第六諸心對辨者。如眼識率爾心。亦得與餘識率爾心竝。乃至等流亦復如是。瑜伽等說。八識一時得俱起故。亦有眼識率爾得與耳識尋求等四。俱眼識尋求。得與耳識決定等三。染淨等二。乃至等流一心俱起。亦有眼識率爾。耳識尋求。鼻識決定。舌識染淨。身識等流一念俱起。理無遮故。如眼識生。乃至身識等類此可知。有說不得。既非正義。故不說之。
第六に、諸心の対比弁別について。例えば、眼識の率爾心も、他の識の率爾心と同時に起こることができる。同様に、等流心についてもそうである。『瑜伽論』などには、八識が一時に同時に起こり得ると説かれているからである。また、眼識の率爾心が耳識の尋求心など四つの心と同時に起こることもあり、眼識の尋求心が耳識の決定心など三つの心と、あるいは染浄心など二つの心と、さらには等流心と一心で同時に起こることもある。また、眼識の率爾心、耳識の尋求心、鼻識の決定心、舌識の染浄心、身識の等流心が、一念の中で同時に起こることもある。道理上、妨げるものがないからである。眼識が生じるのと同様に、身識などについても、このように類推して理解できる。これができないとする説もあるが、正しい教えではないので、ここでは述べない。