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title: "傳法正宗記 · 天竺第十九祖鳩摩羅多大士傳"
description: "北宋高僧契嵩所著的《傳法正宗記》是一部重要的禪宗史書。該書成書於宋代，旨在考證並確立自釋迦牟尼佛至中土六祖惠能的禪宗法脈傳承，以回應當時教內外對禪宗正統性的質疑。內容系統梳理了西天二十八祖與東土六祖的傳法譜系，並附有相關傳記與論述。此書因觀點嚴謹、論證翔實，深受朝廷重視，被敕編入大藏經，對鞏固禪宗正統地位、影響後世佛教史觀具有深遠意義。"
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### 天竺第十九祖鳩摩羅多大士傳

> 天竺第十九祖鳩摩羅多大士伝

鳩摩羅多者。月支國人也。姓婆羅門氏。往世嘗生於梵天。洎以貪愛菩薩瓔珞。乃墮于欲界他天。於彼為一天人說佛知見。彼天人因之證遂成初果。以故得其天眾尊為導師。其時適有天玉女來禮其法會。會之眾有千二百人。未之成果。輒起情愛。故相牽累。亦其紹祖之冥數適至。復示今之所生。然其天女亦墮。偕生此國。為梵志氏。初大士之家巨富。金寶不可勝數。而其父貪悋不知紀極。會其國有羅難曰海勝者。往在彼天。得大士說法乃證今果。至此思報其往德。恐大士汩沒於俗富故。從之乞金。實欲導而出之。遂至其家。適見大士為童。即語之曰。汝能施我之金。當得福利。大士曰。我方十五。未專家事。雖父不在。俟聞於母。遂以告其母。母從其所施。大士遂以金一斤施之。羅漢尋為記曰。更十五年。汝當遇菩薩得證聖道。然小有難。亦折大業。及其父還。大士以此建白。父怒笞之一百。其父既死。大士亦得決所疑於伽耶舍多。即伏膺為師。尋預傳法。後行教化至中天竺國。會一智士曰闍夜多。先此客遊。輒來禮之。而致問曰。我家父母素敬三寶如法修行。而乃多疾病。所縈不遂。我隣之人。兇暴殺害作惡日甚。而其身康寧。所求如意。善惡報應豈非虛說乎。我甚惑此。願仁者一為決之。大士曰。佛說業通三世者。蓋以前世所作善業。而報在此生。此生苟為不善。則應在來世。故人有此生雖為善世不得其福者。前惡之報勝也。今世雖作惡而不受其殃者。前善之勝也。苟以今生非得福報復務為惡。而來世益墮惡趣也。苟以此世得其福報復務為善。而來世益得善趣也。又前世為善其德方半。而改志為惡。及此生也先福而後禍。此生為惡其事方半。而變行為善。及來世也先禍而後福。適今汝父與汝之隣。其善惡之應。不以類至蓋先業而致然也。豈可以一世求之耶。夜多聞其說頓解所疑。大士復曰。汝雖已信三世之業。而未明業從惑生。惑因識有。識依不覺。不覺依心。然心本清淨。無生滅無造作。無報應無勝負。寂寂然靈靈然。汝若入此法門。可同諸佛。一切善惡有為無為。皆如夢幻。夜多承其言。即發宿慧。遂求出家。大士曰。汝何許人。父母在乎。誠欲入道可返汝國白之父母。得志却來未晚。夜多曰。我國北印度也。去之三千餘里。豈宜却來。願屈仁者。就之供養。因得度脫。大士曰。我往雖遠不難。汝何以去。夜多曰。我有小術。亦可從之。少頃而至。大士曰。何術。曰我兄闍夜摩。先為比丘。於國嘗主俱那含佛塔。得其塔前末訶木子。然此神物。用之塗足。須臾可以致遠。欲止則以其葉拭去塗油。足乃不舉。大士從用其法。與之偕去。詣禮其塔。佛即放光遍照其眾。夜多既聞父母。即就剃度。於佛塔之前會聖僧與之受戒。大士乃為說偈曰。

> 鳩摩羅多は月支国の人である。姓はバラモン氏である。前世において梵天に生まれたことがあった。しかし菩薩の瓔珞に執着し、欲界の他天に堕ちた。そこで一人の天人に仏の知見を説いたところ、その天人によって初果を証することができた。そのため天人の衆から導師として尊ばれるようになった。ちょうどその時、天の玉女が法会に参拝に来た。会の衆は千二百人いたが、未だ果を成さずに情愛を起こした。そのため互いに牽連し合うこととなった。また祖を継ぐ冥数がちょうど至り、再び今の生を受けることを示した。しかしその天女も堕ちて、ともにこの国に生まれた。梵志氏となったのである。もともと大士の家は大変裕福で、金や宝は数えきれないほどあった。しかしその父は貪欲で際限を知らなかった。ちょうどその国に羅漢の海勝という者がいた。彼はかつてあの天にいて、大士の説法を得て今の果を証した。ここに至り過去の徳に報いようと思い、大士が世俗の富に埋没することを憂い、金を乞うた。実は導き出そうとしたのである。そこでその家に至った。ちょうど大士が童子であるのを見て、言った。「あなたは私に金を施すことができるか。そうすれば福徳の利益を得られるでしょう。」大士は言った。「私はまだ十五歳で、家の事を専らにしていません。父はおりませんが、母に伺ってからにします。」そこで母に告げた。母はその施しに従った。大士はついに金一斤を施した。羅漢はすぐに記別を与えて言った。「さらに十五年後、あなたは菩薩に遇って聖道を証するでしょう。しかし少しばかりの難があり、大きな業を折ることもあるでしょう。」その父が帰って来ると、大士はこのことを申し立てた。父は怒って百回鞭打った。父が死んだ後、大士はついに伽耶舎多に疑問を決断してもらった。すぐに師として帰依し、やがて伝法を嗣いだ。後に教化を行って中天竺国に至った。ちょうど一人の智士の闍夜多という者がいた。先に遊学に来ていたが、すぐに訪れて礼拝し、質問した。「私の家の父母は常に三宝を敬い、法の通りに修行しています。しかし病気が多く、思いのままになりません。私の隣人は凶暴で殺生し悪をなすことが日ごとに甚だしいのに、その身は健やかで安らかであり、求めるものはすべて叶います。善悪の報応は虚説ではないでしょうか。私はこのことを大変疑っています。どうか仁者が一度決断してください。」大士は言った。「仏は業は三世に通ずと説かれました。それは前世でなした善業がこの生に報いとなるからです。この生で不善をなせば、来世に応報があるでしょう。それゆえに、この生で善を行っても福を得られない人は、前世の悪の報いが勝っているのです。今世で悪をなしても災いを受けない人は、前世の善が勝っているのです。もし今生で福報を得られないからといってさらに悪をなせば、来世はいよいよ悪趣に堕ちるでしょう。もしこの世で福報を得たならばさらに善になせば、来世はいよいよ善趣を得るでしょう。また前世で善をなしてその徳が半分に達した時に、心を変えて悪をなせば、この生に至っては先に福があり後に禍があるでしょう。この生で悪をなしてその事が半分に達した時に、行いを変えて善になせば、来世に至っては先に禍があり後に福があるでしょう。ちょうど今のあなたの父とあなたの隣人において、善悪の応報が類の通りに来ないのは、先の業がそうさせたのです。どうして一生だけで求められるでしょうか。」夜多はその説を聞いてすぐに疑いを解いた。大士はまた言った。「あなたはすでに三世の業を信じたが、まだ業が惑いから生じ、惑いが識によってあり、識が不覚に依り、不覚が心に依ることを明らかにしていない。しかし心はもともと清浄であり、生滅なく造作なく、報応なく勝負ない。寂々として霊々としている。あなたがもしこの法門に入れば、諸仏と同じになれるでしょう。すべての善悪、有為無為は皆、夢幻のようです。」夜多はその言葉を受けて、直ちに過去世の智慧を発現し、出家を求めた。大士は言った。「あなたはどこの人ですか。父母はおられますか。本当に入道したいのなら、あなたの国に帰って父母に申し上げなさい。志を得て帰って来るのは遅くはないでしょう。」夜多は言った。「私の国は北インドで、ここから三千余里です。どうして帰って来られましょうか。どうか仁者に来ていただき、そこで供養したいのです。それによって度脱を得たいのです。」大士は言った。「私が行くのは遠くても難しくありません。あなたはどうやって行くのですか。」夜多は言った。「私には小さな術があり、それに従うこともできます。しばらくすれば到着するでしょう。」大士は言った。「どんな術ですか。」「私の兄の闍夜摩が先に比丘となり、国において俱那含仏塔を管理していました。その塔の前の末訶木の実を得ました。この神物は足に塗ると、たちまち遠くに行けます。止まりたい時はその葉で塗った油を拭き取れば、足は進まなくなります。」大士はその法を用いることに従い、ともに去った。その塔に詣で礼拝すると、仏はただちに光を放ちその衆を遍く照らした。夜多は父母に聞いた後、すぐに剃度した。仏塔の前において聖僧に会い、戒を受けさせた。大士はそこで偈を説いて言った。

此佛放光明 示度於汝相汝已得解脫 諸眾亦當然

> この仏が光を放ち、あなたに救いのしるしを示された。あなたはすでに解脱を得たのだから、他の人々も同じように救われるであろう。

尋命夜多曰。佛昔嘗記汝。當為二十世祖。今如來大法眼藏。乃以付汝。汝善傳持。聽吾偈曰。

> 命夜多尊者（師子尊者）は、仏陀がかつてあなたを「二十代目の祖師」と予言されたことを伝えた。「今、如来の大法眼蔵（正法のすべて）をあなたに付与する。よく継承し、守り伝えなさい。私の偈を聞きなさい。」と言った。

性上本無生 為對求人說於法既無得 何懷決不決

> 性の上には、もともと生まれもなく、求める人々のために説かれたのです。法においてすでに得るものもないのに、どうして決めるか決めないかを心に留めることがありましょうか。

復曰。此偈蓋妙音。如來見性清淨之說。汝宜受持。夜多再禮奉教。大士即其座上以指爪𠢐面。如紅蓮開。出大光明照曜四眾。乃趣寂滅。其時當此王莽新室之世也。闍夜多即其處建塔而供養之。

> 尊者又说：「这首偈颂实是妙音，是如来开示见性清净的教导。你应当信受奉持。」夜多再次顶礼，恭敬领受教诲。大士随即在座上用手指抓开面门，如红莲绽放，放出大光明，照耀四众弟子，然后入于寂灭。当时正是王莽新室的时代。闍夜多就在当地建塔供养。