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title: "松源崇嶽禪師語錄 · No. 1377-C"
description: "松源崇嶽禪師語錄由宋代臨濟宗高僧松源崇嶽的弟子善開、光睦、普巖、師肇、道巖、了能等人編錄。該語錄成書於南宋時期，收錄了崇嶽禪師的開示、法語、機鋒和偈頌，集中體現其峻烈直截的禪風與看話禪思想。作為臨濟宗楊岐派的重要文獻，該語錄不僅展現了宋代禪宗的特色，也對後世禪宗發展產生深遠影響，是研究南宋禪法與臨濟宗思想的核心典籍之一。"
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### No. 1377-C

> No. 1377-C

世尊拈花。迦葉微笑。點檢將來。漏逗固已不少。是以德山．臨際一棒一喝。直欲喪盡己靈。茲豈容擬議以豪髮間隔於其間哉。近世宗師。情解俱亡。言語路絕。負荷佛法。而能覺悟後學者。微。

> 世尊が花を拈り、迦葉がほほえんだ。これをよく検証してみると、漏れや不備はすでに少なくない。だからこそ徳山や臨済は一棒一喝で、まっすぐに己の霊を打ち尽くそうとしたのだ。ここにどうして、わずかな隙もなく議論の余地などあろうか。近ごろの宗師たちは、情の解も言葉の道もともに断たれ、仏法を担いながら後学を悟らせることができる者は、まれである。

松源老人。其誰與歸。

> 松源老人よ、あなたは誰とともに帰るのか。

松源於予有交游之舊。自言出家未受具足戒。從應菴華公有所契入。後從木菴永公．密菴傑公。及徧參知識。雖屢有省悟。然猶以未能脫灑為疑。如是者。又不知幾年。刻苦自厲。至忘寒暑。一日。留道場全公席下。驀有所得。疑網盡除。時全公緣化出外。數日而后反。亟欲求證。先眾入室。于時全公機鋒不輳。松源詈言而出。即挑包過鳳口。謁密菴。未及語。密菴云。且喜大事明了。吐露即不堪。松源於是歸堂憩息。

> 松源は私と昔から交際があった。自分は出家したがまだ具足戒を受けていないと言っていた。応菴華公に従って少し悟りに入り、後に木菴永公・密菴傑公に従い、あちこちの善知識を訪ねた。何度も悟りを得たが、まだ完全に解脱できていないのではないかと疑っていた。そうして何年も、刻苦勉励し、寒暑も忘れるほどだった。ある日、道場の全公のもとに留まっていたとき、突然得るところがあり、疑いの網はすっかり除かれた。そのとき全公は外に出ていたので、数日後に戻ってきた。松源はすぐに証明を求め、人々より先に部屋に入った。そのとき全公の機鋒が噛み合わず、松源は罵って出てきた。すぐに荷物をまとめて鳳口を過ぎ、密菴を訪ねた。まだ語り終えないうちに、密菴が言った。「まことに喜ばしい、大事が明らかになった。すぐに吐露してはならない。」松源はそこで堂に帰って休んだ。

其去道場。也有偈云。

> その道場を去るときにも、偈があってこう言った。

當頭一著沒誵訛。去住還如水上波。

> 真っ向から取り組むことに、少しの誤りもない。行くも留まるも、水の波のようだ。

有意氣時添意氣。從教平地起干戈。

> やる気があるときは、さらにやる気を高めよ。たとえ平地から争いが起きても、その勢いで立ち向かえ。

後自澄照至顯親報慈。凡住院者八。予見松源無恙時。樂稱參學弟子光睦與大純惠足。今惠足以其師語錄來求序。因為紀其師得道之本末。予獨恠黃龍如公。既明明知得松源開口不在舌頭上底消息。便合將此剩語屏置影滅跡絕處。今乃與之編次。外揚家醜。予恐它日鈍置松源者在。黃龍無以逃其責。

> 後に澄照から顕親報慈に至るまで、住職を務めた者は八人いる。私が松源が健在であった頃、参学の弟子である光睦と大純恵足を好んで称えていたのを見た。今、恵足がその師の語録を持って来て序文を求めたので、その師が道を得た本末を記すことにした。私はただ黄龍如公を不思議に思う。すでにはっきりと松源の「開口は舌の上にない」という消息を知り得ているのなら、ただちにこの余計な言葉を影も跡も絶えたところに捨て置くべきである。ところが今、これを編次し、外に家醜を揚げている。私は、後に松源を鈍らせる者が現れることを恐れる。黄龍はその責任から逃れることはできない。

嘉泰癸亥臘月八日　　汲郡孟猷後序。

> 嘉泰癸亥の臘月八日、汲郡の孟猷が後序を記した。