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太子瑞応本起経 (太子瑞應本起經)

「太子瑞應本起經」について

呉 · 底本の訳者:支謙

1.4 万字 · 約 46 分

『太子瑞応本起経』は、三国時代の呉において訳経家・支謙によって漢訳された仏教経典であり、中国仏教における初期の重要典籍の一つに数えられます。本経は、釈迦牟尼仏が兜率天より降誕し、出家修行を経て成道に至るまでの生涯の事跡を記し、特に太子誕生の際に現れた数々の瑞兆を詳述しています。仏伝文学の代表作として、本経は仏陀の生涯の重要な段階を体系的かつ完全に描き出しており、仏教開祖の事績を研究する上での貴重な文献的根拠を提供しています。 仏教史上においても重要な位置を占め、中国仏教における仏陀観に影響を与えたのみならず、後世の仏教芸術創作に対しても豊かな題材の源泉となりました。支謙によるこの漢訳は、優美で流麗な文体を持ち、漢魏時代の仏教翻訳史を研究する上での重要な資料ともなっています。


佛說太子瑞應本起經卷上

仏説太子瑞応本起経 巻上

吳月支優婆塞支謙譯

呉の月支優婆塞支謙訳

佛言:

お釈迦さまはおっしゃいました:

「吾自念宿命,無數劫時,本為凡夫。初求佛道已來,精神受形,周遍五道。一身死壞,復受一身,生死無量。譬喻盡天下草木,斬以為籌,計吾故身,不能數矣。
「夫極天地之始終,謂之一劫,而我更天地成壞者,不可稱載也。所以感傷世間貪意長流,沒於愛欲之海,吾獨欲反其源故,自勉而特出。是以世世勤苦,不以為勞;虛心樂靜,無為無欲;損己布施,至誠守戒,謙卑忍辱,勇猛精進,一心思微學聖智慧。仁活天下,悲窮傷厄,慰沃憂慼,育養眾生,救濟苦人,承事諸佛,別覺真人,功勳累積,不可得記。至于昔者,定光佛興世,有聖王名曰制勝治,在鉢摩大國,民多壽樂,天下太平。時我為菩薩,名曰儒童;幼懷聰叡,志大包弘,隱居山澤,守玄行禪。聞世有佛,心獨喜歡,披鹿皮衣,行欲入國。道經丘聚,聚中道士,有五百人。菩薩過之,終日竟夜,論道說義,師徒皆悅。臨當別時,五百人各送銀錢一枚,菩薩受之。

天地の始まりと終わりを一つの劫としますが、この世界が幾度も生成と消滅を繰り返したことは、言葉にできぬほど長いものです。私は、世の人々が貪りの思いに流され、愛欲の海に沈む様を見て悲しみました。ただ一人、その源に立ち返ろうと自らを励まし、特別な道を歩んできました。そのため、世々にわたり苦労を重ねても、それを苦とはせず、心を虚しくして静けさを楽しみ、無為無欲を貫きました。己を捨てて布施し、誠をもって戒めを守り、謙虚に忍辱に耐え、勇猛精進して、一心に微細な智慧を学び、聖なる智慧を究めようとしました。仁の心で生きとし生けるものを育て、貧しく苦しむ者を哀れみ、悲しみ嘆く者を慰め、全ての命を育み、苦しむ人を救済し、多くの仏に仕え、悟りを開いた真人を敬い、その功績は積み重なり、数え尽くせぬほどになりました。遥か昔、定光仏がこの世に現れた時、制勝治という名の聖王がおり、鉢摩という大国を治めていました。人々は長寿で幸せに満ち、世の中は平和でした。その時、私は菩薩であり、儒童という名でした。幼い頃から聡明で志は大きく、山や沢に隠れ住み、玄妙を守り禅定を修行していました。世に仏が現れたと聞き、心から喜び、鹿の皮衣をまとい、国へ向かおうとしました。道すがら、五百人の道士が集まる村を通りかかりました。菩薩が彼らのもとを訪れると、昼夜を徹して道について論じ合い、師弟ともに大いに喜びました。別れ際、五百人はそれぞれ銀貨一枚を菩薩に差し出し、菩薩はそれを受け取りました。

「入城見民,欣然怱怱,平治道路,灑掃燒香。即問行者:『用何等故?』行人答曰:『今日佛當來入城。』菩薩大喜,自念:『甚快!今得見佛,當求我願。』
「語頃,王家女過,厥名瞿夷,挾水瓶持七枚青蓮華。菩薩追而呼曰:『大姊且止!請以百銀錢雇手中華。』女曰:『佛將入城,王齋戒沐浴,華欲上之,不可得也。』

さて、ほどなくして王女が通りかかりました。その名を瞿夷といい、水瓶を挟み七輪の青い蓮の花を持っていました。

菩薩は彼女を追いかけて呼びかけました。 「お姉さん、ちょっと待ってください。銀貨百枚でその手にある花を譲ってください。」

すると王女は答えました。 「お釈迦様がもうすぐ町にお入りになります。王様は斎戒して沐浴されており、この花はそのお釈迦様に捧げようとしているのです。お譲りすることはできません。」

「又請曰:『姊可更取求。』雇二百三百不肯,即探囊中五百銀錢,盡用與之。瞿夷念華,極直數錢,乃雇五百,貪其銀寶,與五莖華,自留二枚。迴別意疑:『此何道士,披鹿皮衣,裁蔽形體,不惜銀錢寶,得五莖華?』憘怡非恒,追呼:『男子!以誠告我,此華可得;不者奪卿。』菩薩顧曰:『買華從百錢至五百,以自交決,何宜相奪?』女曰:『我王家人,力能奪卿。』菩薩慝然曰:『欲以上佛,求所願耳。』

また言った。「姉よ、もう一度、花を取ってきてほしい。」二百、三百と雇おうとしたが、彼女は受け取らなかった。そこで袋の中から五百の銀銭を取り出し、すべて彼女に与えた。瞿夷は思った。「この花はせいぜい数銭の値打ちだが、五百もの銭をくれるという。その銀宝に心を惹かれて、五本の花を渡し、自分は二本を残そう。」しかし彼女は別れ際に疑念を抱いた。「この修行者は何者か。鹿の皮の衣をまとい、かろうじて体を覆っているのに、惜しげもなく銀銭宝を与え、五本もの花を手に入れた。」その喜びは尋常ではなく、彼を呼び止めて言った。「男よ、誠実に私に告げなさい。この花を手に入れたわけを。さもなくば、あなたから奪い取ります。」菩薩は振り返って言った。「花を百銭から五百銭で買い、すでに話はついた。どうして奪おうとするのか。」女が言った。「私は王の家の者です。力づくで奪うこともできます。」菩薩は静かに言った。「仏に捧げて、願いを叶えていただこうと思ったのだ。」

「瞿夷曰:『善!願我後生,常為君妻,好醜不相離;必置心中,令佛知之。今我女弱,不能得前,請寄二華,以獻於佛。』菩薩許焉。

瞿夷は言いました。「お願いです。どうか来世も、あなたの妻となりますように。美醜にかかわらず、決してお互いを離れません。どうか心にとどめて、仏様にお伝えください。私は女で力が弱く、直接お目にかかれませんので、この二つの花を仏様にお捧げください。」菩薩はそれを許しました。

「須臾佛到,國王臣民,皆迎拜謁,各散名華,華悉墮地。菩薩得見佛,散五莖華,皆止空中,當佛上如根生,無墮地者。後散二華,又挾住佛兩肩上。佛知至意,讚菩薩言:『汝無數劫,所學清淨,降心棄命,捨欲守空,不起不滅,無猗之慈,積德行願,今得之矣。』因記之曰:『汝自是後,九十一劫,劫號為賢,汝當作佛,名釋迦文(天竺語,釋迦為能,文為儒,義名能儒)。』

やがて仏が到着すると、国王や臣民は皆、出迎えて拝礼し、それぞれ美しい花を散らしましたが、それらの花はみな地面に落ちました。菩薩は仏にお目にかかると、五本の花茎を散らしました。すると、それらはすべて空中に留まり、仏の頭上で根を生やしたように位置し、地面に落ちるものは一つもありませんでした。その後、二本の花を散らすと、それらは仏の両肩に挟まって留まりました。仏はその深い志を知り、菩薩を讃えて言われました。「あなたは無数の劫の間、清らかな学びを続け、心を降伏させ、身命を捨て、欲望を離れて空を守り、生じも滅びもせず、執着のない慈悲を修め、功徳を積み、願いを立ててきました。今、その果報を得たのです。」そして、こう予言されました。「あなたはこの後、九十一劫を経て、その劫を賢劫と名付ける。あなたは仏となり、名を釈迦文と称するであろう(天竺の言葉で、釈迦は『能』、文は『儒』の意。その意味は『能儒』である。)。」

「菩薩已得記言,疑解望止;霍然無想,寂而入定。便逮清淨不起法忍,即時輕舉,身昇虛空,去地七仞,從上來下,稽首佛足。見地濯濕,即解皮衣,欲以覆之,不足掩泥,乃解髮布地,令佛蹈而過。佛又稱曰:『汝精進勇猛,後得佛時,當於五濁之世,度諸天人,不以為難,必如我也。』

菩薩が成仏の記別を受けると、疑いは解け、望みは止みました。たちまち無想となり、静かに三昧に入りました。そして清らかな無生法忍(しょうじょうのむしょうほうにん)を得て、即座に身は軽やかに浮かび、虚空に昇りました。地上から七尋(ひろ)の高さに達し、そこから降りて、仏の足に額をふせて礼拝しました。地面が湿っているのを見ると、革の衣を脱いで敷こうとしましたが、泥を覆うには足りません。そこで髪を解いて地面に敷き、仏がその上を歩いて通られるようにしました。仏はさらに称賛して言われました。「そなたは精進し勇猛である。のちに仏となるとき、五濁の悪世にあって天や人々を救済し、それを難事と思わないであろう。必ずや我の如くなるであろう。」

「菩薩承事定光,至于泥曰。奉戒護法,壽終即生第一天上,為四天王。畢天之壽,下生人間,作轉輪聖王飛行皇帝——七寶自至,一、金輪寶,二、神珠寶,三、紺馬寶朱髦𮤅,四、白象寶朱髦尾,五、玉女寶,六、賢鑒寶,七、聖導寶——八萬四千歲,壽終即上生第二忉利天上,為天帝釋。壽盡又昇第七梵天,為梵天王。如是上作天帝,下為聖主,各三十六反,周而復始。及其變化,隨時而現,或為聖帝,或作儒林之宗,國師道士,在所現化,不可稱記。

菩薩は定光如来に仕え、その方が涅槃に入られるまでお仕えしました。戒律を守り、教えを護った功徳により、寿命が終わるとすぐに第一の天に生まれ、四天王となりました。その天での寿命が尽きると、人間界に降り立ち、転輪聖王、すなわち飛行皇帝となりました。その王には七つの宝が自然に備わりました。第一に金輪宝、第二に神珠宝、第三に紺馬宝(たてがみは朱色)、第四に白象宝(尾は朱色)、第五に玉女宝、第六に賢鑒宝、第七に聖導宝です。八万四千歳の寿命が終わると、再び第二の忉利天に生まれ、天帝釈となりました。その寿命が尽きると、さらに第七の梵天に昇り、梵天王となりました。このように、上は天帝となり、下は聖王となって、それぞれ三十六回ずつ繰り返しました。そしてその変化は、時に応じて現れ、ある時は聖帝となり、ある時は儒林の宗師や国師、道士となり、その現れるところは計り知れないものでした。

「菩薩於九十一劫,修道德,學佛意,通十地行,在一生補處。後生第四兜術天上,為諸天師,功成志就,神智無量。期運之至,當下作佛,託生天竺迦維羅衛國,父王名白淨,聰叡仁賢;夫人曰妙,節義溫良。迦維羅衛者,三千日月萬二千天地之中央也。佛之威神,至尊至重,不可生邊地,地為傾邪,故處其中。周化十方,往古諸佛興,皆出於此。

菩薩は九十一劫の間、道を修め、仏の智慧を学び、十地の修行を究められました。そして一生補処の位に至り、後に第四の兜術天に生まれ、諸天の師となりました。功績は成り、志は成就し、神智は限りなく広がりました。因縁の時が来たので、この世に下って仏となるべく、天竺の迦維羅衛国に托生されました。父王は白淨と名づけられ、聡明で仁徳があり、夫人は妙と称され、節義と温良を備えておられました。迦維羅衛国とは、三千の日月と一万二千の天地の中心にあります。仏の威神は最尊最重であり、辺地に生まれることはできません。辺地は地が傾いて邪であるからです。ゆえにその中心に降り立ち、あまねく十方を教化されました。往古の諸仏が興起されるのも、みなこの地から出られます。

「菩薩初下,化乘白象,冠日之精。因母晝寢,而示夢焉,從右脇入。夫人夢寤,自知身重,王即召問太卜,占其所夢。卦曰:『道德所歸,世蒙其福,必懷聖子。』菩薩在胎,清淨無有臭穢。於是群臣諸小國王,聞大王夫人有娠,皆來朝賀。菩薩於胎中,見外人拜,如蒙羅縠而視,陰以手攘之。攘之者意,不欲擾人也。自夫人懷姙,天為獻飲食,自然日至,夫人得而享之,不知所從來,不復饗王厨,以為苦且辛。到四月八日夜明星出時,化從右脇生墮地,即行七步,舉右手住而言:『天上天下,唯我為尊。三界皆苦,何可樂者?』

菩薩が初めてこの世に下られる際、白い象に乗って現れ、太陽の精髄を冠としておられた。母后が昼寝をしている時に夢の中に現れ、右の脇腹から入られた。后が夢から覚めると、自然と体が重いことを自覚された。王はすぐに太卜を召して、その夢の占いをさせた。卦にはこうあった。「道徳の帰するところ、世はその恩恵を蒙り、必ずや聖なる子を宿されるでしょう。」

菩薩は胎内におられる間、清らかで汚れも臭いもなく、何一つ不浄なものはなかった。そして、群臣や諸国の小国王たちが、大王の妃が身ごもられたと聞いて、皆が祝いに訪れた。菩薩は胎内から、その人々が礼拝するのをご覧になったが、それはまるで薄絹を通して見るかのようであり、密かに手でそれを遮られた。遮られたのは、人々を煩わせたくないとのお心からである。

后が妊娠されてからというもの、天が飲食を献上し、自然と日にちが来れば届いた。后はそれをいただいたが、どこから来たのかはわからず、もはや王の厨房のものは食べられず、苦く辛いものと思われた。

そして四月八日、夜の明星が輝く時に、菩薩は右の脇腹から化生して地上に降り立たれ、すぐに七歩歩まれ、右手を挙げて立ち止まって言われた。

「天上天下、唯我が独り尊し。しかし三界はすべて苦しみに満ちている。何が楽しいということがあろうか。」

「是時天地大動,宮中盡明。梵釋神天,皆下於空中侍。四天王接置金机上,以天香湯,浴太子身。身黃金色,有三十二相,光明徹照,上至二十八天,下至十八地獄,極佛境界莫不大明。當此日夜,天降瑞應,有三十二種:一者、地為大動坵墟皆平,二者、道巷自淨臭處更香,三者、國界枯樹皆生華葉,四者、苑園自然生奇甘果,五者、陸地生蓮華大如車輪,六者、地中伏藏悉自發出,七者、中藏寶物開現精明,八者、篋笥衣被披在椸架,九者、眾川萬流停住澄清,十者、風霽雲除空中清明,十一、天為四面細雨澤香,十二、明月神珠懸於殿堂,十三、宮中火燭為不復用,十四、日月星辰皆住不行,十五、沸星下現侍太子生,十六、釋梵寶蓋彌覆宮上,十七、八方之神捧寶來獻,十八、天百味食自然在前,十九、寶甕萬口懸盛甘露,二十、天神牽七寶交露車至,二十一、五百白象子自然羅住殿前,二十二、五百白師子子從雪山出羅住城門,二十三、天諸婇女現妓女肩上,二十四、諸龍王女繞宮而住,二十五、天萬玉女把孔雀尾拂現宮牆上,二十六、天諸婇女持金瓶盛香汁列住空中侍,二十七、天樂皆下同時俱作,二十八、地獄皆休毒痛不行,二十九、毒虫隱伏吉鳥翔鳴,三十、漁獵怨惡一時慈心,三十一、境內孕婦產者悉男,聾盲瘖瘂癃殘百疾皆悉除愈,三十二、樹神人現低首禮侍。當此之時,壃場左右,莫不雅奇,歎未曾有。

その時、天地は大きく震動し、宮中はことごとく明るくなった。梵天、帝釈天、諸々の神々や天人は、皆、空中から降りてきて虚空に仕えた。四天王は金の机の上に太子を安置し、天の香湯を用いて太子の身体を沐浴させた。身体は黄金色で、三十二の相を具え、光明は徹り照らし、上は二十八天に至り、下は十八地獄にまで及び、仏の境界の及ぶところ、明るくならない所はなかった。この夜、天は瑞応を降らし、三十二種あった。

第一に、大地は大きく動き、丘や窪みはすべて平らになった。 第二に、道や巷は自然に清められ、臭い所はかえって香ばしくなった。 第三に、国土の枯れ木はすべて花や葉を生じた。 第四に、苑園には自然と珍しい甘い果実が生じた。 第五に、陸地には車輪ほどの大きさの蓮華が生じた。 第六に、地中に隠された宝はすべて自然に現れ出た。 第七に、倉庫の中の宝物は開けられ、明らかに精妙に現れた。 第八に、箱や笥の中の衣や布団は、竿や架に掛けられて整えられた。 第九に、多くの川や流れは止まり、澄み切った。 第十に、風はやみ、雲は晴れ、空中は清らかになった。 第十一に、天は四方から細かい雨を降らせ、潤い、香ばしかった。 第十二に、明月の神珠が殿堂に懸けられた。 第十三に、宮中の灯火はもはや用いられなくなった。 第十四に、日月星辰は留まって運行しなかった。 第十五に、沸星(けい星)が現れ、太子の誕生に仕えた。 第十六に、帝釈天と梵天の宝蓋が宮殿の上を覆った。 第十七に、八方の神々が宝を持って来て献上した。 第十八に、天の百味の食べ物が自然と前に現れた。 第十九に、宝の甕が万口、甘露を満たして懸けられた。 第二十に、天神が七宝の交露の車を牽いて来た。 第二十一に、五百頭の白い子象が自然と列をなして殿の前に立った。 第二十二に、五百頭の白い獅子の子が雪山から出て、列をなして城門に立った。 第二十三に、天の諸々の婇女が、妓女の肩の上に現れた。 第二十四に、諸々の龍王の娘たちが宮殿を巡って立った。 第二十五に、天の一万の玉女が孔雀の尾の払子を持ち、宮殿の壁の上に現れた。 第二十六に、天の諸々の婇女が金瓶に香汁を盛り、空中に並び立って仕えた。 第二十七に、天の楽器はすべて降り、同時に演奏された。 第二十八に、地獄の苦しみはすべて休み、毒による痛みは起こらなかった。 第二十九に、毒虫は隠れ、吉鳥は鳴き翔けた。 第三十に、漁や猟による怨みや憎しみは一時に慈悲の心に変わった。 第三十一に、国内の妊婦はすべて男児を産み、聾・盲・唖・瘖・癃・殘の百の病はすべて治癒した。 第三十二に、樹神が人の姿で現れ、頭を下げて礼拝し仕えた。

この時、国境の周辺で、雅ならず不思議に思わない者はなく、「かつて未曾有のことだ」と嘆じた。

「夫人即裹以白褻,乳母抱養,字名悉達。王告夫人:『子生非凡,吾國有道人,名曰阿夷,年百餘歲,耆舊多識,明曉相法;今欲共行相子可乎?』夫人曰:『佳!』即嚴駕白象,導從伎樂,出詣道人,賜黃金白銀各一囊,道人不受。披褻相太子,見有三十二相:軀體金色,頂有肉髻,其髮紺青,眉間白毫,項有日光,目𥇒紺色,上下俱瞬,口四十齒,齒白齊平,方頰車廣,長舌七合,滿師子膺,身平正,脩臂指長,足跟滿安平趾,手內外握,合縵掌手,足輪千輻理,陰馬藏,鹿腨腸,鈎鎖骨,毛右旋,一一孔一毛生,皮毛細軟,不受塵水,胸有万字。阿夷見此,乃增歎流淚,悲不能言。

夫人はすぐに太子を白い布に包み、乳母に抱かせて養育させ、名を「悉達」と名付けました。王は夫人に言いました。「この子は並々ならぬお方だ。我が国に阿夷という道に達した者がいる。年は百歳を超え、古くからの知恵に富み、人相を見る術に明るい。今、一緒に行ってこの子の相を見てもらおうと思うが、よいか。」夫人は「それは結構です」と答えました。そこで白い象に飾り馬具をつけ、先導の者や楽人を従えて阿夷のもとへ赴き、黄金と白銀をそれぞれ一袋ずつ贈りましたが、阿夷は受け取りませんでした。

彼は太子を包んだ布を開いて相を見ると、三十二のすぐれた相があるのを認めました。すなわち、体は金色に輝き、頭頂には肉の隆起があり、髪は紺青色、眉の間には白い毫毛、首には日光が輝き、まつげは紺色で上下とも瞬き、口には四十の歯があり、歯は白くそろって平らで、頬は四角く幅広く、舌は長くて七つの特徴を備え、胸は獅子のように満ち、体はまっすぐで、腕は長く指も長く、かかとはふくらみ足の裏は平らで、手は内外に握ることができ、手には網のような模様があり、足の裏には千本の輻のある輪の紋があり、陰は馬のように隠れ、ふくらはぎは鹿のように丸く、鎖骨は鉤のようで、体毛は右巻きで、一つの穴に一本の毛が生え、皮膚は細かく柔らかく、塵や水がつかず、胸には万字の記号がありました。阿夷はこれらの相を見て、ますます嘆き、涙を流し、悲しみのあまり言葉も出ませんでした。

「王夫人懼,拜手而問:『有不祥乎?願告其意。』舉手答曰:『吉無不利!敢賀大王,得生此神人。昨暮天地大動者,其正為此矣。我相法曰:「王者生子,而有三十二大人相者,處國當為轉輪聖王,主四天下,七寶自至,行即能飛,兵仗不用,自然太平。若不樂天下,而棄家為道者,當為自然佛,度脫萬姓。」傷我年已晚暮,當就後世,不覩佛興,不聞其經,故自悲耳。』

「王夫人は恐れおののき、手を合わせてお尋ねになりました。『何か吉ならざることがあるのでしょうか?どうかその意味をお教えください。』すると、手を上げてお答えになりました。『大変おめでたく、何一つ不吉なことはありません!謹んで大王に申し上げます、このような神のようなお方がお生まれになりましたことを。昨夜、天地が大きく揺れ動いたのは、まさにこのためでありました。私の観相の教えによりますと、「王者に子が生まれ、三十二の優れた相を備えておられる方は、国に留まれば世界を治める転輪聖王となり、四方の天下を治め、七つの宝が自然に集まり、歩むことなく空を飛び、武器を用いることなく、自然に平和がもたらされる。もしも天下を望まず、家を捨てて道を求められるならば、自然に悟りを開いた仏となり、数多の民を迷いから救い出すであろう」とあります。ただ私は、すでに年老いて余生もわずかとなり、仏の御世に立ち会えず、その教えを聞くこともできないことを思うと、悲しみがこみ上げてくるのです。』」

「王深知其能相,為起宮室,作三時殿,各自異處——雨時居秋殿,暑時居涼殿,寒雪時居溫殿——選五百妓女,擇取端正,不肥不瘦,不長不短,不白不黑,才能巧妙,各兼數妓;皆以白珠名寶,瓔珞其身,百人一番,迭代宿衛。其殿前列種甘果樹,樹間浴池,池中奇華異類之鳥,數千百種,嚴飾光目,趣悅太子意,不欲令學道。宮牆牢固,門開閉聲,使聞四十里。太子生日,王家青衣,亦生蒼頭,厩生白駒,及黃羊子。奴名車匿,馬名揵陟。王後常使車匿侍從,白馬給乘。

王は太子の優れた資質を深く見抜き、宮殿を建て、三つの時季に合わせた殿舎を造らせた。それぞれ別の場所にあり、雨季には秋殿に、暑季には涼殿に、寒雪の季には温殿に住まわせた。そして五百人の芸妓を選び、端正で、痩せすぎず太りすぎず、背が高すぎず低すぎず、色白すぎず黒すぎず、技芸に優れ、それぞれがいくつもの芸を兼ね備えた者を選んだ。彼女たちは白い真珠や名高い宝で身を飾り、百人ずつ交替で昼夜の警護にあたった。 殿舎の前には様々な果樹を植え、木々の間には沐浴の池を設け、池には珍しい花や数多くの種類の鳥がいて、宮殿を飾り、太子の目を楽しませ、修行(道を学ぶ)させまいと意図した。宮殿の壁は堅固に築かれ、門の開け閉めの音は四十里も聞こえた。 太子が生まれた日、王家の召使いの女からも男の子が生まれ、厩舎からは白い子馬と黄色い子羊が生まれた。家来の名を車匿(しゃのく)といい、馬の名を犍陟(けんとく)といった。王はその後、常に車匿に太子に仕えさせ、白馬を太子の乗り物として与えた。

「適生七日,其母命終,以懷天人師功福大故,上生忉利,封受自然。菩薩本知母人之德不堪受其禮故,因其將終,而從之生。

菩薩が七日間母の胎内に宿ったとき、その母は命を終えます。それは天人の師となる方の功徳と福徳が非常に大きいからです。その功徳により、母は忉利天に生まれ変わり、自然に与えられる楽しみを受けます。菩薩はもともと、母が自分の礼拝に耐えうる徳を持っていないことを知っていました。そこで、母がまさに命を終えようとするときに、その胎内に生まれたのです。

「及至七歲,而索學書,乘羊車詣師門。時去聖久,書缺二字,以問於師,師不能達,反啟其志。至年十歲,妙才益顯。太子有從伯仲之子兄弟二人,長名調達,其次曰難陀。調達雖有高世之才,自然難暨,然而自憍,常懷嫉意。請戲後園,的附鐵鼓,俱挽彊而射之。太子每發,中的徹鼓。二人不如,以為鄙耻。久後又請,手搏於王前,要不如者,灌之以水。太子慈仁,雖擗昆弟,不令身痛。二人久後復請桷力。難陀前牽鼻象,掣之至庭;調達力壯,挽而撲之;太子含笑,徐前接象,舉擲牆外,使無死傷。於是二人,乃覺不如;王與左右,益知非恒。

七歳になり、字を学ぼうとして、羊車に乗って師匠の門を訪れました。その頃は聖人が世を去って久しく、書物に二字の欠損がありました。太子が師匠にその文字を尋ねましたが、師匠も答えられず、かえって太子の志を奮い立たせることになりました。十歳になると、その才能はますます輝きました。太子には父方の従兄弟に当たる兄弟が二人おり、兄を調達、弟を難陀といいました。調達は世にすぐれた才能があり、自然には及ぶ者はいませんでしたが、自分を誇り、常にねたみの心を抱いていました。ある日、調達は太子を後園の遊びに誘い、鉄鼓を的に立てて、強い弓を引き絞って射ました。太子は矢を放つたびに、的に当てて鼓を貫きました。二人は敵わず、それを恥じておりました。その後また太子を招き、王の前で組み打ちをし、負けた者には水をかけることになりました。太子は慈しみ深く、兄弟を投げ倒しても、痛みを感じさせないようにしました。さらに後日、二人は力比べを申し出ました。難陀が先に象の鼻を引いて庭まで引きずり、調達は力にまかせて象を引き倒しました。太子は微笑みながら、ゆっくりと象に近づき、持ち上げて塀の外に投げ、命を落としたり傷つくことがないようにしました。こうして二人は自分たちが及ばないことを悟り、王や臣下たちはますます太子が並外れた存在であることを知りました。

「至年十四,啟王出遊,欲觀施為。王勅令左右百官導從。始出城東門,天帝化作病人,身瘦腹大,倚門壁而喘息。太子問曰:『此為何人?』其僕曰:『病人也。』『何謂為病?』對曰:『凡病者,皆由風寒,或熱或冷,此人必以飲食不節、臥起無常,故得斯病。』太子曰:『一何苦哉!吾處富貴,飲食快口,亦有不節,當復有病,與此何異?』即迴車還,悲念人生俱有此患,豈以豪強,獨得免耶!遂憂不食,自念不能嬰此病也。王問其僕:『太子出遊,寧不樂乎?』對曰:『逢見病人,以此不悅。』王即增五百妓女,晝夜娛樂之。王心愁憂,恐其學道。數年小差,即復白王:『閉在宮中,其日致久,思欲出遊。』王不忍拒,預勅國中,太子當出,無令疾病諸不潔淨在道側也。

十四歳になると、太子は王に出征を願い出て、世の中の様子を見たいと申し出た。王は左右の家臣や百官に供をさせるよう命じた。城の東門を出たところで、天帝は病人に変身し、やせ細り腹は大きく、門の壁にもたれて息を切らせていた。太子は「この者は何者か」と尋ねた。従者が「病人です」と答えた。「病とは何か」との問いに、「病にかかる者は、すべて風邪や寒気、暑さや冷えによるものです。この者はきっと飲食に節度がなく、寝起きも不規則だったため、この病を得たのです」と答えた。太子は「なんと苦しいことか。私は富貴に身を置き、好きなものを食べているが、節度を欠けばやはり病にかかり、これと同じではないか」と言い、車を返させた。悲しみの念を抱き、人間は皆、このような災いを持つものであり、たとえ権力や富があろうとも、免れられるものではないと思い、食事もとらずに憂いに沈み、自らこの病に悩まされることはできないと嘆いた。王は従者に「太子が出かけたが、楽しくなかったのか」と尋ねると、「病人に出会い、そのために不機嫌でいらっしゃいます」と答えた。王はすぐに五百人の芸妓を増やし、昼夜問わず楽しませた。王の心は憂いに満ち、太子が修行の道に入るのをおそれた。数年後、少し状態が良くなった太子は再び王に申し出た。「宮中に閉じこもって久しく、そろそろ外出したいと思います」と。王は断りきれず、あらかじめ国中に、太子が出かけるので病人や不浄なものを道端に置くなと命じた。

「太子駕乘,出南城門。天帝復化作老人,頭白背僂,拄杖羸步。太子問曰:『此為何人?』其僕曰:『老人也。』『何如為老?』對曰:『年耆根熟,形變色衰,飲食不化,氣力虛微,坐起苦極,餘命無幾,故謂之老。』太子曰:『有何樂哉!日月流邁,時變歲移,物生於春,秋冬悴枯,老至如電,身安足恃?』迴車而還,愍念人生丁壯不久,有老有病,其痛難忍,吾不能久居天下嬰此苦也,又憂不食。王悔令出,復增五百妓女,以娛樂之。

太子は車に乗って南の城門を出られた。すると、天帝が老人に姿を変え、頭は白く、背は曲がり、杖をついて弱々しく歩いておられた。太子はお尋ねになった。「この者は何者か」。従者が答えた。「老人でございます」。「老いるとはどのようなことか」。従者は申し上げた。「歳を重ねて体の機能が衰え、姿は変わり、色艶は衰え、食べ物は消化されず、気力は弱まり、座ったり立ったりするのも非常に苦しく、残りの命もわずかでございます。そのため『老いた』と申します」。太子は言われた。「そこに何の楽しみがあろうか。月日は流れ過ぎ、時は変わり、歳は移りゆく。物は春に生まれても、秋冬には枯れ果てる。老いが訪れることは雷のごとく速く、この身がどうして頼りになろうか」。そう言って車を回させて宮殿に戻られ、人の一生が盛りであるのは長くなく、老いがあり病があり、その苦しみは耐え難いものであると深く思いやられた。「私は長くこの世に留まって、このような苦しみに遭うことはできない」と憂い、食事ものぼせ上がってしまわれた。王は太子を外出させたことを後悔し、さらに五百人の妓女を増やして、楽しませようとした。

「數年小差,復欲出遊。王曰:『汝每出觀,還輙不樂,唯憂消瘦,又出何為?』太子曰:『念彼苦耳,年大當差。』王勅國中,莫使老病諸不潔淨在道側也。

数年がたち、太子の体調もいくぶん良くなったので、また外出したいとおっしゃいました。王はこう言いました。「お前は出かけるたびに戻ってくると機嫌が悪くなり、やつれてしまう。それなのに、なぜまた出かけようとするのか。」太子は答えました。「私は苦しむ人々のことを思っているのです。年を重ねれば、この悩みも薄れるでしょう。」そこで王は国中に命じて、老人や病人、汚れた者たちが道端にいないようにさせました。

「太子駕乘,出西城門。天帝復化作死人,室家男女,持幡隨車,啼哭送之。太子又問:『此為何人?』其僕曰:『死人也。』『何如為死?』曰:『死者盡也,壽有長短,福盡命終,氣絕神逝,形骸消索,故謂之死。人物一統,無生不終。』

太子が馬車に乗って西の城門を出ると、天帝は再び姿を変えて死人となった。その家の者や男女が旗を持って車に付き添い、泣き叫びながら見送っていた。太子はまた尋ねた。「これは何者だ。」従者は答えた。「死人です。」「死ぬとはどういうことか。」「死とは終わりです。寿命には長短があり、福報が尽きて命が終わると、息が絶え、魂は去り、体は朽ち果てます。それゆえに死と呼びます。人も物も同じであり、生まれたものに終わりのないものはありません。」

「太子曰:『夫死痛矣,精神劇矣!生當有此老病死苦,莫不熱中,迫而就之,不亦苦乎?吾見死者,形壞體化,而神不滅,隨行善惡,禍福自追,富貴無常,身為危城。是故聖人,常以身為患;而愚者保之,至死無厭。吾不能復以死受生,往來五道,勞我精神。』迴車而還,愍念天下有此三苦,憂不能食。王益不樂,曰:『國是汝有,當理人物,何為遠慮,以自疲苦?』復增五百妓女,以娛樂之。

太子は言った。「死は痛ましく、精神は大きく苦しむものだ。生きている者は必ず老い、病み、死ぬというこの苦しみを持つ。心を焦がされ、迫り来るそれに遭わねばならない、これもまた苦しみではないか。私は死者を見て、肉体は壊れ変わりゆくが、その意識は滅びず、善悪の行いに従って、禍福が自ずから追ってくることを知った。富貴は無常であり、身体は危うい城のようなものだ。それ故に聖人は常にこの身を患いと見なし、愚か者はそれに執着し、死に至るまで飽くことがない。私はもはや、死をもって生を受け、五道を巡り、精神を疲れさせるようなことはできない。」そう言って馬車を回し、天下にこの三つの苦しみがあることを悲しみ、憂えて食事も喉を通らなかった。王はますます不機嫌になり、「国はお前のものだ。人々を治めるのが務めではないか。なぜ遠い先のことを思い煩い、自ら苦しみ疲れるのか。」と言って、さらに五百人の妓女を増やし、太子を楽しませようとした。

「太子至年十七,王為納妃,簡閱國中名女數千,無可意者。最後一女,名曰瞿夷,端正好潔,天下第一;賢才過人,禮義備舉,是則宿命賣華女也。太子雖納,久而不接,婦人之情欲有附近之意,太子曰:『常得好華,置我中間,共視之,寧好乎?』瞿夷即具好華,又欲近之。太子曰:『却此華,有汁污瘀床席。』久後復曰:『得好白㲲,置我中間,兩人觀之,不亦好乎?』婦即具㲲,又有近意。太子曰:『却汝,有污垢,必污此㲲。』婦不敢近。傍側侍女,咸有疑意,謂不能男。太子以手指妃腹曰:『却後六年,爾當生男。』遂以有身。

太子が十七歳になると、王は后を迎えようと、国中の名高い娘たちを集めて何千人も見せましたが、気に入る者は一人もいませんでした。最後に一人の娘が現れました。名を瞿夷といい、姿かたちは端正で美しく潔らか、天下第一と評され、その賢さや才能は人よりも優れ、礼儀作法もすべて備えていました。彼女こそ、前世で花を売っていた娘だったのです。太子はこの娘を后として迎えましたが長く一緒にいることはなく、后は女として親しくなりたいという思いを抱いていました。ある時、太子が言いました。「いつも良い花を手に入れて、私とあなたの間に置いて、一緒に眺めるのは良いではないか」瞿夷はすぐに美しい花を用意しましたが、また近づこうとしました。太子は言いました。「その花を退けなさい。汁が床や敷物を汚してしまうから」しばらくしてまた太子は言いました。「良い白い布(㲲)を持ってきて、私とあなたの間に敷いて、二人でそれを眺めるのは良いではないか」后はすぐに布を用意しましたが、また近づこうとしました。太子は言いました。「あなたは遠ざかりなさい。あなたには汚れがあり、必ずこの布を汚してしまう」后は恐れて近づくことができませんでした。そばにいた侍女たちは皆、疑いの気持ちを抱き、太子に男の力がないのではないかと噂しました。太子は指で后の腹を指さして言いました。「六年後、あなたは男の子を産むだろう」こうして后は身ごもりました。

「於是太子,復啟遊觀。出北城門,天帝復化作沙門,法服持鉢,視地而行。太子問曰:『此為何人?』其僕曰:『沙門也。』『何謂沙門?』對曰:『蓋聞,沙門之為道也,捨家妻子,捐棄愛欲,斷絕六情,守戒無為,其道清淨,得一心者,則萬邪滅矣。一心之道,謂之羅漢。羅漢者真人也,聲色不能污,榮位不能屈,難動如地,已免憂苦,存亡自在。』太子曰:『善哉!唯是為快。』即迴車還。齋思不食,念道清淨,不宜在家,當處山澤,研精行禪。瞿夷心疑,知其欲去,坐起不離其側。至年十九,四月八日夜,天於窓中,叉手白言:『時可去矣!』太子仰而答曰:『迫有侍衛,欲去無從?』天神即厭其妻、諸妓女輩,皆令臥睡。

そこで太子はまた遊覧に出かけました。北の城門を出ると、天帝が沙門(修行者)に姿を変え、法衣をまとい鉢を持ち、地面を見つめて歩いていました。太子が「この人は何者か?」と尋ねると、従者が「沙門という者です」と答えました。「沙門とは何か?」と問うと、従者は答えました。「お聞きするところによれば、沙門の道とは、家や妻子を捨て、愛欲を放棄し、六情を断ち切り、戒律を守り無為の境地に達するものです。その道は清らかで、一心不乱になれば、万物の邪悪は消え去ります。一心の道を極めた者を羅漢(阿羅漢)といいます。羅漢とは真人であり、声色に汚されることなく、栄誉や地位に屈することもなく、大地のように動じず、すでに憂いや苦しみから解脱し、生死を自在に操る者です。」太子は「素晴らしい!これこそが真の喜びだ」と言い、車を回して帰りました。そして斎戒して食事をとらず、清らかな道を思い、家にいるべきではない、山や沢にこもって禅定に専念すべきだと考えるようになりました。瞿夷(太子の妃)は心配し、彼が去ろうとしているのを察して、座るのも立つのも側を離れませんでした。そして太子が十九歳になった年、四月八日の夜、天人が窓から手を合わせて「今こそ去る時です」と告げました。太子は天を仰いで答えました。「周りに護衛がいて、逃げるすべがない」と。すると天神はたちまち妃や女官たちを皆、眠らせてしまいました。

「太子徐起,聽妻氣息,視眾伎女,皆如木人,百節空空,譬如芭蕉。中有亂頭猗鼓,委擔伏琴,更相荷枕,臂脚垂地,鼻涕目淚,口中流涎。琴瑟箏笛,樂器縱橫,鵁鶄鴛鴦,警備之輩,皆悉淳昏而臥。太子遍觀,旋視其妻,具見形體,髮爪髓腦,骨齒髑髏,皮膚肌肉,筋脉肪血,心肺脾腎,肝膽腸𦝩,屎尿涕唾,外為革囊,中盛臭處,無一可奇;強熏以香,飾以華綵。譬如假借當還,亦不得久計,百年之壽,臥消其半;又多憂患,其樂無幾。婬妷敗德,令人愚癡,非彼諸佛別覺真人所稱譽也。故曰:『貪婬致老,瞋恚致病,愚癡致死。除此三者,乃可得道。』

太子はゆっくりと起き上がり、妻の息遣いを聞き、多くの女官たちを見渡した。彼女たちは皆、まるで木彫りの人形のようであり、関節はすべて空ろで、まるで芭蕉のようであった。中には頭を乱して鼓に寄りかかる者、簟を担ぐように伏して琴を抱く者、互いに枕として積み重なり、腕や脚を床に垂らし、鼻水や涙、口からよだれを流している者もいた。琴や瑟、筝、笛などの楽器は乱雑に置かれ、鸛や鴛鴦、警備の者たちも皆深く眠りに落ちていた。

太子は隅々まで見渡し、妻を振り返ってその姿を詳細に観察した。髪、爪、髄、脳、骨、歯、髑髏、皮膚、筋肉、筋、血管、脂肪、血液、心臓、肺、脾臓、腎臓、肝臓、胆嚢、腸、胃袋、大小便、涙、唾――それらはすべて外側を皮の袋で覆われ、内側には汚れたものが詰まっていた。見るに値するものは何ひとつなかった。無理に香で包み、美しい布で飾り立てているに過ぎなかった。それはあたかも借り物であり、いつか返さねばならないように、永く自分のものにできない。百年の寿命も、眠りに半分を費やし、さらに多くの憂いや苦しみに苛まれ、楽しみはほとんどない。欲望に溺れることは徳を損ない、人を愚かにする。それは諸仏や覚者、真人が称賛するところではない。

ゆえに言う。「貪りの欲望は老いをもたらし、怒りは病を招き、愚かさは死を導く。この三つを除いてこそ、道を得ることができる」と。

「一心念是已,便起瞻沸星,夜其過半,見諸天,於上叉手,勸太子去。即呼車匿,徐令被馬,褰裳跨之,徘徊於庭,念開門當有聲。天王維睒,久知其意,即使鬼神,捧舉馬足,并接車匿,踰出宮城,到於王田閻浮樹下。明日宮中騷動,不知太子所在,千乘萬騎,絡繹而追。王因自到田上,遙見太子,坐於樹下。日光赫烈,樹為曲枝,隨蔭其軀。王悚然悟驚,乃知其神,不識下馬,為作禮時,太子亦即前拜曰:『自我為子,希曾出國,今一適此,大王何宜抂來,願用時還。今我所以欲離世者,以自所見,恩愛如夢,室家歡娛,皆當別離。貪欲為獄,難得免出。故曰:「以欲網自蔽,以愛蓋自覆,自縛於獄,如魚入笥口,為老死所伺,如犢求母乳。吾恒以是,常自覺悟,願求自然,欲除眾苦。諸未度者,吾欲度之;諸未解者,吾欲解之;諸不安者,吾欲安之;未見道者,欲令得道。故欲入山求我所願,得道當還,不忘此誓。」』

一心にこれを念じ終えると、すぐに起き上がって暁の星を眺めた。夜半を過ぎると、天の神々が見え、彼らは上方で合掌して太子に出発を促した。すぐに車匿を呼び、静かに馬を用意させ、衣をたくし上げて馬にまたがると、庭をしばらく行ったり来たりした。門を開ければ音がするだろうと思ったからだ。天王・維睒(ヴィシュヴァカルマン)は、長い間その心を知っており、すぐに鬼神に命じて、馬の足を捧げ持たせ、車匿もろとも空に持ち上げ、宮城を越えさせて、王の田んぼの閻浮樹(ジャンブ樹)の下に到着した。

翌朝、宮中は大騒ぎとなり、太子がどこにいるのかわからなかった。千の車、万の騎兵が次々と追跡した。王は自ら田んぼに赴き、遥かに太子が樹の下に座っているのを見た。太陽の光は激しかったが、樹は枝を曲げて、太子の体に影を落としていた。王は慄然として驚き、その神々しさを知り、馬から降りて礼をする間もなく、太子はすぐに前に進み出て礼をして言った。

「私が子となってから、出国することはほとんどありませんでした。今、初めてここに来ました。大王はどうしてわざわざおいでになったのでしょうか。どうかお早くお帰りください。今、私が世を離れようと思うのは、自分が目の当たりにしたことによるのです。恩愛は夢の如く、家室の歓楽もすべて別れがあるものです。貪欲は牢獄のようなもので、逃れ出ることは難しい。だからこう言われています。『欲望の網で自らを覆い、愛の蓋で自らを覆い、自らを牢獄に縛りつける。それは魚が笥(す)の口に入るようなもの。老いと死に狙われ、子牛が乳を求めるように。』私は常にこのことによって自ら悟り、自然を求め、諸々の苦しみを除きたいと願っています。まだ救われていない者を私は救い、まだ解き放たれていない者を解き放ち、まだ安らかでない者を安らかにし、まだ道を見ていない者に道を得させたいのです。それゆえ、山に入って私の願いを求め、悟りを得たら帰ってくることを誓い、この誓いを忘れません。」

「王知其志固,惘然不知所言。便自還宮,謂瞿夷曰:『如吾子心,清白難動如地,不樂富貴,不慕於天下,唯道是欲,自期必逮。』

王はその意志の固さを知り、呆然として何と言っていいかわからなかった。自ら宮殿に戻ると、瞿夷に言った。「我が子の心は、清らかで動かしがたく地のようだ。富貴を好まず、天下を羨むこともない。ただ道だけを欲し、自ら必ずそれを極めようと期しているのだ」と。

「於是太子,攀樹枝見耕者,墾壤出虫,烏隨啄吞,感傷眾生,魚鱗相咀,其不仁者,為害滋甚,死墮惡道,求出良難。諸天雖樂,而亦非常,福盡則懼,罪至亦怖,禍福相承,生死彌久。觀見人間,上至二十八天,貴極而無道,皆與地獄對門。三惡道處,痛酷百端,歡樂暫有,憂畏延長。天地之間,無一可奇,吾不能復為欲惑矣。

そこで太子は、木の枝に手をかけて農夫の様子をご覧になりました。土を耕せば虫が現れ、それを鳥が追いかけて飲み込む。命あるものが互いに傷つけ合う姿に心を痛められました。「魚鱗が互いに食い合うように、慈しみのない者たちが害をなすことは甚だしく、死して悪道に堕ちれば、そこから抜け出るのは実に難しい。天界の楽しみといえども永遠ではなく、福が尽きれば恐れが生じ、罪が至ればまた怖れがある。禍と福は互いに重なり合い、生死は長く続く。人間界を見渡せば、上は二十八天に至るまで、最高の地位にあっても道がなければ、すべて地獄と向かい合っている。三悪道の処では、苦しみが百種にも及び、楽しみは一時的にあっても、憂いと恐れは長く続く。天地の間に、一つとして奇とするものはない。私はもはや欲望に惑わされることはない」と。

「即起上馬,將車匿前行數十里,忽然見主五道大神,名曰賁識,最獨剛強,左執弓,右持箭,腰帶利劍,所居三道之衢:一曰天道,二曰人道,三曰三惡道,此所謂死者魂神,所當過見者也。太子到問:『何道所從?』賁識惶懅,投弓、釋箭、解劍,逡巡示以天道曰:『是道可從。』

すぐに馬に乗り、車匿を先に進ませること数十里。ふと、五道の大神という名の主に出会った。その名を賁識といい、最も剛強であった。左手に弓を持ち、右手に矢を携え、腰には鋭利な剣を帯びていた。その居場所は三道の岐路にあった。一つは天道、二つ目は人道、三つ目は三悪道である。これは死んだ者の魂や神が必ず通り過ぎて遇うべきところであった。太子は進み出て尋ねた。「どの道が従うべき道か?」賁識は恐れ驚き、弓を投げ、矢を放し、剣を解き、ためらいながら天道を示して言った。「この道こそ従うべき道である。」

「行數十里,逢兩獵客,太子自念:『我已棄家,在此山澤,不宜如凡人被服寶衣,有慾態也。』乃脫身寶裘,與獵者貿鹿皮衣。到前下馬,遣車匿還。車匿長跪曰:『今隨大天,不可獨還。』太子曰:『汝可徑歸,上白大王,及謝舍妻,今求無為大道,勿以我為憂。』即脫寶冠及著身衣,悉付車匿。於是白馬,屈膝舐足,淚如連珠。車匿悲泣,隨路而啼。顧視太子,已被鹿皮衣,變服去矣。

数十里進むと、太子は二人の狩人に出会った。そこで太子は自ら思った。「私はすでに家を捨て、この山野にいるのだ。このような場所で、普通の人のように宝物の衣を身にまとい、欲望の色を見せるのはふさわしくない。」そこで太子は身に着けていた宝物の衣を脱ぎ、狩人と鹿の皮でできた衣を交換した。そして馬を降りて車匿(しゃとく)に帰るように告げた。車匿はひざまずいて「今、お供しておりますのに、一人で帰ることはできません」と言った。太子は言った。「あなたは直接お帰りなさい。そして父王に申し上げ、妻にも別れを伝えなさい。今、私は無為の大道を求めており、私のことを心配しないでほしいと。」こう言って太子は宝冠と身に着けていた衣をすべて車匿に渡した。すると白馬はひざまずき、太子の足をなめ、その目からは涙が連なって流れ落ちた。車匿は悲しみ泣き、道すがら泣き続けた。振り返って太子を見ると、太子はすでに鹿の皮の衣をまとい、姿を変えて去っていったのである。

「車匿步牽馬還,宮都中外,莫不惆悵。瞿夷啼哭,自投殿下曰:『我望太子,如渴欲飲,汝今與馬返獨空歸?』前抱馬頸,問太子所在。車匿曰:『太子上白大王及謝舍妻,今求無為大道,勿以我為憂。』瞿夷啼哭曰:『一何薄命,生亡我所天。為在何許?當那求之?』撫馬背曰:『太子乘汝出,汝何獨來歸?』舉國人民,莫不歔欷。王悲噢咿,涕泣交流,謂瞿夷曰:『如吾子所覺,老病死苦,實為大患。此神人也,其生之日,上帝親下,万神侍衛,符瑞光相,非世所見。阿夷相言:「若不樂天下,而棄家為道者,必為自然佛,當度脫萬姓。」今辭學道,乃自然乎?』

車匿は馬を引いて都へと帰りました。宮中も都の人々も、悲しみに暮れない者はありませんでした。瞿夷(くぎ)は泣き叫び、御殿の下に身を投げて言いました。「私は太子を、まるでのどが渇いて水を欲するように待ち望んでいたのに、あなたは馬だけを連れて、どうして独りで帰ってきたのですか?」そして馬の首に抱きつき、太子の居場所を尋ねました。

車匿は答えました。「太子は大王様によくお伝えいただきたい、そして奥様にもお詫びを、と申されました。『今、無為の大道を求めるので、どうか私のことを心配しないでください』と。」

瞿夷は泣き叫んで言いました。「なんと薄い運命でしょう。生まれてすぐに、私の頼るべき方を失ってしまいました。いったいどこにおられるのか、どうしてお目にかかればよいのか。」そして馬の背を撫でながら言いました。「太子はあなたに乗ってお出かけになったのに、どうしてあなただけが帰ってきたのですか?」

国中の人々はみな、すすり泣かない者はありませんでした。王様も悲しみのあまり声を詰まらせ、涙と鼻水を流しながら、瞿夷に言いました。「我が子が悟ったように、老い・病・死の苦しみは、実に大きな悩みである。この子は神のような人だ。生まれた時には、天帝自らが降り立ち、無数の神々がお守りし、めでたいしるしや光の相は、この世で見たことがないものだった。阿夷(あい)仙人もこう告げた。『もし天下を楽しまず、家を捨てて道を求めるならば、必ず自然の仏となり、多くの人々を救い導くでしょう』と。今、学道のために去ったのは、まさに自然の成り行きなのだろうか。」

「王欲解瞿夷意,亦自感激,即選國中豪賢,得數千人,擇有累重多子孫者,取五人現之。王曰:『汝等於家長子抱孫,獨曰歡耶?吾有一子未曾出門,一旦捨我,遠涉深山,溪谷險阻,吉凶之難,寒暑飢渴,誰得知者?煩卿五人,各遣一子,追求索之,得必隨侍。如有中道委而還者,吾滅汝族屬。』於是阿若拘隣等五人,受命追太子。及於深山,隨侍數年。太子不與語,自行如故,陟涉山崗,蔓踰深谷。五人苦之,言:『此狂人耳,何道之有?行不擇路,奚可隨也?設委還者,王滅吾家,不如止此。』五人所止,有好泉水,甘果不乏。

王が瞿夷の心を解こうとし、また自らも心を奮い立たせて、国中の賢く優れた者たちを選び、数千人の中から、家族が多く子孫も多い者を五人選び出して彼らの前に現れた。王は言った。「あなたがたは家長として子を育て孫を抱き、ただ楽しさを語るばかりか。私は一人の子を持ちながら、まだ一度も門を出たことがない。それが突然私を捨て、遠く深山へと赴き、渓谷の険しい道、吉凶の難、寒さ暑さ飢え渇き、誰がそれを知ることができようか。あなたがた五人に頼む。それぞれ一人の子を遣わし、追い求めて探させよ。見つけたなら必ず従い仕えよ。もし途中で放棄して戻ってくることがあれば、お前たちの一族を滅ぼす。」そこで阿若拘隣ら五人は、命を受けて太子を追った。深山に至り、数年従い仕えた。太子は彼らと語らず、以前のまま行動し、山を越え谷を深く越えていった。五人もこれを苦に思い、言った。「これは狂人だ。何の道があるというのか。道も選ばず進む、どうして従えようか。もし戻れば王は我々の家を滅ぼす、ならばここに留まるのがよい。」五人が留まった場所には良い泉があり、甘い果実も乏しくなかった。

「太子自去,踰越名山,經摩竭界。瓶沙王出田獵,遙見太子,行山澤中。即與諸耆長大臣,俱追見之。王曰:『太子生多奇異、形相炳著,當君四天下,為轉輪聖王,四海顒顒,冀神寶至。何棄天位,自放山藪?必有異見。願聞其志。』太子答曰:『以吾所見,天地人物,出生有死,劇苦有三,老病死痛,不可得離。計身為苦器,憂畏無量,若在尊寵,則有憍佚,貪求快意,天下被患,此吾所厭,故欲入山以修其志。』諸耆長曰:『夫老病死,自世之常,何獨豫憂,乃棄美號,隱遁潛居,以勞其形,不亦難乎?』

太子は一人で進み、名高い山々を越え、摩竭(マガダ)の国に入られました。瓶沙王(ビンビサーラ王)が狩りに出て、遠くから太子が山や沢の中を進んで行くのを見つけました。すぐに長老や大臣たちを連れて、追いかけて太子に会いました。王は言いました。「太子は生まれながらに多くの奇跡があり、その姿かたちは輝くばかりに優れています。天下四方を治める転輪聖王となるべきお方であり、四海の人々は皆、神の宝が現れるのを待ち望んでいます。どうして天の位を捨て、自ら山や林に身を置かれるのですか?必ずや特別なご見解があるのでしょう。そのお志をお聞かせください。」太子はお答えになりました。「私が見るところ、天地や人々、万物は生まれれば必ず死に、三つの計り知れない苦しみがあります。老い、病、死の痛みは、逃れることができません。この身を苦しみの器と見なせば、憂いや恐れは限りなくあります。もし高い地位や寵愛を受ければ、驕りや安逸があり、快楽を貪り求め、天下の人々が苦しむことになります。これが私の嫌うところであり、それゆえに山に入って志を修めたいのです。」長老たちは言いました。「老いや病、死は世の常です。どうして一人だけ先んじて憂え、美しい称号を捨て、隠れ潜んで身を苦しめるのですか?それもまた難しいことではありませんか?」

「太子答曰:『如諸君言,不當豫憂。使吾為王,老到病至,若當死時,寧有代我受此厄者不?如無有代,胡可勿憂!天下雖有慈父孝子,愛徹骨髓,至病死時,不得相代;若此偽身,苦至之日,雖居高位,六親在側,如為盲人設燭,何益於無目者乎?吾觀眾行,一切無常,皆化非真,樂少苦多,身非己有,世間虛無,難得久居。物生有死,事成有敗,安則有危,得則有亡,萬物紛擾,皆當歸空。精神無形,躁濁不明,行致死生之厄,非直一受而已。但為貪欲,蔽在癡網,沒生死河,莫之能覺。故吾欲一心思四空淨,度色滅恚,斷求念空,無所適莫,是將反其源,而歸其本,始出其根,如我願得,乃可大安。』

太子は答えた。「皆さんの言う通り、先に憂えるべきではないかもしれません。しかし、たとえ私が王になっても、老いが訪れ、病が起こり、死ぬ時が来たならば、代わりにこの苦しみを受けてくれる者がいるでしょうか。もし代わりとなる者がいないのなら、どうして憂えずにいられましょうか。世の中には慈しみ深い父や孝行な子がいて、骨の髄まで愛情を注いでも、病死の時には互いに代わることができません。この偽りの身も、苦しみが訪れる時には、たとえ高い位にあっても、六親がそばにいても、目の見えない人のために蝋燭を灯すようなもので、目のない者にとって何の役に立つでしょうか。

私はあらゆる行いを観察しますが、すべては無常であり、仮の姿であって真実ではなく、楽しみは少なく苦しみは多いものです。この身は自分のものではなく、世の中は虚ろで実体がなく、長く留まることは難しいものです。物は生まれれば必ず死に、事は成れば必ず敗れ、安らかであれば危険があり、得れば失うものがあり、万物は入り乱れて、すべては空へと帰していきます。

心は形がなく、かき乱されて濁り、明らかではありません。生死の苦しみを繰り返す劫を経ても、それは一度受けるだけで終わるものではありません。ただ貪りの欲に惑わされ、無明の網に覆われて、生死の大河に溺れても、それに気づく者がいないのです。だから私は一心に四つの空の清らかさを思い、色を超え、怒りを滅し、求める心を断ち、空を念じ、執着も嫌悪もなくなり、そうすることで本源に返り、根本に帰り、その根元から出発したいのです。私の願いが叶えば、こそ大きな安らぎを得られるでしょう。」

「瓶沙王憙曰:『善哉!菩薩志妙,世間難有,必得佛道,願先度我。』大子默然而逝。當度尼連禪河,天神為止流令中暫乾。大子渡河,行數十里,見三梵志,各與弟子,索居谿邊。過問其道,自稱言:『吾事梵天,奉於日月,日修火祠,唯水是淨。』菩薩答曰:『是故生死道耳!水不常滿,火不久熱,日出則移,月滿則虧,道在清虛,水焉能令人心淨?』傷之而去,行起慈心,遍念眾生老耄專愚,不免疾病,死喪之痛,欲令解脫以一其意,而起悲心。愍傷一切,皆有飢渴寒暑、得失罪咎艱難之患,欲令安隱以一其意,而起喜心。念諸世間,皆有憂苦恐怖遭逢之患,欲令恬惔以一其意,而起護心。欲度五道八難之生,愚蔽曚闇,不見正道,念欲成濟,使得無為,以一其意,得善不喜、逢惡不憂,捨世八事,利衰毀譽稱譏苦樂,不以傾動。

瓶沙王は喜んで言った。「すばらしい。菩薩の志はこの上なく、世の中にそうそうあるものではない。必ず仏道を成就されるでしょう。どうかまず私をお救いください。」太子は黙ってその場を去った。 やがて尼連禅河を渡ろうとすると、天の神々が流れを止めて、しばらく川の水を干上がらせた。太子は川を渡り、数十里進むと、三人の梵志(修行者)がそれぞれ弟子を連れて、川辺に別々に住んでいるのを見かけた。太子は近づいて彼らの教えを尋ねると、彼らは言った。「我々は梵天に仕え、日と月を敬い、日々火の祭祀を営み、ただ水をもって清めとする。」 菩薩は答えた。「それはまさに生死の道(迷いの世界)に過ぎません。水はいつも満ちているわけではなく、火も長く熱し続けることはない。太陽は昇ればやがて移り、月は満ちれば欠ける。道は清らかな虚空にあるのです。どうして水だけで人の心を清めることができましょうか。」そう言って彼らを哀れみつつ立ち去った。 菩薩は進みながら慈しみの心(慈)を起こし、すべての生きとし生けるものが老いや愚かさ、病や死の悲しみから免れないことを思い、彼らを解脱させたいとの一心で、さらに悲しみの心(悲)を起こした。 さらに、すべての生きとし生けるものには飢えや渇き、暑さ寒さ、得失、罪や苦しみの悩みがあることを思い、彼らを安らかにしたいとの一心で、喜びの心(喜)を起こした。 そして、世の中のすべてが憂いや苦しみ、恐怖や遭難の悩みを抱えていることを思い、彼らを穏やかにさせたいとの一心で、捨てる心(捨)を起こした。 こうして、五道(地獄・餓鬼・畜生・人間・天)と八難(仏に出会えない八つの苦難)の世界に生まれた者たちが、愚かさに覆われて正しい道を見ることができないのを救い、無為(悟りの境地)に至らせたいと一心に願った。 善を得ても喜ばず、悪に遭っても憂えず、世の中の八つのこと(利・衰・毀・誉・称・譏・苦・楽)を捨てて、それらに心を動かされることはなかった。

「既歷深山,到幽閑處,見貝多樹,四望清淨。自念:『我已棄家,在此山澤,不宜復飾髮如凡人意。以有櫛梳湯沐之念,則失淨戒、正定、慧、解、度知見意,非道之純、污清淨行。當作沙門如菩薩法。』天神奉剃刀,鬚髮自墮,天受而去。菩薩即拾槀草,以用布地,正基坐,叉手閉目,一心誓言:『使吾於此肌骨枯腐,不得佛,終不起。』天神進食,一不肯受。天令左右,自生麻米,日食一麻一米,以續精氣。端坐六年,形體羸瘦,皮骨相連,玄清靖漠,寂默一心。內思安般,一數、二隨、三止、四觀、五還、六淨,遊志三四,出十二門,無分散意。神通微妙,棄欲惡法,無復五蓋,不受五欲。眾惡自滅,念計分明,思想無為,譬如健人得勝怨家,意以清淨,成一禪行。心自開解,却情欲意,無惡可改,不復計視,念思已滅。譬如山頂之泉,水自中出,盈流於外,谿谷雨潦,無緣得入。恬惔守一,欣然不移,成二禪行。又棄喜意,唯見無婬,外諸好惡,一不得入,內亦不起,心正身安,譬如蓮華根在水中,華合未開,根莖枝葉,潤漬水中,以淨見真,成三禪行。棄苦樂意,無憂喜想,心不依善,亦不附惡,正在其中;如人沐浴潔淨,覆以鮮好白㲲,中外俱淨,表裏無垢,喘息自滅,寂然無變,成四禪行。譬如陶家和埴調柔,中無沙礫,任作何器,精進開發,無所不能,以得定意;不捨大悲,智慧方便,究暢要妙,通三十七道品之行——所謂四意止、四意斷、四神足念、五根、五力、七覺、八道——周而復始,無復瑕穢,意在三向:一惟向空,念滅不散,無操無捨;二向無想,心定不起,好惡不思。三向不願,不樂三界,不復生苦。便得三活:一離貪欲,二離瞋恚,三離愚癡,無復罣礙。

すでに深い山に分け入り、静かな場所に至り、ベイダラ樹(多羅樹)を見つけた。見渡す限り清らかである。自ら思う:「私はすでに家を捨て、この山野にいる。もはや世俗の人のように髪を飾るべきではない。櫛や湯浴みの思いがあれば、清らかな戒め、正しい定、智慧、解脱、解脱知見の意を失い、道の純粋さではなく、清らかな行いを汚すことになる。菩薩の法に従い、沙門となろう。」

天人が剃刀を捧げると、髪も鬚も自然に落ち、天人がそれを受け取って去った。菩薩はすぐに藁草を拾い、地に敷き、座を整え、合掌し目を閉じて、一心に誓った:「この身が骨や筋肉で朽ち果てようとも、仏陀とならなければ、決して立ち上がるまい。」

天人が食べ物を差し出したが、一度だけ受け取らなかった。天はその周りに麻や米を自然に生じさせ、一日に麻を一粒、米を一粒食べて、精気をつないだ。六年間、端座したまま、体は痩せ細り、皮と骨がくっつき、深く清らかで靜まり返り、沈黙のうちに一心不乱であった。内に安般(アーナーパーナ)を思い、一に数(かぞえる)、二に随(したがう)、三に止(とどまる)、四に観(みる)、五に還(もどる)、六に浄(きよめる)。心を三四(四禅)に遊ばせ、十二門を出て、散る心はなかった。

神通は微妙で、欲望や悪い法を捨て、五蓋(五つの覆い)はなくなり、五欲を受けることもない。あらゆる悪は自ら滅し、思念は明らかであり、無為を想う。まるで健やかな人が怨敵に勝つかのようであり、心は清らかになり、第一禅に至る。

心は自ら悟り開き、情欲の心を離れ、改めるべき悪はなくなり、もはや計り見ることもなく、想念はすでに滅した。例えるなら、山頂の泉が内から湧き出て溢れ流れ、谷からの雨水が入り込む余地がないように、恬として一に安住し、喜んで動かず、第二禅に至る。

さらに喜びの心を捨て、ただ婬(よこしま)のないことを見て、外からの良い悪いも一切入らず、内にも起こらず、心は正しく身は安らかである。例えるなら、蓮の花の根が水中にあり、花はまだ開かず閉じているが、根・茎・枝・葉は水に潤されており、清らかさによって真実を見る、第三禅に至る。

苦楽の心を捨て、憂い喜びの想いもなく、心は善に寄らず、悪にもつかず、その中に安住する。人が清らかに沐浴し、真新しい清らかな白い布をまとい、内外ともに清らかで、表裏に汚れなく、息は自ら滅し、静かにして変わることがない、第四禅に至る。

例えるなら、陶芸家が土をこねて柔らかくし、中に砂利がなく、どんな器でも作れるように、精進して発展させ、できないものがない。定の心を得て、大悲を捨てず、智慧と方便を用いて、要妙を究め明らかにし、三十七道品の行き方を通じる。すなわち四念処、四正断、四神足、五根、五力、七覚支、八正道である。巡り巡って繰り返し、もはや汚れはなくなり、心は三つの方向に向かう。一つには「空」に向かい、念は滅して散らず、執着も捨てもしない。二つには「無想」に向かい、心は定まって動かず、良い悪いも思わない。三つには「無願」に向かい、三界(欲界・色界・無色界)を樂しまず、再び苦しみを生じない。

こうして三つの解脱を得る。第一に貪りの欲望を離れ、第二に怒りを離れ、第三に無知の愚かさを離れ、もはや妨げられることはない。

「於是第六化應聲天,天上魔王,見菩薩清淨無欲,精思不懈,心中煩毒,飲食不甘,伎樂不御,念:『是道成,必大勝我。欲及其未作佛,當壞其道意。』魔子薩陀,前諫父曰:『菩薩行淨,三界無比,以得自然神通,眾梵諸天億百,皆往禮侍,此非天王所當沮壞,無為興惡自虧福也。』魔王不聽,召三玉女:一名欲妃,二名悅彼,三名快觀,使行壞菩薩意。三女皆被羅縠之衣,服天名香瓔珞珠寶,極為妖冶巧媚之辭,欲亂其意。菩薩心淨,如琉璃珠,不可得污。三女復白曰:『仁德至重,諸天所敬,應有供養故天獻我。我等好潔,年在盛時,天女端正,莫有殊我者,願得晨起夜寐供侍左右。』

そこで第六天(他化自在天)の魔王は、菩薩が清らかで欲がなく、深く思いを巡らせて怠ることがないのを見て、心の中に毒のような嫉妬を募らせ、食事も美味しく感じられず、音楽や遊びにも興味を示さなくなった。(魔王は)思った。「この道が成就すれば、必ずや我を大きく凌ぐであろう。彼が未だ仏とならぬうちに、その道心を壊してしまわねば。」 魔王の子サッタが進み出て父を諫めて言った。「菩薩の行いは清らかで、三界に比類なく、すでに自然の神通力を得ておられます。何百億もの梵天や諸々の天人が皆、彼のもとに赴いて礼拝し仕えております。これは天王であるあなたが妨げ壊すべきものではありません。どうか悪を起こして自らの福を損なうような真似はなさらないでください。」 魔王はこの諫めを聞き入れず、三人の天女を召し出した。その名は、一人目を欲妃、二人目を悦彼、三人目を快観と言い、菩薩の心を乱させるために遣わした。三人の天女は皆、薄絹の衣をまとい、天の名香や瓔珞、宝珠で身を飾り、極めて妖艶に、巧みに媚びる言葉を尽くして、その心を乱そうとした。 しかし菩薩の心は、琉璃の珠のように清らかで、けっして汚すことはできなかった。三人の天女はさらに申し上げた。「あなたの仁徳はこの上なく尊く、諸々の天人の敬うところです。ゆえに天人たちが捧げ物として我々をあなたのもとに遣わしたのです。我々は美しく清らかで、年も盛り、天女の中でもこれほど端正な者はおりません。どうか、朝に夕に、あなたのおそばでお仕えさせてください。」

「菩薩答曰:『汝宿有福,受得天身,不惟無常,而作妖媚,形體雖好,而心不端。譬如畫瓶中盛臭毒,將以自壞。有何等奇,福難久居,婬惡不善,自亡其本。死即當墮三惡道中,受鳥獸形,欲脫致難。汝輩亂人正意,非清淨種,革囊盛屎而來,何為?去!吾不用汝。』其三玉女,化成老母,不能自復。魔王益忿,更召諸鬼神,合得一億八千萬眾,皆使變為師子熊羆、虎兕象龍牛馬、犬豕猴猨之形,不可稱言。虫頭人體,蚖蛇之身,黿龜之首而六目,或一頸而多頭,齒牙爪距,擔山吐火,雷電四繞,擭持戈矛。菩薩慈心,不驚不怖,一毛不動,光顏益好。鬼兵退散,不能得近。魔王自前,與佛相難詰,其辭曰:

菩薩がお答えになりました。「あなたは前世の福徳により天の身を得たが、無常を顧みず、妖しい媚びをふるまう。姿形は良くとも心は正しくない。例えれば、絵を描いた瓶の中に腐った毒を入れて、自らを壊すようなものだ。何の不思議があるのか。福徳は永くは続かず、淫らな悪は善ではなく、自らの本を失う。死ねば必ず三悪道に堕ち、鳥や獣の姿を受け、脱するのは難しい。あなたたちは人の正しい心を乱し、清らかな種ではない。革の袋に糞を入れて、何しに来たのか。去れ!私はあなたを必要としない。」三人の天女は老いた母に変わり、元の姿に戻れなくなった。魔王はいっそう怒り、さらに諸々の鬼神を召し集め、合わせて一億八千万の群れを得た。皆を獅子、熊、虎、サイ、象、龍、牛、馬、犬、豚、猿などの形に変えさせたが、言葉に表せないほどであった。虫の頭に人間の体、蛇の身、大亀の頭に六つの目、あるいは一つの首に多くの頭、牙や爪、山を担ぎ、火を吐き、雷電が四方を巡り、戈や矛を携えていた。しかし菩薩は慈しみの心で、驚きも恐れもせず、一本の毛も動かず、その光り輝く姿はますます美しかった。鬼の軍勢は退散し、近づくことができなかった。魔王みずから進み出て、仏と問答を交わし、その言葉は次の通りである。

「『比丘何求坐樹下, 樂於林藪毒獸間;
雲起可畏窈冥冥, 天魔圍繞不以驚?』

「比丘よ、なぜ木の下に座り 林や毒獣の間を楽しむのか。 雲が立ちこめ、恐ろしく暗い闇の中で 天魔に囲まれても、なぜ驚かないのか。」

「『古有真道佛所行, 恬惔為上除不明;
其城最勝法滿藏, 吾求斯座決魔王。』

「昔、真実の道があり、それは仏が歩まれた道。 静けさと無執着を最上とし、無明を取り除く。

その城は最も優れ、法の宝庫を満たしている。 われはこの座を求めて、魔王を打ち負かそう。」

「『汝當作王轉金輪, 七寶自至典四方;
所受五欲最無比, 斯處無道起入宮。』

「おまえは王となって黄金の輪を回し、 七つの宝が自然とそろい、四方を治めるだろう。

受け取る五つの欲望は比べるものなく、 しかしその場所には道がなく、宫に入ることになるのだ。」

「『吾觀欲盛吞火銅, 棄國如唾無所貪;
得王亦有老死憂, 去此無利勿妄談。

「私は欲の盛んなるは火を呑む銅の如く見る。国を捨つることは唾の如く、貪るものなし。 王位を得るとも老いと死の憂いはあり、これを離れては利益なく、妄りに語るなかれ。」

「『何安坐林而大語, 委國財位守空閑;
不見我興四部兵, 象馬步兵億八千。
已見猴猨師子面, 虎兕毒蛇豕鬼形;
皆持刀劒擭戈矛, 超踔哮吼滿空中。』

「なぜ森の中に座りながら、大声で語るのか。 国や財産、地位を捨てて、ただ無駄に閑かに過ごしている。 私が四つの軍勢を率いて来るのが見えなかったのか。 象・馬・歩兵、その数は八千万。

すでに猿や獅子の面、 虎や毒蛇、猪や鬼の姿を見た。 皆が刀や剣、矛や戈を手に取り、 跳ね回り、吼え叫びながら、空中に満ちている。」

「『設復億姟神武備, 為魔如汝來會此;
矢刃火攻如風雨, 不先得佛終不起。
魔有本願令我退, 吾亦自誓不虛還;
今汝福地何如佛, 於是可知誰得勝!』

たとえ億兆の神々が武装し、 汝のような魔がここに集まろうとも、 雨あられの如く矢や刃、火を放とうとも、 仏陀とならず、決してここを動くことはない。

魔よ、お前には私を退かせようという願いがある。 私にも、無駄に帰らぬという誓いがある。 今、お前の功徳の地が仏陀といかにあるか、 これによって、誰が勝つかが知られるであろう!

「『吾曾終身快布施, 故典六天為魔王;
比丘知我宿福行, 自稱無量誰為證?』

「私は生涯、惜しみなく布施をした。 その故に六天の魔王となった。 比丘よ、私の過去の福徳を知りながら、 自らの功徳は無量だと言うが、誰が証人となるのか?」

「『吾昔行願從定光, 受別為佛釋迦文;
怒畏想盡故坐斯, 意定必解壞汝軍。
我所奉事諸佛多, 財寶衣食常施人;
仁戒積德厚於地, 是以脫想無患難。』

「私は昔、定光仏の前で誓いを立て、  未来に仏となるとのお告げをいただいたのです。 怒りも恐れも執着もすべて消え去り、 ここに坐って心を定めれば、必ずやあなたの軍勢を打ち破るでしょう。

私は数多くの仏に仕え、 財産や衣服や食べ物を惜しみなく人々に施してきました。 慈悲と戒律を守って積んだ徳は、大地よりも厚いのです。 だからこそ、執着を離れ、苦しみもなくなりました。」

「菩薩即以智慧力, 伸手案地是知我;
應時普地砰大動, 魔與官屬顛倒墮。
魔王敗績悵失利, 惛迷却踞前畫地;
其子又曉心乃悟, 即時自歸前悔過:

菩薩は智慧の力をもって、 手を地にのべて「我を知れ」と言った。 すると、たちまち大地が大いに震動し、 魔王とその眷属は倒れ落ちた。 魔王は敗れ去り意気消沈し、 失意のうちに地にすわりこんだ。 その息子に諭され、ようやく悟りを得て、 自ら進んで菩薩のもとに帰依し、過ちを悔いた。

「『吾以不復用兵器, 等行慈心却魔怨;
世用兵器動人心, 而我以等汝眾生。
若調象馬雖已調, 然後故態會復生;
若得最調如佛性, 已如佛調無不仁。』
「姟天見佛擒魔眾, 忍調無想怨自降;
諸天歡喜奉華臻, 非法王壞法王勝。
本從等意智慧力, 慧能即時攘不祥;
能使怨家為弟子, 當禮四等道之證。
面如滿月色從容, 名聞十方德如山;
求佛像貌難得比, 當稽首斯度世仙。
佛說太子瑞應本起經卷上

仏説太子瑞応本起経 巻上


第二

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