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  1. 宝授菩薩菩提行経 (寶授菩薩菩提行經)
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宝授菩薩菩提行経 (寶授菩薩菩提行經)

「寶授菩薩菩提行經」について

宋 · 底本の訳者:法賢

4,519 字 · 約 15 分

『宝授菩薩菩提行経』は、宋代の訳経僧である法賢によって漢訳された重要な仏教経典です。本経は、宝授菩薩と仏陀との問答を記録し、その核心は大乗菩薩道の修行の神髄を明らかにすることにあります。菩提心を発し、六波羅蜜を修め、福徳と智慧の資糧を積むことが、無上菩提を成就する鍵であると強調しています。経文の内容は深遠でありながら平易に説かれており、修行者にとって明確な実践の指針を提供しています。仏教において、この経典は方等部に属し、大乗菩薩行の思想と実践を理解する上で重要な価値を持ち、宋代仏教と菩薩道の理念を研究するための重要な文献となっています。


寶授菩薩菩提行經

宝授菩薩菩提行経

西天譯經三藏朝散大夫試光祿卿明教大師臣法賢奉 詔譯

西天訳経三蔵・朝散大夫・試光禄卿・明教大師、臣法賢、詔を奉じて訳

如是我聞:

このように私は聞いた。

一時佛住廣嚴城大林樓閣中,與大苾芻眾千二百五十人俱,皆是大阿羅漢——諸漏已盡無復煩惱,逮得己利盡諸有結,除諸重擔所作已辦,如大龍王,心善解脫慧善解脫,得深解脫心達正道,調伏諸根威儀詳審——唯一補特伽羅尊者阿難,受於佛記奉持法藏。

ある時、仏陀は広厳城(こうごんじょう)の大林楼閣に住しておられました。そこには千二百五十人の大比丘衆が共にいました。彼らは皆、偉大な阿羅漢であり、諸々の結・漏を尽くして再び煩悩に悩まされることはありませんでした。自らの利益を成し遂げ、諸々の有の結びつきを尽くし、重い荷を下ろし、なすべきことを成し終えていました。それはあたかも偉大な龍王のようであり、心は善く解脱し、慧は善く解脱し、深き解脱を得て正しい道に達し、諸根を調伏し、威儀も詳らかで厳かでした。ただ一人、補特伽羅である尊者阿難だけは、仏の授記を受けて法蔵を奉持していました。

復有大菩薩眾一千人俱,皆得不退轉地,總持法門平等法忍,是大智者具大信重,言行相應斷諸疑惑,面相圓滿亦無顰蹙,常大歡喜具大精進;是法王子,知法自性說法無倦,所說之法離諸戲論,化度眾生發起佛智,凡所導利功不唐棄;得大忍辱,離諸顛倒境界之法,滿足十地善知三時,明了自性不生不滅,永斷纏縛威儀具足,證得空三摩地、無相三摩地、無願三摩地,雖出生死常行輪迴,不樂聲聞緣覺之行,唯以發起大菩提心應根說法。其名曰:

また、大菩薩の衆一千人が共に集い、皆不退転の境地を得て、法門を総持し、平等の法忍を具えている。これらは大いなる智慧を持つ者であり、大いなる信頼と重みを備え、言行は一致し、あらゆる疑いを断ち切っている。その顔つきは円満で、眉をひそめることもなく、常に大いなる歓喜に満ち、大いなる精進を具えている。

これらは法の王子であり、法の自性を知り、説法に倦むことがなく、説く法はあらゆる戯論を離れている。衆生を教化し導いて仏の智慧を起こさせ、導き利益するすべての功徳は無駄になることがない。大いなる忍辱を得て、あらゆる倒錯した境界の法を離れ、十地を満たし、三時を善く知り、自性が不生不滅であることを明らかにし、永遠に束縛を断ち切って威儀を具えている。空の三昧、無相の三昧、無願の三昧を証得し、生死を超えていながらも常に輪廻の中を行い、声聞や縁覚の行いを好まず、ただ大菩提心を起こし、衆生の根機に応じて法を説くのである。

その名は次の通りである:

慈氏菩薩、妙吉祥菩薩、辯積菩薩、寶手菩薩、香光菩薩、無邊光菩薩、除蓋障菩薩、勝義心菩薩、得光王菩薩、斷一切憂暗菩薩、薩哩嚩尾沙摩那哩尸菩薩、內行菩薩、無邊意菩薩、具大精進步意菩薩、寶海菩薩、裝嚴王菩薩、具大神通王菩薩、無差步菩薩、勝意菩薩、普滿菩薩、阿那嚩囉拏那哩尸菩薩、常喜菩薩、上金光菩薩、觀一切法意菩薩、阿秫巘馱那羅拘酥彌多菩薩、首積菩薩、無憂吉祥菩薩、須彌藏菩薩、觀自在菩薩、香自在王菩薩、歡喜王菩薩、無邊慧藏菩薩、持一切妙法藏菩薩、師子吼音菩薩。如是等大菩薩摩訶薩而為上首。

弥勒菩薩、妙吉祥菩薩、弁積菩薩、宝手菩薩、香光菩薩、無辺光菩薩、除蓋障菩薩、勝義心菩薩、得光王菩薩、一切憂暗断つ菩薩、サルヴァ・ヴィシャマナリシ菩薩、内行菩薩、無辺意菩薩、大精進歩意具える菩薩、宝海菩薩、荘厳王菩薩、大神通王具える菩薩、無差歩菩薩、勝意菩薩、普満菩薩、アナヴァラナ・ナリシ菩薩、常喜菩薩、上金光菩薩、一切法意観ずる菩薩、アシュタンダ・ナラクスミタ菩薩、首積菩薩、無憂吉祥菩薩、須弥蔵菩薩、観自在菩薩、香自在王菩薩、歓喜王菩薩、無辺慧蔵菩薩、一切妙法蔵持つ菩薩、師子吼音菩薩。かくの如き大菩薩摩訶薩たちが上首としておられます。

爾時世尊,食時著衣持鉢,與二千苾芻眾而共圍繞,入廣嚴城乞食。是時世尊入城門時,以大慈悲現神通力,放大光明照耀一切,變廣嚴城而為瑠璃,令四衢道皆悉清淨。其有眾生蒙光所照,盲者得視、聾者得聽、瘖瘂之者皆悉能言、迷惑之者咸得正念。天花如雨降滿城中,天樂自鳴妙音清亮。下至阿鼻地獄,上至阿迦膩吒天,其中眾生唯受大樂。

その時、世尊は食事の時に衣を着て鉢を持ち、二千人の比丘たちに囲まれて、広厳城に入り托鉢をされました。世尊が城門に入られた時、大いなる慈悲をもって神通力を現し、大いなる光明を放ってすべてを照らし、広厳城を瑠璃に変え、四つの大通りをすべて清浄になさいました。その光に照らされた生きとし生けるものは、盲目の者は見えるようになり、耳の聞こえない者は聞こえるようになり、口のきけない者は話せるようになり、迷いのある者は正しい心を取り戻しました。天の花が雨のように降り、城に満ち、天の音楽が自然に鳴り響き、妙なる音は清らかで明るく響きました。下は阿鼻地獄から、上は阿迦膩吒天まで、その中の生きとし生けるものはただ大いなる喜びを受けました。

是時廣嚴城星賀里蹉尾王,有子名曰寶授,年始三歲,乳母抱持在於殿上。時彼寶授忽見光明希瑞之相,又聞城中種種異事,從其懷抱速下於地,向乳母前端然而立,說伽陀曰:

その時、広厳城の星賀里蹉尾王には、宝授という名の子がおり、年はわずか三歳であった。乳母に抱かれて宮殿の中にいた。

その宝授は突然、珍しい光明の瑞相を見、また城中で様々な不思議な出来事が起こっているのを聞くと、乳母の腕からすっと降りて地に立ち、乳母の前に進み出て、まっすぐに立ち、次の偈を語った。

「何人威德力, 現此希有相,
如俱胝日光, 照耀三千界,
其中諸惡趣, 一切得清淨?
如是之神通, 母速為我說。
天雨眾妙花, 遍散於佛剎,
復成妙傘蓋, 懸覆於空中。
十方有異鳥, 翔鳴而萃集,
男女皆大喜, 異常而嚴飾。
盲者復瞻見, 聾者還聽聞,
瘖瘂者得語, 迷惑得正念;
諸醜陋麁惡, 變成妙色相,
一切不善人, 皆發慈悲心。
何人行世間, 發起神通力?
此為最上事, 母速為我說。」

「いかなる方の威徳の力によって、 この稀有なる相が現れたのでしょう。 千の太陽の光のように、 三千世界を照らし輝き、 その中のあらゆる悪趣は、 すべて清浄となるのですか。 このような神通力を、 母よ、速やかに私に説いてください。

天からは多くの妙なる花が降り注ぎ、 仏の国土に遍く散り敷き、 さらに妙なる傘蓋となり、 空中に懸け覆われています。 十方からは様々な鳥が集い、 飛び交い鳴き声を響かせ、 男女は皆、大いに喜び、 並々ならぬ美しさに飾られています。

盲者は再び見ることができ、 聾者は聞くことができ、 唖者は言葉を得、 迷える者は正しい心を取り戻し、 醜く粗悪なものは、 すべて妙なる色相へと変わり、 不善なる人々も皆、 慈悲の心を発するのです。

いかなる方がこの世に現れ、 神通力を発揮されたのでしょう。 これは最も尊いことです。 母よ、速やかに私に説いてください。」

爾時乳母答寶授童子,說伽陀曰:

その時、乳母は宝授童子に答えて、伽陀を説いた。

「功德寶出現, 清淨難思議,
清淨最上行, 無垢無增減。
世尊為眼目, 視生如的親,
化行於世間, 無親踈分別。
為現乞食來, 不住世間相,
不染世間法, 如蓮花在水。
能斷眾生疑, 慈悲常利物,
眾生所有苦, 唯佛悉能除。
稱讚不生喜, 譏謗亦不瞋,
無障復無礙, 行世如清風。
來者世間師、 最上大法王,
善解甚深法, 明了第一義。
常說中道法, 言離於取捨,
法句最寂靜, 遠離一切處。
智積無我相, 最上大福聚,
善逝、世間解, 來者無邊相。
佛身如須彌, 高顯無倫匹,
亦如尼俱陀, 上下皆相稱;
其色如真金, 晃耀而璨鑭,
清淨若玻𭹳, 又如秋滿月;
頭頂圓如蓋, 髮鬒而紺青;
髻相若螺紋, 一一皆右旋;
面相如滿月, 湛然而清淨;
眉間之白毫, 右旋而宛轉;
兩目如青蓮, 光瑩善觀察;
脣妙頻婆果, 齒白正齊密;
舌相如蓮葉, 長廣覆面門;
鼻高而修直, 額廣而平正;
兩眉色紺青, 延袤及於耳;
兩耳極端正, 輪朵垂至肩;
如來梵音聲, 清亮如頻伽,
美妙復柔軟, 眾生聞者喜。
所有緊那羅, 孔雀、鵝、鸚鵡,
鴝鵒、拘枳羅, 拘那羅、鴛鴦,
𡁠母多、命命, 如是等音聲,
及彼諸天樂, 一切美妙聲,
皆不及如來, 於十六分中,
不及於一分。 項細復圓滿,
兩臂而𦟛直; 二手指纖長,
具輪螺等相, 軟如兜羅綿,
甲妙赤銅色; 胸臆廣平正,
臍輪而深密; 陰藏若馬王,
藏覆而不現; 乃至二足下,
其色如紅蓮, 平滿復柔軟,
具千輻輪紋, 及與鈎幢等。
如是諸相備, 百福悉裝嚴。
具力大丈夫, 一切世間師,
常作師子吼, 說於不二法。
所出諸言辭, 真實無差忒,
愛語復柔順, 眾生聞者喜。
覺悟諸眾生, 應根而啟發,
有義利功德, 為最上第一。
具如是裝嚴, 名為佛世尊,
十方世界中, 凡聖無有比。」

功徳の宝が現れ出で、 清浄にして思議し難く、 清浄にして最上の行、 垢なく増減もなし。

世尊は眼目として、 生ける者を己が子の如く視、 世間に化行して、 親疎の分別なし。

乞食のため現れ来たりて、 世間の相に住せず、 世間の法に染まらず、 水の中の蓮華の如し。

衆生の疑いを断ち切り、 慈悲常に物を利し、 衆生の有する苦しみは、 ただ仏のみ悉く能く除く。

称賛しても喜ばず、 誹謗しても瞋らず、 障りなくまた礙りなく、 世を行くこと清風の如し。

来たる者は世間の師、 最上の大法王、 甚深の法を善く解し、 第一義を明らかにす。

常に中道の法を説き、 言葉は取捨を離れ、 法句は最も寂静にして、 一切の処を遠離す。

智は我相を積まず、 最上の大福聚、 善逝、世間解、 来たる者は辺際なき相。

仏身は須弥山の如く、 高く顕れて比類無く、 また尼倶陀樹の如く、 上下皆相称えたり。

その色は真金の如く、 晃耀して燦爛たり、 清浄は玻璃の如く、 また秋の満月の如し。

頭頂は円く蓋の如く、 髪は紺青にして潤い、 髻相は螺紋の如く、 一々皆右に旋る。

面相は満月の如く、 湛然として清浄なり、 眉間の白毫は、 右に旋りて宛転す。

両目は青蓮華の如く、 光瑩として善く観察し、 唇は妙なる頻婆果、 歯は白く正しく斉密なり。

舌相は蓮葉の如く、 長く広くして面門を覆い、 鼻は高くして修直、 額は広くして平正なり。

両眉の色は紺青、 延袤して耳に及び、 両耳は極めて端正、 輪朶は肩に垂る。

如来の梵音声は、 清亮にして頻伽の如く、 美妙にしてまた柔軟、 衆生聞く者は喜ぶ。

すべての緊那羅、 孔雀、鵞、鸚鵡、 鴝鵒、拘枳羅、 拘那羅、鴛鴦、 𡁠母多、命命、 かくの如き等の音声、 及び彼の諸天の楽、 一切の美妙なる声、 皆如来に及ばず、 十六分の中に於いて、 一分にも及ばず。

項は細くしてまた円満、 両臂は𦟛直にして、 二の手の指は繊長、 輪螺等の相を具し、 軟らかきこと兜羅綿の如く、 爪は妙なる赤銅色。

胸臆は広く平正、 臍輪は深密にして、 陰蔵は馬王の如く、 蔵覆して現れず。

乃至二の足の下、 その色は紅蓮華の如く、 平満にしてまた柔軟、 千輻の輪紋を具し、 及び鉤幢等を具す。

かくの如き諸の相備わり、 百福悉く装厳す。

力を具える大丈夫、 一切の世間の師、 常に師子吼をなし、 不二の法を説く。

出ずる所の諸の言辞、 真実にして差錯無く、 愛語にしてまた柔順、 衆生聞く者は喜ぶ。

諸の衆生を覚悟せしめ、 応根に啓発し、 義利功徳有ること、 最上第一となる。

かくの如き装厳を具え、 名づけて仏世尊とす。 十方の世界中に、 凡聖比ぶるもの無し。

爾時寶授童子,得聞乳母說是伽陀讚歎佛已,即白母言:「云何令我得見於佛?」

その時、宝授童子は乳母がこの偈を唱えて仏を讃えるのを聞き、すぐに母に言いました。「どうすれば私は仏にお会いできるでしょうか?」

佛知其意,速往宮門現身而立。乳母指言:「斯即是佛。」寶授童子乃於殿上遙見世尊,舉手頂禮即作是念:

仏はその心を知り、速やかに宮殿の門へと赴き、姿を現して立たれた。乳母が指さして言った。「これこそが仏です。」宝授童子は殿上から遥かに世尊を見て、手を挙げて礼拝し、このように念じた。

「若有眾生覩見如來如是具足功德之相,不發大菩提心者難得己利。」又復思惟:「經於百千俱胝劫中難遇於佛,我今值遇甚為希有。當捨此身而為供養。」是時童子手持千葉金蓮,即於殿上投身而下。時彼童子佛力所持,住於空中,捧以金蓮用獻於佛。是時金蓮離童子手,乃於佛上虛空之中變成花蓋,眾寶嚴飾殊妙第一。

もし衆生が如来のこのように完備された功徳の相を見て、大菩提心を発さないならば、自らの利益を得ることは難しい。またさらに思うに、百千の倶胝劫の間にも仏に遇うことは難しく、今私は仏に遇うことができたのは非常に稀有なことである。この身を捨てて供養とすべきである。その時、童子は手に千葉の金蓮を持ち、宮殿の上から身を投げ下りた。その時、童子は仏の力によって支えられ、空中に留まり、金蓮を捧げて仏に献じた。その時、金蓮は童子の手を離れ、仏の上の虚空の中で花蓋となり、多くの宝で厳かに飾られ、殊勝で妙なる第一のものとなった。

爾時寶授童子即於空中向佛合掌,說伽陀曰:

その時、宝授童子は空中で仏に向かって合掌し、次の偈を唱えました。

「我所獻蓮花, 不為斷煩惱,
及於一切法, 唯為佛菩提。
如菩提不生, 非有亦非無,
非取亦非捨, 我從佛現化。
非愚迷所著, 相與無相等,
我離一切相, 供養佛世尊。
所獲諸功德, 亦離一切相,
今奉獻此花, 不願證二乘,
以彼第一乘, 常轉於佛剎。」

私が捧げるこの蓮華は、 煩悩を断つためではなく、 また一切の法についても、 ただ仏の菩提のためです。

菩提は生じることなく、 有るのでもなく、無いのでもなく、 執着するのでもなく、捨てるのでもない、 私は仏の示現から悟りました。

愚かな迷いが執着するものではなく、 相も無相も等しいもの、 私は一切の相から離れて、 仏世尊に供養いたします。

得られるすべての功徳も、 また一切の相から離れています。 今この花を捧げるのは、 二乗の悟りを願うのではなく、 その第一の乗り物によって、 常に仏の国をめぐらせるためです。

爾時尊者大目乾連侍佛之右,見是事已,即說伽陀問寶授童子曰:

その時、尊者マハー・モッガラーナは仏陀の右側に侍しており、この出来事を見届けると、すぐに偈頌を唱えて宝授童子に尋ねました。

「如是釋迦佛, 汝信重供養,
汝何心顛倒, 云菩提不生?」

「このように釈迦仏を、あなたは深く信じ供養したのに、

どうして心が乱れて、菩提は生じないと言うのか?」

爾時寶授答尊者大目乾連,說伽陀曰:

その時、宝授は尊者大目乾連に答え、伽陀を説いて言いました。

「諸法本不生, 所施空無為,
法性本如是, 云何有所生?
圓頂被袈裟, 住於羅漢相,
如不能知空, 佛智何能了?
汝若有妄想, 供養俱胝佛,
雖供如是佛, 實為非供養。
尊者至於今, 猶不斷妄想,
汝心當云何, 無相稱有相?」

すべての存在は元より生じず、 施すものも空にして無為。 法の本性は元よりこのようであり、 どうして生じるものがあるというのか。

円頂に袈裟をまとい、 阿羅漢の相に住する者でも、 もし空を知ることができなければ、 仏の智慧をどうして悟れようか。

もし妄想があれば、 たとえ億の仏を供養しても、 そのような仏を供養しても、 真実の供養とはならない。

尊者よ、今に至っても、 なお妄想を断たない。 あなたの心はどうして、 無相を有相と称するのか。

爾時尊者大目乾連復謂童子曰:「如來不證無上正等正覺耶?亦不說法耶?」

その時、尊者マハー・モッガラーナは童子に再び尋ねました。「如来は無上の正しい悟りを証されなかったのですか?また、法を説かれなかったのですか?」

寶授童子曰:「夫大智者不住菩提相、不住如來相,諸法性無為,法本無有生。若如是了知,是即知法性。不驚不怖,捨離親疎,無來無去,無行無相;不住佛法,不住緣覺法,不住聲聞法,亦不住貪法,不住瞋法,不住癡法,乃至不住愚迷眾生無明煩惱等法;亦復不住有色無色、有想無想、有相無相、清淨不清淨,及身口意、平等不平等,一切諸法皆無所住。」

宝授童子は言いました。「大いなる智者は、菩提の相にとどまらず、如来の相にとどまらない。諸法の本性は無為であり、法は元より生じることがない。もしこのように了知すれば、すなわち法の本性を知ることになる。驚かず怖れず、親しい者も疎い者も捨て離れ、来ることなく去ることなく、行うこともなく相もない。仏の法にとどまらず、縁覚の法にとどまらず、声聞の法にとどまらない。また貪りの法にとどまらず、瞋りの法にとどまらず、痴の法にとどまらない。さらに愚かで迷える衆生の無明煩悩などの法にもとどまらない。また、色あるものも色なきものも、想いあるものも想いなきものも、相あるものも相なきものも、清浄なものも清浄ならざるものも、そして身口意、平等も不平等も、一切の諸法に何一つとどまることはない。」

爾時尊者大目乾連又復問言:「寶授童子!如來於阿耨多羅三藐三菩提莫有所證耶?」

その時、尊者マハー・モッガラーナはさらに尋ねました。「宝授童子よ、如来は阿耨多羅三藐三菩提において、何かを悟られたのではないのですか?」

童子言:「不也。若有所證,即住如來相、住菩提相、住解脫相。若住是相,即為愚迷。」

童子は言いました。「いいえ、違います。もし何かを悟ったとすれば、それは如来の相に執着し、菩提の相に執着し、解脱の相に執着することになります。もしそのような相に執着するならば、それは愚かで迷いの状態です。」

大目乾連言:「童子!我亦無相,汝謂有相。」大目乾連又復告言:「童子!我前所問為俗諦故。」

大目乾連は言いました。「童子よ、私もまた相(固定的な実体)を持たない。あなたが相があると思っているだけだ。」大目乾連はさらに告げました。「童子よ、私が先に尋ねたのは世俗の真理についてであった。」

童子言:「大目乾連!一切眾生愚迷虛妄,乃生諸根不能調適。」

童子は言いました。「大目乾連よ、すべての生きとし生けるものは愚かで迷い、虚妄の世界に生きている。そのため、諸々の感覚器官を調和させることができないのです。」

大目乾連言:「若眾生具足虛妄者,法亦虛妄。若虛妄者,汝云何說?」

大目乾連は言いました。「もし衆生が虚妄を具えているならば、法もまた虚妄です。もしそれが虚妄であるならば、あなたはどうしてそれを説くことができるのですか?」

童子言:「大目乾連!說法無相,是名說法。如是說者,無有所至亦無所證,亦無所知亦無所見。」

童子は言った。「大目乾連よ、説法には相がなく、これを説法という。このように説く者は、どこにも至らず、何も証さず、何も知らず、何も見ない。」

大目乾連言:「童子!若如是者,汝今何故供養如來?」

大目乾連は言った。「童子よ、それならば、なぜ今、あなたは如来を供養しているのですか?」

童子言:「大目乾連!汝若如是,見如來相、見施者相。」

童子は言いました。「大目乾連よ、もしあなたがこのように見るならば、それは如来の相を見ることであり、施しをする者の相を見ることです。」

時大目乾連聞童子言已,默然而住。

その時、大目乾連は童子の言葉を聞き終えると、黙って静かに立ち止まった。

爾時童子又復告言:「大目乾連!若復眾生見有是相者,不能解脫、不得己利,遠離如來寂靜涅槃,必當發趣聲聞乘也。」

その時、童子は再び告げた。「大目乾連よ、もしまた衆生がこの相を見るならば、解脱を得ず、自らの利益も得られず、如来の寂静なる涅槃から遠ざかり、必ずや声聞の道へと向かうことになるでしょう。」

爾時大目乾連說伽陀曰:

その時、尊者マハーモッガラーナは詩偈を唱えた。

「童子雖年幼, 智慧如大海,
經於幾多時, 學成無生法?」

童子は幼くとも、智慧は大海の如し。 幾多の時を経て、無生の法を学び成す。

爾時寶授童子答大目乾連,說伽陀曰:

その時、宝授童子は大目乾連に答え、伽陀を説いて言った。

「所學即非學, 一切學無性,
大智如是學, 我學亦如是。
汝之所問我, 著於眾生相,
眾生本無相, 諸法不可得。
說有菩提相, 愚迷非正見,
尊者今云何, 猶住於諸見?
智者於諸見, 一切悉清淨,
佛法愚迷法, 及彼種種法,
如是觀皆空, 是知諸法性。
若住有無相, 求證菩提者,
法本非有無, 菩提云何得?
說法無邊際, 眾生亦如是,
不住差別相, 斯即名涅槃。
如是行輪迴, 師資無所有,
此無相法中, 智者不迷惑。
愚迷言得證, 彼皆住輪迴,
無明轉增長, 是即為魔著。
安坐菩提場, 為示俗諦故,
諸佛之所證, 非俗非寂靜。
菩提不可說, 遠離見非見,
若見如是實, 彼能解妙法。」

学ぶということは、実は学びではない。 すべての学びには実体がない。 大いなる智慧はこのように学ぶ。 私の学びもまた同じである。

あなたが私に問うのは、 衆生という相に執着しているからだ。 衆生はもともと相を持たず、 すべての法は得ることができない。

菩提という相があると言うのは、 愚かで迷った正しくない見解である。 尊者よ、今どうして まださまざまな見解に留まっているのか?

智者はあらゆる見解に対し、 すべて清らかに見る。 仏法も愚迷の法も、 それら種々の法も、 このように観ればすべて空であり、 これが諸法の本性を知ることである。

有る無しの相に留まり、 菩提を求め証そうとするならば、 法はもともと有るでも無いでもなく、 菩提をどうして得られようか?

説法には際限がなく、 衆生もまた同じである。 差別の相に留まらなければ、 これが涅槃と呼ばれる。

このように輪廻を行じても、 師も弟子も実在しない。 この無相の法の中で、 智者は迷わない。

愚かで迷った者が「悟りを得た」と言うのは、 彼らは皆、輪廻に留まっている。 無明がますます増長し、 これが魔の執着である。

菩提場に安坐し、 世俗の真理を示すために、 諸仏の悟られたものは、 世俗でもなく、寂静でもない。

菩提は言葉で説くことができず、 見ることも見ないことも離れている。 もしこの真実をこのように見るならば、 彼は妙なる法を理解することができる。

爾時尊者舍利弗白佛言:「世尊!此寶授童子,從於何時於法修行?」

その時、尊者舎利弗は仏に申し上げました。「世尊よ、この宝授童子は、いつの頃より法を修行してきたのでしょうか?」

佛言:「舍利弗!我初發阿耨多羅三藐三菩提心時,此寶授童子已證無生法忍經三百千劫。

お釈迦様はおっしゃいました。「舎利弗よ、私が初めて阿耨多羅三藐三菩提の心を起こした時、この宝授童子はすでに無生法忍を証得してから三十万劫もの時が経っていたのだよ。」

「又,舍利弗!我於往昔燃燈佛處得授記時,我初證得無生法忍;寶授童子於彼法中為大菩薩,解空第一。」

また、舎利弗よ、私は過去に燃燈仏のもとで授記を受けた時、初めて無生法忍を証得した。宝授童子はその法において大菩薩となり、空を解することが第一であった。

舍利弗復白佛言:「世尊!寶授菩薩何因何緣,經如是時不證阿耨多羅三藐三菩提?」

舎利弗は再び仏に尋ねました。「世尊よ、宝授菩薩はどのような因縁によって、これほどの長い間、阿耨多羅三藐三菩提を証悟されなかったのですか?」

佛告舍利弗:「汝將此義自問寶授菩薩,必為汝說。」

仏は舎利弗に告げられた:「あなたはこの意味を宝授菩薩に自ら尋ねなさい。必ずあなたのために説いてくださるでしょう。」

時舍利弗承佛聖旨,即伸問言寶授菩薩言:「今云何不成佛耶?」

舎利弗は仏のご意向を受け、すぐに宝授菩薩に向かって尋ねました。「では、なぜあなたはまだ仏になられないのですか?」

寶授菩薩言:「尊者!阿耨多羅三藐三菩提不可得故,由是我不成佛。」

宝授菩薩は言いました。「尊者よ、阿耨多羅三藐三菩提は得られるものではないからこそ、私は仏となることがないのです。」

舍利弗言:「寶授菩薩!於意云何?如來成佛,莫有相耶?」

舎利弗が尋ねました:「宝授菩薩よ、あなたはどう思われますか?如来が仏となられることには、何か形や特徴があるのでしょうか?」

寶授菩薩言:「如來若於菩提有所證者即是取相,若取相者即是妄想。」

宝授菩薩は言われた。「もし如来が菩提において何かを証得したとするならば、それは相を取ることである。もし相を取るならば、それは妄想である。」

舍利弗言:「寶授菩薩!汝從爾來住何忍何行,復以何法化度平等?」

舎利弗が尋ねました。「宝授菩薩よ、あなたはそれ以来、どのような忍びの境地に住み、どのような修行を行い、またどのような法をもって衆生を平等に導いておられるのですか?」

寶授菩薩言:「我於一法而尚不住,何況有四?舍利弗!汝勿謂我有法說耶、證菩提耶、是如來耶、得解脫耶。」

宝授菩薩は言われた。「私は一つの法にさえとどまってはいない。ましてや四つなどあるだろうか。舎利弗よ、あなたは私が法を説いたり、菩提を悟ったり、如来となったり、解脱を得たりしたと思うのではないだろうか。」

舍利弗言:「希有善男子!若能於法如是了知,汝向於佛宜可出家。」

舎利弗は言った。「稀有なる善男子よ!もし法をこのように理解できるなら、そなたは仏に向かって出家すべきである。」

爾時寶授菩薩說伽陀曰:

その時、宝授菩薩は伽陀を説いて言われた:

「諸有出家者, 多著出家相,
心妄想迷惑, 稱謂有所得。
執見於事法, 修行布施因,
欲求無為果, 所證即有為。
不了無相地, 見有生不生,
得與無得相, 謂得甘露味。
是人於佛法, 乃名破法者,
如來釋師子, 說法寂無相。
不住心非心, 不住性無性,
若見如是說, 是即見佛說。
若見有相者, 斯人眼非淨,
我見非解脫, 智者不應行。
我見即愚迷, 執見有常相,
以自有相見, 謂得於涅槃。
不識夢幻性, 及背空無相,
佛說如是人, 是大無智慧。
又復調諸根, 持戒著禪定,
起於妄想心, 住相迷求果。
此則法中賊, 智者應當知,
以斯種種法, 我出家何益?
法界本湛然, 諸法無分別,
譬如山響等, 智者不見相。
當住於如如, 無別有性相,
若了如是法, 何住出家相?」

出家した人々の中には、 多くが出家の形に執着し、 心は妄想に惑わされて、 「何かを得た」と称します。

事や法に執着し、 布施の因を修行して、 無為の果を求めても、 証するのは有為のままです。

無相の境地を悟らず、 生じるものと生じないものを見て、 得と無得の相を分別し、 甘露の味を得たと言います。

このような人は、仏法において 法を破る者と呼ばれます。 如来、釈師子は、 寂然として無相の法を説かれます。

心にも非心にも住せず、 性にも無性にも住さず、 このように説かれるのを見れば、 それは仏の説かれたものを見るのです。

もし相のあるものを見るなら、 その人の眼は清浄ではありません。 我見は解脱ではなく、 智者は行うべきではありません。

我見は愚かで迷いであり、 常なる相に執着することです。 自らの有相の見解によって、 涅槃を得たと称するのです。

夢幻の性質を知らず、 空と無相に背く者を、 仏はこのように説かれます、 大いなる智慧なき者であると。

また、諸根を調え、 戒を保ち禅定に執着し、 妄想の心を起こして、 相に住み果を求めて迷う。

これは法の中の賊であり、 智者は知るべきです。 このような種々の法によって、 私は出家して何の益があるでしょう?

法界は本来澄み渡り、 諸法には分別がありません。 山の響きのごとく、 智者は相を見ません。

如如に住し、 別に性相はありません。 このような法を悟れば、 出家の相に何を住まわすでしょう?

爾時妙吉祥菩薩告寶授菩薩言:「云何說為菩提?」

その時、妙吉祥菩薩が宝授菩薩に告げて言いました:「どのようにして菩提と言うのですか?」

寶授菩薩言:「離諸語言,名為菩提。」

宝授菩薩は言われた:「言葉を離れたところに、菩提があるのです。」

妙吉祥言:「汝當云何作如是說?」

妙吉祥は言いました。「あなたはどうしてそのようなことをおっしゃるのですか?」

寶授菩薩言:「法本無言,故作是說。」

宝授菩薩は言われた:「法は本来言葉を超えているからこそ、このように説くのです。」

妙吉祥言:「為初地菩薩當何所說?令云何學?」

妙吉祥が言いました:「初地の菩薩には、何を説き、どのように学ばせればよいのでしょうか?」

寶授菩薩言:「當如是說:不斷貪慾、瞋恚,不捨愚癡,不斷煩惱乃至五蘊六處等;又復於智慧愚癡不生疑惑,不心念佛、不思惟法、不供養眾亦不持戒;不於朋友而求寂靜,乃至諸難亦不越度。妙吉祥!當為初地菩薩說如是法,令如是學。於意云何?亦復不應於是諸法而有住相,若住相者是為住法,彼即愚迷起生滅法。若於是法說無疑惑,即於法界知其性也。若能如是了法性者,是得名為說菩提也。妙吉祥!若有菩薩聞斯法已不驚不怖,當知是為得不退轉。」

宝授菩薩は言われた:「このように説くべきです。貪欲と瞋恚を断たず、愚癡を捨てず、煩悩から五蘊・六処に至るまで断たない。また、智慧と愚癡について疑いを生じず、心に仏を念ぜず、法を思惟せず、衆を供養せず、戒を持たない。友に求めて寂静を得ず、さらには諸々の難関も越えようとしない。妙吉祥よ!初地の菩薩にこのような法を説き、このように学ばせなさい。あなたはどう思いますか?また、これらの諸法において住相があってはならず、もし住相があればそれは法に住するものであり、それは愚迷に陥り生滅の法を起こすことになります。もしこの法について疑いがないと説くならば、法界の本性を知ることになります。もしこのように法の本性を悟ることができるなら、それは菩提を説くと言えるでしょう。妙吉祥よ!もし菩薩がこの法を聞いて驚かず怖れないならば、それは不退転を得たと知るべきです。」

爾時會中有八苾芻,忽聞說此無相正法,心不愛樂,出於法會,吐血命終,皆墮阿鼻大地獄中。

その時、法会の中に八人の比丘がおり、この無相の正法を説くのを聞いて、心に喜びを受け入れず、法会から出て行き、血を吐いて命を終え、みな阿鼻の大地獄に堕ちた。

爾時妙吉祥菩薩白佛言:「世尊!云何此八苾芻聞此正法乃有如是大惡相耶?」

その時、妙吉祥菩薩が仏に申し上げました。

「世尊よ、なぜこの八人の比丘は、この正しい法を聞いて、これほど大きな悪相を示すのでしょうか?」

佛言:「妙吉祥!莫作是說。然此苾芻經十千劫,不曾聞法、不近善友,是故今日聞此正法心不愛樂。妙吉祥!此八苾芻當來之世,於阿鼻獄中忽思正法,尋便命終,生兜率陀天為彼天子,或生人間為轉輪王。經六十八劫當得承事十那由他佛,於彼劫後有佛出世,號無垢光如來、應供、正等正覺。彼無垢光佛,如我今日住廣嚴城,廣為人天說法授記。時彼天子,天耳遙聞說法授記,即與八萬天子同詣佛所。到佛所已,散眾天花遍廣嚴城,供養瞻禮却坐一面,白佛言:『世尊!我等隨喜樂聞正法,願佛為說菩提之行。』時無垢光如來為說正法,便令發起大菩提心。彼諸天子纔發心已,應時皆於阿耨多羅三藐三菩提得不退轉。是時廣嚴城中有八萬四千人,亦於阿耨多羅三藐三菩提得不退轉;復有千二百人遠塵離垢得法眼淨。」

仏は言われた。「妙吉祥よ、そのように言ってはならない。この比丘は一万劫もの間、法を聞くこともなく、善き友に近づくこともなかった。それゆえ、今日この正しい法を聞いても心に喜びを感じないのだ。妙吉祥よ、この八人の比丘は未来世において、阿鼻地獄の中で突然正しい法を思い出し、すぐに命を終えて、兜率天に生まれ変わって天子となるか、あるいは人間界に生まれ変わって転輪王となるであろう。六十八劫を経て、十那由他の仏に仕えることになる。その劫の後に、無垢光如来・応供・正等正覚という仏が現れる。その無垢光仏は、私が今日広厳城に住み、広く人々や天のために説法し授記するように、同じく広厳城で説法される。その時、天子は天耳で遠くから説法と授記を聞き、八万の天子と共に仏のもとへ赴く。仏のもとに到着すると、多くの天の花を散らして広厳城に満たし、供養し礼拝してから一方に座り、仏に言う。『世尊よ、私たちは喜んで正しい法を聞きたいと願います。どうか仏よ、菩提の行いについてお説きください。』その時、無垢光如来は正しい法を説き、彼らに大菩提心を起こさせた。彼ら天子たちが心を起こしたその時、たちまち阿耨多羅三藐三菩提において不退転の境地を得た。その時、広厳城の中には八万四千人の人々もまた、阿耨多羅三藐三菩提において不退転を得た。さらに千二百人の人々が塵を遠ざけ垢を離れ、法眼清浄を得た。」

爾時世尊告妙吉祥言:「假使菩薩於百千劫修行六波羅蜜無方便慧,不如暫時聞此正法。何以故?聞此正法功德無量,何況愛樂聽受,乃至書寫、受持、讀誦、為他廣說。妙吉祥!若復有人樂求阿羅漢果,及樂求辟支佛者,於此法中不應修學;若樂求阿耨多羅三藐三菩提者,當學此法。」

その時、世尊は妙吉祥に告げられました。「たとえ菩薩が百千劫にわたって六波羅蜜を修行しても、智慧の方便がなければ、この正法を一時でも聞くには及びません。なぜなら、この正法を聞くだけでも無量の功徳があるからです。ましてや、喜んで聞き受け、さらに書き写し、受け持ち、読み誦し、他のために広く説くことなど、なおさらです。妙吉祥よ、もし阿羅漢の果報を求め、あるいは辟支仏を求める者がいるなら、この法の中では修学すべきではありません。しかし、もし無上正等覚(阿耨多羅三藐三菩提)を求めようとするなら、この法を学ぶべきです。」

爾時,寶授菩薩知佛世尊及苾芻眾未有食處,乃告乳母:「可於宮中速取食來,用施佛、僧。」於是乳母速取百味飲食盛滿一器,授與寶授菩薩。菩薩得食即於佛前發誓願言:「如來之所說,一切法無盡,斯言真實者,此食亦無盡,乃至苾芻眾,悉令得飽足。」

その時、宝授菩薩は、仏陀と比丘たちがまだ食事の用意がないことを知り、乳母に告げました。「宮殿から急いで食べ物を持ってきて、仏陀と僧侶たちに施しなさい。」そこで乳母は急いで百種類の味わいの食べ物を器いっぱいに盛り、宝授菩薩に渡しました。菩薩はその食べ物を受け取ると、仏陀の前で誓いを立てました。「如来が説かれる一切の法が尽きることがないように、もしその言葉が真実ならば、この食べ物も尽きることがありませんように。比丘たち全員が満足するまで。」

爾時寶授菩薩即以飲食盛滿一鉢,奉獻佛已,告諸苾芻言:「尊者!慈愍我故各各受食。」又復告言:「我所施者,不以身施、不以心施,離於三業、不求福果,不住有為法、不住無為法,亦不著世法,亦復不住聲聞、緣覺及佛菩提。」

その時、宝授菩薩はすぐに食べ物を鉢にいっぱい盛り、仏に捧げてから、比丘たちに告げて言いました。

「尊者方、どうか私を慈しみ哀れんで、それぞれこの食べ物をお受け取りください。」

さらにこう言いました。

「私が施すのは、身体をもって施すのでもなく、心をもって施すのでもありません。三業を離れ、福果を求めず、有為法にも住まず、無為法にも住さず、世間の法にも執着せず、また声聞、縁覚、そして仏の菩提にも住さないのです。」

時,彼苾芻眾無有一人伸鉢受食者。寶授菩薩言:「諸尊者當受此食。尊者樂乞,我今樂施,我於尊者亦無所求。」時寶授菩薩復發願言:「佛語真實,如妙吉祥及百千俱胝菩薩,當來之世於功德裝嚴王佛剎,皆得成佛,同一名號。若真實者,今此器中所有飲食,令諸苾芻所持之鉢悉皆充滿,此器中食願得無盡。」以願力故,諸苾芻眾各各鉢中自然食滿。

その時、比丘たちの中に一人として鉢を差し出して食事を受け取る者はありませんでした。宝授菩薩は言いました。「尊き方々、どうかこの食事をお受け取りください。尊き方々は乞うことを喜び、私は今、施すことを喜びます。私は尊き方々に何も求めはしません。」

その時、宝授菩薩はさらに願いを発しました。「仏の言葉は真実です。もし、妙吉祥菩薩と百千億の菩薩たちが、未来の世に功徳荘厳王仏の国土において、皆、仏となり、同じ名号を得ることが真実ならば、今、この器の中にあるすべての飲食物が、比丘たちの持つ鉢をことごとく満たし、この器の中の食物が尽きることがありませんように。」

その願いの力によって、比丘たちはそれぞれの鉢に自然と食物が満ちるのを見ました。

時寶授菩薩復以器中餘食,施廣嚴城中一切人民,悉令飽滿,器中飲食猶尚不盡。

宝授菩薩は、さらに器の中に残った食べ物を、広厳城のすべての人々に施し、皆を満腹にさせました。それでもなお、器の中の食べ物は尽きることはありませんでした。

爾時世尊告寶授菩薩曰:「有五種寶,於菩薩行施,能令清淨。何等為五?一者、行施無有希望,二者、於施心無所著,三者、所施不起於相,四者、不見施之果報,五者、不令受者有所還報。」

その時、世尊は宝授菩薩に告げられた。 「菩薩が布施を行うとき、その行いを清らかにする五つの宝がある。 どのような五つか。 第一に、見返りを求めずに布施を行うこと。 第二に、布施をする心に執着しないこと。 第三に、布施をしたという形にこだわらないこと。 第四に、布施の果報をありのままに見ようとしないこと。 第五に、受ける者がお返しをする必要がないようにすることである。」

佛言:「復有四種寶,行施菩薩應常思念。何等為四?一者、常念空三摩地,二者、常念於佛,三者、常念大悲,四者、常念於己不求果報。菩薩若如是行施,是為淨施。」

仏は言われた:「さらに四種の宝があり、布施行を行う菩薩は常にこれを心に留めるべきである。それはどのようなものか。第一に、常に空の三昧を念じること。第二に、常に仏を念じること。第三に、常に大悲を念じること。第四に、常に自らを念じ、果報を求めないことである。菩薩がこのように布施を行えば、それは清らかな布施となる。」

佛告妙吉祥言:「此寶授菩薩,於當來世過三十劫,得成阿耨多羅三藐三菩提,號不空力稱如來、應供、正等正覺、明行足、善逝、世間解、無上士、調御丈夫、天人師、佛、世尊,出興於世。彼佛眾會有無邊菩薩,是諸菩薩皆住不退轉地,威力無邊壽亦無量。」

仏は妙吉祥に告げられた: 「この宝授菩薩は、未来の世において三十劫を過ぎた後、阿耨多羅三藐三菩提を成就し、『不空力称如来』と号するであろう。 すなわち、応供・正等正覚・明行足・善逝・世間解・無上士・調御丈夫・天人師・仏・世尊として、世に現れるのである。 その仏の衆会には無辺の菩薩たちが集い、それらの菩薩たちは皆、不退転の境地に住し、その威力は限りなく、寿命もまた無量であろう。」

爾時世尊及大苾芻眾受彼食已,還歸本處。

その時、世尊と大比丘たちは彼らから供養を受けた後、元いた場所へと戻られました。

爾時妙吉祥菩薩白佛言:「世尊!當何名此經?我等云何受持?」

その時、妙吉祥菩薩が仏に申し上げました。 「世尊よ、この経典をどのように名づけるべきでしょうか? 私たちはどのようにして受け持ち、保つべきでしょうか?」

佛言:「此經名為『菩提行』,亦名『一切法為首』,如是受持。」

仏は言われた:「この経典は『菩提行』と呼ばれ、また『一切法を首とす』とも名づけられる。このように受け持ちなさい。」

佛說此經已,寶授菩薩并諸大眾,天、人、阿修羅、乾闥婆等,聞佛所說,皆大歡喜,信受奉行。

仏がこの経を説き終えられると、宝授菩薩をはじめとする大勢の聴衆、天界の者、人間、阿修羅、乾闥婆など、すべての者が仏の説かれた教えを聞き、大いに歓喜し、深く信じて受け入れ、実践に努めた。

寶授菩薩菩提行經

宝授菩薩菩提行経


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