獨一山王摩訶山王大決擇分第六
如是已說金輪山王道路大決擇分,次當說獨一山王摩訶山王大決擇分。其相云何?偈曰:
摩訶山王中, 總有千二百,
七十五種位, 謂五十一種,
大根本位中, 皆一一各各,
漸轉等五位, 具足安立故。
論曰:此獨一山王摩訶山王體中建立幾位以為體分?廣說雖無量,略說其要唯有一千二百七十五種,決定位故,如偈「摩訶山王中,總有千二百七十五種位」故。以何因緣山王體中有千二百七十五位分明現知?所謂常恒五十一種根本位中,一一各各次第漸轉諸法、等是無餘、究竟周遍、圓滿、俱非絕離五種位具足轉故。亦漸轉等五種位中,各各開示漸轉等五種別位故,是故成立一千二百七十五位,如偈「謂五十一種大根本位中,皆一一各各漸轉等,五位具足安立故」故。此獨一山王摩訶山王體中,如是千二百七十五種位亦一一時轉、亦異一時轉、亦俱一時轉、亦皆非轉、亦一時一處轉、亦一時異處轉、亦異時異處轉、亦皆非轉,自在自然無障無礙,是故說言無盡虛空大陀陀筏羅法界本藏地地出生無窮無極廣德大海法門藏焉。《大智莊嚴法界性身甚深修多羅》中作如是說:「非比非喻難得惟說,大海中藏大海一體,本地地中三品德類,具足圓滿無所闕失。云何為三?一者上品德類,其位名字眾多無數,與十方世界微塵之數其量等故。二者中品德類,其位名字與百百百億三千大千世界微塵之數其量等故。三者下品德類,其位名字有一千二百七十五位故。是名為三。如是諸位一一一一一一,乃至無量無量無量無量無量無量。」乃至廣說故。
論に曰く、この独一なる山王・摩訶山王の体の中に、幾つの位を建立して体分となすか。広く説けば無量であるが、略してその要を説けば、ただ千二百七十五種がある。決定的な位だからである。すなわち偈に「摩訶山王の中には、総じて千二百七十五種の位がある」とあるゆえである。
いかなる因縁によって、山王の体の中に千二百七十五の位が分明に現れ知られるのか。いわゆる、常恒なる五十一種の根本位の中において、一つ一つがそれぞれ次第に漸転し、諸法は等しく無余であり、究竟して周遍し、円満であり、しかもそれら五種の位を具足して離れないからである。また、漸転などの五種の位の中に、それぞれが漸転などの五種の別位を開示するからである。それゆえ、千二百七十五の位が成立するのである。すなわち偈に「五十一種の大根本位の中において、すべて一つ一つがそれぞれ漸転などの五位を具足して安立するゆえ」とあるとおりである。
この独一なる山王・摩訶山王の体の中において、かくの如き千二百七十五種の位は、また一つの時に転じ、また異なる時に転じ、また同時に転じ、またすべて転ぜず、また一時に一処で転じ、また一時に異なる処で転じ、また異なる時に異なる処で転じ、またすべて転ぜず、自在自然に障りなく妨げもない。それゆえ、無尽の虚空・大陀陀筏羅の法界本蔵の地々より、出生すること窮まりなく極まりない広大な功徳の大海、法門の蔵であると説かれるのである。
『大智荘厳法界性身甚深修多羅』の中に、かくの如く説かれている。 「比べることも譬えることもできず、説くこと難い。大海の中の蔵は大海と一体であり、本地地の中に三品の徳類が具足円満して欠けるところがない。何を三品とするか。一には上品の徳類。その位の名は多くして数えきれず、十方世界の微塵の数とその量が等しい。二には中品の徳類。その位の名は百百百億の三千大千世界の微塵の数とその量が等しい。三には下品の徳類。その位の名は千二百七十五の位がある。これを三品と名づける。かくの如き諸位は一つ一つが、乃至無量無量無量無量無量無量である」と。乃至広く説かれるゆえである。
大宗地玄文本論卷第三
大乗地玄文本論 巻第三