無量義經序
無量義経序
蕭齊荊州隱士劉虬作
蕭斉の荊州隠士・劉虬の作
無量義經者,取其無相一灋,廣生眾教,含義不貲,故曰無量。
無量義経とは、形のない一つの真理を取り上げ、そこから数多くの教えを広げ、その意味するところは計り知れないほど深いことから、「無量」と名づけられています。
夫三界群生,隨業而轉;一極正覺,任機而通。流轉起滅者,必在苦而希樂,此叩聖之感也;順通示現者,亦施悲而用慈,即救世之應也。根異教殊,其階成七。先為波利等說五戒,所謂人天善根一也;次為拘隣等轉四諦,所謂授聲聞乘二也;次為中根演十二因緣,所謂授緣覺乘三也;次為上根舉六波羅蜜,所謂授以大乘四也。眾教宣融,群疑須導,次說無量義經。既稱得道差品,復云未顯真實,使發求實之冥機,用開一極之由緒五也。故法華接唱顯一除三,順彼求實之心,去此施權之名六也。雖權開而實現,猶掩常住之正義;在雙樹而臨崖,乃暢我淨之玄音七也。過此以往法門雖多,撮其大歸數盡於此;亦由眾聲不出五音之表,百氏竝在六家之內。
三界の衆生は、業に従って生死を繰り返し、唯一の真実の覚りは、衆生の機根に応じて通じる。
流転し、生滅を繰り返す者は、必ず苦しみにあって安楽を求めます。これが聖者を求める心の動きです。衆生に順って姿を現し、教えを説く者は、悲しみを施し、慈しみを用います。これが世を救う応現です。
衆生の根機は異なり、教えもそれぞれ異なりますが、その段階は七つにまとめられます。
まず、波利(波羅提木叉)らに五戒を説きました。これが人天の善根を養う第一の教えです。 次に、拘隣(アッサジ)らに四諦の法輪を転じました。これが声聞乗を授ける第二の教えです。 次に、中根の者たちに十二因縁を説きました。これが縁覚乗を授ける第三の教えです。 次に、上根の者たちに六波羅蜜を挙げて示しました。これが大乗を授ける第四の教えです。
さまざまな教えが説かれ、多くの疑いが生じ導きを必要としたので、次に『無量義経』を説きました。すでに得られる道に差別があると説きながら、まだ真実は明らかにされていないと述べ、真実を求める深い機縁を起こさせ、唯一の真実へと通じる道筋を開きました。これが第五の段階です。
そこで『法華経』が続けて説かれ、一乗を顕わし三乗を除き、彼らが真実を求める心に順い、方便としての仮の名を捨てさせました。これが第六の段階です。
方便を開いて真実を現わしたとはいえ、まだ常住の正しい教えは隠されたままでした。沙羅双樹の下で臨終に臨み、我と浄土の深遠な教えを説き明かしました。これが第七の段階です。
これ以降、法門は数多くありますが、その大きな帰趨をまとめれば、この七つに尽きます。ちょうど、あらゆる音声が五音の範囲を出ず、諸子百家の思想も六家の内に収まるようなものです。
其無量義經,雖法華首戴其目,而中夏未覩其說,每臨講肆,未嘗不廢談而歎想見斯文。忽有武當山比丘慧表,生自羌胄,偽帝姚略從子,國破之日,為晉軍何澹之所得。數歲聰黠,澹之字曰螟蛉,養為假子。俄放出家,便勤苦求道,南北遊尋,不擇夷險。以齊建元三年,復訪奇搜祕遠至嶺南,於廣州朝廷寺,遇中天竺沙門曇摩伽陀耶舍,手能隸書,口解齊言,欲傳此經未知所授。表便殷勤致請,心形俱至,淹歷旬朔僅得一本,仍還嶠北齎入武當。以今永明三年九月十八日,頂戴出山見校弘通,奉覿真文欣敬兼誠,詠歌不足手舞莫宣。輒虔訪宿解抽刷庸思,謹立序注云。
『無量義経』は、『法華経』の冒頭にその名が掲げられているものの、中国ではその教えを目にすることができず、講義のたびに、語りを中断してはため息をつき、この経典を思い慕わずにはいられませんでした。
ある時、武当山の僧・慧表が現れました。彼は羌族の出身で、後秦の皇帝姚略の甥にあたります。国が滅びた時、晋の軍人・何澹之に捕らえられました。幼いながらも聡明で、澹之は彼を「螟蛉(青虫)」と呼び、養子として育てました。やがて出家を許されると、苦労を厭わず求道に励み、南北を問わず険しい道もいとわず修行の旅を続けました。
斉の建元三年(481年)、彼はさらに奥義を探求すべく遠く嶺南に赴き、広州の朝廷寺で、中インドの僧・曇摩伽陀耶舎に出会います。この僧は漢字を書くことができ、斉の言葉も解し、この経典を伝えたいと思っていましたが、相応しい受け手を見つけられずにいました。慧表は心を込めて熱心に請い、全身全霊で願い出て、一ヶ月近くかけてようやく一巻を書き写すことができました。そして嶺北に戻り、武当山に持ち帰りました。
今、永明三年(485年)九月十八日、慧表は経典を頂戴して山を下り、校正と広布に当たりました。真の経文を目の当たりにし、敬虔な心と喜びに満ち、歌うだけでは足りず、手を舞わずにはいられません。ここに謹んで従来の解釈を尋ね求め、浅はかな考えを整理し、序文と注釈を記す次第です。
自極教應世與俗而差,神道救物稱感成異。玄圃已東,號曰太一;罽賓以西,字為正學。東國明殃,慶於百年;西域辯休,咎於三世。希無之與修空,其揆一也。有欲於無者,既無得無之分;施心於空者,豈有入空之照。而講求釋教者,或謂會理可漸,或謂入空必頓,請試言之,以筌幽寄。立漸者,以萬事之成,莫不有漸。堅氷基於履霜,九仞成於累土。學人之入空也,雖未圓符;譬如斬木,去寸無寸,去尺無尺,三空稍登,寧非漸耶?立頓者,以希善之功,莫過觀法性。法性從緣,非有非無。忘慮於非有非無,理照斯一者,乃曰解空;存心於非有非無,境智猶二者,未免於有。有中伏結,非無日損之驗;空上論心,未有入理之効。而言納羅漢於一聽,判無生於終朝,是接誘之言,非稱實之說。妙得非漸,理固必然。既二談分路,兩意爭途;一去一取,莫之或正。
自らの教えは世に応じて俗と差があり、神の道は物を救い、感応によって異を成す。玄圃より東は、太一と号し、罽賓より西は、正学と字す。東国は災いを明らかにし、百年の慶びを祝い、西域は吉凶を弁え、三世の咎を論ず。希無と修空とは、その道は一つである。無に欲する者は、既に無を得る分け目はなく、空に心を施す者に、空に入る照らしがあろうか。そして釈教を講求する者は、あるいは理に会うことは漸進的であると言い、あるいは空に入ることは必ず頓悟的であると言う。試みに言って、幽玄の寄せを筌としてみよう。漸を立てる者は、万事の成るには、漸進なくしてはならないと考える。堅氷は履霜に基づき、九仞は累土によって成る。学人が空に入ることも、未だ円満に符することはないが、例えば木を斬るが如く、一寸ずつ去れば一寸なくなり、一尺ずつ去れば一尺なくなる。三空に次第に登ることは、漸進ではないだろうか。頓を立てる者は、善を希う功は、法性を観ずるに過ぎないと考える。法性は縁に従い、有でもなく無でもない。非有非無に慮を忘れ、理と照らしが一つになることを、解空と言う。非有非無に心を留め、境と智がまだ二つであるならば、有から免れることはできない。有の中に結びを伏せれば、日に損なう験はなく、空の上で心を論じれば、理に入る効はない。そして羅漢を一聴で納め、無生を終朝に判ずるというのは、接誘の言葉であり、実を称えた説ではない。妙を得ることは漸進的ではなく、理は固より必然である。既に二つの談は分かれ、二つの意は途を争い、一つは去り、一つは取り、正しいものはない。
尋得旨之匠,起自支安。支公之論無生,以七住為道慧陰足,十住則群方與能。在迹斯異,語照則一。安公之辯異觀,三乘者,始簣之日稱;定慧者,終成之實錄。此謂始求可隨根而三,入解則其慧不二。譬喻亦云,大難既夷,乃無有三;險路既息,其化即亡。此則名一為三,非有三悟明矣。生公云,道品可以泥洹,非羅漢之名;六度可以至佛,非樹王之謂。斬木之喻,木存故尺寸可漸;無生之證,生盡故其照必頓。案三乘名教,皆以生盡照息,去有入空,以此為道,不得取像於形器也。今無量義亦以無相為本,若所證實異,豈曰無相;若入照必同,寧曰有漸。非漸而云漸,密筌之虛教耳。如來亦云:「空拳誑小兒,以此度眾生。」微文接麁,漸說或允;忘象得意,頓義為長。聊舉大較,談者擇焉。
真の教えを探し求める匠は、支遁と道安から始まる。支遁が「無生」について論じたところでは、七住で道の智慧が陰徳として満ち足り、十住に至ればあらゆる方角にその力を及ぼすと説いた。表現の上では違いがあるが、悟りの光に照らせば一つである。道安が異なる観点から弁じた三乗の教えは、修行の始めの段階に名づけられたものであり、禅定と智慧は完成の境地における真実の記録である。これは、初めの求道においてはそれぞれの根機に従って三つに分かれるが、悟りに入ればその智慧は一つに帰するということだ。譬えにも言うように、大きな難所が平らかになれば、もはや三つの道はなくなる。険しい道が消え去れば、その教化もまた亡びる。これは、一つのものを三つと名づけているのであって、三つの別々の悟りがあるわけではないことは明らかである。竺道生は言う、三十七道品は涅槃に至るが、阿羅漢という名ではない。六波羅蜜は仏に至るが、菩提樹の王というわけではない。木を切り倒す譬えのように、木が存在するからこそ寸や尺で少しずつ切ることができる。無生の証悟においては、生の妄念が尽きるからこそ、その悟りの光は必ず頓(にわか)に現れる。三乗の名と教えを考えてみると、いずれも生の妄念が尽き、悟りの光が静まること、有を離れて空に入ることを以て道としている。形ある器に像を取ってはならないのである。今、無量義経もまた無相を根本としている。もし証悟する実相が異なるのであれば、どうして無相と言えようか。もし悟りの光に入ることが必ず同じであるならば、どうして漸(しだい)であると言えようか。漸ではないものを漸と言うのは、密やかな手引きとしての仮の教えに過ぎない。如来もまた言われた、「空拳で小児を誑かし、これをもって衆生を度す」と。微細な言葉で粗雑な者を導き、漸次的な説法はあるいは適切であろう。しかし、像を忘れて意を得るならば、頓悟の義が優れている。ここに大まかなところを挙げたので、論じる者はよく選び取られたい。