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  1. 仏説阿難陀目佉尼呵離陀隣尼経 (佛說阿難陀目佉尼呵離陀隣尼經)
  1. 仏説阿難陀目佉尼呵離陀隣尼経 (佛說阿難陀目佉尼呵離陀隣尼經)
  2. 仏説阿難陀目佉尼呵離陀隣尼経 (佛說阿難陀目佉尼呵離陀隣尼經)

仏説阿難陀目佉尼呵離陀隣尼経 (佛說阿難陀目佉尼呵離陀隣尼經)

「佛說阿難陀目佉尼呵離陀隣尼經」について

北魏 · 底本の訳者:佛馱扇多

4,206 字 · 約 14 分

仏陀が説かれた『阿難陀目佉尼呵離陀隣尼経』は、元魏時代の訳経師である仏陀扇多によって漢訳されました。この経典は初期密教の経典に属し、陀羅尼(呪文)を核心的な内容として、この呪文を唱えることで災いを除き、福徳と智慧を得られると説いています。経文には、仏陀が阿難のために説法し、呪文の護持の効力と修行の方法を強調する様子が記されています。仏教において重要な位置を占め、インド密教思想が中国に初めて伝わった過程を反映しており、漢伝密教の発展に深遠な影響を与え、南北朝時代の仏教密呪伝統を研究する上での鍵となる文献の一つです。


佛說阿難陀目佉尼呵離陀隣尼經
元魏北印度三藏佛馱扇多譯

元魏・北インド三蔵仏陀扇多訳

聞如是:
一時佛遊於維耶離大叢樹間,有精舍名交露莊嚴,與大比丘眾三十萬人俱。時佛欲放軀命,自期三月當般涅槃。爾時佛告賢者摩訶目揵連,令到三千大千國土,盡呼其中聲聞、辟支佛種及發摩訶衍者皆使來會。目犍連即時受教,稽首佛足作禮而去,自以功德便一舉足蹈須彌頂,承佛威神即坐思惟:「當作何三昧令三千世界聞我請音?」應時三昧尋如所念,十方一切遍聞其聲。時有百萬比丘來會精舍。賢者舍利弗復發念言:「我亦當三昧,欲知閻浮利內比丘所在遠近令聚。」則如所念應亦皆集及知處所。時有四十萬比丘來會精舍。佛復告不現相菩薩、軟首菩薩、棄諸勤苦菩薩、出一切憂冥菩薩、除一切蓋菩薩、一切尊自在菩薩、其音廣聞遍見普安菩薩、眾香手菩薩、一語報萬億音菩薩、慈氏菩薩等:「善男子!汝去到十方如恒沙等諸佛國土,盡呼其中發菩薩意、已得阿惟越致及未得者、已得無所從生法忍及未得者,皆令來會交露精舍。」十菩薩等各受佛教稽首而去,遍到十方恒沙國土。爾時八十億百千一生補處菩薩來會,億百千阿惟越致菩薩來會,三十億得無所從生法忍菩薩來會,六十億淨意解脫菩薩來會,初發大意及應法作者不可計數,悉皆一類持佛威神,各從十方飛來到此,為佛作禮都會共坐。時舍利弗見菩薩眾品第差異所住不同,而一等類俱飛來會,即驚怖言:「將佛功德神力所致,用何等故來會如是?」於是舍利弗即起離坐,為佛作禮,長跪叉手白佛言:「我所疑怪,今欲問佛,使會菩薩令得直信,聞佛所說各得其所,恒沙等佛所說經法當令一切皆平等聞及得清淨,令無數人種種所問皆能報答。行何法行常不失意,疾得無上平等之道最正覺乎?」

ある時、仏はヴァイシャーリーの大いなる林の中に滞在しておられました。そこには「交露荘厳」と呼ばれる精舎があり、三十万人もの大比丘たちと共にいました。その時、仏は自らの命の期限を定め、三か月後に般涅槃(完全な涅槃)に入ろうとされました。

そこで仏は、尊者マハーマウドガリヤーヤナに告げられました。「三千大千世界に赴き、そこにいる声聞(弟子たち)、独覚(ひとりで悟る者)、そして大乗(菩薩道)を志す者たちを、すべてこの会に集めなさい。」マウドガリヤーヤナはその教えを受け、仏の足に礼拝してから赴きました。彼は自らの功徳により、一歩で須弥山の頂上に立ち、仏の威神力によってこう考えました。「どのような三昧に入れば、三千世界のすべてに私の呼びかけが届くのだろうか?」すると、その思いのままに三昧に入り、十方のあらゆる場所にその声が響き渡りました。

その時、百万人の比丘たちが精舎に集まりました。尊者シャーリプトラも考えました。「私も三昧に入り、ジャンブ洲(人間界)の比丘たちがどこにいるかを知り、彼らを集めよう。」その思いのままに、彼らは皆集まり、その場所も知ることができました。そして、四十万人の比丘たちが精舎に集まりました。

さらに仏は、不現相菩薩、軟首菩薩、棄諸勤苦菩薩、出一切憂冥菩薩、除一切蓋菩薩、一切尊自在菩薩、其音広聞遍見普安菩薩、衆香手菩薩、一語報万億音菩薩、慈氏菩薩(弥勒菩薩)たちに告げられました。「善き者たちよ。あなたがたは、恒河の砂の数ほどの仏の国々に赴き、そこにいる菩薩の心を起こした者たち、すでに不退転の位に達した者もまだ達していない者も、すでに無生法忍を得た者もまだ得ていない者も、すべて『交露荘厳』の精舎に集めなさい。」十人の菩薩たちは仏の教えを受け、礼拝してから出発し、十方の無数の国々へと広がっていきました。

その時、八十億の一生補処(次の生涯で仏となる者)の菩薩たちが集まり、億を超える数の不退転の菩薩たち、三十億の無生法忍を得た菩薩たち、六十億の清らかな心で解脱した菩薩たちが集まりました。菩薩の道を初めて志した者や、それに応じて修行する者たちは数えきれないほどでした。彼らは皆、仏の威神力によって、十方から飛来して仏に礼拝し、共に座りました。

その時、シャーリプトラは菩薩たちの位の違いや、それぞれの境地の違いを見て、にもかかわらず皆が同じように飛来して集まっていることに驚きました。「これは仏の功徳と神力によるものだ。なぜこのような集いが実現したのだろうか?」そこでシャーリプトラは立ち上がり、仏に礼拝し、長跪して合掌し、仏に申し上げました。

「私には疑問があります。それを今、仏に伺いたいと思います。この会の菩薩たちが確かな信心を得て、仏の説法を聞くことで、それぞれが適切な境地に至ることができますように。そして、無数の仏の国々で説かれる教えを、すべての人が等しく聞き、清らかさを得ることができますように。また、無数の人々の様々な問いに、皆が答えられるようになりますように。

どのような行いを実践すれば、常に心を失うことなく、速やかに無上の平等な悟り、最も正しい覚りを得ることができるのでしょうか?」

佛言:「善哉善哉!舍利弗!乃為諸菩薩摩訶薩故欲問其義,快如是乎。」佛言:「諦聽,善持思之,吾當為汝深加解脫,令一切聞疾得無上平等之道最正覺也。」佛語舍利弗:「是菩薩等已得應此陀隣尼卷,已照明諸法,悉為一切諸法作導。所以者何?用世間人故也。」

仏がおっしゃった。「善きかな、善きかな、舎利弗よ。あなたは菩薩たち(摩訶薩)のために、その意味を問おうとしている。それはまことに素晴らしいことだ。」 さらに仏は言われた。「よく聞き、しっかりと心に留めなさい。私はあなたに、深く理解できるよう説き明かそう。すべての者がこれを聞いて、速やかにこの上ない平等の悟り(無上平等之道の最正覚)を得ることができるように。」 仏は舎利弗に語られた。「これらの菩薩たちは、すでにこの陀羅尼の教えを受け入れ、あらゆる真理に光を当て、すべての教えの先導者となっている。なぜか。それは世の人々のためなのだ。」

佛語舍利弗:「菩薩有四事,用得是法。何等為四?一者身所行常謹勅、二者口所言常至誠、三者意所念常柔順、四者善權方便救護一切。是為四事用得是法也。」

仏が舎利弗に告げられた。 「菩薩には、この教えを実践するための四つのことがある。その四つとは何か。 第一に、身体の行いを常に慎み正しくすること。 第二に、口に出す言葉を常に真実で誠実なものとすること。 第三に、心で思うことを常に柔らかで素直に保つこと。 第四に、巧みな手段(方便)を用いて、すべてのものを救い守ること。 この四つが、この教えを実践する道である。」

佛語舍利弗:「菩薩復有四事,得不可盡空身慧。何等為四?一者以清淨住燒諸勤苦、解散疑垢,度脫一切世間人民;二者以清淨住持諸經法導利一切;三者以清淨住所作功德饒益一切;四者淨諸國土過度一切使得佛法。是為四事,空身淨住慧不可盡也。」

仏が舎利弗に告げられた。「菩薩にはさらに四つのことがあり、それによって尽きることのない空なる身体の智慧を得ることができる。どのような四つか。第一に、清らかな心で安住し、あらゆる苦しみを焼き尽くし、疑いの垢を解きほぐし、世の中のすべての人々を救い導くこと。第二に、清らかな心で安住し、あらゆる経典の教えを保ち、すべての者を導き利すること。第三に、清らかな心で安住し、行う善い行いの功徳によってすべての者を豊かにすること。第四に、諸仏の国を清らかにし、すべての者を導き渡して仏の教えを得させること。これが四つのことである。空なる身体に清らかに安住する智慧は、尽きることがない。」

佛語舍利弗:「菩薩復有四事,持陀隣尼目佉用入生死令疾逮得。何等為四?一者陀隣尼目佉因世名色使疾得淨法、二者陀隣尼目佉入其忍辱、三者陀隣尼目佉悉入一切思想之根、四者陀隣尼目佉入一切所為善惡之法使疾逮得。是為四事,疾逮得此陀隣尼目佉也。」佛言:「菩薩其欲逮得阿難陀目佉尼呵離陀隣尼,當先曉覺四十八名。何等四十八?

仏が舎利弗に告げられた。「菩薩にはさらに四つの事柄があり、陀隣尼目佉(ダーラニの門)を用いて生死に入り、速やかにそれを得ることができる。どのような四つか。第一に、陀隣尼目佉が世間の名前や形に依って、速やかに清らかな法を得させること。第二に、陀隣尼目佉が忍辱に入ること。第三に、陀隣尼目佉が全ての思考の根元に入ること。第四に、陀隣尼目佉が全ての善悪の行為に入り、速やかにそれを得させること。これが四つの事柄であり、速やかにこの陀隣尼目佉を得ることができるのである。」仏は言われた。「菩薩がこの阿難陀目佉尼呵離陀隣尼(アナンタムカ・ニハーラ・ダーラニ)を得ようと望むなら、まず四十八の名前を覚え悟るべきである。その四十八とは何か。」

「阿攱(無為)默攱(不為)三曼陀目攱(普門)悉提(精勤)尼律提(寂滅)波羅捭(照光)伊隷(順教)劫卑(常念)劫般陀離(所念)沙離(妙術)沙羅颰離(妙句)嘻羅(有心)嘻隷(無意)嘻栗隷(心無所念)栴提(解脫)遮羅泥(行者)頗遮泥(無動)阿蘭泥(他餘)涅勿提(無脫)涅誓提(無生)尼阿羅捭末離(無垢行)輸他泥(嚴淨)波羅紇陀颰泥(無往)暴披捭之兮(名聞)阿霜祇(離有)曇彌(無礙)維弗羅佉揩捭(調定)僧揭棧(長光明)姪提離(甚勇)摩訶姪提離(大勇)夜蛇披提(嗟歎句)頞遮離(不可動)末遮離(不動)三末遮離(等動)提羅刪提(次堅)羞絺提(諦往)阿霜迦捭呵離(無礙行)三曼陀目攱(普尊)尼呵羅述提(精勤行)須彌(須彌)耽披颰提(住遮)羝羅𭙴彌(堅強力)𭙴摩颰提(得強力)摩訶佉揩子(大光明)捭富羅賴彌(長照明)薩和呂㝹揭提(生所護)阿那叱祇(無斷)陀隣尼目佉貳那提(無有)。」
「現在佛所說如是神呪四十八名。」
佛告舍利弗:「菩薩當念陀隣尼如是,若脫法若不脫法、不作是作、亦不知亦不了,於其中不有所增亦無所減、亦不見脫亦不見不脫、亦不見起亦不見滅、亦不見當來過去今現在、亦不見來亦不見去,亦不求佛亦不轉意亦不相好、亦不種好亦不眷屬,亦不有戒、亦不三昧、亦不智慧、亦不解脫、亦不見解脫慧,亦不坐行亦不無所得亦不垢除、亦不慧亦不無慧、亦不教授亦不淨一切、亦不有我亦不有人、亦不為法亦不精進、亦不行亦不清淨、亦不身亦不心亦不口、亦不當來亦不過去亦不今現在、亦不自為身亦不為他人身。如是舍利弗!是法名一切法中無上最法,亦撿歛諸法,亦入一切法中,是名為念諸佛法。是陀隣尼名法之猛,略聚一切法。是名明解章品,淨一切人滿足諸願,令得名聞覺意三昧。是名悉自成本功德,是名法種積藏,發諸意根令甚尊重,相好嚴莊無能動者。若天魔來亦不能壞,無能奪者、無能近者。如是舍利弗、其有菩薩聞是阿難陀目佉尼訶離陀隣尼,為已得阿惟越致及無上平等之道。何以故?於是諸佛所行皆已具足,為一切作行,破壞五道生死及諸疑結,使疾得陀隣尼也。」佛爾時說偈言:

仏は舎利弗に告げられた。「菩薩はこの陀羅尼を次のように念じるべきである。『もし法から解脱していようが、解脱していまいが、そのように作ることもなく、知ることもなく、了することもない。その中において、何かを増やすこともなく、減らすこともない。解脱を見ることもなく、解脱しないことも見ない。生じることも見ず、滅することも見ない。未来・過去・現在を見ることもない。来ることも見ず、去ることも見ない。仏を求めることもなく、心を転じることもなく、相好を求めることもない。また、相好を具えることもなく、眷属を求めることもない。戒もなく、三昧もなく、智慧もなく、解脱もなく、解脱の智慧を見ることもない。坐禅修行もなく、何も得られないこともなく、汚れを除くこともない。智慧もなく、智慧がないのでもない。教え導くこともなく、一切を清めることもない。我もなく、人もなく、法のために精進することもない。行じることもなく、清浄でもない。身もなく、心もなく、口もない。未来もなく、過去もなく、現在もない。自らのためにもならず、他の人のためにもならない。』 このように、舎利弗よ、この法をあらゆる法の中で最も優れた最上の法という。また、もろもろの法を統べ集め、すべての法の中に入る。これを諸仏の法を念じるという。この陀羅尼を『法の猛将』といい、一切の法を要約して集めたものである。これを『明解章品』といい、すべての人を清め、もろもろの願いを満たし、名声と覚りの意を得させる三昧である。これを『自らの功徳を完成する』といい、『法の種を積み蓄える蔵』といい、もろもろの意根を発起させて極めて尊重させ、相好は厳かに荘厳して動かすことができない。もし天魔が来ても壊すことができず、奪うこともできず、近づくこともできない。 このように、舎利弗よ、もし菩薩がこの『阿難陀目佉尼訶離陀羅尼』を聞くならば、すでに不退転の位と無上平等の道を得たことになる。なぜなら、この陀羅尼の中に諸仏の行うことがすべて具足しており、一切のために行いを起こし、五道の生死やあらゆる疑惑の結び目を破壊して、速やかに陀羅尼を得させるからである。」 その時、仏は偈を説かれた。

「莫作念言空法, 莫輕言得不得,
直信法莫中疑, 則疾得陀隣尼。
恐為是空所縛, 分別空得佛疾,
是要慧無崖底, 速得近陀隣尼。
菩薩持陀隣尼, 為總攝諸法則,
聞十方佛道教, 及智慧皆悉得。
了尼呵陀隣尼, 譬如日大光明,
受諸佛名決法, 淨受持得法解。
此目佉陀隣尼, 諸所有現在前,
於諸法最為上, 悉等護世間人。
令十方人非人, 一劫中問慧義,
應悉為解所疑, 其劫竟智不盡。
若受信於經道, 精進持中正法,
近一生補其處, 即得為法王子。
若持是陀隣尼, 則為哀一切人,
名聲遍閻浮利, 為世尊所稱譽。
其有持是經者, 臨壽終皆悉見,
八十億拘利佛, 申手授生尊處。
有學是陀隣尼, 千億萬劫數中,
所作罪惡邪冥, 一月中皆滅盡。
若菩薩作福施, 萬億劫不懈惓,
不如學陀隣尼, 一月中德停等。
具受說陀隣尼, 悉得諸三昧慧,
已得意不復轉, 當得佛有國土。
有供事是經者, 使三界作魔行,
欲嬈亂壞其意, 終不能動搖是。
一切空得曉了, 用是生無數佛,
如是語無有異, 陀隣尼不可盡。
於是處聞是事, 提惒竭授我決,
如恒沙數等佛, 於其時便悉見。
諦奉持是經卷, 一切願皆疾得,
入諸佛國土法, 隨所宜能化度。
常清淨諸佛國, 於眾僧無瑕穢,
問名深幽妙法, 是經卷悉能知。
於婬逸皆已無, 於思惟有七覺,
八十億諸佛等, 陀隣尼悉持與。
常止心莫念非, 不當念慎莫念,
如是念莫不念, 後得德不可量。
常當了是經事, 慎莫令有狐疑,
如人行入大海, 終不言寶難得。
受福德天人樂, 如是事終不遠,
亦當疾逮得佛, 以是故念莫離。」

「空の法を妄りに語るな。 得る得ざると軽々しく言うな。 法を直に信じ、疑いを抱くな。 そうすれば速やかに陀羅尼を得られる。 空に縛られることを恐れ、 空を分別すれば速やかに仏を得る。 この智慧は底知れず、 速やかに陀羅尼に近づく。 菩薩は陀羅尼を保ち、 諸々の法を総摂する。 十方の仏の教えを聞き、 智慧もすべて得られる。 了尼呵陀羅尼は、 譬えば大いなる太陽の光の如く、 諸仏の名を授ける法を受け、 清らかに受持して法を解す。 この目佉陀羅尼は、 諸々のすべてが眼前に現れ、 諸法のうち最も優れ、 世の人々を等しく護る。 十方の人・非人に、 一劫の間、智慧の意義を問われても、 全ての疑問を解き明かし、 劫が終わっても智慧は尽きない。 経の道を信じ受けて、 精進して正法を守り持てば、 一生補処に近づき、 即座に法の王子となる。 この陀羅尼を保てば、 一切の人々を哀れみ、 名声は閻浮堤に遍く、 世尊に称えられる。 この経を保つ者は、 命終の際に皆見る。 八十億の拘利の仏が、 手を差し伸べて尊い処に生れさせ給う。 この陀羅尼を学べば、 千億万劫のうちに、 為した罪悪や邪な闇も、 一月のうちに全て滅び尽くす。 菩薩が福を施し、 万億劫倦むことなくても、 陀羅尼を学ぶには及ばない。 一月の功徳が等しいからだ。 陀羅尼を受け説き、 全ての三昧の智慧を得て、 心は已に転ぜず、 やがて仏となり国土を得る。 この経を供養すれば、 三界に魔が働き、 心を乱し壊そうとしても、 決して動かすことはできない。 一切が空であると曉れば、 これによって無数の仏が生まれる。 この言葉に偽りはなく、 陀羅尼は尽きることがない。 ここにこの事を聞いて、 提惒竭は私に授記した。 恒河の沙の数ほどの仏を、 その時、悉く見た。 この経巻をよく奉持すれば、 全ての願いが速やかに叶い、 諸仏の国土に入る法を得て、 機に応じて教化できる。 常に諸仏の国を清め、 僧伽に瑕穢なく、 深く幽妙な法の名を問えば、 この経巻が全て知らせる。 婬逸は既に無く、 思惟には七覚が在り、 八十億の諸仏等は、 陀羅尼を悉く授け与える。 常に心を止め、非を念うな。 念うべきでないものを、慎んで念うな。 このように念い、念わざるな。 後に得る功徳は計り知れない。 常にこの経の事を了り、 慎んで疑念を抱くな。 人が大海に入り、 「宝は得難い」と終に言わない如く。 福徳を受け天人楽は、 このような事は遠くない。 また速やかに仏を得る。 故に念じて離れるな。」

佛告舍利弗:「菩薩有四事行,疾得陀隣尼法。何等為四?一者遠離世間愛欲;二者不說他人長短人亦不得其便;三者有所來索不逆人意,無所愛惜,與後不悔;四者晝夜精進常志求諸法。是為四事。舍利弗!菩薩行是,疾得陀隣尼。」佛爾時說偈言:

仏、舎利弗に告げた。「菩薩には四つの行いがあり、速やかに陀羅尼(覚えの力)を得る。何が四つか? 第一に、世の中の愛欲から遠ざかること。 第二に、他人の長短を言わず、そのために他人に付け入る隙を与えないこと。 第三に、何かを求めて来た人に対して拒まず、惜しむことなく与え、与えた後は悔いないこと。 第四に、昼も夜も怠らず、常にあらゆる教えを求め求めること。 これが四つの行いである。舎利弗よ。菩薩がこれを行えば、速やかに陀羅尼を得る。」 その時、仏は偈を説かれた。

「遠眾惡離色欲, 作罪行墮地獄,
無三毒災不生, 捐所愛得是經。
不嫉妬於他人, 不自歎其族親,
常等心於一切, 於身體大端正。
常捐棄身所樂, 於世間無瞋諍,
不與人共從事, 便逮近陀隣尼。
於晨夜常精學, 於外道無所冀,
當作是求上法, 陀隣尼自然現。」

<悪しきことを遠ざけ、色欲を離れる。 悪行をなせば地獄に堕ちる。

三毒(貪・瞋・癡)がなければ災いは生じず、 愛するものを捨てて、この経典を得る。

他人に嫉妬せず、 自身の家柄や親族を誇らない。

常にすべての人に平等な心を持ち、 身体も大いにはっきりと整う。

常に身体の楽しみを捨て、 世間において怒りや争いを持たない。

人と共に事を行うことなく、 やがて陀羅尼に近づく。

朝昼晩、常に精進して学び、 外道(仏教以外の教え)に望みをかけない。

このようにして、最高の教えを求めるならば、 陀羅尼は自然と現れる。」>

佛語舍利弗:「菩薩有四事行,疾逮得是陀隣尼。何等為四?一者獨在空閑處、二者住深法忍、三者若有饋遺不以喜、四者不愛惜軀命何況財寶,是為四事。舍利弗!菩薩行是,疾逮得陀隣尼。」佛爾時說偈言:

仏は舎利弗に告げられた。「菩薩には四つの行いがあり、それを修めることで速やかにこの陀羅尼(総持)を得ることができる。その四つとは何か。第一に、ただ独りで静かな閑所にいること。第二に、深遠な法の道理を忍耐を持って受け入れること。第三に、もし贈り物や供養があっても喜びに執着しないこと。第四に、自分の命や身体さえも惜しまず、ましてや財宝などなおさら惜しまないこと。これが四つの行いである。舎利弗よ、菩薩がこれらの行いを実践すれば、速やかに陀羅尼を得るであろう。」その時、仏は偈(詩句)をもって教えを述べられた。

「在空閑念正法, 不輕慢於他人,
生死境如戴火, 得人身當作行。
常持意在深忍, 於財寶足而已,
坐宗室起等意, 不偏厚其種姓。
但供養佛與法, 住善力越世難,
即毀形下鬚髮, 便得德入微妙。
當知空及世事, 以是故棄所有,
愚行者貪財利, 無戒忍及智慧。」

閑かなる場所にありて正法を念じ、 他者を軽んじることなかれ。

生と死の境は、あたかも火を戴くがごとし。 人の身を得たならば、修行せよ。

常に心をとどめて深く忍び、 財宝は足ることを知るのみ。

法座に坐するも心を等しくし、 特定の家柄に偏ることなかれ。

ただ仏と法を供養し、 善き力に住して世の難を越えよ。

すなわち形を毀ち、鬚髪を剃り落とし、 その功徳を得て、微妙なる境に入らん。

この世の事象は空なりと知り、 それゆえにすべての所有を捨てよ。

愚かなる者は財利に貪り、 戒律も忍びも智慧も持たず。

佛語舍利弗:「菩薩復有四事行,疾得是陀隣尼。何等為四?一者有八品字,開入智慧解黠中。何等為八?一名為波,以一切著法使入空法中。二名為羅,如來若現相好不現相好,以法身入諸法中。三名為婆,若癡法黠法,使入解慧法中。四名為迦,知諸殃罪所歸趣,使入功德福中。五名為闍,知生老病死,即於是入無色中。六名為陀,視諸地世間皆空不驚怪,入無願中。七名為舍,休息諸法,使入清涼法中。八名為叉,知一切法空。是為八。復有四事:一者常思念八品字、二者若書是經當諦書之、三者若持是經當諦持之讀至十五日、四者當如法行念八品字。是為四事。舍利弗!菩薩用是行,疾得陀隣尼。」佛爾時說偈言:

仏、舎利弗に告げられた。 「菩薩にはさらに四つの修行があり、これを果たせば速やかに陀羅尼を得ることができる。その四つとは何か。第一に、八つの文字の品があり、これによって智慧に入り、悟りを開くことができる。その八つとは何か。第一を『波(パ)』という。あらゆる執着を空の理法へと導く。第二を『羅(ラ)』という。如来の相好の有無にかかわらず、法身をあらゆる理法の中に入れる。第三を『婆(バ)』という。迷いの法と悟りの法を、智慧の法の中へと導く。第四を『迦(カ)』という。すべての罪業の帰趨を知り、功徳の福徳へと導く。第五を『闍(ジャ)』という。生・老・病・死を知り、そのまま無色の境地に入る。第六を『陀(ダ)』という。あらゆる世間が空であると見て驚かず、無願の境地に入る。第七を『舎(シャ)』という。あらゆる法を静め、清涼の法の中へと導く。第八を『叉(シャ)』という。すべての法が空であることを知る。これが八つである。

さらに四つの事柄がある。第一に、常にこの八つの文字の品を念ずること。第二に、この経典を書写するならば、心を込めて書くこと。第三に、この経典を受持するならば、心を込めて十五日間読み続けること。第四に、教えのままに修行し、八つの文字の品を念ずること。これが四つの事柄である。

舎利弗よ。菩薩はこの修行によって、速やかに陀羅尼を得るのである。」 その時、仏は偈を説かれた。

「常當念八品字, 書持卷諦奉行,
十五日讀莫離, 勸一切求佛道。
要當學開化人, 得智慧疾近佛,
悉遍見十方佛, 皆為現在前立。」

「常に八つの文字(八品の教え)を心に留め、 経典を書き写し、大切に守り、誠実に実践せよ。

十五日にはそれらを読み、決して離れてはならない。 すべての人々に、仏の道を求めるよう勧めよ。

必ず他者を目覚めさせることを学びなさい。 そうすれば智慧を得て、速やかに仏に近づける。

十方のすべての仏をありのままに見ることができ、 皆が目の前に立ち現れるであろう。」

佛語舍利弗:「菩薩復有四事,念陀隣尼得法利。何等為四?一者常為十方佛世尊所念、二者所作為魔不能壞其意、三者宿命諸罪皆為消盡、四者初不斷至誠之說諸所問皆能發遣。是為四事,舍利弗!菩薩得陀隣尼法利。佛爾時而說偈言:

仏、舎利弗に告げたまわく: 「菩薩にはまた四つのことがあり、陀羅尼(※注)を修めることで功徳を得る。 その四つとは何か。 第一に、常に十方の仏・世尊に心に念じられること。 第二に、為すところの行いを、悪魔が邪魔してその志を壊すことができないこと。 第三に、過去世の一切の罪がことごとく消え尽きること。 第四に、まことの説法を断つことなく、あらゆる問いにも皆よく応えることができること。 これらが四つの事である。舎利弗よ、菩薩はこれらのよって陀羅尼の功徳を得るのである。」 その時、仏は偈を唱えて言わく:

※注:陀羅尼(だらに)は、仏の教えを記憶し、忘れない力のこと。

「為諸佛常所念, 魔不能得其便,
所作罪即消滅, 為一切解所疑。」

諸仏が常にその人を念じ、 悪魔も邪魔をすることができません。 犯した罪はすぐに消え去り、 すべての人の疑問を解き明かすのです。

佛語舍利弗:「過去久遠世所經劫無央數,復倍無數長遠難極不可復計劫,爾時世有佛,號寶具足有德行王如來,過四道不受平等覺,安定於天上,號天中天,其佛為一切說法無能過者。臨般涅槃,時有金輪王名曰陀樓,主四天下。其子字無念。名聞具足。年十六歲。是時太子行到佛所。聞彼佛說陀隣尼經。聞已歡喜即得是經。得已諷學常念奉持,精進不睡脇不在席七千歲,不念愛欲七千歲,不念財寶七千歲,不問他事七千歲,常獨處止意不傾動七千歲。爾時皆聞九十九億不可計佛說智慧法,聞已便棄國捐王行作沙門,九萬九千歲奉行阿難陀目佉尼呵離陀隣尼,復為一切說。在一世中教化世間人民,令八十億萬那術人皆使發無上平等道意,逮得阿惟越致。時復有長者子名月英,於大眾中聞是陀隣尼,聞已勸助持。是勸助歡喜福德,到九十萬億佛剎供養諸佛成立功德,於爾所佛國皆得諸陀隣尼,即逮得一生補處,作飛行菩薩。佛語諸菩薩:『於是三劫中供養爾所佛,過三劫已當逮得無上平等之道最正覺。』爾時長者子月英者,即提惒竭佛是也。王陀樓子無念名聞具足者,即阿彌陀佛是也。」佛語舍利弗:「我於颰陀劫中,與諸菩薩說陀隣尼,其聞是經有代歡喜、用勸一切者,其所施作以勸助福,超越四十萬劫不復勤苦,後當得道自恣其意。如復供養九千萬億佛已,當得無上平等之道最正覺也。」

仏は舎利弗に告げられた。「はるか遠い昔、数えきれないほどの劫(長い時間)を経て、さらにその何倍もの、測り知れないほど長い劫の昔、その時に世に仏がおられた。名を宝具足有徳行王如来といい、四つの道を超越し、平等の覚りを受け、天の上に安住して『天中の天』と称された。その仏の説法は、誰も及ぶ者がないほどであった。

その仏がまもなく涅槃に入ろうとされた時、金輪王(転輪聖王)の陀楼という者がいた。彼は四つの天下を治めていた。その王子の名を無念といい、名声と徳が十分に備わっていた。年は十六歳であった。その時、太子は仏の所に行き、その仏が説かれた陀隣尼経(陀羅尼の経)を聞いた。聞いて歓喜し、すぐにこの経を得た。得てからは暗唱し、常に念じ、奉持し、精進して眠らず、七千年の間、床に脇を付けることなく、七千年の間、愛欲を思わず、七千年の間、財宝を思わず、七千年の間、他の事を問わず、常に独りで静かな所に留まり、心が動揺することなく七千年を過ごした。

その時、皆が九十九億もの計り知れない仏の説かれた智慧の法を聞いた。聞き終えると、国を捨て、王位を捨てて沙門(修行者)となった。そして九万九千年の間、阿難陀目佉尼呵離陀隣尼(無量門陀羅尼)を奉行し、さらに全ての者のために説いた。一つの世の中で、世間の人々を教化し、八十億万那由他(無数)の人々に、無上の平等の道心を発起させ、不退転(阿惟越致)の位を得させた。

その時、また長者の子で月英という者がいた。大衆の中でこの陀隣尼を聞き、聞いてからこれを勧め助けた。この勧め助ける歓喜の功徳によって、九十万億の仏の国々に至り、諸仏に供養し、功徳を成就した。そうした数多くの仏の国々において、皆、諸々の陀隣尼を得て、直ちに一生補処(次の成仏が定まった位)を得て、飛行菩薩となった。

仏は諸菩薩に告げられた。『この三劫の間に、それだけ多くの仏に供養し、三劫を過ぎたならば、無上の平等の道、最正覚(最高の悟り)を得るであろう。』その時の長者の子、月英こそ、今の提惒竭仏(燃燈仏)である。王陀楼の子、無念、名聞具足とは、今の阿弥陀仏である。」

仏は舎利弗に告げられた。「私は賢劫(現在の劫)の中で、諸菩薩に陀隣尼を説いた。この経を聞いて、代わって歓喜し、全ての者を勧める者があれば、その勧める助けの福によって、四十万劫の苦しみを超越し、後に思いのままに道を得るであろう。また、九千万億の仏に供養したならば、無上の平等の道、最正覚を得るであろう。」

佛語舍利弗:「若有菩薩最後得聞是陀隣尼,奉持勸助、代歡喜者,其德如是。若有菩薩因歡喜德,若以慈心為經墮淚衣毛起者,皆當逮得無上平等之道,引著阿惟越致中。方便書、若持若學、若諷若誦若讀,舍利弗!如是輩福不可量、不可稱、不可說,一切人民無能計、無能極者。」佛爾時說偈言:

仏は舎利弗にこう語られた。「もしある菩薩が、最後の時にこの陀羅尼を聞き、それを受持し、自ら励まし、共に喜ぶならば、その功徳はこのようなものである。もし菩薩が喜びの功徳によって、あるいは慈しみの心で経典のために涙を流し、衣の毛が逆立つような感動を覚えるならば、皆、この上なく完全な悟りを得るであろう。そして不退転の境地へと導かれるであろう。この経典を書き写し、そして保ち、学び、唱え、誦し、読むならば、舎利弗よ、そのような人々の功徳は計り知れず、量り知れず、語り尽くせない。すべての人々もそれを量ることも、極めることもできない。」その時、仏は偈を唱えて言われた。

「若聞已加勸助, 及書持諷誦讀,
諸天人計其德, 無能知福祐極。
所生處常見佛, 於深經得慧證,
堅持法無能動, 便疾得明解覺。
常定意不增減, 諦不失陀隣尼,
無色想立相好, 為世雄無有上。
長者子聞是經, 所生處識宿命,
常得見無數尊, 如所願即得佛。
若欲疾得佛者, 及速離於眾魔,
欲得百功德相, 常念是得不久。
如恒沙世尊剎, 滿其中珍寶施,
不如是書持者, 譬喻之適停等。」

もしこの経を聞いて、さらに教えを勧め助け、 あるいは書き写し、心に保ち、声に出して読むならば、 あらゆる天人がその功徳を数えようとしても、 その福徳の極みを知ることはできません。

生まれるところでは常に仏にお会いし、 深い経典によって智慧の証を得、 教えを堅く守り、動かされることなく、 速やかに明らかな悟りを得るでしょう。

常に心を定めて増減なく、 真実を失わず陀羅尼を保ち、 形のないものに相好をそなえ、 世の中の最高の導き手となるのです。

長者の子がこの経を聞けば、 生まれるところで過去世を覚え、 常に無数の尊い方々にお会いし、 願いのままに仏となるでしょう。

もし速やかに仏となり、 またすべての悪魔から離れたいと願い、 百の功徳の相を得たいと思うなら、 この経を常に心に念じれば、遠からず得られるのです。

例えば、ガンジス川の砂の数のように多くの仏の世界に、 その中を宝玉で満たして施しをするよりも、 この経を書き保つことには、 その譬えさえもとても及びません。

佛語舍利弗:「若有菩薩持意念學陀隣尼時,有山名醯摩槃,有八鬼神止其中,常共擁護之,開人志意。何等八?一名勇強鬼神、二名照明十方鬼神、三名多所饒益鬼神、四名龍王大力鬼神、五名至誠行鬼神、六名能調不調鬼神、七名童男鬼神、八名快臂鬼神。是為八神名。若學是經欲令神來者,淨自洗沐著新衣服,當經行時常持慈意向諸一切,却乃端心讀陀隣尼。當從是經堅奉持之,則疾開解得智慧也,爾時鬼神即在前立。」

仏は舎利弗に語られた。「もし菩薩が陀羅尼を心に留めて学ぼうとするとき、醯摩槃という山がある。そこに八人の鬼神が住み、常にその者を共に守り護り、人の志や思いを開かせる。その八人とは何か。第一は勇強鬼神、第二は照明十方鬼神、第三は多所饒益鬼神、第四は龍王大力鬼神、第五は至誠行鬼神、第六は能調不調鬼神、第七は童男鬼神、第八は快臂鬼神である。これらが八人の鬼神の名である。もしこの経を学んで神々を来らせたいと思うなら、清らかに身を洗い、新しい衣を着け、経を歩みながら常に慈悲の心をすべてのものに向け、静かに心を定めて陀羅尼を読誦しなさい。この経を堅く守り行えば、すぐに心が開けて智慧を得られる。その時、鬼神たちがあなたの前に立つのだ。」

佛語舍利弗:「復有八菩薩在欲天上,常等護人民授與經道。何等八?一名照明十方天子、二名世明天子、三名智光天子、四名日光天子、五名上審天子、六名滿所願天子、七名星王天子、八名習行意天子。是為八天子名。常等護人民,勸念持是經者,令疾定意得陀隣尼。求是經者常當精志念陀隣尼教,一法奉行無虧經戒,所語至誠其行亦爾。常當孝順於諸尊者,視一切人如佛無異,諸所愛重不以輕心,常念反復即得善報,乃逮深忍眼及得見無所從生法。」

仏は舎利弗に告げられた。「さらに、欲界の天に住む八人の菩薩がいて、常に人々を平等に守り、経典の教えを授けている。その八人とは、第一に照明十方天子、第二に世明天子、第三に智光天子、第四に日光天子、第五に上審天子、第六に満所願天子、第七に星王天子、第八に習行意天子である。これらが八人の天子の名である。彼らは常に人々を平等に守り、この経典を保つ者たちに、速やかに心を定めて陀羅尼を得られるよう、勧め、支えている。この経典を求める者は、常に心を込めて陀羅尼の教えを念じ、一つの教えを欠かさず実践し、戒律を損なってはならない。語るところは誠実であり、その行いもまた同じであれ。常にすべての尊い者に孝養を尽くし、あらゆる人を仏と異ならないように見なせ。愛しく重んじるものに対しても、決して軽んじる心を起こさず、常に恩を返すことを念じなさい。そうすれば、必ず善い報いを得て、深い忍びの智慧と、無生法忍を証する眼を得るであろう。」

佛說經已,三十二恒沙等菩薩悉逮得陀隣尼立不退轉地,六十億天子得無所從生法忍,三萬二千天與人發無上平等道意。爾時三千大千國土為六種震動,雨於天花,箜篌樂器不鼓自鳴。時舍利弗前問佛言:「唯世尊!是名何經?云何奉行?」佛言舍利弗:「是經名阿難陀目佉尼呵離陀隣尼,疾使人民得一切智。」
佛說經已,舍利弗及十方無數菩薩,天與人、乾沓和、阿須羅及持世者,皆歡喜前稽首佛足,作禮而去。

仏がこの経を説き終えられると、舎利弗、十方から来た無数の菩薩たち、天や人々、乾沓和、阿須羅、そして世を護る者たちは皆、喜びの心で仏の足もとにひれ伏し、礼拝をしてから立ち去ったのである。

佛說阿難陀目佉尼呵離陀隣尼經

『佛説阿難陀目佉尼呵離陀隣尼經』


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