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title: "選擇傳弘決疑鈔 · 篇旨"
description: "選擇傳弘決疑鈔是日本淨土宗高僧釋良忠所著的重要佛教典籍。該書撰寫於日本鎌倉時代，是對淨土宗根本教典選擇本願念佛集的權威注釋與闡發。其核心內容在於系統闡釋淨土宗的教義精要，特別是對本願他力、念佛往生等核心概念進行了深入辨析與決疑，旨在堅固行者對淨土法門的信心。此鈔在日本淨土宗教義體系中佔有承前啟後的關鍵地位，被視為理解與弘傳淨土思想，特別是良忠一系法脈的權威依據，對後世影響深遠。"
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問。止住百歲。其時難測。何定末法万年後耶。󷨽。綽導基師。俱約末法万年之後。興師偏依法住記。約增劫人壽七万歲之後。感師具引二義。不判是非。群疑論第三云。有釋。經道滅盡。依大悲經。正法千年。像法千年。末法万年。万年之後經道滅盡特留此教。更住百年。此刀兵劫時。人多造惡。所執草木悉成刀劒。互相殺害。瞋毒熾盛。人壽十歲。身長二肘。於此󳭌中。更不修諸餘甚𭰹戒定慧三學。唯能念佛。厭此娑婆三災五濁極苦𢙉亂處。願生西方安樂世界故。佛知此時眾生。苦重能生厭離故。以慈悲特留此經。於諸經後止住百歲。在刀兵劫利益有情。又有釋言。如尊者慶友󵘸法住記言此佛法。刀兵劫後。人心厭惡。咸起慈心。不相殺害。共相怜愍。如父如子。命漸增長。至滿百年。十六大阿羅漢。三明六通。具八解󷑆。善閑三藏十二部經。受佛付屬。住持正法。利益眾生。不般涅槃。并餘眷屬大阿羅漢。萬餘徒眾。還以如來三藏教法。𭰹行於世。化導群生。造寺度僧修戒定慧。佛法熾盛至增劫人壽六万󷠸末七万歲初。諸阿羅漢。揔集如來所有舎利。共造寳󷘳。十六阿羅漢與諸眷屬遶󷘳供養散諸香華。瞻仰禮已。俱𭥧虚空。作如是言敬禮世尊釋迦如來應正等覺。我受教𮰍。護持正法。及與天人作諸饒益。法藏已沒。有緣已周。今辞滅度。󵘸是語已。一時俱入無餘涅槃。其舎利󷘳便陷入地。至金輪際。方乃停住。其三藏教。在舎利前。先已滅沒。經一百年。唯此淨法。與舎利󷘳及阿羅漢。一時滅沒。尒時。世尊釋迦牟尼無上正法。於斯三千大千世界。𣱵滅不現。從此無間。此佛土中。有七方俱󷱼獨覺一時出。聖眾復皆滅度。次󳇐勒出現世間。還為眾生󵘸淨土教。令無量眾得生淨土。如是展轉。賢劫千佛。及後諸佛。出興於世。皆󵘸淨法。𭄿生西方。乃至十方。亦復如是。其阿彌陁佛。壽命無量阿僧祇劫未滅度。來十方世界。諸佛出現。對彼阿󳇐陁佛有緣眾生。皆󵘸淨法。𭄿生淨土。故此經道滅盡。特留此經百年。當此時也。問。無量壽經󵘸。於未來世經道滅盡。我以慈悲哀愍特留此經。止住百歲。然一切經教。皆化物利益眾生。讀誦受持。咸滅重罪。乗聞正法。皆得離苦。何為餘大乗經。悉皆隱沒。唯留此教矣止住百年。釈言大聖世尊。出興於世。一音󵘸法。各隨類解。聞法悟道眾若塵沙。或得四道果。或獲無生法忍。或離三惡道趣。或生人天淨土。或益及一時。或遐沾󷡳代。眾生宿有聞法善根。逢佛真教。受持讀誦。咸得利益。眾生薄福。感化緣絕。所有聖教。皆隱龍宮。所有法衣。不受染色。布󷨊羯磨。󵘸戒受戒悉皆不成。甚𭰹大乗。真如實相平等妙理。非彼所知。故先隱沒。不行於世。唯有念佛易學。淺識凡愚。猶能修習。󳫠濟苦難。利益弘𭰹。尚有此機。堪行此法。大聖悲愍。特留百年。以此經文。准知佛法漸滅。眾生福薄。唯茲淨教。特益此時。故以法驗時。誠是當根佛法。故觀經數處。皆言為未來世一切眾生。󵘸是教法。請諸道俗。󷲡此聖教。驗彼當根。無得信於人語。不依佛語已上。

> 問う。百歳の間とどまるといえども、その時は測りがたい。どうして末法一万年後と定めるのか。 答う。綽・導・基の諸師は、ともに末法一万年後に約している。興師はひとり『法住記』に依って、増劫のとき人の寿命七万歳の後に約す。感師は二義を具に引いて、是非を判じない。 『群疑論』第三にいう。ある解釈では、経道が滅尽するのは『大悲経』による。正法は一千年、像法は一千年、末法は一万年。一万年後、経道は滅尽するが、とくにこの教えを留めて、さらに百年の間とどめる。これは刀兵劫のとき、人は多く悪を造り、執る所の草木もことごとく刀剣となり、互いに殺害し合い、瞋恚の毒は盛んに燃え盛り、人の寿命は十歳、身の長さは二肘となる。このときに、他の深い戒・定・慧の三学を修することはできない。ただ念仏することができるのみである。この娑婆世界の三災・五濁の極めて苦しく悩ましい処を厭いて、西方安楽世界に生まれたいと願う。それゆえ仏は、このときの衆生は苦しみが重く、厭離の心を生じることができると知って、慈悲をもってとくにこの経を留め、諸経の後に百歳の間とどめて、刀兵劫において有情を利益するのである。 またある解釈では、尊者慶友の『法住記』にいう。この仏法は、刀兵劫の後、人心は悪を厭いて、みな慈心を起こし、互いに殺害せず、ともに憐れみ合い、父と子のごとくなる。寿命はしだいに増長して、満百年に至る。十六大阿羅漢は、三明・六通・八解脱を具え、三蔵十二部経によく通じ、仏の付嘱を受けて正法を住持し、衆生を利益して、涅槃に入らない。ならびにその他の眷属の大阿羅漢や万余の徒衆とともに、なお如来の三蔵教法をもって深く世に行じ、群生を教化導引し、寺を造り、僧を度し、戒・定・慧を修する。仏法は盛んに行われて、増劫の人の寿命六万歳の終わり、七万歳の初めに至る。諸阿羅漢は、如来のすべての舎利を集めて、ともに塔を造る。十六阿羅漢は諸の眷属とともに塔を巡って供養し、諸の香華を散じ、瞻仰し礼してのち、ともに虚空に昇って、このように言う。「敬って世尊釈迦如来応正等覚に礼す。我らは教勅を受け、正法を護持し、天人のために諸の饒益をなす。法蔵はすでに没し、有縁はすでに周り終えた。今、辞して滅度せん」と。この語を終えて、一時にともに無余涅槃に入る。その舎利塔は地に陷り、金輪際に至って、ようやくとどまる。その三蔵教は、舎利塔の前に、先にすでに滅没する。百年を経て、ただこの浄法のみが、舎利塔および阿羅漢とともに、一時に滅没する。そのとき、世尊釈迦牟尼の無上正法は、この三千大千世界において、永遠に滅して現れない。この後、間を置かず、この仏土に七方の倶脱・独覚が一時に出現するが、聖衆はまたみな滅度する。次いで慈氏（弥勒）が世に出現して、また衆生のために浄土の教えを説き、無量の衆生をして浄土に生ぜしめる。このように展転して、賢劫の千仏および後の諸仏が世に出興して、みな浄法をもって、衆生に西方に生まれることを勧める。十方においても、またこのようである。その阿弥陀仏は、寿命無量の阿僧祇劫にして滅度せず、来たって十方世界の諸仏が出現して、かの阿弥陀仏と縁ある衆生に対して、みな浄法をもって浄土に生まれることを勧める。それゆえ、この経の道が滅尽するとき、とくにこの経を留めて百年の間とどめるというのは、まさにこの時である。 問う。『無量寿経』にいう。「未来世において経道が滅尽するとき、我は慈悲哀愍をもってとくにこの経を留め、百歳の間とどめん」と。しかしながら、すべての経教は、みな物を化して衆生を利益するものであり、読誦受持すれば、みな重罪を滅し、正法を聞くに乗じて、みな苦を離れることができる。どうして他の大乗経はことごとく隠没して、ただこの教えのみを留めて百歳の間とどめるのか。 釈するに、大聖世尊は世に出興して、一音をもって法を説き、各々類に随って解する。法を聞いて道を悟る衆生は塵・砂のごとく多く、あるいは四道の果を得、あるいは無生法忍を得、あるいは三悪道の趣を離れ、あるいは人天・浄土に生まれる。あるいは一時を益し、あるいは遠く後代に及ぼす。衆生は過去に法を聞く善根を有し、仏の真の教えに逢いて、受持読誦すれば、みな利益を得る。しかし衆生は福が薄く、教化の縁は絶える。すべての聖教は、みな龍宮に隠され、すべての法衣は、染色を受けることができない。布薩・羯磨・受戒は、みな成就しない。甚深の大乗、真如実相の平等の妙理は、彼らの知る所ではないがゆえに、先に隠没して、世に行じない。ただ念仏のみは学びやすく、浅識の凡愚でも、なお修習することができる。苦難を済い、利益は広大である。なおこの機が有って、よくこの法を行うことができる。大聖は悲愍して、とくに百年の間留めるのである。この経文をもって、仏法がしだいに滅し、衆生の福が薄いことを知る。ただこの浄教のみが、とくにこの時を益するのである。ゆえに法をもって時を験すれば、まことにこれ当根の仏法である。それゆえ『観経』の数処に、みな「未来世の一切衆生のためなり」と言う。この教法をもって、諸の道俗に請う。この聖教をもって、かの当根を験せよ。人の語を信じ、仏の語に依らないことがあってはならない。