大乘大集地藏十輪經序
大乗大集地蔵十輪経序
昔者旭照高山,天宮御一乘之駕,流暉原隰,鹿苑轉四諦之輪,雖復發軫分逵而塗無亂轍,一雲普洽而卉木各茂。自鵠林變色、慧日寢光,達學電謝以息肩,真人長往而寂慮,且前賢述聖,難令各解,後進孤陋,更異親承。況乎正法既往、久當像末,定慧與福德異時,醇化與澆風殊運,然則一乘三乘之駕,安可以同其轍哉?若識時來在數藥性勿違,然後可以清沈痼之宿疾、體權實之同歸矣。
昔、太陽が高山を照らし、天宮では一乗の教えの御車が進みました。その光が野や低地に流れると、鹿野苑では四諦の法輪が回されました。たとえ道が分かれていても、その轍が乱れることはなく、一つの雲が広く雨を降らせれば、すべての草木がそれぞれに茂りました。しかし、鶴林が色を変え、智慧の日の光が沈んでからは、学に秀でた人々も電光のように去り、休息を求め、真実の人も遠くへ去り、静かな思いに沈みました。まして、先賢たちは聖なる教えを伝えましたが、人々がそれぞれに理解するのは難しく、後進は孤独で見聞が狭く、直接教えを受けた方々とはさらに異なっています。正しい教えがすでに過ぎ去り、長く像法・末法の時代にある今、定と慧は福徳と時期を異にし、醇化された教えは浅薄な風潮と運命を別にしています。それならば、一乗と三乗の教えの車が、どうして同じ轍で進むことができるでしょうか?もし時の流れに応じ、数に基づいて、薬の性質に逆らわないことを知るならば、そうして初めて、長く重い病を清め、権と実が同じ帰趨を持つことを体得できるのです。
十輪經者,則此土末法之教也。何以明之?佛以末法惡時、去聖浸遠,敗根比之坏器,空見借喻生盲,沈醉五欲類石田之不苗,放肆十惡似臭身之垢穢。故此經能濯臭身、開盲目、陶坏器、沃石田,是以菩薩示聲聞之形,象王敬出家之服,以此幢相化彼無慚,顯二事之護持,成三乘之道果。故經曰:「為令此土三寶種姓威德熾盛久住世故。」又曰:「摧滅一切諸眾生類猶如金剛堅固煩惱。」然則三寶久住,顯教傳於末法,金剛煩惱,驗障異乎一乘。尋舊經之來,年代蓋久,但譜第遺目,傳人失記。翻譯之主既往,來茲之日罕聞,同我者失魄於真彩,異我者大笑於淡味,謬以千里,能勿悲乎?夫極曜文天,或蔽虧於薄霧,至言軌物,時淪滯於廣辯。鍼石一違,有死生之巨痛。纖毫錯學,有升墜之異塗。其可易乎?
十輪経は、この世界における末法の教えです。なぜそう言えるのでしょうか。仏陀は、末法の悪しき時代には聖者から遠く離れ、根の腐った者は壊れた器に例えられ、空見に陥る者は生まれつきの盲人に譬えられます。五欲に酔いしれるのは石の田んぼに苗が生えないようなものであり、十悪を放つのは臭い身体の汚れのようなものです。そこでこの経典は、臭い身体を洗い清め、盲人の目を開き、壊れた器を焼き直し、石の田んぼに水を注ぐ力を持ちます。ゆえに菩薩は声聞の姿を現し、象王は出家の衣を敬い、この幢相をもってあの恥知らずの者たちを教化し、二つの事柄の護持を明らかにして、三乗の道果を成就させるのです。経典に「この世界において三宝の種姓の威徳が盛んに久しく世に存続するためである」と説かれ、また「すべての衆生の金剛のように堅固な煩悩を摧き滅ぼす」とあります。すなわち、三宝が久しく存続し、顕教が末法に伝わり、金剛の煩悩が障害として一乗とは異なることを示しています。
昔の経典が伝来してから、すでに長い年月が経ちました。しかし、その目録は散逸し、伝えた人々の記録も失われています。翻訳の主はすでに去り、後世に伝わることは稀です。私と同じ立場にある者は真の価値を見失い、異なる立場にある者は淡白な味わいに大笑いし、千里の誤りを生じています。これほど悲しいことがありましょうか。
空に煌めく星も、薄霧に隠れることがあります。最高の教えが世の規範となる時、広い議論の中で時に埋もれてしまいます。針や石のような治療法を一たび誤れば、生死に関わる大きな痛みを生じます。わずかに学びを誤れば、上昇と堕落の異なる道に分かれます。これを軽々しく扱うことができましょうか。
屬有三藏玄奘法師者,始則學架東朝,末乃訪道西域,輕一生之性命,涉數萬之艱難。果能竭溟渤以索亡珠,蹈龍宮而窮祕藏,吞法流於智海,瓶寫無遺,受道氣於檀林,香風更馥。至於因明三量、聲論八音,莫不究立破之源,窮字轉之本。如來所說、菩薩所傳,已來未來一朝備集。昉以薄業不偶真應,幸達聖制亂於未肇,後賢傳燈於既夕,遂使定死餘命冀反魂於法藥,昏野迷方期還轅於覺道。於是染翰操紙杜絕外慮,務詳至教釋彼紛執,疇諮法主重啟梵文。粵以永徽二年歲次辛亥正月乙未,盡其年十二月甲寅翻譯始畢,凡八品十卷。以今所翻比諸舊本,舊本已有今更詳明,舊本所無斯文具載。於是處座伉談者,響法雷而吐辯,靜慮通微者,鏡玄波而照心;頂火暴腹之徒,戢螢暉於慧日,喜足謙懷之侶,騰高節於清風矣。前佛既往,後佛未興,庶此教長懸永濟來者。弘道之士,如何勿思!大乘大集地藏十輪經卷十
ここに、三蔵玄奘法師という方がおられた。はじめは東の地(中国)で学問を極め、後に西域に道を訪ねられた。ひとつの命を軽んじ、数万里の艱難を乗り越え、まさに大海を干して失われた宝珠を探し、龍宮に至って秘蔵を極め、法の流れを智慧の海に飲み尽くし、瓶を傾けて一滴残らず受け取り、檀林(修行の林)に道の香気を満たし、その香風はいっそう芳しくなった。さらには、因明の三量(認識の三種の基準)や、声論の八音(音声の八種)に至るまで、立てる・破るの根源を究め、文字・音転の根本を極められた。如来の説かれたところ、菩薩の伝えられたところ、過去・未来の教えが、一時にことごとく集められた。
私は(昉=執筆者)、浅い修行の身でありながら、思いがけず真実の教えに遇い、幸いにも聖なる御製がまだ乱れていない時(仏教が正しく伝わる時代)に至り、後世の賢者たちが、まだ灯が消えぬうちに法を伝えてくれた。そのおかげで、すでに死を定められたような余命も、法の薬によって生き返ることを願い、暗い野に迷う者も、覚りの道へと引き返すことのできる望みを得た。そこで筆を執り、紙をひろげ、外の思いを絶ち、ひたすらに教えの詳細を尽くし、人々の紛糾を解き、法主(玄奘三蔵)に問い定め、あらためて梵文を開くこととした。
時に永徽二年(651年)の歳、辛亥の年の正月乙未(一月一日)から、同年十二月甲寅(十二月二十九日)に至って翻訳がついに完成した。全体で八品十巻である。今回の翻訳を旧本と比べると、旧本にすでにあるものは、さらに詳しく明らかにし、旧本にないものは、この書にことごとく載せた。
かくして、高座に説く者は、法雷(仏法の轟き)に応えて論辯を振るい、静かに瞑想に耽り微細な道理を究める者は、玄妙な波(真理の鏡)を映して心を照らし、腹に火を頂くような苦行に励む者も、智慧の太陽の前には蛍の光のように小さく見え、満足を知り謙虚な心を持つ者たちは、清らかな風(高潔な行い)の中に高い節操を示すようになった。
過去の仏はすでに去り、未来の仏はまだ現れない。どうかこの教えが長く世にあり続け、尽きることなく来たる者を救済することを願う。仏法を弘めようとする者よ、どうして深く思わず