造塔功德經序
塔を建てる功徳の経典・序文
夫塔者,梵之稱,譯者謂之墳。或方或圓,厥製多緒,乍琢乍璞,文質異宜,並以封樹遺靈、扃鈐法藏,冀表河砂之德,庶酬塵劫之勞。豈伊弓劍衣冠,言申永慕;禹陵孔壁,用顯緘藏而已哉。將有量等大千,覆三界而高梵世;取均菴果,偶棗葉而譬針鋒。洪纖兩途,福應無二;大小千計,淨心終一。何只黃金白玉架逈爭暉,火齊水精浮空競彩。夕振祥飈之響,入鏤鐸以流清;晨霏仙露之甘,上彫盤以凝泫。至乃位隆三果、勳重四禪,高昇有頂之宮,行屆無災之地。斯教之弘旨也。
塔とは、梵語の呼び名であり、漢訳では墳(つか)と訳されます。形は四角いものもあれば円いものもあり、その造りは多様です。精巧に彫られたものもあれば、素朴なままのものもあり、装飾の有無によって趣が異なります。いずれも、遺骨を納め、教えの宝を封じるために建てられ、無量の功徳を表し、長い修行の労に報いることを願ってのものです。
これは単に、弓や剣、衣冠を納めて永遠の思いを伝えたり、禹の陵や孔子の壁のように、大切なものを隠し守るためだけのものではありません。大千世界に等しい大きさで、三界を覆い、梵天の世界よりも高くそびえるものもあれば、アムラ果ほどの小ささで、棗の葉に針の先を立てるようにわずかなものもあります。大きさは様々ですが、そこに込められる福徳に違いはありません。千差万別の形であっても、清らかな心を捧げるという本質は一つです。
ただ黄金や白玉で飾り立て、遠くまで輝きを競い、火斉や水晶をちりばめ、空に浮かんで色を競うだけのものではないのです。夕べには吉祥の風が響き、彫られた鈴に清らかな音を流し、朝には仙露の甘いしずくが、彫刻を施した盤にきらめきながら凝ります。
さらに、三果の位を極め、四禅の功績を重ね、有頂天の宮殿に高く昇り、災いのない境地に至る――これこそが、この教えが広く伝えようとする根本の趣旨なのです
此經以永隆元年冬十一月十五日,請天竺法師地婆訶羅,與西明寺沙門圓測等五人,於弘福道場,奉詔宣譯,至其年十二月八日終其文義。庶斯法寶周給大千,俾彼慧燈照融三界。云爾。
この経典は、永隆元年の冬、十一月十五日に、天竺の法師・地婆訶羅を招き、西明寺の沙門・圓測ら五人の僧とともに、弘福道場において、詔を奉じて翻訳を始め、同年十二月八日にその文義を完成いたしました。どうかこの法の宝が大千世界に広く行き渡り、その智慧の灯が三界を照らし融和させますように。かくのごとく。
佛說造塔功德經
仏説造塔功徳経
大唐中天竺三藏法師地婆訶羅唐言日照譯
大唐中天竺三藏法師 地婆訶羅 訳
如是我聞:
このように私は聞いた。
一時佛在忉利天宮白玉座上,與大比丘、大菩薩等,及彼天主無量眾俱。時大梵天王、那羅延天、大自在天及五乾闥婆王等,各與眷屬俱來至佛所,欲問如來造塔之法,及塔所生功德之量。
ある時、お釈迦さまは忉利天の宮殿にある白玉の座におられました。大比丘や大菩薩たち、そしてその天の主である無量の衆生と共にいらっしゃいました。その時、大梵天王、那羅延天、大自在天、そして五乾闥婆王などが、それぞれの眷属を連れて、お釈迦さまのもとに参りました。彼らは如来に塔を造る方法と、塔が生み出す功徳の大きさについてお尋ねしたいと思っていたのです。
會中有菩薩,名觀世音,知其意,即從座起,偏袒右肩,右膝著地,合掌向佛,而作是言:「世尊!今此諸天、乾闥婆等故來至此,欲請如來造塔之法,及塔所生功德之量。唯願世尊為彼解說,利益一切無量眾生!」
その会座に観世音菩薩という方がおられました。彼はその思いを察し、すぐに座を立ち、右肩をあらわにし、右膝を地につけ、手を合わせて仏に向かってこう申し上げました。
「世尊よ、今ここに集う諸天や乾闥婆たちは、如来に塔の造り方と、塔がもたらす功徳の大きさをお尋ねするために、わざわざ参上いたしました。どうか世尊、彼らのために説き明かし、無量の一切衆生に利益をお与えくださいませ。」
爾時世尊告觀世音菩薩言:「善男子!若此現在諸天眾等,及未來世一切眾生,隨所在方未有塔處,能於其中建立之者——其狀高妙出過三界,乃至至小如菴羅果;所有表剎上至梵天,乃至至小猶如針等;所有輪蓋覆彼大千,乃至至小猶如棗葉——於彼塔內藏掩如來所有舍利、髮、牙、髭、爪,下至一分;或置如來所有法藏十二部經,下至於一四句偈,其人功德如彼梵天,命終之後生於梵世。於彼壽盡,生五淨居,與彼諸天等無有異。善男子!如我所說如是之事,是彼塔量功德因緣,汝諸天等應當修學!」
その時、世尊は観世音菩薩に告げられた。
「善き男子よ。もし今ここにいる諸天の衆生たち、そして未来世のすべての衆生が、塔のない場所に、たとえわずかアムラの果実ほどの小さなものであっても、三界を超えるような立派な塔を建てることができたなら。
その塔の先端が梵天にまで届くほど大きくても、針先ほどの小さなものであっても、その傘蓋が大千世界を覆うほど大きくても、棗の葉ほどの小さなものであっても、
その塔の中に如来の舎利、髪、歯、ひげ、爪の一片でも納め、あるいは如来の法蔵である十二部経の一句一偈でも置くならば、その人の功徳は梵天のようであり、命終われば梵世に生まれます。
その天寿が尽きると、五浄居天に生まれ、そこに住む諸天と何ら変わりありません。
善き男子よ。私が説いたこの塔を建てる功徳の因縁を、あなた方諸天は学び実践すべきです。」
爾時觀世音菩薩復白佛言:「世尊!如向所說,安置舍利及以法藏,我已受持。不審如來四句之義,唯願為我分別演說!」
その時、観世音菩薩は再び仏に申し上げました。「世尊よ、先ほどお説きになった、舎利の安置と法蔵についてのご教示は、すでに承りました。しかし、如来が説かれる四句の真意については、まだよく理解できておりません。どうか、私のために詳しくお説きくださいませ。」
爾時世尊說是偈言:
その時、世尊はこの偈を説かれた。
「諸法因緣生, 我說是因緣,
因緣盡故滅, 我作如是說。
諸々の法は因縁によって生じ、 私はこの因縁について説く。
因縁が尽きれば滅びる、 私はこのように説くのである。
「善男子!如是偈義名佛法身,汝當書寫置彼塔內。何以故?一切因緣及所生法性空寂故,是故我說名為法身。若有眾生解了如是因緣之義,當知是人即為見佛。」
善きかな、男子よ。この偈の意味は仏の法身と呼ばれるものである。あなたはこれを書き写し、あの塔の中に納めなさい。なぜなら、一切の因縁とそれによって生じるものの本性は空しく静寂であるからだ。それゆえに私はこれを法身と呼ぶのである。もし衆生がこの因縁の意味を理解するならば、その人はまさに仏を見た者であると知るべきである。
爾時,觀世音菩薩及彼諸天一切大眾、乾闥婆等,聞佛所說,皆大歡喜,信受奉行。
その時、観世音菩薩と諸天のすべての大衆、乾闥婆らは、仏の説かれた教えを聞き、大いに歓喜し、深く信じて受け入れ、実践に努めました。
佛說造塔功德經
仏説造塔功徳経