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  1. 洛陽伽藍記校釈 (洛陽伽藍記校釋)
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  4. 魏昌尼寺
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洛陽伽藍記校釈 (洛陽伽藍記校釋)


○魏昌尼寺,閹官瀛州刺史李次壽所立也。(次壽名堅,高陽易人也。魏高宗初坐事為閹人,稍遷給事中,賜爵魏昌伯。世宗初,自太僕寺卿出為瀛州刺史。其事詳魏書卷九十四及北史卷九十二。瀛州,魏太和十一年置,今之河北河間縣。此尼寺蓋即以其爵名稱之也。)在里東南角。(即建陽里。)
即中朝牛馬市處也,刑嵇康之所。(此與上文重複。)
東臨石橋。
此橋南北行。晉太康元年中朝時市南橋也。澄之等蓋見此橋銘,因而以橋為太康初造也。(水經注云:「橋南有二石柱,並無文刻。」故衒之謂劉澄之或見此橋有銘也。)

崇真寺
景興尼寺

CBETA コード: B0077

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