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title: "正法華經 · 23 光世音普門品"
description: "正法華經是西晉時期著名譯經師竺法護所譯的重要佛教經典，屬於早期漢譯《法華經》版本之一。竺法護為西域高僧，活躍於3世紀，致力於將大乘佛典引入中土。該經闡述了佛陀的究竟教法，強調一切眾生皆可成佛，並詳細講解了諸法實相、一乘思想及菩薩行的核心教義。作為大乘佛教的關鍵經典，正法華經為後世《妙法蓮華經》的流行奠定了基礎，在中國佛教史上具有重要地位，對天台宗等宗派的形成影響深遠。"
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## 正法華經卷第十

> 正法華経 巻第十

西晉月氏國三藏竺法護譯

> 西晋・月氏国・三蔵竺法護訳

### 光世音普門品第二十三

> 観世音普門品 第二十三

於是無盡意菩薩，即從座起偏露右臂長跪叉手，前白佛言：「唯然世尊！所以名之光世音乎，義何所趣耶？」

> そこで無尽意菩薩は、座を立って右の肩をあらわにし、ひざまずいて両手を合わせ、仏の前に進み出て申し上げました。「尊き世尊よ、どうして『光世音』と名づけられたのでしょうか。その意味はどのようなものなのでしょうか。」

佛告無盡意曰：「此族姓子，若有眾生，遭億百千姟困厄患難苦毒無量，適聞光世音菩薩名者，輒得解脫無有眾惱，故名光世音。若有持名執在心懷，設遇大火然其山野，燒百草木叢林屋宅，身墮火中，得聞光世音名，火即尋滅。若入大水江河駛流心中恐怖，稱光世音菩薩，一心自歸，則威神護令不見溺，使出安隱。若入大海，百千億姟眾生豪賤，處海深淵無底之源，採致金銀、雜珠明月、如意寶珠、水精琉璃、車𤦲馬碯、珊瑚虎魄，載滿船寶；假使風吹其船流墮黑山迴波，若經鬼界值魔竭魚，眾中一人竊獨心念，光世音菩薩功德威神，而稱名號，皆得解脫一切眾患，及其伴侶眾得濟渡，不遇諸魔邪鬼之厄，故名光世音。」

> 仏は無尽意菩薩に告げられた。「この善男子よ、もし衆生が数えきれないほどの苦しみや災難に遭い、限りない苦悩を受けることがあっても、ただ光世音菩薩の名を聞くだけで、たちまち解脱して悩みがなくなる。それゆえに『光世音』と名づけるのである。 もしこの名を受け持って心に思い続けるならば、仮に大火が山野を焼き尽くし、百千の草木や林、家屋を焼き払うような災難に遭い、身を火の中に落とすことがあっても、光世音の名を聞けば、火はたちまち消えるであろう。 もし大河や急流に落ちて恐怖に陥っても、光世音菩薩の名を呼び、一心に帰依すれば、その威神の力によって守られ、溺れることなく、安らかに救い出されるであろう。 もし大海に入り、百千億の衆生が貴賤さまざまにいて、海の深い淵の底ない底を探って金銀や珠玉、宝珠、水晶、琉璃、車𤦲、馬瑙、珊瑚、虎魄などを採って、船に宝物を満載することがある。もし風が吹いてその船を黒山のうねる波間に流し去り、あるいは鬼の境界を経て魔竭魚に遭遇することがあっても、その中の一人がひそかに心に光世音菩薩の功徳と威神を念じて、その名号を称えるならば、皆すべての患難から解脱し、その仲間とともに救い渡られて、諸々の魔や邪鬼の災難に遭わない。それゆえに『光世音』と名づけるのである。」

佛言：「族姓子！若見怨賊欲來危害，即稱光世音菩薩名號，而自歸命，賊所持刀杖，尋段段壞手不得舉，自然慈心。設族姓子，此三千大千世界滿中諸鬼神，眾邪逆魅欲來嬈人，一心稱呼光世音名，自然為伏不能妄犯，惡心不生不得邪觀。若人犯罪若無有罪，若為惡人縣官所錄，縛束其身杻械在體，若枷鎖之，閉在牢獄，拷治苦毒，一心自歸，稱光世音名號，疾得解脫，開獄門出無能拘制，故名光世音。」

> 仏陀はこうお告げになりました。「善男子よ、もし怨敵や強盗が危害を加えようとして迫ってきたなら、ただちに観世音菩薩の名号を唱え、心から帰依しなさい。そのとき、賊が持つ刀や杖はたちまち砕け、その手は上がらず、自然と慈悲の心が生じるでしょう。 また善男子よ、この三千大千世界が鬼神や邪悪な霊たちで満ちていて、それらが人を悩まそうとしていたとしても、一心に観世音菩薩の名を呼べば、それらは自然に調伏され、勝手に害をなすことはできません。悪心も生じず、邪な見方をすることもありません。 もし人が罪を犯した場合でも、あるいは罪がなくても、悪人によって官憲に捕らえられ、体を縛られ、手枷・足枷をはめられ、鎖をつながれ、牢獄に閉じ込められ、拷問を受けるような苦しみにあっても、一心に帰依し、観世音菩薩の名号を唱えるならば、速やかに解脱を得て、牢獄の門は開かれ、外に出ても妨げる者は誰もいません。このようなわけで、この菩薩を『光世音（観世音）』と名付けるのです。」

佛言：「如是，族姓子，光世音境界，威神功德難可限量，光光若斯，故號光世音。」

> 仏は言われた。「そのとおりです。善き家の方々よ、光世音（観世音）の境地は、その威神力と功徳が計り知れないものがあります。その光輝はこのように限りなく、それゆえに『光世音』と名づけられたのです。」

佛告無盡意：「假使，族姓子，此三千大千世界滿中眾逆盜賊怨害，執持兵杖刀刃矛戟，欲殺萬民，一部賈客，獨自經過在於其路，齎持重寶，導師恐怖心自念言：『此間多賊，將無危我劫奪財寶，當設權計脫此眾難，不見危害。』謂眾賈人：『不宜恐畏，等共一心俱同發聲，稱光世音菩薩威神，輒來擁護令無恐懼，普心自歸便脫眾難，不遇賊害。』眾賈人聞悉共受教，咸俱同聲稱光世音，身命自歸願脫此畏難，適稱其名，賊便退却不敢觸犯，眾賈解脫永無恐怖。光世音菩薩，威德境界巍巍如是，故曰光世音。」

> 仏が尽意（じんい）に告げられた：「仮に、善き家の子よ、この三千大千世界に、盗賊や怨みによる害をなす者たちが満ち満ちていて、彼らが武器や刀、刃、槍、戟（ほこ）を手に持ち、多くの民を殺そうとしているとしよう。一人の商人の一団が、ただ独りでその道を通りかかり、貴重な宝を携えている。導師（リーダー）は恐れおののき、心の中で思う——『ここには盗賊が多く、私の宝を奪い、命を危険にさらすかもしれない。何か知恵を巡らせて、この難儀から逃れ、危害に遭わないようにせねば。』そして、商人たちに言う——『恐れるには及ばない。皆で心をひとつにし、声を揃えて、観世音菩薩の威神の力（いじんのちから）を称えなさい。そうすればすぐに守護が来て、恐れのないようにしてくれるだろう。心から帰依（きえ）すれば、この難儀から逃れられ、賊の害に遭うことはないだろう。』商人たちはこれを聞き、皆で教えのとおりにし、声を揃えて観世音の名を称え、命を懸けて帰依し、この恐怖の難から逃れたいと願った。その名を称えるや否や、賊は退却し、敢えて触れようとしなかった。商人たちは解脱し、永遠に恐怖がなくなった。観世音菩薩の威徳（いとく）と境地は、このように崇高であり、偉大である。ゆえに『光世音』と呼ぶのである。」

佛復告無盡意菩薩：「若有學人，婬怒癡盛，稽首歸命光世音菩薩，婬怒癡休，觀於無常苦空非身，一心得定。若有女人，無有子姓，求男求女，歸光世音，輒得男女，一心精進自歸命者，世世端正顏貌無比，見莫不歡，所生子姓而有威相，眾人所愛願樂欲見，殖眾德本不為罪業。其光世音威神功德，智慧境界巍巍如是，其聞名者，所至到處終不虛妄，不遇邪害，致得無上道德果實，常遇諸佛真人、菩薩高德正士，不與逆人，無反復會，若聞名執持懷抱，功德無量不可稱載。若有供養六十二億江河沙諸菩薩等，是諸菩薩，皆使現在等行慈心。若族姓子女，盡其形壽，供養衣被飲食床臥具病瘦醫藥一切所安。福寧多不？」

> ここで仏は、無盡意菩薩に再びこう告げられました。「もし修行者たちが、貪欲・怒り・愚かさの煩悩が盛んであっても、光世音菩薩（観世音菩薩）を礼拝し、心から帰依するならば、その貪欲・怒り・愚かさは静まり、無常・苦・空・無我を観じて、心を一つにして禅定を得ることができる。 また、もし女性で子どもがいない者が、男児・女児を求めて光世音菩薩に帰依すれば、必ず子どもを得ることができる。一心に精進して自ら帰依する者は、生まれながらにして端正で、顔立ちは比類なく、見る者は皆喜ぶ。その子は威厳ある相を備え、人々に愛され、会いたいと願われる。また、多くの徳の根本を植え、罪業を造らない。 この光世音菩薩の威神力と功徳は、智慧の境地がこのように広大で偉大である。その名を聞く者は、どこに赴こうとも決して虚しいことはなく、邪悪な害に遭うこともなく、無上の道徳の果実を得て、常に諸仏・真人・菩薩・高徳の正しい人々に遇うことができる。 逆人や恩義を知らない者と共に会うことはない。もしその名を聞いて心に抱き持つならば、その功徳は無量で、測り知ることも計り知ることもできない。 また、もし人が六十二億のガンジス河の砂ほどの多くの菩薩たちに供養し、これらの菩薩たちが皆、現在において平等に慈しみの心を行じるようにさせたとする。もし良家の子女が、その一生の間、衣服・飲食・寝具・病時の薬など、あらゆる必要なものを供養したならば、その福は多いであろうか？」

無盡意曰：「多矣！世尊！不可限量。所以者何？是諸菩薩，無央數億不可譬喻。」

> 無盡意菩薩が申し上げました。「実に多いことでございます、世尊よ。計り知ることはできません。それはなぜかと申しますと、これらの菩薩方は、数え切れないほどの億という単位でも表せず、たとえを用いることもできないほどだからでございます。」

佛言：「雖供養此無限菩薩，不如一歸光世音稽首作禮執持名號，福過於彼，況復供養？雖復供養六十二億江河沙數諸菩薩等，執持名號，計此二福，億百千劫不可盡極，終不相比，是故名曰光世音。」

> 仏は言われた。「たとえこれらの限りない菩薩たちに供養したとしても、一人の光世音（観世音）に帰依し、頭を下げて礼をし、その名号を心に保ち口に唱えることには及ばない。その功徳ははるかに勝れているのだ。ましてや、さらに供養するならばなおさらである。また、六十二億のガンジス河の砂の数ほどの菩薩たちに供養し、その名号を保ち唱えたとしても、この二つの功徳を比べると、その差は億百千劫の長い時間を経ても尽きることがなく、決して同等にはならない。それゆえに、この方を『光世音』と名付けるのである。」

於是無盡意菩薩，前白佛言：「光世音以何因緣遊忍世界？云何說法？何謂志願？所行至法善權方便境界云何？」

> そこで無尽意菩薩が仏の前に進み出て申し上げました。「光世音（観世音）菩薩は、どのような因縁によってこの忍土（娑婆世界）に遊び、どのように説法されるのでしょうか。その志願とは何でしょうか。また、その行いが至るところの法、善巧方便の境地とは、どのようなものなのでしょうか。」

佛言：「族姓子！光世音菩薩所遊世界，或現佛身而班宣法；或現菩薩形像色貌，說經開化；或現緣覺或現聲聞，或現梵天帝像而說經道；或揵沓和像；欲度鬼神現鬼神像，欲度豪尊現豪尊像，或復示現大神妙天像，或轉輪聖王化四域像，或殊特像，或復反足羅剎形像，或將軍像，或現沙門梵志之像，或金剛神隱士獨處仙人僮儒像。光世音菩薩，遊諸佛土，而普示現若干種形，在所變化開度一切。是故族姓子，一切眾生咸當供養光世音。其族姓子，所可周旋有恐懼者，令無所畏，已致無畏使普安隱，各自欣慶，故遊忍界。」

> 仏は言われた。「善き家の子よ。観世音菩薩が遊行する世界では、ある時は仏の身を示して教えを説き、ある時は菩薩の姿形を示して経を説き衆生を導く。ある時は縁覚、ある時は声聞、ある時は梵天や帝釈天の像を示して教えを説く。ある時は乾闥婆の像を示す。鬼神を救いたい時は鬼神の像を示し、尊貴な者を救いたい時は尊貴な者の像を示す。あるいは大神妙天の像を示し、あるいは転輪聖王が四天下を教化する像、あるいは特別な姿、あるいは羅刹の姿、あるいは将軍の姿、あるいは沙門や梵志の姿、あるいは金剛神、隠士、独居する仙人、童子の姿を示す。観世音菩薩は諸仏の国を遊行し、様々な姿を普く示し、その状況に応じて変化して一切の衆生を導き救うのである。ゆえに善き家の子よ。一切の衆生は皆、観世音菩薩を供養すべきである。その善き家の子が赴くところ、恐怖のある者はすべて畏れを除かれ、すでに無畏を得て皆が安らかになり、それぞれが喜び楽しむ。それゆえに、この忍土（娑婆世界）に遊ぶのである。」

於是無盡意菩薩，即解己身百千寶瓔，以用貢上於光世音：「惟願正士，受此法供。」己身所有殊異寶瓔，而不肯受。時無盡意復謂光世音：「唯見愍念以時納受，願勿拒逆。」時光世音心自計念：「不用是寶。」無盡意言：「唯復垂愍諸天、龍、神、揵沓和、阿須倫、迦留羅、真陀羅、摩睺勒、人及非人，受其寶瓔輒作兩分，一分奉上能仁如來，一分供養眾寶如來、至真、等正覺，貢上寶寺。」其族姓子，普為一切，以是之故，神足變化遊忍世界，無所不濟。

> そこで無盡意菩薩は、自分の身に着けていた百千の宝の瓔珞（ようらく）を解いて、光世音菩薩に捧げて言いました。「どうか正士よ、この法の供養を受け取ってください。」しかし光世音菩薩は、自分の持っている特別な宝の瓔珞があったので、なかなか受け取ろうとしませんでした。その時、無盡意菩薩は再び光世音菩薩に言いました。「どうか私を哀れんで、この時に受け取ってください。どうか拒まないでください。」その時、光世音菩薩は心の中で考えました。「この宝は必要ない。」しかし無盡意菩薩が言いました。「どうか諸天、龍、神、揵沓和、阿須倫、迦留羅、真陀羅、摩睺勒、人そして非人までも哀れんでください。宝の瓔珞をお受け取りいただけたら、それを二つに分けましょう。一つは能仁如来に捧げ、もう一つは衆宝如來、至真、等正覚に捧げて、宝の寺に供養いたしましょう。」その一族の子は、すべての人のために、このような理由から、神通力と変化をもって忍世界に遊び、救わないところがありませんでした。

於是持地菩薩，即從座起前白佛言：「假使有人，聞光世音所行德本，終不虛妄，世世安隱至無極慧，其光世音，神足變化普至道門，所顯威神而無窮極。」

> そのとき、持地菩薩が座を立って、仏の前に進み出て申し上げました。「もし誰かが、光世音（観音）の行う功徳の根本を聞くならば、その人は決して虚しくはなりません。代々安らかで、限りない智慧に至るでしょう。その光世音の神通力と変化は、あまねく悟りの道に及び、その示す威神力は尽きることがありません。」

佛說是普門道品，彼時會中八萬四千人，至無等倫，尋發無上正真道意。

> 仏がこの普門の教えを説かれたとき、その集まりの中の八万四千人が、比べるもののない悟りを求める心を起こした。