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五百羅漢尊号 (五百羅漢尊號)

「五百羅漢尊號」について

明 · 高道素手錄 著

6,076 字 · 約 20 分

『五百羅漢尊号』は、明代の在家信者である高道素によって編纂された、五百羅漢の名号を体系的に整理した漢伝仏教の典籍です。この書は、明末の仏教復興の潮流の中で生まれ、編者は歴代の経典や民間伝承を幅広く収集し、比較的完全な羅漢の尊号体系をまとめ上げました。内容は主として五百人の羅漢それぞれの具体的な名号を列挙しており、賓度羅跋囉惰闍、迦諾迦伐蹉など、各羅漢には独特の称号が添えられ、漢伝仏教における羅漢集団の体系的な構築を示しています。この著作は、漢伝仏教の羅漢系譜の空白を埋めただけでなく、後世の寺院における塑像や絵画制作の重要なよりどころとなり、仏教芸術と信仰の普及において先駆けと後継をつなぐ鍵となる役割を果たしました。中国の羅漢文化を研究する上で重要な文献です。


題羅漢尊號碑 鑑十

阿羅漢の尊号を題した碑  鑑十

先大夫玄期公之生也先贈君宇培公實夢明水懷忠大溈如晦玉泉道素三高僧投宿遂以如晦命為小字長而奇慧里有聖童之目年十二曾王父刺史公以侍養歸携過舍旁竹林廟廟祝乞大士殿柱聯刺史公方吮墨而先大夫遽走別室私作擘窠大書云如來已現光明藏羽客偏持清靜經刺史公驚喜輒用題柱自是益棲心禪學祖父知而禁之不止也未幾刺史公與先贈公相繼捐舘外侮踵至家岌岌且不保遂抑志工舉子業弱冠舉浙闈皈依蓮池大師以明水為別號自是且習為禪誦遊戲書畫竝有絕詣性嗜古圖書彝鼎羅列景玄堂中而精廬古寺殘碑斷碣無不搜集尤性之所躭云五上春官報罷至已未感異夢更名某乃第即玉泉師故名也一日散步燕市遇木里浦真如菴僧售一蠹幀諦視之乃南宋江陰軍乾明院羅漢尊號碑也住世十八尊者石橋五百尊者名號咸備有紹興間葉內翰清臣讚曰覺雄示入滅尊者俱受記現彼聲聞身護茲濁惡世他方自感通此地真靈秘一路指橋西誰明導師意先大夫亟購歸補綴手書一過藏之笥中今二十五年矣客有見而問曰先公既篤信大雄氏此幀奚勿宣傳之予曰先大夫生平不知人間世有剞劂事也初出三冠童子軍超次授餼一戰而中副車再戰而魁賢書既而掇南宮高第未嘗刻一試牘下筆詞賦妙麗頃刻數千言而篋無留稿從未有詩古文辭之刻總以性近嵇嬾冥悟在心不繫區區楮墨間也予且購求良工以先大夫手書者壽之金石廣置名山使覽者得盡識尊者名號生歡喜心而先大夫夙因或亦不致泯沒客姑俟之因備識其顛末如此。

先大夫玄期公が生まれた時、先贈君宇培公は夢に明水懐忠、大潙如晦、玉泉道素の三高僧が宿を求めて来たのを見たため、如晦と名付けて幼名とした。成長すると非凡な才能を示し、里では聖童と称された。十二歳の時、曽王父の刺史公が養生のため帰郷し、彼を連れて竹林の廟に立ち寄った。廟の住職が観音殿の柱聯を所望したため、刺史公が墨をふくんでいる隙に、先大夫は別室に走り込み、大きな字で「如来すでに光明蔵を現す、羽客ひたすら清静経を執る」と書いた。刺史公は驚喜し、すぐにこれを柱に用いた。以来、ますます仏教に心を寄せ、祖父はそれを知って禁じたが、聞き入れなかった。

間もなく刺史公と先贈公が相次いで亡くなり、外部からの圧力が続き、家は危機に瀕したため、志を抑えて科挙の学問に励んだ。弱冠で浙江の科挙に合格し、蓮池大師に帰依して明水という別号を得た。以後、禅に親しみ、書画を楽しみ、いずれも絶妙な境地に達した。古書や青銅器を好み、景玄堂に並べ、名刹古寺の碑文や断片を収集することに特に熱中した。

五度の科挙に失敗した後、己未年に異夢を見て改名し、ついに合格した。これは玉泉師の名に由来する。ある日、燕市を歩いていると、木里浦の真如菴の僧侶が虫食いの絵を売っていた。よく見ると、南宋時代の江陰軍乾明院の羅漢尊号碑だった。現世の十八尊者と石橋の五百尊者の名号がすべて記されており、紹興年間に葉内翰清臣の賛に「覚雄は入滅を示し、尊者は皆授記を受く。彼の声聞身を現じ、この濁悪世を護る。他方より自ずから感通し、此地に真に霊秘あり。一路は橋西を指す、誰か導師の意を明らかにせん」とあった。先大夫は急いで買い取り、修繕して自ら筆写し、箱にしまった。今から二十五年が経つ。

ある客がこれを見て尋ねた。「先公は仏教を篤く信仰されていたのに、なぜこの絵を広めなかったのですか?」私は答えた。「先大夫は生涯、世に出版というものがあることをご存じなかったのです。初めて科挙に合格してから秀才となり、副榜、賢書、そして進士となるまで、一度も答案集を刻したことはありません。詩文や美文も瞬時に数千言を書き、原稿も残さず、詩歌や文章の集録を刻んだことは一度もありません。それは彼の性が嵆康のように懶惰であり、悟りは心にあり、紙や墨にこだわらなかったからです。私がまもなく良い職人を求め、先大夫が手書きしたものを石に刻み、名山に安置して、見た人々が尊者たちの名号をすべて知り、歓喜の心を生じるようにしよう。そうすれば、先大夫の過去の因縁もおそらく消え去ることはないだろう。客はしばし待たれよ。」これにより、このように顛末を詳しく記す。

時崇禎癸未孟夏高承埏敬識于寶坻官舍

ただしく思いをひとつにする人の智慧は、深く澄みきっている。心の迷いが静まり、清らかな川の流れのようだ。それこそが智慧の真実の姿である。

五百羅漢尊號

五百羅漢尊号

賜進士出身奉政大夫嘉興高道素斗光手錄

進士出身・奉政大夫・嘉興・高道素(斗光)手録


五百羅漢尊號

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