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  1. 仏説尸迦羅越六方礼経 (佛說尸迦羅越六方禮經)
  1. 尸迦羅越六方礼経 (尸迦羅越六方禮經)
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尸迦羅越六方礼経 (屍迦羅越六方禮經)

「尸迦羅越六方禮經」について

後漢 · 底本の訳者:安世高

1,883 字 · 約 6 分

尸迦羅越六方禮経は、後漢時代に安世高によって漢訳された重要な仏教経典です。安世高は中国に渡来した初期の訳経僧として、その訳業は漢伝仏教の形成に深遠な影響を与えました。本経は、在家信者がいかに日常生活の中で仏法を実践するかを説き、六方への礼拝を通じて人倫関係と社会的責任を適切に扱うことを象徴的に示し、世俗と出世間の調和を強調しています。その内容は倫理的実践と社会的義務に焦点を当て、在家信徒に具体的な行動指針を提供しています。この経典は、初期漢訳仏典の代表作の一つであるだけでなく、仏教の中国化の過程において、土着の倫理思想との融合を示すものであり、仏教倫理学の発展史上において重要な地位を占めています。


佛說尸迦羅越六方禮經
後漢安息國三藏安世高譯

後漢安息国三蔵法師・安世高訳

佛在王舍國鷄山中。時,有長者子,名尸迦羅越,早起嚴頭,洗浴著文衣,東向四拜、南向四拜、西向四拜、北向四拜、向天四拜、向地四拜。佛入國分衛遙見之,往到其家問之:「何為六向拜?此應何法?」

仏陀は王舎城の鶏山におられた時、ある長者の息子、尸迦羅越という者が、朝早く身なりを整え、沐浴して美しい衣をまとい、東に向かって四回礼拝し、南に向かって四回礼拝し、西に向かって四回礼拝し、北に向かって四回礼拝し、天に向かって四回礼拝し、地に向かって四回礼拝していました。

仏陀が托鉢のために街に入られ、遠くからその様子をご覧になり、彼の家を訪ねてお尋ねになりました。「なぜ六方に向かって礼拝するのか?これはどのような教えに基づくものか?」

尸迦羅越言:「父在時教我六向拜,不知何應?今父喪亡,不敢於後違之。」

シーガラヴァートは言いました。「父が生きていた時、六方への礼拝を教えてくれましたが、どうすればよいのかわかりません。今、父は亡くなりましたが、後にそれを破ることはできません。」

佛言:「父教汝使六向拜,不以身拜。」
尸迦羅越便長跪言:「願佛為我解此六向拜意。」

尸迦羅越は長跪して言った。「どうか仏よ、この六方への礼拝の意味を私に解き明かしてください。」

佛言:「聽之,內著心中。其有長者𭶑人能持四戒不犯者,今世為人所敬,後世生天上。一者不殺諸群生、二者不盜、三者不愛他人婦女、四者不妄言兩舌。心欲貪婬、恚怒、愚癡,自制勿聽。不能制此四意者,惡名日聞,如月盡時光明稍冥。能自制惡意者,如月初生其光稍明,至十五日盛滿時也。」

仏は言われた。「よく聞きなさい、心に留めておきなさい。長者や賢者が四つの戒めを犯さずに守ることができれば、現世では人々から敬われ、来世では天界に生まれる。一つは、すべての生き物を殺さないこと。二つは、盗みをしないこと。三つは、他人の妻を愛さないこと。四つは、嘘や二枚舌を使わないこと。貪欲や怒り、愚かさといった心の動きは、自制して従わせてはならない。この四つの心を制することができない者は、悪い評判が日々広まり、月末の月のように次第に光を失っていく。悪意を自制できる者は、新月のように次第に光を増し、十五夜の満月のように輝き満ちるのである。」

佛言:「復有六事,錢財日耗減。一者喜飲酒;二者喜博掩;三者喜早臥晚起;四者喜請客,亦欲令人請之;五者喜與惡知識相隨;六者憍慢輕人。犯上頭四惡,復行是六事,妨其善行,亦不得憂治生,錢財日耗減,六向拜當何益乎?」

仏は言われた。「また六つのことがあり、それによって財産は日々に減り失せていく。一つは酒を好んで飲むこと。二つは賭け事を好むこと。三つは早く寝て遅く起きることを好むこと。四つは客を招くことを好み、また人に招かれることを望むこと。五つは悪い友達と付き合うことを好むこと。六つは傲慢で人を軽んじることである。先の四つの悪事を犯しながら、さらにこの六つのことを行えば、善行を妨げ、また生計を営むことに心を配ることもできず、財産は日々に減り失せていく。そうして六方を拝むことが何の益になろうか?」

佛言:「惡知識有四輩:一者內有怨心,外強為知識;二者於人前好言語,背後說言惡;三者有急時,於人前愁苦,背後歡喜;四者外如親厚,內興怨謀。善知識亦有四輩:一者外如怨家,內有厚意;二者於人前直諫,於外說人善;三者病瘦縣官,為其征彸憂解之;四者見人貧賤不棄捐,當念求方便欲富之。惡知識復有四輩:一者難諫曉教之作善,故與惡者相隨;二者教之莫與喜酒人為伴,故與嗜酒人相隨;三者教之自守,益更多事;四者教之與賢者為友,故與博掩子為厚。善知識亦有四輩:一者見人貧窮卒乏令治生;二者不與人諍計挍;三者日往消息之;四者坐起當相念。善知識復有四輩:一者為吏所捕,將歸藏匿之,於後解決之;二者有病瘦,將歸養視之;三者知識死亡,棺斂視之;四者知識已死,復念其家。善知識復有四輩:一者欲鬪,止之;二者欲隨惡知識,諫止之;三者不欲治生,勸令治生;四者不喜經道,教令信喜之。惡知識復有四輩:一者小侵之便大怒;二者有急倩使之,不肯行;三者見人有急時,避人走;四者見人死亡,棄不視。」佛言:「擇其善者從之,惡者遠離之。我與善知識相隨,自致成佛。」

仏は言われた。「悪しき友には四種類ある。第一は、内心では怨みを抱きながら、外見だけ親しいふりをする者。第二は、人の前では良い言葉を使い、陰では悪口を言う者。第三は、相手が困っている時、表向きは心配そうにしながら、陰では喜んでいる者。第四は、外見は親密そうに装い、内心では害を謀る者である。

善き友にも四種類ある。第一は、外見は厳しくとも、内心には深い慈しみがある者。第二は、人の前では率直に諫め、外ではその人の善を語る者。第三は、病気や訴訟などで苦しむ者を見れば、心を痛め、その解決に尽力する者。第四は、貧しく身分の低い者を見ても見捨てず、どうすれば豊かにできるかと考える者である。

さらに悪しき友には四種類ある。第一は、善を行うよう諭しても聞かず、悪しき者と付き合う者。第二は、酒好きな者と交わるなと教えながら、自らは酒に溺れる者と親しくする者。第三は、慎み深くあれと教えながら、かえって余計な問題を起こす者。第四は、賢者と友たれと勧めながら、博徒と深く付き合う者である。

さらに善き友にも四種類ある。第一は、貧しく困っている者を見れば、生計を立てられるよう助ける者。第二は、人と争ったり、損得を計算したりしない者。第三は、日々様子を見に行き、気にかける者。第四は、共に過ごす時も離れている時も、互いを思いやる者である。

また善き友には四種類ある。第一は、役人に捕らえられた友を匿い、後で解決を図る者。第二は、病気の友を引き取り、看病する者。第三は、友が死ねば、棺を整え、最後を見届ける者。第四は、友が亡くなった後も、その家族を気にかける者である。

さらに善き友には四種類ある。第一は、争おうとするのを止めさせる者。第二は、悪しき友に付き従おうとするのを諫めて止めさせる者。第三は、生計を立てる気のない者を、励まして働かせる者。第四は、教えを喜ばない者に、信心と歓喜を教える者である。

また悪しき友には四種類ある。第一は、少しでも侵害されると激怒する者。第二は、緊急時に頼んでも、動こうとしない者。第三は、人が困っている時、姿をくらます者。第四は、人が死んでも、見向きもしない者である。」

仏は言われた。「善き者を選んで従い、悪しき者からは遠ざかりなさい。私も善き友と共に歩み、仏となることができたのだ。」

佛言:「東向拜者,謂子事父母,當有五事:一者當念治生;二者早起勅令奴婢,時作飯食;三者不益父母憂;四者當念父母恩;五者父母疾病,當恐懼,求醫師治之。父母視子亦有五事:一者當念令去惡就善;二者當教計書疏;三者當教持經戒;四者當早與娶婦;五者家中所有當給與之。

仏は言われた。「東に向かって礼拝するというのは、子が父母に仕える時に五つのことを行うべきことを意味します。一つには、生計を立てることを心がけること。二つには、早く起きて使用人たちに命じ、食事を用意させること。三つには、父母の心配を増やさないこと。四つには、父母の恩を忘れないこと。五つには、父母が病気の時は心配し、医師を探して治療を受けることです。父母が子を見る時にも五つのことがあります。一つには、悪を離れて善に向かうよう心がけさせること。二つには、読み書きや計算を教えること。三つには、経典や戒律を学ばせること。四つには、早めに嫁を迎えさせること。五つには、家にあるものを与えることです。」

「南向拜者,謂弟子事師,當有五事:一者當敬難之;二者當念其恩;三者所教隨之;四者思念不厭;五者當從後稱譽之。師教弟子亦有五事:一者當令疾知;二者當令勝他人弟子;三者欲令知不忘;四者諸疑難悉為解說之;五者欲令弟子智慧勝師。

「南向して拝するとは、弟子が師に仕える際に五つの心得を持つべきことを指します。第一に、師を敬い畏れること。第二に、その恩を忘れずに思い出すこと。第三に、教えに従って行動すること。第四に、師のことを思い、嫌わないこと。第五に、後ろからも師を称えること。師が弟子を教えるにも五つの心得があります。第一に、速やかに理解させること。第二に、他の弟子より優れさせること。第三に、教えたことを忘れないようにさせること。第四に、あらゆる疑問や難題を解き明かすこと。第五に、弟子の智慧が師を超えるようにすることです。」

「西向拜者,謂婦事夫,有五事:一者夫從外來,當起迎之;二者夫出不在,當炊蒸掃除待之;三者不得有婬心於外夫,罵言不得還罵作色;四者當用夫教誡,所有什物不得藏匿;五者夫休息盖藏乃得臥。夫視婦亦有五事:一者出入當敬於婦;二者飯食之,以時節與衣被;三者當給與金銀珠璣;四者家中所有多少,悉用付之;五者不得於外邪畜傳御。

西に向かって拝むというのは、妻が夫に仕えるのに五つのことがあるという意味です。第一に、夫が外から帰ってきたら、立ち上がって迎えなければなりません。第二に、夫が出かけて留守のときは、炊事や蒸し物をし、掃除をして待たなければなりません。第三に、外の男に婬心を抱いてはならず、罵られても罵り返したり怒った顔をしてはなりません。第四に、夫の教えに従い、所有する品物を隠してはなりません。第五に、夫が休んでからでなければ、寝てはなりません。夫が妻を見るのにもまた五つのことがあります。第一に、出入りのときは妻を敬わなければなりません。第二に、食事を与え、時節に応じて衣被を与えなければなりません。第三に、金銀や珠璣を与えなければなりません。第四に、家の中の物の多少をすべて妻に任せなければなりません。第五に、外で邪な蓄えをし、伝御してはなりません。

「北向拜者,謂人視親屬朋友,當有五事:一者見之作罪惡,私往於屏處,諫曉呵止之;二者小有急,當奔趣救護之;三者有私語,不得為他人說;四者當相敬難;五者所有好物,當多少分與之。

北を向いて拝むとは、人々が親族や友人を見る際に、五つのことを守るべきであるという意味です。

一、相手が罪を犯しているのを見た時は、人目を避けた場所に連れていき、諫めて教え諭し、過ちを止めさせること。

二、相手が小さな困難に遭った時は、すぐに駆けつけて助け守ること。

三、相手から内緒話を聞いた時は、他人に話してはならないこと。

四、互いに尊敬し、敬い合うこと。

五、自分が良い物を持っている時は、多少なりとも分け与えること。

「向地拜者,謂大夫視奴客婢使,亦有五事:一者當以時飯食與衣被;二者病瘦當為呼醫治之;三者不得妄撾捶之;四者有私財物,不得奪之;五者分付之物當使平等。奴客婢使事大夫亦有五事:一者當早起,勿令大夫呼;二者所當作,自用心為之;三者當愛惜大夫物,不得棄捐乞匃人;四者大夫出入當送迎之;五者當稱譽大夫善,不得說其惡。
「向天拜者,謂人事沙門道士,當用五事:一者以善心向之;二者擇好言與語;三者以身敬之;四者當戀慕之;五者沙門道士人中之雄,當恭敬承事,問度世之事。沙門道士當以六意視凡民:一者教之布施,不得自慳貪;二者教之持戒,不得自犯色;三者教之忍辱,不得自恚怒;四者教之精進,不得自懈慢;五者教人一心,不得自放意;六者教人𭶑慧,不得自愚癡。沙門道士教人去惡為善,開示正道,恩大於父母。如是行之,為知汝父在時六向拜之教也,何憂不富乎?」

天に向かって拝むというのは、在家者が沙門や道士に対して行うべき五つの心得を指します。

第一に、清らかな心で接すること。 第二に、丁寧な言葉で語りかけること。 第三に、身体をもって敬意を示すこと。 第四に、慕い慈しむ心を持つこと。 第五に、沙門や道士は人々の中の尊い存在であるから、敬い仕え、世を超える道を尋ねること。

一方、沙門や道士は在家者に対して六つの心構えで接するべきです。

第一に、施しを教え、自らはけちけちしないこと。 第二に、戒めを守るよう教え、自らは欲望に溺れないこと。 第三に、忍耐を教え、自らは怒りを抱かないこと。 第四に、努力を教え、自らは怠けないこと。 第五に、心を一つに集中するよう教え、自らは心を散らさないこと。 第六に、智慧を教え、自らは愚かさに陥らないこと。

沙門や道士は、人々から悪を去らせ善に向かわせ、正しい道を示します。その恩恵は父母よりも大きいのです。

このように実践するならば、それはまさにあなたの父が生前に説いた「六方礼拝」の教えを理解していることになります。どうして富に恵まれないことがありましょうか。

尸迦羅越即受五戒,作禮而去。
佛說唄偈:
「鷄鳴當早起, 被衣來下牀,
澡漱令心淨, 兩手奉花香。
佛尊過諸天, 鬼神不能當,
低頭遶塔寺, 叉手禮十方。
賢者不精進, 譬如樹無根,
根斷枝葉落, 何時當復連?
採華著日中, 能有幾時鮮?
放心自縱意, 命過復何言。
人當慮非常, 對來無有期,
犯過不自覺, 命過為自欺。
今當入泥犁, 何時有出期?
賢者受佛語, 持戒慎勿疑。
佛如好華樹, 無不愛樂者,
處處人民聞, 一切皆歡喜。
令我得佛時, 願使如法王,
過度諸生死, 無不解脫者。
戒德可恃怙, 福報常隨己,
現法為人長, 終遠三惡道。
戒慎除恐畏, 福德三界尊,
鬼神邪毒害, 不犯有戒人。
墮俗生世苦, 命速如電光,
老病死時至, 對來無豪強。
無親可恃怙, 無處可隱藏,
天福尚有盡, 人命豈久長。
父母家室居, 譬如寄客人,
宿命壽以盡, 捨故當受新。
各追所作行, 無際如車輪,
起滅從罪福, 生死十二因。
現身遊免亂, 濟育一切人,
慈傷墜眾邪, 流沒于深淵。
勉進以六度, 修行致自然,
是故稽首禮, 歸命天中天。
人身既難得, 得人復嗜欲,
貪婬於意識, 痛想無厭足。
豫種後世栽, 歡喜詣地獄,
六情幸完具, 何為自困辱?
一切能正心, 三世神吉祥,
不與八難貪, 隨行生十方。
所生趣精進, 六度為橋梁,
廣勸無極慧, 一切蒙神光。」
佛說尸迦羅越六方禮經

CBETA コード: T0016

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