佛說千佛因緣經
仏説千仏因縁経
後秦龜茲國三藏鳩摩羅什譯
如是我聞:
一時,佛在王舍城耆闍崛山中,與大比丘眾五千人俱,其名曰:尊者阿若憍陳如、尊者優樓頻蠡迦葉、尊者伽耶迦葉、尊者那提迦葉、尊者摩訶迦葉、尊者舍利弗、尊者大目犍連、尊者迦栴延、尊者阿那律、尊者阿難等。皆大阿羅漢而眾所知識,如調象王,所作已辦,三明,六通,具八解脫。菩薩摩訶薩八萬四千人,梵德菩薩,淨行菩薩,無邊行菩薩而為上首;跋陀波羅應與無邊俱為上首也,他方月音菩薩、月藏菩薩、妙音菩薩而為上首:如是等諸大菩薩,皆久修梵行,安隱清淨,住首楞嚴三昧,皆悉具足八萬四千諸波羅蜜,於娑婆世界及十方國示現作佛,轉妙法輪,現般涅槃,於耆闍崛山昇仙講堂,皆師子吼。是諸菩薩摩訶薩等,各各自說過去因緣,如是音聲遍滿三千大千世界。天龍、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦樓羅、緊那羅、摩睺羅伽、人非人等,一切大眾皆悉集會。
ある時、仏は王舎城の耆闍崛山に住まわれ、五千人の大比丘たちと共におられた。その名は、尊者の阿若憍陳如、尊者優楼頻蠡迦葉、尊者伽耶迦葉、尊者那提迦葉、尊者摩訶迦葉、尊者舎利弗、尊者大目犍連、尊者迦栴延、尊者阿那律、尊者阿難などである。彼らは皆、大阿羅漢であり、多くの人々に知られていた。それはまるで調御された象王のようであり、成すべきことを成し遂げ、三明・六通を具え、八解脱を完璧に体得していた。
また、菩薩摩訶薩八万四千人がいた。その中でも、梵徳菩薩、浄行菩薩、無辺行菩薩が上首であり、跋陀羅波羅と無辺もまた上首となった。さらに、他方の世界からは月音菩薩、月蔵菩薩、妙音菩薩が上首として集まった。これらの偉大な菩薩たちは、皆、長い間清らかな修行を積み、安らかで清らかであり、首楞厳三昧に安住し、八万四千の波羅蜜をすべて具えていた。彼らは娑婆世界や十方の国々において仏として姿を現し、妙なる法の輪を転じ、般涅槃を示現した。そして、耆闍崛山の仙人の講堂で獅子吼を響かせた。これらの菩薩摩訶薩たちは、それぞれが過去世の因縁を語り、その声は三千大千世界に満ち渡った。
天、竜、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦楼羅、緊那羅、摩睺羅伽、人間や人間でない者たち、その他すべての大衆が皆、集まり会したのである。
爾時,世尊從石室出,問阿難言:「今諸聲聞、諸菩薩等,皆何講論?」
そのとき、世尊(お釈迦様)は石窟から出てこられ、阿難に尋ねられた。 「今、声聞や菩薩たちは、それぞれどのような話をしているのか?」
阿難白佛言:「世尊!諸菩薩眾各各自說宿世因緣。」
阿難が仏に申し上げました。「世尊よ、菩薩の方々は皆、それぞれ自らの過去世の因縁についてお話しになりました。」
爾時,世尊安庠徐步如大龍象,披僧伽梨入大眾中,告諸菩薩言:「汝等今者各說何義?」其大音聲遍滿世界。
その時、世尊は大いなる龍の歩みのように悠然と歩み、僧伽梨(そうぎゃり)をまとって大衆の中に入られました。そして菩薩たちに告げられました。「あなたがたは今、それぞれどのような義(意味)を語っているのですか。」その大いなる声は全世界に満ち渡りました。
跋陀波羅菩薩即從坐起,自為世尊敷師子座,頭面禮足,請佛就坐,白佛言:「世尊!我於今日欲少諮問,唯願世尊為我解說!」
跋陀波羅菩薩はすぐに座を立ち、自ら世尊のために獅子座を整え、頭を地につけて足に礼をし、仏に座るようお願いして申し上げました。「世尊よ、私は本日、少しお尋ねしたいことがございます。どうか世尊よ、私のために解説してくださいませ。」
說是語時,八萬四千諸菩薩等,各脫瓔珞散佛供養。所散瓔珞住佛頂上,如須彌山嚴顯可觀,有千化佛坐山窟中。
この言葉を説かれた時、八万四千の菩薩たちが、それぞれ瓔珞(ようらく)を脱いで、仏の上に散じて供養しました。散った瓔珞は仏の頭上に留まり、須弥山のように厳かで美しく見えました。そしてその中には、千の化身の仏が洞窟に座しておられました。
時,諸菩薩頂禮佛足,異口同音白佛言:「世尊!世尊與賢劫千佛過去世時種何功德?修何道行?常生一處,同共一家,於一劫中,次第當得阿耨多羅三藐三菩提,化度濁惡諸眾生等,令其堅發三種清淨菩提之心。願為我等及未來世諸眾生故,當廣分別賢劫千菩薩過去世時諸波羅蜜本事果報!」
爾時,世尊告諸菩薩言:「諦聽,諦聽!善思念之!吾當為汝分別廣說。
その時、世尊は菩薩たちに告げられました。 「よく聞きなさい。よく聞き、よく心にとめて考えなさい。私はあなたがたのために、これを詳しく説き明かしましょう。」
「跋陀波羅!汝今當知,乃往過去無量,無數百千萬億阿僧祇劫,復過是數,爾時,此娑婆世界名大莊嚴,劫名大寶。有佛世尊,名寶燈焰王如來、應供、正遍知、明行足、善逝、世間解、無上士、調御丈夫、天人師、佛世尊,出現於世。彼佛世尊出現世時,亦以三乘教化眾生。佛壽半劫,正法化世住於一劫,像法化世住於二劫。於像法中有一大王,名曰光德,十善化民,國土安樂,如轉輪王。
跋陀波羅よ、あなたは今、知るべきです。はるか過去に、無量・無数・百千万億の阿僧祇劫を経て、さらにその数を超えたとき、この娑婆世界は大荘厳と名づけられ、劫は大宝と名づけられていました。宝燈焰王如来・応供・正遍知・明行足・善逝・世間解・無上士・調御丈夫・天人師・仏世尊という世尊が、この世に出現されました。その仏世尊が世に出現されたときも、また三乗をもって衆生を教化されました。仏の寿命は半劫で、正法が世を教化したのは一劫のあいだ住し、像法が世を教化したのは二劫のあいだ住しました。像法のなかに、光徳という名の大王がいて、十善をもって民を教化し、国土は安楽で、転輪王のようでした。
「爾時,大王教諸人民誦毘陀論。時學堂中有千童子,年各十五,聰敏多知,聞諸比丘讚佛、法、僧。
その時、大王は民たちにヴェーダの教えを学ばせていました。学び舎には十五歳になる千人の少年たちがいて、皆、聡明で多くの知識を持っていました。彼らは比丘たちが仏・法・僧を称える言葉を耳にしました。
「有一童子名蓮華德,白善稱比丘言:『云何名佛?云何名法?云何名僧?』
蓮華徳という名の少年が、善称比丘に尋ねました。 「『仏』とは何ですか?『法』とは何ですか?『僧』とは何ですか?」
「比丘偈答言:
比丘が偈で答えた。
「『波羅蜜滿足, 淨性覺智慧,
勝心得成就, 故號名為佛;
無染性清淨, 永離於世間,
不觀世五陰, 常住名為法;
身心常無為, 永離四種食,
為世良福田, 故稱比丘僧。』
波羅蜜を満たし、清らかな本性によって智慧を覚り、優れた心を得て成就した者、それを仏と名づける。
汚れのない本性は清らかで、永遠に世間を離れている。世の五蘊(ごうん)を観ず、常に留まるものを法と名づける。
身心は常に無為(むい)であり、永遠に四種の食(ししゅのじき)を離れている。世の中のすぐれた福田(ふくでん)となる、それを比丘(びく)の僧と称する。
「時,千童子聞三寶名,各持香華隨從比丘行詣僧房,入塔禮拜,見佛色像,彼像身量高六十二那由他由旬,八萬四千諸相好門皆悉具足。
その時、千人の少年たちは三宝の名を聞き、それぞれが香や花を手にして比丘に従い、僧房へと向かいました。そして塔に入って礼拝し、仏の姿を拝見しました。その仏像の大きさは高さ六十二那由他由旬もあり、八万四千の相好門がすべて完全に備わっていました。
「時,千童子見佛像已,白比丘言:『如此勝人大無上士,過去世時修何功德,乃得如是無上勝相?』
その時、千人の童子たちは仏像を見て、僧に尋ねました。 「このような素晴らしいお方、この上ない尊い方は、過去世においてどのような功徳を積まれたのでしょうか。そのおかげで、このような比類のない尊いお姿を得られたのです。」
「比丘答言:『善男子!汝今諦聽!佛世尊者,過去修行八萬四千諸波羅蜜,亦復修習三十七品助菩提法,故得如此端嚴之身。如來身者,不但有此八萬四千諸相好門,亦有十力、四無所畏、十八不共、大悲、三念處、三明、六通、八解脫等。』
比丘が答えて言った。「善男子よ、よく聞きなさい。仏世尊は、過去において八万四千の波羅蜜(完全なる修行)を修行され、また三十七の菩提の助けとなる法(三十七道品)を修習された。そのゆえに、このような端厳な身体を得たのである。如来の身体には、この八万四千の相好の門があるだけでなく、十力、四無所畏、十八不共法、大悲、三念処、三明、六神通、八解脱などもあるのだ。」
「時,千童子聞於比丘讚歎佛已,五體投地,即於像前發弘誓願:『我等今者,各各應發阿耨多羅三藐三菩提心,過算數劫,必得成佛,如今世尊等無有異。』
時に、千人もの童子たちが比丘の仏を讃える言葉を聞いて、額を地につけて礼拝し、その像の前で広大な誓いを立てました。 「私たちは今、一人ひとりが阿耨多羅三藐三菩提(この上なく完全な悟り)の心を発し、数え切れないほどの長い時間を経て、必ずや仏となるでしょう。今の世尊とまったく同じように。」
「第三童子名蓮華藏,復發誓願:『我等今者,因比丘故,聞三寶名,復得見於如來色像,於未來世成佛無疑;未成佛間,恒與比丘共生一處。』
第三の童子の名は蓮華蔵といいます。彼もまた誓願を立てて言いました。「私たちは今、この比丘のおかげで三宝の名を聞き、さらに如来の姿を見ることができました。未来において必ず仏となることは間違いありません。そして仏となるまでの間は、常にこの比丘と同じところに生まれたいのです。」
「跋陀波羅!汝今當知,時千童子聞三寶名,身心歡喜,隨壽長短後皆命終;臨命終時,以聞三寶善根因緣力故,除却五十一劫生死之業;命終之後,得生梵世、諸天生法。生梵宮已,即得三念,自憶往世聞三寶名,以是因緣得生天上。時,千梵王各乘宮殿,與諸梵俱持七寶華,至故塔前供養佛像。時千梵王異口同音,而說偈言:
跋陀波羅よ、知るがよい。その時、千人の童子たちは三宝の名を聞き、心身ともに喜びに満ち、それぞれの寿命を全うして後、命を終えた。命終わらんとする時、三宝の名を聞いた善根の因縁の力により、五十一劫もの生死の業を除くことができた。命終わった後、彼らは梵天の世界に生まれ、天人の法に従った。梵天の宮殿に生まれてからは、すぐに三つのことを憶念する力を得て、自ら過去世に三宝の名を聞き、その因縁によって天上に生まれたことを思い出した。
その時、千人の梵王たちは、それぞれ宮殿に乗り、多くの梵天たちと共に七宝の華を捧げ持ち、かつての塔の前に至り、仏の像に供養した。その時、千人の梵王たちは、口を揃えて、次のような偈を唱えた。
「『慧日大名稱, 久住善寂地,
聞名除諸惡, 自然生梵世,
我今頭面禮, 歸依大解脫。』
智慧の太陽、大いなる名誉ある方は、久しく善き寂静の境地に安住し、 その名を聞けば諸々の悪は除かれ、自然に梵天の世界に生まれる。 私は今、頭を地につけて礼拝し、大いなる解脱に帰依いたします。
「說此偈已,各還梵世。
この偈を説き終えると、それぞれ梵天の世界に帰っていった。
「跋陀波羅!汝今當知,時彼國王十善化人者,久已成佛,毘婆尸如來是;善稱比丘,尸棄如來是;時千童子豈異人乎?今拘留秦佛,乃至最後樓至如來是。跋陀波羅!汝今當知,我與賢劫千菩薩從彼佛所聞三寶名,始發阿耨多羅三藐三菩提心,其事如是。」
跋陀羅よ、よく聞きなさい。 あの国で十善によって人々を教化した王様は、長い時を経てすでに仏となり、それが毘婆尸如来です。 善称比丘は、尸棄如来です。 その時にいた千人の童子たちが、ほかならぬ今の賢劫の千仏です。 最初の拘留秦仏から、最後の楼至仏に至るまで、すべてがそうです。 跋陀羅よ、知っておきなさい。 私は賢劫の千人の菩薩たちとともに、あの仏のもとで三宝の名を聞き、初めて無上正等覚を求める心を起こしました。 そのいわれは、まさにこうなのです。
佛告跋陀波羅:「汝今當知,我念過去無量無數阿僧祇劫,此娑婆世界有一大國,名波羅㮈,王名梵德,常以善法化諸人民,彼時人壽八萬四千劫。時王梵德自見衰相,以國付子,出家學道,於仙人生地,憂曇鉢林中,晨朝出家。端坐思惟,經一食頃,逆順觀於十二因緣,往復觀察凡十八遍,應時即得辟支佛道,踊身虛空作十八變。優曇林中有五百梵志,見辟支佛足下有十二因緣文字:無明緣行,行緣識,識緣名色,名色緣六入,六入緣觸,觸緣受,受緣愛,愛緣取,取緣有,有緣生,生緣老死憂悲苦惱。五百梵志見此文字,有觀無明緣行、無所依起,有三百人應時即得辟支佛道;又二百人觀無明緣行及愛、取、有,應時即得成辟支佛;又觀無明乃至老死憂悲苦惱,因無常行成辟支佛。優曇鉢林一日之中,有五百一辟支佛出現於世。是時,大地六種震動,乃至梵世諸天宮殿。
仏は跋陀波羅に告げた。「汝、今まさに知るべし。我、過ぎ去りし無量無數阿僧祇劫を思い起こすに、この娑婆世界に一大国あり。その名を波羅㮈といい、王を梵徳といった。常に善き教えで民を教化し、その当時の人の寿命は八万四千劫であった。時に王・梵徳は自らに衰えの兆しを見て、国を子に譲り、出家して道を学んだ。仙人の生まれた地、憂曇鉢の林の中で、朝に出家した。端座して思いを巡らせ、一食の間(わずかな時間)に、十二因縁を逆順に観じ、往復して観察すること十八遍にして、即座に辟支仏の道を得た。身を虚空に踊らせ、十八変を示した。
憂曇の林の中に五百の梵志あり。辟支仏の足の下に十二因縁の文字を見る。『無明によって行が生じ、行によって識が生じ、識によって名色が生じ、名色によって六入が生じ、六入によって触が生じ、触によって受が生じ、受によって愛が生じ、愛によって取が生じ、取によって有が生じ、有によって生が生じ、生によって老・死・憂・悲・苦・悩が生ずる』と。五百の梵志、この文字を見て、ある者は無明と行との因縁を観じ、よるべきものなきに気づき、三百人は即座に辟支仏の道を得た。また二百人は、無明・行・愛・取・有を観じて、即座に辟支仏と成った。また、無明から老死憂悲苦悩に至るまでを観じ、無常の行によって辟支仏と成った。
憂曇鉢の林において、一日のうちに五百一人の辟支仏が世に現れた。その時、大地は六種に震動し、梵世の諸天の宮殿にまで及んだ。」
「時,千梵王各以衣裓盛曼陀羅華、摩訶曼陀羅華、曼殊沙華、摩訶曼殊沙華,至優曇林中供養辟支佛,頭面禮足,白言:『大德!為我說法。』時,辟支佛踊身虛空作十八變,舒手現足。時,千梵王見其足下十二因緣文字相現,見其掌中有十善文,於頂光中見五戒法,八支齋文。時千梵王身心歡喜,受持讀誦發弘誓願:『我等今者見諸快士結加趺坐,如入禪定,身分光明,有此文字令我讀誦。』
その時、千人の梵天王たちが、それぞれ衣の端(端切れ)に、曼陀羅華(まんだらげ)、大曼陀羅華、曼殊沙華(まんじゅしゃげ)、大曼殊沙華を盛って、優曇林(うどんりん)に赴き、辟支仏(びゃくしぶつ)に供養した。そして、頭を辟支仏の足につけて礼拝し、こう申し上げた。「尊い方よ、どうか私たちに法を説いてください。」 その時、辟支仏は身を空中に踊らせて、十八の変化(神通力によるさまざまな姿)を示し、手を伸ばし、足を現した。その時、千人の梵天王たちは、その足の裏に十二因縁の文字が現れているのを見、手のひらには十善(の教え)の文が、そして頂上の光の中には五戒の法と八斎戒の文があるのを見た。 この時、千人の梵天王たちは、心身ともに歓喜し、これらを受け持ち、読み唱え、こうした大いなる誓いを立てた。「私たちは今、これらの尊い方々が結跏趺坐(けっかふざ)して、あたかも禅定に入ったかのように坐し、その身体の部分から光明が放たれ、このような文字(教え)が記されているのを見た。私たちはこれを読誦しよう。」
「時梵眾中,有一梵王,名曰慧見,告餘梵言:『我於今者見辟支佛,受持五戒,八支齋法,當行十善,觀諸緣起,以此善根,迴向甚深阿耨多羅三藐三菩提。願我等作佛時,說法度人過於辟支佛百千萬倍。我成佛時,聞我名者、見我形者,速得除滅無量障礙,如我今者見辟支佛。』
その時、梵天の集まりの中に、慧見という名の一人の梵天がいて、他の梵天たちに向かってこう言いました。「私は今、辟支仏(びゃくしぶつ・独覚)を拝見し、五戒や八斎戒(はっさいかい)を受け、十善を実践し、様々な縁起を観じています。この善い行いの根を、最も深遠な無上正等覚(阿耨多羅三藐三菩提)へと導き、捧げます。どうか私たちが仏となった時には、説法によって人々を救い、その功徳が辟支仏の百千万倍にもなりますように。私が仏となった時、私の名を聞く者、私の姿を見る者は、即座に限りない障害を除き滅ぼし、まるで今私が辟支仏を拝見するかのような恵みを得られますように。」
「時千梵王供養畢已,各還所安,隨梵天壽後,各命終。命終之後,於娑婆世界千四天下為千轉輪王,十善教化,本善願故,不隨因緣,壽命八萬四千歲。
時に、千人の梵天(ぼんてん)たちは供養を終え、それぞれの住まいに戻りました。そして梵天としての寿命が尽きると、次々に命を終えました。命を終えた後、彼らは娑婆世界(しゃばせかい)の千の四天下において、千人の転輪聖王(てんりんじょうおう)として生まれ変わりました。十善(じゅうぜん)の教えをもって人々を導き、もとより善き誓願(せいがん)があったため、因縁(いんねん)に左右されることなく、寿命は八万四千歳でした。
「臨欲終時,雪山之中有一婆羅門,聰明多智,壽命半劫。於先經中,聞過去有佛,號栴檀莊嚴如來,十號具足。彼佛世尊說甚深檀波羅蜜,不見施者及以受者,心行平等,而行布施。時大仙人聞此事已,從雪山出,詣千聖王,求索財寶,廣為諸王讚說甚深檀波羅蜜。翹於右足而舉右手,住立王前而說偈言:
まさに命終わらんとする時、雪山の中に一人のバラモンがいた。聡明で知恵も多く、寿命は半劫であった。彼は以前の経典の中で、過去に栴檀荘厳如来という仏がおられたと聞いた。その如来は十号を具え、甚深なる檀波羅蜜を説かれ、施す者も受ける者もなく、心は平等に行じて布施を行ずる、と説かれた。
その時、大いなる仙人はこの事を聞いて、雪山から出で、千人の聖王のもとへ赴き、財宝を求めて、諸王のために広く甚深なる檀波羅蜜を讃嘆した。彼は右足を上げ、右手を挙げて、王の前に立ち、偈を説いて言う、
「『施為妙善藥, 服者常不死,
不見身與心, 觀財物空寂。
受者如虛空, 如是行布施,
無財及受者, 乃應菩薩行。』
「施しは優れた妙薬であり、服用する者は永遠に滅びることがない。 身体も心も見ることなく、財物を空しく寂れたものと観ずる。 施す者も虚空の如く、そうして施しを行うならば、 財も施す者も存在せず、そのようにして菩薩の行は成就するのである。」
「時,千聖王各以國土付其太子,告下諸國:『我等今者,欲修一切施,諸有貧窮須財寶者,可詣我所,當隨意施。』爾時,諸國一切人民皆悉來集千聖王所,白言聖王:『我等今者,唯乏二事,餘無所須。何等二事?一者、天樂;二者、天女。』
その時、千人の聖王たちはそれぞれ国を太子に譲り、諸国にこう告げました。「我々は今、一切の施しを修行しようと思う。貧しくて財宝を必要とする者は、我々の許に来なさい。望みのままに施そう。」
すると、諸国の人々は皆、千人もの聖王たちの許に集まって来て、こう申し上げました。「聖王よ、我々にはただ二つのものだけが欠けており、他には何も必要ありません。その二つとは何か? 第一に天の楽、第二に天の女であります。」
「時,千聖王持摩尼珠置高幢上,發大誓願:『我等福德,受善果報,真實不虛,令如意珠普雨天樂,供給一切。』應念即雨種種樂器。時,諸樂器住虛空中不鼓自鳴,復更生念:『若我福善真實不虛,令如意珠普雨天女。』應念即雨種種天女,容儀庠序如魔天后,一一天女,各有五百眷屬以為侍者。
その時、千人の聖なる王たちは宝珠を高き柱の上に安置し、大いなる誓いを立てました。
「私たちの積んだ福徳と受けた善い報いは、真実であり、虚偽ではありません。どうかこの如意宝珠が、天の楽器の雨を降らせ、すべての者に供養をもたらさんことを。」
その誓いの心のままに、たちまち様々な楽器が雨の如く降り注ぎました。その楽器たちは虚空にとどまり、打つ者もないのに自然に鳴り響きました。
さらに王たちは考えました。
「もし私たちの福善が真実で虚偽でないならば、この如意宝珠によって天女たちの雨を降らせたまえ。」
すると、思いのままに様々な天女たちが雨のように現れました。その姿は優雅で整い、まるで魔王の后のようでした。一人ひとりの天女には、五百人の眷属が付き従っていました。
「時,千聖王滿眾願已,即捨國土出家學道。時王千子及諸臣民,皆悉號咷,隨從王後,奉送大王至於雪山。時,千聖王告諸臣民:『諸行無常,我身無主,性相皆空,有者歸滅。我於今者,信解此義,是以棄國,無所戀著。』即隨婆羅門入於雪山,王子臣民辭退還國。
時に、千人の聖王たちは民の願いを叶え終えると、すぐに国を捨てて出家し、道を学びました。この時、王の千人の王子たちや家臣、民衆は皆、声をあげて泣き叫び、王の後ろに従い、大王を雪山まで見送りました。そこで、千人の聖王は家臣や民衆に告げました。『すべての営みは無常であり、我が身に主はなく、性質や形はすべて空であり、存在するものはやがて滅びる。私は今、この理を信じ理解した。それゆえ、国を捨てて、何も執着しないのだ。』こうして彼はバラモンに従って雪山に入り、王子や家臣、民衆は別れを告げて国へと戻りました。
「時,千聖王於雪山中各立草菴,端坐思惟,發弘誓願當度一切,求無上道思大施義。聖王宿世十善報故,雪山千神各獻仙果,日日供給更不求食,應時即得獲五神通,飛騰虛空,壽命一劫。
その頃、千人の聖王たちは雪山の中でそれぞれ草の庵を建て、正しく座って思索にふけり、「すべての衆生を救済しよう」という広大な誓いを立て、無上の道を求め、大いなる施しの意義を深く考えました。聖王たちは前世における十善の行いの報いにより、雪山の千の神々がそれぞれ神仙の果実を捧げ、毎日欠かさず供養したため、もはや飲食を求める必要はありませんでした。こうして彼らは即座に五つの神通力を獲得し、虚空を自在に飛翔し、寿命は一劫に及びました。
「時雪山中,有大夜叉身長四千里,狗牙上出高八十里,面十二眼,眼出迸血,光如融銅,左手持劍,右手持叉,住聖王前,高聲唱言:『我今飢渴,無所飯食,唯願聖王慈悲矜愍,施我少食。』
雪山の中に、身の丈三千二百キロメートルもの大夜叉が現れました。その牙は上に向かって伸び、長さ六十四キロメートルにも達します。顔には十二の目があり、その目からは血走った光が溶けた銅のように輝き出ていました。左手には剣を持ち、右手には叉を携えて、聖王の前に立つと大声で叫びました。
「私は今、飢えと渇きに苦しんでいます。食べ物が何もありません。どうか聖王よ、慈悲深く私を哀れみ、少しばかりの食べ物をお施しください。」
「時千聖王告夜叉言:『我等誓願,一切施與。』各各以水澡夜叉手,授以仙果而令食之。
時に、千人の聖なる王たちは夜叉に告げた。「私たちは皆、全てを施すと誓います。」そして、それぞれが水で夜叉の手を清め、仙人の果実を与えて食べさせた。
「夜叉得果,怒棄置地,告聖王言:『我父夜叉噉人精氣,我母羅剎恒噉人心,飲人熱血;我今飢急,唯須人心、血,何用果為?』
夜叉は果実を受け取ったが、怒って地面に投げ捨て、聖王にこう言った。
「私の父は夜叉で人の精気を食らい、私の母は羅刹で常に人の心臓を食べ、人の熱い血を飲んでいる。私は今、空腹で切羽詰まっている。必要なのは人の心臓と血だけだ。果実など何の役に立つというのか?」
「時,千聖王告夜叉言:『一切難捨,無過己身。我等今日不能捨心持用相與。』
その時、千の聖なる王たちは夜叉に言いました。 「何よりも捨てがたいものは、自分の身体ほどありません。私たちは、今日、心からそれを手放してあなたに差し上げることはできません。」
「是時,夜叉即說偈言:
その時、夜叉が次のような偈(うた)を詠みました。
「『觀心無心相, 四大色所成,
一切悉能捨, 乃應菩薩行。』
「心に心の形などないと観じて、 これは四大(地・水・火・風)という物質によって成り立っている。 そのすべてを手放すことができる者こそ、 菩薩の行いにふさわしいのだ。」
「時,雪山中有婆羅門,名牢度跋提,白夜叉言:『唯願大師為我說法,我今不惜心之與血。』即脫單衣,敷為高座,即請夜叉令就此座。
さて、雪山にバラモン(婆羅門)がいました。名を牢度跋提と言います。彼は夜叉にこう申し上げました。「どうか大師よ、私のために法を説いてください。私は今、心臓も血も惜しみません。」そう言って、一枚の薄衣を脱ぎ、それを高座として敷き、夜叉にその席に座るよう請いました。
「時,大夜叉即說偈言:
時に、大夜叉(おおやしゃ)が次の詩を唱えました。
「『欲求無為道, 不惜身心分,
割截受眾苦, 能忍猶如地;
亦不見受者, 求法心不悔,
一切無悋惜, 猶如救頭然,
普濟眾飢渴, 乃應菩薩行。』
「悟りを求めるなら、 心身を惜しむことなく、
自らを犠牲にし苦しみを受け、 大地のようにすべてを耐え忍びなさい。
苦しみを受けている自分さえも見ず、 法(真理)を求める心は決して悔いず、
すべてを惜しみなく差し出すこと、 まるで燃える頭を救おうとするかのように。
あらゆる飢えと渇きに普遍的に救いの手を差し伸べる—— それが菩薩の行いにふさわしいのです。」
「時,牢度跋提聞此偈已,身心歡喜,即持利劍刺胸出心。是時,地神從地踊出,白牢度跋提:『唯願大仙愍憐我等及山樹神,莫為一鬼捨於身命。』
その時、牢度跋提(ろうどばだい)はこの偈を聞いて、心身ともに喜びに満ち、鋭い剣で自らの胸を刺し、心臓を取り出した。 すると大地の神が地中から現れ、牢度跋提に申し上げた。 「どうか大仙人よ、私たちや山の木々の神々を哀れみ、たった一つの鬼のために命を捨てないでください。」
「時,牢度跋提告諸神言:
その時、牢度跋提は神々に告げて言いました。
「『此身如幻炎, 隨現即變滅,
猶如呼聲響, 呼已更不應,
四大五陰力, 其勢不久停。
於千萬億歲, 未曾為法死,
我今為法故, 以心血布施,
慎勿固遮我, 障我無上慧。
以此布施報, 誓願成佛道,
若後成佛時, 要先度汝等。』
この身体は幻影や陽炎のようなもの、 現れてはすぐに消え去ってしまう。 丁度、呼び声が響いても、 呼ばれた後には応えがないように。 四大や五陰の力も、 その勢いは長くは続かない。 何千万年もの間、 決して仏法のために死んだことはなかった。 私は今、法のために、 心血を捧げて布施をする。 どうか私を固く止めないでほしい。 私の無上の智慧を妨げないでほしい。 この布施の功徳によって、 誓って仏道を成し遂げよう。 もし後に仏となったなら、 まずあなたたちを救済しよう。」
「說此偈已,臥夜叉前,以劍刺頸施夜叉血,即復破胸出心與之。
この偈を説き終えると、夜叉の前に伏し、剣で自らの首を刺して血を捧げ、さらに胸を裂いて心臓を取り出して与えた。
「是時,天地大動,日無精光,無雲而雷。有五夜叉從四方來,爭取分裂,競共食之。食已大叫,躍立空中,告千聖王:『誰能行施如牢度跋提?如此行施乃可成佛。』
その時、天地が大きく揺れ、太陽は輝きを失い、雲もないのに雷が鳴り響きました。五人の夜叉が四方から現れ、その遺体を奪い合って引き裂き、我先に食べました。食べ終えると大声で叫び、空中に飛び上がって千人の聖王に告げました。「誰が牢度跋提のように布施を行うことができるだろうか?このように施しを行う者こそ、仏となることができるのだ。」
「時千聖王驚怖退沒,不欲菩提,生變悔心,各欲還國。
そのとき、千人の聖王たちは驚き恐れて退き去り、菩提の心を起こそうとせず、心変わりして後悔し、それぞれ自国へ帰ろうとしました。
「時,五夜叉即說偈言:
その時、五人の夜叉が詩句(偈)を唱えた。
「『不殺是佛種, 慈心為良藥,
大悲常安隱, 終無老死異。
一切受身者, 畏殺毒害人,
是故諸菩薩, 教行不殺戒。
汝今若畏死, 當行不殺事,
云何欲還國? 捨靜求憒閙。』
「“生き物を殺さないことこそが仏になる種であり、 優しい心こそが最高の薬です。
大きな悲しみの人々はいつも安らかで、 老いや死による違いは決してありません。
命あるものはみな、 殺されることや毒で傷つけられることを恐れています。
だからこそ、智慧ある人々は 生き物を殺さない教えを実践するよう導くのです。
もしあなたが死を恐れるなら、 殺さない行いを実践しなさい。
それなのに、どうして静かな修行を捨てて にぎやかな場所へと戻ろうと思うのですか?」”
「時,千聖王聞此語已,皆默然住。」
その時、千人の聖王たちはこの言葉を聞いて、皆ただ黙ってその場に留まった。
佛告跋陀波羅:「汝今當知,第一婆羅門,讚檀波羅蜜者,過去定光明王佛是;牢度跋提者,過去然燈佛是。時千聖王出家學道,見然燈佛修諸苦行,心生悔恨,於一劫中墮大地獄;雖墮地獄,菩提願力莊嚴心故,火不能燒。從是已後,復得值遇燈明王菩薩為其說法,從地獄出,廣為讚歎過去千佛——解脫稱莊嚴佛乃至最後妙自在王佛。時,千聖王聞千佛名,歡喜敬禮,以是因緣,超越九億那由他恒河沙劫生死之罪。跋陀波羅!汝今當知,時千聖王豈異人乎?我等賢劫千佛是也。」
仏は跋陀波羅に告げられた。「汝、今まさに知るべし。最初の婆羅門が檀波羅蜜を讃えた者は、過去の定光明王仏である。牢度跋提は、過去の燃灯仏である。 その時、千人の聖なる王たちは出家して道を学び、燃灯仏が諸々の苦行を修めるのを見て、心に悔いと恨みを生じ、一劫の間、大地獄に堕ちた。 しかし、地獄に堕ちたとはいえ、菩提の願力が心を荘厳するがゆえに、火も彼らを焼くことはできなかった。 その後、彼らは再び灯明王菩薩に出会い、その説法を聞いた。そして地獄から出ると、広く過去の千仏を讃嘆した。すなわち、解脱称荘厳仏から、最後の妙自在王仏に至るまでである。 その時、千人の聖なる王たちは千の仏の名を聞き、喜び敬って礼拝した。この因縁によって、九億那由他恒河沙の劫の生死の罪を超えることができた。 跋陀波羅よ!汝、今まさに知るべし。その時の千人の聖なる王たちは、誰か別人であろうか? 彼らこそ、我々賢劫の千仏なのである。」
佛說是時,一切大眾聞佛所說,皆大歡喜。八十人發無上道心;二百五十人,漏盡意解成阿羅漢。
仏がこの説法を終えられたとき、すべての聴衆は仏の教えを聞いて、大いに喜びました。八十人は無上の道心を発し、二百五十人は煩悩が尽きて心が解脱し、阿羅漢となりました。
「復次,跋陀波羅!乃往過去無量無數阿僧祇劫,此閻浮提有大國王,名須闍提,國名勝幡。其王生時,七寶承足,天降瑞應三十有四,墮地即行,七寶自至,四方諸山各有一億神仙,五通具足飛集殿前;復有百萬億恒河沙七寶大山,踊出殿前列住空中,以應神仙。須闍提王漸漸長大,王四天下,威德自在,十善化人;王德力故,一切人民,皆受快樂如忉利天。
また、跋陀波羅よ。遥か昔、無量無数の阿僧祇劫の昔、この閻浮提に須闍提という名の大王がいました。その国の名は勝幡と言いました。この王が生まれた時、七宝が足の下にあらわれ、天からは三十四もの瑞兆が降り注ぎました。生まれてすぐに歩き出すと、七宝が自然に集まりました。また、四方の山々からは、一億の神仙がそれぞれ神通力五種を備えて飛来し、殿前に集まりました。さらに、百萬億のガンジス川の砂の数にも等しい七宝の大山が、殿の前に湧き出して空中に並び、神仙たちに応えました。須闍提王は次第に成長し、天下を治め、その威徳は自由自在で、十善によって人々を教化しました。王の徳の力によって、すべての人々は忉利天のように楽しみを受けたのです。
「時諸仙人各持仙經,授王令讀,王讀經已,聞過去有佛,號寶華琉璃功德光照如來,十號具足。王聞佛名身心歡喜,即脫寶冠向四方禮,發大誓願:『我於今日捨四天下一切所珍,出家學道,坐於光明菩提樹下,身心不動。若不得成阿耨多羅三藐三菩提,我終不起。』
その時、仙人たちはそれぞれが持っていた仙経を王に授けて読ませました。王が経典を読むと、過去に「宝華琉璃功徳光照如来」という仏がおられ、十の称号をすべて備えておられることを聞きました。王は仏の名を聞いて身心ともに喜び、すぐに宝冠を脱ぎ捨てて四方に向かって礼拝し、大いなる誓願を立てました。
「私は今日、四天下のすべての珍宝を捨て、出家して修行の道に入り、光明菩提樹の下に座って身心を動かさない。もし、阿耨多羅三藐三菩提(完全なる悟り)を成就しなければ、決してこの場を立たない。」
「是時六欲天王,名金剛摩尼珠,與諸魔眾八萬億千,一一鬼兵作百億變狀甚可怖畏,競集道樹。時,須闍提王端坐樹下,入智印慈心王三昧,三昧力故,時魔兵眾同時碎壞,經七七日,得成阿耨多羅三藐三菩提。
その時、六欲天の王、名を金剛摩尼珠と言う者が、八万億千もの魔の者たちを従え、それぞれの鬼兵は百億の恐ろしい姿に変身し、競うように菩提樹の下に集まりました。すると、スジャーティ王は樹の下に端座し、「智印慈心王三昧」に入りました。この三昧の力によって、魔の兵たちは一瞬にして打ち砕かれ、四十九日を経て、王は無上正等覚(阿耨多羅三藐三菩提)を成就したのです。
「時諸神仙,俱來勸請轉妙法輪。仙人眾中有一大仙,名曰光果,說偈請曰:
時あたかも、多くの神仙たちが皆やって来て、妙なる法の輪を説いてくださいとお願いしました。その仙人たちの中に、光果という名の大いなる仙人がいて、次の詩句をもってお願いしました。
「『大德須闍提, 金輪王四域,
今捨此七寶, 如鳥去一毛。
坐於光明樹, 降伏萬億魔,
甘露法已聞, 學道已成就。
相好特無比, 威光照十方,
當號大善寂, 願必度我等,
我今頭面禮, 勸請轉法輪。』
「大徳(だいとく)、須闍提(すじゃだい)よ。 金輪王(こんりんのう)が治める四方の地を、 今この七宝(しちほう)をすべて捨て去るのは、 鳥が一本の羽を落とすようなものだ。
光明(こうみょう)の樹の下に座り、 数えきれない魔どもを打ち負かし、 甘露(かんろ)の教えをすでに聞き、 悟りの道を成就された。
その姿、特筆すべきほどに美しく、 その威光(いこう)は十方(じっぽう)を照らす。 あなたは「大善寂」(だいぜんじゃく)と称えられるべき方。 どうか私たちを救い導いてください。
今、私は頭(こうべ)を地につけて礼拝し、 どうか法輪(ほうりん)を転じてくださいとお願い申し上げます。」
「第二仙人名曰光藏,復說偈言:
第二の仙人の名は光蔵といい、さらに偈を説いて言った。
「『大聖愍眾生, 誓願坐樹下,
摧伏諸魔軍, 結使海已竭,
願為眾生故, 廣說甘露法。』
「大聖は衆生をあわれみ、 誓って樹の下に座し、 すべての魔軍を打ち破り、 煩悩の海を干し尽くした。 どうか、衆生のため、 甘露の法を広く説いてください。」
「爾時世尊,默然受於諸仙人請,於光明菩提樹下轉妙法輪,舉身放光照十方界,皆如金色,廣說四諦及十二因緣,凡百億偈。初會聞法四山諸仙,皆得無生法忍,百千人發無上道心出家學道,無數四部得須陀洹道,有發菩提心數不可知。佛壽二十五萬劫,正法住世二百萬劫,像法住世四百萬劫。
その時、世尊は静かに仙人たちの請願をお受け入れになりました。そして、光明あふれる菩提樹の下で妙なる法の輪を転じられました。その全身から放たれた光は十方の世界を照らし、すべてが金色に輝きました。広く四つの聖なる真理(四諦)と十二の因縁(十二因縁)について説かれ、その数は百億の偈に及びました。
最初の説法の場で、四つの山に住む仙人たちは皆、無生法忍(生まれもなく、滅びもない真理に安住する智慧)を得ました。さらに、何百人もの人々が無上の悟りへの心(菩提心)を起こし、出家して修行の道に入りました。また、数え切れないほどの比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷(四部の弟子)が須陀洹道(預流果)を得ました。菩提心を発した人の数は、知ることのできないほどでした。
仏の寿命は二十五万劫、正しい教えが世に留まる期間は二百万劫、
「彼佛世尊法欲滅時,有諸比丘遊行教化。時有一國,名曰電光,有一長者名牢度跋提,修行外道,事梵天法。電光大王遣千童子,供給彼人灑掃天廟。時千童子,各持天華欲往天寺,於其中路,見諸比丘持佛像行,童子問言:『此是何神,端正威光,巍巍乃爾?』
その仏世尊の教えが滅びようとする時、多くの比丘たちが遊行して教えを広めていました。その時、電光という国があり、そこに牢度跋提という長者が住んでいました。彼は外道を修行し、梵天の法に仕えていました。電光の大王は千人もの童子を遣わして、彼に仕えさせ、天の社を清めさせました。
その時、千人もの童子たちはそれぞれ天の花を持って天の寺へ向かおうとしました。その途中で、比丘たちが仏像を持って進んでいるのを見ました。童子たちは尋ねました。「この方は何という神様ですか。威光が整い、輝かしく、このように崇高でいらっしゃるのは?」
「諸比丘言:『此大善寂像。』
「比丘たちは言った。『これは大いなる善き寂静の姿である。』」
「童子問言:『大善寂者!生何種姓?有何等義?』
童子が問う、「大いなる善き寂けさを持つ者よ!あなたはどのような生まれですか?どのようなお心がけをお持ちなのですか?」
「比丘答言:『汝不知乎?過去久遠,須闍提王棄國出家,成無上道,號大善寂,於淨光林入般涅槃。我等今者是其弟子,今我所持是善寂像。』時千童子聞佛因緣,各持蓮華以供養像,頂禮像足。
比丘が答えました。「あなたは知らないのか。遥か昔、須闍提王が国を捨てて出家し、悟りを開いて大善寂と名乗り、浄光林で涅槃に入った。私たちはその方の弟子であり、今持っているのはその善寂様の像である。」 その時、千人の童子たちはこの仏の因縁話を聞いて、それぞれ蓮の花を持って像に供養し、像の足に額を付けて礼をしました。
「跋陀波羅!汝今當知,以是供養佛像因緣,時諸童子隨壽長短,各自命終,命終之後,即得值遇六十億那由他諸佛,親覲供養,於無上道得不退轉。跋陀波羅!汝今當知,彼佛世中,四山仙人數不可知者,今十方面各得成佛。時千童子華供養者,豈異人乎?我等賢劫千佛是也。跋陀波羅!汝今當知,佛滅度後,若諸四眾,若持一華供養佛像,得二種福。何等為二?一者、常得化生;二者、形色端正。復得二果:一者、恒得值遇諸佛;二者、多生天上。」時諸比丘聞佛所說,皆大歡喜。
「跋陀波羅よ、汝、今よく知るべし。このように仏像を供養した因縁により、あの時の童子たちはそれぞれの寿命の長短に従って命を終えた。命を終えた後、ただちに六百億那由他もの諸仏に巡り会い、直接お目にかかって供養し、仏道において退転しない境地を得たのである。
跋陀波羅よ、汝、今よく知るべし。あの世の中にいた四山の仙人たちの数は計り知れないが、今や十方それぞれにおいて仏陀となった。あの時に千人の童子が花を供養したのは、他ならぬ誰か。われら賢劫の千仏である。
跋陀波羅よ、汝、今よく知るべし。仏が滅度した後、もし出家・在家の四衆が、たった一輪の花を持ってでも仏像を供養すれば、二種の福を得る。その二つとは何か。第一に、常に化生を受けること。第二に、姿形が端正であることである。さらに二つの果報を得る。第一に、常に諸仏に巡り会うこと。第二に、多く天界に生まれることである。」
その時、諸々の比丘は仏の説かれたことを聞いて、皆大いに喜んだ。
佛告跋陀波羅:「汝今當知,我念過去無量,無數千萬億劫,彼時有佛,號寶蓋照空如來、應供,十號具足。
仏が跋陀波羅に告げられた。「あなたがたは今知るべきである。私は過去、数えきれない、無数の千万億劫の昔を思い起こす。その時、宝蓋照空如来、応供という、十の称号をすべて備えた仏がおられた。」
「彼佛出時,此三千大千世界如金剛佛剎等無有異。寶蓋照空如來亦以三乘教化眾生。佛滅度後,於像法中有一長者,名曰月集,遊行聚落教化眾生,以偈讚歎寶蓋照空如來名號:
その仏が世に現れたとき、この三千大千世界は金剛仏の国土と全く異なることがありませんでした。宝蓋照空如来もまた、三乗によって衆生を教化されました。仏が滅度された後、像法の時代に月集という名の長者がいました。彼は村々を巡りながら衆生を教化し、偈をもって宝蓋照空如来の名号を讃嘆しました。
「『寶蓋照空正遍知, 無上調御天人師,
久離生死釋師子, 無染清淨應真慧。
能為世間良福田, 普濟一切如醫王,
聞名必得大解脫, 我今頂禮無上勝。』
「宝の蓋が空を照らす正遍知(しょうへんち)、 この上なき調御天人師(ちょうごてんにんし)、 久しく生死を離れたる釈師子(しゃくしし)、 汚れなく清らかな応真慧(おうしんえ)。
世の中の良き福田(ふくでん)となり、 すべてを広く救うこと、医王のごとし。 その名を聞けば必ず大いなる解脱を得ん。 今、私はこの上なき尊き方に敬礼したてまつる。」
「時,彼長者說此偈已,以種種華香供養寶蓋照空佛像。華供養已,有千比丘來入講堂,見大長者華香供養,誦讚佛偈。
その時、長者はこの偈(うた)を唱え終えると、様々な花や香りを捧げて宝飾の天蓋と虚空に輝く仏像を供養しました。 花の供養を終えると、千人もの比丘(修行者たち)が講堂に入ってきました。彼らは長者が花や香りで供養し、仏を讃える偈を唱えているのを目にしました。
「第一比丘名曰日藏,問長者言:『汝今日日香華供養,讚歎佛名,欲求何等?』
第一の比丘の名を「日蔵」といい、長者に問うて言うには、 「あなたは毎日、香や華を供養し、仏の名を称え讃えて、何を求めようとするのですか?」
「長者白言:『大德比丘!應一心聽。今我供養,欲求無上平等大道。』
長者が言いました。「大徳の比丘よ、どうか一心に聞いてください。今、私が供養を捧げるのは、この上なく平等な大いなる道を求めるがためです。」
「比丘問言:『云何名為無上大道?』
比丘が尋ねました。「無上の大道とは、どのようなものなのでしょうか?」
「長者答言:
長者が答えました。
「『無著無所依, 無累心寂滅,
本性如虛空, 是名無上道。
大人心所行, 慈悲為最勝,
三十七滅意, 覺道力莊嚴。
乘於六度船, 永度生死流,
彼處心無著, 故名無上道。
佛慧如須彌, 亦若蓮華敷,
久達解性空, 故名無上道。
調御知心如, 實際性亦然,
三界一切有, 皆入如寂中,
不調無生相, 同入法界性,
如此無所有, 故稱無上道。』
執着せず、拠り所もなく、 煩悩のない心は静かに滅している。 その本性は虚空のようなもの、 これを無上の道と名づける。
すぐれた人の心のあり方は、 慈悲が最も優れている。 三十七の煩悩を滅する道、 覚りの力が飾りとなっている。
六度(ろくど)の船に乗って、 生死の流れを永遠に渡り、 その境地では心に執着がない。 だから無上の道と名づける。
仏の智慧は須弥山のように高く、 また蓮の花が咲くように清らかで、 遠く昔から物の本性が空であると悟っている。 だから無上の道と名づける。
調御(ちょうぎょ)は心が如(にょ)であることを知り、 実際の本性もまた同じである。 三界のすべての存在は、 みな如(にょ)の静けさの中に入る。 調えようもなく、生まれるという相もなく、 すべて法界の本性に入る。 このように何もないことを、 無上の道と称するのである。
「是時,長者說此偈已,白比丘言:『唯願大德行無上道!』
その時、長者はこの偈を唱え終えて、比丘に向かってこう申し上げました。 「どうか、尊い修行者よ、この上ない悟りの道を歩んでください。」
「日藏比丘復說偈言:
日蔵比丘がさらに偈を唱えて言いました。
「『如仁所說義, 無行無所依,
本性相空寂, 我當行何法?
我所問大道, 欲知佛覺智,
今說法界相, 無知如虛空。
於此無知中, 無欲無所求,
如是性相滅, 我當何所行?』
「あなたがおっしゃる意味の通り、 そこには実践行もなく、よりどころもありません。 本来自らの性質(本性)は空(くう)であり静かです。 私はいったい何を修行すれば良いのでしょうか?
私が尋ねた大いなる道は、 仏の覚りの智慧を知りたいという願いでした。 今あなたがお示しになった法界(ほっかい)の姿は、 無知(むち)そのものであり、虚空(こくう)のようなものです。
この無知の中には、 渇望も求めもありません。 このように性質や現象が消え去っているなら、 私は何を修行すれば良いのでしょうか?」
「是時長者,復說偈言:
その時、長者が再び偈を唱えました。
「『日光住空中, 普照於一切,
彼亦無心相, 欲破諸闇暝。
光明力照耀, 超過諸黑闇,
黑闇與光明, 二俱無心意。
本性無住闇, 闇性不暫停,
佛慧亦如是, 無滅無所生。
智力道莊嚴, 從於五眼起,
六通如蓮華, 不染著世間。
戒定慧莊嚴, 超度世間相,
是故應歸依, 無上平等道。』
「太陽は虚空にあり、 すべてをくまなく照らす。 しかし、その光に心はなく、 闇を破ろうとする意図もない。
光明の力が輝き、 すべての闇を超える。 闇も光も、 どちらにも心はない。
闇には本来とどまる性質はなく、 その性質は一瞬も留まらない。 仏の智慧もまた同じで、 消えることもなく、生じることもない。
智慧の力と道の荘厳は、 五つの眼から生じる。 六つの神通は蓮の花のようで、 世間に染まることがない。
戒・定・慧の荘厳は、 世間の相を超えている。 ゆえに、無上の平等の道に 帰依すべきなのである。」
「是時,長者說此偈已,白比丘言:『大德!汝今欲求無上道不?』
その時、長者がこの偈を唱え終えて、比丘に申し上げました。「大徳よ、あなたは今、無上の悟りを求めようとされますか?」
「日藏比丘聞長者言,深解義趣,頂禮佛足,而說偈言:
「日蔵比丘は長者の言葉を聞いて、深くその意味するところを悟り、仏の足もとに頭を下げて礼をし、偈を唱えて言った。」
「『頂禮佛足大解脫, 久住涅槃滅諸有,
無漏智力所莊嚴, 如長者說寂滅慧。
我今欲求無染累, 超過世間諸空相,
我今求於寂滅道, 不縛不解不住色;
亦復不入縛解中, 無有生死解脫相,
此處名為甘露道, 如我所願得成果。
修行六度無礙累, 必定得住首楞嚴,
具佛職位威儀行, 滿足佛智如先佛。
金剛不壞性空慧, 是一切智大人事,
摩尼寶珠如意王, 我亦當得一合相,
平等度意無上性。』
「仏の御足を礼拝し、大いなる解脱をたたえる。 永遠の涅槃におわし、あらゆる存在を滅ぼし尽くされた方。 煩わしさのない智慧の力で飾られた、その方は、 長者のように、静かな智慧について説かれた。
私は今、汚れや執着のない状態を求め、 世の中のあらゆる空(むな)しい姿を超えたい。 私は今、静寂の道、涅槃の道を求める。 そこには縛るものも解くものもなく、色(物質)に留まることもない。
また、縛りや解き放ちの内にも入らない。 生存も死も、解脱のすがたもない。 この場所こそが、甘露(あまねき不死)の道と呼ばれる。 私の願いが成就して、その実りを得られますように。
六波羅蜜(ろくはらみつ)を修行し、妨げとなるものがなければ、 必ずや首楞厳(しゅりょうごん)の境地に住することができる。 仏の位にふさわしい威儀(いぎ)ある行いをそなえ、 過去の仏たちのように、完全な仏の智慧を満たすことができるだろう。
金剛のように壊れない、本質が空(くう)である智慧、 それは一切智者(いっさいちしゃ)の偉大な業(わざ)である。 摩尼宝珠(まにほうしゅ)のような如意宝王(にょいほうおう)、 私もまた、その一合相(いちごうそう)を得るだろう。 すべてを平等に救うという、この上ない心を。」
「是時,比丘說此偈已,告長者言:『汝今當知,我已解汝所說偈義,我已堪任為菩提器。我等千比丘,從今日乃至成佛,常修大慈,普愛一切,於諸眾生不生毀呰,何況殺害?
その時、比丘がこの偈を唱え終えて、長者に告げて言いました。「あなたは今、知るべきです。私はすでにあなたの説いた偈の意味を理解しました。私はすでに菩提の器となるにふさわしい者です。私たち千人の比丘は、今日から成仏するに至るまで、常に大いなる慈しみを修め、すべてのものを広く愛し、一切の衆生に対して毀り罵ることをせず、ましてや殺害することなどありえません。」
「『我從今日乃至菩提,常起大悲普攝一切,而於大悲不起悲相,不生戀著。
私は今日から悟りに至るまで、常に大いなる慈悲を起こして、すべてのものを普遍的に受け入れます。しかし、その大いなる慈悲に対して、慈悲という形に執着せず、愛着も生じません。
「『我從今日乃至成佛,見他得樂心生欣悅,猶如比丘得三禪樂,不起樂觸,及樂覺相。
「私は今日より、仏となるその日まで、他の人が楽しみを得るのを見て、心に喜びを生じよう。それはちょうど比丘が第三禅の楽しみを得て、楽の感触や楽の感覚に執着しないのと同じように。」
「『我從今日乃至成佛,不見眾生及眾生相,亦不住喜,不入捨中。
私は今日より仏になるその日まで、生きとし生けるものを見ず、その姿にもとらわれず、喜びに留まることもなく、捨ての境地にも入りません。
「『我從今日乃至成佛,終不造作九十五種諸惡律儀。
私は今日より、仏となるその日まで、決して九十五種の悪しき戒律(掟)を犯すことはありません。
「『我從今日乃至成佛,終不為己畜養八種不淨之物;若有畜積,必為饒益諸眾生故。
「私は今日から、たとえ仏になるその時まで、決して自分のために八種の不浄な物を蓄えません。もし万一、蓄えることがあるとすれば、必ずそれは多くの生きとし生けるものを利益するためです。」
「『我從今日乃至成佛,終不毀謗菩薩法藏;若有辯才智慧無極,說邪見論滿百千歲,我寧碎身猶如微塵,終不信受。
「私は今日より仏になるその日まで、決して菩薩の教えの宝庫を誹謗しません。たとえ、限りない弁舌や智慧を持つ者が、何百年も邪見の論を語り続けようとも、私は身が微塵に砕け散ろうとも、決してその説を信じ受け入れません。
「『我從今日乃至成佛,設有眾生,不造善業作五逆罪,必當教化令得饒益。
「私は今日より仏になるその日まで、たとえ善行を積まず五逆の罪を犯す衆生がいようとも、必ず教え導いて、彼らを利益あるものとします。」
「『我從今日乃至成佛,誓願當度五濁惡世沒苦眾生。
「私は今日より、仏となるその日まで、五濁の悪世において苦しむ全ての衆生を必ず救済することを誓います。」
「『我從今日乃至成佛,常當修行諸波羅蜜,盡其邊際到大智岸。
私は今日から、悟りを開くその時まで、必ずあらゆる波羅蜜(完全な修行)を実践し続け、その極みに達して、最高の智慧の岸辺に至ります。
「『我從今日乃至成佛,終不放捨一切眾生,必當安慰以義饒益。
私は今日より、仏となるその日まで、決して一切の衆生を見捨てることなく、必ず彼らを慰め、真の利益をもたらそう。
「『我從今日乃至成佛,願普莊嚴一切佛事,修諸淨行,十種珍寶以為脚足,無願解脫以為眼目,遊於大空畢竟涅槃。』
「私は今日より仏になるその日まで、あらゆる仏の教えを荘厳し、清らかな行いを修めます。十種の宝を足とし、無願解脱を目として、大空を遊行し、究極の涅槃に至ります。」
「時,千比丘發此誓已,五體投地遍禮諸佛,而說偈言:
その時、千人もの比丘たちがこの誓いを立て終えると、五体投地して諸仏に礼拝し、次のように偈を唱えた。
「『佛智不可動, 從於解脫生,
本性相自空, 遊戲金剛心;
已摧煩惱魔, 陰蓋永已除,
清淨大慧者, 我今頭面禮。』
「仏の智慧は揺るぎなく、解脱から生まれました。 本来の性質や姿は空であり、金剛の心で遊戯されています。 すでに煩悩の悪魔を打ち破り、覆い(陰蓋)は永遠に取り除かれました。 清らかな大いなる智慧を持つ方、私は今、頭を地につけて礼を捧げます。」
「說此偈已,遍禮十方一切諸佛。
この偈(げ)を説き終えると、あまねく十方(じっぽう)のすべての諸仏(しょぶつ)に礼拝した。
「是時,空中無雲而雷,諸天龍神普雨天華以為供養,而說偈言:
その時、空には雲もないのに雷が鳴り響き、天の竜神たちが花を降り注いで供養し、この偈を唱えた。
「『善哉勝大士! 出家修梵行,
淨命乞自活, 常離四種食,
染衣執應器, 大數滿一千。
今復發最上, 微妙菩提心,
福田中最勝, 無過比丘僧,
我今頭面禮, 修行大乘者。』
「なんと素晴らしい、すぐれた修行者よ。 あなたは出家し、清らかな行いを修め、 清らかな命を支えるため、托鉢によって自らを養い、 常に四種の執着する食べ物から離れておられる。
染めの衣をまとい、鉢を手に持つ、 その数は千にものぼる。 そして今、さらに最高の、 微妙な悟りの心を起こされた。
福を生む場として最も勝れた者は、 比丘の僧団に勝るものはない。 私は今、頭を地につけて礼拝する、 大乗の教えを修行する方々に。」
「時千比丘聞偈歎德,倍加精進,即得甚深觀佛三昧,告長者言:『善哉!長者!我因汝故發菩提心,汝亦應於佛法海中出家學道。』
時に千人の比丘たちは、この偈を聞いて仏の徳を称え、いっそう精進に励み、深き仏の観想の三昧を得て、長者に告げた。「善きかな、長者よ。私はあなたのおかげで菩提心を発しました。あなたもまた、仏法の海の中で出家して道を学ぶべきです。」
「爾時,長者受比丘教,於正法中出家學道,常修頭陀,備諸苦行,經七七日,得無生忍。
その時、長者は比丘の教えを受け、正しい教えのもとで出家して修行の道に入りました。常に頭陀行を実践し、さまざまな苦行を備え、49日間を経て、無生法忍を得ました。
「跋陀波羅!汝今當知,時大長者,教化多人發菩提心者,久已成佛,殊勝月王佛是也。若有善男子,善女人聞是佛名,恒得值佛,於菩提心得不退轉,即得超越十二億劫極重惡業。時千比丘發誓願者,我等賢劫千佛是也。
「跋陀波羅よ、あなたは今知るべきです。あの大長者が多くの人々を教え導き、菩提心をおこさせた者は、遠い昔にすでに仏となりました。それが殊勝月王仏です。もし善男子、善女人がこの仏の名を聞けば、常に仏に出会い、菩提心において退転しない境地を得て、十二億劫の極めて重い悪業を超え越えることができます。その時、誓願をおこした千人の比丘たちは、私たちの劫(賢劫)における千仏なのです。」
「說是語時,百千梵王發菩提心,思佛千優婆塞等得無生法忍,欝多羅母善賢比丘尼等五百比丘尼,不受諸漏心,得解脫成阿羅漢。
この説法が説かれたとき、百千の梵王が菩提心を起こし、思仏の千人の優婆塞たちは無生法忍を得ました。欝多羅の母・善賢比丘尼たち五百人の比丘尼は、諸の漏に心が染まることなく、解脱を得て阿羅漢となりました。
「說是語時,時會大眾,聞佛所說,皆大歡喜。」
この言葉をお釈迦様がお話しになった時、その場にいた大勢の人々は、仏様の説法を聞いて、皆が深く喜びました。
佛告跋陀波羅:「汝今當知,我念過去無量,無數阿僧祇劫,彼時有佛,號淨音如來,十號具足。彼佛出時,此三千世界七寶莊嚴,如寶莊嚴國等無有異。佛壽二十大劫,正法住世四十劫,像法倍壽八十劫,亦以三乘教化眾生。
仏は跋陀波羅に告げました。「あなたは今、知るべきです。私は過去の無量・無数の阿僧祇劫を思い起こします。その時、浄音如来という仏がおられ、十号をすべて備えておられました。その仏が出現された時、この三千世界は七宝で荘厳され、宝荘厳国と少しも違いがありませんでした。仏の寿命は二十劫で、正法は四十劫の間、世に住し、像法はその倍の八十劫の間、世に住しました。また三乗をもって衆生を教化されました。」
「於像法中,有一比丘,名一切忍,持菩薩藏行菩薩法,遊巡村落,常說此偈:
像法の時代に、一切忍という名の比丘がいました。彼は菩薩の教えを説き、菩薩道を実践しながら、村々を巡って修行していました。そして、常にこの偈を唱えていました。
「『佛住平等空, 法性相亦然,
僧依無為會, 三寶義無異。
了本性相空, 歸依處寂滅,
常行真如道, 乃應菩薩行。』
「仏陀は平等の空に住し、 法の本質もまたその相(すがた)も同じくして、 僧は無為の会(かい)に依(よ)りたもう、 三宝の義(いわれ)に異(こと)なることなし。
あるべき本性と相(すがた)が共に空であると悟り、 帰依のところは寂滅(じゃくめつ)にあり、 常に真如(しんにょ)の道(みち)を行くことこそ、 まさに菩薩(ぼさつ)の行(ぎょう)である。」
「忍辱進大比丘,常說此偈。時,華光林中有千梵志,修四梵,行慈、悲、喜、捨,聞此比丘讚三寶義名,身心歡喜,即白比丘:『於何經中有如此義?』
忍辱という名の大比丘が、常にこの偈を説いていました。その時、華光林の中に千人もの梵志(修行者)がいて、四つの梵行、すなわち慈・悲・喜・捨を修めていました。彼らはこの比丘が三宝の功徳を称える言葉を聞き、心身ともに喜び、すぐに比丘に尋ねました。「どの経典にこのような意味が説かれているのですか?」
「比丘白言:『大調御師!於大方等真實經中,說佛、法、僧平等空慧,住一相中。』
比丘が申し上げました。「大いなる調御師よ。『大方等の真実の経』の中で、仏と法と僧は平等で空なる智慧であり、一つの相に住するものであると説かれています。」
「時千梵志,聞佛、法、僧平等空慧,即思甚深大空智義。八千歲中端坐正受,於空法中而不決了,復更思惟一切法空,於如實際亦不決了,然不生疑,亦不誹謗,作此思惟。
その時、一千人のバラモンたちは、仏・法・僧という三宝が等しく空の智慧であると聞き、ただちに非常に深遠な大空の智慧の意味を考えた。八千年の間、端坐して正しく禅定に入っていたが、空の法について悟りを得ることができなかった。さらに考え直し、すべての法が空であると悟ろうとしたが、真如の実際についても悟りを得ることができなかった。しかし、疑いを起こすことも、誹謗することもなく、ただこう考え続けたのである。
「時,有一比丘名曰智藏,告諸梵志:『汝等知不?過去有佛,名三昧尊豐如來,十號具足,如是同字百千億佛,皆說甚深般若波羅蜜。其經中說:「不住諸法,法性皆空。」如是,梵志於空法中心不明了,但當一心歸於空義。』
時、智藏という名の一人の比丘が、梵志たちに告げました。「あなた方は知っていますか。過去に三昧尊豊如来という名の仏がおられました。十の尊号をすべて備え、同じ名を持つ百千億もの仏たちが、皆、深遠なる般若波羅蜜を説かれました。その経典にはこうあります。『一切の現象に執着してはならない。すべてのものの本質は空である』と。このように、梵志たちよ、空の教えについて心がはっきりと理解できなくても、ただ一心に空の真理に帰依しなさい。」
「時千梵志,聞此語已,心大歡喜,白比丘言:『般若波羅蜜是大空智,我等今者無明所覆,於空義中無由解了,但於大德所說法中身心隨喜。』」
時に、千人のバラモンたちはこの言葉を聞いて、心から大いに喜び、比丘に申し上げました。 「般若波羅蜜は、大いなる空の智慧であります。私たちは今、無明に覆われているため、空の真理を理解することができません。しかし、大徳のお説きになった教えに、心と身をもって随喜いたします。」
佛告跋陀波羅:「彼二比丘善說法者,第一比丘今已成佛於妙樂國,歡喜莊嚴珠王佛是;若有四眾聞彼佛名,五體投地,歸依頂禮,即得超越五百萬億阿僧祇劫生死之罪。第二比丘久已成佛,號帝寶幢摩尼勝光如來,十號具足;若有四眾聞彼佛名,五體投地,歸依頂禮,即得超越七百萬億阿僧祇劫生死之罪。
仏は跋陀波羅に告げられた。「あの二人の比丘、よく法を説いた者たちについて言えば、第一の比丘は今や妙楽国において成仏し、歓喜荘厳珠王仏と名乗っておられる。もし四衆(比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷)がその仏の名を聞き、五体投地して帰依し頂礼するならば、即座に五百万億阿僧祇劫の生死の罪を超えることができる。
第二の比丘ははるか昔に成仏し、帝宝幢摩尼勝光如来と号し、十号を具えておられる。もし四衆がその仏の名を聞き、五体投地して帰依し頂礼するならば、即座に七百万億阿僧祇劫の生死の罪を超えることができる。」
「時千梵志,以聞甚深般若波羅蜜,身心歡喜,不生驚疑、怖畏、誹謗,即得超越五十億劫生死之罪。捨身他世即得值遇十六億佛,於諸佛所得念佛三昧。以莊嚴心,念佛三昧莊嚴心故,漸漸於空法中心得開解。
時に、千人ものバラモンたちが、この非常に深い般若波羅蜜多を聞いて、心身ともに喜びにあふれ、驚きや疑い、恐れ、誹謗の心を一切起こしませんでした。そして、直ちに五十億劫もの間の生死の罪を超え越えました。この世を去って次の世に生まれるときには、十六億もの仏に出会い、そのすべての仏のもとで「念仏三昧」を得ることができました。このように心が清らかに整えられ、「念仏三昧」によって心がさらに清らかに整えられたからです。やがて、すべての現象が実体のないものであるという「空」の教えに対しても、心の中で理解が開かれていったのです。
「跋陀波羅!時千梵志,豈異人乎?我等賢劫千佛是,以得聞空法心無疑故,於娑婆世界次第得成阿耨多羅三藐三菩提。是故一切眾生,應於空義心無疑惑。」
「跋陀波羅よ。あの時の千人のバラモンたちとは、ほかの誰かではありません。今の私たち、賢劫の千仏そのものです。空の法を聞いて心に疑いがなかったからこそ、この娑婆世界において次々と無上正等覚(阿耨多羅三藐三菩提)を成就することができました。ですから、すべての生きとし生けるものは、空の道理について心に疑いを抱いてはなりません。」
佛說此語時,時會大眾聞佛所說,有得初果,有發無上正真道意,數甚眾多不可具說。一切大眾聞佛所說,皆大歡喜,頂禮佛足。
仏がこの言葉を説かれたとき、その場に集まった大衆は仏の教えを聞いて、中には預流果(初果)を得る者、無上正真道の志を起こす者がおり、その数は非常に多く、すべてを語り尽くすことはできません。すべての大衆は仏の説法を聞いて、皆大いに喜び、仏の足に頭を触れて礼拝しました。
佛告跋陀波羅:「我念過去無量無數阿僧祇劫,彼世有佛,名海慧如來,十號具足。國名淨樂,七寶莊嚴地生寶華,如須彌山七寶合成,嚴顯可愛。
仏が跋陀波羅に告げた。「私は遥か昔、無量無限の阿僧祇劫の昔を思い起こす。その世に、海慧如来という仏がおられた。十の尊称を具え、国は浄楽と名づけられた。七宝で飾り立てられ、大地には宝の花が咲き、それは須弥山のように七宝で合成され、荘厳で愛らしい様子であった。」
「彼佛世尊常入禪定,默然不言終不說法,但放白毫大人相光,施作佛事。或有眾生見白毫光如十善印,說十善義;或有眾生見白毫光如五戒印,說五戒義及五戒緣;或有眾生見白毫光如八戒印,說八戒義及八戒緣;或有眾生見白毫光如波羅提木叉印,說波羅提木叉義,及波羅提木叉緣;或有眾生見白毫光如六波羅蜜印,說八萬四千諸度義;或有眾生見白毫光如四諦印,說四諦義,及三十七助菩提分法;或有眾生見白毫光如獨覺印,說十二因緣義;或有眾生見白毫光如智相印,演說菩薩初地境界乃至十地,說首楞嚴光印三昧,說金剛定不壞境界。
あの仏世尊は常に禅定に入っておられ、沈黙を保たれ、ついに説法されることはなかった。ただ白毫の大人相の光を放って、仏の教化の働きをなさった。ある衆生はその白毫の光を十善の印として見て、十善の意味を説き明かされた。ある衆生は白毫の光を五戒の印として見て、五戒の意味とその因縁を説かれた。ある衆生は白毫の光を八戒の印として見て、八戒の意味とその因縁を説かれた。ある衆生は白毫の光を波羅提木叉の印として見て、波羅提木叉の意味とその因縁を説かれた。ある衆生は白毫の光を六波羅蜜の印として見て、八万四千のあらゆる度(救い)の意味を説かれた。ある衆生は白毫の光を四諦の印として見て、四諦の意味と三十七の菩提に至る助けの法を説かれた。ある衆生は白毫の光を独覚の印として見て、十二因縁の意味を説かれた。ある衆生は白毫の光を智慧の相の印として見て、菩薩の初地から十地に至る境地を演説され、首楞厳光印三昧や、金剛の定である不壊の境地を説かれたのである。
「跋陀波羅!如是白毫大人相中,現無量無數恒河沙印,或有印中演法無畏;或有印中說九十五種外道邪術;或有印中說諸天眾上妙報應;或有印中說於劫成及與劫壞;或有印中說日月五星、二十八宿,災異變怪一切世事;或有印中說諸神仙及鬼神道:此白毫印,普照十方化度眾生,隨有緣者顯現佛事。彼佛壽命十二大劫,正法住世亦十二劫,像法住世二十四劫。於像法中有千婆羅門,第一婆羅門名檀那世寄,其最後名分若世羅。千婆羅門聰明博智,各皆通達四毘陀論。
跋陀波羅よ。 このように、白毫の大人の相の中には、無量・無数のガンジスの河の砂のように多くの印が現れる。 ある印の中では、法を示し、畏れのない境地を説く。 ある印の中では、九十五種の外道の邪術を説く。 ある印の中では、諸天の衆の優れた報いや応報を説く。 ある印の中では、世界の成立や世界の壊滅を説く。 ある印の中では、日月や五星、二十八宿などの災いや異変、奇怪な出来事、あらゆる世の中の出来事を説く。 ある印の中では、諸々の仙人や鬼神の道を説く。 この白毫の印は、あまねく十方を照らし、衆生を化し導き、縁のある者に応じて仏の働きを現す。
かの仏の寿命は十二大劫であり、正法が世に留まるのもまた十二劫、像法が世に留まるのは二十四劫である。 その像法の中に、千人プラフマンが現れる。最初のプラフマンの名は檀那世寄、最後の名は分若世羅という。 千人プラフマンは、聡明で広く智慧があり、皆それぞれに四ヴェーダの論に通じていた。
「海慧如來像法之中,有一比丘名曰淨龍豐莊嚴,與諸婆羅門共相難詰。婆羅門說毘陀論經神我之法,沙門復以十二部經甚深空義,演說無相破其貪著。
海慧如来の像法の時代に、浄龍豊荘厳という名の比丘がいました。彼は多くのバラモンたちと激しく問答を交わしました。バラモンたちがヴェーダの経典に説かれる「神我」の教えを主張すると、沙門(比丘)は十二部経の深遠な空の教えをもって、無相の理を説き示し、彼らの執着を打ち砕きました。
「千婆羅門聞無相義,白比丘言:『汝於何處得此無我空寂之法?』
千の婆羅門たちは、「無相」の教えを聞いて、その比丘に問いました。「あなたはどこで、この『無我』であり『空寂』である法を得たのですか?」
「比丘答言:『三世諸佛,十號具足,所共宣說。海慧如來白毫印中,常說此偈:
比丘が答えて言った。「三世の諸仏は、十の尊号を具えた上で、共に説き明かされたものです。海慧如来の白毫の印の中では、常にこの偈を説いておられます。
「『本性義不生, 無受無取者,
四大性如幻, 五陰如炎電。
一切諸世間, 猶如旋火輪,
皆隨無明轉, 業力莊嚴生。
觀性相無常, 無我無有生,
智者應諦觀, 本末因緣義。
本性實際空, 縛著橫見有,
若能達解空, 無願無作處。
無相無所依, 必得道如佛,
降伏眾魔怨, 度脫諸天人。
亦入大解脫, 知空是本報,
是名佛所說, 無我及空義。』
『あらゆるものの本来の性質は「生まれる」ということがない。 執着もなく、受け取るものもない。 地・水・火・風という四大元素の性質は幻のようなものであり、 五蘊(色・受・想・行・識)は稲妻や陽炎のようなものだ。
この世にあるすべてのものは、 まるで回転する火の輪のようなもの。 すべては無明(無知)によって動かされ、 業の力によって姿を現している。
性質や形は常に変化しており、 永遠の自己(我)はなく、生じることもない。 賢い人は、よくよく観察すべきである。 この世界の根本から末に至るまでの因縁(原因と条件)の道理を。
本来の性質、真実の姿は空(くう)である。 それなのに、執着があるから誤って「存在する」と見てしまうのだ。 もし空(すべては実体がないこと)を理解できたなら、 願うことも、何かを作り出すこともない境地に至る。
形にこだわらず、よりどころも持たないならば、 必ず仏のように悟りを得ることができる。 そして、さまざまな悪魔の煩悩を打ち負かし、 天や人間を含むすべての者たちを救い渡すことができる。
また、大きな解脱(完全な自由)に入り、 「空」こそが本来の報い(悟りの境地)であると知る。 これをこそ仏は説かれたのである。 「自己はない」ということと、「空」の意味である。』」
「說此偈已,千婆羅門心大歡喜,禮比丘足,各自還歸,端坐林野,思無我、空。經八千萬歲,於大空義心不決了,以思空義功德力故,即於空中得見百千佛,於諸佛所得念佛三昧,即於三昧中見海慧佛白毫印中說甘露偈:
この偈を説き終えると、千のバラモンたちは心から大いに喜び、比丘の足を礼して、それぞれが立ち帰りました。そして林野に端座し、「無我」と「空」について思惟しました。八千万歳の間、大空の義について心に決断がつかずにいましたが、空の義を思惟する功徳の力によって、たちまち虚空の中に百千の仏を見ることができました。諸仏のもとで「念仏三昧」を得て、その三昧の中に海慧仏の白毫の印から甘露の偈が説かれるのを見ました。
「『若欲發道心, 修持菩薩戒,
欲求真實空, 隨學菩薩道。
常當行慈心, 除去恚害想,
悲愍於一切, 觀彼身空寂。
我身無性相, 假於四大生,
隨順諸佛法, 不殺不起瞋。
悉堪受諸法, 其心猶如地,
常行無所著, 一心住一意。
悉觀法平等, 無彼亦無此,
正心思此義, 乃應菩薩行。』
菩薩の道を志すなら、 菩薩の戒律を修め持て。 真実の空を求めるなら、 菩薩の道に従って学べ。
常に慈しみの心を実践し、 怒りや害そうとする思いを捨てよ。 すべての者に悲しみの心を向け、 その身が空しく静まるのを観ぜよ。
わが身には決まった性質はなく、 四大から仮に生じたもの。 諸々の仏の教えに従い、 殺さず、怒りを起こさずあれ。
すべての現象を耐え忍び、 心は大地のごとくあれ。 常に執着せずに行じ、 一心に心をとどめよ。
すべての法は平等であり、 あれもこれもないと観ぜよ。 正しく心をこの義に向ければ、 こそ菩薩の行いにかなうのだ。
「時,千婆羅門聞此偈已,身心歡喜,倍加精進,即得諸佛現前三昧,於三昧中堅固正受,不退轉於阿耨多羅三藐三菩提心。
時に、千人の婆羅門がこの偈を聞いて、身心ともに喜び、精進の気持ちがさらに高まりました。彼らは即座に「諸仏が現前する三昧(禅定)」を得て、その三昧の中で堅固に正しい安受(心の安定)を保ち、阿耨多羅三藐三菩提(最高の完全なる悟り)への心から退転することがありませんでした。
「跋陀波羅!爾時龍豐莊嚴比丘者,久已成佛,華光國土龍自在王佛是;千婆羅門,豈異人乎?我等賢劫千佛是。
「バドラパーラよ。その時の龍豐荘厳比丘は、遠い昔に仏となり、華光国土の龍自在王仏となられました。また、千人ものバラモンたちは、他の誰でもありません。すなわち、私たち賢劫の千仏なのです。」
「跋陀波羅!我與賢劫千佛,於海慧如來遺法之中聞大空偈,端坐思惟心不決了,猶得超越無量億劫生死之罪。是故,汝等應於空義思惟取證。」
跋陀波羅よ、私(釈迦牟尼仏)と賢劫の千仏は、かつて海慧如来の教えの中で「大空の偈」を聞いたのです。その時、私たちは静かに座ってその意味を深く考えましたが、心の中では完全には理解できませんでした。それでも、無量億劫もの生死の罪を超えることができました。ですから、あなたがたもまた、「空」の意味をよく考え、それを自らの悟りとして得るべきなのです。
是時,眾會聞佛所說,有得初果,有發無上正真之道,有種辟支佛道因緣者。時會大眾聞佛,所說皆大歡喜。
その時、集まった人々は仏の教えを聞いて、中には悟りの最初の段階に達した者、この上ない悟りの道を志した者、独覚の道の因縁を培った者もいました。その会の大衆は皆、仏の説法を聞いて大いに歓喜しました。
「跋陀波羅!我念過去無量億世,彼時有佛號自在勝如來,十號具足。彼佛世尊出現世時,此娑婆世界其地金色,金華金光充遍世界。自在勝如來壽五十大劫,正法住世三十大劫,像法住世百二十大劫。於像法中有千居士,多饒財寶各儲一億,雖獲俗利不以喜悅,常修苦、空、無常之相。
跋陀羅波羅よ、私は過去の無数の劫を思い起こす。その時、自在勝如来と名乗る仏がおられた。この如来は十の尊号を完全に備えておられた。その仏世尊がこの世に現れた時、この娑婆世界の大地は金色に輝き、金色の花と光が全世界に満ち渡った。自在勝如来の寿命は五十大劫、正法の時代は三十大劫、像法の時代は百二十大劫続いた。その像法の時代に、千人もの在家の長者たちがいた。彼らは莫大な財宝を蓄え、それぞれ一億もの富を所有していた。しかし、世俗の富を得ても喜ばず、常に苦しみ、空しさ、無常の理法を観じていた。
「彼時世中有一優婆塞,聰明多智,名摩訶那伽,至居士所,高聲說偈:
その時、世の中に一人の在家の信者がおりました。名をマハーナーガといい、聡明で知恵が深い人でした。彼は居士のところへ行き、声高らかに詩句を唱えました。
「『財為無主物, 王賊所侵劫,
水火風吹盡, 不安不久居。
此身屬無常, 恒為老病使,
怱怱營眾務, 不覺死賊苦。
無常風力解, 財如大毒蛇,
毒害猛於龍, 亦為世怨俱。
諸佛及賢聖, 視財如瘡疣,
捐之於大地, 如人棄涕唾。
善士修布施, 恒觀於無我,
財物及受者, 三法俱空寂,
以此莊嚴心, 乃應菩薩行。』
財は持ち主のない物、 王や盗賊が奪い去る。 水、火、風が吹き尽くし、 安らかでなく、長くは留まらぬ。
この身は無常に属し、 常に老いと病に使われる。 忙しく様々なことに追われ、 死という賊の苦しみに気づかない。
無常の風が解き離し、 財は大きな毒蛇のようなもの。 その毒は竜よりも猛く、 世の恨みをも共にもたらす。
諸仏や賢聖たちは、 財をできものや傷のように見なし、 大地に投げ捨てる。 人が唾や鼻水を捨てるように。
善き人は布施を修め、 常に無我を観じる。 財物と受け取る者、 この三つの法はすべて空しく静か。
この心を飾り立てて、 はじめて菩薩の行いにかなうのだ。」
「時千居士,聞優婆塞所說偈義,深心歡喜得未曾有,即共相隨到於僧房。到僧房已,白諸比丘:『此大眾中,誰有智者?唯願為我說甘露法!』
時に、居士の千人は、優婆塞が説いた偈の意味を聞いて、心から喜び、かつてない感動を覚えました。そしてすぐに共に僧房へと向かいました。僧房に到着すると、比丘たちにこう申し上げました。「この大勢の中に、どなたか智慧ある方はいらっしゃいますか。どうか私どものために甘露の法をお説きください。」
「爾時,眾中有一比丘,名曰淨音,為諸居士廣讚菩薩檀波羅蜜,即說此偈:
そのとき、会衆の中に一人の比丘がおりました。名を浄音といい、在家の人々に向けて菩薩の布施波羅蜜を広く称賛し、次のような偈を説きました。
「『過去有佛, 號自在勝, 彼佛世尊,
常說此法。 施為妙聚, 受報無窮,
諸天世人, 因施得立。 是故智者,
應行修施, 施為寶蓋, 覆護窮者,
今世後世, 生處安樂。 若能廣意,
修空慧心, 不住諸有, 而行布施,
如此施者, 必成佛道。 古昔諸佛,
所說檀法, 長者應念, 宜時修行。』
「昔、自在勝という仏がおられました。 その世尊は、常にこの教えを説かれていました。 『施しは素晴らしい宝の集まりであり、その報いには限りがない。 天の人々も世の人々も、施しによって初めて安立する。 だからこそ、知恵ある者は施しの修行に励むべきである。 施しは貧しい者を覆い守る宝の傘であり、 この世でも次の世でも、生まれる先には安楽がある。 もし心を広く持ち、空の智慧を修め、 さまざまな執着に留まらずに施しを行うならば、 そのような施しをする者は、必ず仏道を成就する。 昔の諸仏が説かれたこの布施の教えを、 長者よ、心に留めて、時に応じて修行しなさい。』」
「時千居士,復聞比丘讚於布施,身心歡喜。即詣王所,啟大王言:『我等今日,聞諸比丘讚說檀波羅蜜。唯願大王為我宣,令一切國內貧苦眾生普使聞知!』」
佛說千佛因緣經
仏説千仏因縁経