佛說浴像功德經
仏説浴像功徳経
大唐天竺三藏寶思惟譯
大唐インド三蔵宝思惟訳
如是我聞:一時,薄伽梵在王舍城鷲峯山中,與大苾芻眾及與無量諸大菩薩摩訶薩俱。爾時,會中有一菩薩,名清淨慧,作是思惟:「以何因緣諸佛如來得清淨身?」又復念言:「若佛在世親近供養,及滅度後供養舍利,此二種人所獲福德功德齊不?」作是念已,承佛威神從座而起,頂禮佛足,白言:「世尊!諸佛如來以何因緣得清淨身?若佛在世親近供養,及滅度後供養舍利,此二種人所獲福德其功等不?」
如是我聞。ある時、世尊は王舎城の霊鷲山に、多くの大比丘たちや、無数の大菩薩たちと共におられた。そのとき、会の中に清浄慧という名の菩薩がいて、こう考えた。「どのような因縁によって、諸仏如来は清らかな身を得られたのだろうか。」また、「仏が在世のときに近づいて供養することと、滅度の後に舎利を供養することと、この二つの行いによって得られる福徳や功徳は同じであろうか」と心に思った。こう考えた後、仏の威神力によって座から立ち上がり、仏の足に頭を礼して申し上げた。「世尊よ、諸仏如来はどのような因縁によって清らかな身を得られたのですか。また、仏が在世のときに近づいて供養することと、滅度の後に舎利を供養することと、この二つによって得られる福徳と功徳は同じでしょうか。」
爾時,世尊告清淨慧菩薩言:「善哉,善哉!汝今乃能為未來世諸眾生故,發如是問。汝當善聽,我今為汝分別解說。」
その時、世尊は清浄慧菩薩に告げられた。「善きかな、善きかな。汝は今、未来世のすべての衆生のためによくぞこの問いを発してくれた。よく聞きなさい。今まさに、汝のために詳しく説き明かそう。」
爾時,清淨慧菩薩白佛言:「唯然。世尊!願樂欲聞。」
その時、清浄慧菩薩が仏に申し上げました。「はい、世尊よ。どうかその教えを聞かせてください。心から願い、喜んでお聞きいたします。」
佛告清淨慧菩薩言:「諸佛如來為求菩提,於往昔時所修三昧、戒定忍辱智慧、慈悲喜捨、解脫、解脫知見,力、無所畏、一切佛法、一切種智,悉皆清淨,是故如來得清淨身。又以華香幡蓋而以供養;復以香水浴如來身;復以寶蓋彌覆其上;以諸飲食鼓樂弦歌讚詠如來;以此功德迴向一切種智,所得功德無量無邊,乃至得成無上菩提。何以故?如來智慧無量無邊不可思議,所有福德亦復如是!
仏は清浄慧菩薩に告げたまわく、「諸仏如来は菩提を求めるがゆえに、過去世において修めた三昧、戒・定・忍辱・智慧、慈悲喜捨、解脱、解脱知見、力、無所畏、すべての仏法、すべての種智は、すべて清浄である。それゆえに如来は清浄な身を得たのである。また花や香り、幢や蓋をもって供養し、さらに香水をもって如来の身を浴せ、また宝の蓋をもってその上を覆い、種々の飲食や太鼓・楽器・弦歌をもって如来を讃嘆した。この功徳をすべての種智に回向したことで、得た功徳は限りなく広大であり、ついには無上の菩提を成就するに至ったのである。なぜならば、如来の智慧は限りなく広大で思議の及ばないものであり、すべての福徳もまた同じくそのようであるからだ。」
「清淨慧!我滅度後有二種舍利:一者、法身,二者、化身。若善男子,善女人等,供養舍利,造佛形像如大麥等,造塔如菴羅果,表剎如針、蓋如浮萍;持佛舍利,如芥子大安置其中,所得功德,如我在世等無差別。
清淨慧よ、私がこの世を去った後、舎利(遺骨)には二種類ある。一つ目は仏法そのものである法身、二つ目はこの世に現れた姿である化身である。善き男子や善き女子たちが、仏舎利を供養し、大麦ほどの大きさの仏像を造り、アーンマンゴーのような形の塔を建て、塔の先端には針のような飾りを付け、葢は水面に浮かぶ浮き草のような形にし、その僧塔の中に、芥子の実ほどの小さな仏舎利であっても安置して供養するならば、得られる功徳は、私がこの世に生きていたときに供養したのとまったく同じで、何の違いもないのである。
「如是之人得十五種功德:一者、得淨念心。二者、得順法心。三者、得慚愧心。四者、得見如來。五者、發淨信心。六者、能持正法。七者、如說修行。八者、得親近諸佛。九者、諸佛國土隨意受生。十者、若生人中生大姓家,其心柔軟人所敬重。十一者、纔生人中得念佛心。十二者、諸魔軍眾不能惱亂。十三者、於末法時能護正法。十四者、常得十方諸佛如來恒加覆護。十五者、速得成就五分法身。」
「このような人は十五の功德を得ます。第一に、清らかな念の心を得ます。第二に、法に従う心を得ます。第三に、慚愧の心を得ます。第四に、如来を拝見することができます。第五に、清らかな信心が生まれます。第六に、正しい法を保つことができます。第七に、説かれた通りに修行します。第八に、諸仏に親しく近づくことができます。第九に、諸仏の国に思いのままに生まれることができます。第十に、人として生まれるならば、大きな家系に生まれ、その心は柔らかく、人々に敬われます。第十一に、人として生まれたばかりで、念佛の心を得ます。第十二に、諸々の魔の軍勢は悩ませ乱すことができません。第十三に、末法の時においても正しい法を護ることができます。第十四に、常に十方の諸仏如来の加護を受けます。第十五に、まもなく五分法身を成就します。」
爾時世尊而說頌曰:
その時、世尊は次のように詩句を説かれました。
「若以清淨心, 於如來滅後,
供養舍利者; 或造於塔廟,
及如來形像; 於彼塔像前,
掃塗漫陀羅, 以種種花香,
散布於其上, 以諸妙香水,
而浴於佛像, 上妙諸飲食,
淨持以供養, 讚禮佛功德。
無量難思議, 智慧及神通,
諸善巧方便, 悉皆到彼岸。」
もし清らかな心をもって、如来の滅後の後(に供養するならば)、舎利に供養する者、あるいは塔や寺院を建てる者、また如来の姿を描いた像を(造る者)、その塔や像の前で、曼荼羅を掃き清め整え、さまざまな花や香りをその上に散布し、さまざまな妙なる香水で仏像を浴せ、上等なさまざまな飲食を清らかに整えて供養し、仏の功徳を讃え礼拝する。その功徳は量り知れず、思いもよらないものであり、智慧や神通力、さまざまな巧みな方便も、すべて彼岸に到達するのである。
爾時,清淨慧菩薩聞佛世尊說是頌已,而白佛言:「世尊!若佛在世及滅度後未來世中,諸眾生等,云何浴像?唯願如來為眾生故,開示演說。」
その時、清浄慧菩薩は仏世尊がこの偈を説かれたのを聞いて、仏に申し上げました。「世尊よ、もし仏が世に在しまして、また入滅された後の未来の世において、あらゆる衆生がどのようにして佛像を沐浴させるべきでしょうか。どうか如来が衆生のためにお示しくださいますよう、説き明かしてください。」
佛言:「清淨慧!如佛在世,諸眾生等發起淨心,於佛滅後亦應如是,不作執空有想,於諸善品心懷渴仰不生疲厭,何以故?為成就如來法報身故。我已曾為汝說四真諦法、十二因緣、六波羅蜜,我今為汝說浴像法,諸供養中最為殊勝。
仏がおっしゃった。「清淨慧よ!仏が世に在します時、諸々の衆生が清らかな心を起こすように、仏が滅度された後においても、また同じようにすべきである。空や有に執着する考えを起こさず、諸々の善い教えに対して心から渇望し敬いの念を抱き、疲れたり厭いたりすることがあってはならない。なぜかと言えば、如来の法身と報身を成就するためである。私はすでにあなたのために四諦の法、十二因縁、六波羅蜜を説いた。今、あなたのために浴像(仏像を洗う)の法を説こう。これは諸々の供養の中で最も殊勝なものである。」
「善男子!若欲沐像,應以牛頭栴檀、紫檀、多摩羅香、甘松、芎藭、白檀、欝金、龍腦、沈香、麝香、丁香,以如是等種種妙香,隨所得者,以為湯水置淨器中,先作方壇敷妙床座,於上置佛;以諸香水次第浴之;用諸香水周遍訖已,復以淨水於上淋洗。其浴像者,各取少許洗像之水,置自頭上,燒種種香以為供養。
「善男子よ、もし仏像を浴びせようと思うならば、牛頭栴檀(ごずせんだん)、紫檀、多摩羅香(たらこ)、甘松、芎藭(きゅうきゅう)、白檀、欝金(うこん)、龍脳(りゅうのう)、沈香、麝香(じゃこう)、丁子(ちょうじ)を用いなさい。このような様々な素晴らしい香りを、手に入るものを使って、湯水にして清らかな器に置きなさい。まず四角い壇を設け、美しい座を敷き、その上に仏像を安置しなさい。そして、様々な香水で順に仏像を浴びせなさい。すべての香水をくまなくかけた後、さらに清らかな水で上から洗い流しなさい。仏像を浴びせる人は、それぞれ少量の像を洗った水を取り、自分の頭の上に置き、様々な香を焚いて供養としなさい。」
「初於像上下水之時,應誦以偈:
水面に像を映す時、まず最初にこの偈を唱えるべきである。
「『我今灌沐諸如來, 淨智功德莊嚴聚;
五濁眾生令離垢, 願證如來淨法身。』
「いま私は諸仏の如来に灌沐を施し、清らかな智慧と功徳の荘厳なる集まりを捧げます。五濁に悩む衆生をして汚れを離れしめ、如来の清らかな法身を証得せしめんことを願います。」
「燒香之時當誦斯偈:
香を焚く時には、この偈を唱えなさい。
「『戒定慧解知見香, 遍十方剎常芬馥;
願此香烟亦如是, 迴作自他五種身。』」
「戒・定・慧・解脱・解脱知見の香りは、十方の世界に満ちて常に芳しい。この香の煙もまた同じように、自他五種の身に染み渡らんことを願う。」
爾時世尊說是法已,眾中有無量菩薩摩訶薩獲得清淨無垢三昧,即從座而起;無量天人得不退轉無上菩提。
その時、世尊がこの法を説き終えられると、会衆の中にいた無数の大菩薩たちは、清らかで汚れのない三昧を得て、すぐに座を立った。また、無数の天や人々は、退くことのない無上の菩提を得たのである。
爾時阿難白佛言:「世尊!當何名此經?我等云何奉持?」
その時、阿難が仏に申し上げました。「世尊よ、この経典をどのように名付ければよいのでしょうか。私たちはどのようにして、この教えを守り実践すればよいのでしょうか。」
佛言:「此經名為『洗浴諸佛得身清淨』,應如是持。」
仏は言われた。「この経の名は『洗浴諸仏得身清浄』といいます。そのようにしてこの教えを保ち、実践しなさい。」
說是經已,一切眾會皆大歡喜,信受奉行。
この経典を説き終えると、参会していたすべての者たちは大いに喜び、深く信心して、その教えを受け入れ、実践しました。
佛說浴像功德經
仏説浴像功徳経