補陀洛迦山傳題辭
補陀洛迦山伝 序文
大元丘茲盛熙明述
大元丘茲盛熙明述
九州之山川。具載於書傳。山海之詭奇。亦見於圖記。其來尚矣。謹按。補陀洛迦者。蓋梵名也。華言小白華。方廣華嚴言。善財第二十八。參觀自在菩薩。與諸大菩薩。圍繞說法。蓋此地也。然世無知者。始自唐朝梵僧來覩神變。而補陀洛迦山之名。遂傳焉。盤礴於東越之境。窅芒乎巨浸之中。石洞嵌巖。林巒清邃。有道者居之。而阿蘭若兆興焉。自非好奇探幽。乘桴汎槎者。罕能至也。惟我。
九州の山河は、書物や伝承に詳しく記され、山海の不思議な事柄も図や記録に見られます。その歴史は古くからあります。謹んで申し上げますと、補陀洛迦(ふだらか)とは梵語の名で、中国語では「小白華(小さな白い花)」と訳されます。『華厳経』によれば、善財童子が二十八番目に参拝した観自在菩薩が、多くの大菩薩たちに囲まれて説法をされた場所が、まさにこの地であるとされています。しかし、世の中に知られることはなく、唐代に梵僧(インドの僧)が来て霊験を目にし、補陀洛迦山の名がようやく伝わりました。
この山は東越の地に雄大にそびえ、広大な海のただ中に深く静かにたたずんでいます。岩穴が険しく、山林は清らかで奥深く、修行僧が住み、僧院が建てられました。好奇心に駆られ、幽玄を探り、舟や筏で渡る者でなければ、めったにたどり着くことはできません。ただ我が…
皇元。際天所覆。均被化育。梯航所及。靈跡悉著。至於茲山。瞻拜相繼肸蠁昭答。不可勝紀矣。然圖志脫漏。言辭庸謬。四方不傳。僕。頃因謝病。偶在海濱。恭叩靈躅。旁搜經籍。首集自在之功德。繼攷洞宇之勝概。若夫由心所見。光景斯彰。因緣有時。廟塔興建。具載於篇。能遊目者。不起於坐。飛神於大方之外。當知清淨光明廣大悲心。與菩薩無二。推惻隱之端。躬行於日用之間。非徒空言也。儻欲南詢。亦必問津於此。而與善財同乘般若慈舟。共達毘盧性境。入海印之三昧。證大悲之法門。圓解脫之深因。滿普賢之願海。普令法界含生。盡登菩提彼岸者。豈虛謬哉。
皇元の世、天が覆うところ、すべては平等に教化と養育を蒙る。船が通うところ、霊験あらたかな跡はことごとく顕著である。この山に至っては、拝み仰ぐ者が絶えず、その霊験は明らかに応え、数え切れないほどである。しかし、図や記録には脱落があり、言葉は平凡で誤りが多い。四方に伝わらない。
私は、かつて病を理由に退き、たまたま海辺にいた。謹んで霊跡を拝し、傍らで経典や書籍を探し求めた。まずは自在の功徳を集め、次に洞窟や寺院の優れた様子を考察した。もし心によって見るならば、光景はここに明らかになる。因縁が時を得れば、廟や塔が興り建てられる。これらをすべて篇に記す。
目を遊ばせる者であれば、座を立つことなく、広大な境涯の外に神を飛ばすことができる。清浄で光明に満ち、広大な慈悲の心が、菩薩と二つでないことを知るべきである。惻隠の端を推し進め、日々の生活の間で躬行する。それは単なる空言ではない。もし南に尋ねることを望むならば、必ずここで道を問うべきである。そして善財童子とともに般若の慈舟に乗り、共に毘盧遮那仏の性境に到達する。海印の三昧に入り、大悲の法門を証し、解脱の深い因を円満にし、普賢の願いの海を満たす。法界のすべての衆生を普くして、ことごとく菩提の彼岸に登らしめる。これが虚妄であろうか。
補陀洛迦山傳
補陀洛迦山伝
- 自在功德品第一
- 洞宇封域品第二
- 應感祥瑞品第三
- 興建沿革品第四
- 附錄第五
- 觀音大士讚第六
- 名賢詩詠第七