No. 844-A挍刻異部宗輪論䟽敘
No. 844-A 校刻『異部宗輪論疏』序
異部宗輪論也者。世友菩薩之所作也。宗謂異部所崇之理。輪謂顯能摧之用。譬諸王之有輪寶。而能無不駈寇殄怨也。於乎賢劫之應真。何翅為學小乘者。亦愍澆末之世。人作異競。遂令大乘之玄軫枉于殊途也。我 慈恩大師為之䟽。盖亦在此乎。可謂此書也亦記路之的標也。奈何。輓近法與世降。雖其脂轄大乘者。取道隘也。軋轍折阪。蹉焉跎焉。猶失輗軏然。疇知。誾誾然談心性本淨全同大眾部。喋喋乎說因緣假有尚混說假部。是豈有它。取標之不正也。不可不慎焉。而今行之䟽本。錯簡多多。讀者或病(基辯)。曾住南京之日。得善本一卷。韞匵重襲以自珍焉。屬日有近事廣流者。志存法住。以促公世。勸誘丁寧。不啻連城(基辯)。常有意弘法。何空求善賈為。遂附梓云。庶後進之子。能無癈之。則終以見照乘之光。亦方無行大乘於隘地之失。云爾。
『異部宗輪論』は、世友菩薩によって著されたものである。「宗」とは、さまざまな部派が尊ぶ教えの真理を指し、「輪」とは、その教えが敵を打ち破る力を顕すことを譬えている。ちょうど王様が宝物の輪を持つことで、いかなる賊も追い払い、敵を滅ぼすことができるように。ああ、この賢劫の時代における真理にかなった聖者たちは、ただ小乗を学ぶ者たちのためだけでなく、終わりの時を迎えた世の中の人々が、互いに異なる説を競い合うことを悲しみ、ついには大乗の深遠な教えが誤った道へと向かわせることを防ごうとしたのである。我らが慈恩大師がこれに注釈を加えられたのも、まさにこのためであろう。まさにこの書は、道を指し示す明確な標識というべきである。しかしながら、近年は教えも世の中も衰え、たとえ大乗を志す者であっても、その道が狭くなっている。車輪が険しい坂道で軋み、よろめき、ついには車の連結部分である軛や轅さえ失ってしまうようである。誰が知ろうか、ひたすら心と本性は本来清らかであると語りながら、それが完全に大衆部の教えと同じであり、くどくどと因縁によって仮に存在すると説きながら、なお説仮部の説と混同していることを。これは何か他に理由があるのだろうか。標識を正しく持たないからである。このことを慎まねばならない。しかし、今流通している注釈書は、誤った箇所が多く、読む人を悩ませている。私(基辯)は、かつて南京に滞在していた時、一巻の善本を得た。それを大切に箱にしまい、幾重にも包んで秘蔵していた。 ある時、近ごろ広く流布させる志を持つ人がいて、法を永く伝えようと願い、この書を世に広めるよう、私(基辯)に熱心に勧めた。その熱意は、連城の璧にも劣らぬものであった。もとより私は法を弘めたいと願っていたので、どうして良い買い手を求めてただ待つことがあろうか。そこで、ついに版木に彫り、世に出すことにした。 どうか後の学び手たちが、この書を絶やさずにいてくれるならば、ついには照らす光を見るように、大乗を狭い道で歩む誤りを免れることであろう。かくのごとし。
時明和九年龍集壬辰春正月南京留學傳法相宗沙門釋(基辯)撰
明和9年、龍が壬辰の年に集う春正月。南京に留学して法相宗を伝える沙門(基辯)が撰す。