翻刻教誡律儀敘
教誡律儀序
諸善律儀,佛家之柱石也;道品之樓觀,禪定之心城,皆基于此矣!南山大師,嘗著《行事鈔》若于卷,廣開毘尼之學風。然其文浩瀚,望洋難闖,故重編此書,以誘奘新學;文簡義深,行相條件提耳,指掌可謂至矣!牛門正定教院弦我上人,捐衣鉢資翻刻之,布于世。今復欲附其𮝨版于我緣山,以施之乎四方。一日上人來謀于余,余嘉其志,重謀諸上座,上座允之,乃印刷之。則字畫鮮明、章句精正,頗為善本。古人曰:流通法者,莫若於印造。吁上人意蓋在于比歟!頃日,余應諸子之囑講此書,因粗攄其引,由爾。
あらゆる善き戒律は、仏教の礎であり、悟りへの道のりや、禅定の心の城も、すべてこの上に築かれる。南山大師(道宣律師)は、『行事鈔』を著し、毘尼(戒律)の学問を広く開かれた。しかし、その内容は浩瀚で、学び始めた者には大海を前にしたように取っ掛かりが難しい。そこでこの書をあらためて編み直し、新しい学び手が入りやすいよう導こうとした。文章は簡潔でありながら、その意味は深く、修行の具体的な様子も丁寧に示されており、手に取るようにはっきりと説かれている。これはまさに至れり尽くせりと言えるだろう。
牛門正定教院の弦我上人は、自らの衣鉢の資財を用いてこの書の版木を再刻し、世に広められた。さらに、その版を我が縁山(光明山古義真言宗大本山)に納め、広く四方に施そうとされた。ある日、上人が私のもとに来て、この計画について相談された。私はその志を立派に思い、師僧たちと慎重に相談したところ、皆が賛成された。こうして版を刷ることになったが、その文字は鮮明で、章句も精確であり、たいへん良い版本となった。
古人は「教えを広めるには、版本を印刷して広めることに勝る方法はない」と言った。ああ、弦我上人のお心も、まさにこの点にあったのであろう。近頃、私は若い修行者たちの求めに応じてこの書を講じることになった。そこで、この書が生まれた経緯を大まかに記し、その序文とすることとした。
安政戊午春正月 緣山南溪圓海撰
安政5年(1858年)の春、正月 緣山南溪の圓海が撰す
教誡新學比丘行護律儀
新学比丘のための律儀守護の教誡
終南山沙門道宣述
終南山の僧 道宣が述べる
觀夫創入道門,未即閑其妙行。要遵承以法訓,方乃曉其律儀;事若闕於師承,持護冥然無準。故知不有教誡,行相誰宣;不有學人,軌模奚設!然釋迦行化,法本西天;自金口收光,言流東域。化教含其漸頓,灑定水於三千;制教輕重斯分,熏戒香於百億。律制五年依止,意在調伏六根;有智聽許離師,無智猶須盡壽。屢有初心在道,觸事未諳;曾不尋其教章,於法每纏疑網。或非制而制,是制便違;或云我是大乘之人,不行小乘之法。如斯者眾,非一二三。此則內乖菩薩之心,外闕聲聞之行,四儀既無法潤,乃名枯槁眾生。若此等流,古今不絕。自非持法達士,孰能鑒之者哉!
時有學人,運情疎躁,求行者少,求解者多,於制儀門,極為浮漫。夫以不修禪那三昧,長乖真智之心;不習諸善律儀,難以成其勝行。是以古今大德,實為世者良田。淨業成於道儀,清白圓於戒品。氣高星漢,威肅風雲,德重丘山,名流江海;昂昂聳傑,秀學千尋;浩浩深慈,恩波萬頃;懷師子之德,現象王之威;人天讚承,龍神欽伏。實謂蒼生有感,世不空然;所以德焰聯輝,傳光靡絕,雅行堅操,真僧寶焉!予乃愧省下流,實懷慚於上德。準教纂斯清訓,以將呈誨未聞。夫戒律之宗,理有任持之志;遂使內自增其心善,外令儀軌可觀。凡諸行條件,錄之後,用光新學,并題序云。行相法都四百六十五條,在下具明。