No. 1636-A金剛經感應故事分類輯要序
No. 1636-A 金剛経感応故事分類輯要 序
金剛經者。大乘正宗也。如來云。一切諸佛。及諸佛阿耨多羅三藐三菩提法。皆從此經出。是此經乃聖教之骨髓。其功德不可思議。誦之者。可以照破諸相。洞見性源。直達涅槃彼岸。豈徒種種福報。感應不爽已哉。然明其道不計其功。在利根上智或能之。若中下之士。不覩福報。信心不堅。何以使之樂誦不倦乎。此余既作句解。復有感應分類之輯也。第古今傳記。所載事跡。鑿鑿可據者。不下數千餘條。盡錄則煩。恐人難記。茲擇其切要者。五十條。分為十八類。皆有感輒應。捷於影响。洵足轉化未信。啟人樂誦之心矣。𮨇其應亦有淺深小大之不同。如自延壽愈疾。生子登科。以及脫難還陽等事。率皆享世間福報。乃有漏之因。非出世者所重。惟歸西一節。則能了生死。脫輪迴。直登極樂之鄉。與諸佛菩薩。共會一處。此真學道者之歸宿也。凡持誦。解說。書寫。刻施。原以求此而已。外此種種靈應。特緒餘耳。功有淺深。效有小大。願覧是編者。高處著眼。
『金剛経』は大乗仏教の真髄です。如来は「すべての諸仏と、諸仏の無上正等覚(アノクタラ・サンミャク・サンボダイ)の法は、みなこの経から生じる」と説かれました。すなわち、この経典は聖なる教えの核心であり、その功徳は計り知れません。これを読誦する者は、あらゆる相を照らし破り、本性の源を明らかに見極め、直接涅槃の彼岸に達することができます。単なるさまざまな福報や感応が確かに現れるというだけではありません。
しかし、その道理を明らかにして功徳を顧みないことは、利根で智慧のある者には可能かもしれません。中程度や下の根機の者にとっては、福報を目にしなければ信心が固まらず、どうして喜んで飽きずに読誦させることができるでしょうか?そこで私は、すでに句解を作りましたが、さらに感応を分類して編集しました。
古今の伝記に載っている事跡で、確かに信頼できるものは数千条にも上ります。すべてを記録すれば煩雑になり、覚えきれない恐れがあります。そこで、その中から重要なもの五十条を選び、十八の分類に分けました。いずれも感応があれば即座に応じ、影や響きよりも速やかです。まことに未だ信じない者を転化し、人々の楽しく読誦する心を引き起こすに足ります。
しかし、その感応にも浅深・小大の違いがあります。寿命を延ばし病を癒し、子を授かり科挙に合格するなどの事柄は、みな世間的な福報を享受するものであり、これは有漏の因であって、出世間の者が重んじるものではありません。ただ、西方極楽浄土に往生するという一事だけは、生死を了脱し、輪廻から脱して、直接極楽の世界に登り、諸仏・菩薩と共に一処に集まることができるのです。これこそ、まことの学道者の帰すべきところです。
読誦し、解説し、書写し、刻み施すことは、すべてこれ(往生)を求めるからにほかなりません。これ以外のさまざまな霊験は、ただの余り物にすぎません。功に浅深あり、効に小大あり。どうかこの編集を観る者は、高いところに目を向けてください。
乾隆二十六年二月八日歸一居士王澤泩謹題
乾隆二十六年(1761年)二月八日、帰一居士 王沢泩(おうたくせい)が謹んで記す。