附半月誦菩薩戒儀式註
半月に一度の菩薩戒の誦戒儀式の註解
毗補提囉怛娜伽耶婆那摩賀
毘補提羅怛那伽耶婆那摩訶
冐地質多沙門 弘贊 注
弘贊(沙門)による注釈
按此誦式。未詳作者。尋其始末。多錄菩薩戒本經及一切有部戒本之文。然菩薩戒本。乃北凉曇無讖法師所譯。其有部戒本。是大唐景龍四年。義淨三藏奉詔譯。今此戒序文云。於像法中者。葢如來滅度一千年。教流漢地。自漢明帝。至宋仁宗辛卯歲。教被此土。一千年。名為像法。自此以後。悉名末法。既云於像法中。明非末法時作。戒本後譯。復非唐上所輯。可是唐末宋初。台教人集也。
この偈頌の誦し方については、作者は明らかではない。その由来を尋ねると、多くは『菩薩戒本経』と『一切有部戒本』の文章を採録している。しかし、『菩薩戒本』は北涼の曇無讖法師が翻訳したものであり、『有部戒本』は大唐の景龍四年に義淨三蔵が詔を受けて翻訳したものである。今、この戒序の文に「像法中に於いて」とあるのは、釈迦如来が滅度されてから一千年後、教えが漢土に流布したことを指す。漢の明帝の時代から宋の仁宗の辛卯の年に至るまで、教えがこの土に及んで一千年となり、これを「像法」と名付ける。それ以降はすべて「末法」と名付ける。「像法中に於いて」と既に言っている以上、末法の時に作られたものではないことが明らかである。戒本は後になって翻訳されたものであり、また唐の時代に編纂されたものでもない。おそらく唐の末期、宋の初期に、天台宗の教えを弘める者が編集したものであろう。
眾中當差堪能誦者誦之。眾既雲集。先舉香讚畢。三稱云。
南無梵網教主盧舍那佛。
次舉開經偈。其誦者昇座。白眾云。
某甲稽首和南。敬白大眾。僧差誦戒。恐有錯悞。願同誦者。慈悲指示。
○初歸敬三寶 二䇿修 三作前方便四誦戒序 五結問 六正誦戒經。