佛說善惡因果經
仏説善悪因果経
如是我聞:
私はこのように聞きました:
一時,佛在舍衛國祇樹給孤獨園。爾時,世尊與無量菩薩、人、天大眾圍繞說法,一心靜聽。
ある時、お釈迦さまは舎衛国の祇園精舎におられました。その時、世尊は数え切れないほどの菩薩や、人々、天界の衆生たちに囲まれて法を説かれ、皆は一心に静かに聞き入っていました。
爾時,阿難為眾生故,而白佛言:「世尊!今見世間等同一種生在人中,有好、有醜,有強、有弱,有貧、有富,有苦、有樂,有貴、有賤,音聲不同、言語殊方,有百歲不死、有三十早亡、有十五夭喪、胞胎墮落。
その時、阿難は衆生のために、仏に申し上げました。 「世尊よ、今、世間を見ますと、同じ人間に生まれながら、美しい者と醜い者、強い者と弱い者、富める者と貧しい者、楽を享ける者と苦しむ者、高貴な者と卑しい者がおります。 声も違えば言葉も異なり、百歳まで生きる者もいれば、三十で早世する者も、十五で夭折する者も、あるいは胎内で命を落とす者もおります。
「有端政而貧賤、有醜陋而富貴,有大強下劣、有軟弱登上位,有苦而長壽、有樂而命殤,有行善而致過、有作惡而福利,有肥白眼𭾸睞、有青黑而婉媚,有雖短小而足意氣、有雖長大為他僕使。
世の中には、品行方正でありながら貧しく身分が低い者もいれば、醜い容貌でありながら裕福で地位が高い者もいる。力強く立派なのに下の立場にいる者もいれば、弱々しいのに高い地位に登る者もいる。苦しみながら長生きする者もいれば、楽しみながら早死にする者もいる。善い行いをしたのに災いを招く者もいれば、悪事を働いたのに幸せになる者もいる。太っていて目つきが悪いのに好かれる者もいれば、青黒くて不細工なのに愛らしく見える者もいる。背が低くても十分に威厳がある者もいれば、背が高くても他人の下僕になる者もいる。
「有豐饒男女、有孤單獨自,有在外遊飢寒憔悴、有入宮在朝衣食自恣,有少時貧賤老始富貴、有理實無辜橫罹獄事,有父慈子孝論經說義、有兄弟乖各鬪諍交至,有安居立宅種種豐備、有自無舍屋處處浮寄。
豊かに男女に恵まれる者もあれば、孤独で独り身の者もいます。外を流浪し飢えと寒さで憔悴する者もいれば、宮廷や朝廷に入り衣食に不自由しない者もいます。若い頃は貧しく卑賤でも、年老いてから富貴になる者もいれば、道理にかなって無実なのに、無実の罪で投獄される者もいます。父は慈しみ、子は孝行し、経典を論じ教えを説く者もいれば、兄弟が不和で争いが絶えない者もいます。安らかに住まいを構え、さまざまなものが豊かに備わる者もいれば、自ら家屋を持たず、あちこちに仮住まいする者もいます。
「有烏栖鹿宿𤢌狩同類、有衣毛茹血不識文字,有端坐受報、有客作無地,有聰明高爽、有闇鈍無智,有經營始得、有不求自至,有富而慳貪、有貧窮而好施,有出言和睦、有發語棘刺,有為他愛敬、有眾人遠避,有慈心養命、有殺生無比,有寬而得眾、有為他所棄。
ある者は烏のように木に宿り、鹿のように野に眠り、狩りをして同類を食らう。ある者は毛皮をまとい、生血をすすり、文字を知らず。ある者は端坐して報いを受け、ある者は雇われて働くも土地を持たず。ある者は聡明で気高く、ある者は愚鈍で知恵なく。ある者は努力して初めて得、ある者は求めずして自ら至る。ある者は富みながら慳貪に、ある者は貧しきもよく施す。ある者は言葉を和らげて睦まじく、ある者は発する言葉が茨のごとく。ある者は他から愛敬され、ある者は人々に遠ざけられ。ある者は慈心をもって命を養い、ある者は殺生に比類なきほど。ある者は寛容にして衆を得、ある者は他に見捨てられる。
「有婦姑相憎、有妯娌歡戲,有喜聽法語、有聞經眠睡,有武夫無禮、有好學文義,有作畜生之形種種異類。
ある家では姑と嫁が憎み合い、ある家では嫁同士が仲良く遊び、ある家では法の言葉を喜んで聞き、ある家では経典を聞きながら眠り込む。ある家では武夫が礼儀を知らず、ある家では学問を好み文意を理解する。またある家では畜生の姿をした、さまざまな異なる類の者がいる。
「唯願世尊廣說因果,大眾若聞一心從善。」
ただ願わくは世尊よ、因果の理を広く説きたまえ。大衆もし聞けば、一心に善に従わん。
佛告阿難:「如汝所問受報不同者,皆由先世用心不等,是以所受千差萬別。今身端政者從忍辱中來,為人醜陋者從瞋恚中來,為人貧窮者從慳貪中來,為人高貴從禮拜中來,為人下賤從憍慢中來,為人長大從恭敬中來,為人座短從慢法中來,為人狠戾從羊中來,為人黑𤸑從障佛光明中來。
仏は阿難に告げられた:「あなたが尋ねた、報いを受けることが異なる理由は、すべて前世における心の用い方が同じでなかったからであり、それゆえに受けるものも千差万別なのです。今世で容貌が端正なのは、忍辱の行いから生まれてきました。醜い容貌の者は、瞋恚の心から生まれてきました。貧しい者は、慳貪の心から生まれてきました。高貴な身分の者は、礼拝の行いから生まれてきました。卑しい身分の者は、驕慢の心から生まれてきました。背の高い者は、恭敬の心から生まれてきました。背の低い者は、慢法の心から生まれてきました。性格が残忍な者は、羊の生まれ変わりから来ています。肌が黒く病んでいる者は、仏の光明を妨げたことから生まれてきました。」
「為人緊脣從甞齊食中來,為人赤眼從惜火光明中來,為人雀目從縫鷹眼合中來,為人瘖瘂從謗法中來,為人耳聾從不喜聞法中來,為人缺齒從喜咬骨肉中來,為人塞鼻從燃不好香供養佛中來,為人脣缺從穿魚鰓中來,為人黃髮從攕猪中來,為人穴耳從穿耳中來。
口が引き締まった人は、かつて斎食(精進料理)を共にしたことから。 赤い目を持つ人は、灯火の明かりを惜しんだことから。 雀のように目が細い人は、鷹の目を縫い合わせたことから。 口が利けない人は、仏法を誹謗したことから。 耳が聞こえない人は、法を聞くことを喜ばなかったことから。 歯が欠けた人は、骨や肉を噛むことを好んだことから。 鼻が詰まった人は、良い香りを仏に供えることをしなかったことから。 唇が欠けた人は、魚の鰓を刺し通したことから。 黄色い髪の人は、猪を刺し殺したことから。 耳に穴の開いた人は、耳に穴を開けたことから。
「為人蛇體從著輕衣盪突佛像中來,為人黑色從安佛像著屋簷下烟熏處中來,為人𤼣躄從見師長不起中來,為人僂脊從輕衣出入背佛像中來,為人脛額者從見佛不禮捉手打額中來,為人短項從見尊長縮頭走避中來,為人心痛病者從斫刺眾生身體中來,為人癩病從枉取他物中來,為人氣嗽從冬月與人冷食中來。
蛇のような体の人は、軽い衣を着て仏像を突き動かしたことから来ています。 黒い肌の人は、仏像を屋根の下の煙で燻す場所に置いたことから来ています。 足の不自由な人は、師や年長者を見ても立ち上がらなかったことから来ています。 背中が曲がった人は、軽い衣で仏像の前を背を向けて出入りしたことから来ています。 額に瘤のある人は、仏を見ても礼をせず、手で額を叩いたことから来ています。 首の短い人は、尊い人や年長者を見て首を縮めて逃げたことから来ています。 心臓の痛みを患う人は、生き物の体を切り刺したことから来ています。 癩病の人は、他人の物を不当に取ったことから来ています。 咳の出る人は、冬に人に冷たい食べ物を与えたことから来ています。
「為人無男女者從殺他諸鳥子中來,為人饒兒息者從喜養生物命中來,為人長命者從慈心中來,為人短命者從殺生中來,為人大富者從布施中來,為人有車馬者從施三寶車馬中來,為人聰明從學問誦經中來,為人闇鈍從畜生中來,為人奴婢從負債中來,為人躁狂從獼猴中來,為人病癩者從破壞三寶中來,為人手脚不隨者從縛勅眾生手脚中來,為人惡性從蛇蠍中來,為人六根具足者從持戒中來,為人諸根不具足者從破戒中來。
人の姿に男女の別があるのは、他を殺し、多くの鳥の雛を奪うことから来る。 人の子に恵まれるのは、生き物を喜んで養うことから来る。 人の寿命が長いのは、慈しみの心から来る。 人の寿命が短いのは、殺生から来る。 人が大いに富むのは、布施から来る。 人が車馬を持つのは、三宝に車馬を施すことから来る。 人が聡明であるのは、学問し経典を誦することから来る。 人が愚鈍であるのは、畜生道から来る。 人が奴婢となるのは、負債から来る。 人が落ち着きなく狂おしいのは、猿から来る。 人が癩病に罹るのは、三宝を破壊することから来る。 人の手足が自由に動かないのは、衆生の手足を縛ることから来る。 人が悪性であるのは、蛇や蠍から来る。 人の六根が具足しているのは、戒律を守ることから来る。 人の諸根が具足していないのは、戒律を破ることから来る。
「為人不淨潔者從猪中來,為人喜歌舞者從伎兒中來,為人多貪從狗中來,為人項有癭肉者從獨食中來,為人口氣嗅者從惡罵中來,為人男根不具足者從揵猪狗中來。為人舌短者從屏處盜罵尊長中來。
人不浄潔な者は豚の中から来ており、歌舞を好む者は伎芸者の中から来ており、貪りの多い者は犬の中から来ており、首にこぶのある者は独り食いの中から来ており、口臭のする者は悪罵の中から来ており、男根の具足しない者は去勢された豚や犬の中から来ております。舌の短い者は、人目を避けた場所で盗み、尊長を罵ったことの中から来ております。
「為人喜婬他婦女者死墮鵝鴨中,為人喜婬九族親者死墮雀中,為人慳惜經書藏匿智慧不為人說者死作土木中虫,好帶弓箭騎乘死墮六夷中,好猲殺生者死墮犲狼中,好著創華者死作載勝虫,喜著長衣者死作長尾虫。
人の妻女を婬することを好む者は、死んで鵝鴨の中に堕ちます。九族の親を婬することを好む者は、死んで雀の中に堕ちます。経書を慳惜し、智慧を蔵匿して人に説かない者は、死んで土木の中の虫となります。弓矢を帯びて騎乗することを好む者は、死んで六夷の中に堕ちます。猟殺を好む者は、死んで犲狼の中に堕ちます。創華を著けることを好む者は、死んで載勝虫となります。長衣を著けることを喜ぶ者は、死んで長尾虫となります。
「憙臥食者死墮猪中,好著綵色衣服者死作斑駮鳥,憙學人語調弄者死作鸚鵡鳥,憙讒人者死墮蟒蛇惡毒中,橫惱他人者死作懊惱虫,為人憙傳惡作信者死作鵄梟鳥,為人喜作殃禍語者死作野狐,喜驚恐人者死作䑜鹿虫,前身著木屣入寺者今身生在𨂊蹄馬中,先月憙放下氣者今作𮕇𧓙虫,先身用眾僧碓磑者今作叩頭虫,先身節量人食者今作啄木虫。
喜んで寝てばかりいる者は死んで豚に生まれ変わり、色鮮やかな衣服を好んで着る者は死んで斑模様の鳥となり、人の言葉を真似てからかうことを好む者は死んでオウムとなり、他人を誹謗することを好む者は死んで毒蛇の身となり、不当に他人を悩ませる者は死んで悩みの虫となり、他人の悪事を広めることを好む者は死んで梟となり、他人に災いをもたらす言葉を喜んで言う者は死んで野狐となり、人を驚かせ恐れさせることを好む者は死で鹿の虫となり、前世で木靴を履いて寺院に入った者は今世で蹄のある馬に生まれ、前世でよく屁を放つことを好んだ者は今世で蚯蚓となり、前世で僧侶の臼や石臼を使った者は今世で頭を叩く虫となり、前世で他人の食事を制限した者は今世で啄木鳥となる。
「盜用僧水者今作水中魚鱉,污眾僧地者作屏中虫,盜僧菓子者作食泥土虫,偷僧物者今作碓磪牛驢,強從僧乞貸者今作白鴿鳥,罵辱眾僧者今作牛領中虫,食眾僧菜者作蓼中虫,坐僧床者作蛐蟮虫,用僧雜物者作飛蛾投火虫,捶骨捭入寺者今作長𭉨鳥,著烟炆胡粉朱脣入寺者今作赤𭉨鳥,著綵色衣入寺者今作黃𮭂𪅛,夫婦在寺中止宿者今作青頭台虫,却坐佛塔者今作駱駝身,著鞋靴入浮圖精舍中者今作蝦蟆虫,聽法亂語者今作百舌鳥,污淨行尼僧者死墮鐵窟地獄中,百萬刀輪一時來下,斬截其身。」
僧の水を盗んだ者は、今や水中の魚や亀となり、 僧侶の土地を汚した者は、屏風の中の虫となり、 僧の果物を盗んだ者は、土を食べる虫となり、 僧の物を盗んだ者は、臼や杵の牛や驢馬となり、 僧から強引に借りた者は、白鳩の鳥となり、 僧侶を罵り辱めた者は、牛の首の中の虫となり、 僧の野菜を食べた者は、蓼の中の虫となり、 僧の座具に座った者は、蚯蚓の虫となり、 僧の雑物を使った者は、飛び火に投じる蛾となり、 杖をついて寺に入った者は、今や長い嘴の鳥となり、 煙や白粉、赤い唇で寺に入った者は、今や赤い嘴の鳥となり、 色とりどりの衣を着て寺に入った者は、今や黄色い鳥となり、 夫婦で寺に宿泊した者は、青い頭の虫となり、 仏塔に背を向けて座った者は、今や駱駝の身となり、 靴を履いて仏塔や精舎に入った者は、今や蛙の虫となり、 説法を聞きながら騒いだ者は、今や百舌鳥となり、 清らかな行いの尼僧を汚した者は、死んで鉄の窟地獄に堕ち、 百万の刀輪が一度に降り注ぎ、その身を切り刻む。
爾時,阿難白佛言:「如佛所說,犯眾僧物實是大重。若如是者,四輩檀越云何得詣寺中恭敬禮拜?」
その時、阿難が仏に申し上げました。「仏がおっしゃるには、僧伽の物を犯すことは実に大きな重罪であると。もしそうであるならば、四衆の檀越はどうして寺に赴き、恭敬して礼拝することができるでしょうか?」
佛言:「往僧藍中有二種心:一者、善心;二者、惡心。云何名為善心?若至僧中,見佛禮拜、見僧恭敬,請經問義受戒懺悔,捨於財物經營三寶,不惜身命護持大法。如是之人,舉足一步天堂自來,未來受果如樹提伽,是則名為最上善人也。云何名為惡心?若有眾生入寺之時,唯從眾僧乞索借貸,或求僧長短專欲破壞,或噉僧食都無愧心,餅菓菜茹懷挾歸家。如是之人,死墮鐵丸地獄,鑊湯、爐炭、刀山、劍樹靡所不經,是即名為最下惡人。」
仏は言われた:「僧院に行くときには、二つの心がある。一つは善心、もう一つは悪心である。善心とは何か。僧院に至り、仏を見て礼拝し、僧侶を見て恭敬の念を抱き、経典を請じて教えを問い、戒を受け懺悔し、財物を捨てて三宝を営み、身命を惜しまず大法を護持する。このような人は、足を一歩踏み出すごとに、自ずと天界が訪れ、未来に受ける果報は樹提伽のように豊かである。これこそが最上の善人である。
悪心とは何か。もし衆生が寺に入るとき、ただ僧侶から物を乞い借りるばかりで、あるいは僧侶の長短を求め、ひたすら破壊を望み、あるいは僧侶の食事を平然と食べ、餅や菓子、野菜などを懐に隠して家に持ち帰る。このような人は、死んで鉄丸地獄に堕ち、釜の湯、炉の炭、刀の山、剣の樹をことごとく経なければならない。これこそが最下の悪人である。」
佛語阿難:「誡語來世,是我弟子者,於三寶所謹慎莫犯,努力崇成勿生退心;用佛語者,彌勒出世得度無疑。」
仏は阿難に告げられた:「後の世に戒めを伝えよ。我が弟子たる者は、三宝に対して慎み深く、決して過ちを犯さぬよう。努めて修行を重ね、退く心を起こしてはならない。仏の教えを実践する者は、弥勒仏が世に現れる時、必ず救われるであろう。」
佛言:「今身劫剝人衣者,死墮寒氷地獄,又生蠶虫,為他燝剝;今身不憙燃燈照經像者,死墮鐵圍山間黑闇地獄中;今身屠殺斬截眾生者,死墮刀山劍樹地獄中;今身飛鷹走狗憙獵射者,死墮鐵鋸地獄中;今身多邪行者,死墮銅柱鐵床地獄中;今身畜多婦者,死墮鐵磑地獄中;今身畜多夫主者,死墮毒蛇地獄中;今身燒燝雞子者,死墮灰河地獄中。
お釈迦様はおっしゃいました。 「今世で他人の衣服を奪う者は、死後、寒氷地獄に堕ち、また蚕の虫に生まれ変わって、他人に煮られて皮を剥がれる。 今世で灯りをともして経典や仏像を照らすことを喜ばない者は、死後、鉄囲山の間にある暗黒地獄に堕ちる。 今世で生き物を殺し、切り刻む者は、死後、刀山剣樹の地獄に堕ちる。 今世で鷹や犬を使って狩りや射撃を好む者は、死後、鉄鋸地獄に堕ちる。 今世で多くの邪な行いをする者は、死後、銅柱鉄床の地獄に堕ちる。 今世で多くの妻を蓄える者は、死後、鉄臼地獄に堕ちる。 今世で多くの夫を持つ者は、死後、毒蛇地獄に堕ちる。 今世で鳥の卵を焼いたり煮たりする者は、死後、灰河地獄に堕ちる。」
「今身攕猪鷄者,死墮鑊湯地獄中;今身犍猪狗者,死墮尖石地獄中;今身飲酒醉亂者,死墮飲銅地獄中;今身斬截眾生者,死墮鐵輪地獄中;今身偷眾僧菓子者,死墮鐵丸地獄中;今身食猪狗腸肉者,死墮糞屎地獄中;今身作生魚食者,死墮刀林劍樹地獄中。
今世で豚や鶏を捕らえる者は、死後、釜の湯の地獄に堕ちる。今世で豚や犬を去勢する者は、死後、尖った石の地獄に堕ちる。今世で酒に酔って乱れる者は、死後、銅を飲む地獄に堕ちる。今世で生き物を切り刻む者は、死後、鉄の輪の地獄に堕ちる。今世で僧侶の果物を盗む者は、死後、鉄の玉の地獄に堕ちる。今世で豚や犬の内臓を食べる者は、死後、糞尿の地獄に堕ちる。今世で生き魚を食べる者は、死後、刀の林、剣の樹の地獄に堕ちる。
「今身作後母諛剋前母兒者,死墮火車地獄中;今身兩舌鬪亂者,死墮鐵犁地獄中;今身兩口罵人者,死墮拔舌地獄中;今身多妄語者,死墮鐵針地獄中;今身殺生祠邪神者,死墮鐵碓地獄中。
今世で継母が前妻の子をいびり殺す者は、死後、火車地獄に堕ちる。 今世で二枚舌を使い人を争わせる者は、死後、鉄の鋤地獄に堕ちる。 今世で口汚く人を罵る者は、死後、舌抜き地獄に堕ちる。 今世で多く嘘をつく者は、死後、鉄の針地獄に堕ちる。 今世で生き物を殺して邪神に捧げる者は、死後、鉄の臼地獄に堕ちる。
「今身作師母,鬼語誑他取物者,死墮肉山地獄中。今身作師母,合眼眠地誑他上天取禰魂神者,死墮斬腰地獄中。今身作師母,教他殺生求其大神,或禍五道、土地、社公、阿魔女郎,諸如是等皆是誑惑愚人,死墮斫地獄中,為諸獄卒莝斬其身,鐵𭉨之鳥啄兩眼睛。今身作師公,或葬埋死人,占宅吉凶、五姓便利、安龍謝蠶、壓衰禍,誑其癡人多取財物,妄作吉凶之語者,如是之徒死墮鐵銅地獄中,無量惡鳥集在其身食噉肉,盡啄其筋骨受苦無窮。今身作其醫師,不能差病誑他取物,死墮針灸地獄中,舉身火燃。今身破塔壞寺、反戾師僧、不孝父母者,死墮入阿鼻大地獄中,備經八大地獄,復入諸小地獄,一百三十六所悉皆入中,或經一劫、二劫乃至五劫,然後得出,值善知識發菩提心,若不值遇還墮地獄。」
今世、師母となり、霊媒の言葉で人を欺き物を取る者は、死後、肉山地獄に堕ちる。今世、師母となり、目を閉じて地に眠り、人を欺いて天に昇り魂を取ると言う者は、死後、斬腰地獄に堕ちる。今世、師母となり、人に殺生を教えて大神を求めさせ、あるいは五道・土地・社公・阿魔女郎などに禍をなす、このようなすべては愚かな人々を欺き惑わすものであり、死後、斬地獄に堕ちて、多くの獄卒に身を切り刻まれ、鉄の嘴の鳥に両眼をついばまれる。今世、師公となり、あるいは死人を葬り、家屋の吉凶を占い、五姓の利便を説き、龍を鎮め蚕を謝し、衰禍を押さえるなどと、愚かな人々を欺き多くの財物を取る者、あるいは妄りに吉凶の言葉を語る者、このような者たちは死後、鉄銅地獄に堕ち、無数の悪鳥がその身に集まり肉を食い尽くし、筋骨をついばんで苦しみは尽きない。今世、医師となり、病を治すことができないのに人を欺き物を取る者は、死後、針灸地獄に堕ち、全身が火に焼かれる。今世、塔を壊し寺を破り、師僧に逆らい、父母に孝行しない者は、死後、阿鼻大地獄に堕ち、八大地獄を経て、さらに多くの小地獄、百三十六か所すべてに入り、あるいは一劫、二劫、さらには五劫を経て、ようやく出ることができる。善知識に遇って菩提心を発すれば救われるが、もし遇わなければ再び地獄に堕ちる。
佛言:「為人身大臭穢,健瞋難解者,從駱駝中來。為人喜行健食,不避嶮難者,從馬中來。為人堪履寒熱,無記錄心者,從牛中來。為人高聲無愧,多所愛念,不別是非者,從驢中來。為人恒貪肉食,所作無畏者,從師子中來。為人身長眼圓,多遊曠野,憎嫉妻子者,從虎中來。為人毛長眼小,不樂一處者,從飛鳥中來。為人性無返復,喜殺害虫者,從野狐中來。為人勇健,少於婬慾,不愛妻子者,從狼中來。為人不好妙服,伺捕奸非,小時眼惡多怒者,從狗中來。為人好婬憙,談眾人所愛者,從鸚鵡中來。為人樂人,眾中言語多煩者,鸚鵅中來。
仏は言われた。
「人間として生まれながら、体が大きく臭く汚れていて、怒りっぽくて心が狭い者は、前世がラクダだった者である。
人間として生まれながら、よく歩き、よく食べ、危険や困難を恐れない者は、前世が馬だった者である。
人間として生まれながら、寒さや暑さに耐え、物事を深く考えず、心に留めない者は、前世が牛だった者である。
人間として生まれながら、大声を出しても恥じず、多くのものを執着し、善悪の区別がつかない者は、前世がロバだった者である。
人間として生まれながら、常に肉食を貪り、行いに恐れを知らない者は、前世がライオンだった者である。
人間として生まれながら、背が高く目が丸く、広野を好んで歩き、妻や子を憎み嫉妬する者は、前世が虎だった者である。
人間として生まれながら、毛深く目が小さく、一か所に落ち着かない者は、前世が鳥だった者である。
人間として生まれながら、恩義を知らず、害虫を殺すことを喜ぶ者は、前世が野狐だった者である。
人間として生まれながら、勇ましく健やかで、性欲が少なく、妻や子を愛さない者は、前世が狼だった者である。
人間として生まれながら、良い衣服を好まず、他人の過ちを探り、幼い頃から目つきが悪く怒りっぽい者は、前世が犬だった者である。
人間として生まれながら、好色で、人々の好む話題を好んで話す者は、前世がオウムだった者である。
人間として生まれながら、人に好かれようとし、大勢の中で言葉が多く煩わしい者は、前世が九官鳥だった者である。」
「為人體小好婬意,不專定見色心惑者,從雀中來。為人眼赤齒短,語便吐沫,臥則纏身者,從蛇蚖中來。為人語則瞋恚不察來義,口出火毒者,從蝎中來。為人獨處貪食,夜則少睡者,從狸中來。為人穿牆竊盜,貪財健怨,無有親疎者,從鼠中來。」
人の姿でいても体が小さく、好色な心が強く、心が定まらず、色欲に惑わされる者は、雀の中から来た者である。 人の姿でいても目が赤く歯が短く、話すとすぐに泡を吐き、寝ると体をねじ曲げる者は、蛇やトカゲの中から来た者である。 人の姿でいても話すとすぐに怒り、相手の真意を考えず、口から毒のような言葉を吐く者は、サソリの中から来た者である。 人の姿でいても一人で過ごし、貪り食い、夜はほとんど眠らない者は、野良猫の中から来た者である。 人の姿でいても壁を破って盗みを働き、財を貪り、恨みを抱きやすく、親しい者も疎遠な者も区別しない者は、鼠の中から来た者である。
佛言:「為人破塔壞寺,隱藏三寶物作己用者,死墮阿鼻大地獄中,從地獄出受畜生身,所謂鴿、雀、鴛、鴦、鸚鵡、青雀、魚、鱉、獼猴、獐、鹿;若得人身,受黃門形,女人二根無根婬女。為人喜瞋恚者,死墮毒蛇、師子、虎、狼、熊、羆、猫狸、鷹、雞之屬;若得人身,喜養雞猪,屠兒獵師網捕獄卒。為人愚癡不解道理者,死墮象、猪、牛、羊、水牛、蚤、虱、蚊、蝱、蟻子等形;若得人身,聾盲瘖瘂、癃殘背瘻,諸根不具足,不能受法。為人憍慢者,死墮糞虫、駞驢、犬、馬;若生人中,受奴婢身貧窮乞丐,眾所輕賤。為人因官形勢貪取民物者,死墮肉山地獄中,百千萬人割肉而噉。
仏はおっしゃいました。「人のために塔を壊し寺を破り、三宝の物を隠し蔵して自分のために使う者は、死んで阿鼻大地獄に堕ちます。地獄から出た後は畜生の身を受けます。いわゆる鴿、雀、鴛、鴦、鸚鵡、青雀、魚、鱉、獼猴、獐、鹿などです。もし人の身を得ても、黄門の形を受け、女人は二根無根の婬女となります。人のために怒りや恨みを好む者は、死んで毒蛇、師子、虎、狼、熊、羆、猫狸、鷹、雞の類に堕ちます。もし人の身を得ても、雞や猪を養うことを好み、屠児や猟師、網捕や獄卒となります。人のために愚かで道理を理解しない者は、死んで象、猪、牛、羊、水牛、蚤、虱、蚊、蝱、蟻子などの形に堕ちます。もし人の身を得ても、聾盲瘖瘂、癃残背瘻で、諸根が具足せず、法を受けることができません。人のために驕慢な者は、死んで糞虫、駞驢、犬、馬に堕ちます。もし人中に生まれても、奴婢の身を受け、貧窮の乞丐となり、衆に軽賤されます。人のために官の権勢によって民の物を貪り取る者は、死んで肉山地獄に堕ち、百千万人が肉を割いて食らいます。
「今身喜立他人者,死墮白象中,脚直不得眼臥。今身破齋夜食者,死墮餓鬼中,百萬萬歲不得飲食,若行之時節頭火出。今身喜露形坐者,死作寒鴞虫。今身懷挾齋殘飲食者,死墮熱鐵地獄中,又生人間著咽塞病短命而死。今身禮佛頭不至地者,死墮倒懸地獄,又生人間多為欺誑。今身禮佛不合掌者,死墮邊地,多用功力無所收獲。今身聞鐘聲不起者,死墮蟒蛇中,其身長大為諸小虫之所唼食。今身拱手禮佛者,死墮反縛地獄,又生人中橫遭惡事。今身合掌、五體投地至心禮佛者,常處尊貴恒受快樂。
今、他人を喜んで立たせる者は、死して白象の中に堕ち、脚は真っ直ぐで横になることができない。
今、斎戒を破り夜に飲食する者は、死して餓鬼の中に堕ち、百千万年も飲食を得られず、行う時には頭から火が出る。
今、喜んで裸形で座る者は、死して寒鴞虫となる。
今、斎戒の残りの飲食を懐に挟む者は、死して熱鉄地獄に堕ち、また人間に生まれても咽頭閉塞の病にかかり短命で死ぬ。
今、仏を礼拝する際に頭を地につけない者は、死して倒懸地獄に堕ち、また人間に生まれても多くは欺瞞に陥る。
今、仏を礼拝する際に合掌しない者は、死して辺境の地に堕ち、多くの労力を費やしても何も得られない。
今、鐘の音を聞いて起立しない者は、死して大蛇の中に堕ち、その体は大きく成長し、多くの小さな虫に食い荒らされる。
今、手をこまねいて仏を礼拝する者は、死して反縛地獄に堕ち、また人間に生まれても不当な悪事に遭う。
今、合掌し、五体を投げ出して心を込めて仏を礼拝する者は、常に尊貴な地位にあり、恒に楽しみと喜びを受ける。
「今身健瞋懊食者,從顛狂中來。今身眼目𥆌睞者,從邪看他婦女中來。今身護婦罵父母者,死墮斬舌地獄中。今身如水著酒中,沽與人者,死作水中虫,又生人間水腫斷氣而死。」
今、健康なのに怒りやすく、食べ物に貪欲な者は、前世で狂気の行いをしたことから来ています。今、目つきが悪く、横目で人を見る者は、前世で他人の妻を邪な目で見たことから来ています。今、妻をかばって親を罵る者は、死後に舌を斬られる地獄に堕ちます。今、水に酒を混ぜて人に売る者は、死後に水の中の虫となり、また人間に生まれ変わっても水腫で息が止まって死にます。
佛告阿難:「如向所說種種眾苦,皆由十惡之業,上者地獄因緣,中者畜生因緣,下者餓鬼因緣。於中殺生之罪,能令眾生墮於地獄、畜生、餓鬼;若生人中得二種果報:一者、短命;二者、多病。劫盜之罪,亦令眾生墮於地獄、畜生、餓鬼;若生人中得二種果報:一者、貧窮;二者、共財不得自在。邪婬之罪,亦令眾生墮於地獄、畜生、餓鬼;若生人中得二種果報:一者、婦不貞良;二者、二妻相諍不隨己心。妄語之罪,亦令眾生墮於地獄、畜生、餓鬼;若生人中得二種果報:一者、多被誹謗;二者、恒為多人所誑。兩舌之罪,亦令眾生墮於地獄、畜生、餓鬼;若生人中得二種果報:一者、得破壞眷屬;二者、得弊惡眷屬。惡口之罪,亦令眾生墮於地獄、畜生、餓鬼;若生人間得二種果報:一者、常聞惡聲;二者、所有言說恒有諍訟。綺語之罪,亦令眾生墮於地獄、畜生、餓鬼;若生人間有二種果報:一者、說正人不言受;二者、所有言說不能辯了。貪慾之罪,亦令眾生墮於地獄、畜生、餓鬼;若生人中得二種果報:一者、貪財無有厭足;二者、多求恒無從意。瞋恚之罪,亦令眾生墮於地獄、畜生、餓鬼;若生人中得二種果報:一者、常為他人求其長短;二者、常為他所惱害。邪見之罪,亦令眾生墮於地獄、畜生、餓鬼;若生人間得二種果報:一者、常生邪見家;二者、心恒諂曲。
仏陀は阿難に告げられた。 「先ほど述べた種々の苦しみは、すべて十悪の業から生じる。 最も重い悪業は地獄へと導く因となり、中程度のものは畜生の因となり、軽いものは餓鬼の因となる。 その中でも、殺生の罪は、衆生を地獄・畜生・餓鬼に堕とす。 もし人間に生まれ変わったとしても、二つの果報を受ける。 一つは短命、もう一つは多病である。 盗みの罪もまた、衆生を地獄・畜生・餓鬼に堕とす。 人間に生まれ変われば、二つの果報がある。 一つは貧窮、もう一つは財産を共有し、自由にできないことである。 邪淫の罪もまた、衆生を地獄・畜生・餓鬼に堕とす。 人間に生まれ変われば、二つの果報がある。 一つは妻が貞淑でないこと、もう一つは二人の妻が争い、自分の心に従わないことである。 嘘をつく罪もまた、衆生を地獄・畜生・餓鬼に堕とす。 人間に生まれ変われば、二つの果報がある。 一つは多く誹謗されること、もう一つは常に多くの人に欺かれることである。 二枚舌の罪もまた、衆生を地獄・畜生・餓鬼に堕とす。 人間に生まれ変われば、二つの果報がある。 一つは眷属が離散すること、もう一つは悪質な眷属に囲まれることである。 悪口の罪もまた、衆生を地獄・畜生・餓鬼に堕とす。 人間に生まれ変われば、二つの果報がある。 一つは常に悪い言葉を聞くこと、もう一つは発する言葉が常に争いを招くことである。 無駄話の罪もまた、衆生を地獄・畜生・餓鬼に堕とす。 人間に生まれ変われば、二つの果報がある。 一つは正しいことを言っても受け入れられないこと、もう一つは話がうまく伝わらないことである。 貪欲の罪もまた、衆生を地獄・畜生・餓鬼に堕とす。 人間に生まれ変われば、二つの果報がある。 一つは財を貪り飽くことを知らないこと、もう一つは多くを求めても思い通りにならないことである。 怒りの罪もまた、衆生を地獄・畜生・餓鬼に堕とす。 人間に生まれ変われば、二つの果報がある。 一つは常に他人の欠点を探すこと、もう一つは常に他人から悩まされ害されることである。 邪見の罪もまた、衆生を地獄・畜生・餓鬼に堕とす。 人間に生まれ変われば、二つの果報がある。 一つは常に邪見の家に生まれること、もう一つは心が常に曲がって誠実でないことである。」
「諸佛子!如是十惡業道,皆是眾苦大聚因緣。」
諸仏の子よ、このような十の悪しき業の道は、すべてが多くの苦しみが大いに集まる因縁なのです。
爾時,大眾之中有作十惡業者,聞佛說斯地獄苦報,皆大號哭,而白佛言:「世尊!弟子作何善行得免斯苦?」
その時、集まった人々の中に十の悪い行いをした者がおり、仏が地獄の苦しみの報いを説かれるのを聞いて、皆大声で泣きながら仏に申し上げました。「世尊よ、弟子たちはどのような善い行いをすれば、この苦しみを免れることができるでしょうか?」
佛言:「當復教化一切眾生共同福業。云何修福?若有眾生,今身作大化主,造立浮圖寺舍者,未來必作國王,統領萬民無往不伏。今身作邑王中正維那輪主者,未來之世,必作王臣、輔相、州郡令長,衣馬具足所須自恣。今身率化諸人作諸功德者,未來世中,必作豪富、長者,眾人敬仰四道開通所向對偶。今身好喜燃燈續明者,生在日月天中光明自照。今身喜布施慈心養命者,生處大富,衣食自然。今身好施人飲食者,所生之處天厨自至,色力具足聰慧辯才,壽命長遠。
仏は言われた。「すべての衆生を教化し、共に福徳を積む業をなすべきである。どのように福を修めるのか。もし衆生が、今世において大いなる教化の主となり、仏塔や寺院を建立するならば、未来において必ず国王となり、万民を統率して行く先々で従わない者はなくなる。今世において、村の王、中正、維那、輪主となるならば、未来の世において必ず王臣、輔相、州郡の令長となり、衣装や馬具も十分に整い、必要なものは思いのままに得られる。今世において多くの人々を率いてさまざまな功徳をなすならば、未来の世において必ず豪族、長者となり、人々から敬われ仰がれ、四方の道が開け、向かうところすべてに良い縁に恵まれる。今世において灯火を灯し、明かりを絶やさぬことを喜ぶならば、日月天に生まれ、自ら光を放って輝く。今世において慈しみの心で施しをし、命を養うことを喜ぶならば、生まれるところは大いに富み、衣食は自然に備わる。今世において人々に飲食を施すことを好むならば、生まれるところには天の厨房が自ずから訪れ、容姿も体力も十分に整い、聡明で弁才に優れ、寿命は長く続く。
「若施畜生,得百倍報。施一闡提,得千倍報。施持戒比丘,得萬倍報。若施法師流通大乘講宣如來祕密之藏,令使大眾開其心眼者,得無量報。若施菩薩諸佛,受報無窮。又復施三種人果報無盡:一者、諸佛;二者、父母;三者、病人。一食之施,尚獲無量之報,況能常施,何可窮盡!
もし畜生に施せば、百倍の報いを得る。一闡提に施せば、千倍の報いを得る。戒律を守る比丘に施せば、一万倍の報いを得る。もし大乗の法を広め、如来の秘密の教えを説き明かし、大衆の心眼を開く法師に施せば、計り知れない報いを得る。もし菩薩や諸仏に施せば、その報いは限りない。また、三種の人に施せば、果報は尽きることがない。一つは諸仏、二つは父母、三つは病人である。たった一度の食事を施すだけでも、無量の報いを得るのだ。ましてや常に施しを続けるならば、その功徳はどうして尽きることがあろうか。
「今身洗浴眾僧者,所生之處面目端正,自然衣裳,眾人敬仰。今身喜讚歎讀誦經法者,所生之處音聲雅妙聞者歡欣。今身喜持戒者,所生端正人中最勝。今身好喜造作義井獎瓮,在道種樹蔭蓋諸人者,所生之處常作人王,百味飲食隨念即至。今身喜抄寫經法施人讀者,所生之處口辯多才,所學之法一聞領悟,諸佛、菩薩常加擁護,人中最勝恒為上首。今身喜造橋船濟渡人者,所生之處七寶具足,眾人敬歎莫不瞻仰,行來入出為人扶接。」
今、僧侶に沐浴を施す者は、生まれ変わりの世において顔立ちが端正で、自然と美しい衣をまとい、人々から敬愛される。今、経典を読み誦えることを喜び、讃歎する者は、生まれ変わりの世において声が優雅で妙なる響きを持ち、聞く者を喜ばせる。今、戒律を守ることを喜ぶ者は、生まれ変わりの世で端正な姿となり、人々の中で最も勝れた者となる。
今、道端に井戸や水瓶を設け、木を植えて人々に木陰を提供することを好む者は、生まれ変わりの世で常に人々の王となり、百の味わいある飲食が思いのままに現れる。今、経典を書き写して人々に読み施すことを喜ぶ者は、生まれ変わりの世で弁舌に優れ、多くの才能に恵まれ、学ぶ教えは一度聞いただけで理解し、諸仏や菩薩が常に加護し、人々の中で最も勝れ、常に上首となる。
今、橋や船を造り、人々を渡すことを喜ぶ者は、生まれ変わりの世で七宝が具わり、人々から敬愛され、誰もが仰ぎ見、行き来する際には人々から支えられる。
佛告阿難:「如我處處經中所說因果,勸諸眾生讀誦修行得度苦難;若聞是經生誹謗者,其人現世舌則墮落。」
仏は阿難に告げられた:「私があらゆる経典の中で説いてきた因果の道理のように、すべての衆生に読誦し修行するよう勧め、苦難から解脱させるのである。もしこの経典を聞いて誹謗する者がいれば、その者は現世で舌を失うであろう。」
爾時,阿難白佛言:「世尊!當何名斯經,以何勸發之?」
その時、阿難は仏に申し上げました。
「世尊よ、このお経にはどのような名前をつけ、どのように人々を導けばよいのでしょうか?」
佛告阿難:「此經名為『善惡因果』,亦名『菩薩發願修行經』,如是受持。」
仏は阿難に告げられた:「この経は『善悪因果』と名づけ、また『菩薩発願修行経』とも名づける。このように受け持ちなさい。」
佛說是經時,眾中八萬天人發阿耨多羅三藐三菩提心,百千女人現轉女身得成男子,千二百惡人捨其毒意自知宿命,無量善人得無生忍恒受快樂,無量正者生諸淨土、共諸佛菩薩以為等侶,一切大眾歸家作福,歡喜奉行。
仏がこの経を説き終えられた時、会衆の中の八万の天人たちが阿耨多羅三藐三菩提心を発し、百千の女人たちはたちまち女身を転じて男子となることを得、千二百の悪人はその毒心を捨て自ら宿命を知り、無量の善人は無生忍を得て常に安楽を受け、無量の正しき者は諸々の浄土に生まれ、諸仏や菩薩とともに等しい仲間となりました。すべての大衆は家に帰り福徳を積み、歓喜して教えを奉じ行いました。
佛說善惡因果經一卷(終)
仏説善悪因果経 一巻