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  1. 菩薩瓔珞経自誓受菩薩五重戒法 (菩薩瓔珞經自誓受菩薩五重戒法)
  2. 析疑 (析疑)
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菩薩瓔珞経自誓受菩薩五重戒法 (菩薩瓔珞經自誓受菩薩五重戒法)


隨分自誓受菩薩戒文析疑
釋弘一

釈弘一

我名□□。仰啟十方一切如來,已入大地諸菩薩眾。我今欲於十方世界佛菩薩所,誓受菩薩學處淨戒中□□□□□,謂律儀戒、攝善法戒、饒益有情戒。如是學處、如是淨戒,過去一切菩薩已具,未來一切菩薩當具,普於十方現在一切菩薩今具。於是學處,於是淨戒,過去一切菩薩已學,未來一切菩薩當學,普於十方現在一切菩薩今學。 三說

私は□□と申します。十方のすべての如来と、すでに大地に入られた諸菩薩の衆に仰ぎ啓上いたします。私は今、十方世界の仏・菩薩のもとで、菩薩の学びの場である清らかな戒律を誓って受けたいと願います。それは、律儀戒、摂善法戒、饒益有情戒です。このような学びの場、このような清らかな戒律は、過去のすべての菩薩がすでに具えられ、未来のすべての菩薩がこれから具えられ、十方に遍く現在のすべての菩薩が今まさに具えておられます。この学びの場において、この清らかな戒律を、過去のすべての菩薩はすでに学ばれ、未来のすべての菩薩はこれから学ばれ、十方に遍く現在のすべての菩薩は今まさに学んでおられます。

(三回繰り返します)

初、釋自誓受

初めに、釈尊は自ら誓いを受けた。

自誓受者,未得良師,開自受故。 若五戒、八戒自誓受者,如《南山羯磨疏》等委明。 今約菩薩戒自誓受者,如《梵網經》、《占察經》等及《瑜伽師地論》所說。《梵網》自受須見好相,其他經論皆無好相之文。各被一機,隨宜用之。授菩薩戒師具德,如《梵網義寂疏》中略明。師具德者應依師受,若不爾者則開自誓。 《梵網古迹記》云:「問:『自受功德劣耶?』答:『不爾。雖無現緣,心猛利故。』」如《瑜伽師地論》卷五十三云:「自受從他(或自受或從師受),若等心受,亦如是持,福德無別。」

自誓受とは、良き師に巡り会えず、自ら誓いを受けることである。

五戒や八戒を自誓受する場合は、『南山羯磨疏』などに詳しく説かれている。

ここでは菩薩戒の自誓受について述べる。『梵網経』『占察経』など、および『瑜伽師地論』に説かれている通りである。『梵網経』では自誓受するには好相(瑞相)を見る必要があるが、他の経論には好相についての記述はない。それぞれの機根に応じ、適宜用いるべきである。

菩薩戒を授ける師は、『梵網義寂疏』に略説されているように、相応の徳を備えていなければならない。徳を備えた師がいれば、師から受けるべきである。そうでない場合は、自誓受が許される。

『梵網古迹記』にはこうある。 「問う:『自誓受では功徳が劣るのか?』 答える:『そうではない。現前の縁はなくとも、心が猛利であるからである。』」

また、『瑜伽師地論』巻五十三にはこう説かれている。 「自ら誓いを受けるにせよ、師から受けるにせよ、心が平等であれば、その持戒は同じであり、得られる福徳に違いはない。」

二、釋隨分
隨分受者,唯受一、二戒等。 若五戒、八戒隨分受者,見《南山羯磨疏》。 今約菩薩戒隨分受者,見《瓔珞本業經》、《梵網古迹記》及《菩薩戒本宗要》中。據此經義,廣為勸讚。彼云。隨其受者意樂所堪,或受一戒或多,皆得成戒名為菩薩。乃至唯受一戒,猶勝二乘一切功德。菩薩一戒為度一切,無一眾生不荷恩故。 今文空白之處,應補寫受者名及隨分所受之戒名。
三、釋今文改易及具列三聚名
今文依瑜伽自誓受文稍有改易,因須適合隨分受故。 問:「今既隨分受一、二戒,何以文中猶具列律儀戒、攝善法戒、饒益有情戒之三聚名耶?」答:「《梵網賢首疏》云:『攝三聚戒者有二義:一、若從勝為論,各戒一一別配。二、若通辨,每一戒中皆具三聚。謂於此不犯,律儀戒攝;修彼對治之行,攝善法攝。以此二戒教他眾生令如自所作,即為攝眾生戒。』云云。」 今據疏中第二通辨之義,雖受一戒,即三聚攝,亦無妨也。
附記 劉蓮星慧日居士請寫隨分自誓受菩薩戒文,將付影印。為略析其疑義,未能詳盡耳。於時歲次鶉尾秋仲,居茀林禪苑。

依經錄出

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