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title: "成唯識論自攷 · No. 823-B 成唯識論自攷錄序"
description: "成唯识论自考是大惠禅师在明代所著的唯识宗重要注疏。该书以玄奘所传唯识思想为基础，系统阐释了唯识三十颂的精义，重点探讨八识理论、三性三无相、转识成智等核心教义。作者大惠禅师通过精微的哲学辨析，深化了对心识结构与修行次第的论述。此作代表了明代唯识学的研究高峰，为研究唯识宗提供重要依据，在汉传佛教思想史上具有承前启后的学术地位，是理解法相唯识体系的重要文献。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cmex33rk31vfojp04f74kqdqh"
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### No. 823-B成唯識論自攷錄序

> 成唯識論自攷録序

相宗一教。茅塞有年。蓋耽靜者流󴥎。西來不立文字之語。謂撥除名相。便可直證菩提。於相違差別義。全無智眼。試思。楞伽四卷是誰携來此土。世界中種種名相。何者不攝。彼經云。略說有三種。廣說有八相。曰三。曰八。離識之外。更指何物。我聞如是。而於唯識論。可置弗講耶。邇時勝義上人。善根居士。藉此為究竟資糧者不乏。然能通其義而箋釋之者。僅僅數家。高原俗詮之出最先。不無異同之議。一兩之集解。王太史之證義。精覈詳贍。超俗詮。而上覽者自知。紹覺之音義。絕筆於第八卷。手澤具存。惜非完璧。然光輝之缺月。固賢於󳬿朧之全月。會須廣布原本以惠後來。靈源慧師自攷錄之出最晚。而義最豐而旨最正。洵哉其盡善矣。蓋論師之疏決文言。猶工師之造機關。木人脉絡。節腠張減。毫髮不得。不爾。便犯受一塵捨一法之過。識論揉於奘師。而比量即立於奘師。以奘師所立之量。證奘師所揉之論。三支圓滿。毋漏毋濫。方稱合轍。他家或不盡爾。而慧師獨冥契斯理。故曰洵哉其盡善也。蓋師受紹公衣鉢之傳。如領長者家業全而有之。已復駐鍚燕都。披閱大藏。凡涉相教。輙鏤心板。先後研究三十餘年。故能弘宣佛音。等仰完器。付囑學眾。類瀉異瓶。斯豈易易哉。斯豈易易哉。余於此道。茫如望洋。未測涯涘。而沾沾嚮往。不啻屠門之嚼。展是錄也。如入大官厨。嘗一臠而知為異味。𮨇自攷第自利而止。若曰利他。非梓弗永。會海幢卓居士。先獲我心。蠲金而付剞劂氏。從茲習唯識者。執此為指南。不至入稠林而墮惡塹。其功德豈小補耶。

> 相宗の一教は、長らく私の心を塞いでいた。静寂に耽る者たちは、西から伝わった「文字を立てず」という言葉にこだわり、名相を払い除ければ直ちに菩提を証することができると考え、相の違いや差別の意味について、全く智慧の眼を持たなかった。試みに考えてみよ。『楞伽経』四巻は誰がこの地にもたらしたのか。世界の中の種々の名相で、何が含まれていないというのか。あの経には、略して説けば三種あり、広く説けば八相があるとある。三と言い、八と言う、これらは識の外に何を指すというのか。私はこのように聞き、唯識論を講じないでおくことができようか。 近頃、勝義上人や善根居士のように、これを究極の資糧とする者は少なくない。しかし、その意味を通じて注釈を施すことができる者は、わずか数家に過ぎない。高原の俗詮が最初に出たが、異同の議論がないわけではない。一両の集解や王太史の証義は、精緻で詳しく、俗詮を超えている。読む者は自ら知るであろう。紹覚の音義は第八巻で筆を絶ち、その手跡は残っているが、惜しいことに完璧ではない。しかし、光輝ある欠けた月は、確かに朧朧たる満月よりも優れている。早く原本を広く布教して、後の人々に恵みを与えるべきである。霊源慧師の『自攷録』は最も遅く出たが、その意味は最も豊かで、その趣旨は最も正しい。まことに、これこそ尽善尽美である。 論師の疏が文言を解き明かすのは、ちょうど工匠が仕掛けを作るようなもので、木人（からくり人形）の脈絡は、節や関節の張りや緩みが、髪の毛一本分も狂ってはならない。そうでなければ、一塵を受け、一法を捨てるという過ちを犯すことになる。識論は玄奘師によって編まれ、比量（推論）もまた玄奘師によって立てられた。玄奘師が立てた量（論証）をもって、玄奘師が編んだ論を証するならば、三支（宗・因・喩）が円満で、漏れも濫りもなく、まさに軌道に合っていると言えよう。他の家は必ずしもそうではないが、慧師だけがひそかにこの理に合致している。だからこそ、まことに尽善尽美であると言うのである。 慧師は紹公の衣鉢の伝授を受け、あたかも長者の家業をすべて受け継いだかのようであった。その後、燕都（北京）に留まり、大蔵経を読みふけり、相教に関わるものはすべて心に刻み込んだ。前後三十余年にわたって研究を重ねたため、仏の音声を弘め宣べることができ、完璧な器のように仰がれ、学衆に付嘱する様は、異なる瓶に注ぐかのようであった。これはたやすいことだろうか。たやすいことだろうか。 私はこの道について、大海を望むように茫洋としており、その涯を知ることができない。しかし、心惹かれて憧れる気持ちは、屠殺場の門前で肉を噛むようなものではない。この『自攷録』を開けば、あたかも大官の厨房に入り、一切れを味わって異なる味わいを知るようである。『自攷録』は自利に止まっているが、利他と言うならば、版木に刻まなければ永続しない。ちょうど海幢の卓居士が、私の心に先んじてこれを得、金を出して彫刻師に託した。これより唯識を学ぶ者は、これを手引きとして、密林に入って悪しき堀に落ちることはないであろう。その功徳は、小さな補いに止まらないであろう。

崇禎戊辰嘉平月之望瓶城居士閔夢得題

> 崇禎戊辰年の嘉平月の望日、瓶城居士の閔夢得が題す。