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  1. 仏説五恐怖世経 (佛說五恐怖世經)
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仏説五恐怖世経 (佛說五恐怖世經)

「佛說五恐怖世經」について

宋 · 底本の訳者:沮渠京聲

485 字 · 約 2 分

仏説五恐怖世経は、北涼時代の訳経家である沮渠京声によって、南朝劉宋の時代に漢訳されました。この経典は仏教の初期経典に由来し、末法の時代に人々が直面する五つの恐ろしい災いを予言し、因果の道理が確かであることを世に警告しています。経文は特に世の中が衰えていく時に現れる五つの社会的混乱と道徳的危機を明らかにし、戒律を守り修行することの重要性を強調しています。本経は仏教の末世思想における重要な文献であり、中国仏教における災異観と社会倫理観を研究する上で鍵となるテキストです。修行者を励まし、精進して道を求めるよう促す実践的な意義を有しています。


佛說五恐怖世經

仏説五恐怖世経

宋居士沮渠京聲譯

沮渠京聲訳

聞如是:

私がこのように聞きました。

一時,佛在舍衛國祇樹給孤獨園。佛告諸比丘:「有五當來恐怖,未到未成,且來不久,可畏。當善思惟,以方便遠離之。何謂五?

その時、仏は舎衛国の祇樹給孤独園におられた。仏は比丘たちに告げられた。「五つの未来に起こる恐れがある。まだ来ず、まだ起きていないが、間もなく来て、畏れるべきものである。よく考え、方便をもって遠く離れるべきである。その五つとは何か。」

「一者、謂後當來比丘身無行無戒、意不拘、無慧從身。自無行無戒、意不拘至無慧內。彼人為學至與大戒,從其學以師之,自可戒、自從意、自明慧。本從上學類,至後學者,法先頭學如上,從後毀律,言謗法經,真慧所遠。比丘!是為第一未來恐怖可畏,且來不久。當善思惟,方便避之。

一つの目の未来の恐怖:将来の修行者の中には、戒律や修行の実践を持たず、心を律せず、智慧もない者が現れるでしょう。彼ら自身が戒律も修行も持たず、心も定まらず、智慧もないにもかかわらず、世俗の名声を求め、大戒(高い地位や名誉)を得ることを学びます。彼らはこれを師と仰ぎ、自らの戒律を正しいとし、自らの考えに従い、自らの智慧を誇示します。本来、先人から教えを学び、後に学ぶ者たちも、最初は正しい法に従って修行しますが、後には戒律を破り、仏法を誹謗し、真の智慧から遠ざかります。比丘たちよ、これが第一の未来の恐怖であり、恐れるべきことです。それは遠くない未来に訪れるでしょう。よく考えて、その誤りを避けるための方法を学びなさい。

「二者、謂後當來比丘,身無行無戒、意不拘、無慧,為彼稱說有藏寶,以非次、內無戒、違尊令彼學,謂從是可到岸,為以遠流。是為第二未來可畏,且來不久。當善思惟,方便避之。

第二に、未来の比丘たちについてである。彼らは身に行いがなく、戒めを守らず、心は定まらず、智慧もない。そのような者たちのために、財宝が隠されていると称えて説く。しかし実際には、順序を踏まず、内に戒めがなく、尊い教えに背いている。彼らに学ばせようとしても、そこから彼岸に到達できると言うのは、遠い流れのようなものである。これが第二の未来における恐るべきことであり、やがて訪れるであろう。よく考え、手段を尽くしてそれを避けるべきである。

「三者、謂後當來比丘,身無行無戒、意不拘、無慧,本無明師,受不正法,比丘從受法,失法律義。是為第三未來可畏,且來不久。當善思惟,方便避之。

三つ目の恐れるべき未来とは、未来の比丘たちについてです。彼らは身を律する行いがなく、戒めを守らず、心を調御せず、智慧もありません。彼らには正しい師がおらず、誤った法を受けています。そして他の比丘たちが彼らから法を学ぶことで、仏法と戒律の真義を失ってしまいます。これが第三の未来における危険であり、それは遠くない将来に訪れるでしょう。よく考えて、賢明に避ける道を求めなさい。

「四者、後當來比丘,身無行無戒、意不拘、無慧,從身無行無戒、意不拘、無慧,比丘聚會講律說義,後語現之在中,中語現之在後,從是失明就冥,不能自覺,遠離正法。是為第四未來可畏,且來不久。當善思惟,方便避之。
「五者、後當來比丘,身無行無戒、意不拘、無慧,從身無行無戒、意不拘、無慧,世之所造巧言放語悉受意善,見彼誦之意為悅樂;尊所說合十二因緣、苦、空、非常,意態不樂,悉捨不受,聞彼之說意疑不然,亦不悅喜。是為第五未來可畏,且來不久。當善思惟,方便避之。」
佛說如是。

仏はこのように説かれました。

佛說五恐怖世經

仏説五恐怖世経


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