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title: "雨山和尚語錄 · 住廬山鏡湖禪院語"
description: "雨山和尚语录上思说是清代禅宗典籍由禅师雨山所著。该书成于清代禅宗发展期反映了当时禅林的思想与实践。内容主要为雨山和尚的上堂说法机缘问答及禅修开示旨在引导学人明心见性。其语言简练直指人心承继临济宗风在佛教禅宗史上具有重要地位是研究清代禅宗思想及实践的重要文献对后世禅修者具有深远的指导意义。"
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### 住廬山鏡湖禪院語

> 廬山鏡湖禅院での説法

甲辰夏，新方丈落成，眾請陞座。「豁開華藏，剎海全彰，一莖草上一精藍，寬廓非外；一微塵裏一佛國，寂寥非內。直得釋迦、維摩向者裏各展神通，或掩室摩竭，令無數人天互起淆訛；或杜口毘耶，共三十二大士說盡道理。盡謂光揚宗眼、烜赫佳聲。若撿點將來，大似無風匝匝之波。爭如鏡湖今日茆茨初闢、大座當軒，不用丁一卓二，自然草偃風行，那待豎四橫三，早已渠成水到？家風廓徹、盛業巍峨則且置，畢竟入室安居一句作麼生道？」拈拄杖卓一下，云：「有山皆下拜，無水不朝宗。」

> 甲辰の夏、新しい方丈が完成し、皆が座につくよう請われた。 「華蔵世界が開かれ、あらゆる仏国土がすべて現れる。一本の草の上にも一つの精舎があり、広大な世界は外にあるのではない。一粒の塵の中にも一つの仏国があり、静寂な世界は内にあるのではない。まさに釈迦と維摩がここでそれぞれ神通力を発揮し、あるいは摩竭陀国で室に閉じこもり、無数の人々や天人が互いに誤解を生じさせたり、あるいは毘耶離で口を閉ざし、三十二人の大士とともに道理を説き尽くしたりする。すべては宗派の眼目を光り輝かせ、名声を高めるためだとされる。しかし、よく点検してみれば、まるで風もないのに波が立つようなものだ。どうして鏡湖のように今日、茅葺きの庵が初めて開かれ、大座が軒に臨み、わざわざ丁寧に一つ一つ整える必要もなく、自然に草が風になびき、四方八方に広がるのを待つまでもなく、すでに水路ができて水が流れるようになるのと比べられようか？家風が広く徹し、盛んな事業が高くそびえ立つことはさておき、結局のところ、室内に入って安らかに住むための一言はどのように説くべきか？」 杖を取って一回打ち、「山は皆拝み、水は宗に朝せず。」と言った。

陞座。問：「禾山鼓、雪峰毬不勞拈出，請師別展鎗旗。」師便打，僧便喝，師掩耳，僧無語，師又打。問：「覿面相呈，請師速道。」師云：「大眾見你敗缺。」僧便喝，師云：「兩重公案。」乃云：「釋迦未出世，鷲嶺有家風；達磨一西來，少林無妙訣。無妙訣處，切忌承當；有家風時，那堪埋沒？所以露地白牛，靈苗不顧；丹霄彩鳳，金網全拋。直得信絕并汾，機投密室，威音那畔從來不許夜行，今時門頭須是投明早到。機機不沉毒海，著著截斷眾流，一任紅塵鬧市開大覺場，酒肆茶坊流通正眼，拈一莖草穿臨濟、德山鼻孔，把一粒豆換文殊、普賢眼珠，便恁麼去，猶是門庭施設。且堂奧中一句又如何通信？」良久，云：「衲被蒙頭萬事休，此時山僧都不會。」

> 上座。問う：「禾山の鼓、雪峰の毬、わざわざ取り出すまでもなく、師よ、別に鎗旗を展開せよ。」師、直ちに打つ。僧、喝す。師、耳を掩う。僧、無言。師、また打つ。問う：「顔を合わせて示す、師よ、速やかに道え。」師云く：「大衆、汝の敗れを見る。」僧、喝す。師云く：「二重の公案なり。」乃ち云く：「釈迦未だ出世せず、鷲嶺に家風あり；達磨西より来たり、少林に妙訣なし。妙訣なき処、承当すべからず；家風ある時、いかでか埋没せん。故に露地の白牛、霊苗顧みず；丹霄の彩鳳、金網全く抛つ。直ちに信絶え并汾し、機密室に投ず、威音那畔、従来夜行を許さず、今時の門頭、須らく明け方に早く到るべし。機機、毒海に沈まず、著著、衆流を截断す。一任せよ、紅塵の鬧市に大覚場を開き、酒肆茶坊に正眼を流通せしめ、一茎の草を拈って臨済・徳山の鼻孔を穿ち、一粒の豆を把って文殊・普賢の眼珠を換え、便ちかくの如く去るも、猶是れ門庭の施設なり。且つ堂奥中の一句、如何にして通信せん。」良久して、云く：「衲被、頭を蒙り万事休す、此時、山僧すらも皆会せず。」

陞座。「世尊不說說，齒密不關風；迦葉不聞聞，耳疏不漏事。事不漏，則觀音腳跟點地；風不關，則普賢鼻孔遼天。然後汝發我機，我彰汝用，本地風光頭頭顯煥，圓通三昧處處弛張，直得燈籠露柱交互爭輝，拍板門槌揚聲喝彩。且直下承當是何人也？」良久，云：「把手拽不入。」

> 座に上がる。「世尊は説かずして説き、歯の隙間から風は漏れず。迦葉は聞かずして聞き、耳が遠くとも事は漏れない。事が漏れなければ、観音の足元は地に着き、風が漏れなければ、普賢の鼻孔は天に届く。そして、汝は我が機を発し、我は汝の用を顕わす。本来の姿は一つ一つに輝き、円通の三昧は至るところに広がる。灯籠と露柱が互いに輝きを競い、拍子木と門槌が声を上げて喝采する。さて、直ちに受け止めるとは誰のことか？」しばらく沈黙し、言う。「手を引いても入らせぬ。」

陞座。問：「心月孤圓，光吞萬象，光非照境，境亦非存，光境俱忘，復是何物？」師云：「我到者裏卻不識。」進云：「瞞得大眾眼麼？」師云：「且瞞上座一箇。」進云：「若不上來，焉知端的？」師云：「十萬八千未是遠。」乃云：「遮那境界，觸處全真，林木池沼現無邊身，鱗甲羽毛說無量法，動用不離本際，去來全在剎那，直得心心爾、念念爾、塵塵爾、剎剎爾，正眼觀來，猶是法界量裏在。且超法界一句作麼生道？」良久，云：「芍藥花開菩薩面，棕櫚葉散夜叉頭。」

> 座に上がる。問う：「心の月は孤高に円く、光は万象を飲み込む。光は境を照らすものではなく、境もまた存在するものではない。光も境も共に忘れた時、それは一体何であろうか？」師曰く：「私はここに至って、却って識らない。」進んで云う：「大衆の目をごまかせるか？」師曰く：「まず上座一人をごまかそう。」進んで云う：「もし上がって来なければ、どうして真実を知ることができようか？」師曰く：「十万八千里も遠くはない。」そこで曰く：「毘盧遮那の境界は、触れるところ全て真実であり、林木や池沼に無辺の身を現し、鱗や甲や羽毛が無量の法を説く。動き用いるも本際を離れず、去来は全て刹那の中にある。直ちに心心これ、念念これ、塵塵これ、刹刹これとなれば、正眼をもって観るに、なお法界の量の中にある。さて、法界を超えた一句はどう言うか？」しばらくして、云う：「芍薬の花開いて菩薩の面、棕櫚の葉散りて夜叉の頭。」

陞座。「自從胡亂後，三十年不少鹽醬。諸仁要見馬大師橫身為物處麼？鏡湖今日露渠箇面孔去也。」驀拈拄杖卓一下，云：「面孔露，怪復醜，自從胡亂來，本分全不守。慣自臥官街，慣自喫官酒，肚裏貯無明，觸著嗔斗吼。展開驢腳，伸出毛手，推倒佛殿，瞿曇無處容身；扶起魔宮，波旬一時稽首。報諸仁，莫亂走，一一面南看北斗。」

> 法座に登る。「胡の乱が起こってから、三十年もの間、塩も味噌も十分にあった。皆さん、馬大師が衆生のために身を横たえたところを見たいか？鏡湖は今日、彼の素顔をあらわにしてみせよう。」突然、杖をつかんで地面を一突きし、言う。「素顔をあらわにしたが、醜くて奇怪だ。胡の乱が起こって以来、本分をまるで守っていない。いつも官道で寝そべり、いつも官酒を飲み、腹には無明をため込み、触れると怒りに吠える。ロバの足を広げ、毛むくじゃらの手を伸ばし、仏殿を押し倒して、瞿曇（釈迦）は身を置く場所もなく、魔宮を起こし立てて、魔王波旬は一時に平伏する。皆さんに申し上げる、慌てて走り回るな。一人ひとり、南を向いて北斗七星を見よ。」

陞座。「萬里不掛片雲，青天全體獨露。無端石鞏箇漢，張弓架箭，仰面射之，嚇得舜若多神躍入大洋海底，驚起八大龍王，各各興雲布雨，霎時乾坤黑暗，江海波騰。當此時也，石鞏箇漢失卻鵰鞬，舜若多神忘卻本位，一齊到鏡湖院裏唱言：『得箇安樂。』山僧不覺喜動顏色，印以偈曰：初三十一，不用擇曆。夜夢不祥，書破大吉。」

> 座に就く。「万里に一片の雲も掛からず、青天の全体が独り露わになる。思いがけず石鞏のあの漢が、弓を張り矢を構え、仰向いてこれを射る。舜若多神が驚いて大洋の海底に躍り込み、八大龍王が驚き起こされ、それぞれ雲を起こし雨を降らせる。たちまち天地は暗闇に包まれ、江海の波は激しく沸き立つ。この時、石鞏のあの漢は鵰鞬を失い、舜若多神は自らの本位を忘れ、一斉に鏡湖院にやって来て声を揃えて言う：『安楽を得た。』山僧は思わず喜びが顔色に表れ、偈をもって印可を与える：初三十一、暦を選ぶ必要なし。夜の夢に不祥あれど、書破して大吉。」

陞座。「狗子佛性有，家國盛興；狗子佛性無，家國喪亡。若向喪亡處見得，歸家穩坐；若向興盛處見得，落在半途。且道淆訛在甚麼處？」良久，云：「白雲乍可來青嶂，明月難教下碧天。」

> 登壇して言う。「犬に仏性があるならば、家も国も栄える。犬に仏性がないならば、家も国も滅びる。もし滅びるところで見得すれば、家に帰って安らかに座る。もし栄えるところで見得すれば、道半ばで立ち止まる。さて、誤りはどこにあるか？」しばらく間を置き、言う。「白雲は青い峰に漂うことはあっても、明月は碧い空から降りてくることは難しい。」

臘八，陞座。問：「如何是諸佛出身處？」師云：「一滴水，一滴凍。」問：「心不是佛，智不是道，請師直指。」師云：「有口只堪掛壁。」進云：「恁麼則學人得自在也。」師云：「見箇甚麼道理？」進云：「向道莫行山下路，果聞猿叫斷腸聲。」師云：「閒言語。」乃云：「今朝正是臘月八，黃面瞿曇沒傝󳱥，漫言悟道睹明星，半夜三更恣叨怛。智慧妄想亂區分，不顧傍觀攔路撒，彼此英雄丈夫兒，如何肯受你塗抹？可惜當初放過伊，恨不劈頭與一踏。」驀高聲召眾云：「瞌睡漢休眼眵𥉌，若要報德酬恩，無過先解此法。」

> 臘月八日、師は座に上られた。ある者が問うた。「諸仏の出身処とは、どのようなものでしょうか？」師は言われた。「一滴の水、一滴の凍り。」また問うた。「心は仏にあらず、智は道にあらず。どうか師よ、直截に指し示してください。」師は言われた。「口があるなら、ただ壁に掛けておくがよい。」問うた者がさらに言った。「それでは、学人は自在を得たことになります。」師は言われた。「どんな道理を見たというのか？」進んで言った。「道に向かって山の下の路を行くなと言われたが、果たして猿の断腸の声を聞きました。」師は言われた。「無駄な言葉だ。」そして師は言われた。 「今朝はまさに臘月八日、黄面の瞿曇はあやふやで、悟道して明星を見たなどと漫然と言い、夜中に勝手に騒ぎ立てる。智慧と妄想をむやみに区別し、傍らで見ている者が道を遮るのも顧みず、互いに英雄の丈夫児よ、どうしてお前の塗りつぶしを受け入れようか？惜しいことに、最初に彼を見逃してしまい、頭から一蹴りしなかったことを悔やむ。」 突然、声を高めて大衆を呼び、「居眠りする者は目を覚ませ。もし恩徳に報いようと思うなら、まずこの法を解くに過ぎない。」

陞座。「若論此事，如人上樹，口啣樹枝，一句絕思量，手不攀枝、腳不踏枝，諸法不相借。忽有人問祖師西來意，不荅則違他所問，投明須到；荅他則喪身失命，不許夜行。諸仁者！香嚴老人三百六十骨節、八萬四千毛竅盡被山僧華擘了也，還有為古人出氣者麼？若有，我要問你：非非想天有幾人退位？」

> 法座に登る。「この事を論ずるならば、人が木に登り、口で枝をくわえ、一切の思量を断ち切り、手で枝を掴まず、足で枝を踏まず、諸法は互いに頼ることなし、というようなものだ。もし突然、人が『祖師西来の意』を問うたならば、答えなければその問いに背くことになる。明け方までには必ず到着しなければならない。答えれば身を失い命を落とすことになる。夜の行いは許されない。諸仁者よ！香厳老人の三百六十の骨節、八万四千の毛穴は、すべてこの山僧によって裂き破られてしまった。それでもなお、古人のために気を吐く者はいるか？もしいるなら、私はお前に問おう。非想非非想天には、何人の退位者がいるか？」

陞座。問：「學人單刀直入，請師相見。」師云：「阿㖿㖿！阿㖿㖿！」進云：「恁麼那！恁麼那！」師云：「且道相見也未？」僧便喝，師打，云：「已落第二。」乃云：「若人識得心，已落第二見。潘閬倒騎驢，怕睹畜生面；若要合古轍，鏡湖有方便。」驀卓拄杖一下，云：「萬年流水不知春，一擘華山分兩片。」

> 座に上がる。問う：「学人が単刀直入、師に相見を請う。」師云く：「ああやや！ああやや！」進みて云く：「かくのごとくか！かくのごとくか！」師云く：「しかも道え、相見したか否か？」僧、便ち喝す。師、打ちて云く：「すでに第二に落つ。」乃ち云く：「もし人、心を識得せば、すでに第二見に落つ。潘閬、驢に倒騎し、畜生の面を睹るを恐る。もし古轍に合わんと欲せば、鏡湖に方便あり。」驀地に杖を卓して一下し、云く：「万年の流水、春を知らず。一擘、華山を分かちて両片とす。」

陞座。「極盡去也，直得山河大地無纖毫過患，諸人向者裏坐不得。若向者裏坐，正是平地上死人。且如何免得此過？」驀拈拄杖，云：「雲門大師來也，說道觀音菩薩將錢買胡餅，放下手來卻是箇饅頭。諸仁者！要知雲門大師落處麼？」遂擲下拄杖，云：「撒手到家人不識，了無一物獻尊堂。」

> 座に着く。「極限まで行き尽くしても、山河大地に微塵の過ちもなく、皆さんはここに座ることができない。もしここに座れば、まさに平らな地面に死人がいるようなものだ。さて、どうすればこの過ちを免れることができるだろうか？」突然に杖を手に取り、言う。「雲門大師が来て、こう言った。観音菩薩がお金で胡餅を買い、手を下ろすとそれは饅頭だった。皆さん！雲門大師の境地を知りたいか？」そして杖を投げ下ろし、言う。「手を放して家に着けば誰も知らず、尊い方に献ずるものは何一つない。」

陞座。問：「此是選佛場，心空及第歸。如何是心空及第歸？」師云：「拔出眼中楔。」進云：「昨夜露柱得大慶，快倒騎佛殿出山門去也。」師云：「腳跟下好痛與一頓。」僧禮拜，師打，云：「說到不如行到。」乃云：「平田淺草，坐斷今時；深山巖崖，不存太古。若向那邊透過，卻來這邊作用，一任擎祕魔乂、剪除狂寇，握祗林劍、掃蕩欃槍，從教野老門外鼓腹謳歌、羲皇室中頹然尊貴，家邦安怗則且置，畢竟功歸何所？」驀喝一喝，云：「不許將軍見太平。」

陞座。「既是佛殿，因甚有塵？咄！又一點也分付知事打鼓，普請著寒山拾得底苕帚糞箕。若也善用，一任向世界未生前掃去，從他外來底眾生塵、佛祖塵，總教廓然清淨。雖然，正與麼時，畢竟阿誰是主？」驀高聲喚行者：「收起作具，歸堂喫茶去。」

> 座に着く。「これは仏殿であるのに、どうして塵があるのか？ふん！また一つ、知事に太鼓を打たせ、寒山拾得の箒と塵取りを広く用意させよ。もし上手に使えるなら、世界が生まれる前から掃き始め、外から来る衆生の塵も、仏祖の塵も、すべてきれいに掃き清めてしまえ。とはいえ、このような時、一体誰が主役なのか？」突然大声で行者を呼ぶ。「道具をしまって、堂に戻って茶を飲もう。」

陞座。問：「文殊是七佛之師，因甚出女子定不得？」師云：「寒則普天匝地寒。」進云：「罔明是初地菩薩，因甚卻出得？」師云：「熱則普天匝地熱。」進云：「畢竟把柄在阿誰手裏？」師云：「恁麼見解，正好喫棒。」僧擬議，師便打。問：「如何是祖師西來意？」師云：「不是庭前柏樹子。」進云：「趙州道：『庭前柏樹子。』又作麼生？」師云：「草本不勞拈出。」乃云：「盂峰頂上景物鮮明，日出則湖光蕩漾，雲開則山色青蔥。風傳喬木，玲瓏心印全彰；泉瀉幽巖，綿密機關獨露。處處七穿八穴，頭頭百匝千重，便恁麼承當得去，衲僧分上未足觀光。諸禪衲！忽若缽匙石𨁝跳上天，撞著黔崗嶺百雜碎，又如何理論？」卓拄杖一下，云：「不許夜行剛把火，直須當道與人看。」

> 座につかれる。問う：「文殊は七仏の師であるのに、なぜ女人の定から出られなかったのか」。師云く：「寒ければ普天匝地に寒い」。進みて云く：「罔明は初地の菩薩であるのに、なぜ出ることができたのか」。師云く：「熱ければ普天匝地に熱い」。進みて云く：「結局、その柄は誰の手にあるのか」。師云く：「そんな見解では、ちょうど棒を喰らうにふさわしい」。僧が考えようとすると、師はすぐに打つ。問う：「如何なるかこれ祖師西来の意」。師云く：「庭前の柏樹子にあらず」。進みて云く：「趙州は『庭前の柏樹子』と言った。それではどうなるのか」。師云く：「草本はわざわざ取り出す必要もない」。乃ち云く：「盂峰の頂上には景物が鮮やかで、日出ずれば湖光が蕩漾し、雲開けば山色が青葱としている。風は喬木に伝わり、玲瓏たる心印はことごとく現れている。泉は幽巖に瀉ち、綿密なる機関は独り露わになっている。至るところ七穿八穴、頭頭百匝千重、このまま承当していけば、衲僧の分上としてはまだ観光に足りない。諸禅衲よ！もし鉢や匙や石が跳ね上がって天に撞ち、黔崗嶺に百雑碎に撞き当たったならば、どう理論するか」。杖を卓って一下し、云く：「夜行を許さず、ただ火を把り、直ちに当道に人に見せよ」。

陞座。「一葉一釋迦，一塵一佛國，恁麼悟去時，直處反成曲。俊鷂不打死兔，猛虎那食伏肉？若要脫體相應，鏡湖門下正好奉伊一摑。」

> 登座して言う。「一枚の葉に一仏、一粒の塵に一仏国。このように悟ろうとすれば、まっすぐなところがかえって曲がってしまう。優れた鷹は死んだ兎を捕まえず、猛虎は伏せた獣を食わない。もし真に相応したいなら、鏡湖の門下でちょうどよく一発お見舞いしよう。」

陞座。僧問：「趙州勘二菴主，一般豎拳，因甚肯一箇？不肯一箇？」師云：「切忌道舌頭在趙州口裏。」進云：「不將甚深意，怎得驗當機？」師云：「當機事作麼生？」僧便喝，師云：「錯，錯。」問：「牛頭未見四祖時如何？」師云：「富嫌千口少。」進云：「見後如何？」師云：「貧恨一身多。」乃云：「天不能蓋，地不能載，赤肉團上，圓裹十虛，百草頭邊，縱橫無礙。釋迦、彌勒秪可觀光，白牯、黧奴卻善頂戴。若是鏡湖令行，須彌直教粉碎。」

> 上座。僧が問う：「趙州が二つの庵の主を試みた時、同じように拳を立てたのに、なぜ一人は肯い、一人は肯わなかったのか？」師は云う：「趙州の口の中に舌があると口にするな。」進んで云う：「深い意を用いなければ、どうして機に応じて確かめることができようか？」師は云う：「機に応じたことはどうなっているか？」僧は喝をし、師は云う：「違う、違う。」問う：「牛頭が四祖に会う前はどうだったか？」師は云う：「富は千口でも少ないと嫌う。」進んで云う：「会った後はどうか？」師は云う：「貧は一身でも多いと恨む。」そこで云う：「天も覆うことができず、地も載せることができない。赤い肉の塊の上に、円く十方の虚空を包み込み、百草の先の辺りで、縦横に妨げがない。釈迦も弥勒もただ眺めるのみで、白い牛も黒い奴もよく頂戴する。もし鏡湖の令が行われるならば、須弥山をまっすぐに粉々に砕かせるべきである。」

陞座。問：「世尊說法華，因甚五千退席？」師云：「闍黎代他喫棒。」僧無語，師便打，云：「話不虛行。」乃云：「出門逢彌勒，入門見釋迦，若不揮劍，漁父棲巢。出門逢阿誰？入門見甚麼？渠無國土，甚處逢渠？古人一期建立，只圖家國重興，鏡湖乃特地防閑，多為僭竊。若向古人言下薦得，長安雖好，不是久居；若向鏡湖言下薦得，一任須彌頂上走馬、大洋海底相撲，不妨做箇脫灑衲僧。雖然，畢竟古今相去多少？」良久，云：「北斗藏身雖有語，出群消息許誰知？」

> 法座に登る。問う：「世尊が法華を説かれた時、なぜ五千人が退席したのですか？」師曰く：「闍梨よ、彼の代わりに棒を食らえ。」僧は言葉なく、師はすぐに打ち、曰く：「言葉は空しく行われず。」そして曰く：「門を出て弥勒に逢い、門に入り釈迦を見る。もし剣を揮わなければ、漁師は巣に棲む。門を出て誰に逢うか？門に入り何を見るか？彼に国土なし、どこで彼に逢う？古人が一時に建立したのは、ただ家国が重ねて興ることを図っただけ。鏡湖は特に防閑を設け、多くは僭窃のため。もし古人の言葉の下に薦め得れば、長安は良しと雖も、久しく住むところにあらず。もし鏡湖の言葉の下に薦め得れば、須弥山の頂上で馬を走らせ、大洋の海底で相撲をとるに任せ、妨げなく洒脱な衲僧となる。然りと雖も、畢竟古今はどれほど離れているか？」しばらくして曰く：「北斗に身を蔵すと雖も語あり、群を出る消息は誰に許して知らしめん？」

陞座。「唯一堅密身，一切塵中現。諸仁者！前是山門、後是佛殿，左邊廚庫、右邊客堂，且道堅密身在甚麼處？直饒向者裏不動一塵、不撥一境，直下見得黃面老子立地處。若據鏡湖看來，正是靈龜負圖，明朝後日大有事在。且道利害在甚麼處？」卓拄杖一下，云：「莫守寒巖異草青，坐著白雲宗不妙。」

除夕，陞座。「朔吹連朝，峰頂寒沍，雪埋絕壑，冰鎖深溪，萬境斷人蹤，千林飛鳥絕。況復年窮歲盡，節換時移，鏡湖院裏，澹泊家風，飽餐脫粟飯，冷嚥淡黃虀，炙地夜間眠，隈陽日裏坐，那有閒心情與汝等烹牛分歲、燒紙除年？雖然，忽有箇漢出來道：『大小鏡湖得恁麼寒乞相？』只向他道：『但得雪消去，自然春到來。』」

> 大晦日、上座に登る。「北風は連日吹き荒れ、峰の頂きは寒さに凍てつき、雪は深い谷を埋め、氷は深い渓流を閉ざす。あらゆる景色に人の気配は絶え、千の林には鳥の飛ぶ姿もない。ましてや年も暮れ果て、節は移り時は変わる。鏡湖院の中、質素な家風に、粗末な粟飯を腹いっぱいに食べ、冷たい黄色の漬物を嚥じ、夜は冷たい床で眠り、昼は日陰に座る。どうして余裕があって、あなた方と牛を煮て年を分け、紙を焼いて年を除くような気持ちになれようか。それでもなお、もし突然誰かが現れて、『鏡湖の大小、どうしてそんなに貧相な様子なのか』と言うならば、ただ彼にこう言おう。『雪が溶け去るだけで、自然と春は訪れるものだ』と。」

元旦，陞座。問：「新年頭還有佛法也無？」師云：「縱目所觀。」進云：「恁麼則學人有賴也。」師云：「且喜領話。」問：「元正啟祚，萬物咸新，作麼生是咸新底句？」師云：「草木生光。」進云：「今日親見和尚。」師云：「你道山僧眉毛長多少？」進云：「伏惟萬福。」師云：「伶俐衲子難得。」乃云：「元正啟祚，萬物咸新，直得雲中五老氣象崢嶸，湖上兩姑威光烜赫，等閒遇著，各美所居。一云：『山高無極，能保障生民。』二云：『水深無垠，能權衡國土。』鄰封漢王聞得，乃出諭曰：『普天之下，莫非王土；率土之濱，莫非王臣。者是甚麼所在，說高說下，論淺論深？』由是兩處奉命，各還本位。無端東村黑王老昨夜燒錢祝願，冷地被伊祝著，不覺通身慶快，揚聲高叫曰：『巍巍乎！善能統御天下。我等鑿井而飲，耕田而食，安知王恩遍溥者哉？』」驀顧左右，云：「諸仁者！且道在鏡湖分上又成得甚麼邊事？」拈拄杖，云：「但願春風齊著力，一時吹入我門來。」

> 元旦、法座に登る。問う：「新年の初めに、まだ仏法はありますか？」師云く：「目をあげて見渡すがよい。」進みて云く：「それならば、学人には頼りがあります。」師云く：「話を理解して喜ぶがよい。」問う：「元正に祚を啓き、万物ことごとく新たなり。いかがなるか、ことごとく新たなる句は？」師云く：「草木に光が生ずる。」進みて云く：「今日、和尚に親しくお会いしました。」師云く：「山僧の眉毛の長さはどれほどかと、お前は言うか？」進みて云く：「伏して万福を祈ります。」師云く：「聡明な修行僧は得難し。」乃ち云く：「元正に祚を啓き、万物ことごとく新たなり。ただちに雲中の五老が気象崢嶸たり、湖上の両姑が威光烜赫たり。等閑に遇うに、各々その居る所を美とす。一に云く：『山高くして極まり無く、よく生民を保障す。』二に云く：『水深くして垠り無く、よく国土を権衡す。』隣封の漢王、これを聞きて、乃ち諭を出だして曰く：『普天の下、王土に非ざるは莫く、率土の濱、王臣に非ざるは莫し。これは何の所在ぞ、高しと説き下しと説き、浅しと論じ深しと論ずる？』ここに由って両処、命を受け、各々本位に還る。図らずも東村の黒王老、昨夜、銭を焼きて祝願す。冷地に彼に祝われて、覚えず通身慶快し、声を揚げて高く叫びて曰く：『巍巍たるかな！善く天下を統御す。我等、井を鑿ちて飲み、田を耕して食らう。どうして王恩の遍く溥きを知らんや？』」驀に左右を顧みて、云く：「諸仁者！且つ道え、鏡湖の分上に、また甚麼の辺事を成し得るか？」拄杖を拈じて、云く：「ただ願わくは春風斉しく力を著け、一時に我が門に吹き入れんことを。」

陞座。「風擊長林，穿過普門耳竅；月明幽谷，刺破曼殊眼睛。諸仁者！秪如眼睛既破，將甚麼見色？耳朵既穿，將甚麼聞聲？」驀拈拄杖，云：「若向者裏搆得，則知聽不屬耳，聞周沙界；觀不由眼，洞見十方。便恁麼去，止作得箇如來使下。且道祖師門下別作麼生？」遂擲下拄杖，云：「石牛橫古路，一馬生三寅。」

> 上座します。 「風が長林を打ち、普門の耳の奥まで通り抜ける。月が幽谷を照らし、曼殊の眼を突き破る。諸仁者よ、眼がすでに破られたならば、何をもって色を見るのか。耳がすでに穿たれたならば、何をもって声を聞くのか？」 突然に杖を取り上げて言う。 「もしここで掴むことができれば、聴くことは耳に属さず、聞くことは沙界に遍く、観ることは眼によらず、十方を洞見すると知るであろう。そのまま行けば、ただ如来の使いとしての務めを果たすに過ぎぬ。さて、祖師の門下では別にどうするというのか？」 そして杖を投げ下ろして言う。 「石牛が古路を横切り、一匹の馬から三寅が生まれる。」

立春日，陞座。問：「將此身心奉塵剎，是則名為報佛恩。如何是學人報恩處？」師云：「自家肚皮自家畫。」乃云：「淑氣初回，梅苞玉蕊；和風乍扇，柳茁金芽。雲山漸漸燒痕青，園林處處黃鳥語。直得少室峰頭春雲靉靆，曹溪路上春雨濛濛。堪笑須菩提一向巖中晏坐，聞恁麼道，不覺寒毛卓豎，背脊汗流。且道意歸何所？」拈拄杖，云：「東君昨夜傳消息，枯木重開劫外花。」

> 立春の日、法座に登る。問う：「この身心を塵剎に奉げるは、すなわちこれ仏恩に報いると名づく。いかにかこれ学人の報恩の処なるや？」師云く：「己が腹は己で描く。」乃ち云く：「淑気初めて回り、梅は苞み玉の蕊；和風ようやく扇ぎ、柳は芽吹き金の芽。雲山には次第に焼け跡青く、園林には処々に黄鳥の語る。直ちに少室峰の頂きには春雲靉靆たり、曹溪の路上には春雨濛濛たり。笑うに堪えたり須菩提、一向に巖中に晏坐す、かくの如く道うを聞き、覚えず寒毛卓豎し、背脊汗流る。且つ道え、意は何の所に帰するや？」杖を拈りて、云く：「東君昨夜消息を伝え、枯木重ねて劫外の花を開く。」

陞座。拈花示眾：「短販生涯，微笑酬機，乞兒活計。若是箇鋤金不顧、據鼎不嘗底，別有生機一路。諸人要知落處麼？」良久，云：「披簑側立千峰外，引水澆蔬五老前。」

> 上座し、花を手に取って大衆に示して言う。 「小さな商いで暮らし、微笑みで機に応じ、乞食の身で生計を立てる。 もし、金の鋤を顧みず、鼎の味を嘗めぬ者ならば、別に生きた道がある。 皆さん、その行く末を知りたいか？」 しばらく沈黙し、言う。 「蓑をまとって千峰の外に立ち、水を引いて五老峰の前で野菜を潤す。」

陞座。「五百比丘懷疑，家親作祟；文殊仗劍除害，曳尾靈龜。直饒透過荊棘林，未免死在平地上。秪如世尊鼓盡唇舌又作麼生？」良久，云：「啼得血流無用處，不如緘口過殘春。」

> 上座に着座する。「五百人の比丘が疑いを抱き、家の親が祟りをなす。文殊菩薩が剣を手に害を除き、尾を引きずる霊亀。まっすぐに茨の林を通り抜けても、平らな地で死を免れぬ。ただ世尊が唇と舌を尽くして説法されても、さらにどうなるというのか？」しばらく沈黙し、言う。「血の流れるまで泣いても用はなく、むしろ口を閉ざして残りの春を過ごすがよい。」

陞座。「寶鑑當軒，妍媸自現；莫邪在握，殺活全施。諸仁者！若向殺活未施前提去，則佛魔俱遣；妍媸未現時翻轉，則光境俱忘。便與麼去，三世諸佛有口，秪堪挂壁；卻與麼來，歷代祖師無手，偏解拏空。依舊向光境裏顯煥生緣、佛魔中提持本分，如是則聖號凡名打成一塊、劣形殊相攪作一團，好不資一毫、醜不資一毫，全體與麼來、全體如是住，拈起則須彌壁立、放下則香海波澄，眼清手快者逴得便行、尚留觀聽者看即有分。」

> 登座。「宝鏡が軒先に当たれば、美醜は自ずから現れる。莫邪の剣を握れば、殺活は全て施される。諸仁者よ！もし殺活がまだ施されていない時に問いを提起すれば、仏も魔も共に遣わされる。美醜がまだ現れていない時に翻転すれば、光も境も共に忘れられる。このまま進めば、三世の諸仏に口があっても、ただ壁に掛けられるだけ。しかしこのように来れば、歴代の祖師に手がなくても、偏に空を掴むことを解する。依然として光と境の中で生縁を顕わにし、仏と魔の中で本分を持ち続ける。このようにすれば、聖なる名も凡なる名も一塊に打ち成り、劣った形も殊なる相も一団に攪ぜられる。良いものは一毫も資さず、醜いものも一毫も資さず、全体がこのように来て、全体がこのように住む。拈り上げれば須弥山が壁のように立ち、放下すれば香海の波が澄む。眼が清く手が速い者は、得るや直ちに行い、まだ観聴に留まる者には、見るだけで分がある。」

元宵，陞座。「青山深處白雲邊，別有家風異市廛，然起松脂過此夜，舒光直透古皇前。」

> 元宵、座に昇る。 「青山の深き処、白雲の辺りに、 別に家風あり、市廛に異なり。 松脂を燃やし起して此の夜を過ごし、 光を舒べて直ちに古皇の前を通す。」

陞座。「若迷，須得箇悟；既悟，還得箇迷。迷而不悟，眾生無解脫之期；悟而不迷，諸佛無出身之路。」驀拈拄杖，云：「眾生、諸佛總在者裏，且道即今是悟耶？」是迷耶？乃擲下拄杖，云：「洎合錯下注腳。」

> 座につく。「もし迷うなら、悟りを得る必要がある。すでに悟ったなら、また迷いを得る。迷って悟らなければ、衆生には解脱の期はない。悟って迷わなければ、諸仏には生まれ出る道はない。」突然、杖を取り上げて言う。「衆生も諸仏もみなここにいる。さて、今は悟っているのか？」迷っているのか？そして杖を投げ下ろし、言う。「どうやら注釈を間違えたようだ。」

天寧老和尚訃至，設供。拈香，指真云：「者箇老白拈，生平最難測，提持綱要，手段稱奇，呵罵諸方，喙長三尺，是非逆順裏轉大機輪，嬉笑嗔怒中施大法則，一期佛事既周圓，聞道安然而坐逝。我昔十載侍巾瓶，至今覿面猶不識，諸仁要辨淆訛……」遂燒香云：「只此分明拈出。」

陞座。「本有家鄉，誰能出不由戶？現成茶飯，奚止鼎鼐調和？其間宗廟之美，百官之富，總是你自家屋裏事，胡為曠安宅而弗居，乞食於墦間之際？勞你大大小小，一時淚出痛腸，都道：『天將以夫子為木鐸，若不一擊于衛，其奈飄零之子，不得其門而入東家丘？』只得大啟圓通，不管鄭聲雅樂，要伊入耳懷歸，自齊反魯。到者裏，予欲無言，伊終不窺室家之好，只得循循再誘，博之以文，約之以禮，俾其一入太廟，承其祖器，方可坐樂昇平。二三子要識是誰家主人公麼？」乃顧左右云：「東夷之人也，西夷之人也。」

陞座。舉：「百丈再參馬祖次，祖目視繩床角拂子，丈云：『即此用？離此用？』祖云：『汝向後開兩片皮，將何為人？』丈取拂子豎起，祖曰：『即此用？離此用？』丈挂拂子于舊處，祖振威一喝，師直得三日耳聾。」乃云：「鳳由金綱以縈身，龜因負圖而喪命。百丈只知重興家國，那識神器難矜？若非馬師高按莫邪，幾乎蕭墻禍起。而今乘虛接響底漢都道是顯發大機、恢張大用，遂致太平草木盡起干戈，盛世羽鱗皆騰劍戟。鏡湖今日要移風易俗、鑄钁銷鋒，敢道馬師震喝是熱碗鳴聲，百丈耳聾乃垛生招箭。諸禪流！要知山僧落處麼？」喝一喝，云：「當門不許栽荊棘，後代兒孫免著衣。」

陞座。舉：「風穴和尚上堂云：『祖師心印，狀似鐵牛之機，去即印住，住即印破。秪如不去不住，印即是？不印即是？還有人道得麼？』時有盧陂長老出問：『學人有鐵牛之機，請師不撘印。』師曰：『慣釣鯨鯢澄巨浸，卻憐蛙步𩥇泥沙。』陂注思，師喝曰：『長老何不進語？』陂擬議，師便打一拂子，曰：『還記得話頭麼？』陂擬開口，師又打一拂子。時有牧主曰：『信知佛法與王法一般。』師曰：『見甚麼道理？』主曰：『當斷不斷，反招其亂。』師便下座。」乃云：「大凡拈掇古今，須是明辨緇素始得。秪如風穴固有殺人不眨眼底手腳，苟無盧陂覿體荷持，又怎顯汗馬功高？有般漢都道盧陂勾賊破家，殊不知伊買鐵得金，一場富饒。諸人要知端的麼？」驀拈拄杖，云：「覷著則瞎。」附秉拂語

秉拂。問：「露師子之爪牙，風行草偃；縱象王之威猛，水到渠成。正眼觀來，猶是門庭施設。天寧堂奧的旨，恭請為眾舉揚。」師云：「有眼者見。」進云：「須知滹沱法印，親從密室相承。」師云：「真箇有如是事那？」進云：「忽然大展機籌又作麼生？」師云：「願觀盛作。」進云：「踏翻吳岳騎雙虎，吸盡邗江跨六龍。」師云：「共老兄出隻手。」問：「古德云：『若論此事，眨上眉毛早已蹉過。』作麼生是此事？」師云：「青天白日。」進云：「銅頭鐵額漢到者裏因甚開口不得？」師云：「爭怪得秉拂上座？」進云：「畢竟如何令現前一眾瞥地去？」師云：「剔起眉毛向上看。」進云：「如何是向上事？」師便喝。進云：「大眾一時驗取。」師云：「珍重將去。」問：「羅籠不肯住，呼喚不回頭，始是衲僧行履。今日因甚落這圈繢？」師云：「曲為今時。」進云：「門庭施設曲為今時，現前一眾願觀盛作。」師云：「金剛寶劍當軒擲。」進云：「莫便是為人處麼？」師云：「惜取眉毛。」進云：「若不上來，焉知端的？」師便打，云：「也不得放過。」問：「獅子窟中師子，旃檀林內旃檀，即今華雨瀰空，地搖六震，是何祥瑞？」師云：「阿誰不仰上頭關？」進云：「大方之作，宛爾不同。」師云：「裂破鼻孔。」進云：「若不登樓望，焉知滄海深？」師云：「費者許多勞力。」進云：「也要時人相委。」師云：「恰是。」問：「昨日開爐，今朝秉拂，同耶？別耶？」師云：「坐斷兩頭看。」進云：「忽遇箇肘後懸符底，又作麼生相驗？」師云：「做出便見。」進云：「可謂好手手中呈好手，紅心心裏中紅心。」師云：「須是老兄始得。」進云：「一句了然超百億，綱宗從此愈增輝。」師云：「卻多者句子。」問：「爐韝洪開，煆煉凡聖，未審作麼生下手？」師云：「金鎚纔動處，頑鐵盡生光。」進云：「若是箇橫拋栗棘、豎撒金圈底，又作麼生？」師云：「不意老兄有此高見。」僧顧眾，云：「今日西堂師甚有商量，大家出來證據。」師云：「直饒將來，他亦不受。」問：「邗江一脈，四海流通，借便張帆，請師酬唱。」師豎起拂子，云：「只者箇三十文錢唱得。」進云：「樓閣凌雲勢，峰巒疊翠層。」師云：「切忌把境話將來。」進云：「若不入水，爭見長人？」師休去。問：「世尊拈花，迦葉微笑，且道笑箇甚麼？」師豎起拂子，云：「面目現在。」問：「雲門放洞山三頓痛棒，是有喫棒分？無喫棒分？」師便打，云：「看取令行時。」乃云：「作家舉唱，不展辭鋒，迥超玄象。智不到處拈來，鑊湯無冷處；佛未生時擲出，遍界絕囊藏。頭頭圓應千機，處處壁立萬仞，直得山河大地共展根源，草木叢林全彰大用。劈開三要，印滹沱飲氣吞聲；掀倒一字，關韶陽縮身無地。到者裏，君臣道合拈過一邊，父子投機置之一處，更有甚巡人犯夜而不卸甲倒戈？所以道：談玄談妙，乃太平之奸賊；行棒行喝，為亂世之英雄。苟非及盡今時，那得合他古轍？不見黃檗和尚示眾云：『汝等盡是噇酒糟漢，恁麼行腳取笑於人，還知大唐國裏無禪師麼？』時有僧出，云：『諸方匡徒領眾又作麼生？』檗云：『不道無禪，只是無師。』」乃云：「權衡正眼，龜鑑宗乘，不無黃檗古佛，要且不解始終作主。若是秉拂上座則不然，待他道：『諸方匡徒領眾又作麼生？』便拽棒趁出，千古之下免使漆桶相揩。諸人要識大唐國裏無禪師麼？今日不惜眉毛與汝通箇消息。」乃揮拂子，云：「龍袖拂開全體現，象王行處絕狐蹤。」

上元，解制，秉拂。「春風纔動，萬物崢嶸，直得石室行者碓嘴生花，寒山古灶冷灰發焰。天寧院裏燈籠露柱一向心麤膽大，昨夜倒騎佛殿，直出山門，向柳巷花街懸燈結綵，引得東鄰西舍鑼鼓喧闐、火煙繚亂，都道一切聲是佛聲、一切色是佛色，那知譯經臺畔跋尊者不許夜行？驀地搊住，云：『如我按指，海印發光；汝暫舉心，塵勞先起。』燈籠露柱擬欲酬之，卻為地礙現前。大眾！還有為通其難者麼？若也通得，一任天台普請、南嶽游山；其或未然，路從平處險，莫言不道。」

結制，秉拂。「衲僧活計，觸處現成；野老生涯，不假造作。于百草頭上拈來，葉葉迦文鼻孔；鬧市叢中逴得，塵塵達磨眼睛。所以道：是處是慈氏，案頭肉塊塊精底；無路匪圓通，樓上曲聲聲微妙。有眼者見，一回觸著，大地銷鎔；有耳者聞，冷地相逢，常光壁立。何必三條椽下掘地討天，七尺單前守株待兔？把大圓鏡劈得七裂八花，平等性鑿得五凹六凸。思上座若不曲垂方便，其奈迷子無歸，只得就下夷高，循他諸方行例。」驀拈拄杖，卓一下，云：「以天地為爐鞴，日月作鉗鎚，架起品字柴頭，撒上陳年火種，將者隊無意智漢礙膺燎卻，去死十分，然後縛梅嶺松風劈面一擲，汲邗江煙水驀頭一澆，俾伊絕處逢生，轉身夜明簾外，死中得活，打毬水急灘頭，活卓卓機用天真，赤灑灑變化穎脫，可以光大法眼，可以轉大法輪，可以標格人天，可以號令佛祖。然雖如是，因甚鼻孔卻在山僧手裏？」復卓拄杖，云：「任大也須從地起，更高爭奈有天何？」

秉拂。問：「欲識佛性義，當觀時節因緣。正當秉拂一句作麼生道？」師云：「大家瞻仰有分。」進云：「恁麼則巨靈抬手分破華山去也。」師云：「你不妨會得好。」問：「鏡湖風格，迥異常流，一眾觀光，爭聞法要？如何是人天眼？」師云：「瞞老兄不得。」進云：「同聲相應，唱拍相隨，如何是祖師機？」師云：「杖頭懸日月。」進云：「舉唱宗風，從流溯源，如何是天寧之後而有鏡湖？」師云：「自有兩堂證明。」進云：「若然，則匡廬萬丈峰雪，長老獨得也。」師云：「則吾豈敢？」進云：「三十年後此話大行。」師云：「恰是。」問：「師從南康來，親見廬山，是否？」師云：「是。」進云：「分二作三，入理深談，是甚麼人分上事？」師云：「五老峰頭高萬丈。」進云：「若然，則廬山與慶雲密邇。」師云：「甚處得者消息來？」僧振威一喝，師云：「鹵莽稱。」僧問：「放去普天匝地，收來在一毫端，且道是甚麼人境界？」師豎拄杖，云：「向者裏薦取。」進云：「恁麼則耳中見得非為妙，眼裏聞聲始是奇。」師云：「甚處得者一絡索來？」進云：「氈拍板逢無孔笛，大家唱出太平歌。」師云：「適來猶自可，而今更郎當。」一僧出眾便喝，師以手掩耳，僧又喝，師拈棒打，云：「若不打你，諸方笑我在。」乃云：「少室峰前神光得髓，腳腳金花布地；靈山會上迦葉開顏，頭頭玉蕊承天。正法眼藏逼塞十虛，涅槃妙心瀰淪八極，莫謂明月蘆花是時入窠臼，焉知寒泉古澗非列祖風規？但得威音那畔理絕玄微，自然今世門頭情忘向背。所以沙門上士道眼為先，契本明宗方為究竟。若是箇得處孤危底一塵不立，用處險峻底全力何虧？登山縛豹，不涉思惟；入海剸犀，毫無變異。處處玄風獨唱，塵塵祖令高提，直得鬧市裏天子尊貴頹然，百草頭老僧一多自在。便恁麼去，舞劍擎叉是真解脫，搬柴運水乃大神通，何必道合君臣方稱契旨，聖凡坐斷始曰承當？不見徑山禮和尚一日椎詈行者次，傍有僧問云：『無夢無想時如何？』尚云：『滿肚無明。』僧云：『如何得大用現前？』尚云：『觸著惡發。』僧于此有省。」乃云：「雲攢五千衲子底老和尚，得恁麼無佛法身心？雖則本色鉗鎚是滹沱家法，其奈近世禪和多所聞、少所見，一總目為奇貨，只管太平寰宇裏坐地，那有出頭底日子？今日雪上座承堂頭和尚命陞此座，爭敢貶剝方來？只圖為宗祖出一口氣現前。大眾！要見徑山老人為人處麼？」驀拈拄杖卓一下云：「不許夜行剛把火，直須當道與人看。」

二月十九日，秉拂。問：「人天眼目，佛祖綱維，千差萬別，一以貫之，因甚又道破二作三、會三成五？」師云：「適纔有人恁麼道，三十棒趁出去也。」進云：「雖然解展通天手，恐落今時調未高。」師云：「你作恁麼見解那？」進云：「休向這裏躲根。」師云：「癡人棒打不死。」問：「山光明媚，鳥語花香，圓通大士今朝全身出現了也，未審具何作略？」師云：「從來妙智力，能救世間苦。」進云：「露裛苑桃呈錦繡，風敲庭竹響琅玕。」師云：「將謂是入理之門。」僧以坐具打圓相，云：「便以此箇胡餅慶賀時如何？」師云：「殘茶餿飯不勞拈出。」進云：「今朝且放過一著。」師打，云：「索性付與闍黎。」問：「諸佛未出世，人人鼻孔遼天，出世後因甚杳無消息？」師云：「人平不語，水平不流。」問：「圓通大士今日降生，天上人間無不慶讚，既是慶讚，因甚惡罵捶打？」師云：「知恩者少。」進云：「恁麼荅話只得一半。」師云：「那一半闍黎試道看。」進云：「終不道破。」下語稍遲，師云：「牙根猶帶生澀在。」乃云：「好雨點點，不落在別處；好風陣陣，不吹在別處。雨不落別處，曼殊眼睛突出；風不吹別處，觀音耳門豁開。一齊來拂子頭上，共說無量義法門。」驀豎拂子，云：「還見麼？」復擊拂子，云：「還聞麼？若見、若聞，則名趨外奔逸，未透色聲；若不見、不聞，則名內守幽閒，尚留根境。伶俐禪和到者裏如何出脫？果能見無見之色、聞無聞之聲，則曼殊廣大理智、觀音廣大圓通皆一時現前，便可興無緣慈、示同體悲，遍界分身、隨方接物便恁麼去。若據正眼觀來，猶未稱二大士能事在。不見道：淨法界身本無出沒，大悲願力示現受生。雖然如是，忽有箇漢出來道：『今日是觀音當機。因什曼殊室利卻來者裏插一隻腳？』只向他道：『一家有事百家忙。』」復舉：「雲門示眾云：『聞聲悟道，見色明心。觀世音菩薩將錢買胡餅，放下手卻是箇饅頭。』」乃云：「驅耕夫之牛，奪饑人之食，雲門老人固是好手，但不合帶累觀世音菩薩有屈無叫處。秉拂上座今日要斷不平之事。」卓拄杖，云：「但見皇風成一片，不知何處有封疆。」

## 雨山和尚語錄卷第一終

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