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  1. 維摩経疏記 (維摩經疏記)
  2. 第一 (第一)
  3. No. 340-B 刻維摩経疏記弁語 (No. 340-B 刻維摩經疏記辯語)
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維摩経疏記 (維摩經疏記)

「維摩經疏記」について

唐 · 湛然述 著

8.7 万字 · 約 289 分

『維摩経疏記』は、唐代天台宗の第九祖・湛然が鳩摩羅什訳『維摩詰所説経』に対して著した注釈書です。本書は中唐期に成立し、大乗仏教の不二法門と在家修行の思想を明らかにすることを目的としています。湛然は天台円教の教理を核心とし、経文を体系的に解釈し、特に「心浄ければ土も浄し」「煩悩即菩提」などの深い意義を重点的に解説しました。また、当時の唯識宗や華厳宗などの見解を批判的に取り入れつつ論を展開しています。この注釈は天台宗による『維摩経』解釈の権威ある著作であり、後世の仏教教学の発展に深い影響を与え、中国仏教思想史研究における重要な文献となっています。


No. 340-B刻維摩經疏記辯語
智者維摩經疏,文古義幽,旨趣淵哉大矣,故學者窺測實難矣。然其所難,不在佗而在己,不在遠而在近也。其果難邪?其果不難邪?欲知其所以實難,而得其近在己不難者,舍毗陵之記,何塗之從?惜乎全函流逸,存而行者,僅斷篇畸冊而已。蓋天之未喪斯文邪?獲復覩全帙,寔是時也。(清求)謬當拔正之任,亦時也,不校刊以傳乎?但其書乃本國傳寫,疑誤不少,無貳本可校。(求)之浮昧,惡能任其事也?雖然,勉強為之,猶賢乎已哉,可已而不可已。乃遂徵諸世行殘簡,與垂裕記中所引用,校彼訂此,參互仇拔者數矣。稍稍得定鉛黃,命刻梓人。其間尚有疑似若差升者,標諸頂上,不敢輙改。彼全是者,巨細悉皆標之。彼全誤者,槩弗取。兩可難裁者,則亦舉之,使以知異同。覽者其察諸。嗟乎,記之為釋,使學者知文字與解脫,可以即而不即,可以不即而即,膏火相助經疏之宗而用即。即之不即,永免說食數寶之支不即。不即之即,高超暗證無聞之狂不即。不離二病互救之妙焉,則窺測其實難哉。其或不藉記解者,不支則狂,不狂則支,則窺測其實不難哉。偉矣,記也。救弊正偏,羽翼斯道,此蓋吾宗看教之常亡。適不然,記旨特在于此。誰難乎知常,而常之言末之難矣。末之難矣,唯是為難矣。非知常之言難,實得乎心之難者。籍記解者,終令難者難,而不知其近在己不難也。則窺測其果難邪,其果不難邪。
元文丁巳臘月朔,天台山南谿寶積教院沙門清求妙乘謹撰

No. 340-A 刻淨名疏記序
No. 340-C 維摩經疏記序

CBETA コード: X0340

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