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  1. 仏説兜沙経 (佛說兜沙經)
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仏説兜沙経 (佛說兜沙經)

「佛說兜沙經」について

後漢 · 底本の訳者:支婁迦讖

2,185 字 · 約 7 分

『仏説兜沙経』は、後漢時代の訳経僧・支婁迦讖によって漢訳され、初期の漢訳仏典の一つです。この経典は華厳部に属し、主な内容は、仏陀がマガダ国において成道した直後、文殊師利菩薩などの菩薩たちに向かって、十方の仏国土の境地と菩薩の修行法門を広く説いたものです。特に、十住の法と諸仏の無量の功徳について詳しく解き明かしています。 経中では、菩薩がどのように十住の階位を経て、無上菩提を成就するかが詳述され、心の広大さと果てしない修行を重んじる華厳思想が強調されています。この経典は華厳思想の初期の形態として、漢伝仏教における華厳宗の形成に啓発的な意義を持ち、大乗仏教の菩薩道と仏国土信仰を研究する上で重要な文献です。


佛說兜沙經一卷

仏説兜沙経

後漢月氏三藏支婁迦讖譯

後漢 月氏三蔵 支婁迦讖 訳

一切諸佛威神恩,諸過去、當來、今現在亦爾。

すべての仏陀の威光と神通力の恵みは、過去の仏陀も、未来の仏陀も、現在の仏陀も、みな同じである。

佛在摩竭提國時,法清淨處,其處號曰在所問清淨。
始作佛時,光景甚明。自然金剛蓮華,周匝甚大。自然師子座,諸佛過去時亦悉於上坐,儀法等無有異。

仏が初めて悟りを開かれた時、そのお姿の輝きは非常に明らかでした。自然に生じた金剛の蓮華は、周囲に広がり、非常に大きなものでした。また、自然に生じた獅子座には、過去のすべての仏も同様に坐しておられ、その威儀や法則には何の違いもありませんでした。

極相法中,出生極過度已。諸佛身體行,悉等具足,明無所復罣礙。

最上の真理の境地において、完全に超える境地に達した後、全ての仏陀の身体の行いは、すべてが等しく完全に備わり、明らかにして、もはや何の障りもありません。

不可計佛處、不可計法處、不可計諸大十方人民處、不可計佛剎處,過去、當來、今現在佛等所出生也。

数えきれないほどの仏陀の場所、数えきれないほどの教えの場所、数えきれないほどの十方の世界の人々の場所、数えきれないほどの仏の国々の場所があります。これらすべては、過去・未来・現在の仏陀たちが生まれるところなのです。

諸菩薩等各各從異國土來都大會,其數如十佛剎塵。一塵為一菩薩,如是為限。

諸々の菩薩たちが、それぞれ異なる国々から集まり、一つの大きな集いを開きました。その数は、十の仏の世界の塵の数のようでした。一つの塵が一人の菩薩を表すとして、それほどの数にのぼるのです。

諸菩薩賜一生補處,皆入十方人民典安隱、皆入法處、皆入十方諸剎土、皆入十方泥洹慧、皆入十方所作世間人宿命、皆入稍稍增深菩薩、皆入諸慧法中、皆入內外法中、皆入不動不搖法中、皆入過去當來今現在法中。

諸菩薩は一生補処の位を授けられ、みな十方の人々を安らかに導く境地に入る。みな法の境地に入り、みな十方のすべての仏国土に入り、みな十方の涅槃の智慧に入る。みな十方のあらゆる世の人々の過去世の因縁に入り、みな徐々に深まり高まる菩薩の境地に入る。みなすべての智慧の法に入り、みな内と外の法に入り、みな動かず揺るがない法に入り、みな過去・未来・現在の法に入る。

諸菩薩輩議如是:「佛愛我曹等輩。」

諸菩薩たちはこのように考えました。「仏は私たちを慈しんでおられるのだ。」

諸菩薩等所念:「示現我等諸佛剎,如佛所行居處阿。彼聞所有,現我等諸佛剎清淨、現我等如佛法清淨。

諸々の菩薩たちはこのように願いました。 「どうか、私たちに、諸仏の仏国土を示し現してください。 また、仏がおられるところ、その在り方を示してください。 どうか、あの世のすべてのものを示して、私たちに諸仏の清らかな国土をお示しください。 また、私たちに、仏の教えのような清らかさをお示しください。」

「佛所說法,悉皆使我曹見矣;現我等佛剎成敗時,使我曹悉見矣。現我曹等諸佛起出時、現我等佛剎所有善惡,佛所有悉示我。

仏の説かれた教えを、すべて私たちに見せてください。私たちのいる仏の国が栄えたり滅びたりする様子も、すべて見せてください。そして、諸仏が現れる時も、私たちの仏の国にある善悪も、仏がお持ちのすべてを私たちに示してください。

「示現我曹十方諸有剎土、現我等諸不可計佛所說、現我等菩薩十法住、現我等菩薩十法所行、現我等菩薩十法悔過經、現我等菩薩十道地、現我菩薩十鎮、現我等菩薩十居處所願、現我菩薩十黠、現我菩薩十三昧、現我菩薩十飛法、現我菩薩十印、現我菩薩悉飛來時、現我佛名無有盡。

私どもに、十方すべての仏の国々をお示しください。数えきれないほどの仏が説かれた教えをお示しください。菩薩の十の住する位(じゅうじゅう)、菩薩の十の修行の道、菩薩の十の悔過(けか)の経、菩薩の十の修行の段階(十地)、菩薩の十の心の支え(十鎮)、菩薩の十の願いの住まい、菩薩の十の智慧(十黠)、菩薩の十の禅定(十三昧)、菩薩の十の飛翔する法、菩薩の十の印、そしてすべての菩薩が飛来する様子をお示しください。また、尽きることのない仏の御名をお示しください。

「時佛使我皆護世間人民,十方佛諸有剎土悉清淨無瑕穢。現我佛諸所知有無有也、現我諸惡根本,悉使清淨。

その時、仏は私に命じて、世の中の人々すべてを守らせました。十方の仏の教えが広まるすべての世界は、清らかで一点の汚れもありません。仏がお知りになったすべての事柄には、有る無しという区別はなく、私のあらゆる悪の根源も、すべて清らかにされました。

「諸法悉為我說、諸所疑難皆為解之——悉為解狐疑,皆過度矣——諸所有欲斷之。

全ての法(存在の真理)について私に説いてください。そして、あらゆる疑問や困難を解き明かしてください。疑いの迷いをすべて解きほぐし、それらを乗り越えさせてください。また、あらゆる欲望を断ち切ってください。

「現我佛所止處、現我佛諸法所部界、現我佛威神、現我佛所行、現我佛筋力。

私の仏がおられる場所をお示しください。 私の仏のすべての教えの領域をお示しください。 私の仏の威光と神通力をお示しください。 私の仏の行いをお示しください。 私の仏の力をお示しください。

「現我佛四事不護、現我佛三昧所入處、現我佛所變化在所為。

如来は四つの守るべきことを持たない。 如来が入る三昧の境地を示す。 如来が示す変化のありようを示す。

「現我佛無有過勝者、現我佛所有尊號,無有能及逮者。

現に我が仏に勝る者はなく、現に我が仏のすべての尊号に及ぶ者はありません。

「現我佛所根、現我佛飛、現我佛光明、現我佛智慧、現我佛四事無所畏。」

私の仏の根、私の仏の飛翔、私の仏の光明、私の仏の智慧、私の仏の四つの無畏(勇気)が今、現れている。

佛悉知諸菩薩心所念,佛悉現光明威神。

仏は菩薩たちの心に思うことをすべてお見通しであり、その光明と威神力をすべて現し示しておられる。

東方極遠不可計佛剎有佛,佛名阿逝墮,其剎名訖連桓。文殊師利菩薩從是剎來,與諸菩薩俱——數如十方剎塵——皆前為佛作禮,各各於自然師子座交路帳中坐。

東方のはるか彼方、数えきれないほどの仏の国がある。そこに阿逝堕という名の仏がおられ、その国を訖連桓という。文殊師利菩薩は、その国から、十方の世界の塵の数ほどもいる菩薩たちと共にやって来た。皆、仏の前に進み出て礼拝し、それぞれが自然に現れた獅子座の宝飾の帳の中に座った。

南方極遠不可計佛剎有佛,佛名阿泥羅墮羅,其剎名樓耆洹。佛陀師利菩薩從是剎來,與諸菩薩俱——其數如十佛剎塵——皆前為佛作禮,各各於自然師子座交路帳中坐。

南のはるか彼方、無量の仏の国を超えたところに、仏がおられます。その仏の名は阿泥羅堕羅(アニラ・ダラ)といい、その国は楼耆洹(ロウギ・カン)と申します。そこから仏陀師利(ブッダ・シリ)菩薩が、十の仏の世界の塵の数ほどもの多くの菩薩たちを伴って、ここに来られました。皆、仏の前に進み出て礼拝し、それぞれが自然に現れた獅子座の、交路(こうろ)の垂れ幕のある帳の中でお座りになりました。

西方極遠不可計佛剎有佛,佛名阿斯墮陀,其剎名波頭洹。羅隣師利菩薩從是剎來,與諸菩薩俱——其數如十佛剎塵——皆前為佛作禮,各各於自然師子座交路帳中坐。

西洋の、はるか遠く、数えきれない仏の国々を隔てた先に、仏がいらっしゃいます。その名を阿彌陀仏(あみだぶつ)とお呼びします。その国を、極楽浄土(ごくらくじょうど)と申します。観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)は、その国から、数多くの菩薩たちと共に——その数は十の仏の国々の塵の数ほどにも及び——皆で仏の前に進み出て礼拝し、それぞれが自然に備わった師子座(ししざ)の、飾り幕の張られた場所に座られました。

北方極遠不可計佛剎有佛,佛名阿闍墮,其剎名占倍洹。檀那師利菩薩從是剎來,與諸菩薩俱——其數如十佛剎塵——皆前為佛作禮,各各於自然師子座交路帳中坐。

はるか北の方、はかり知れないほどの仏の国を超えた先に、一人の仏がおられます。その仏の名は阿闍墮(あしゃだ)といい、その国を占倍洹(せんばいおん)といいます。檀那師利(だんなしり)菩薩が、その国から、十の仏の国の塵の数ほどの多くの菩薩たちと共に来られました。皆、仏の前に進み出て礼拝し、それぞれが自然に現れた獅子座の、美しい網で飾られた帳の中にお座りになりました。

東北方極遠不可計佛剎有佛,佛名阿輸那墮國陀,其剎名優彼洹。群那師利菩薩從是剎來,與諸菩薩俱——其數如十佛剎塵——皆前為佛作禮,各各於自然師子座交路帳中坐。

東北のかなた、はかりしれないほどの仏の世界の彼方に、一人の仏がおられます。その名は 阿輸那堕国陀如来 と申し、その世界の名は 優彼洹 といいます。

そこから、群那師利菩薩が、数えきれないほどの菩薩たち――その数、十の仏世界の塵の数ほど――を連れてやって来ました。皆、仏の前に進み出て礼拝し、それぞれが自然に現れた獅子座の、網で飾られた帳の中でお座りになりました。

東南方極遠不可計佛剎有佛,佛名阿旃陀墮陀,其剎名犍闍洹。那涅羅師利菩薩從是剎來,與諸菩薩俱——其數如十佛剎塵——皆前為佛作禮,各各於自然師子座交路帳中坐。
西南方極遠不可計佛剎有佛,佛名欝沈墮大,其剎名羅憐洹。惟闍師利菩薩從是剎來,與諸菩薩俱——其數如十佛剎塵——皆前為佛作禮,各各於自然師子座交路帳中坐。

南西の方角、はるかかなたの、計り知れないほどの仏の国々を超えた先に、一つの仏がおられます。その仏の名は「欝沈墮大」といい、その国を「羅憐洹」といいます。その国から、惟闍師利菩薩が多くの菩薩たちとともにやって来ました。その数は十の仏の国の微塵の数のごとくです。皆、仏の前に進み出て礼拝し、それぞれが自然に生じた獅子座の、交差して飾られた幕の中に座りました。

西北方極遠不可計佛剎有佛,佛名阿波羅墮,其剎名活逸洹。曇摩師利菩薩從是剎來,與諸菩薩俱——其數如十佛剎塵——皆前為佛作禮,各各於自然師子座交路帳中坐。

西北の方角、はかりしれないほど遠い仏の国々に、一人の仏がおられます。その仏の名はアパラーダ(無上の尊)といい、その国をカツイツカン(活逸洹)といいます。ダルマシリ菩薩(曇摩師利菩薩)は、その国から、十の仏国土の塵の数にも等しい多くの菩薩たちと共にやって来ました。皆、仏の前に進み出て礼拝し、それぞれ自然に備わる獅子座の、網で飾られた帳の中で座りました。

下方極遠不可計佛剎有佛,佛名楓摩墮羅,其剎名潘利洹。𢜪那師利菩薩從是剎來,與諸菩薩俱——其數如十佛剎塵——皆前為佛作禮,各各於自然師子座交路帳中坐。

はるか彼方、想像を絶するほど遠い仏の世界に、一人の仏がおられます。その仏の名は楓摩堕羅(ふうまだら)といい、その世界の名は潘利洹(はんりかん)といいます。𢜪那師利(わなしり)菩薩は、その世界から、十の仏の世界の塵の数ほどもの大勢の菩薩たちと共にやって来ました。皆、仏の前に進み出て礼拝し、それぞれに自然に備わった獅子座の、織物を連ねた天蓋の下に座りました。

上方極遠不可計佛剎有佛,佛名墮色,其剎名儨提拾洹。那軷陀師利菩薩從是剎來,與諸菩薩俱——其數如十佛剎塵——皆前為佛作禮,各各於自然師子座交路帳中坐。

上方、はかり知れないほどの遠い仏の国々に、一人の仏がおられます。その仏の名は「堕色」といい、その国は「儨提拾洹」といいます。そこから、那軷陀師利菩薩が、数えきれないほどの菩薩たち——十の仏の国々の塵の数ほどもいる——を連れてやって来ました。皆、仏の前に進み出て礼拝し、それぞれ自然に現れた獅子座の飾り帳の中に座りました。

文殊師利菩薩持佛威神,悉遍視諸菩薩,皆遍以便舉慧言:「諸菩薩大眾會,何甚快耶?不可復計諸佛剎——佛所居處、諸所處;諸所被服佛法——佛說法、佛剎威神、佛所行、佛筋力、佛剎善惡、不可計佛法。

文殊師利菩薩は、仏の威神力によって、すべての菩薩たちをくまなく見渡しました。そして、智慧を働かせて、皆に向かってこう言いました。

「菩薩の大いなる集いのこの会座は、何と素晴らしいのでしょう。数えきれないほどの仏の国々——仏がおわす場所、すべての境地、仏の教えの装い、仏が説かれる教え、仏国土の威神力、仏の歩み、仏の力強さ、仏国土の善悪——これらすべての、測り知れないほどの仏の教えのすばらしさよ。」

「何因耶?十方諸佛剎土所說道、所度脫十方人,諸法甚深無極,如虛空了無所罣礙。

それはなぜかというと、十方の仏さまの国々で説かれる教えや、救われる人々、すべての仏法は、極めて深くて限りがなく、虚空のように何のつかえもないからなのです。

「何因耶?是蔡呵祇剎土四面種種人——各各異身體、各各異名、各各異色、各各有長短、各各有壽命、各各有形類、各各有思想、各各有念、各各異有聲——各各有聞佛聲。

その理由は何かというと、この 世の中のあらゆる場所には、様々な人々がいるからです。一人ひとり体が違い、名前が違い、姿かたちが違います。背の高さも寿命も、姿形も、考え方も、思いも、声もすべて異なっています。しかし、その一人ひとりが、それぞれの仕方で 仏の声を聞くことができるのです。

「何因是國土名波迦私提?四面中有呼佛名曰勝達、中有呼世世慢陀、中有呼夷阿那坭提、中有呼釋迦文尼、中有呼鼓師薩沈、中有呼墮樓延、中有呼俱䜖滑提、中有呼摩呵沙門、中有呼晨那愁樓提、中有呼質多愁樓提等。為四面如是輩,各各呼釋迦文佛名,合為萬字。

「なぜこの国を『バガシディ』と呼ぶのか。その四方には、『勝達』という名の仏、『世世慢陀』、『夷阿那坭提』、『釈迦文尼』、『鼓師薩沈』、『墮樓延』、『俱讒滑提』、『摩呵沙門』、『晨那愁樓提』、『質多愁樓提』といった多くの仏がいる。これら四方の仏たちが、それぞれに『釈迦文仏』という名を呼び、その呼び名は合わせて一万にもなるのだ。」

「如是十方極過去不可復計諸佛剎——都人民種種各異語——共呼釋迦文佛名、佛字。一一佛剎,凡各十億萬字。

このように、十方の果てしない過去の無数の仏国土において——そこに住む人々は様々な異なる言葉を話しているが——皆が揃って釈迦牟尼仏の名や称号を呼び求めている。それぞれの仏国土ごとに、実に十億万もの異なる呼び名があるのである。

「釋迦文佛從本未造學道已來,諸所教授弟子等輩時人如是。」
佛放光明。先從足下出,照一佛界中極明,現十億閻浮利天南、十億大海、十億須彌山、十億遮加惒山、十億弗于逮天東、十億俱耶匿天西、十億欝單曰天北、十億照頭摩羅天、十億忉利天、十億鹽天、十億兜術天、十億泥摩羅提羅鄰優天、十億波羅蜜和耶拔致天、十億梵天、十億梵迦夷天、十億梵弗還天、十億梵迦產天、十億摩訶梵天、十億廅天、十億波梨陀天、十億廅波摩那天、十億阿會亘羞天、十億波栗羞訶天、十億阿波摩羞天、十億羞訖天、十億權呵天、十億波栗推呵天、十億阿波墮訶天、十億惟于潘天、十億阿惟潘天、十億阿陀波天、十億須𨅐(音武)天、十億呵迦膩吒天、十億阿惟先惟先尼𦱕。
如是等,各各照見諸天上人所止處。敢是佛界中,悉皆照明,釋迦文佛都所典主。
十方國一一方,各有一億小國土,皆有一大海、一須彌山;上至三十三天,一小國土,如是所部。
凡有十億小國土,合為一佛剎,名為蔡呵祇。
佛分身悉遍至十億小國土。一一小國土皆有一佛,凡有十億佛,皆與諸菩薩,共坐十億小國土。
諸天人民皆悉見佛,諸菩薩、諸天人民皆持佛威神,相視如迎,相見文殊師利菩薩。
復有文殊師利菩薩、羅鄰師利菩薩、 檀那師利菩薩、群那師利菩薩、 佛陀師利菩薩、涅羅師利菩薩、 惟闍師利菩薩、𢜪那師利菩薩、 軷陀師利菩薩、曇摩師利菩薩。
如是等菩薩其所止佛剎,剎極快好,其剎皆各各自有名:阿栴墮還佛、 阿泥羅墮還佛、阿闍陀墮還佛、 阿樓那墮還佛、阿栴陀墮還佛、 欝沈墮還佛、伊豆羅墮還佛、 梵摩墮還佛、惟夷羅還佛。
佛說兜沙經

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