祇園正儀
祇園正儀
夫出家者。為厭塵勞。求脫生死。休心息念。斷絕攀緣。故名出家。豈可以等閒利養埋沒平生。直須兩頭撒開。中間放下。遇聲遇色如石上栽花。見利見名似眼中著屑。況從無始以來。不是不曾經歷。又不是不知次第。不過翻頭作尾止於如此。何須苦苦貪戀。如今不歇。更待何時。所以先聖教人。只要盡却今時。能盡今時更有何事。若得心中無事。佛祖猶是冤家。一切世事自然冷淡。方始那邊相應。儞不見隱山至死不肯見人。趙州至死不昔告人。匾擔拾橡栗為食。大梅以荷葉為衣。紙衣道者只披紙。玄泰上座只著布。石霜置枯木堂與眾座臥。只要死了儞心。投子使人辦米同煑共餐。要得省取儞事。且從上諸聖有如此榜樣。若無長處如何甘得。諸仁者。若也於斯體究。的不虧人。若也不肯承當。向後深恐費力。山僧行業無取。忝主山門。豈可坐費常住。頓忘先聖附囑。今者輙欲略斆古人為住持體例。與諸人議定。更不下山。不赴齋。不發化主。唯將本院莊課一歲所得均作三百六十分。日取一分用之。更不隨人添減。可以備飯則作飯。作飯不足則作粥。作粥不足則作米湯。新到相見茶湯而已。更不煎點。唯置一茶堂。自去取用。務要省緣專一辨道。又況活計具足。風景不疎。華解笑。鳥解啼。木馬長鳴。石牛善走。天外之青山寡色。耳畔之鳴泉無聲。嶺上猿啼露濕中霄之月。林間鶴唳風回清曉之松。春風起時枯木龍吟。秋葉凋而寒林花散。玉階舖苔蘚之紋。人面帶煙霞之色。音塵寂爾。消息宛然。一味蕭條無可趣向。山僧今日向諸人面前說家門已是不著便。豈可更去陞堂入室。拈槌竪拂。東喝西棒。張眉怒目。如癇病發相似。不唯屈沉上座。況辜負先聖。儞不見達磨西來到少室山下面壁九年。二祖至於立雪斷臂。可謂受盡艱辛。然而達磨不曾措了一詞。二祖不曾問著一句。還喚達磨作不為人得麼。喚二祖做不求師得麼。山僧每至說著古聖做處。便覺無地容身。慚愧後人軟弱又。況百味珍羞𮞏相供養。道我四事具足方可發心。只恐做手脚不迄。便此隔生隔世去也。時光似箭深為可惜。雖然如是。更在他人從長相度。山僧也強教儞不得。諸仁者還見古人偈麼。山田脫粟飯。野菜淡黃虀。喫則從君喫。不喫任東西。伏惟同道。各自努力。珍重。
出家するとは、世の煩わしさを厭い、生死を超えることを求めるためです。心を休め、思いを静め、執着の縁を断ち切る。それゆえに出家と名づけるのです。どうして世俗の利益や供養に平生を埋没させることができましょうか。ただ両端を振り払い、中間を放下しなければなりません。音や色に出会えば、石の上に花を植えるがごとく。利や名を見れば、目のうちに塵が入るがごとし。ましてや、無始よりこのかた、一度も経験したことがないわけではなく、順序を知らないわけでもありません。ただ頭を翻して尾とするだけで、これに止まっているのです。何のために苦しんで貪り恋い慕う必要がありましょう。今、休まなければ、さらにいつを待つというのでしょう。それゆえ先の聖人は人を教えて、ただ今の時を尽くすことを求めました。今の時を尽くすことができれば、さらに何のことがありましょう。もし心中に事なきを得れば、仏祖でさえもなお冤家です。一切の世の事は自然と冷淡になり、はじめてあの岸に相応するのです。あなたは見ないのですか、隠山は死に至るまで人に会おうとせず、趙州は死に至るまで人に告げようとしなかったことを。匾担は橡栗を拾って食とし、大梅は荷葉を衣とした。紙衣の道者はただ紙をまとい、玄泰上座はただ布を着た。石霜は枯木堂を設けて衆と共に座り臥し、ただあなたの心を死なせようとした。投子は人に米を整えさせて共に煮て餐し、ただあなたの事を省みさせようとした。しかも、上代の諸聖にはこのような手本があります。もし長所がなければ、どうして甘んじることができましょう。諸仁者よ、もしここにおいて体究するならば、確かに人を損なうことはありません。もし承当することを肯わなければ、後々深く力を費やすことを恐れます。山僧の行業は取るに足らず、山門の主となることを辱うけています。どうして常住のものを座して費やすことができましょうか。先聖の付嘱を頓に忘れることができましょうか。今、あえて古人の住持の体例を少し倣い、諸人と議定します。さらに下山せず、斎に赴かず、化主を発しません。ただ本院の荘課の一年の所得を均等に三百六十分とし、日ごとに一分を取って用います。さらに人に随って添減せず、飯を備えることができるならば飯を作り、飯が足りなければ粥を作り、粥が足りなければ米湯を作ります。新たに来た者には茶湯をもって相見するのみで、さらに煎点はしません。ただ一つの茶堂を置き、自ら取りに行って用います。務めて縁を省き、専一に道を辨えようとするのです。また、生計は具足し、風景は疎ならず。花は笑うことを解し、鳥は啼くことを解す。木馬は長く鳴き、石牛は善く走る。天外の青山は色寡く、耳畔の鳴泉は声無し。嶺上の猿啼けば、露は中霄の月を湿らせ、林間の鶴唳けば、風は清暁の松に回る。春風起こるとき枯木は龍吟し、秋葉凋みて寒林は花散る。玉階には苔蘚の紋を舖き、人面には煙霞の色を帯びる。音塵寂爾として、消息宛然たり。一味蕭条として、趣向すべきこと無し。山僧今日、諸人の面前で家門を説くことは、すでに便ならざるに著いている。どうしてさらに堂に昇り室に入り、槌を拈じ拂を竪て、東に喝し西に棒し、眉を張り目を怒らせ、癇病の発するに似たことをすることができましょうか。ただ上座を屈沈するのみならず、まして先聖に辜負するのです。あなたは見ないのですか、達磨が西より来たりて少室山下に面壁九年、二祖が至っては雪中立ち臂を断つことを。艱辛を尽くしたと言えましょう。しかしながら達磨は一詞も措かず、二祖は一句も問わなかった。まだ達磨を人と為さざる者と呼ぶことができるでしょうか。二祖を師を求めざる者と呼ぶことができるでしょうか。山僧は毎に古聖のなされたことを説くに至れば、便ち身を容れる地無きを覚え、後人の軟弱を慚愧します。また、百味の珍羞を次々と供養し、道うには四事具足して初めて発心できると。ただ手脚の及ばざることを恐れ、便ちこの隔生隔世に去ってしまうのです。時光は矢の如く、深く惜しむべきです。しかりといえども、さらに他人に在って長く相度するに任せます。山僧も強いてあなたを教えることはできません。諸仁者よ、まだ古人の偈を見るでしょうか。山田の脱粟飯、野菜の淡黄虀。喫するは則ち君に従って喫し、喫せざれば東西に任す。伏して惟うに同道、各自努力せよ。珍重。