佛說孫多耶致經
仏説孫多耶致経
吳月支國居士支謙譯
呉の月支国居士支謙訳
聞如是:
私がこのように聞きました。
一時佛在舍衛國,行在祇樹給孤獨園,除饉甚眾,佛為說經。
ある時、仏はシャーラスト国に滞在され、祇園精舎におられました。大勢の修行者たちと共に、仏は教えを説かれました。
時有梵志,名孫多耶致,望見佛即住,拄杖吐舌,念曰:「吾日三浴,啖果飲水,不受人施。吾行勝沙門行。子曹甘食、好衣、溫蓐,訛賢非真,不如吾道也。」
ある時、ブッダのもとへ一人のバラモンが訪ねてきました。名をスンダヤという者で、ブッダを遠くに認めると立ち止まり、杖をつきながら舌を出して、こう考えました。「私は毎日三度沐浴し、果実を食べ水を飲み、人の施しを受けない。私の行いは修行者たちの行いよりも優れている。あの人たちは美味なる食物、良い衣、柔らかな寝具を楽しみ、賢者を装っているが真実ではない。我が道には及ばぬ。」
佛知梵志心之所存,告諸沙門曰:「夫人為行有二十一惡,不得美食、好衣:志在婬泆;志在瞋恚;志在愚癡;志在睡臥;志在凝結,謂無應儀;志在貢高;志在憍慢;志在嫉妬;志在慳貪;志在兇虐,無惻隱心;志在虛偽,內外相違;志在不慚,內無愧心;志在穢行,不自羞鄙;志在彼惡而不自見;志在婬泆,言不歎貞;志在交話,讒成二惡;志在會鬪,不釋兩諍;志在無禮,自可不謙;志在遂非,不受賢諫;志在不孝,滅慈好逆;志好邪道,供奉妖蠱,家財虛竭,令親困窮,不覺非常,不歸三尊,美食、好衣從欲奢華。以斯二十一惡,穢亂其心,猶潔污垢,染之為色,萬無一益。懷斯眾惡,死入地獄、餓鬼、畜生,其痛難量。
仏は梵志の心に何があるかを知り、沙門たちにこう告げられた。「人が行為をなすにあたって、良い食べ物や衣服を得られない二十一の悪がある。心が淫らなこと。心が怒りに満ちること。心が愚かであること。心が怠けて眠りにふけること。心が固く凝り、正しい行いに従わないこと。心が高慢であること。心がおごり高ぶること。心が妬み嫉むこと。心が物惜しみしてむさぼること。心が凶暴で残酷であり、思いやりの心がないこと。心が偽りであって、内外が一致しないこと。心に恥じる気持ちがなく、心に後ろめたさがないこと。心に汚れた行いがあり、自身を恥ずかしく思わないこと。心が他人の悪に目を向け、自らの悪を見ないこと。心が淫らでありながら、言葉で貞節を称えないこと。心が噂話にふけり、二つの悪を引き起こすこと。心が争いに加わり、二つの言い争いを収めないこと。心が無礼であって、我が強く、へりくだらないこと。心が過ちを重ね、賢明な諫めを受け入れないこと。心が不孝であって、慈しみを絶ち、逆らうことを好むこと。心が邪道を好み、妖しい神々に供物を捧げ、家財を尽くし、親族を貧困に陥れること。常ならざることに気づかず、三宝に帰依せず、良い食べ物や衣服を欲しがって贅沢にふけること。これらの二十一の悪によって、その心は穢れて乱れる。まるで清らかな衣が汚れに染まるように色がついて、少しの利益もない。これらの悪を抱く者は、死後、地獄・餓鬼・畜生に生まれ変わり、その苦しみは計り知れない。」
「沙門覩佛明戒,棄故自新,練情滅欲,內外清淨,又如淨潔,染即成色,為眾所觀。沙門覩明,行高智足,天下供奉衣、食、殿舍,受之無尤,施者福大。進行禪定,獲溝港、頻來、不還、應儀,人亦聞之。沙門雖未得道,明佛經義,執心端正,孝順經教,弘慈普育,潤逮群生,恕己安彼,視怨若子,見女人來,待之以妹;若覩窮苦,當念地獄、餓鬼、畜生,願令群生身安意喜,得逢三寶,垢除冥滅,心淨見明,還於本無,永康無極。志行如斯,美食、好衣終始無罪。群生本性貪婬、瞋恚、愚癡、嫉妬,濁中之濁、冥中之冥者。沙門心開受明,癡垢都寂,雖處穢世,猶蓮華居夫泥中,泥不能染華,受施無罪。夫懷三毒、十惡不除,恣心從欲,諂欺求潤,不奉佛戒,寧吞熱鐵,飲洋銅。斯死須臾穢濁受施,死入太山,飲銅食炭,其年難計矣。」
沙門が仏の明らかな戒を見て、古い行いを捨てて自らを新たにし、心を鍛えて欲望を滅ぼし、内外ともに清らかであることは、ちょうど清潔な布が染料につけばすぐに色がつき、多くの人々の目に触れるのと同じです。沙門が智慧の明らかさを見れば、行いは高く智慧も十分で、天下の人々が衣・食・殿舎を供養しても、それを受けて咎めることはなく、施す者の福は大きいのです。さらに禅定を進めれば、溝港(預流)、頻来(一来)、不還(不還)、応儀(阿羅漢)を得ますが、人々もまたそれを聞いています。沙門がまだ道を得ていなくても、仏の経の義を明らかにし、心を正しく保ち、経教に孝順し、大きな慈しみを広く育み、その潤いは群生に及び、自分を恕いて他を安んじ、怨みのある者を子のように見、女人が来れば妹として遇します。もし困窮した苦しみを見れば、地獄・餓鬼・畜生を思い、願わくは群生が身安く意喜び、三宝に逢い、垢が除かれ冥が滅び、心清らかにして明らかを見、本無に還り、永遠に康らかで極まりないようにと願います。志と行いがこのようであれば、美食や良い衣も終始罪になることはありません。群生の本性は貪婬・瞋恚・愚癡・嫉妬であり、濁りの中の濁り、冥きの中の冥き者です。沙門の心が開けて明らかを受け入れれば、癡の垢はすべて寂まり、穢れた世にいても、ちょうど蓮華が泥の中にあって泥が華を染められないように、施しを受けて罪になることはありません。三毒を抱き、十悪を除かず、心のままに欲に従い、諂い欺いて潤いを求め、仏の戒を奉じない者は、むしろ熱鉄を呑み、洋銅を飲むべきです。この死は須臾にして穢濁のまま施しを受け、死んで太山に入り、銅を飲み炭を食らえば、その年は計り難いのです。
梵志前白佛言:「吾欲去浴,有溪名好首,夫入中浴者,意之穢垢,隨水流漂。自聞父教,吾日三浴。」
梵志が仏に申し上げました。 「私は沐浴に行こうと思います。そこに『好首』という名の川があります。その川に入って身を洗う者は、心の汚れや穢れも水の流れとともに洗い流されると言われています。私は父の教えを聞いてから、毎日三度、その川で沐浴しております。」
佛告梵志:「斯土多溪,人入中浴可得獲度苦乎?千浴之人可除身垢,奈心垢何?吾諸沙門斷求念空,不願三界,心垢寂滅,以得淨道。汝從何師受法水浴?去心垢乎?」
仏がバラモンに告げられた。「この地には多くの川があり、人々はその中で沐浴すれば苦しみから救われると考える。しかし、何度沐浴しても、身体の汚れは落とせても、心の汚れをどうして落とせようか。私の弟子たちは執着の思いを断ち、執着がすべて空であると観じ、三界に願い求めることをせず、心の汚れを静かに滅し尽くして、清らかな道を得ている。あなたは誰の師のもとで、心の汚れを洗い清める教えの水を受けたのか。」
對曰:「吾父云爾。」
父がそう申しました。
佛言:「若父得道不?」
仏は言われた。「父が悟りを得ることはあるのか。」
對曰:「不也。」
いいえ、違います。
佛言:「吾道從心出,心端志淨,乃得道耳。」
仏は言われた。「わたしの教えは心から生まれる。心が正しく、志が清らかであってこそ、道を得ることができるのである。」
梵志長跪陳白:「吾向拄杖吐舌,但為狂愚耳。今聞佛經,心始醒寤,猶冥中有燈火,始今有目矣。乞為沙門,願佛哀納!」
バラモンがひざまずいて申し上げました。「先ほど杖をつき、舌を出したのは、ただ無知ゆえの愚かしい態度でした。今、仏の教えを聞いて、心が目覚めました。まるで暗闇の中に灯りがともり、初めて物が見えるようになったかのようです。どうか出家させてください。仏よ、どうか哀れみ、お受け入れください。」
佛言:「若有親,報之。」
仏は言われた。「もし親しい人がいたならば、それに報いよ。」
對曰:「無親。」
答えて言った。「親しい者はありません。」
佛言:「沙門來。」
仏が言われた。「沙門よ、来なさい。」
即成沙門已,於樹下坐,惟二十一事,去諸欲念,霍然無想,即得應儀道。赴至佛所,以頭面著佛足言:「今盲者得視,狂病得愈。」
すぐに沙門となった彼は、木の下に座り、ただ一つのことだけを考えました。それは、あらゆる欲望の念を捨て去り、はっきりと無想の境地に達することです。そうして即座に阿羅漢の悟りを得ました。そして仏のもとへ赴き、頭を仏の足につけて言いました。「今、盲人が見えるようになり、狂った病が癒えました。」
佛言:「斯道佳耶?汝道佳乎?」
對曰:「眾道皆邪,唯佛道正。」
答えて言われた。「あらゆる道は邪であり、ただ仏道のみが正しいのです。」
佛告諸沙門:「熟惟二十一事,道可得矣。」
諸沙門聞經歡喜,作禮而退。
多くの修行者たちは経典を聞いて喜び、礼拝してから退場した。
佛說孫多耶致經
仏説孫多耶致経