大いなる悟りへの志を起こし、皆不退転の境地に立ち、悲しみの表情を浮かべて喜ばなかった。王后の末利は王に申し上げた。「どうか憂い悩まないでください。一緒に私の父の国へお帰りになりましょう。」そしてすぐに出発し、七日七夜かけて迦維羅衛の兜薩聚に着いた。ちょうど日が暮れて門が閉まり、入ることができなかった。皆は飢えと渇きに苦しみ、頼るものもなく、物乞いをする場所もなく、水辺の人が野菜を洗う場所で止まり、はじけた大根を食べたが、腹が張って痛み、亡くなった。
王后悲慟,舉聲大哭,守聚者問曰:「何人乎?」曰:「吾王后也。」又問:「王為在何乎?」后曰:「痛哉!王薨水側。」
王妃は悲嘆に暮れ、声をあげて泣き叫びました。見張りの者が尋ねました。「どなたですか?」「私は王妃です」と答えました。さらに問われました。「王様はどこにおられますか?」王妃は言いました。「ああ、悲しいことに、王は水辺で亡くなられました。」
聚守門者即馳白舍夷諸貴姓,貴姓聞凶,奔波驚愕,尋皆來,出賵贈殯棺,闍維如法,咸皆號悼,莫不摧感。
門番が急いで舎夷の諸貴族に知らせると、貴族たちは凶報を聞き、慌てて駆けつけ驚愕した。やがて皆が集まり、葬儀の贈り物を出し、棺を整え、法に従って荼毘に付した。皆が嘆き悲しみ、心を痛めない者はいなかった。
爾時,貴族釋摩男者,瞿夷之父也,與諸豪右,以偈歎曰:
その時、貴族の釈摩男(瞿夷の父)は、諸々の有力者たちと共に、次の偈をもって讃嘆した。
「有子有財思惟波波, 我自非我何有子財,
愚癡自怙豪尊有終, 太子用國殪入地獄。」
「子や財産があれば、あれこれと悩むものだ。 そもそも自分さえ本当の自分ではないのに、どうして子や財産が自分のものと言えようか。 愚かさに執着し、権勢を誇る者にも終わりは訪れる。 王子が国を治めながらも、やがて地獄に堕ちるように。」
釋氏貴姓二百五十,深惟無常,得不退轉。五百女人,未出家者,得不起法忍。
釈氏の貴姓二百五十人は、深く無常を観じ、不退転を得ました。五百人の女人で、まだ出家していない者たちは、不起法忍を得ました。
於是,琉璃太子聞父王薨,即在殿稱制為王。異道太史出帶中書,證案本狀記惡之忌。聞之大怒,心意憤踊,召四種兵,伐迦維羅衛。
そこで、瑠璃太子は父王が亡くなられたと聞くと、すぐに宮殿で即位して王となりました。異教の太史が帯の中から文書を取り出し、過去の悪しき記録を証拠として示しました。それを聞いた太子は激怒し、心が憤りに燃え上がり、四種の兵を召集して、迦毘羅衛を攻めました。
佛知其意,從精舍出,止于路要,坐於荄枯樹下。斯須之頃,太子軍至。
仏はその心を知り、精舎を出て、道の要所に立ち止まり、枯れかけた木の下に座られた。しばらくして、太子の軍勢が到着した。
時,琉璃王遙見世尊,即便下象車,稽首于地,長跪問佛:「唯,天中天!有菩提附差、尼拘類、畢鉢、優曇鉢、薩羅、怛羅、揵尼赦羅,有此七樹,其蔭高大,有德茂盛,何因棄捨,處枯槁多刺樹耶?」
その時、瑠璃王は遠くから世尊をご覧になると、すぐに象車から降り、地に額をつけて礼拝し、跪いて仏に尋ねました。 「おお、天の中の天よ! 菩提樹、尼拘律樹、畢鉢羅樹、優曇鉢羅樹、沙羅樹、多羅樹、乾闥婆羅樹、この七つの樹木は、その陰が高く広く、威徳に満ちて繁茂しております。 どうしてそれらをお捨てになり、枯れていて棘の多い樹の下におられるのですか?」
佛告琉璃王:「雖有七樹,樹蔭茂盛,盛豈有常?吾坐刺樹,以為安隱,用哀愍傷親屬故也。」
仏は瑠璃王に告げられた:「七本の樹はあれども、その木陰は茂り栄えていても、その繁栄は永遠であろうか。私は茨の木の下に座り、安らぎを得ている。それは親族を哀れみ、その傷みを思いやるがゆえである。」
王心念言:「先古所載,藏室祕讖,用兵征旅遇沙門者,轉迴軍還,況今值佛,焉得進乎?」稽首佛足,即便反旅。
王は心に思った。 「古の記録に伝えられ、秘蔵の書に記された予言には、 軍を進めて沙門に出会えば、軍を返すべきとある。 まして今、仏に遭うとは、どうして進むことができようか。」 こうして王は仏の足に額をつけて礼拝し、直ちに軍を引き返した。
還于舍衛來日未久,侍者阿難、力士樓由,翼從世尊還尼拘類園,令阿難敷座,宣告四輩,皆令集會。時佛尊顏姿容無燿,項無光明,衣服變色。阿難察坐已定,則整衣法服,右膝投地,叉手白言:「侍尊積年,未覩三變。」
釈尊が舎衛城に戻ってまだ間もない頃、侍者の阿難と力士の楼由が、世尊を護衛して尼拘律園に帰還した。阿難に座を敷かせ、四衆に告げて皆を集めさせた。
その時、仏の尊顔は輝きを失い、頂には光明がなく、衣の色も変わっていた。阿難は座が整ったのを見ると、衣を整え、右膝を地につけ、合掌して申し上げた。
「長年お仕えしてまいりましたが、このような三つの変化は初めてでございます。」
佛告阿難:「却數七日,迦維羅衛釋氏貴姓,皆當傷斃。現斯變者,為中家持服故也。」
仏は阿難に告げられた:「七日を数えると、カピラヴァストゥの釈迦族の高貴な家系の人々は皆、傷つき命を落とすだろう。この変化が現れるのは、中流の家が喪に服するためである。」
大目揵連前白世尊:「是何足言?我之神力,正覺所究,能以右掌,舉舍夷國,跳置空中,上不至天,下不至地,琉璃王殺焉能得乎?」
大目揵連が世尊の前に進み出て申し上げました。 「これは何も大したことではありません。 私の神通力は、正覚によって究められたものであり、 右手の掌で舎夷国をすくい上げ、空中に投げることができます。 上は天に届かず、下は地に触れず、そのまま宙に浮かべておけば、 瑠璃王がどうして殺害などできましょうか?」
佛告目連:「知汝威德,過足如斯,宿命之罪,誰當代受?」
仏は目連に告げられた:「汝の威徳を知る。これほどまでに優れているが、宿命の罪は誰が代わって受けるというのか?」
又曰:「能以鐵文籠,䟽遮此國,上又以鉢覆,使無形候,擲置他方異土;又以四披須彌山,南內著于山,然後合之,各得所安;又大海水,深廣之量,三百三十六萬里,我以此國,浮置中央,令諸人民無往來想;又一以此國,倚須彌山頂,復能倒覆,令無毀害;又下沒之金剛地際,又打擲于琉璃王眾四種之兵,置大鐵圍山表,使兩怨敵不相討伐。」
また言われた。「鉄の文様の籠でこの国を覆い、その上を鉢で覆い隠し、姿形を見えなくして、遠く異なる土地へ投げ捨てることができる。また、四つの須弥山を引き裂き、南の山の中に納め、その後で合わせて、それぞれが安らぎを得るようにすることができる。また、広大で深い大海の水、その深さと広さは三百三十六万里に及ぶが、私はこの国をその中央に浮かべ、人々が往来を思わないようにすることができる。また、この国を須弥山の頂に寄りかからせ、さらにひっくり返して、何の損害も与えないようにすることができる。また、金剛の地の果てまで沈め、また琉璃王の四種の軍勢を打ち払い、大鉄囲山の外に置いて、二つの敵が互いに争わないようにすることができる。」
佛言:「善哉!世尊信汝,此十威力,能辦此舉。舍夷貴戚,宿世殃罪,孰堪畢償而代受者?」
仏は言われた。「善きかな、世尊は汝を信じておられる。この十の威力をもって、この挙を成し遂げることができる。舎夷の貴戚たちの宿世の罪業を、誰が代わって償い、受け止めることができようか。」
阿難白佛:「寧有譎詭,祐護此國,令安隱乎?」佛言:「若舍夷人能同心,不與外讎有往來緣,國可全也。」
阿難が仏に尋ねました。「この国を守り、安らかにするような不思議な力はないでしょうか。」 仏は答えられました。「もしシャカ族の人々が心を一つにして、外部の敵と関わりを持たなければ、国は守られるでしょう。」
太史三諫:「王宜用時進討舍夷。」王聞赫怒,興軍勒眾。世尊知之,還坐枯樹。如是至三,王亦三還。
太史は三度諫めて言いました。「王よ、今こそ時を捉え、進軍してシャカ族を討つべきです。」王はこれを聞いて激怒し、軍を起こし兵を整えました。世尊はこれを知ると、枯れた樹の下に座り直しました。このように三度繰り返すと、王もまた三度引き返したのでした。
第四征時,佛不遂屬,精銳四品之兵,到舍夷國界。釋氏豪姓,又亦多集,眾出而禦之。族黨驍勇,強盛善射,射四十里者、射二十里者、十里者、七里者任其本德,御飛破初,箭不虛發,能析一髮,以為七分,去有里數射盡中之,尋聲應弦,曾無遺漏。於是交戰,射琉璃王軍,穿幡折幢,裂蓋摧杠;截轅𩌹攝,決鎧帶韅;絕弓弩弦,不害象馬牛畜之命;射珥臂指環釧瓔珞,而不中肌;翦除鬚髮左右眉鬚髮毛睫,亦不害體。
第四の征討の時、仏は従わず、精鋭の四品の兵を率いて舎夷国の国境に至った。釈迦族の豪族たちもまた多く集まり、軍勢を出してこれを防いだ。一族の者たちは勇猛で、強盛で、弓術に優れ、四十里を射る者、二十里を射る者、十里を射る者、七里を射る者、それぞれの能力に応じて、飛ぶ矢を防ぎ、最初の矢を破り、矢は空を射ず、一本の髪を七分に分けることができ、距離があってもすべて的中させ、音をたよりに弦に応じ、決して漏らすことはなかった。そこで戦いが始まり、瑠璃王の軍を射て、旗を貫き、幢を折り、蓋を裂き、杠を砕き、轅を断ち、鎧の帯を断ち切り、弓弩の弦を絶ち、象や馬、牛などの命を害することなく、耳飾りや腕輪、指輪、首飾りを射て、肌には当てず、髭や髪、左右の眉やまつ毛を切り落とし、体を害することもなかった。
琉璃怖駭,問臣下曰:「敵去此幾何?而箭所至傷毀若茲。」答曰:「或四十里、二十里、十里,近者七里。」
琉璃王は驚き恐れて、家臣たちに尋ねました。「敵はここからどれほど離れているのか?それなのに矢が届いて、このように傷つけ破壊されるとは」家臣たちは答えました。「遠いところで四十里、二十里、十里、近いところでも七里はあります」
王聞加悸,不能自寧,將破敵軍,即悸退還。太史諫曰:「大王莫懼!慎無敗却。舍夷人民,皆奉佛戒,為清信士,慈仁不殺,以箭恐人,無傷害意,寧自喪身,不夭生命。且更整陣,併心撲討,將牢持重,尅捷不久。」
王はこの報告を聞き、不安で落ち着かず、敵軍を打ち破ろうとしたが、すぐに恐れをなして退却した。太史が諫めて言った。「大王、どうか恐れないでください。決して退却してはなりません。舍夷の人々は皆、仏の戒めを守り、清らかな信心を持つ者たちです。慈悲深く、殺生をせず、矢で脅かすのは、人を傷つける意図ではなく、むしろ自らの身を犠牲にしても、生命を奪うことはありません。どうか陣を立て直し、心を一つにして攻め立ててください。しっかりと慎重に構えれば、勝利は遠くないでしょう。」
諸臣啟曰:「察敵軍射,陷遠無形,非力所距,懼被摧折,永令臣等為糜戮之,慮箭不可當,置時據安,小史之謀,不足專從,各各心動,志在迸徂。」王大奮怒,催勅進戰。
家臣たちは申し上げました。「敵軍の矢は、遠くから姿も見えぬほどに射込まれ、力では防ぎきれません。我々は打ち砕かれることを恐れ、永久に臣下どもが粉々に討ち取られることを案じております。矢は到底防ぎようがなく、今は安全な場所に身を置くべきです。小役人の浅はかな考えに従うだけでは足りず、一人ひとりが心を動かされ、逃げ去ろうとしています。」王は大いに怒りを奮い起こし、進軍して戦うよう厳しく命じました。
舍夷外眾,奔走保城,閉門自固,列陣圍繞。至于七日,示悟去就,招懷誘納,唱令內寇,宜時歸命,若不出降,殄滅爾類。
城の外の民衆は、慌てて城に逃げ込み、門を閉ざして固く守り、陣を敷いて周囲を囲みました。七日が経つと、進退を悟らせ、懐柔して受け入れを誘い、内側から敵を招くよう呼びかけました。「今すぐ降伏すべきだ。もし降伏しなければ、お前たちの類は滅びるだろう」と。
釋氏共議,當堅城守禦當閉門稽顙,當密潛奔竄,躊躇狼狽,則各賦籌,驗定眾心。受籌者多,不受者少,以少從多,開門助惡成禍,內與外應,欲令敵勝。勸善者少,得開門入,入挌殺門衛五百人,斬害不訾,生縛貴姓三萬人,埋著于地,但令頭現,驅迫群象,比足蹈殺,然後駕犁而耕其首,值此酷者,皆須陀洹。
釈迦族の者たちは協議し、城を堅く守り、門を閉じて敵を迎え撃つべきか、それとも密かに逃げるべきかと、狼狽しながら躊躇した。そこで各自が票を投じ、多数決で皆の心を確かめることにした。票を投じた者は多く、投じなかった者は少なかった。少数が多数に従い、門を開いて悪を助け、災いを成すことになった。内と外が呼応し、敵を勝利させようとしたのである。善を勧める者は少なく、門を開いて敵を入れてしまった。敵は門の守衛五百人を斬り殺し、数え切れないほどを害し、貴族三万人を生け捕りにして地面に埋め、頭だけを出させた。群れをなす象を駆り立て、その足で踏み殺させ、その後、鋤で彼らの頭を耕した。この残酷な目に遭った者たちは皆、須陀洹果の聖者たちであった。
釋摩男者,波斯匿之舊好也,自謂國人:「諦觀無常,苦毒之對,宿罪當償,勿懷怨恨,生現尋死,存者忽終,若干之痛斧解五杌。」喟然悲歎:「食福同時,而受禍一處。」
釈摩男は、かつて波斯匿王の親しい友人でした。彼は人々にこう言いました。
「よく観察しなさい。この世は無常であり、苦しみと毒は必ず対となって現れる。過去の罪は償わなければならない。恨みを抱いてはならない。今生きている者もすぐに死に、存在するものも突然に終わる。さまざまな苦痛が、まるで斧が五つの木を切り倒すように、容赦なく襲いかかるのだ」
彼は深く嘆き、悲しみながら言いました。 「同じ時に福を享受していた者たちが、今や一つの場所で禍を受けるとは」
豪族七萬餘生,復見生獲,鐵鎖其頸。貴姓女千人,以鎖貫之,羅竪道側。貴姓年少嬰兒,置于格上,而射殺之。
豪族七万余人は、再び捕らえられ、鉄の鎖で首を繋がれた。貴族の娘千人も鎖で貫かれ、道端に並べられた。貴族の幼い子供たちは、檻の上に置かれ、矢で射殺された。
時琉璃王,見釋摩男與眾辛苦,顧謂臣曰:「是何人乎?」答曰:「釋摩男。釋摩男之來,欲有所乞。」王曰:「現之。」
その時、瑠璃王は、釈摩男が苦しむ群衆を見て、臣下に尋ねました。「あれは誰か?」臣下は答えました。「釈摩男です。釈摩男が来たのは、何かお願いがあるためでしょう。」王は言いました。「彼をここに連れて来い。」
釋自陳曰:「王之大王!存遇隆厚,聽納所啟,當具以聞。」王識委曲,恣其所說。「願節威怒,唯權止兵,無令放逸,多所殘害。我入池中,斯須當還,與王密議立見策也,待我出水,乃復燿旅。」王心與口言:「人在水中,勢不得久。」即聽所白。
王よ、大王よ。あなたは私を厚く遇し、私の申し上げることを聞き入れてくださる。どうかすべてを聞いてください、と、亀は申し上げました。
王は事情を理解し、亀に自由に語らせました。
「どうか怒りを鎮め、兵を一時止めてください。無闇に暴れさせて、多くの命を害することのないように。私はこの池に入り、すぐに戻って参ります。王と密かに相談し、すぐに策を立てましょう。私が水から上がるまで、どうか軍を留めておいてください」
王は心の中で、口に出して言いました。「水中にいる者は、長くは居られぬものだ」そして、亀の願いを聞き入れました。
於是摩男,為國人民遭大厄故,辭行入池,解髮繫樹,自沈于水,良久不還。王大怪焉,遂遣左右,往求料索,於樹根下,得其尸喪,出殯池側。王甚憐之,有慈哀心:「用門族故,自沈而死,其義若茲。吾為國主,不忍小忿,豈當急戰,使所害彌熾乎?」
前三億人畢對併命;次三億人蒙自次之,救得皆視息,奔突走脫,得全濟命;又三億人,修家供養,歡宴熙怡,伎樂自娛,不知外有併命之厄,亦不聞有奔波之怖,安雅如常,一無所豫。
琉璃王厚葬摩男,存寵其後,王平舍夷更立長,安慰畢訖,還舍衛國。
佛與弟子至迦維羅衛,見諸人民傷殘者多,又察眾女人,杌無手足耳鼻支體,身形裸露,委在坑塹,無用自蔽,世間苦痛如是,不仁之人,相害甚酷。
佛言諸比丘:「彼琉璃王,肆意惡逆,罪盛乃爾,却數七日,有地獄火,當燒殺之,現世作罪,便現世受。」
大史奏讖,怪與佛同,王大恐怖,乘船入海,冀得自免,停住海中。至于七日期盡,水中則有自然火出,燒船及王,一時灰滅。
世尊哀愍諸裸露者,即以威神動忉利天紫紺之殿,帝釋及后、首耶之等,無數天子各齎天衣,俱供來下,以服覆遍裸露厄者。
佛為眾女而說偈曰:
「諸仁目所見, 現在變如是,
畢故莫造新, 後可長度脫。」
佛歎偈已,復為說法。諸來觀者,天、龍、鬼神、阿須倫、迦留羅、真陀羅、摩休勒、梵志、居士、長者、人民,無央數千聞佛所說,五百比丘漏盡意解;五百梵志、其餘現人,見國荒毀傷殘之痛,出家遵道,皆為沙門;五百天子,立不起法忍;二百阿須倫、千龍王,皆發無上正真道意;溝坑五杌裸形男女,命盡得上生忉利天;千五百人得見道迹;千人得不還證。
佛說此已,一切遍聞,稽首而退。
佛說琉璃王經