大黑天神法
大黒天法
嘉祥寺神愷記
嘉祥寺神愷記
大黑天神者,大自在天變身也,五天竺並吾朝諸伽藍等皆所安置也。有人云:大黑天神者,堅牢地天化身也,伽藍安之,每日所炊飯上分供養此天。誓夢中語詞之中曰:「若吾安置伽藍,日日敬供者,吾寺中令住眾多僧,每日必養千人之眾。乃至人宅亦爾也。若人三年專心供吾者,吾必此來。供人授與世間富貴乃至官位爵祿,應惟悉與焉。吾體作五尺,若三尺若二尺五寸亦得通免之。膚色悉作黑色,頭令冠烏帽子,悉黑色也。令著袴驅褰不垂,令著狩衣,裙短袖細。右手作拳令收右腰,左手令持大袋,從背令懸肩上,其袋之色為鼠毛色,其垂下裎,餘臀上。如是作畢,居大眾食屋禮供者,堂屋房舍必自然之榮聚集涌出。又若人常持念吾呪,四季大備餚饍酒羹飯食乃至百味。以五更時不知眾多人供吾者,決定與富。其呪曰:
大黒天神は、大自在天の変身であり、インド五地方および我が国の諸伽藍に安置されています。ある人は言います:大黒天神は堅牢地天の化身であり、伽藍に安置し、毎日炊いたご飯の上を分けてこの天を供養します。誓いの夢の中で語られた言葉の中にこうあります:「もし私を伽藍に安置し、日々敬い供養するならば、私は寺に多くの僧侶を住まわせ、毎日必ず千人の衆を養おう。人の家宅においても同様である。もし人が三年一心に私を供養するならば、私は必ずそこに来る。供養する人に世の富貴、官位や爵禄さえも、すべて与えよう。私の像は五尺で作るが、三尺でも二尺五寸でも構わない。肌の色はすべて黒色とし、頭には烏帽子をかぶせ、すべて黒色とする。袴はたくし上げて垂らさず、狩衣を着せ、裾は短く袖は細くする。右手は拳にして右腰に当て、左手には大きな袋を持たせ、背中から肩にかけて懸ける。その袋の色は鼠毛色とし、垂れ下がった裾は、尻の上に余らせる。このように作り終え、大衆の食事する場所で礼拝供養すれば、堂屋や房舎には必ず自然と栄えが集まり湧き出る。また、もし人が常に私の呪文を唱え、四季折々に豊かな酒食や百味の料理を、五更の時分に多くの人々と共に私に供えるならば、決して富を与えよう。その呪文は次の通りである:
「唵密止密止舍婆隷多羅羯帝娑婆訶」
おん みしみし しゃばれいたらぎゃてい そわか
「印者,二手內縛,舒二地,二水來去是也。供養印者,用常途法禮。供人者,必於此神成父母之想,於三寶成外護,於眾人成父母故也。」余久聞天竺土風並吾當朝土風,諸寺安此天莫非豐饒。因之為斷後輩之疑,以野客夢事引尋貽之焉。
印とは、両手を内側に組んで、二本の地指(人差し指)を伸ばし、二本の水指(小指)を前後に動かすことです。供養の印は、通常の作法に従って礼拝します。供物を捧げる際には、必ずこの神を父母のように思い、三宝(仏・法・僧)の外護者として、またすべての人々の父母として敬うことです。私は長く天竺(インド)やわが国の風習を聞き知っていますが、どの寺でもこの天(神)を祀れば、必ず豊かになるといわれています。そこで、後世の人々の疑いを断つために、野に住む者の夢の話を引き合いに出して、ここに記しておくことにしました。
大黑天神法師云:此最祕密也,不入室弟子不可傳受,千金莫傳。努力。讚(天讚)。
大黒天法師は言う:これは最も秘伝である。入室弟子でなければ伝授してはならず、千金を積まれても伝えるな。精進せよ。天を讃えよ。
種子。
種。
大黑天神者,胎藏界,梵號云摩訶迦羅天,亦云大黑天神。用普印,三摩耶形劍,青色三面六臂,前左右手橫執劍,左次手執人頭(取髻提也),右次手執羊牝,次左右象皮張背後,以髑髏為瓔珞也。故本云黑淺色也。《仁王經良賁疏》云:「言塜間者,所住處也。言摩訶者,此翻云大。言迦羅者,此云黑天也。上句梵語,下句唐言。大黑天神,鬪戰神也。若禮彼神,增其威德,舉事皆勝,故嚮祀也。何以知者?三藏引別梵筴云:《孔雀王經》說烏尸尼國國城東,有林名奢摩奢那,此云尸林。其林縱橫滿一由旬,有大黑天神,是摩醯首羅變化之身,與諸鬼神無量眷屬,常於夜間遊行林中。有大神力,多諸珍寶,有隱形藥、有長年藥,遊行飛空,諸幻術藥與人貿易,唯取生人血肉,先約斤兩而貿藥等。若人欲往,以陀羅尼加持其身,然往貿易。若不加持,彼諸鬼神乃自隱形盜人血肉,令減斤兩,即取彼人身上血肉,隨取隨盡,不充先約。乃至取盡一人血肉,斤兩不充,藥不可得。若加持者貿得寶貝及諸藥等,隨意所為皆得成就。若嚮祀者,唯人血肉也。彼有大力,即加護人,所作勇猛鬪戰等法皆得勝也。故大黑天神即鬪戰神也。此天即七母天為眷屬(云云)。」有七姊妹者,一左閟拏、二嬌吠哩、三吠瑟拏微、四嬌麼哩、五印𢴉里、六勞𢴉里、七末羅呬弭。是七名皆是真言也。《大日經疏》云「荼吉尼真言,此是世間有造此法術者,亦自在呪術,能知人欲命終者,六月即知之。知已,即作法取其心食之。所以爾者,人身中有黃,所謂人黃,猶牛有黃也。若得食者,能得極大成就。一日周遊四域,隨意所為皆得,亦能種種治人,有嫌者以術治之極令病苦。然彼法不得殺人,要依自計方術。人欲死者去,六月即知之,知已以術取其心。雖取其心,然有法術,要以餘物代之,此人命亦不終,至合死時方壞也。大都是夜叉大自在。於世人所說大,極屬摩訶迦羅,所謂大黑神也。」毘盧遮那以降伏三世法門,欲除彼故化作大黑神。過於彼無量示現,以灰塗身在曠野中,以術悉召一切法成就,乘空履水皆無礙,諸荼吉尼而訶責之:「猶汝常噉人故,我今亦當食汝。」即吞噉之。然不令死彼,伏已放之,悉令斷肉。彼白佛言:「我今悉食肉得存,今如何自濟?」佛言:「聽汝食死人心。」彼言:「人欲死時,諸天夜叉等知彼命盡,爭來欲食,我云何得之?」佛言:「為汝說真言法及印,六月未死即能知之。知已,以法加護,勿令他畏得損。至命盡時,聽汝取食也。」如是稍引令得入道故,有此真言訶唎(二合訶定行利垢)訶(行除彼邪術之垢也)。《瑜祇經疏》云「吽迦羅(名降三世降伏義)迦羅(又云黑闇)」《大日經疏》云「摩訶迦羅,大黑天神,又云大闇夜天。以迦羅翻黑闇。」《仁王疏》云「摩訶迦羅神(云云)摩訶迦羅用普印唵摩訶迦羅野娑婆(二合)賀(引)」 《南海傳》云:「又復西方諸大寺處,咸於食厨柱側,或在大庫門前彫木表形,或二尺三尺為神王狀,坐把金囊却踞小床,一脚垂地,每將油拭黑色為形,號曰莫訶呵羅,即大黑神也。古代相承云:是大天之部屬,性愛三寶,護持五眾使無損秏,求者稱情。但至食時,厨家每薦香火,所有飲食隨列於前。曾親見說大涅槃處般禪那寺,每常僧食一百有餘。春秋二時禮拜之際,不期而至僧徒五百臨中忽來,正到中時無宜更煮。其知事人告厨家曰:『有斯倉卒,事欲如何?』于時有一淨人老母而告之曰:『此乃常事,無勞見憂。』遂乃多然香火,盛陳祭食,告黑神曰:『大聖涅槃,爾徒尚在。四方僧至,為禮於聖蹤,飲食供養勿令闕乏,是仁之力。幸可知時。』尋即總命大眾令坐,以寺常食次第行之,大眾咸足。其餐所長,還如常日,咸皆唱善,讚天神之力,親行禮覲。故覩黑神見在其前,食成大聚。問其何意,報此所由。淮北雖復先無,江南多有置處,求者効驗,神道非虛。大覺寺目真隣陀龍,亦同斯異矣。」
大黒天神は、胎蔵界において梵語で摩訶迦羅天とも呼ばれ、また大黒天神とも称されます。普印を用い、三昧耶形は剣です。青色で三面六臂、前の左右の手には剣を横に持ち、左の次の手には人の首(髷を取って提げる)を、右の次の手には雌羊を執ります。次の左右の手は象の皮を背中に張り、髑髏を瓔珞としています。そのため、本来は黒に近い色とされます。
『仁王経良賁疏』には次のようにあります。「塜間というのは、住処のことです。摩訶とは、これ訳して大といいます。迦羅とは、これ黒天といいます。上句は梵語、下句は漢語です。大黒天神は、戦闘の神です。もしこの神を礼拝すれば、その威徳を増し、行う事全てに勝利するため、祀られるのです。どうして知るかというと、三蔵が別の梵本を引いて言うには、『孔雀王経』に、烏尸尼国の城の東に奢摩奢那という林(訳して尸林)があり、その林は縦横一由旬に満ち、大黒天神がいます。これは摩醯首羅の変化の身であり、無量の鬼神眷属と共に常に夜間に林の中を遊行します。大いなる神力を持ち、多くの珍宝、隠形の薬、長年の薬があり、遊行して空を飛び、様々な幻術の薬を人と貿易しますが、生きた人の血肉だけを取ります。先に斤両を約束して薬などと交換するのです。もし人が行こうとするなら、陀羅尼でその身を加持してから貿易に赴きます。もし加持しなければ、それらの鬼神は自ら姿を隠して人の血肉を盗み、斤両を減らし、即ちその人の身上の血肉を取り、取るに従って尽き、先の約束を満たしません。ついには一人の血肉を全て取り尽くしても斤両が足りず、薬を得ることができません。もし加持する者が貿易すれば、宝貝や諸々の薬などが得られ、思いのままに為すこと皆成就します。もし祀るならば、人の血肉だけです。彼には大いなる力があり、即ち人を加護し、為す勇猛な戦闘などの法は皆勝利を得ます。故に大黒天神は即ち戦闘の神です。この天は七母天を眷属とします(云々)。」
七姊妹というのは、一に左閟拏、二に嬌吠哩、三に吠瑟拏微、四に嬌麼哩、五に印𢴉里、六に労𢴉里、七に末羅呬弭です。この七つの名は皆真言です。
『大日経疏』には「荼吉尼真言は、これは世間にこの法術を造る者がおり、また自在の呪術で、人の命が終わろうとすることを知ることができ、六ヶ月前に即ち知ります。知った後、即ち法を為してその心を取り食します。なぜそうするかというと、人の身中に黄(人黄という)があり、牛に黄があるようなものです。もし得て食すれば、極めて大なる成就を得ることができます。一日で四域を周遊し、思いのままに為すこと皆得、また様々に人を治め、嫌う者があれば術でこれを治め極めて病苦せしめます。しかしその法は人を殺すことは許されず、自らの計らいによる方術に依らなければなりません。人が死のうとする時、六ヶ月前から即ち知り、知った後術でその心を取ります。心を取っても、法術があり、必ず他の物で代えなければならず、この人の命も終わらず、死ぬべき時になって初めて壊れます。多くは夜叉大自在です。世間で言う大は、極めて摩訶迦羅に属し、所謂大黒神です。」
毘盧遮那が降伏三世の法門によって、彼らを除かんとし、大黒神に化現しました。彼らを超える無量の示現を以て、灰を塗り身に付け曠野の中にあり、術を以て一切の法成就を悉く召し、空を乗り水を履むにも皆妨げなく、諸々の荼吉尼を呵責しました。「汝らは常に人を食うゆえ、我今また汝らを食わん。」即ち彼らを呑み食いました。しかし死なせず、伏した後に放ち、悉く肉を断たせました。彼らは仏に白して言いました。「我ら今悉く肉を食って生きていますが、今どうやって自らを救えばよいでしょうか。」仏は言いました。「汝らに死人の心を食うことを許そう。」彼らは言いました。「人が死のうとする時、諸天や夜叉などがその命の尽きることを知り、争って来て食おうとします。私はどうやってそれを得ればよいでしょうか。」仏は言いました。「汝らのために真言法と印を説こう。六ヶ月前に未だ死なぬ時から即ち知ることができる。知った後、法を以て加護し、他の畏れによって損なわれることなからしめよ。命が尽きる時になって、汝らが取って食うことを許そう。」このように次第に導いて道に入らしめるため、この真言訶唎(二合、訶は定行、利は垢)訶(行、彼の邪術の垢を除く)があります。
『瑜祇経疏』には「吽迦羅(名は降三世、降伏の義)迦羅(また黒闇とも云う)」とあります。
『大日経疏』には「摩訶迦羅、大黒天神、また大闇夜天とも云う。迦羅を黒闇と訳す。」とあります。
『仁王疏』には「摩訶迦羅神(云々)摩訶迦羅は普印を用いる。唵摩訶迦羅野娑婆(二合)賀(引)」とあります。
『南海伝』には次のようにあります。「また西方の諸大寺では、皆、食厨の柱の側や、大庫の門前に、木を彫って形を表し、二尺か三尺の神王の状とし、金囊を坐って把り、小さな床に踞えて、一脚を地に垂らし、常に油を拭って黒色を形とし、号して莫訶呵羅(大黒神)とします。古代から相承して云うには、これは大天の部属であり、性質は三宝を愛し、五衆を護持して損耗なく、求める者にその心に応じます。ただ食事の時には、厨家が毎度香火を薦め、全ての飲食を列ねてその前に供えます。かつて親しく見聞した話では、大涅槃の処、般禅那寺では、常に僧の食事は百人余りでした。春秋二時の礼拝の際、期せずして僧徒五百人が中に忽然と来たり、正に中時に到って更に煮るいとまもありません。知事人が厨家に告げて言いました。『このような突然の事、どうすればよいか。』その時、一人の浄人の老母が告げて言いました。『これは常の事、労わって憂えるには及びません。』遂に多く香火を燃やし、盛んに祭食を陳べ、黒神に告げて言いました。『大聖涅槃なされても、あなたの徒は尚在します。四方の僧が至り、聖跡を礼するため、飲食の供養を欠かさぬことは、あなたの力です。どうか時を知ってください。』尋いで即ち総て大衆を命じて坐らせ、寺の常食を次第に行い、大衆は皆満足しました。その食事の量は、還って常の日と同じく、皆唱善し、天神の力を賛え、親しく礼覲しました。故に黒神を見れば、その前に在り、食は大いなる聚となります。その意を問えば、この由縁を報じます。淮北では先になくとも、江南には多く置く処があり、求める者は効験あり、神道は虚しからず。大覚寺の目真隣陀龍も、同じくこの異なりです。」
唵密止密止舍婆隷多羅羯帝訶娑婆訶(引)唵摩訶迦羅耶娑婆訶
おん みしみし しゃばれいたらかてい かそわか おん まかきゃらや そわか
口傳云:常途法者,十八道。口傳云:《仁王經》云「塚間摩訶迦羅大黑天神。」《理趣釋》云「七母女天者,是摩訶迦羅天眷屬,可居東北方,最祕最祕。」
口伝に曰く、常途の法とは、十八道なり。 口伝に曰く:『仁王経』に「塚間の摩訶迦羅大黒天神」と云う。 『理趣釈』に「七母女天は、是れ摩訶迦羅天の眷属なり、東北方に居すべし、最も秘、最も秘なり」と云う。
師云:此法最極祕密法也,不入室乃無名薄之人,不可傳受。莫傳,千金努努。先可儲供一面,次可儲少少之菓,次備香水一杯(可加散杖),次塗香一杯,花鬘一杯,燒香一杯,酒一杯(若無者用茶),次洗米一杯(若飯),銀錢一捧(若加用幣帛用普供養明)。次於房中洗手嗽口,次護身(淨三業,三都被甲,如十八道),次入堂(持珠杵),次禮佛著座。次塗香塗手,次加持香水(用辦事印明),次灑淨供物,次加持飯食。印真言:左手作拳押腰,右手五指直立,屈中指節,以空指置火甲。每誦真言摩中指甲上兩三遍,餘舒之。然後以大指頭指三遍,彈指舒之。真言曰:
師は言われた:この法は最も極めて秘密の法である。入室しない者は名もない浅はかな人であり、伝授してはならない。決して伝えてはならない。千金を努め努め。まず一面の供物を用意し、次に少しばかりの果物を用意し、次に香水一杯を備える(散杖を加えてもよい)。次に塗香一杯、花鬘一杯、焼香一杯、酒一杯(もしなければ茶を用いる)。次に洗米一杯(あるいは飯)、銀銭一捧(もし幣帛を加えて用いるならば普供養の明を用いる)。次に部屋の中で手を洗い口を漱ぎ、次に護身(三業を清め、三度にわたり甲冑を着け、十八道の如く)。次に堂に入る(数珠と金剛杵を持つ)。次に仏を礼拝して座に着く。次に塗香を手に塗り、次に香水を加持する(辦事の印明を用いる)。次に供物を清めに撒き、次に飯食を加持する。印と真言:左手は拳を作り腰に当て、右手は五指を直立させ、中指の関節を曲げ、空指を火の爪の上に置く。真言を誦するごとに中指の爪の上を二、三度撫で、残りの指は伸ばす。その後、親指と人差し指で三度、指を弾いて伸ばす。真言は次のように言う:
曩莫薩嚩怛他引蘖多引嚩路枳帝唵三婆羅三婆羅吽
昔、あらゆる如来を礼拝します。 オン・サンボラ・サンボラ・ウン
次施甘露印明。作施無畏印,以右手竪展五指直上即是。真言曰:
次に甘露印明を施す。施無畏印を作し、右手を以って五指を竪に展べ直上する即是なり。真言曰く:
曩莫蘇嚕二合跛野怛他蘖多引野怛儞也引他唵引蘇嚕二合蘇嚕二合鉢羅二合蘇嚕二合鉢羅二合蘇嚕二合娑嚩二合賀引
ナモー・スルー・バヤ・タターガターヤ・アルハテー・サンヤクサンブダヤ・タニヤター・オーン・スルー・スルー・プラスルー・プラスルー・スルー・ソワカ
次鑁字心水輪觀。先作施無畏印,右手掌心觀字誦字。此呪一七遍,即展開五指,向下臨食器中觀。真言曰:
次に、鑁(バン)の字を心の水輪として観想します。
まず、施無畏印を結び、右手の掌の中心に鑁(バン)の字を観想しながら、鑁(バン)の字を唱えます。
この真言を七回唱えたら、すぐに五指を広げ、下に向けて食器の上に臨むようにします。
真言は次のとおりです:
曩莫三曼多沒馱南鑁
いにしえより、三つの完全なる悟りの境地に帰依し、
次勸請(用堅實合掌)。
次に、お招き申し上げます(しっかりと合掌をして)。
「至心謹請,摩訶迦羅,大黑天神,與諸眷屬,來降於此,受此供養(三遍)。」真言曰:
至心に謹んでお請いします。摩訶迦羅、大黒天神、そして諸々の眷属たちよ、ここに降り来たり、この供養をお受けください(三回)。」真言は次の通りです:
唵摩訶迦羅耶曳醯呬(三反普印明)
オーム、偉大なる黒色の女神よ、来たりたまえ、来たりたまえ、来たりたまえ。(三回繰り返す普印明)
以二空招之(三反)。次閼伽(取散杖誦闕伽明,於座前灑之三遍)。次華座(取一房花,誦花座明,置於座所,或亦用印明),次塗香,次華鬘,次燒香,次飲食(先菓子,次酒,次飲食),次燈明,次銀錢(或加用幣帛),次普供養(如十八道也),次讚印(用普諸天贊),次諦緣度(用普印),次心經(用普印),次隨意祈願。次根本印真言(同印),次念誦(極少百遍),次閼伽(如先),次啟白(用普印)「所設供養,可笑麁惡,攀緣覺觀,多不如法,惱亂冥眾。唯願慈悲,布施歡喜。」
二空をもって招請し(三回繰り返す)。次に閼伽(散杖を取り、閼伽明を唱え、座前で三回撒く)。次に華座(一房の花を取り、花座明を唱え、座所に置く。印明を用いることもある)。次に塗香、次に華鬘、次に焼香、次に飲食(まず菓子、次に酒、次に食事)、次に燈明、次に銀銭(幣帛を加えることもある)、次に普供養(十八道の通り)、次に讃印(普諸天讃を用いる)、次に諦縁度(普印を用いる)、次に心経(普印を用いる)、次に随意祈願。次に根本印真言(同じ印)、次に念誦(最低百回)、次に閼伽(先と同じ)、次に啓白(普印を用いる)「お供えしたものは、粗末で見苦しく、心がさまよい、多くは作法にかなわず、冥界の衆生を悩ませました。どうか慈悲をもって、喜んでお受け取りください。」
次禮拜,次撥遣。右手作拳,以大指捻頭指,仰掌彈指作聲七遍是也。真言曰:
次に礼拝し、次に撥遣を行います。
右手を拳にし、親指で人差し指を軽くつまみ、手のひらを上に向けて指を弾き、音を七回鳴らします。
真言は次の通りです:
唵拔折羅二合母乞叉二合穆
唵、金剛母の護法よ。
次護身(三部被甲如先),次著座。
次に護身(三部被甲は先の通り)、次に座を整える。
諸天讚
諸天の讃嘆
阿演都泥縛左誐素羅緊那黎捺羅二合娑羯羅娜臾鉢羅二合縛羅達麼枳里二合多地伽羅尾達麼左鉢羅二合娑麼操企也二合儞銘多部多銘多鉢羅二合迦捨夜怛儞賀室羅二合摩拏也馱𤚥
アエントニバサガソラキンナレナラサガラナユバラバラダルマキリタジカラビダルマバサマソウキニミタブタミタバラカシャヤタニガハシャラマナヤダハン
大黑天神法(終)
大黒天法
切云:褰(舉奠反,衣後也)。裙(欺文反,裳也)和名云臀(從軍反,訓云井左良比)亦云裙(音裙,訓云古呂毛乃須祖,亦云古呂毛乃惠利)。
切云:衣の後ろの部分を上げることを「褰」と言う。また、裳(腰から下にまとう衣)を「裙」と言う。和名では「臀」とも言い、また「裙」とも言う。
承安三年二月十八日,於醍醐寺勝俱胝院之東坊,二箇日書寫了。
承安三年二月十八日、醍醐寺勝俱胝院の東坊にて、二日間をかけて書き写し終えました。
永正三年丙寅二月二日,於上醍醐寺寂靜院,谷行樹院澄惠法印傳授畢 快瑜
永正三年(丙寅)二月二日、上醍醐寺寂靜院にて、谷行樹院澄惠法印より傳授を終えました。快瑜。
明和元年甲申仲秋二日,以或古本謄寫一挍了。 沙門智好
明和元年甲申の秋八月二日、ある古い写本をもとに書き写し、校正を終えました。
享和改元秋八月後五日,集三五本校之,以授工壽梓,令人知天尊之靈驗 又有八臂天,希麟音義云:經云摩訶迦羅大黑天神,唐梵雙舉也。此神青黑雲色,壽無量歲。八臂,各執異仗。貫穿髑髏以為瓔珞,作天忿怒形。足下有地神女天,以兩手承足者也。 豐山長谷總持院勤息快道記
享和元年秋八月の五日、三五の版本を集めて校合し、これを工匠に授けて梓に刻ませ、人々に天尊の霊験を知らしめる。また八臂天あり、希麟の音義に云う、経に摩訶迦羅大黒天神とあるは、唐梵を併せ挙げたるものなり。この神は青黒雲の色、寿は無量歳。八臂にして、おのおの異なる武器を執る。髑髏を貫き瓔珞と為し、天の忿怒の形をなす。足の下には地神女天あり、両手をもって足を承けている。
豊山長谷総持院 勤息快道記す
一校加筆畢 慈順
一校の加筆を終える 慈順