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  1. 釈門章服儀 (釋門章服儀)
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釈門章服儀 (釋門章服儀)


釋門章服儀序

釈門の衣装儀礼の序文

法身無相。舍那御珍服。暨乎逗三乘根。應濁世之機。如來自以丈六形。著麁布僧伽梨。學佛之徒靡不遵則。焉洎澆代盛談心性。儀相𥧲遺。幣魔乘便大變聖制。所謂冬服綾羅。夏資紗縠。華蕩奢靡無不為。殊不知蠶衣之誡出於如來慈心之餘。而為世福田。緒脫劫奪難也。負識高流莫不為之痛心疾首。南山章服儀於是乎作也。則使有志之士知有方而所自。豈謂之小。補哉。然斯書雖存。而後世講者鮮矣。何居蓋聖制之興廢者。時運之所繫也。當像季際。魔屬甚熾則知者亦隨眾。所以雖廢亦興也。至于鬪諍堅固之運。則庸昏之徒含識而已。於是乎救世大士直明佛性常住之旨。為續慧命。且後扶律之儀。救其所急。譬如見饑寒者。先與之食而後與之衣。所謂為護法故與。共和光者也。人多不見大士之意。一飯之後將凍殺之。是聖制之所以不能興也。乃者省我比丘。欲刻章服儀。廣布于世。而併應法記自書。且請以余之言。辯于編首。余改容而曰。比丘以不肖亦為釋氏之子乎。欲不以人廢言乎。呼余之言誰取焉。然而余亦蓋有所聞。有所聞者。非余之言。亦何辭為之敘。

法身には形がありません。毘盧遮那仏は尊い衣をお召しになります。しかし、三乗の根機に応じて、濁った世の機縁に合わせるため、如来自らが丈六の姿で粗布の僧伽梨をまとわれました。仏を学ぶ者は皆、この規範に従いました。ところが、末法の世になって心性ばかりが盛んに論じられ、儀礼や外相は顧みられなくなりました。悪魔がこの隙に乗じ、聖なる制戒を大きく変えてしまったのです。冬には綾羅をまとい、夏には紗や縠を用い、華美で贅沢なことこの上なく、蚕の衣をまとうことの戒めが、如来の慈心から発せられ、世の福田となり、劫奪の難を免れる道であることを知りません。識見の高い人々は、これを嘆き悲しまない者はいませんでした。そこで南山大師が『章服儀』を著されたのです。これによって志ある人々が規範を知り、その由来を悟ることができました。これは小さな補いなどと言えるでしょうか。

しかし、この書は残っていても、後世で講じる者は少なくなりました。なぜでしょうか。聖なる制戒の興廃は、時代の流れに深く関わっているからです。像法の末には魔の勢力が盛んになり、理解ある者も大勢に従ってしまいます。だから、廃れてもまた興ることもありました。ところが、闘諍堅固の世になると、凡愚な者たちはただ知識を持つだけで、実行しません。そこで救世の大菩薩は、直ちに仏性常住の旨を明らかにし、慧命を継ぐとともに、後に律儀を扶持して、その急を救われました。ちょうど飢え寒さに苦しむ者を見て、まず食べ物を与え、その後で衣を与えるようなものです。これこそ護法のために和光同塵するということであり、多くの人は大菩薩の意図を理解せず、一食与えた後で凍え死なせようとするのです。これが聖制が興らない理由です。

今、ある比丘が『章服儀』を刻んで世に広め、併せて『応法記』を自ら書き、私の言葉を編頭に弁じてほしいと請われました。私は顔色を改めて言いました。「比丘よ、不肖の私もまた釈氏の子ではないか。人の言葉を軽んじるべきではないか。私の言葉など誰が取るだろうか」と。しかし、私もまた聞くところがあります。聞くところがある以上、私の言葉でなくとも、どうして辞退できましょう。ここに序を記します。

寬文五年乙巳之冬

寛文五年の冬、乙巳の年に

草山桑門不可思議題

草山の桑門、思議すべからず。

釋門章服儀

出家者の衣装の儀式

神州沙門釋道宣述

神州沙門 釋道宣 述

有漢陰沙門。告於秦山開士曰。僕聞。慈濟之道。通古之所式瞻。弘施之方。由來於焉景仰。豈非仁育成化。則覆燾冠於兩儀。攝御開業。則惠澤逾於三大。固當恢廣夷路。顯性命於四生。疎解精靈。暢慈悲於九有。比見諸沙門。威容崇盛。言行殊倫。深登耆域之譏。重納隱侯之責。蠶絲被體。非華綺。無以肆其心。柔茵仰藉。非輕軟無以安其慮。衣食斯恥。既失德於儒宗。聖種頓亡。固喪道於玄府。是則專門靜訓。徒張誡誥之儀。遵途蓋寡。妄設譏遮之約。將非正法頹紐終於千六百年乎。輒以所疑。請為披釋。開士曰。自法王利見盛。開導於慈悲。博愛之道。寔津梁於品彙。欲界亂善尚兼濟。為言初。色有靜緣。亦四弘為導首。況復道超區宇。德跨樊籠。非安忍於不仁。豈容情於殺戮。斷可知矣。卿不聞乎。重為開引。肉食之與蠶衣。隨機開制。損生之與害命。終期頓斷。是知適化之舉。妙以達性為功。攝用之略。畢歸資理為務。但以淳源久謝。澆風不追。遂使袈裟有變白之徵。沙門絕搜玄之路。擁膝長想。伊何具言。彼沙門曰。僕本漢陰荊楚外屏。薄蒙餘慶。叨倖望蹤。每聞。變俗形服。為入道之初門。靜處思微。樹出世之元旨。至於衣食之累。久捐擲於俗塵。見愛之纏。未解散於胸臆。所以不遠千里。問道三秦。至止已來。更新其致。向蒙餘論薄示規猷。而昏識未萌。倒情難曉。請重書紳。廣開衢路。庶使儀形有據。法炬之照。常明幽途重朗。道樹之風逾遠。余重諭曰。原夫道隆下土。綱領一焉。理則廓紛累於清心。事則顯嘉相於形有。良以正道玄漠。長劫之所未窺。靈胤昭彰。含識於斯攸仰。是知。鹿園創啟。鶴樹終期。開萌濟世之模。昌示容光之迹。剃染之異。變俗習之生常。量據之儀。必幽求於正撿。且四含八藏。難用備尋。一襲三衣。何容昏曉。既是釋門常務。無時不經。義匪妄存。事符真教。固使住法萬載。唯承形服之功。出有三聖。咸祖前修之業。今略為子位以十篇。隨篇組織務光陳迹。

ある時、漢陰の沙門が秦山の開士に告げて言った。 「私は聞くところによれば、慈悲による救済の道は、古来より模範とされてきました。広く施しを行う方法は、昔から敬われてきました。これは、仁愛による育みが教化を成せば、その覆いのごとき恩恵は天地に勝り、摂受し導く業を開けば、恵みの恵沢は三劫を超えるからです。本来ならば、広く平らな道を開き、四生の生命を顕かにし、精霊を解き放ち、九有の衆生に慈悲を行き渡らせるべきでしょう。

ところが近年、沙門たちを見ると、威儀や容姿が尊大で盛んになり、言行が他と異なり、深く耆域の非難を招き、重ねて隠侯の責めを受けています。絹の衣を身にまとうのは、華やかさがなければ心を満たせず、柔らかな敷物に頼るのは、軽く柔らかでなければ安らぎを得られないからです。衣食に恥じる心を失い、儒宗の徳を欠き、聖なる種は頓に滅び、玄妙な道を失っています。これでは、専心に修める教えも、ただ戒めの儀式を空しく説くばかりで、道に従う者は少なく、無理に戒めを設けても虚しい約束に過ぎません。まさに正法の綱が千六百年に及んで崩れようとしているのではありませんか。

そこで、私の疑問を申し上げ、どうか解き明かしてください。」

開士が答えた。 「法王が世に現れて、慈悲を広く開き導かれて以来、博愛の道は、実にあらゆる生きとし生けるものの橋渡しとなっています。欲界の乱れた善さえも兼ね救うことを初めとし、色界の静かな縁も、四つの広大な誓願を先導とします。ましてや、道が世界を超え、徳が束縛を越えた境地にあっては、不仁に甘んじることなく、殺戮に心を許すはずがありません。それは明らかです。あなたは聞いていないのですか。

重ねて、わかりやすく説きましょう。肉食と蚕糸の衣については、機に応じて開いたり制限したりします。生き物を損なうことや命を害することは、最終的には断ち切るのが目的です。したがって、教化に適した行いは、妙に本性に達することを功徳とし、摂受し用いる方法は、すべて道理に資することを務めとするのです。ただ、純粋な源が久しく失われ、浅薄な風が追い及ばなくなったため、袈裟に白く変わる兆しが現れ、沙門に玄理を探求する道が絶えてしまいました。ひざを抱えて長く思いを巡らせても、何と語ればよいでしょうか。」

その沙門が言った。 「私はもともと漢陰の荊楚の外れの者で、わずかに余慶を蒙り、幸いに迹を慕って参りました。常に聞くところでは、俗を変えて形を服することは、入道の初めの門であり、静かにして微細を思うことは、出世の本来の宗旨を立てるものだと。衣食の煩わしさは、とっくに俗塵に捨て去り、見愛の執着は、まだ胸の内で解けていません。それゆえに、千里を遠しとせず、三秦の地に道を問うて参りました。到着して以来、その趣を新たにしました。先ほどは、おおまかに教えの道筋を示していただきましたが、愚かな識はまだ芽生えず、倒れた情は悟りがたい。どうか、それを帯に書き記すようにお示しくださり、広く道の路を開いてください。そうすれば、儀形に拠るべきものがあり、法の炬火の照らしは常に明らかであり、冥い道に再び光が当たり、道樹の風はさらに遠く及ぶでしょう。」

私は重ねて諭した。 「そもそも、道がこの世に盛んになるのは、その綱領が一つだからです。理は、清らかな心に煩悩を払いのけること、事は、形あるものに嘉相を現すことです。まことに、正道は玄妙で広く、長い劫の間にもまだ見通せず、霊胤は明らかに顕れ、生きとし生けるものはここに仰ぎ見るのです。したがって、鹿園に説法が開かれ、鶴林に涅槃が定まったことは、世を救う模範の始まりであり、光の跡を明らかに示したものです。剃髪染衣の異なることは、世俗の習慣を変えて常とすることであり、量り拠るべき儀式は、必ず幽かに正しい規範を求めるものです。

また、四阿含や八蔵は、すべてを備えて尋ねるのは困難ですが、一つの衣と三つの衣は、昼夜を問わず、どうして用いないことがありましょうか。これは、すでに釈門の常務であり、時に経ないことはありません。義は妄りに存するのではなく、事は真実の教えにかなっています。まことに、法が万載にわたって存続するのは、ただ形と服の功によるのです。世に現れた三聖も、みな先人の修行の業を祖としています。

今、あなたのために十篇にまとめて示しましょう。篇ごとに配列し、先人の迹を明らかにすることに努めます。」

制意釋名篇第一 立體拔俗篇第二 勝德經遠篇第三 法色光俗篇第四 裁製應法篇第五 方量幢相篇第六 單複有據篇第七 縫製裁成篇第八 補浣誠教篇第九加法行護篇第十。

第一 教えの目的と名前の説明 第二 教えを立て、俗世を超越すること 第三 優れた功徳が遠くに伝わること 第四 法の色が俗世を照らすこと 第五 製作が教えにかなうこと 第六 大きさや形、旗の印 第七 一枚仕立てと複数仕立ての根拠 第八 縫って仕立て、裁ち整えること 第九 修繕と洗濯の正しい教え 第十 作法を加え、実践を護ること


1 制意釋名篇

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