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  1. 山菴雑録 (山菴雜錄)
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  3. No. 1616-B (No. 1616-B)
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山菴雑録 (山庵雜錄)

「山菴雜錄」について

明 · 無慍錄 著

2.9 万字 · 約 97 分

『山菴雑録』、またの名を『無慍録』ともいい、明代の禅僧・無慍によって著された仏教随筆集です。本書は明の初期に成立し、無慍禅師の修行上の見解、禅門の故事、機鋒鋭い問答、叢林の逸話などを収録しており、内容は生き生きと詳細で、言葉は簡潔ながら深みがあります。これは元から明への移行期における禅宗の発展状況と時代的特徴を反映しているだけでなく、臨済宗の流れを継承し、後世の禅林に深い影響を与えました。本書は明代禅宗史を研究する上での重要な文献と見なされ、仏教史上において高い史料価値と思想的価値を有しており、当時の禅宗の実態を理解するための権威ある著作の一つです。


No. 1616-B
山菴雜錄。
余生平多病。晚年以日本奏請。赴召京師。私謂縱使不往日本。又豈能生還乎。凡平昔親舊。亦未有不以是為料者。幸今上見憫。特寢其奏。留居天界。既而諸病交侵幾死者三。又幸上憐。賜歸天童故山。親舊相勞問。如再世也。余以年幾七十。而萬死中得一生。私欲杜門謝諸緣以盡餘齒。有法姪莊敬中者。數謁余山菴而請曰。唐宋諸大士立言著書者。恒間作不絕。及元以來寢希。故近古名德提唱。及嘉言懿行。可為叢林龜鑒者。大率泯沒無聞。翁當叢林全盛之際。徧參諸大老。聞見愽洽。每侍語次。間聞口舉一二。皆所未聞。而警發尤深。願翁以游戲三昧自成一書。上發先德之幽光。下脫後學之沈痾。則法門盛事也。敢以為請。余曰。子之志固美矣。然余之所言不能文。言而不文。焉足以行遠。是非吾敢任也。敬中又曰。今教法陵夷。前輩淪沒殆盡。翁今遠歸。出於望外。翁辭不任。將誰任耶。若言之文不文。固何足較。苟得直書以彰其事。足矣。願勿固辭。余用是以平生師友所講授。湖海所見聞。或機緣之扣擊。或善惡之報應。與夫一言一行。一出一處。不擇其時之先後。人貴賤。凡可以警勸乎後來者。信意信筆。據實而書之。名曰山菴雜錄。昔宋有名宿。修所謂羅湖野錄.雲臥紀譚。其間所載。大抵激揚第一義諦者為多。若此類。余少壯時所記。今已十忘七八。晚歲僻處海隅。又不能旁詢愽採。故多遺失。余頗恨之。盖言而道。庶為至言。而未甞言也。外此則越吾分矣。雖然。執吾門遷固之筆者。庶或有可採焉。
洪武八年臘月望日
天台山人釋 無慍 序

No. 1616-A 山菴雜錄序
No. 1616-C

CBETA コード: X1616

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