ご支援淨心禪堂すべての経典
メインコンテンツにスキップ
  1. 仏説閻羅王五天使者経 (佛說閻羅王五天使者經)
  1. 閻羅王五天使者経 (閻羅王五天使者經)
  2. 仏説閻羅王五天使者経 (佛說閻羅王五天使者經)

閻羅王五天使者経 (閻羅王五天使者經)

「閻羅王五天使者經」について

劉宋 · 底本の訳者:慧簡

1,215 字 · 約 4 分

『閻羅王五天使者経』は、南朝・劉宋の時代に僧・慧簡によって漢訳されました。本経は、閻羅王が五人の使者を遣わして人々に警告を与える物語を核心とし、生・老・病・死、そして王法による刑罰という、人間にとって避けられない五つの苦しみを通して、人生の無常と因果の道理が確かであるという仏教の根本教義を明らかにしています。その内容は、すべての生きとし生けるものが自らの行いを振り返り、因果を畏れ敬い、修行に励んで解脱を求めるよう警醒することを目的としています。この経典は、初期の漢訳仏典の中でも重要な因果教育の経典であり、生き生きとした譬えによって仏教の基本的な人生観と業報の思想を説き、後世の人々の倫理観や仏教の普及に深い影響を与えました。


佛說閻羅王五天使者經

仏説閻魔王の五天使経

宋沙門慧簡譯

宋の沙門慧簡訳

聞如是:

このように私は聞きました:

一時,佛在舍衛國祇樹給孤獨園。佛告諸比丘:「善聽!以置心中。我以天眼徹見眾人生死所趣善惡之道,或有醜惡、或有勇強、或有怯弱,或生善道、或生惡道。凡人所作為皆分別知之。人身行惡口言惡心念惡,謗訕賢聖,見邪行邪,其人壽終,便墮惡道入泥犁中。凡人身行善口言善心念善,稱譽賢聖,見正行正,其人壽終,便生天上人間。如是,比丘!我以天眼見人終,便生天上人間。如是比丘!我以天眼觀天雨墮水中,見一泡興一泡滅,我見人死識神出生,有好色者、有惡色者,有勇強者、有怯弱者,或生善處、或生苦處;自生自死如水泡無異。復譬如人以五綵縷貫琉璃珠,用珠淨故,縷色青黃赤白黑悉現分明;我見人死魂神出生亦如是。又如冥夜以明月珠懸著宮門,有人住一面,觀門中出入者,皆一一見之。又如居高樓上望見下人,往者來者走者步者坐者立者,我見人死時魂神出生,端正醜惡勇強怯弱,如所施行,分別知之。」

ある時、仏はシャーラスティ国(舎衛国)の、祇陀太子の林と給孤独長者(スダッタ)の園に滞在しておられました。仏は比丘たちに告げられました。「よく聞き、心に留めなさい。私は天眼によって、衆生の生死の赴く先、善悪の道をはっきりと見通す。ある者は醜く、ある者は雄々しく、ある者は弱々しい。また、ある者は善い道に生まれ、ある者は悪い道に生まれる。人が行うすべての行いは、それぞれに識別して知っている。人が身で悪を行い、口で悪を語り、心で悪を思い、聖賢を誹謗し、邪な見解を持ち悪行に走れば、その人の命終わるとき、悪道に堕ちて地獄に落ちる。人が身で善を行い、口で善を語り、心で善を思い、聖賢を称賛し、正しい見解を持ち正行を行えば、その人の命終わるとき、天上または人間に生まれる。このように、比丘たちよ、私は天眼によって人が命終わるのを見て、天上や人間に生まれるのを知るのである。このように、比丘たちよ、私は天眼によって、雨が水の中に落ちるのを見る。一つの泡が生じ、一つの泡が消えるのを見るように、人の死と、その識神(意識)が新たな生命として生まれるのを見る。そこには美しい姿の者もいれば、醜い姿の者もいる。雄々しい者もいれば、弱々しい者もいる。善い場所に生まれる者もいれば、苦しい場所に生まれる者もいる。生まれ、そして死ぬことは、この水の泡と同じで、何ら異なるところはない。また、たとえば人が五色の糸で瑠璃(水晶)の珠を通すようなものだ。珠が清らかであるからこそ、その糸の青、黄、赤、白、黒の色がすべて明らかに現れる。私が人の死と、その魂の神(識神)の出生を見るのも、まさにこれと同じである。また、まるで闇夜に月明かりの珠(宝珠)を宮殿の門に掲げ、ある人がそばに立って門の出入りする者を一人残らず見るようなものである。また、高台の楼閣から下の人々を見下ろすように、行く者、来る者、走る者、歩む者、座る者、立つ者をすべて見る。私は人の死ぬとき、その魂の神(識神)の出生を見るのである。容貌の端正や醜悪、性格の雄々しさや弱々しさは、その人の行い(因果)に応じて、それぞれに識別して知るのである。」

佛告諸比丘:「人生在世間時不孝父母,不敬沙門道人,不行仁義無可用心,不學經戒不畏後世者,其人身死,魂神當墮閻王。地獄主者輙持行,白王言其過惡:『此人非法,不孝父母,不敬沙門道人,不隨仁義,無可用心,無有福德,不恐畏死,當有所見;唯大王處其罰。』如是閻王,常先安徐,以忠正語為現五天使者而問言:『汝本不見,世間人始為嬰兒時,僵臥𡱁𡱤不能自護,口不知言語,亦不知好惡者耶?』人言:『已見,皆有是。』王言:『汝自謂獨不如是耶?人神從行,終即有生,雖尚未見,常當為善,自端其身端其口端其意,奈何放心快志?』人言:『實愚暗不知故耳。』王曰:『汝自以愚癡作惡,非是父母師長君天、沙門道人過也。罪自由汝,豈得以不樂故止乎?今當受之。』是為閻王現第一天使。

仏は比丘たちに告げられた。「人がこの世に生きている間に、父母に孝行をせず、沙門や道人を敬わず、仁義を行わず、善心を持たず、経典や戒律を学ばず、来世を恐れない者は、その身が死ぬと、その魂は閻魔大王の下に堕ちる。地獄の主はその者を連れて行き、王にその罪過を申し立てる。『この者は教えに背き、父母に孝行せず、沙門や道人を敬わず、仁義に従わず、善心もなく、徳もなく、死を恐れず、その報いを見るべきです。どうか大王がお裁きください。』と。

このようにして閻魔大王は、まず穏やかに、正しい言葉で五人の天の使いを示し、こう尋ねる。『お前はかつて、世の中の人が赤ん坊であった時、横たわり、大小便も自分で処理できず、言葉も知らず、善悪もわからなかったのを見なかったのか?』 人は答える。『はい、見ました。皆そうでした。』 王は言う。『お前もまた、同じではなかったのか?人の魂は行いに従い、やがて新たな命を得る。まだ見えなくとも、常に善を行い、自らの身を正しくし、口を正しくし、心を正しくすべきである。どうして心を放って思いのままにしたのか?』 人は答える。『実に愚かで暗く、知らなかったからです。』 王は言う。『お前が愚かさゆえに悪を行ったのは、父母や師長、君主や天、沙門や道人のせいではない。罪はすべてお前自身にある。まさか“嫌だったから”という理由で免れられると思ったのか?今、その報いを受けよ。』 これが閻魔大王の第一の天の使いである。

「閻王復問:『子為人時,天使者次第到,寧能覺不?』人言:『實不覺知。』王曰:『汝不見世間丈夫母人,年老時髮白齒墮、羸瘦僂步起居拄杖?』人言:『有是。』王曰:『汝謂獨可得不老?凡人已生,法皆當老,曼其強壯常當為善,端身口心奉行經戒,奈何自放恣?』人言:『愚闇故耳。』王曰:『汝自以愚癡作惡,非是父母君天、沙門道人過也。罪自由汝,豈得以不樂故止乎?今當受之。』是為閻王正教現第二天使。

閻魔王がさらに問う。「人が世に生きている間、天命の使いが次々と訪れるのに、お前にそれを悟ることはできたか?」 その人は答える。「実際、気づくことはできませんでした。」 王が言う。「お前はこの世の老いた男女を見なかったのか?髪は白くなり、歯は抜け落ち、やせ衰えて腰が曲がり、杖をついて歩く人々を。」 人は答える。「そのようなことはあります。」 王が言う。「お前は自分だけ年をとらずにいられると思ったのか?生まれた以上、すべての人は老いる定めにある。若く元気なうちに、善い行いを積み、身・口・意を正し、経典の教えを守らねばならない。それなのに、なぜ自分を甘やかしたのか?」 人は答える。「ただ、愚かで闇に覆われていたからです。」 王が言う。「お前の愚かさゆえに悪を行ったのであって、それは両親や支配者、天や修行者・僧侶のせいではない。罪はすべてお前自身にある。たとえ後悔しても、罪の報いを止めることはできない。今、その報いを受けよ。」 これが、閻魔王の正しい教え、現世に示された第二の天の使いである。

「閻王復問曰:『子為人時,豈不見世間男女婦人疾病者,軀體苦痛坐起不安,命近憂促,眾醫不能復治?』人言:『有是。』王曰:『汝謂可得不病耶?人生既老,法皆當病,曼身強健當勉為善,奉行經戒端身口意,奈何自放恣?』人言:『愚闇故耳。』王曰:『汝自以愚癡作惡,非父母君天、沙門道人過也、罪自由汝,豈得以不樂故止乎?今當受之。』是為閻王正教現第三天使。

閻魔大王はさらに言いました。「お前が人として生きていた時、世の中で病に苦しむ男や女、老いた人々を見なかったのか?彼らは身体の痛みに耐え、座ったり横になったりしても安らぐことができず、命が尽きようとしているのに、多くの医者が手の施しようがなかったのだ。」 人は答えました。「確かに、そのようなことはありました。」 王は言いました。「それなら、お前は自分だけは病気にならないと思っていたのか?人が生まれて年老いたならば、誰しも病にかかるのが道理だ。だからこそ、身体が健やかなうちに善行に励み、教えを守り、身・口・意の行いを正すべきなのに、なぜ勝手に放縦に過ごしたのか?」 人は言いました。「ただ、愚かで暗かったからでございます。」 王は言いました。「お前は自分の愚かさゆえに悪をなしたのであって、それは親や国主や神々、修行者たちのせいではない。罪は全てお前自身にあるのだ。『嫌だ』と言って逃れられるものではない。今、その報いを受けるがよい。」 これが、閻魔大王の教えによる三番目の天の使いである。

「閻王復問曰:『子為人時,豈不見世間諸死亡者,或藏其屍、或棄損之,一日至七日肌肉壞敗,狐狸百鳥皆就食之,凡人已死身惡腐爛?』人言:『有是。』王曰:『汝謂獨可得不死耶?凡人已生,法皆當死,曼在世間常為善,勑身口意奉行經戒,奈何自放恣?』人言:『愚闇故耳。』王曰:『汝自作惡,非是父母君天、沙門道人過也。罪自由汝,不得以不樂故止,今當受之。』是為閻王正教現第四天使。

閻魔大王がさらに問うた。「お前が人として生きていた時、世の中の死んでゆく人々を見なかったのか。ある者はその死体を葬り、ある者はそれを捨て置く。一日から七日も経てば、肉は腐り、狐や様々な鳥が集まってそれを食べる。人は死ねば、誰もがこのように嫌悪すべき腐敗した姿になるものだ。」 人が答える。「その通りでございます。」 王が言う。「お前は、自分だけは決して死なないと思っていたのか。人が生まれれば、誰もが必ず死ぬ定めにある。生きている間こそ、常に善を行い、身と口と意を慎しみ、経典や戒めを守りなさい。なぜ好き勝手に振る舞ったのか。」 人が言う。「愚かで、道理がわからなかったからでございます。」 王が言う。「お前は自ら悪を行ったのであって、これは父母や君主や天、修行者たちのせいではない。罪はお前自身にあり、嫌だからといってその結果を免れることはできない。今からその報いを受けるがよい。」 これが、閻魔大王が示す第四の天の使いである。

「閻王復問曰:『子為人時,獨不見世間弊人惡子,為吏所捕取,案罪所應刑法加之,或斷手足或削鼻耳,銳掠治刓刻肌膚,熱沙沸膏燒灌其形,裹蘊火燎懸頭日炙,屠割支解毒痛參并?』人言:『有是。』王曰:『汝謂為惡獨可得解耶?眼見世間罪福分明,何不守善勅身口意奉行經道。云何自快心?』人言:『愚闇故耳。』王曰:『汝自用心,作不忠正,非是父母君天、沙門道人過也。今是殃罪要當自受,豈得以不樂故止耶?』是為閻王忠正之教現第五天使者。」

閻魔王はさらに問いました。 「お前が人間であった時、世の中の悪人や不孝な者たちが、役人に捕らえられ、その罪に応じて手足を切られたり、鼻や耳を削がれたり、肌をえぐられ、熱い砂や煮えた油を注がれ、火で包まれ焼かれ、首をつるして日にさらされ、切り裂かれ苦しみが重なるのを、見なかったのか?」 人は答えました。「見ました。」 王は言いました。「お前は、悪を行えばそれで済むと思っていたのか。この世で罪と福が明らかに分かれるのを目の当たりにしながら、なぜ善を守り、身・口・意を慎み、経典の教えを実践しなかったのか。どうしてただ自分の心のままに楽しもうとしたのか。」 人は答えました。「愚かで暗かったからです。」 王は言いました。「お前自身の心の使い方に、誠実さと正しさがなかったのであって、それは父母や君主や天、あるいは沙門や道人のせいではない。今、この罪の報いはお前自身が受けねばならないのだ。まさか、苦しいからといって免れられようか。」 これが、閻魔王の誠実で正しい教え、第五の天使の遣いを示すものである。

佛說已,諸弟子皆受教誡,各前作禮。

仏が説法を終えられると、弟子たちは皆、その教えと戒めを受け、一人ひとりが前に進み出て礼を捧げた。

佛說閻羅王五天使者經

仏説閻魔王の五天使経


CBETA コード: T0043

© AI 帮你读佛经 - 如是我闻

この文書は個人学習専用です。商業目的での使用は禁止されています。

訪問 rushiwowen.co

著作権:原文は CBETA
AI 翻訳は参考文献のみで、権威あるものではありません