雨山和尚語録 巻第四
嗣法門人 記
龍舒白雲禅院に住して語る
子待上座が四十歳の誕辰を迎え、小参を請うた。「寂れた門戸では、風穴和尚を第一と推し、荒れ果てた門戸では、楊岐和尚に譲る。東鼓の門戸は、寒ければ夜に松脂を燃やし、荒れれば床に雪霰が積もる。まさに二老の風味があると言えよう。それゆえ、山僧がこの地に足を踏み入れてからは、椎も取らず、払子も立てず、一日に三五度うたた寝をしても、まだまだ暇が余っている。しかし、わざわざ用事のないところに用事を作る者がいて、朝は和南し、夕には不審を抱き、一言を求めて寿命を永らえようとする。山僧は断りきれず、古い話を引っ張り出してその口を塞ぐほかない。魯の国の古老、孔子がこう言ったのを覚えている。『知者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむ。知者は動き、仁者は静かなる。』城隍の古寺を捨てて、閑寂な水辺に来たのは、静かであると言わざるを得ない。すでに静かであるならば、さて、仁者の寿命の量は、どう説き明かすべきか?」突然、払子を立てて言う。「見よ、見よ!ただこのものが千劫を経ても古びず、白鼠が時を推し移そうとも、銀の台座は変わらない。山僧がこのように挙揚しても、諸上座の意に叶うであろうか?」しばらくして言う。「明眼の人に出会えば、任せて挙示せよ。」
端午の節句、師の誕生日に雨を祈り、羽公蔣居士が小参を請うた。
「山僧が龍舒の地に来てからというもの、実のところ、心の塵を払い白く清めることに努め、『仏法』という二文字を口にするたび、まるで宿敵に遭うかのようだ。決して人情に背くつもりはないが、古来よりの風習・規矩はこのようなものだからだ。長沙の岑和尚がかつてこう言われたのを覚えている:『もし私がひたすらに宗門の教えを説き立てるならば、法堂の前には草が一丈も生い茂るだろう』と。あなたがたは既に祖師の門下の客と称しているのだから、どうして少しも自分を振り返り、先代の宗匠たちがどのような規範を示していたかを見ようとしないのか? 真実をあなたに告げよう:もし心の本性が明らかでなく、智慧の眼が開けていないならば、くれぐれも仏を求め、祖師を求め、心性を求め、玄妙を求めて、それを平生の拠り所とするな。仮に求めて得たとしても、それはすべて依り所となるものに過ぎず、ちょうどクラゲがエビを目として頼り、自由の分け前がないようなものだ。天地が未だ分かず、生仏の名前さえなかった以前の一着を、試しに見てみよ。あなたはまだそこへ馳せ求めることができるか? まだそれに依りかかることはできるか? 既に馳せ求め、依りかかることもできないこの境地に至っては、たとえ智慧が舎利弗の如く、弁舌が富楼那の如くであっても、なおその趨向を彷彿とさせることすらできない。ましてや、今の時代、道を見ることすらできずに妄りに自分で引き受け、ひたすらに葛藤を露わにして、それをもって宗旨を得たと称する者たちはどうだろうか? それは、常人でありながら妄りに帝王を称し、自ら誅戮を招くのに何ら変わらない。兄弟たちに奉げて勧める:既にこの門の中にいるならば、参究は徹底し、悟りは透徹せよ。ただ門戸のあたりで掠め取った些細な光や影を、本を得たと思ってはならない。このような見解は、我ら衲僧の分上に合わないばかりか、経典の深い旨にも合致しない。先仏が『無住の本より一切の法を立つ』と説かれたのを、見ないのか? すなわち、魯論(論語)にも『君子は本を務む、本立ちて道生ず』とある。たとえあなたが真にその本を得たとしても、法が立ち道が生ずる旨趣を知らなければ、正に古人の言う『自己は会得しても、目前を会得せず、足はあれど眼なし』というところだ。これを見れば、世間・出世間の聖人が言葉を立てるには、すべて円活であるが、小根の者がそれに執着すれば偏枯となることが分かる。今日、羽公居士が衆檀越を率いてこの座に上がるよう請うたので、ついこのように長々と話してしまった。諸人が無住の本を識りたいか?」
突然、杖を地に突いて一たたきし、言う: 「ここに向かって会得せよ。法立ちて道生ずる旨趣を識りたいか?」 再び杖を提げ上げて、言う: 「杖子がぴょんと跳ね上がって三十三天に至り、帝釈天の鼻に触れ、東海の鯉魚を一棒打てば、雨は盆を傾けたように降り注ぐ。ただ、この一道の真言を、またどうやって道理に合わせて理解するのか? もし道理に合わせて理解できれば、始めて佛祖の用いるところが、自己と二つも別れないことを知るだろう。もしそうでなければ、さらに一偈を聴け:
『從來、至理彰るるは時節にあり、 榴火蒲煙競いて機を発す。 会得せば目前無尽の蔵、 祖燈ここよりして永く長く輝かん。』」
烏沙臣五居士は、先父である緯蒼明府のため、霊前にて小参を請うた。
「四大を仮りて身と為し、心は本より無生、境に因りて有す。前境若し無ければ心も亦無し。罪福は幻の如く起こり、また滅す。古仏はこのように告げられたが、皆さんはどう受け止められますか?四大がすでに仮のものというなら、まさに分解する時、一体一霊の真性は結局どこに依るのでしょうか。たとえ『三界を超え、大方を独歩す』と説いたとしても、それはまだ尋常の受け答えに過ぎず、真実の超証とは言えません。」
突然、払子を掲げて言う。
「ここで実際を踏みしめれば、初めて本来一塵も受けずと知るでしょう。一塵も受けなければ、真如も妄想もすべて夢の言葉、生死も涅槃も付け足しの言葉に過ぎず、さらに地水火風が我が身だなどと説く必要があろうか。ゆえに『楞厳経』には、『ただ生滅を棄てて真常を守れば、常光が現前し、根・塵・識の性はたちまち消え落ちる』とある。このまま進めば、十方世界全体が大解脱の場となり、生も仏も聖も凡も、智も愚も、さらには山河大地、草や塵、人や畜牲に至るまで、その光を蒙り、その恵みを受けて、真実に帰元しないものはない。今、緯蒼大居士の生涯の功業が史書に記され、遺徳が人々の口に残るのを見よ。彼の六十三年の在世を生というか? 水に月を掬うようなもの。六十三年後に世を去ったことを死というか? 空に花を摘むようなもの。なぜか? まことの実際理地には、こんな消息は絶えてないからだ。
昔、宋の枢密・徐師川は父の喪に遭い、その恩に報いようと、霊源禅師を招いて孝址で説法を請うた。源は言った。『皆さん、龍図(師川の父)は平生、万巻の書を読み、水が器を伝うように一滴も漏らさなかった。では、それはどこに置かれているのか? 今、識を捨てた後、この万巻の書を置いたものは、またどこに向かうのか?』師川はこれを聞いて、さっと悟るところがあり、『我に憾みなし』と言った。皆さん、霊源は説法三昧を得ていたから、声気を動かさずに師川を無生に徹証させた。今日、臣五居士が恩に報いようと、私をここに招き、般若を挙揚して先父の冥福を資することを願うのは、師川と徳を同じくし、心を同じくし、理を同じくし、事を同じくするというもの。すべてが同じなら、どうすれば同じく証することができるか?」
再び払子を掲げて言う。
「私は今、あなたがたにこの事を保任する。決して虚妄ではない。」
比丘は常に修行し、沙彌もまた修行する。二人の禅者が塔に入り、小参に臨む。「木を切り函と為せば、その功は化楽天よりも高く、石を積み屋と成せば、その名は祇園精舎よりも重し。頭頭に路を挟み、処処に途を通ずるといえども、金鎖は虚しく拘え、重門には縫い目なし。夜の簾は蔭を垂れ、密室は窺い難し。たとえ寒山子の鞋が虎のように獰猛であろうとも、瑠璃殿の上には覗き捕らえる門なく、拾得児の杖が龍のように活発であろうとも、明月堂の前には身を転ずる路なし。ましてや烏を駆ることを未だ解せず、犢を制することを未だ馴らさぬ者、宝所に登らんと欲するは、その難きこと甚だしからずや。とはいえ、思頭陀は既に法爾の殷々たるを受け継ぎ、誼をもって黙するを許さず。功勲を展べずして、直ちに灌頂に昇る底の方便あらん。」払子を以て円相を打ち、云く、「祖仏の衆妙門、只この箇最も為る。肇と融を珍重し、努力してその位を紹げ。」
蕭理卿居士が次男信斯を伴い、長男玉衡の供養のために霊前の小参を請うた。「北風は厳しく、寒気は陰鬱に満ち、陰陽のない大地に水が滴り凍るような境地に至る。昨日は瑞雪が舞い、万山はことごとく白く覆われた。この時、峨眉の老子は大いに神通を現じ、目が眩むほどに花が咲き乱れるかのようであった。この輝き煌めく白さを見て、皆が一色の境地だと言うが、今朝太陽が昇ると、あっという間に流れ去り、この一色を探しても全く見つからぬ。ましてや転句など、半提・全提などと論じる必要があろうか。故に、過去の古仏はこう説かれた:『諸の善法を起こすもこれ幻、諸の悪業を造るもこれ幻、身は聚沫の如く心は風の如し、幻の如く出でて根無く実性無し』と。かくの如く、生も幻、滅も幻、善も幻、悪も幻、陰も幻、陽も幻、寒さも幻、暑さも幻。一切がことごとく幻であるならば、三際は円満し、一道は虚ろに融け、了うべき生死もなく、証すべき涅槃もない。仏と衆生の性相は平等である。今日、玉衡居士の霊を供養するにあたり、山僧がこのように説き明かすことを、一度耳にすれば、ただちに無生を徹証し、父と弟の慈愛に満ちた供養の心に背かぬであろう。まさにこの時、いったい供養される亡き人はどの位に昇るのか?」しばらく間を置き、云う:「穢土を蹴散らして尋ぬる処無く、唯心の浄法身を頓証す。」
師が呉陵に到着された時、晋儒の劉文學が厳膚公孝廉を推薦し、霊前にて小参を請うた。
「正覚は名相を離れています。名相をもってこれを求めれば、すなわち誤りとなります。節を胸に握りしめてここに至る者は、実に沈み屈するもの。白雲(私)が今日、一筋の道を開き、推薦者の劉公のために指南としましょう。」
かくて払子を掲げて言われた。 「見よ、見よ。ただこのものが毘盧師となり、法身の主となる。天もこれによって成立し、万物もこれによって育まれる。もし根源を洞徹することができれば、はじめて仏と衆生が本来平等であることを知るでしょう。
かつて吾が仏が雪山で成道され、明星を観て嘆じて言われたことを思い出しませんか。『奇なるかな、一切の衆生は如来の智慧徳相を具えている。ただ妄想執著によって証得することができないだけである』と。
諸仁者よ、釈迦老子の意を理解したいですか。まことに、諸仏の智慧徳相は含識の心源に蘊まれています。ただ不覚のゆえに、たちまち業惑が起こるのです。業惑があるがゆえに、八万四千の塵労の山を結び、八万四千の煩悩の海を深く醸すのです。
霊利な漢は、直ちに業惑が本来自性なく、当体全く空であることを了知すれば、塵労の山は翻って智山となり、煩悩の海は覚海へと変わります。ここに至れば、世に住むも出るも、塵に居りて塵を了ずるも、何の妨げもありません。さらに、何の生が恋しく、死が悲しむべきものでありましょうか。
また、宋の時代の徐師川居士が先龍図の尽きせぬ恩に報いようと、特に霊源禅師を請じて孝址で説法を乞うた時のことを思い出しませんか。源禅師は言われました。『諸仁者よ、先龍図は平生、万巻の書を読みましたが、この身は椰子の実ほどの大きさしかありません。万巻の書はどこに置かれたのでしょう。今、識を捨てた後、この万巻の書を読んだものは、またどこに向かって置かれるのでしょうか』と。師川はこれを聞いて、たちどころに悟りを開きました。
今日、晋儒居士が先孝廉の尽きせぬ恩に報いようと、同様に山僧を請じて孝址で説法を求め、哀思を展べようとされています。もし人が問うならば、『先孝廉は平生、万巻の書を読みましたが、今、識を捨てた後、この万巻の書を読んだものは、畢竟どこに安身立命するのでしょうか』と。
諸仁者よ、知りたいですか?」
かくて払子を机に一撃し、言われた。 「弾指の間に清浄界を超え、方て吾が道の不思議を知る。」
映子朱居士が先父長源山主のために土を掩うことを請う。 「毘耶は高く鎖さえ、白雲深く、不二の門開きて夙心を見る。 六龍を倒跨して帰去した後、嘉声留まって叢林に播く。 恭しく惟うに、大山主長源老居士は、仏心夙に植え、道韻天に成る。 節を折りて師を求め、雲門の路の嶮しきを憚らず。 身を横たえて法のため、寧ろ海甸の禅荒るるを教えんや。 赤手に剎竿を扶け、妙用縦横、唯だ一力を憑む。 鬧藍に祖域を開き、神通廓徹、那ぞ五丁を羨まん。 方に諸山の保社を期し、永く帡幪を受かんとす。 豈に意図せんや、六轡の神駒、遽爾として仙逝せんとは。 化城昔に滞り、尽く馬鬣の未だ封ぜざるを道う。 宝所今に登り、那ぞ牛眠の慶ぶべきを識らん。 十字交横、洵に安貞地に応じ。 一儀高厚、允に深固霊根たり。 山野、忝くも祖席に居り、聊か法誠を展ぶ。 解脱の門開く、固より昔年の親証。 真実の相顕る、還って期す此の日の円成。 正に恁麼の時、全身奉重の一句、作麼生か道わん。 乾坤正脈を存し、山水真龍を護る。」
丁穎公居士が甥の元亮を連れ、亡き弟の庶公のために霊前にて小参を請うた。
「真如の清浄なる境、これを証する者は甚だ難し。ある人が言うには、真を明らかにせんと欲すれば、まず妄を息めよと。妄が息めば、生死の海は断ち切るを待たずして直ちに渡り、真が明らかになれば、涅槃の岸はどうして登る労を要しようか。このような理屈は、確かにその通りではあるが、残念ながら取捨の心がまだ消えず、先聖の奥深き境地に至ることはまだ叶わない。言われるではないか、『諸々の善法を起こすもこれ幻、諸々の悪業を造るもこれまた幻。身は聚沫の如く心は風の如し、幻より出でて根無く実性無し』と。諸仁者よ、どうしてこの『幻より出でて実無し』という道理を説くのか。ここに見得すれば、初めて知る、本来より元より忘懐廓落、消息沖融たることを。狸奴や白牯を見ても劣れるとせず、宝几や珍御にも驚かず、さらにいかなる多生の業障、累劫の冤親があって、一切智智清浄にして二無く、二分無く、別無く、断無きに至らぬことがあろうか。故に云う、『仏は一切の法を説く、一切の心を度するがため。我に一切の心無ければ、何を用いん一切の法を』と。また云う、『凡聖一真なりと雖も、なお見隔たりを存す。見存すれば即ち凡、情忘るれば即ち仏』と。寂音がこれを讃えて、先聖もここに毫末を加えること能わずと為す。豈に得処真実、用処真実にして、人の意度すべからざる者ならずや。庶公居士、山僧その名を知って久しけれど、面を謀ることは未だ曾て無し。夏の初めに高齋にて会いし時、すでに病篤く、山野を鄙しまずして、節を折りて帰依せしむ。別れてより霖雨連綿、音問絶え、まさか五月二十一日に世を去らんとは。嗚呼、勝げて歎ずべきかな。易簀の時、諄諄として遺嘱し、山僧の霊址に到りて説法を請わんことを冀う。昨日、甥君命を啣えて至る。時に山僧に禁足の期あり、已むを得ず、ただ制を破りて来たり、その霊を慰む。宋の時、王公韶居士が西塞を帥い、自ら殺業の深重なるを以て、特に仏印禅師を上藍に請じて説法せしめ、以て澡雪を祈る。印は香を拈って云う、『この香は、人を殺して眼を瞬かざる上將軍、立地に成仏する大居士のためなり』と。衆善しと称し、公もまた悠然として意消ゆ。今日、山僧もまた上に揚げし般若の功德を以て庶公に資けん。惟うらくは、一たび耳根に歴りて、頓に自性を明らかにし、ここより功名富貴を夢幻の如く視、声色貨利を浮漚に等しくし、一任して天上人間に随縁放曠、他方此土に任意縦横し、さらにいかなる生死栄枯の足りて云うべきことがあろうか。さらに一偈を聴け、智眼豁開して蕉夢醒む、始めて知る天地一蘧廬なることを。今より塵労の縛を解きて、直ちに蓮花の国裏に入りて居らん。」
晩の参禅の時。 「世尊が花を拈じ上げた。 笑うべきか嘆くべきか。 他人の一笑を勝ち得て、 自らの三車を失った。 犬には明らかに仏性はなく、 猫には確かに爪と牙がある。 禾山の太鼓を打ち砕き、 秘魔の叉を折り曲げる。 ああ、ああ、ああ、 誰が風流が当家を出ると信じようか。」
晩の参禅。「仏はそうではなく、心もまたそうではない。目に砂が入るのもならず、耳に水が入るのもならず、そのままにしておくのも、一人の無事の道人としては良い。しかし、もし突風が吹き起こり、七つの金や五つの山を一瞬にしてあなたの鼻の穴に吹き込んだとしたら、どうやってここで一機の熱い茶碗を差し出し、あなたにお茶を飲ませることができるだろうか?もしそうでなければ、平らな地面で無数の死者が出て、茨の林をくぐり抜けるのが上手な者だ。」
白龍和尚と雨華和尚の両師の訃報が山に届き、供養を捧げました。 師は白龍和尚の肖像を指して言われました。 「これは白龍蔭公です。」 さらに雨華和尚の肖像を指して、 「これは雨華願老です。白雲(私)は末派に連なる者として、両師の門下で共に過ごす機会を得ました。近頃、潤州で二人が同時に遷化されたと聞きました。今日は特に一椀の飯を炊き、一盞の羹を煮て、道誼を表したいと思います。 諸兄弟よ!もし雨華和尚が昔、私と親しく、その恩恵を受けたからと言うなら、それはまるで四角い木を丸い穴に嵌めようとするようなもの。もし白龍和尚が昔、私と疎遠で、そのために損をしたからと言うなら、それは短い竹竿で長い空を突くようなもの。 知らないのか、潤州の両師は、世間の親しみや疎遠によって計られるものではない。龍舒の一弟(私)は、人の損得で評価できるものだろうか。これこそ天寧門下の聱頭禅であり、諸方の手本となるべきものである。」
潘明卿が伯父の成所居士のために棺を上げることを請う。 「人生は虚しく幻の如く、浮き草のよう。突然の風が夜の谷の舟を移すが如し。思い返せば、功績を立てる標を掲げたものの未だ成らず、賢き者が速やかに去るは実に愁い堪えぬ。謹んで故山主成所居士を思うに、青年の志を立て、何もないところから家を成し、男子も女子もいないながらも、財産と絹布は常に豊かであった。かつては仏宝に心を帰依し、白蓮社を創って法灯を伝え、今は緇衣の流れに身を寄せ、青山に倣って髪を断たんとしていた。思いがけず一病が起こり、二つの病魔が膏肓に入り込み、頂相(頭部の相)未だ円満ならぬうちに、四大(地水火風)が忽然と本主を離れた。ああ、九夏(長い夏)の間、公は私を招かれたが私は来ず、三冬(長い冬)の間、私は公を待ち望んだが公は既に去ってしまわれた。それゆえ白雲の裡に一つの功徳が寂しく、龍舒山中の数人の老いた人々は孤独である。今、孝行なる甥の志清は家業を継ぎ、箕裘(祖先の業)を永遠に受け継ぎ、仏事を修めて仏天に誠を尽くし、吉日を選んで棺を吉地に帰す。ただ居士が精進の鎧をまとい、智慧の刀を操り、名利の鎖と手綱を断ち切り、是非の巣窟をひっくり返し、白牛車に時を乗じて穩やかに駕し、三界の牢獄を指日(近い将来)に超え、大いに遊戯神通を展べ、本有の田地(本来の境地)にまで到達されることを願う。さて、今すぐに快く一歩を進める一句をどう言おうか。」 しばらくして、云う。 「良い知らせは西に帰る遠しと謂うなかれ、咫尺の家山に程を問うを罷めよ。」(公は出家を志したが果たせなかった。)
晩参の時、挙す。昔、龐居士が薬山のもとを訪れた。薬山は十人の禅客に命じて門前まで見送らせた。龐公は空に舞う雪を指さして言った。「見事な雪だ。一片一片、別の場所には落ちない。」すると全禅客が尋ねた。「ではどこに落ちるのか?」龐公は彼を一撃した。全が言う。「そう軽々しく扱われる覚えはない。」龐公は言った。「これで禅客と称するのか。閻魔大王もお前を見逃さぬだろう。」全が言う。「居士はどうなさるおつもりか?」龐公は再び打ち据え、言った。「目は見えていても盲目、口は話せても唖者だ。」
そこで言う。物を退けるを上とし、物に逐うを下とす。奯船長はすでに以前にこれを説いた。しかし龐公の問いかけは、もとより良からぬ心によるものではない。もし嚙鏃機の妙を得た者であれば、たとえ世を覆うほどの英雄であっても、三千里退かねばなるまい。惜しいかな全公は主となることを解せず、わけもなく人の鉤線にかかり、薬山の門風が地を掃かれることなからんと欲したが、どうして叶うだろうか。今日、白雲は弱きを抑え強きを扶けるためではなく、また直きを拗げて曲げるためでもない。諸君らは是非を識らねばならぬ。驀地に拄杖を拈じ、云く。「ただここに向かって弁ぜよ。」
師が浄梵寺に到着すると、主人の元白老宿が大衆を率いて上堂を請うた。 「修行の高士が浄梵の門に入るや、古宿の威光と先徳の風采を試しに見よ。畢竟、何処より建立せしものか?ここにおいて一々に緇素(僧俗)がこれを悟り得て、初めて世界未だ形なく、生仏の名字未だ有らざる以前より、すでにこの保社(道場)を具せしことを知る。もし真実の心を弁え、真実の行をなす阿師(修行者)が藩籬(垣根)を撤去せずば、いずくんぞ四海を一家と為し、十方を一己と合せんや?」 突然に杖を拈じて地を突き、「汝ら諸仁、ここより明らかに承継して行けば、一毫の端に宝王刹を現じ、微塵の裡に坐して大法輪を転ずること、決して難事にあらず。しかるに、目前畢竟何を以て験と為すべきか?」と問う。 しばらく沈黙し、「客は主人の相なり」と述べ、師は座を下りた。
晩参。 「世尊の一大蔵教は、ただ半字を説くに過ぎず、祖師の一千七百則の公案は、ただ満字を説くに過ぎない。」 突然、竹篦を掲げて言う。 「知るべし、ここでは半も収められず、満も収められぬ。時に、跳ね上がって天に至り、南辰を倒し、北斗を叩き落とし、乾坤ことごとく一時に暗黒となる。お前たち漆桶ども、どこに身を置き、命を立てようとするのか?」 衆、答えず。そこで竹篦を旋風のように振り回して、散らした。
念慈謝護法が閻太恭人の霊前にて小参を請う。 「凡夫も聖者も、その真実は一つ。 急ぎて目を凝らせよ、仙人を観るがごとく。 今より娑婆の苦しみを脱し、 蓮華の国にて身を重んぜよ。」
公が護法に謝し、亡き妻張氏のために霊前に小参を請うた。 「生滅はもとより住むところなく、一霊の性は自ら真なり。 振り返って彼岸に登り、青春を失うと謂うなかれ。」
雨山和尚語録 巻第四