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  1. 八大人覚経疏 (八大人覺經疏)
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八大人覚経疏 (八大人覺經疏)


No. 673-A佛說八大人覺經疏序〔龍植〕

八大人覚経疏序

眾生迷而不覺。諸佛覺而不迷。世間虗而不實。法性實而不虗。即生心而見佛心。即世界而成法界者。其惟八大人覺經焉。不考其文。罔徵迷悟之本。不研其義。靡測真妄之源。小人不可大受而可小知。於雞園應語小乘。君子不可小知而可大受。為佛子宜揚大覺。少欲知足。顯頭陀之妙行。發心博施。示菩薩之初因。清白翻乎世染。聞慧轉乎顓愚。精進治疲怠之病。苦空化極樂之邦。佛若不闡。三界九類曷能乘法身之航。經或不傳。六道四生無以至涅槃之岸。幸承世高奉譯聖教宣明。自漢迄今。未蒙訓解(續法)避靜泉石。養疾山川。偶閱斯文。隨修其疏。庶令八大覺門。如杲日之昭乎中天。五尊勝益。似甘霖之潤乎稿木。凡見聞隨喜者。宜勸勉啟廸焉。

衆生は迷いのままに目覚めず。諸仏は目覚めたままに迷わず。世間は虚ろにして実ならず。法性は実にして虚ろならず。そのままの心で仏の心を見、そのままの世界で法界を成すものこそ、八大人覚経にほかなりません。その文を調べなければ、迷いと悟りの根本を明らかにすることはできず、その義を究めなければ、真実と虚妄の源を知ることはできません。小人は大きなことを受けとめることはできませんが、小さなことは知ることができます。鶏園では小乗の教えを説くにふさわしい。君子は小さなことにこだわらず、大きなことを受けとめることができます。仏弟子として大いなる覚りを広めるべきです。少欲知足は、頭陀の妙行を明らかにし、発心して広く施すことは、菩薩の初めの因を示しています。清らかさは世の染まりを翻し、聞く智慧は頑なな愚かさを転じます。精進は怠け疲れの病を治し、苦空は極楽の楽しみを化します。もし仏が説かなければ、三界九類の衆生はどうして法身の船に乗ることができましょうか。もし経典が伝わらなければ、六道四生の衆生はどうして涅槃の岸に至ることができましょうか。幸いにも世高が聖なる教えを訳し伝えて明らかにされました。漢の時代から今に至るまで、解釈がなされてきませんでした。私は静かに泉や石の間に身を置き、山や川で病を養いながら、偶然この経文を読み、それに従って注釈をまとめました。どうか八大覚門が、まるで真昼の空に輝く太陽のように明らかになり、五つの尊い利益が、枯れた木を潤す慈雨のようになることを願います。見聞きし、共に喜ぶすべての人々は、互いに励まし導き合うべきです。

康熈二十九年歲次庚午五月端陽節日灌頂行者續法題於崇壽紫竹林間

康煕二十九年、庚午の歳、五月の端陽節の日に、灌頂の行者、續法、崇寿紫竹林の間にて題す。


佛說八大人覺經疏

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