ご支援淨心禪堂すべての経典
メインコンテンツにスキップ
  1. 浄度経巻第一 (淨度經卷第一)
  1. 浄度三昧経 (淨度三昧經)
  2. 浄度経巻第一 (淨度經卷第一)

浄度三昧経 (淨度三昧經)

「淨度三昧經」について

6,992 字 · 約 23 分

『浄度三昧経』は、中国仏教に伝わる経典の一つです。南北朝時代に翻訳されたと伝えられていますが、訳者ははっきりせず、現在では原本は失われてしまいました。敦煌文献や他の古書に引用された一部の断片だけが残っています。 この経典は初期の仏教経典に属し、主に「浄度三昧」という瞑想の修行法を実践することで、心を清らかにし、過去の行いによる障害(業障)を取り除く境地に至ることを説いています。経典の中では、心の性質を浄化していく過程と、行為の結果(因果応報)についての考えが強調されており、中国仏教における瞑想修行と因果の観念に一定の影響を与えました。 原本は散逸してしまいましたが、その思想は、南北朝時代の仏教における瞑想法や民衆の信仰を研究する上での重要な手がかりを提供しており、仏教史において一定の参考価値を持っています。


佛說淨度三昧經卷第一

仏説浄度三昧経 巻第一

聞如是:

お聞きください。

一時,佛在羅閱祇神鳥山中,與大比丘眾俱。比丘二萬五千,皆阿羅漢,神通已達,脫於恐畏,已過諸畏,畏無所畏,三脫無礙,空無三昧、無相三昧、無願三昧,其心空寂,皆入空慧,辨才無礙。菩薩七萬八千,皆住無畏三昧、普光三昧,有還淨戒三昧者,已得不動三昧者,已得了生三昧者,有得法雨三昧者。大尊明士漚和拘舍羅,智積無限,辨才無侶,智度無極,已寶七藏,心空無礙,淨如水月,無心意識,已脫死地,度無恐畏,畏無所畏,五眼明達,觀三界五道轉化,受形顛倒,羅網圍繞,罪福自追,圍遶其身,迴流不絕。人物之屬,有識之類,沒溺愛海,苦痛愁惱,都無覺知,而自謂為樂,遭逢苦厄,不知迷行致之,而反怨天,遂益愁憂毒心,亂起惡心,滋其沒命,經入三塗,考治萬端,五毒兼備,受罪數千億劫。形罪雖竟,化成惡形,更受百畜之身,出一身入一身,出一識入一識,忘本識,周旋五道,終而復始,輪轉無際,迴流不絕。目視三界,生死苦畏,為六欲所溺,其於須彌山,沒溺大海,無有出期。雖爾,天地衰老,劫盡火燒,海水乾竭,須彌山猶有出期。三界之群生,為六欲所溺,甚於須彌山。菩薩大士觀見審諦,愍傷愚憃凶騃之人,未見生死參差。世尊開演正法,恤化三界、齊渡五道,斷諸徑路、滅生死火,開虗無門、安入埿洹宅,現自在之制,無我結解,見生死之縛,十二癡本六十二見,令眾結解脫無罣礙。世尊道化善安利業,諸天人民菩薩大士,輔佐世尊蕩除三界,開絕三塗開三善路。世尊滅變,感動魔眾,盡一佛境界天地六返震動,人天易色。魔眾一切鬼神、龍、阿須倫官屬,悉感動不安。諸天、龍、鬼神、阿須倫等各各官屬,皆自於所惶怖,自歸命佛。佛悉愍傷,放白豪相光往而安之。光明徹照世二天,下照十八地獄,極佛境界薑場佐右莫不歡喜,尋光即到佛所。諸天、帝釋、天子、王女,天上諸大尊神妙,諸天神、魔王及諸官屬、司錄、司命、三十二鎮王、柱天將軍、特進兵王、律法義都曰公科車赤符郎功曹使者、天侯、太一四天大王、太子、使者,一時悉皆尋光至佛所,稽首歸命皆佛足,繞佛七迊禮佛訖,玄住空中。諸龍王、阿須倫、王將官屬,尋光而至、稽首歸命,禮佛畢訖侍佛後面。諸天神王、釋梵四天王,上至三十二天,及諸天子、輔天將軍,皆持天上華香、寶王、赤真珠、摩尼珠、辟玉、金銀、水精、流離、車渠、馬瑙、幡綵、琦珍、寶蓋、名香、雜香、澤香、揭香、珍琦寶物,盡天上所有,賷持供養世尊及諸尊菩薩、大弟子。十八地獄皆悉休息,監官屬皆尋光而至,歸命稽首,繞佛百二十迊,叩頭悔過,禮拜畢訖,住佛右面。地獄濫官,玄都王、聖都王、廣武王、晉平王、玄陽王、武陽王、公陽王、平陽王、廣進王、都湯王、[這-言+爰]慰王、平胡王、璉石王、水官都督、䥫官都督、火官都督、作官都督、士官都督,十八使者,各將諸官屬,尋光而至,頭面禮佛足,三自歸命,悔過拜謝,遶佛七十迊,稽道而立。國王洴沙,將十億眾,來詣佛所。清信士、清信女,二百萬五千人,皆來會坐。凡人數千萬,皆來會坐,別坐左面,聽佛說經。

ある時、仏は羅閲祇の神鳥山におられ、大いなる比丘の集まりとともにありました。比丘は二万五千人で、みな阿羅漢であり、神通をすでに成就し、恐れを脱し、もろもろの畏れをすでに超え、畏れることのない境地にあって畏れがなく、三つの解脱にさえぎるものがなく、空の三昧、無相の三昧、無願の三昧を修め、その心は空しく静かで、みな空の慧に入り、弁才はさえぎるものがありませんでした。菩薩は七万八千人で、みな無畏の三昧、普光の三昧に住し、還浄戒の三昧を得た者、すでに不動の三昧を得た者、すでに了生の三昧を得た者、法雨の三昧を得た者がいました。大いなる尊い明士たちは漚和拘舎羅(方便)を具し、智慧の積み重ねは限りなく、弁才は並ぶものがなく、智慧の度は極まりなく、すでに七つの宝蔵を備え、心は空しくさえぎるものがなく、水月のように清らかで、心・意・識がなく、すでに死の地を脱し、恐れを渡り、畏れることのない境地にあって畏れがなく、五眼は明らかに通達し、三界五道が移り変わり化して、形を受けるさまは顛倒し、羅網に囲まれ、罪福が自ら追いかけてその身を囲み、流転して絶えることがないのを観ておられました。人や物の類、識あるものたちは、愛の海に溺れ、苦痛と愁いと悩みに、まったく気づくことなく、自らこれを楽しみだと思い、苦難に遭っても、迷った行いが招いたのだと知らず、かえって天を怨み、ますます愁いと憂いと毒の心を増し、乱れて悪心を起こし、その身の没することを重ね、三塗に入って経て、万端の責めを受け、五毒を兼ね備え、数千億劫の罪を受けます。形の罪がたとえ終わっても、悪い形に化し、さらに百の畜生の身を受け、一身を出て一身に入り、一識を出て一識に入り、もとの識を忘れ、五道を巡り、終わってはまた始まり、輪転は際限なく、流れは絶えることがありません。目で三界を見れば、生死の苦しみと畏れがあり、六欲に溺れ、須弥山が大海に没するように、出る時はありません。とはいえ、天地が老い衰え、劫が尽きて火に焼かれ、海水が乾き尽くしても、須弥山にはなお出る時があります。三界の群生が六欲に溺れることは、須弥山よりも甚だしいのです。菩薩大士はこれを詳しく観て、愚かで凶かな人々を哀れみ傷み、いまだ生死の参差を見ていません。世尊は正法を開き演べ、三界を恤み化し、五道を斉しく渡し、もろもろの径路を断ち、生死の火を滅し、虚無の門を開き、安らかに涅槃の宅に入らせ、自在の制を現し、無我の結びを解き、生死の縛を見、十二の癡の本、六十二の見を、衆の結縛を解脱させてさえぎるものがなくされました。世尊の道化は善く安らかに業を利し、諸天・人民・菩薩大士は、世尊を輔佐して三界を蕩除し、三塗を開き絶ち、三善の路を開きました。世尊が滅変を現すと、魔の衆を感動し、一仏の境界の天地が六度震動し、人と天は色を変えました。魔の衆の一切の鬼神、龍、阿須倫の官属は、みな感動して安らかではありませんでした。諸天、龍、鬼神、阿須倫などは、それぞれの官属がみな自らのところで惶怖し、自ら仏に帰命しました。仏はみなを哀れみ、白毫相の光を放って行き、これを安んじられました。光明は徹照して世の二天を照らし、下は十八地獄を照らし、仏の境界の極まり、薑場の佐右までも喜ばないものはなく、光を尋ねてすぐに仏の所に至りました。諸天、帝釈、天子、王女、天上の諸の大いなる尊い神妙な方々、諸天神、魔王および諸官属、司録、司命、三十二鎮王、柱天将軍、特進兵王、律法義都曰公科車赤符郎功曹使者、天侯、太一四天大王、太子、使者たちは、一時にみな光を尋ねて仏の所に至り、稽首して帰命し、みな仏の足を礼し、仏を七回繞り礼仏し終えて、空中に玄住しました。諸龍王、阿須倫、王将官属は、光を尋ねて至り、稽首して帰命し、礼仏し終えて仏の後面に侍りました。諸天神王、釈梵四天王は、上は三十二天に至るまで、および諸天子、輔天将軍は、みな天上の華香、宝王、赤真珠、摩尼珠、辟玉、金銀、水精、流離、車渠、馬瑙、幡綵、琦珍、宝蓋、名香、雑香、沢香、揭香、珍琦宝物を持ち、天上の所有を尽くして、賷持して世尊および諸の尊い菩薩、大弟子に供養しました。十八地獄はみな休息し、監官属はみな光を尋ねて至り、帰命稽首し、仏を百二十回繞り、叩頭して悔過し、礼拝し終えて、仏の右面に住しました。地獄の濫官、玄都王、聖都王、広武王、晋平王、玄陽王、武陽王、公陽王、平陽王、広進王、都湯王、慰王、平胡王、璉石王、水官都督、鉄官都督、火官都督、作官都督、士官都督、十八使者は、それぞれ諸官属を率い、光を尋ねて至り、頭面して仏の足を礼し、三たび自帰命し、悔過し拝謝し、仏を七十回繞り、稽首して立ちました。国王洴沙は、十億の衆を率い、仏の所に来ました。清信士、清信女は、二百万人五千人、みな来て会坐しました。凡人数千万も、みな来て会坐し、別れて左面に坐し、仏の説経を聞きました。

時國人皆疾疫,及臣民行惡凶危,佛慈愍之,恐墮三塗,沒溺苦毒,欲度脫之,故還處靈鷲山,現變感動,無不蒙度。佛告四部眾,及諸天、龍、鬼神、阿須倫、閱叉、真陀羅、摩睺勒鬼神,及閻羅官屬,悉皆明聽,各言:「唯諾,唯諾!今受佛教,願聞聖化,垂哀教戒,當奉行之。」

そのとき、国の人々はみな疫病にかかり、また臣下や民は悪を行い、凶危に陥っていました。仏はこれを慈しんで、三塗に堕ち、苦毒に溺れることを恐れ、彼らを度脱しようと願われたので、ふたたび霊鷲山に還られ、神通変化を現して感化され、度を得ない者はありませんでした。仏は四部の衆、ならびに諸天・龍・鬼神・阿須倫・閲叉・真陀羅・摩睺勒の鬼神、および閻羅の官属に告げられました。みな明らかに聴きなさい。それぞれが「唯諾、唯諾」と答えました。「今、仏の教えを受けます。聖なる教化を聞きたく願います。哀れみを垂れて教戒をお与えください。必ず奉じて行います。」

佛言:「三界眾生,食福無行,還墮地獄;合毒害生,死入地獄;論諂欺誑,死入地獄;貪利不止,心懷嫉姤,憍慢自用,更相伺候,共相中害,死入地獄;中正相嫉,侫諂相讎,耶常自正,死入地獄;煞、盜、婬、欺、妄言、兩舌、惡口、罵詈、呪咀,死入地獄;飲酒迷亂,貪色嗜欲,害生可口,死入地獄。慳貪獨食,死入餓鬼。多諸瞋恚,喜怒無時,死為賤人。員責不償,借貸不歸,持頭極觸人,後為畜生。論諂,後為鬼神。無所倚屬,種福多怒,合毒瞋恚,後則為龍蛇。戒羸自尊,好為人主,五度不純,死主地獄。五戒完堅,死則為人。十善行羸,生忉利天以下。十善堅強好欲,生六天以下。一禪生色天,二禪生無色天,三禪不解空,生二十四天以上,不離於地獄苦。一切諸身形類之屬,各自從心生,種行得之。諸天人民,作天行則得天身,作人行則得人身。龍鬼神,平生為人時,合毒瞋恚,好著巾角叉樹,是為龍行,死則為龍。作鬼神行,則墮鬼神中。作畜生行,墮畜生中。作奴婢行,墮奴婢中。作餓鬼行,墮餓鬼中。作地獄行,則墮地獄。忍辱得端正,人所樂見。瞋怒得醜陋。恭敬得長且尊,憍慢得矬小且賤。種苦得苦,種樂得樂,作是得是,不作是則不得是。汝等各自種行,隨行受報。乃今有若干種類,受形各異,尊卑、貴賤、好醜、長短不等者何?由心所生,心念不同,故致是報。」諸天、龍、鬼神、地獄王、人民、四輩菩薩摩訶薩,聞佛所說正真大法,罪福證驗,實如世尊慈化之教,形類各異。諸神等無量,各自本未身心,各言:「受教奉行,願除愚癡,從今更始,立行為本。」

仏がおっしゃいました。「三界の衆生は、福を食べて行いがなければ、また地獄に堕ちます。毒を合わせて生き物を害すれば、死んで地獄に入ります。諂い論して欺き誑すれば、死んで地獄に入ります。利を貪り止めず、心に嫉妬を抱き、驕慢で我を通し、互いに伺い合い、共に害し合えば、死んで地獄に入ります。中正を嫉み、佞諂をもって仇とし、邪を常として自らを正しいとすれば、死んで地獄に入ります。殺し、盗み、婬し、欺き、妄言し、両舌し、悪口し、罵り、呪咀すれば、死んで地獄に入ります。酒を飲み迷乱し、色を貪り欲に耽り、生き物を害して口にすること楽しめば、死んで地獄に入ります。慳貪で独り食らえば、死んで餓鬼となります。多くの瞋恚があり、喜怒に時がなければ、死んで賤しい人となります。責任を果たさず償わず、借りた物を返さなければ、人に極めて触れて頭を押さえつけ、後には畜生となります。論諂すれば、後には鬼神となります。倚る所属する所がなく、福を種えても怒りが多く、毒を合わせ瞋恚すれば、後には龍蛇となります。戒が羸くて自ら尊び、人の主となることを好み、五度が純ならなければ、死んで地獄の主となります。五戒が完く堅ければ、死んで人となります。十善の行いが羸ければ、忉利天以下の天に生まれます。十善が堅強で欲を好めば、六天以下に生まれます。一禅は色天に生まれ、二禅は無色天に生まれ、三禅は空を解さなければ、二十四天以上に生まれても、地獄の苦を離れません。一切の諸の身形類のものは、それぞれ自らの心から生じ、行いを種えてこれを得ます。諸天と人民は、天の行いをなせば天の身を得、人の行いをなせば人の身を得ます。龍鬼神は、平生人であった時、毒を合わせ瞋恚し、巾角叉樹を好んで著けたなら、これが龍の行いであり、死んで龍となります。鬼神の行いをなせば、鬼神の中に堕ちます。畜生の行いをなせば、畜生の中に堕ちます。奴婢の行いをなせば、奴婢の中に堕ちます。餓鬼の行いをなせば、餓鬼の中に堕ちます。地獄の行いをなせば、地獄に堕ちます。忍辱すれば端正を得て、人に喜ばれ見られます。瞋怒すれば醜陋を得ます。恭敬すれば長くかつ尊く、驕慢すれば低く小さくかつ賤しくなります。苦を種えれば苦を得、楽を種えれば楽を得、これをなせばこれを得、これをなさなければこれを得ません。あなた方はそれぞれ自らの行いを種え、行いに従って報いを受けます。今まさに若干の種類があり、受ける形はそれぞれ異なり、尊卑・貴賤・好醜・長短が等しくないのはなぜでしょうか。心から生じる所であり、心の念が同じでないため、この報いを致すのです。」諸天・龍・鬼神・地獄王・人民・四輩の菩薩摩訶薩は、仏の説かれた正真の大法と、罪福の証験を聞き、まことに世尊の慈化の教えの通りであり、形類はそれぞれ異なると知りました。諸神など無量の者たちは、それぞれ自らの本末の身心をもって、それぞれ言いました。「教えを受けて奉行します。愚痴を除かんことを願います。今より改めて始め、行いを立てることを本とします。」

佛言:「能行四恩、四等、無想、無願,入空定,立八政,行八維務禪、九次第禪,除九思,行十定法者,則離生死,得出三界,不畏三塗之難,履刃不傷,蹈火不燒,處欲不汙,在禍不殃,致平等覺。」

仏はおっしゃいました。「四恩と四等と無想と無願を実践し、空の定に入り、八つの正道を立て、八つの維(維持)の務めの禅と九次第の禅を行じ、九つの思いを除き、十の定の法を実践する者は、生死を離れ、三界を出て、三途の難を畏れません。刃を踏んでも傷つかず、火を踏んでも焼けず、欲の中にあっても汚れず、災いの中にあっても害を受けず、平等の覚りに至るのです。」

舍利弗離坐,正衣服,叉手長跪,白佛言:「諸天、人民、鬼神、龍、阿須倫、閱义、真陀羅、迦樓羅、甄多羅、摩睺勒、餓鬼、地獄、飛鳥、走將、識神一等,行地不同,志趣不齊,罪福所應云何?」

舎利弗は座を離れ、衣服を正し、両手を合わせて長く跪き、仏に申し上げました。「諸天、人間、鬼神、龍、阿須倫、閲叉、真陀羅、迦楼羅、甄多羅、摩睺勒、餓鬼、地獄の者、飛ぶ鳥、走る獣、識神に至るまで、みな同じではありません。行うところの道は異なり、志すところも揃いません。その罪と福に応じるあり方はどのようなものでしょうか。」

佛言:「眾生受形,隨行獲其果報,所墮之處,各隨所習,以致殃福。」

仏はおっしゃいました。「衆生は形を受けるとき、その行いに従って果報を得ます。堕ちる先々も、それぞれが習い親しんだものに従って、災いや福をもたらすのです。」

文殊師利白佛言:「諸法本淨,何因有罪有福?法本無二,心本本無,寧有三也?二千本無尚無一,何況二也?心無本心,無男女心,無大小心,無尊卑心,無若干心空,空如泥洹空,心如本無空,心之無形其心為神,舍神亦無形神,神去法空,空如神空,神空如本無,三界空、五道空、萬物空、四大空、地水火風空等無有異,吾我空、眼耳鼻口身心意識,此八本空、本來空、本清淨,色本空清淨,痛痒思想生死識本空清淨,吾我本清淨,身心本清淨,三界本清淨,人物本清淨,眼耳鼻口身心六事本清淨,地水火風空本清淨,青赤白黑本清淨,文字亦空本清淨,一切諸法空清淨,般若波羅蜜本清淨,三界如幻,人亦如幻,色痛痒思想生死識如幻,五陰六衰亦如幻,色生色死、色起色滅無常如幻,痛痒思想生死識、識生識滅無常如幻,生老病死無常如幻,飢渴寒熱無常如幻,四大非真,色滅速朽皆歸無常。計本來無,色痛痒思想生死識亦本無,吾我本無,五陰六衰本無,地水火風雲本無,諸法本無,三界本無,人物本無,有我世無我世、我所非我所本無,有想無想本無,有佛想住如故本無,佛哀世故化現佛身,欲還眾生使還神本無,本無無住、無來無去、無捨無取、無著無縛、無生無死、不存不滅,寂若虗空不起不滅、無增無減、無苦無樂、無憂不憂,心法本無,是為還神還歸本無。譬如人遠客遊在他邦,窮困積有年歲,數在他邦犯事閇繫牢獄,獄吏難惡酷毒掠治,五毒兼備冀望意氣,孤獨一身僑在他鄉,身在獄中見閈保身無賈用,外無知識父兄妻子,遠故鄉里既無知者,受罪窮厄飢不得食困得脫出,今復歸家身得安隱,不乏衣食快樂無極。人從生死恐畏生老病死痛地獄之苦,而得歸還本無休神埿洹,寧不喜耶?」

文殊師利が仏に申し上げました。「諸法はもともと清浄ですのに、どうして罪や福があるのでしょうか。法はもともと二つではなく、心ももともと無いのですから、どうして三つなどありましょうか。二千ものものがもともと無いのですから、一つさえ無いのです。まして二つなどありましょうか。心にはもともとの心はなく、男の心も女の心もなく、大きい心も小さい心もなく、尊い心も卑しい心もなく、いくつもの心もなく、空です。空は涅槃の空のようであり、心はもともと無い空のようであり、心には形がなく、その心は神です。神を捨てればまた形のない神であり、神が去れば法は空です。空は神の空のようであり、神の空はもともと無いのと同じです。三界は空、五道は空、万物は空、四大は空、地水火風は空で等しく何の違いもありません。われと我は空、眼耳鼻口身心意識、この八つはもともと空、本来空、もともと清浄です。色はもともと空で清浄、痛痒思想生死識はもともと空で清浄、われと我はもともと清浄、身心はもともと清浄、三界はもともと清浄、人や物はもともと清浄、眼耳鼻口身心の六つの事はもともと清浄、地水火風空はもともと清浄、青赤白黒はもともと清浄、文字もまた空でもともと清浄、一切の諸法は空で清浄、般若波羅蜜はもともと清浄です。三界は幻のようであり、人もまた幻のようであり、色痛痒思想生死識は幻のようであり、五陰六衰もまた幻のようであり、色が生じ色が死に、色が起き色が滅する無常は幻のようであり、痛痒思想生死識、識が生じ識が滅する無常は幻のようであり、生老病死の無常は幻のようであり、飢渴寒熱の無常は幻のようであり、四大は真実ではなく、色が滅すれば速く朽ちて皆、無常に帰ります。もともと無いと考えるに、色痛痒思想生死識もまたもともと無く、われと我はもともと無く、五陰六衰はもともと無く、地水火風雲はもともと無く、諸法はもともと無く、三界はもともと無く、人や物はもともと無く、我がある世も我がない世も、我の所有も我の所有でないものももともと無く、想があるものも想がないものももともと無く、仏の想があって住むことももとと同じくもともと無いのです。仏は世を哀れむゆえに仏身を化現され、衆生を還らせて神をもともと無いものに還らせようとされます。もともと無いものは住むことがなく、来ることも去ることもなく、捨てることも取ることもなく、執着することも縛られることもなく、生まれることも死ぬこともなく、存することも滅することもなく、虚空のように静かで起きることも滅することもなく、増えることも減ることもなく、苦も楽もなく、憂いも憂いでないこともなく、心も法ももともと無いのです。これが神を還し、もともと無いものに還り帰るということです。たとえば人が遠くへ旅に出て他の国にいて、貧しく困り果て何年もの歳月を積み、たびたび他の国で事を犯して牢獄に閉じ込められ、獄吏は難しく悪く、残酷に責め苦しめ、五毒が備わり意気を望み、孤独の一身で他郷に仮住まいし、身は獄中にあって戸を閉ざされ身を守っても何の役にも立たず、外には知り合いも父兄妻子もなく、遠い故郷にはもはや知る者もなく、罪を受け窮乏し飢えて食を得られず、困り果てて脱け出し、今また家に帰り身は安らかになり、衣食に乏しくなく楽しみはこの上ないのです。人が生死の恐れ、生老病死の痛み、地獄の苦しみから帰還して、もともと無い静まった神、涅槃に還り帰り得たなら、喜ばずにいられましょうか。」

佛言:「如是,如是!眾生從苦得樂、從痛得愈、從飢得飽、從寒得恩、從熱得涼、從死得生、從貧得富,其人乃更諸苦各若干返,然後脫此諸苦事事快樂,其人寧喜不干?」

仏がおっしゃいました。「そのとおりです、そのとおりです。生きとし生けるものが苦しみから楽へと移り、痛みから癒えへと移り、飢えから満ち足りへと移り、寒さから暖かさへと移り、暑さから涼しさへと移り、死から生へと移り、貧しさから豊かさへと移るとします。その人が、それでもなおさまざまな苦しみを何度も何度も繰り返した末に、ようやくこれらの苦しみのすべてから解き放たれて、何事も安楽になったとしたら、その人は喜ばないなどということがありましょうか。」

文殊師利白佛言:「其人前苦今樂,甚大歡喜不可言。」

文殊師利が仏に申し上げました。「その人は以前は苦しんでいましたが、今は楽になり、たいへん喜んでいて、言葉に表せないほどです。」

佛言:「人出大生死,得度至埿洹無為,快樂無極。所願已得,心即從計,所作已辦,離諸熱惱無復生死,神存自在長得解脫。」

仏がおっしゃいました。「人は大きな生死を出て、度られて泥洹(涅槃)の無為に至れば、その楽しみはこの上ありません。願いはすでに叶い、心はそのままに安らぎ、なすべきことはすでに成し遂げられ、もろもろの熱悩を離れて再び生死に戻ることはなく、魂は自在に存して永遠に解脱を得るのです。」

爾時大眾在坐者諸天人民,聞文殊師利說本無,特千比丘意解漏盡皆得應真,八千菩薩皆得無所從生法忍,八萬天人皆得不起法忍,五千天人發無上正真道意,八百清信士皆得歡喜忍,五百比丘發無上正真道意,六十比丘尼漏盡意解,百萬天人得諸法法眼淨,二百清信女皆得道迹。說是法時,大人八種聲,上至梵天下聞三塗,地獄餓鬼苦痛休息,聞法寶音盡發無上正真道意;畜生飛鳥走狩,聞法之音心發善念,畢此一身得人道者,我當作沙門行佛道;地獄王監官屬,皆發無上正真道意;天龍鬼神盡發慈心;國中人民其得病者即皆歸命,亦發無上正真道意。

その時、座にいた大衆である多くの天人や人々は、文殊師利が本無について説くのを聞いて、特に千人もの比丘が心の理解を得て煩悩が尽き、皆が阿羅漢となることができました。八千の菩薩は皆、無所従生の法忍を得ました。八万の天人たちは皆、不起の法忍を得ました。五千の天人たちは、無上の正しい悟りへの心を起こしました。八百の清信士は皆、歓喜の忍を得ました。五百の比丘は、無上の正しい悟りへの心を起こしました。六十の比丘尼は煩悩が尽きて理解を得ました。百万の天人たちは、諸法に対する法眼が清らかになりました。二百の清信女は皆、道の跡を得ました。

この法が説かれた時、大人の八種の声は、上は梵天にまで届き、下は三途にまで聞こえました。地獄や餓鬼の苦しみは休息し、法宝の音を聞いて皆が無上の正しい悟りへの心を起こしました。畜生や飛ぶ鳥、走る獣たちは、法の音を聞いて心に善い思いを起こし、この一生を終えて人道を得たならば、私は沙門となって仏道を修行しようと思いました。地獄の王やその役人たちも、皆が無上の正しい悟りへの心を起こしました。天・龍・鬼神たちは皆、慈しみの心を起こしました。国中の人々で病を得ている者は、その場で皆が帰命し、また無上の正しい悟りへの心を起こしました。

文殊師利白佛言:「諸天人民群萌之類,皆更三塗之苦,今皆發慈心,因其善心盡可得度。」

文殊師利が仏に申し上げました。「天の神々、人々、そして生きとし生けるものたちは、みな三途の苦しみを繰り返してきましたが、今はみな慈しみの心を起こしています。その善き心によって、すべて救われることができます。」

佛告天人:「雜類心意識淨者,便可盡度也。」佛即放身相光,五色曄曄晃晃,盡恒邊沙佛剎。其見光者,諸法法眼淨,尋光得六法證,盡入律行。地獄、餓鬼、走狩、飛鳥,尋光發意:「願畢形受,得為沙門,奉行清化,當求佛道。」諸天人民皆得清淨戒,凡人二萬二千皆得道,亦求五戒為清信士女。佛即許五戒。

仏は天人たちに告げられました。「雑類の心・意識が清らかになった者は、ただちに度し尽くすことができるのです。」仏はただちに身相の光を放たれ、その五色の輝きはきらめき煌めいて、ガンジス川の砂の数ほどの仏の国土をことごとく照らしました。その光を見た者は、諸法に対して法眼が清らかになり、光をたどって六つの法のさとりを得て、ことごとく戒律の実践に入りました。地獄の者、餓鬼、走る獣、飛ぶ鳥たちも、光をたどってこう発願しました。「どうかこの姿の報いを受け終えて、沙門となり、清らかな教えを奉じ行じ、やがて仏の道を求められますように。」諸天と人々は皆、清らかな戒を得て、一般の人々二万二千人は皆、道を得ました。また五戒を求めて清信士・清信女となった者たちがいました。仏はただちに五戒をお許しになりました。

地獄王閻羅,起正衣服,正心正意,頭面著佛足,長跪叉手,白佛言:「我所典治百三十四獄,其一大埿黎中,有數千億百萬罪人,男女不可計數。大埿黎有八中埿黎,中埿黎有三十小埿黎,小埿黎有九十六小埿黎,有千里、二千里、四千里、八千里、萬六千里者,數千萬里者,罪人滿中。復有監官、小王、令長、都督、五官使者,盡屬我。天中天!世尊大赦,大千蒙度,我壽未盡,當何所統攝耶?」

地獄の王である閻羅は、正しい衣を着け、心を正し、意を正して、頭を佛の足に面して礼拝し、長く跪いて手を組み合わせて、佛に申し上げました。「私が治めているのは百三十四の地獄です。その一つの大埿黎の中には、数千億百万の罪人がいて、男女は数えきれません。大埿黎には八つの中埿黎があり、中埿黎には三十の小埿黎があり、小埿黎には九十六の小埿黎があります。千里、二千里、四千里、八千里、万六千里のもの、数千万里のものがあり、罪人がその中に満ちています。また、監官、小王、令長、都督、五官使者がいて、すべて私に属しています。天中天である世尊が大赦をなされ、大千世界が救われるならば、私の寿命が尽きていないのに、いったい何を治めればよいのでしょうか。」

佛告埿黎王:「盡赦百三十四獄囚,并諸餓鬼、鬼神、龍、阿須倫、飛鳥、走狩,盡放之。如是不久,王獄隨滿,不過一日。王莫愁耶!王當發慈心,愍傷眾生,不可求名,與天王、魔王、阿須倫共諍求名,不可以主民多為尊,欲求累劫尊貴,約五從、戒行、六度、四恩、四等、四禪、四諦、忍辱、柔和、布施、調意、寬仁,慈愍眾生,救濟苦人,卑下天下,損棄強良憍慢之心,滅除貪婬、斷絕婬鬼之種,立清潔之行。王當觀察埿黎中罪人,坐何等而見考治?埿黎中不治善人,但治惡逆、無行、無義、無仁、無慈、無禮、無信、慳貪、不信三尊、無反復,唯治貪婬、嫉妬、愚癡人耳。不問豪尊卑賤,罪同一統,不問男女、少老、好醜、有識之屬,作罪得罪,作福得福,為罪福所錄,無有地方所、海水、山石間,脫止不受死。」

仏は埿黎王に告げられました。「百三十四の獄の囚人をすべて赦し、またすべての餓鬼、鬼神、龍、阿須倫、飛鳥、走獣を放ちなさい。そうすれば、まもなく王の獄はふたたび満ちるでしょうが、一日とはかかりません。王よ、愁えてはなりません。王は慈しみの心を起こし、衆生を哀れみ傷つきを思うべきです。名を求めてはなりません。天王や魔王、阿須倫と名を争ってはなりません。民を治める者が多いからといって尊いのではありません。長き劫にわたる尊貴を求めるならば、五従、戒行、六度、四恩、四等、四禅、四諦、忍辱、柔和、布施、調意、寛仁を約し、衆生を慈しみ、苦しむ人を救済し、天下にへりくだり、強く驕り高ぶる心を捨て、貪りと婬を滅ぼし、婬鬼の種を断ち切って、清らかな行いを立てなさい。王は埿黎の中の罪人を観察しなさい。何の罪によって裁かれ罰せられるのかを。埿黎では善人を裁かず、ただ悪逆で行いなく、義なく、仁なく、慈なく、礼なく、信なく、慳貪で、三尊を信じず、恩を返さない者を裁くのみです。ただ貪りと婬、嫉妬、愚痴の者を裁くだけです。豪きも卑しきも問わず、罪は一つとして同じく、男女、老少、美醜、識ある者たちを問わず、罪を作せば罪を得、福を作せば福を得、罪と福に記録され、場所も、海水も、山石の間も、逃れて死を受けぬところはありません。」

王言:「唯受教。輙奉持之,不失尊教。常宣正法,教化罪人,合發善心,使得解脫憂苦。」

王は申されました。「謹んで教えを承ります。すぐに守り行い、尊い教えを失いません。常に正しい法を説き、罪ある人を導いて善い心を起こさせ、憂いと苦しみから解き放たせましょう。」

法自在菩薩白佛言:「三界眾生豈得自在?欲至無上正真大道,以成阿耨多羅三藐三菩提者,斷滅三塗生死之熱惱,欲求除己之殃,拔地獄之罪名,削棄五官之赤籍,濟度三界往來之難,拔生死之根,滅除五處名籍,還神本無,蕩除三界之想垢,淨六神宅,平治泥洹之徑路,為眾生開泥洹門,閉塞三流之川,斷絕生死之徑,難易云何?」

法自在菩薩が仏に申し上げました。「三界の衆生がどうして自在を得られるでしょうか。無上の正しい大道に至り、阿耨多羅三藐三菩提を成し遂げようとする者は、三途の生死の熱悩を断ち滅ぼし、自らの災いを除くことを求め、地獄の罪名を消し、五官の赤籍を削り捨て、三界の往来の難を済度し、生死の根を抜き、五処の名籍を滅除し、神を本無に還し、三界の想の垢を蕩除し、六神の宅を浄め、泥洹への径路を平らに治め、衆生のために泥洹の門を開き、三流の川を閉塞し、生死の径を断ち絶つことを求めます。その難易はどのようなものでしょうか。」

佛告法自在菩薩:「汝慈心多愍,能為一切眾生重任,憂念天下人雜類,乃作是問,欲度人故耳。」佛告法自在菩薩及眾生大士:「皆悉明聽,善思念之,內著心中。」佛言:「愚夫樂生死,如睹居漍中,恣情放心意,自種生死根,輪轉更五道,因立五處籍,繫綴在五道,迴行不休息,皆由心所種。貪為死徑,愚癡為泥塗,沒溺不得出,嫉妬為罪本,貪利為自衰,老不止婬風,夜不學有財,不施不受。」佛言:「有此八者,為自欺身,放逸入三塗,百罪從心生。心為泥洹君,道在身中,自心致之,不從他人求,何有難?于從他人得者,爾乃為難。心之出入,往來無門,周流遊洋,住止無處,心無端𤷉,亦無端緒,無形無像,無遠無近,無彼無此,無大無小,無老無少,無好無醜,無男無女。心之自然,生死自然,罪福自然,道法自然,高士制御止意,法自然泥洹。㥧敘聖諦,入八正行,却八耶業,除九思,求十慧,致十神力,悉無所畏,十八不共,積功致泥洹。寂然無為,不動不搖,無生不生,無死不死,獨拔持出,滅三界苦,除五處籍,獨步無畏,得無比行,入大總持門,得無邊底三昧,則得成阿耨多羅三藐三菩提。」

佛は法自在菩薩に告げられました。「あなたは慈しみの心が深く、すべての衆生の重い務めを担うことができ、天下の人々のさまざまな種類を憂い念じて、このような問いをなされたのです。人々を救おうとするがゆえに。」佛は法自在菩薩および衆生大士に告げられました。「みなよく聴き、よく心に念じて、心の内に留めなさい。」佛は言われました。「愚かな者は生死を楽しみ、まるで沼にはまったかのように、心のままに放逸にふるまい、自ら生死の根を植え、輪転して五道を巡り、五つの処の籍を立て、五道に繋がれ、巡り行きて休むことがない。みな心が植えるところによるのです。貪りは死への道であり、愚かさは泥のぬかるみであり、溺れて出ることができません。嫉妬は罪の根本であり、利を貪ることは自らを衰えさせます。老いても淫行を止めず、夜に学ばず財を持ち、施さず受けず。」佛は言われました。「この八つのものがある者は、自らを欺き、放逸にして三途に入り、百の罪は心から生じます。心は涅槃の主であり、道は身の中にあり、自らの心がそれを成し遂げるのであって、他人から求めるものではありません。何の難しさがありましょうか。他人から得ることは、かえって難しいのです。心の出入りは、往来に門がなく、周流して遊び、住まる場所もありません。心には端もなく緒もなく、形も像もなく、遠も近もなく、彼も此もなく、大も小もなく、老も少もなく、好も醜もなく、男も女もありません。心の自然、生死の自然、罪福の自然、道法の自然です。高士は意を制御して止め、法は自然に涅槃します。聖諦を順に述べ、八正行に入り、八邪業を退け、九思を除き、十慧を求め、十神力をもたらし、すべてに畏れなく、十八不共を具し、功を積んで涅槃に至ります。寂然として無為、動かず揺れず、生も生ぜず、死も死せず、独り抜き持して出で、三界の苦を滅し、五処の籍を除き、独歩して畏れなく、比類なき行を得、大総持門に入り、無辺底三昧を得て、すなわち阿耨多羅三藐三菩提を成し遂げるのです。」

法自在菩薩白佛言:「心得自在,何因有若干種類,為五道主所見錄籍生死名不除?」佛言:「心者心,不見心有心,不知心之自然,心尊心使,中心念善即言即行,中心念惡即言即行,心無黠計心迷行,或心癡意愚計身有常,親愛是身謂是我許,沐浴櫛疏好衣美食先欲與之,東西走作懃苦思慮,求索財寶官爵奉祿,香華瓔珞莊餝是身以求榮,名字定空空無所有,三界不子空怨求空,名為名色、六入、更樂、痛痒、思相、生死識,五陰六衰所誤種生死哉,生沒迴旋往來不絕,繫名五道皆求貪欲,恩愛為生死本,是法無常,人亦不住,如水常流猶如幻化,忽生忽死亦無常形。又無常名放心在欲,行者欲增其哉,貪色日夜長禍,離愛則無患,貪欲意為田,無厭行為種,斷貪除利業,離愛無憂患,從是拔苦根,棄苦昇紫堂,永離生死惱,終如不復更,長存得自在,五處為都滅,神籍不復用,制命為人尊,宗仰如帝王,尊獨無能過,是故稽首禮。」

法自在菩薩が仏に申し上げました。「心が自在を得たというのに、どうして様々な種類があり、五道の主に生死の名簿に記録されて、名が消えないのでしょうか。」

仏はおっしゃいました。「心というものは、心そのものであって、心に心があると見ることもなく、心の自然のあり方を知ることもない。心は尊く、心に使われ、心の中心に善を念じればすぐに言葉となり行いとなり、心の中心に悪を念じればすぐに言葉となり行いとなる。心に賢い判断がなければ心は迷って行い、あるいは心が愚かで身に常があると考える。この身を親しみ愛してこれは自分のものだと思い、身を沐浴させ櫛で整え、良い衣と美味しい食事をまず与えようとし、東西に走り回って勤め苦しみ思い悩み、財宝や官爵や俸禄を求め、香や花や瓔珞でこの身を飾って栄えを求める。名前は定まって空であり、空で何もない。三界は子ではなく、空は怨み、空を求める。これを名色、六入、更楽、痛痒、思相、生死識と呼び、五陰と六衰に誤られて生死の種を蒔く。生まれては没し、回り巡って往来が絶えず、名に繫がれて五道は皆、貪欲を求める。恩愛は生死の根本である。この法は無常であり、人もまたとどまらない。水が常に流れるようであり、幻のごとく、忽ち生まれ忽ち死に、また常なる形もない。また無常とは名を放ちて欲に在ることをいう。行者は欲を増そうとする。貪色は日夜に長じ、愛を離れれば患いがない。貪欲の意は田であり、無厭の行いは種である。貪を断ち利を除き業を除き、愛を離れれば憂い患いがない。ここから苦の根を抜き、苦を捨てて紫堂に昇り、永遠に生死の悩みを離れ、終わりに再び戻ることはない。長く存して自在を得、五処は皆滅し、神籍は再び用いられず、命を制して人の尊となり、帝王のように仰がれ、尊く独りとして過ぎるものはない。それゆえに稽首礼したてまつる。」

佛說是時,坐中萬菩薩皆得阿惟顏,八百比丘皆得無所從生法忍,七萬天人皆得法樂忍,三十萬天人發無上正真道意,三十萬清信士皆得柔順法忍,十萬清信女皆得歡喜忍,五千比丘尼皆發無上正真道意,六十萬鬼神、龍王皆還總持門,司[棣-木+(上/矢)]司命、三十二鎮臣、持進王、輔天將軍、太子、使者皆得淨光三昧,侍從盡得不還道,五道大王與眷屬具足得往來道,地獄王、小王凡有百三十七人意平等悉得阿惟越致,官屬、臣下凡十億得信忍,凡士、凡女合十億皆得道迹莫不過度,病疾除愈,盲者得視,聾者得聽,痾者能語,拘辟者得手足,女人懷任母子俱安,飛鳥走狩其聞法者,盡其盡命皆生天上,諸天帝釋皆持七寶蓮華、名香、揭香、澤香、雜香、繒綵、華蓋、天幡、綄綖以為供養,天人、天子、玉女各各持華香、幡采、珍琦、雜寶皆散佛上及諸菩薩、大比丘上,天尊威變化成大殿,莫不歡喜,發無上正真道意,皆禮佛足。

仏がこの教えを説かれたとき、座中にいた一万の菩薩は皆、阿惟顔(あゆいがん)の位を得ました。八百の比丘は皆、無所従生法忍(むしょじゅうしょうほうにん)を得ました。七万の天人(てんにん)は皆、法楽忍(ほうらくにん)を得ました。三十万の天人は無上正真道(むじょうしょうしんどう)の心を起こしました。三十万の清信士(しょうしんし)は皆、柔順法忍(じゅうじゅんほうにん)を得ました。十万の清信女(しょうしんにょ)は皆、歓喜忍(かんぎにん)を得ました。五千の比丘尼(びくに)は皆、無上正真道の心を起こしました。六十万の鬼神(きじん)や龍王(りゅうおう)は皆、総持門(そうじもん)に戻りました。司󴈍司命(しみょうしめい)、三十二鎮臣(さんじゅうにちんしん)、持進王(じしんおう)、輔天将軍(ふてんしょうぐん)、太子(たいし)、使者(ししゃ)は皆、浄光三昧(じょうこうざんまい)を得ました。侍従(じじゅう)たちは皆、不還道(ふげんどう)を得ました。五道大王(ごどうだいおう)とその眷属(けんぞく)は、十分に往来道(おうらいどう)を得ました。地獄王(じごくおう)と小王(しょうおう)は、合わせて百三十七人が、意平等(いびょうどう)で皆、阿惟越致(あゆいおっち)を得ました。官属(かんぞく)や臣下(しんか)は、合わせて十億(じゅうおく)が信忍(しんにん)を得ました。凡士(ぼんし)と凡女(ぼんにょ)は、合わせて十億が皆、道迹(どうしゃく)を得て、過度(かど)しない者はありませんでした。病や疾(やまい)は除かれ癒え、盲(めくら)の者は視力を得、聾(つんぼ)の者は聴力を得、痾(あ)の者は話せるようになり、拘辟(くびゃく)の者は手足を得、女人(にょにん)は妊娠(にんしん)して母子ともに安らかになり、飛鳥(ひちょう)や走狩(そうしゅ)でその教えを聞いた者は、命の限りを尽くして皆、天上(てんじょう)に生まれました。諸天(しょてん)の帝釈(たいしゃく)は皆、七宝蓮華(しっぽうれんげ)、名香(みょうこう)、掲香(けっこう)、沢香(たくこう)、雑香(ぞっこう)、繒綵(そうさい)、華蓋(けがい)、天幡(てんばん)、綄綖(かんえん)を持って供養としました。天人(てんにん)、天子(てんし)、玉女(ぎょくにょ)はそれぞれ華香(けこう)、幡采(ばんさい)、珍琦(ちんき)、雑宝(ぞっぽう)を持って、皆、仏の上および諸菩薩(しょぼさつ)、大比丘(だいびく)の上に散らしました。天尊(てんそん)の威(い)は変化して大殿(だいでん)となり、喜ばない者はなく、無上正真道の心を起こし、皆、仏の足(あし)を礼(れい)しました。

爾時,國王洴沙與大臣長者三百人,離坐叉手,長跪白佛言:「吾等之在大生死,沒溺穢海,五毒苦樂,諸道皆更,為老病死恐所司,愁苦叵言。」

そのとき、国王の洴沙と大臣・長者たち三百人は、座を離れて両手を合わせ、ひざまずいて仏に申し上げました。「私たちはこの大きな生死の中にあり、穢れた海に沈み溺れています。五つの毒による苦しみと楽しみを、あらゆる道で繰り返し受けてきました。老・病・死の恐れに支配され、その愁いと苦しみは言葉に尽くせません。」

佛言:「一切眾生其在大生死中者,有十習苦。何謂為十習?一者、生苦,二者、老苦,三者、為病苦,四者、為所愛別苦,五者、一切不可意為苦,六者、怨憎苦居苦,七者、愁憂苦,八者、飢渴苦,九者、寒貧苦,十者、死苦。復有三苦:一者、地獄苦,二者、餓鬼苦,三者、畜生苦。復有二苦:一者、鬼神龍苦,二者、不得自在苦。皆由習所致,苦習諸盡者則苦滅。是十習行事屬五官,五官屬閻羅,閻羅屬佛。」

仏はおっしゃいました。「すべての生きとし生けるものは、大きな生死の流れの中にあり、十の習いによる苦しみがあります。十の習いとは何でしょうか。第一は生まれる苦しみ、第二は老いる苦しみ、第三は病の苦しみ、第四は愛するものと別れる苦しみ、第五はすべて意に沿わないことが苦しみとなること、第六は怨み憎むものと居合わせる苦しみ、第七は愁い憂える苦しみ、第八は飢え渇く苦しみ、第九は寒さと貧しさの苦しみ、第十は死の苦しみです。さらに三つの苦しみがあります。第一は地獄の苦しみ、第二は餓鬼の苦しみ、第三は畜生の苦しみです。さらに二つの苦しみがあります。第一は鬼神や龍の苦しみ、第二は自由になれない苦しみです。これらはすべて習いによって引き起こされます。苦しみの習いをことごとく尽くした者は、苦しみが滅します。この十の習いの行いは五官に属し、五官は閻羅に属し、閻羅は仏に属します。」

洴沙王白佛言:「我有併文昆弟流沙無戒,不知屬何官府?有何罪事?得病三年,于今不差。世尊難遭,願聞其意。若令罪大得病當即死,罪小者不應久病。天地聞盡,有幾許臺閣、官府、監司?幾部人?犯幾過為罪?何者為小罪?犯何過為大罪?人死不同,有老而死者,有壯而死者,有少死者,有病死者,有平死者,為官府所煞者,賊殺者,燒死者,水死者,餓死者,涷死者,渴死者,牛馬所煞者。若干種死,魂神所歸云何?願佛垂哀,開示盲冥,令知禁防,有可避者不?」

洴沙王が仏に申し上げました。「私は流沙という名の弟がおりまして、戒を守っておりません。その者がどこの役所に属するのか、どのような罪を犯したのか分かりません。病を得て三年になりますが、今もって癒えません。世尊にお会いするのは難いことと存じますが、その意味をどうかお聞かせください。もし罪が重いのなら病を得てすぐに死ぬべきでしょうし、罪が軽いのならこれほど長く病むはずはありません。天地の間には、いったいいくつの台閣・役所・監司があるのでしょうか。幾つの部の人々がいるのでしょうか。いくつの過ちを犯すと罪になるのでしょうか。何が小さな罪なのでしょうか。どのような過ちを犯すと大きな罪になるのでしょうか。人の死は一様ではありません。老いて死ぬ者、壮年で死ぬ者、若くして死ぬ者、病で死ぬ者、平穏に死ぬ者、役所に殺される者、盗賊に殺される者、焼け死ぬ者、水死する者、餓え死ぬ者、凍え死ぬ者、渇き死ぬ者、牛馬に殺される者などがあります。これら幾種類もの死について、魂はどこへ帰るのでしょうか。どうか仏よ、哀れみを垂れて、盲いた者のために開示し、禁じられた防ぎを知らせてください。避けられるものはないのでしょうか。」

佛告王曰:「凡人無戒,復無七事行者,死屬地獄,為五官所司錄,命屬地獄天子。天子名閻羅,典主佛界,諸天人民鬼神龍飛鳥走狩,皆盡屬天子。小王有八王,復有扶容王三十國,扶容王各復有小統九十六國,各各所主不同。復有外監五官、都督、司察、司錄、八王、司者、司𨽻等,與伏夜大將軍、都官[序-予+(丑/丑)]騎、承天帝符,與五道大王,共於八王日,風行覆司,案行諸天人民夷狄雜類鳥狩,以知善惡,分別種類若干億萬里數,分部薑界所屬司徵君王臣民,疏善記惡,以奏上扶容。扶容王轉奏八王,八王復轉奏大王,大王奏天子。人民所犯,凡二十事最重,云:失身死不復主,遂墮三塗,永以不迴,億千萬不可計劫,乃出為畜狩。二十惡行,引人著三十八大苦處大埿黎中。中埿黎各有城墎,有八大王,小王三十。第一平胡王,典主阿鼻摩訶埿黎,中有大釜淮,廣縱四十里,其深亦爾,罪人滿中,但坐煞生婬盜不孝不中。第二晉平王,典治黑繩地獄,中有鐵繩,有三刃者、四孤者、八孤者拼直人身,鋸解之。或斧斫人身,或四方,或八角,但坐犯五逆煞生柔牟刀斧害人,及畜狩婬盜嫉妬恚癡。第三莽都王,典治鐵囚獄,治莖人身,如莖麻油,但坐鎮沓煞人及諸眾生。第四輔天王,典治合會獄,中有大鐵釘釘人身,百節痛徹遍人身,空中自然雨大石,碎破人身,身尛如麵,但坐誹謗聖道,毒念向佛真人菩薩,反逆不孝,斷法斷功德,輕慢父母師友及所尊,煞生無道,以致斯殃。第五聖都王,典治太山獄。人適入山,山自然合,破碎人身,骨肉𡱁尿合碎如苲蒲陶汁。但坐犯五逆罪,嫉妬愚癡瞋恚,尊己賤人,不順父母師友君父正教,朋黨賊盜婬欺煞坐所致。第六玄都王,典主大城獄。火燒人身燋燃盡。但坐欺中人無信,衣食他衣食,貪利不肯布施涷倮人,使身貪好服所致。第七廣武王,主治劒樹獄。獄中刀劒亂風吹,斫破人身無完皮,復大鷲所食噉。但坐屠煞射獦心,心為惡故受此殃。第八武陽王,典主嚾吼獄。中有狗斷人頭,飲血噉肉。但坐心口身行煞人及畜狩類,倩人煞人,教人煞生,故致此殃。第九牢陽王,主治八路獄。中有利劒,遍地間無空,人走其上,截足斷趺。但坐喜行無慈心,齋日相使破壞法橋,損眾生強,教人犯禁,故致斯殃。第十都陽王,典治㓨樹獄。獄中樹㓨長三丈,人適上樹,㓨下逆人,人適下樹,㓨上逆貫,刺人身皆破傷。但坐無戒,受人信施,服餝珍□,常矛刀所㓨,介[斤*國]鉆鈐,人念愛身,賤他人□,嫉害眾生,使獲此極殃。第十一消陽王,主治沸灰獄。獄中有熱沸灰河,入其中身悉爛□。但坐得羊睹雞,害生可口,飲酒迷亂,臥沙門被枕中,口出惡語,無有慈心,以獲此殃。第十二延慰王,典治大噉獄。鐵城覆蓋,開其門戶,大火四起,燒其罪人。但坐誣謗三尊及良善人,焚燒山澤,害眾生命,剝脫人衣,讒害人,不孝三尊及其二親,憍慢自恣,無戒信故,致此極殃。第十三,廣進王,典主大阿鼻獄。五毒治之,破解人身,披挓人身,如張牛皮大釘釘之,心手足支節皆遍,及眼舌耳鼻皆通徹。但坐犯五逆、十惡并五戒,以致此殃。第十四,高都王,主治鐵車獄。獄中人鐵梨𥞩舌,上車鑠□人身。但坐虗欺,兩舌無信,輕慢善人,伇人三刀,自謂應然,故致斯殃。第十五,公陽王,主治鐵火獄。炭火然至人膝。坐捨正入邪,不信善人、沙門、師友、父正教,數行來蹈煞虫䖶,不持齋,或或心持齋脚行,以致此殃。第十六,平𩵬王,主治沸𡱁獄。廣長極深,罪人入中,身體熟爛,虫攢人身,徹髓筋臰穢。坐不布施,強迫人煞生養身,以致斯殃。第十七,柱陽王,主治地獄。燒人足,到地即燋燃。坐入律戒,不能忍。坐數行來白衣舍,齋日脚行,來害眾生所致。第十八,平[〦-一+(司-(一/口)+入)]王,典治彌離獄。獄中𭉨虫,有如鐵錐,啄人肌骨皆合盡。但坐捕撮眾生肌汁,煞生養身,故致其殃。第十九,璉石王,主治山石獄。獄中有石,利如刀刃,與人膝等,或高五寸,足蹈走上,或上或下,截足斷趺,剝脚斷筋,石利如刀。八王日不行道,心雖念善,足行遊逸,令六神飛揚,天宮所察,以致斯殃。第二十,狼耶王,主治多洹獄。獄中有熱風,與人相逢,吹□辟地。嗚呼之極,求死不得,求生不得,生時□□惱人所致。第二十一都官王,主治黎洹獄。獄中有大噉人鬼,身中出六十㓨而貫人身,身中出火燒人食之。但坐婬妹、犯人婦女及畜生、煞眾生,故致斯殃。第二十二玄陽王,主治飛虫獄。虫飛來食人不置,四面來無數。但坐射獦蚊虻之對,故致斯殃。第二十三太一王,主治湯河獄。流河水熱,過於世間沸麻油。但坐煞生羅網、捕魚、𮐯卵、飲酒,亂失十五行,故受此殃。第二十四合石王,主治大磨獄。廣縱二千里,磨磨人如麵。但坐煞生可意硑煞眾生,垣石相須可煞𧎇蟣,故致此殃。第二十五涼無王,主治寒雪獄。獄中罪人寒涷。但坐涷煞眾生,煞後剝脫他人衣,禁固眾生著寒中,不施和溫之所致,故受斯殃。第二十六無原王,主治鐵杵獄。燒杵正赤,㓨人咽中,脣舌腸𦝩皆悉燋爛。但坐惡口求味、身行惡、心念惡之所致,故受斯殃。第二十七政始王,主藏鐵柱獄。燒柱正赤,令人抱之,或臥燒鐵床上,為婬鬼所食。但坐心口身婬所致,故受斯殃。第二十八高遠王,主治膿血獄。血食食生不淨,施人貪婬所致。第二十九都進王,主治燒石獄。燒石正赤,令人吞之,燋爛膓𦝩。俱坐無戒食人信施食,不持齋戒,斷絕人福以為己有之所致,故受斯殃。第三十原都王,主治鐵輪獄。燒輪正赤,自然出人頭上。但坐騎度父母、師友、君王、夫主及所尊特,頭極觸人,持沙門頭形咲蹇,吃禿人𮛫,師友父影,火燒人頭,故致此殃。是為世大劇苦埿黎。犯是二十大過者,皆更遍三十埿黎,積不可計劫。大埿黎形竟,次入百四小埿黎,終劫竟,從地獄出,當更餓鬼、畜生、奴婢、下賤,積億億萬劫,萬恒邊沙數,一沙為千劫,盡萬恒沙數,乃復為人,數得為人,口中恒臰,口舌妄來,多病不利,為人短命。犯是二十事者,今現世不利,當為諸天地獄所司,神明聽察,疏記罪福,不□尊卑,一月六奏,一歲四覆,四覆之日,皆用□□一日。八王日者,天王案比諸天人民雜類之屬,考校功罪,有福增壽,有罪減壽奪笇。天地浩浩,黎庶無數。諸天地獄五道大王、司命都錄、五官都督、四鎮王使者、承天大將軍等,春秋冬夏,承天統攝,禁察非法,總持眾生口藉,制命長短,毛分不差,人民音冥,了不知天地五官所記,不能自知生所從來,死至何所,不能自知命之長短,不知為五官所収錄,不知豫作善求安,不知豫作功德救罪,亦不曉依附三尊求後世救,不曉求守戒明經道士從求度世道。如牛老敗不中用,大家言:『此牛老敗不中用,煩勞救養。』父已無益我家,但當早煞,可得肉食,亦可除煩惱。人亦如是,不奉持戒禁,亦不作功德,如牛煩勞大家甚多,不益大家,又不能自活。人依道生,道氣養之,不肯奉道,亦不能自度,為五宮所牧,死付地獄。」□屬世王所持如是。

佛は王に告げて言われました。「およそ戒めを守らず、また七つの行いを実践しない人は、死後は地獄に属し、五官に取り調べられ、その命は地獄の天子に属します。天子の名は閻羅といい、仏の世界を統べ治めています。すべての天の人々、鬼神、龍、飛ぶ鳥、走る獣は、みな天子に属しています。小王には八人の王があり、さらに扶容王が三十国を治め、扶容王にはそれぞれ小統が九十六国あり、それぞれが治める範囲は異なっています。さらに外監の五官、都督、司察、司録、八王、司者、司隷などがいて、伏夜大将軍、都官騎とともに天帝の符命を受け、五道の大王とともに八王の日には風のように巡り歩いて監督し、天の人々や夷狄の雑多な者たち、鳥や獣を検査し、善悪を知り、種類を分別します。その数は幾千万里にも及び、それぞれの管轄に属する司徴の君王や臣民を区分し、善を記し悪を記して、扶容に奏上します。扶容王はこれを八王に取り次ぎ、八王はまた大王に取り次ぎ、大王は天子に奏上します。人が犯す罪の中で、最も重いものは二十あります。それは、身を失えば死んで再び主を持つことができず、ついに三悪道に堕ちて永遠に戻ることができず、億千万の計り知れない劫を経て、ようやく畜生として生まれるというものです。二十の悪行は、人を三十八の大苦の場所、大泥犁の中へと導きます。中の泥犁にはそれぞれ城壁があり、八人の大王と三十人の小王がいます。第一は平胡王で、阿鼻摩訶泥犁を統べ治めています。中には大きな釜があり、広さも深さも四十里で、罪人が満ちています。これは生き物を殺し、淫し、盗み、不孝を犯したためです。第二は晋平王で、黒縄地獄を治めています。中には鉄の縄があり、三つの刃、四つの孤、八つの孤が人の身を引き裂き、鋸で解きます。あるいは斧で人の身を切ります。四方から、あるいは八角からです。これは五逆罪を犯し、生き物を殺し、柔らかな刀斧で人を害し、畜生を淫し、盗み、嫉妬し、怒り、愚かであるためです。第三は莽都王で、鉄囚獄を治めています。人の身を麻の油のように絞ります。これは人や多くの生き物を踏みつぶして殺したためです。第四は輔天王で、合会獄を治めています。中には大きな鉄の釘があり、人の身を釘付けにし、百の節が痛み、身全体に浸み渡ります。空中から自然に大きな石が雨のように降り、人の身を砕きます。身は粉のように砕けます。これは聖なる道を誹謗し、仏や真人や菩薩に毒念を抱き、反逆し不孝で、法を断ち功德を断ち、父母や師友、尊敬すべき人を軽んじ、生き物を殺して道に背いたため、この災いを受けたのです。第五は聖都王で、太山獄を治めています。人がちょうど山に入ると、山が自然に合わさり、人の身を砕きます。骨も肉も糞尿も苲蒲陶の汁のように砕けます。これは五逆罪を犯し、嫉妬し愚かで怒り、自分を尊び人を賤しみ、父母や師友、君父の正しい教えに従わず、徒党を組んで賊盗し、淫し欺き殺したためです。第六は玄都王で、大城獄を統べ治めています。火が人の身を焼き焦がし尽くします。これは人を欺き信義がなく、他人の衣食を食べ、利を貪って布施を嫌がり、凍える裸の人に施さず、身を貪って良い服を好んだためです。第七は広武王で、剣樹獄を治めています。獄の中では刀剣が乱れた風に吹かれ、人の身を斬り裂き、完全な皮はありません。さらに大きな鷲が食べます。これは屠殺し射猟する心のため、心が悪であるためこの災いを受けます。第八は武陽王で、嚾吼獄を統べ治めています。中には犬が人の頭を切り、血を飲み肉を食べます。これは心と口と身の行いで人や畜生を殺し、人に殺させ、人に殺生を教えたため、この災いを招きました。第九は牢陽王で、八路獄を治めています。中には鋭い剣があり、地面の間に空きがなく、人がその上を走ると、足を切りくるぶしを断ちます。これは慈しみの心なく行い、斎の日に人を使って法橋を壊し、衆生を損ない、人に禁を犯させたため、この災いを招きました。第十は都陽王で、刺樹獄を治めています。獄の中の樹の刺は長さ三丈で、人がちょうど木に登ると刺が下から逆に人を刺し、人がちょうど木を降りると刺が上から逆に貫き、人の身を刺して皆傷つけます。これは戒めを守らず、人の信施を受け、飾りや珍しい物を身に着け、常に矛や刀に刺され、人が身を愛し他人を賤しみ、衆生を嫉み害したため、この極めて重い災いを得たのです。第十一は消陽王で、沸灰獄を治めています。獄の中には熱く沸く灰の河があり、その中に入ると身はすべて爛れます。これは羊を得て鶏を見、生き物を害して美味を求め、酒を飲んで乱れ、沙門の枕や布団の中で寝て、口から悪い言葉を出し、慈しみの心がなかったため、この災いを得たのです。第十二は延慰王で、大噉獄を統べ治めています。鉄の城が覆い、その門を開くと、大火が四方から起こり、罪人を焼きます。これは三尊や善人を誣いて謗り、山や沢を焼き、多くの命を害し、人の衣を剥ぎ取り、人を讒し害し、三尊と二親に不孝で、驕り高ぶり勝手気ままにし、戒めと信がなかったため、この極めて重い災いを招きました。第十三は広進王で、大阿鼻獄を統べ治めています。五毒で治め、人の身を砕き裂き、人の身を張り広げ、牛皮を張るように大きな釘で釘付けにし、心も手足も節々までも皆遍く、また目も舌も耳も鼻も皆貫かれます。これは五逆と十悪と五戒を犯したため、この災いを招きました。第十四は高都王で、鉄車獄を治めています。獄の中では人が鉄の犁で舌を耕され、車の上で人の身を溶かします。これは虚偽で欺き、二枚舌で信がなく、善人を軽んじ、人を使って三刀を加え、自分は当然だと思ったため、この災いを招きました。第十五は公陽王で、鉄火獄を治めています。炭火が人の膝まで燃え上がります。正を捨て邪に入り、善人や沙門や師友、父の正しい教えを信じず、たびたび行き来して虫を踏み殺し、斎を守らず、あるいは心では斎を守りながら足で歩き回ったため、この災いを招きました。第十六は平魚王で、沸屎獄を治めています。広く長く極めて深く、罪人が中に入ると、身体は熟れ爛れ、虫が人の身に群がり、髄まで貫き筋は臭く穢れます。これは布施をせず、人に迫って殺生させ身を養ったため、この災いを招きました。第十七は柱陽王で、地獄を治めています。人の足を焼き、地に着くとすぐに焦げ燃えます。律戒に入りながら耐えられず、たびたび白衣の家に行き、斎の日に歩き回り、衆生を害したためです。第十八は平王で、弥離獄を統べ治めています。獄の中には虫がいて、鉄の錐のようで、人の肌や骨を皆合わせて尽くします。これは衆生の肌の汁を捕らえ取り、殺生して身を養ったため、その災いを招きました。第十九は璉石王で、山石獄を治めています。獄の中には石があり、刃のように鋭く、人の膝ほどで、あるいは高さ五寸で、足で踏んで走り、あるいは上りあるいは下り、足を切りくるぶしを断ち、脚を剥ぎ筋を断ち、石は刃のように鋭いのです。八王の日に道を行わず、心では善を念じても足で遊び回り、六神を飛び去らせ、天宮に察せられたため、この災いを招きました。第二十は狼耶王で、多洹獄を治めています。獄の中には熱い風があり、人に逢うと、吹き倒します。嗚呼の極みで、死を求めても得られず、生を求めても得られません。生きている時に人を悩ませたためです。第二十一は都官王で、黎洹獄を治めています。獄の中には大きな人食い鬼がいて、身から六十の刺が出て人の身を貫き、身から火が出て人を焼いて食べます。これは妹を淫し、人の婦女や畜生を犯し、衆生を殺したため、この災いを招きました。第二十二は玄陽王で、飛虫獄を治めています。虫が飛んできて人を食べて止まず、四方から無数に来ます。これは蚊や虻を射猟した報いのため、この災いを招きました。第二十三は太一王で、湯河獄を治めています。流れる河の水は熱く、世間の沸く麻油よりも熱いのです。これは殺生し網を張り、魚を捕り、卵を取り、酒を飲み、十五の行いを乱し失ったため、この災いを受けます。第二十四は合石王で、大磨獄を治めています。広さ二千里で、人を粉のように磨ります。これは殺生し、意のままに衆生を殺し、垣や石のように殺し合ったため、この災いを招きました。第二十五は涼無王で、寒雪獄を治めています。獄の中の罪人は寒く凍えます。これは衆生を凍えさせ殺し、殺した後で他人の衣を剥ぎ取り、衆生を禁じ固めて寒さの中に置き、温かく和らげることを施さなかったため、この災いを受けます。第二十六は無原王で、鉄杵獄を治めています。杵を焼いて真っ赤にし、人の喉に刺し、唇も舌も腸も皆焦げ爛れます。これは悪口で味を求め、身に悪を行い、心に悪を念じたため、この災いを受けます。第二十七は政始王で、蔵鉄柱獄を治めています。柱を焼いて真っ赤にし、人に抱かせ、あるいは焼けた鉄の床に寝かせ、淫鬼に食べさせます。これは心と口と身の淫のため、この災いを受けます。第二十八は高遠王で、膿血獄を治めています。血食が不浄を生み食べ、人に施し貪り淫したためです。第二十九は都進王で、焼石獄を治めています。石を焼いて真っ赤にし、人に飲ませ、腸を焦がし爛れさせます。これは戒めを守らずに人の信施の食を食べ、斎戒を守らず、人の福を断って自分のものとしたため、この災いを受けます。第三十は原都王で、鉄輪獄を治めています。輪を焼いて真っ赤にし、自然に人の頭の上に出ます。これは父母、師友、君王、夫主、および尊ぶべき人を騎り越え、頭で極めて人に触れ、沙門の頭の形を笑い、禿げた人を罵り、師友や父の影を踏み、火が人の頭を焼いたため、この災いを招きました。これが世の大変な苦の泥犁です。この二十の大過ちを犯す者は、皆三十の泥犁を巡り、積むこと計り知れない劫になります。大泥犁の形が終わると、次に百四の小泥犁に入り、劫が終わると、地獄から出て、さらに餓鬼、畜生、奴婢、下賤となり、億億万劫を積み、万恒辺沙の数、一沙を千劫として、万恒沙の数を尽くして、ようやく再び人となります。数えて人となっても、口は常に臭く、口舌は妄りに来たり、多く病みて利あらず、人として短命です。この二十の事を犯す者は、今の現世で利あらず、諸天の地獄の司に属し、神明が聴き察し、罪福を記し、尊卑を問わず、一月に六度奏し、一歳に四度覆し、四覆の日は、皆、一日を用います。八王の日には、天王が諸天人民の雑類の属を案比し、功罪を考校し、福ある者は寿を増し、罪ある者は寿を減らし笇を奪います。天地は浩浩として、黎庶は無数です。諸天の地獄の五道大王、司命都録、五官都督、四鎮王の使者、承天大將軍などは、春秋冬夏に天の統摂を受け、非法を禁察し、衆生の口藉を総持し、命の長短を制し、毛分も差はありません。人民は音冥で、天地五官の記すところを了として知らず、自分の生がどこから来たかを知ることができず、死がどこへ至るかを知らず、命の長短を自ら知ることができず、五官に収録されることを知らず、あらかじめ善を作し安を求めることを知らず、あらかじめ功德を作し罪を救うことを知らず、また三尊に依附して後世の救いを求めることを暁らず、戒を守り経を明らかにする道士に求めて世を度する道を求めることを暁りません。牛が老いて衰え用に立たないように、大家は言います。『この牛は老いて衰え用に立たない、養うのが煩わしい。』父はすでに我が家に益なし、ただ早く殺して肉を食べ、煩悩を除くべきです。人もまた同じです。戒禁を奉持せず、また功德を作さなければ、牛が大家を煩わすように甚だ多く、大家に益なく、また自ら活きることもできません。人は道に依って生まれ、道の気がこれを養いますが、道を奉じようとせず、また自ら度することもできず、五官に牧され、死して地獄に付されます。」世王の所持するところはこの通りです。

淨度經卷第一

浄度経 巻第一


CBETA コード: X0015

© AI 帮你读佛经 - 如是我闻

この文書は個人学習専用です。商業目的での使用は禁止されています。

訪問 rushiwowen.co

著作権:原文は CBETA
AI 翻訳は参考文献のみで、権威あるものではありません