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  1. 不可刹那無此君 (不可剎那無此君)
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不可刹那無此君 (不可剎那無此君)

「不可剎那無此君」について

宋 · 義銛述 著

898 字 · 約 3 分

義銛は、宋代の臨済宗楊岐派の僧侶によって著されました。この偈頌は、竹を心性にたとえ、禅宗の頓悟思想を説き、本来清浄な心が一瞬も離れない修行の要諦を強調しています。その内容は凝縮され、物事を借りて道理を説く手法で、唐宋の禅門が自然のイメージと般若の空観を融合させる伝統を継承しています。宋代の禅文学の代表作の一つとして、禅宗の「日用是道」「即事而真」という実践哲学を生き生きと体現しており、仏教の詩偈の中でも独特の地位を占め、後世の禅林で引用され、参究されることが多くあります。


不可剎那無此君
宋達磨山沙門 義銛 述
空蕩仮立中絕對 此乃天然體上名
俱破俱立俱法界 此乃天然名下體
體不二故體常融 名非濫故名常定
空彰蕩德三俱破 三千三諦是相如
假彰建德三俱立 三千三諦如是相
中彰妙德俱法界 三千三諦相如是
界蹄十如三世界 事理因果依正盡
三周正體不出此 只在平常一念中
終窮究畢光極談 甚深境界不思議
以此為境曰妙境 三千三諦非他物
以此為觀曰妙觀 三千三諦皆本無
境即觀故能所忘 是故初乘不名觀
境觀難思何所用 只要剎那虗妄融
妄心融處真亦亡 一牧了事隨緣漢
善惡都不思量著 任運惡滅而成善
無用心處願行增 一超直入如來地
揑不成團劈不開 看來看去只成獃
若能親到獃田地 三觀元來是禍胎

No. 962-A

CBETA コード: X0962

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