No. 890-A八識規矩補註證義序
八識規矩補註證義序
覺皇應跡。盡物解以施仁。慧日輪暉。逐情幽而通朗。對執斷者言有。誨封常者談空。開萬彚使凝至真。離二邊足顯中道。所以三乘普演。二諦等該。理事融通。語默成化。逮虹光寢息。人天眼目失明。聲教相傳。凡聖身心有待。時移世易。性相犁然。文殊彌勒異其宗。龍樹天親輔其治。勿謂分河飲水。宜思吼石成泥。雖則雲月本同。不免溪山各別。由是天親宗相。撮瑜伽百卷為嗢陀藍。護法愍迷。造成唯識論解三十頌。發䆳理之希微。闡慈尊之奧典。十師精貫。百卷洞該。類聚羣分。各遵其本。玄奘大師。糅茲十釋。譯成十卷。遂使文同義異。若一師之製焉。雖則精約。記憶猶艱。造八識頌以統其緒。分四章以括其猷。舊有註釋。筆授多舛。魯山泰法師補緝成編。刻行於世。不慧。久研斯典。實非造極。但知此註。多引唯識論文。而所引者。亦有未盡義處。復盡取之。釋義倫次。亦取論文證之。故云八識規矩補註證義。
覚皇が迹を応じて現れ、すべての者の理解に応じて仁を施されました。慧日の光は輪のように輝き、それぞれの心の奥に応じて明らかに通じます。「断」に執着する者には「有」を説き、「常」に固執する者には「空」を語られました。万物を開いて至真に導き、二つの極端を離れて中道を明らかに示されます。それゆえ三乗を広く演べ、二諦を等しく説き、理と事は融通し、語るも黙するも教化となります。やがて虹の光が消え、人と天の眼目は明を失いました。教えは声として伝わり、凡聖の身心は待つこととなります。時が移り世が変われば、性と相ははっきりと分かれました。文殊と弥勒はその宗を異にし、龍樹と天親はその治めを輔けました。川を分けて水を飲むと言ってはなりません。石を吼えて泥と成すことを思うべきです。雲と月は本来同じでも、溪と山はそれぞれ別れざるを得ません。そこで天親は相の宗を立て、瑜伽百巻を嗢陀藍としてまとめました。護法は迷う者を哀れみ、成唯識論を作り三十頌を解釈しました。深遠な理の微細なところを明らかにし、慈尊の奥義を説き示しました。十師の精髄が貫かれ、百巻が隅々まで通じています。類ごとに集め群ごとに分け、それぞれの本に従いました。玄奘大師はこの十の釈を混ぜ合わせ、訳して十巻としました。そこで文は同じでも義は異なる、あたかも一人の師の作ったかのようになりました。精約ではありますが、記憶するのはなお困難です。そこで八識頌を作りその緒を統べ、四章に分けてその道をまとめました。古くから註釈がありましたが、書き記されたものには多くの誤りがありました。魯山の泰法師が補い集めて一編とし、世に刻んで行いました。不慧は久しくこの典籍を研究してきましたが、極めたとはとても言えません。ただこの註が唯識論の文を多く引いていることを知っています。しかし引かれたものにも、義を尽くしていない箇所があります。そこで改めてすべてを取り上げ、義を解釈する順序もまた論の文を取り上げて証としました。それゆえ八識規矩補註証義と申します。
萬曆己酉端陽日西蜀輔慈沙門明昱造於秣陵木末亭左No. 890
万暦己酉の端午の日、西蜀の輔慈沙門明昱が秣陵木末亭の左にて造る。No. 890
八識規矩補註證義
八識規矩補註證義
唐三藏法師 玄奘 造頌
唐三蔵法師 玄奘 造頌
明魯山法師 普泰 補註
明の魯山法師 普泰 補註
明西蜀沙門 明昱 證義
明・西蜀の僧、明昱による証義