曼殊室利呪藏中校量數珠功德經
曼殊室利呪蔵における数珠功徳の経
大唐三藏沙門釋義淨譯
大唐三蔵法師 義浄 訳
爾時,曼殊室利法王子菩薩摩訶薩,於大眾中從座而起,整理衣服,偏袒右肩,合掌恭敬白佛言:「世尊!我今為欲利益諸有情故,說受持數珠功德,校量福分利益差別。唯願世尊哀愍聽許。」
その時、文殊師利法王子菩薩摩訶薩は、大衆の中から座を立ち上がり、衣を整え、右肩をあらわにし、合掌して恭しく仏に申し上げた。 「世尊よ、私は今、あらゆる衆生の利益のために、数珠を受持する功徳と、その福分と利益の違いを説き明かしたいと存じます。 どうか世尊、哀れみをもってお聞き入れください。」
佛告曼殊室利:「善哉,善哉!聽汝為說。」
仏はマンジュシュリーに告げられた。「善きかな、善きかな。汝が説くを聴かん。」
曼殊室利菩薩摩訶薩言:「若善男子善女人有能誦念諸陀羅尼及佛名者,為欲自利及護他人,速成諸法而得驗者,其數珠法應當如是作意受持。然其珠體種種不同,若以鐵為數珠者,誦掐一遍得福五倍;若用赤銅為數珠者,誦掐一遍得福十倍;若用真珠、珊瑚等寶為數珠者,誦掐一遍得福百倍;若用槵子為數珠者,誦掐一遍得福千倍;若用蓮子為數珠者,誦掐一遍得福萬倍;若用因陀囉佉叉為數珠者,誦掐一遍得福百萬倍;若用烏嚧陀囉佉叉為數珠者,誦掐一遍得福百億倍;若用水精為數珠者,誦掐一遍得福千億倍;若用菩提子為數珠者,或時掐念或但手持,誦數一遍其福無量不可算計難可校量。若欲願生諸佛淨土者,應當依法受持此珠。」
曼殊室利菩薩はこうおっしゃいました。 「もし善男善女が、諸陀羅尼や仏の御名を唱え、自らの利益と他者を守るために、速やかに諸法を成就し験を得ようとするならば、数珠の法はこのように心を込めて受け持ち実践すべきです。
ただし、数珠の材質はさまざまに異なります。 鉄で作られた数珠を用いるならば、一通り唱えながら繰るごとに、五倍の福を得ます。 赤銅で作られた数珠を用いるならば、一通り唱えながら繰るごとに、十倍の福を得ます。 真珠や珊瑚などの宝で作られた数珠を用いるならば、一通り唱えながら繰るごとに、百倍の福を得ます。 ムクロジの実で作られた数珠を用いるならば、一通り唱えながら繰るごとに、千倍の福を得ます。 蓮の実で作られた数珠を用いるならば、一通り唱えながら繰るごとに、一万倍の福を得ます。 因陀羅佉叉(インドラクシャ)で作られた数珠を用いるならば、一通り唱えながら繰るごとに、百万倍の福を得ます。 烏嚧陀羅佉叉(ルドラクシャ)で作られた数珠を用いるならば、一通り唱えながら繰るごとに、百億倍の福を得ます。 水晶で作られた数珠を用いるならば、一通り唱えながら繰るごとに、千億倍の福を得ます。 菩提樹の実で作られた数珠を用いるならば、時に繰りながら唱え、あるいはただ手に持って唱えるだけで、一通り唱えるごとに得る福は、計り知れず、比較できないほど無量です。
もし諸仏の清らかな浄土に生まれたいと願うならば、この法に従ってこの数珠を受け持ち実践すべきです。」
曼殊室利菩薩言:「菩提子者,若復有人手持此菩提珠,不能依法念誦佛名及陀羅尼,但能手持隨身,行、住、坐、臥,所出言說,若善若惡,斯由此人以持菩提子故,所得功德如念諸佛誦呪無異,獲福無量。其數珠者要當須滿一百八顆。如其難得,或五十四,或二十七,或但十四,此乃數珠功德差別。以何因緣,我今偏讚用菩提子獲益最勝?」
曼殊室利菩薩はおっしゃいました。「菩提子とは、もし人がこの菩提珠を手に持ち、仏の名号や陀羅尼を正しく唱えることができなくても、ただ手に持って身につけ、歩くときも、立ち止まるときも、座るときも、臥すときも、口にする言葉が善であれ悪であれ、この人は菩提子を持つがゆえに、仏を念じ真言を唱えるのと変わらぬ功徳を得、限りない福を授かるのです。数珠は必ず百八つの珠を揃えるべきです。もしそれが難しければ、五十四、あるいは二十七、あるいは十四でも構いません。これが数珠の功徳の違いです。では、どうして私は特に菩提子を用いることを最も勝れた利益と称賛するのでしょうか?」
曼殊室利菩薩言:「乃往過去有佛出世,在此樹下成等正覺。時,一外道邪見壞心毀謗三寶,彼有一男,忽被非人之所打殺。外道念言:『我今邪見,未審諸佛有何神力,如來今既在此樹下成等正覺,若其實聖,樹應有感。』即將亡子臥菩提樹下,作如是言:『佛樹若聖,我子應蘇。』以經七日誦念佛名,子乃重蘇。外道歡喜,讚言:『諸佛有大神力,我未曾見。佛成道樹現此希奇,甚大威德,難可思議。』時,諸外道聞此事已,捨邪歸正,發菩提心,信佛神力不可思議。以此因緣,世人皆號為延命樹。其菩提樹遂有二名:一名菩提樹,二名延命樹。」
文殊師利菩薩はこうおっしゃいました。「遥か過去に、この木の下で仏が出現され、等しい正覚を成就なさいました。その時、一人の外道が邪見に染まり、心を乱して三宝を誹謗していました。彼には一人の息子がいましたが、ある時、非人(人間ではない存在)に打たれて死んでしまいました。外道はこう考えました。『私は今、邪見に陥っているが、諸仏には一体どのような神力があるのだろうか。如来は今、この木の下で等正覚を成就された。もし本当に聖なる方であるならば、この木にも何か感応があるはずだ。』そこで、亡くなった息子を菩提樹の下に寝かせ、こう言いました。『仏の木がもし聖なるものであるならば、私の息子は生き返るはずだ。』そして七日間、仏の御名を唱え続けました。すると、息子はついに息を吹き返したのです。外道は大いに喜び、こう賛嘆しました。『諸仏には大いなる神力がある。私は今まで見たことがなかった。仏が悟りを開かれたこの木が、このような稀有なことを現じ、これほどまでに大きな威徳を示されるとは、誠に思いはかることのできないことだ。』その時、他の外道たちもこのことを聞き、邪な道を捨てて正しい道に帰依し、菩提心を発し、仏の神力が不可思議であることを信じるようになりました。この因縁により、世の人々は皆、この木を『延命樹』と呼ぶようになりました。こうして、その菩提樹には二つの名がつくこととなったのです。一つは『菩提樹』、もう一つは『延命樹』です。」
爾時,曼殊室利菩薩摩訶薩說是語已,佛言:「善哉,善哉!曼殊室利!如汝所說。」
その時、曼殊室利菩薩摩訶薩がこの言葉を語り終えると、仏は言われた。「善きかな、善きかな!曼殊室利よ、汝の説く通りである。」
爾時,大眾聞說持珠功德經已,皆大歡喜,信受奉行。
その時、大衆は宝珠を持つ功徳の教えを聞き終え、皆、大いに歓喜し、信じて受け入れ、実践した。
曼殊室利校量數珠功德經
文殊師利による数珠の功徳を計る経