No. 1196-B自序
夫大道自如。萬行之本。本元若二。吾教何歸。倘萬行同一真。奚自得分迷悟。由一真具萬行。故此有判升沉。人心自異。道本常然。一念未生。千途安有。故諸聖達此道。則生死虗寂。眾生昧此道。則輪迴宛然。以致大覺尊慈。不能自已。示生垂迹。為實施權。四辯宣揚。鑒機宜而與法。一音圓演。指空有以利生。佛應雖殊。理終無別。觀此萬敷之玅用。總為一性之相關。詳夫理事雙融。旨明毫端之上。善惡兩念。果招萬難之中。塞滿太虗盡無餘。填作法界無不徧。若達一心體用相即。便知萬法大小無生。其實返本歸源。隨緣不變也。是以無量法門之多。任他竪窮橫徧。一乘覺場之大。祇須意會神通。古所謂。心包太虗。量周沙界者。明矣。夫凡聖一體。感應靡差。不礙卷舒。不爭遠近。不隔事理。不妨去來。故知從東至西。十萬億土。無論上中下根。皆可往生見佛。祇緣兩土苦樂有異。淨穢不同。所以彼此欣厭。不可不肫切也。佛祖誠言。六方同讚。吾人果信願持名。未有不親證親到者。論位雖有高低。到彼俱無生死。可謂釋迦一代時教。彌陀六字洪名。旨無不該。機無不被者矣。然一生上聖。尚迷隔羅之光。五濁下凡。焉窮徹底之本。但不忍遺教。乃以露鄙懷。略展數言。聊申淺見。故迦葉菩薩云。從未登地已還。皆名邪見之人。此之謂也。非假如來之方便。曷到寶所之玄門。奈何眾生機由利鈍不同。如來法乃難易仍爾。所以非仗言說。何以決疑。非引證明。何以起信。述成佛祖之言教。同證自他之偏圓。願法界眾生。報惟心九品。三空頓證。親見十劫之彌陀。無量分身。並圓二嚴之福果。塵劫有盡。心願無窮云爾。
そもそも大道は自然に存在し、すべての行いの根本です。もし根本が二つに分かれるなら、我が教えはどこに帰すればよいのでしょうか。もしすべての行いが一つの真実と同じなら、どうして迷いと悟りを分けることができるでしょう。一つの真実がすべての行いを備えているからこそ、ここに昇り沈む判別があるのです。人の心はそれぞれ異なりますが、道の根本は常に同じです。一つの念いがまだ生じていないとき、千の道がどうしてあるでしょうか。だからこそ、聖人たちはこの道に達し、生死は空しく静まるのです。衆生がこの道に暗ければ、輪廻はあたかも実在するかのようです。
それゆえ、大覚の尊き慈悲は自らを抑えることができず、生を現じて跡を垂れ、真実のために方便を施しました。四つの弁舌で説き広め、機根に応じて法を与え、一つの音声で円満に説き、空と有を指し示して衆生を利します。仏の応現はさまざまですが、理はついに別れることはありません。この無限に広がる妙なる働きを見れば、すべて一つの本性に関わっていることがわかります。事と理が互いに融け合い、その趣旨は毫端の上に明らかです。善と悪の二つの念いは、果てに万の難を招きます。大虚を満たし尽くし、法界に満ち渡って余すところはありません。もし一心の体と用が互いに関わり合うことを悟れば、万法の大小が本来生じないことを知るでしょう。実のところ、本に返り源に帰るとは、縁に従いながらも変わらないことです。
それゆえ、無量の法門の多さは、縦に窮まり横に遍く任せておけばよく、一乗の覚りの場の大きさは、ただ意で会得し神通で通じるだけで十分です。古来、「心は大虚を包み、量は沙界に周る」と言われるのは、まさにこのことです。凡夫と聖者は一体であり、感応に差はありません。巻き舒きを妨げず、遠近を争わず、事理を隔てず、去来を妨げません。だから、東から西へ十万億の国土を経ても、上中下の根機を問わず、皆往生して仏に会うことができるのです。ただ、この土と浄土の苦楽が異なり、清浄と穢れが違うため、互いに欣求と厭離があり、切実に願わなければなりません。
仏祖の誠実な言葉は、六方の諸仏がともに讃嘆します。私たちが真に信じ願い名号を称えれば、親しく証し親しく到らぬことはありません。位には高低があるとしても、浄土に到れば皆生死を離れます。釈迦一代の教えと、弥陀六字の洪名は、趣旨を漏らすことなく、機根を受け入れないことはないと言えるでしょう。しかし、一生の上聖でさえも羅網の光に迷い、五濁の下凡はどうして徹底した根本を窮められましょう。ただ、遺教を忍びず、拙い思いを露わにし、わずかに数言を述べて浅い見解を申し上げます。迦葉菩薩が「未だ地に登らざる已還は、皆な邪見の人と名づく」と言われたのは、このことです。如来の方便がなければ、どうして宝所の玄門に到ることができましょう。
しかし、衆生の機根は利鈍が異なり、如来の法も難易があります。だからこそ、言葉によらなければどうして疑いを断ち切れましょう。証拠を引かなければどうして信心を起こせましょう。仏祖の言葉を述べて成し、自他の偏円をともに証します。法界の衆生が、心に九品の報いを思い、三空を頓証し、親しく十劫の弥陀を見、無量の分身がともに二厳の福果を円満することを願います。塵劫は尽きても、心の願いは窮まりません。
時維大清光緒元年歲次乙亥孟春之月穀旦東甌釋卍蓮曉柔氏自序於約西精舍