No. 1189-A淨土承恩集新刻序
承恩集者。乃妙能法師虗心為道。知恩報恩之言也。所以從始至終。無非讚極淨土。信極戀公。以及自己真信實行。直心發露等語。可謂醒愚蒙之痛䇿。渡苦海之慈航也。法師生來純厚。信根天然。在儒教時。見佛必禮。逢僧喜拜。故得於淨土法門。深信力行如此。因念淨土。正被時機。遂發大心。極力闡揚。逢人必勸每晨十念。及記數持名。一時依教得往生者。不能盡舉。有三人聽法師之言。十念記數。盡報不倦。皆得往生。乃余親聞親見。一瑞邑常甯寺。超宗師。三日之前。預知時至。遂將衣服經書。分施親友。至第三日。請眾同念佛一枝香而逝。一平邑廣慧寺。錦靜師。七日之前。預知時至。遂請淨友打七。自己禁語。相隨念佛。至第七日。端坐忻然而逝。一常𡩋寺之隣。黃茂森居士。臨終之時讚曰。承妙能法師示云。若知西方好處。假使請作國王。必不肯去。果然果然。并誡妻子。精進念佛。遂稱佛而逝。略記三人。以明淨土之當機。持名之靈驗。總由法師力宏斯道之大願也。堅密大師示十念法門云。此淨業必不可少之行。即課佛多者。亦當行之。藕益大師云。念佛之法雖多。持名最為簡便。持名之法雖多。記數最為穩當。真實操履之士。豈求異愚夫愚婦哉。今觀三人。別無奇妙。只有十念記數而已。故知十念記數。功德不可說不可說。余深慚下劣。常生憂疑。何幸聞斯切要之典。每讀之。如雲開月朗。慶快之至。遂發心募刻。以公淨友。唯願若見若聞。咸學法師信極戀公之志。必得死心念佛。早生西方。庶不負承恩集血滴滴之言也。
『承恩集』とは、妙能法師が誠心をもって道を求め、恩を知り恩に報いる言葉を集めたものです。したがって、最初から最後まで、ひたすら極楽浄土を賛嘆し、恋公に深く信を寄せ、さらに自身の真実の信心と実践、偽りのない心を率直に表した言葉などで占められており、まさに無知な人々を目覚めさせる力強い戒めであり、苦しみの海を渡る慈悲の船といえます。
法師は生まれつき純真で情け深く、信仰心が自然に備わっていました。儒教を学んでいた頃から、仏像を見れば必ず礼拝し、僧侶に出会えば喜んで拝んだものでした。そのため、浄土の教えを深く信じ、力強く実践することができたのです。法師は、浄土の教えがまさに現代の人々に適していると考え、大きな志を起こして、力を尽くしてこれを広めました。人に出会えば必ず朝の十念と、念仏の回数を記録することを勧め、その教えに従って往生を得た人は数えきれません。
その中でも、法師の言葉を聞いて十念記数を行い、生涯怠ることなく、皆往生を得た三人がいます。これは私が自ら耳にし、目にしたことです。
一人は、瑞邑の常寧寺の超宗師です。彼は三日前に臨終の時を予知し、衣類や経典を親しい人々に施しました。そして三日目に、大勢の人を招いて共に一炷香の間念仏し、そのまま息を引き取りました。
一人は、平邑の広慧寺の錦静師です。彼は七日前に臨終の時を予知し、清らかな道友たちを招いて七日間の修行会を開き、自らは口を閉じて念仏に専念しました。七日目に、端座して喜びの表情で息を引き取りました。
一人は、常寧寺の隣に住む黄茂森居士です。臨終の際に、このように賛嘆しました。「妙能法師がお示しくださった。もし西方の素晴らしさを知れば、たとえ国王になれと言われても、決して行きたくはないだろう、と。本当にその通りだ。」そして妻子に、精進して念仏するよう戒め、念仏を唱えながら息を引き取りました。
この三人の例を簡単に記し、浄土の教えが時代の機根に適い、念仏が霊験あらたかであることを明らかにしました。これらはすべて、法師がこの教えを力強く弘めようとする大きな願いによるものです。
堅密大師は十念法門について次のように示しました。「これは浄土の修行に欠かせない行いである。たとえ多くの念仏を日課としている者でも、これを行うべきである。」
藕益大師は次のように述べています。「念仏の方法は数多くあるが、名号を唱えることが最も簡便である。名号を唱える方法も数多くあるが、回数を記録することが最も確実である。真実に修行に励む者なら、どうして愚かな男女と異なることを求めるだろうか。」
今、この三人を見ると、特別に奇妙なことは何もなく、ただ十念記数を行っただけです。それゆえ、十念記数の功徳は、言葉で表せないほど計り知れないものであると知るべきです。
私は深く自分の劣った性質を恥じ、常に心配や疑いを抱いていました。しかし、このような切実で重要な教えを聞くことができたのは、何という幸運でしょうか。読むたびに、雲が晴れて月が明るくなるように、喜びが湧き上がります。そこで、志を起こして資金を募り、この書を刊行して、清らかな道友たちと共有することにしました。
願わくは、見る者も聞く者も、皆が法師の深く信じ恋公を慕う志を学び、必ずや死を覚悟して念仏し、早く西方に生まれんことを。そうすれば、『承恩集』の血の滴るような言葉に背くことはないでしょう。
時維光緒二年四月佛降誕日淨業弟子心永能奉敬然臂香十二炷稽首謹識