第二時利差別。復分為二。初敘古說。後述今文。敘古說中。復分為二。初敘古說。後敘其非。敘古說者。後魏有菩提流支法師。此名覺愛。唯立一時教。佛得自在。都不起心有說不說。但眾生有感。於一切時。謂說一切法。譬如天樂隨眾生念出種種聲。亦如末尼隨意所求雨種種寶。花嚴經云。如來一語中。演出無邊契經海。維摩經云。佛以一音演說法。眾生隨類各得解。或有恐怖或歡喜。或生厭離或斷疑。故無一教定頓定漸。又無量義經言。我得道來四十餘年。常說諸法不生.不滅.不去.不來.無此.無彼.無得.無失.一相.無相。但由眾生悟解不同得諸果異。法花亦言。一雨普潤。三草二木生長不同。優婆塞經言。三獸渡河淺深成別。故知諸教但總一時無二三等。又古來大德立有頓漸二教。為諸菩薩大根大莖。說花嚴.楞伽.大雲.法鼓.勝鬘等經。一會之中說二諦理盡名之為頓。大不由小起故名為頓。始從佛樹終至雙林。從淺至深漸次說法。因果.三歸.五戒.十善等法。三乘有教阿含等經。維摩.思益.大品空教。法花一乘.涅槃等說常住佛性。皆是漸教會通三乘。大由小起名為漸也。又菩提流支法師。亦立二時教。楞伽經說。漸頓者莫問聲聞菩薩。皆漸次修行從淺至深。名為漸也。頓者如來能一時頓說一切法。名之為頓。又有二教。一者半教。二者滿教。涅槃經言云。何解滿字及與半字義。又云為聲聞乘而說半字。為菩薩乘而說滿字。又勝鬘經言。有作四聖諦.無作四聖諦。聲聞知有作。佛知無作。瑜伽等說。安立諦.非安立諦。唯說安立名為半教。通說非安立名為滿教。又有二教。一生空教。二法空教。二十唯識論云。依此教能入數取趣無我。所執法無我復由餘教入。此以二空二障以明半滿。又有二教。一勝義諦。二世俗諦。晉時有隱士劉虬立五時教。或有說云。真諦三藏立五時教。然菩提流支法師。別作文疏破之。真諦居梁。流支在魏。故知不是真諦等作。第一時者。佛初成道為提謂波利等五百賈人。但說三歸.五戒.十善世間因果教。即提謂等五戒本行經是。未有出世善根器故。第二時者。佛成道竟三七日外十二年中。唯說三乘有行之教未為說空。即阿含等小乘經是。第三時者。佛成道竟三十年中。說彼三乘同行空教。即維摩.思益.大品等經是。第四時者。佛成道竟四十年中。說有一乘。猶未分明演說佛性常住實有。尚說無常佛。顯一乘佛果以為真實。即法花經是。以前未明一乘義故。此中猶未分明演說常住佛性故。第五時者。謂雙林中。說諸眾生悉有佛性常住佛教。即涅槃經.大悲經等是。此雖可爾。既無經論誠文說之。未可依信。前來總是敘古說也。敘其非者。只如第一菩提流支法師唯立一時教者。若廢事談理。及在一會有大小機。可如所說。若唯被大如勝鬘經。或但被小如遺教經。或初有大無小。如花嚴經至入法界品方有聲聞。初有小無大。雖未見文理必應爾。如斯等教義類甚多。或有諸經全分多分大小教異。言唯一時深為猛浪。豈無一會頓發三乘之心。及無漸入大乘者也。第二古德說有頓漸。理雖可然。定判諸經為頓.漸者。義即難解。只如花嚴經中入法界品。五百聲聞在于會坐列名歎德。又舍利弗將六千弟子從自房出。文殊師利為說十法。即發無上正等覺心。楞伽經中亦列聲聞在于會坐。法鼓經中說窮子喻與法花經信解品同。勝鬘經說三種意生身一乘之義。攝大乘云。引攝一類不定性故。非為頓教。花嚴等經未必從首至末皆是為被大根行說。竝名為頓。定說五時所說之經為漸教者。後當敘非。第三又菩提流支法師。依楞伽經立頓.漸二教者。此亦不然。彼經以佛能頓說法以說為頓。以三乘人漸次修學名之為漸。以行為漸。非約教時。亦不可取。又第四依涅槃經等立半滿教者。彼皆據所明理有盡不盡。以明半滿。不定依逗機直往迂會以明半滿。第五劉虬立五時者。今者且依菩提流支法師斥破。是義不然。提謂經說。五百價人將受五戒。先懺悔彼五逆十惡謗法等罪。得四大本淨.五陰本淨.六塵本淨.吾我本淨。時提謂等得不起法忍。三百價人得柔順忍。二百價人得須陀洹果。四天王等得柔順忍三百龍王得信忍。自餘天等發無上道意。十億天人皆行菩薩十善。提謂長者滅三界苦得不起法忍。即是初地。或第八地。又普曜經第二七日。提謂等五百價人施佛麨蜜。佛與授記汝於來世當得作佛名曰齊成。云何但言第一時中世間教也。雖作此破義亦難知。既有賈人得預流等。何不此日名轉法輪。至五比丘法輪方轉。由未分明說三乘者同所觀諦故。未名轉法輪。次第二時十二年中唯說有教者。覺愛破云。是亦不爾。成道五年說大般若正明實相。又第七年為八菩薩說般舟三昧經。正明眾生五蘊本空。又第九年說抰掘摩羅經。第十年中說如來藏經。皆明涅槃佛性深理。又提謂.普曜等經皆明菩薩行。又與價人授記成佛。明初成道已說大乘。又摩訶般若大品經中說。佛在鹿野轉四諦輪。無量眾生發聲聞心。無量眾生發獨覺心。無量眾生發阿耨多羅三藐三菩提心。行六波羅蜜。無量菩薩得無生法忍。住於初地.二地.三地.乃至十地。無量一生補處菩薩一時成佛。又成道竟第二七日說十地經。云何乃言十二年內唯說有教不說大乘。只如法花經云。於三七日中常思惟是事。即成道竟三七日中不說法也。彌沙塞律云。初成道竟三昧七日。十地經云。七日不說法。顯示自受法樂故。為令眾生於如來所增愛敬故。然律及薩婆多傳云。過六七日梵天來請。方乃說法始度五人。即四十二日方說法也。十二由經云。成道竟一年不說法經十二年方度五人。智度論云。初成道竟五十七日佛不說法。有人解云。即五十个七日。與十二由經一年不說法同也。如此經傳說成佛道不說法日已各不同。何得以已胸臆之心說十二年唯說有教。又若前後唯度一機可如所說。機器千品。何得一準。今依古說略破初二。自餘三時廣如菩提流支法師別傳所破。此即別破立教不同。然此所立雖理可然。既無教文未可依據。竝違解深密經所說時也。上來總是敘其非也。并前竝為敘古說也。
第二時の利益の差別について。さらに二つに分かれる。初めに古い説を述べ、後に今の文を述べる。古い説を述べる中で、さらに二つに分かれる。初めに古い説を述べ、後にその誤りを述べる。古い説を述べるとは、後魏に菩提流支という法師がいた。この名は覚愛ともいう。ただ一時期の教えを立てた。仏は自在を得て、心を起こさず説くとも説かざるともしない。ただ衆生に感応があるので、すべての時に、あらゆる法を説くという。例えば天の楽器が衆生の念に従って種々の音を出すようなものだ。また摩尼珠が求めるままに種々の宝を降らすようなものだ。華厳経には「如来の一語の中に、無辺の契経の海を演説する」とあり、維摩経には「仏は一音をもって法を説き、衆生は類に従って各々理解を得る。あるいは怖れ、あるいは喜び、あるいは厭離を生じ、あるいは疑いを断つ」とある。ゆえに一つの教えが定めて頓であるとか漸であるとかいうことはない。また無量義経には「我は道を得てから四十余年、常に諸法は生ぜず、滅せず、去らず、来ず、これなし、彼なし、得なし、失なし、一相、無相であると説いてきた。ただ衆生の悟りの理解の違いによって諸々の果報に差異がある」と言う。法華経もまた「一つの雨が普く潤すが、三草二木の生長はそれぞれ異なる」と言う。優婆塞経には「三匹の獣が川を渡るが、浅い深いはそれぞれ異なる」と言う。ゆえに諸々の教えはただ一時期のみであり、二や三などはないと知るべきだ。
また古来の大徳たちは頓と漸の二教を立てた。諸々の菩薩、大いなる根機、大いなる茎のために、華厳、楞伽、大雲、法鼓、勝鬘などの経を説く。一つの会の中に二諦の理を説くことをすべて頓と名づける。大が小から起こらないので頓と名づける。仏樹から始まり双林に至るまで、浅いところから深いところへと漸次に法を説く。因果、三帰、五戒、十善などの法。三乗の有教、阿含などの経。維摩、思益、大品の空教。法華の一乗、涅槃などの常住仏性の説。これらはみな漸教であり、三乗を会通する。大が小から起こるので漸と名づける。
また菩提流支法師も二時の教えを立てた。楞伽経に「漸と頓について、声聞や菩薩を問わず、みな漸次に修行し浅いところから深いところへ至るのを漸と名づける。頓とは如来が一時にすべての法を頓説するのを名づけて頓とする」と言う。また二教がある。一つは半教、二つは満教である。涅槃経に「満字と半字の義をいかに解すべきか」とあり、また「声聞乗のために半字を説き、菩薩乗のために満字を説く」とある。また勝鬘経には「有作の四聖諦と無作の四聖諦がある。声聞は有作を知り、仏は無作を知る」とある。瑜伽などの論には安立諦と非安立諦を説き、ただ安立を説くのを半教と名づけ、非安立を通説するのを満教と名づける。また二教がある。一つは生空教、二つは法空教である。二十唯識論には「この教えによって数取趣の無我に入ることができ、所執の法の無我はまた他の教えによって入る」とある。これは二空と二障をもって半満を明かす。また二教がある。一つは勝義諦、二つは世俗諦である。
晋の時代に劉虬という隠士が五時の教えを立てた。あるいは真諦三蔵が五時の教えを立てたと言う人もある。しかし菩提流支法師が別に文疏を作ってこれを破った。真諦は梁に居り、流支は魏にいた。ゆえに真諦などが作ったものではないと知るべきだ。
第一時とは、仏が初めて成道して、提謂、波利などの五百人の商人のために、ただ三帰、五戒、十善の世間の因果の教えだけを説いた。すなわち提謂などの五戒本行経がこれである。まだ出世間の善根の器がなかったからである。
第二時とは、仏が成道して三七日を過ぎて後の十二年間、ただ三乗の有行の教えのみを説き、まだ空を説かなかった。すなわち阿含などの小乗経がこれである。
第三時とは、仏が成道してから三十年の間、三乗がともに修行する空の教えを説いた。すなわち維摩、思益、大品などの経がこれである。
第四時とは、仏が成道してから四十年の間、一乗があると説いたが、まだ分明に仏性の常住にして実有なることを演説せず、なお無常仏を説き、一乗の仏果を顕して真実とみなした。すなわち法華経がこれである。以前には一乗の義を明かさなかったからである。この中にはまだ分明に常住仏性を演説していない。
第五時とは、双林の中において、衆生はみな仏性を有し、常住の仏教を説いた。すなわち涅槃経、大悲経などがこれである。これはその通りかもしれないが、経論の誠文がこれを説くのがないので、依信することはできない。
以上はすべて古い説を述べたのである。その誤りを述べるとは、ただ第一の菩提流支法師がただ一時期の教えのみを立てることについて。もし事を廃して理を談じ、一つの会の中に大機と小機があるならば、言うところの通りかもしれない。もしただ大のみを被うならば勝鬘経のごとく、あるいはただ小のみを被うならば遺教経のごとく、あるいは初めに大があって小がないならば華厳経が法界品に至って初めて声聞があるがごとく、初めに小があって大がないならば、文を見ないが理として必ずそうあるべきだ。このような教えの義類は非常に多い。あるいは諸経の全分、多分において大小の教えが異なる。ただ一時期のみと言うのははなはだ乱暴である。どうして一つの会において頓に三乗の心を発する者や、漸に大乗に入る者がいないことがあろうか。
第二の古徳が頓漸があると説くこと。理としてはそうかもしれないが、諸経を定めて頓、漸と判ずるのは、義として解し難い。ただ華厳経の入法界品には、五百声聞が会の中に座して列名して徳を歎ずる。また舎利弗が六千の弟子を連れて自らの房から出て、文殊師利が十法を説くと、即座に無上正等覚心を発した。楞伽経にも声聞が会の中に座していると列挙されている。法鼓経には窮子の喩えを説き、法華経の信解品と同じである。勝鬘経には三種意生身の一乗の義を説く。摂大乗論には「一類の不定性を引摂するからである」と言う。頓教ではない。華厳などの経は必ずしも初めから終わりまですべて大根のための行説であるとは限らない。すべてを頓と名づけるのは誤りである。五時に説かれた経を定めて漸教とするならば、後にその誤りを述べる。
第三に、また菩提流支法師が楞伽経に依って頓、漸の二教を立てること。これもまた正しくない。かの経は仏が能く頓に説法するので、説くことをもって頓とし、三乗の人が漸次に修学するのをもって漸と名づける。これは行をもって漸とし、教えの時についてではない。また取るべからざるものである。
第四に、涅槃経などに依って半満教を立てること。それらはみな明かすところの理に尽きる尽きないがあることによって、半満を明かす。定めて機に逗じて直往するか迂会するかによって半満を明かすのではない。
第五に、劉虬が五時を立てること。今はひとまず菩提流支法師の破斥に依って、この義は正しくないと示す。提謂経には「五百人の商人が五戒を受けようとして、まず彼らの五逆、十悪、謗法などの罪を懺悔し、四大は本より浄く、五陰は本より浄く、六塵は本より浄く、吾我は本より浄しを得た。その時提謂らは不起法忍を得、三百人の商人は柔順忍を得、二百人の商人は須陀洹果を得、四天王らは柔順忍を得、三百の龍王は信忍を得、その他の天らは無上道意を発し、十億の天人はみな菩薩の十善を行じ、提謂長者は三界の苦を滅して不起法忍を得た。すなわち初地、あるいは第八地である」とある。また普曜経には第二七日において、提謂ら五百人の商人が仏に蜜を施し、仏は授記して「汝は来世において作仏することになるであろう。名を斉成という」と言った。どうしてただ第一時において世間教を説いただけと言えようか。このように破しても義はまた知り難い。すでに商人らが預流などを得たならば、どうしてこの日を転法輪と名づけないのか。五比丘に至って法輪が初めて転じたとするのは、まだ分明に三乗が同じく観ずるところの諦を説いていないからである。未だ転法輪と名づけないのである。
次に、第二時の十二年間ただ有教のみを説いたとすることを、覚愛が破って言うには「これもまた正しくない。成道して五年目に大般若を説き、実相を正しく明かした。また七年目に八菩薩のために般舟三昧経を説き、衆生の五蘊が本より空なることを正しく明かした。また九年目に央掘摩羅経を説き、十年目に如来蔵経を説いた。みな涅槃の仏性の深理を明かしている。また提謂、普曜などの経はみな菩薩行を明かす。また商人らに授記して成仏を明かす。初成道にしてすでに大乗を説いたのである。また摩訶般若大品経には、仏は鹿野において四諦の法輪を転じ、無量の衆生が声聞心を発し、無量の衆生が独覚心を発し、無量の衆生が阿耨多羅三藐三菩提心を発して六波羅蜜を行じ、無量の菩薩が無生法忍を得て初地、二地、三地乃至十地に住し、無量の一生補処の菩薩が一時に成仏したと説く。また成道して後、第二七日目に十地経を説いた。どうして十二年間ただ有教のみを説き大乗を説かなかったと言えようか。ただ法華経には『三七日の間、常にこの事を思惟した』とあり、すなわち成道して三七日の間は説法しなかったのである。弥沙塞律には『初めて成道して三七日間三昧に入った』とあり、十地経には『七日間説法しなかった。自ら法楽を受けることを示すためであり、衆生が如来の所において愛敬を増すためである』とある。しかし律と薩婆多伝には『六七日を過ぎて梵天が来て請うて、初めて説法し始めて五人の度者を得た。すなわち四十二日目に説法した』とある。十二由経には『成道して一年間説法せず、経を説いて十二年目に初めて五人を度した』とある。智度論には『初めて成道して五十七日間仏は説法しなかった』とある。ある人はこれを解して『すなわち五十個の七日である。十二由経の一年間説法しなかったと同じである』と言う。このように経伝に説く成道して説法しなかった日の数はそれぞれ異なる。どうして自分の胸臆の心をもって十二年間ただ有教のみを説いたと言えようか。またもし前後ただ一つの機のみを度したならば言うところの通りかもしれないが、機根は千品である。どうして一様にすることができようか。
今、古説に依って初めの二つを略破した。その他の三時については、広く菩提流支法師の別伝が破するところの如くである。これはすなわち別に教えを立てるのが異なることを破るのである。しかしこの立てるところも理としてはそうかもしれないが、すでに教文がないので依拠できない。すべて解深密経の説くところの時にも違背する。以上はすべてその誤りを述べたのである。前のものと合わせてすべて古い説を述べたのである。
述今文中又分為二。初述今文。後略示教。述今文者。如解深密經第一卷瑜伽決擇第七十六。世尊廣為勝義生菩薩。依遍計所執體相無故。說相無自性性。依依他起上無遍計所執自然生故。說生無自性性。及即依此說無遍計所執一分勝義無自性性。依圓成實上無遍計所執故。又說一分勝義無自性性。說三種無性皆依遍計所執性已。勝義生菩薩深生領解。廣說世間毘濕縛藥.雜采畫地.熟蘇.虛空諸譬喻已。世尊讚歎善解所說。勝義生菩薩復白佛言。世尊初於一時。在婆羅泥斯仙人墮處施鹿林中。唯為發趣聲聞乘者。以四諦相轉正法輪。雖是甚奇甚為希有。一切世間諸天人等。先無有能如法轉者。而於彼時所轉法輪。有上有容是未了義。是諸諍論安足處所。世尊在昔第二時中。唯為發趣修大乘者。依一切法皆無自性無生無滅本來寂靜自性涅槃。以隱密相轉正法輪。雖更甚奇甚為希有。而於彼時所轉法輪。亦是有上有所容受。猶未了義。是諸諍論安足處所。世尊於今第三時中。普為發趣一切乘者。依一切法皆無自性。無生無滅。本來寂靜自性涅槃。無自性性。以顯了相轉正法輪。第一甚奇最為希有。于今。世尊所轉法輪。無上無容是真了義。非諸諍論安足處所。爾時世尊告勝義生菩薩曰。勝義生。若善男子或善女人。於諸不了義經聞已。信解.書寫.護持.供養.流布.受誦.溫習.如理思惟。以其修相發起加行。比所說了義言教聞已信解。乃至廣說。以其修相發起加行所集功德。百分不及一。乃至鄔波尼殺曇分亦不及一。此所生福難可喻知。吾今略說。如爪上土比大地土。或如牛跡中水比四大海水。百分不及一。乃至鄔波尼殺曇分亦不及一。說此經時。六百千眾生發菩提心。三百千聲聞遠塵離垢得法眼淨。一百五十千聲聞。永盡諸漏心得解脫。七十五千菩薩。得無生法忍。金光明經亦說三時。謂轉.照.持涅槃經說。初令皆服乳。次教總斷乳。後教有應服有不應服者。與解深密所說。義同。瑜伽釋中此三時少異。義意無別。由此誠證。若以偏.圓機宜漸次。教但三時。非一非五。上來總是述今文也。略示教者。四阿笈摩等是初時教。諸說空經是第二時教。以隱密言總說諸法無自性。故花嚴.深密.唯識教等第三時也。以顯了言說三無性非空非有中道教故。由諸異生起自無始迷執有我不了我無。沈沒愛河輪迴癡海。故佛初說四諦法輪。令知我空唯有其法。憍陳那等最初得道。彼聞法有證我皆空。便執諸法為真實有。封著小果不求大位。佛為方便復說法空破除有執故。次時中說般若等。言一切法本性皆無。須菩提等迴心趣大。彼聞法空隱密言教。便撥諸法性相都無。何所造修。何所斷捨。佛為除此復說唯識三性等教。勝義生等信解修學。遍計所執無。知法我俱遣。依他圓成有。照真俗雙存。無無所無所以言無。有有所有所以言有。言有而有亦可言無。遍計所執真俗無故。言無而無亦可言有。當情我法二種現故。令除所執我法成無。離執寄詮真俗稱有。妄詮我法非無非不無。當情似有。據體無故。妄詮真俗非有非不有。非稱妄情。體非無故。我法無故俱是執皆遣。真俗有故諸離執皆存。由此應言。迷情四句四句皆非。悟情四句四句皆是。說境我法空破初執有。說心真俗有破次執空。諸偏見者初聞說有。便即快心於空起謗。後聞說空亦復協意便謗於有。今言非空非有中道教者第三時也。約理及機漸入道者大由小起。乃有三時諸教前後。解深密經說唯識是也。若非漸次而入道者大不由小。即無三時諸教前後。約其多分即初成道花嚴等中說唯心是。多分頓漸無別教門。隨一會中所應益故。花嚴說有聲聞在會。深密亦有聲聞發心。勝鬘經中亦說一乘意生身等。攝大乘說。為不定人說一乘故。法花經中分別功德品言。佛說如來壽量品時。有八世界微塵數眾生發菩提心。如是等文上下非一。故知法花亦被頓悟。花嚴亦有漸悟之人。若依覺愛定唯一時無漸次者。即違深密說有三時。若依劉虬定有五時前後次第。復無文說。然違三時。今總不依。若據眾生機器及理。可有頓漸之教。然不同於古說。若不約機.理定判一經為頓為漸。時增減者頓漸不成。故唯識云唯我於凡愚不開演。非遮不定及定性故。此依證果。若謂人天即有四時。其二乘者方便學法。是彼初學故略不說。今依師授略敘古今時利差別。其諸有智任情取捨。