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大聖文殊師利菩薩仏刹功徳荘厳経 (大聖文殊師利菩薩佛剎功德莊嚴經)


大聖文殊師利菩薩佛剎功德莊嚴經卷下

大聖文殊師利菩薩仏国功徳荘厳経 巻下

開府儀同三司特進試鴻臚卿肅國公食邑三千戶賜紫贈司空諡大鑑正號大廣智大興善寺三藏沙門不空奉 詔譯
爾時師子勇猛雷音菩薩,白文殊師利言:「仁者已滿足如來十力及以十地,一切佛法悉皆圓滿,何故不證無上菩提?」

その時、獅子勇猛雷音菩薩が文殊師利菩薩に問いかけました。 「あなたはすでに如来の十の力と十の位を満たし、すべての仏の教えを完全に身につけておられます。それなのに、どうして最高の悟りを開かれないのですか?」

文殊師利言:「善男子!豈有圓滿諸佛法已,更證菩提?何以故?已圓滿故,更何所證。」

文殊師利が言われました。「善男子よ、すでに全ての仏の教えを円満に成就した者が、さらに悟りを求めて得ようとすることがありましょうか。なぜなら、すでに完全に成就しているので、何を新たに得るというのでしょうか。」

師子勇猛復言:「文殊師利!云何圓滿諸佛法耶?」

師子勇猛がまたたずねた。「文殊師利よ、どのようにして諸仏の教えを完成させるのですか?」

答言:「真如圓滿。由真如圓滿故,一切佛法圓滿,由一切佛法圓滿故,虛空圓滿。虛空、真如、一切佛法,無二無別。復次,善男子!如汝所言佛法圓滿,佛法圓滿者,色圓滿、受、想、行、識圓滿;佛法圓滿,亦復如是。」

答えはこうです。「真如が円満だからこそ、すべての仏法も円満です。すべての仏法が円満だからこそ、虚空も円満です。虚空と真如とすべての仏法は、別々のものではなく、一つなのです。 また、善き者よ。あなたが『仏法は円満である』と言うことについてですが、仏法が円満であるとは、色も円満であり、受・想・行・識もすべて円満であることです。仏法が円満であるというのも、まさにこれと同じなのです。」

師子勇猛言:「文殊師利!云何色圓滿?云何受、想、行、識圓滿?」

獅子勇猛が問いかけた。「文殊師利よ、どのようにして「色」が完成するのでしょうか?また、どのようにして「受」「想」「行」「識」が完成するのでしょうか?」

文殊師利言:「善男子!汝所見色是常耶?為無常耶?」

文殊師利が言いました。「善男子よ、あなたが目にする色というものは、永遠のものでしょうか?それとも、永遠ではないものでしょうか?」

答言:「不也!」

答えて言う、「いいえ」

文殊師利言:「善男子!若法不增不減是名圓滿,以何因緣知法圓滿?轉如是智則生分別智,若不轉則不分別,亦無所分別亦不增不減,若不增不減則名平等。是故,善男子!若見色平等者則是色圓滿,若見受、想、行、識平等者則是受、想、行、識圓滿。」

文殊師利が言いました。「善男子よ。もしも法が増えも減りもしないならば、それを円満と名づけます。では、どのような因縁によって法が円満であると知るのでしょうか。このような智慧に転じれば、分別の智慧が生まれます。もし転じなければ、分別もなく、分別されるものもなく、また増えも減りもしません。増えも減りもしないならば、それを平等と名づけます。それゆえ、善男子よ。もし色が平等であると見るならば、それが色の円満です。もし受・想・行・識が平等であると見るならば、それが受・想・行・識の円満なのです。」

爾時師子勇猛雷音菩薩,白文殊師利言:「汝久已得甚深忍,而不起心作如是解:『我證菩提。』今文殊師利豈不欲覺悟有情而勸發耶?」

その時、師子勇猛雷音菩薩が文殊師利に問うた。 「あなたはすでに長い間、深遠な悟りの境地に達しているのに、『私は悟りを開いた』と心に思い浮かべることはありません。今、文殊師利よ、あなたは人々を目覚めさせ、励まそうとは思わないのですか?」

答言:「善男子!我不曾覺悟有情及以勸發。何以故?有情無所有故,有情遠離故,有情無所得故。若菩提可得,是則覺悟有情而有勸發。善男子!我及菩提、有情俱不可得,是故我覺悟有情勸發平等,不令求於無上菩提亦不退轉。何以故?無所分別,性平等故。了知於行無來無去,名為平等亦名空性句。空性句者則無所求。善男子!若如是者,云何言久而獲得忍?既無所得,我豈有心證菩提耶?善男子!汝見心與智得耶?」

答えていわく、「善男子よ、私はかつて有情を目覚めさせたり、勧めて発心させたりしたことはありません。なぜなら、有情は実体として存在せず、有情は本来の姿を離れており、有情は何ものとしても得られないからです。もし菩提というものが得られるなら、そのとき初めて有情を目覚めさせて発心させたと言えるでしょう。善男子よ、私も菩提も有情も、すべて得ることはできません。それゆえ、私は有情を目覚めさせ、発心を勧めることにおいて平等であり、無上菩提を求めることもなく、また退転することもありません。なぜなら、分別がなく、その性質が平等だからです。行には来ることも去ることもないと知ることを、平等といい、また空性の句ともいいます。空性の句とは、求めるものがないということです。善男子よ、もしこのようであるなら、どうして長い間修行して忍びを得たなどと言えるでしょうか。得るものがないのに、どうして私に菩提を証しようという心があるでしょうか。善男子よ、あなたは心と智慧が得られると思いますか。」

答言:「不也。」

いいえ、違います。

文殊師利言:「其心非色無名,乃至菩提以名施設,是菩提及心亦不空,名亦不空。」

文殊師利は言いました。「その心は形あるものではなく、名づけることもできません。そして菩提(悟り)も名づけによって仮に示されるものです。この菩提と心もまた空ではなく、その名もまた空ではないのです。」

師子勇猛言:「善男子!莫作如是密意而說。」

獅子勇猛が言った。「善き男子よ、そのような秘密の意図をもって語ってはならない。」

文殊師利言:「心無所生,我云何得菩提耶?心既不生,云何為現證耶?」

文殊師利が言いました。「心が生じることはありません。どうして私が悟りを得られるというのでしょうか?心が生じないのなら、どうしてそれを現に証することができるというのでしょうか?」

師子勇猛言:「云何名現證?」

獅子勇猛が尋ねました。「どのようなことを現証と言うのでしょうか?」

文殊師利言:「善男子!隨覺一切法思惟平等,名為現證;作是隨覺無少起想,亦不滅想,名為現證;如是真如、非真如不起分別,名為現證;若住正見,於法平等,無所得故,以無所得,不作一、不作異、不思一、不思異,名為現證。若於身證一相,知一切法所謂無相,若知一切法無相者,不於身心而有染著,名現證得。」

文殊師利が言われた。 「善男子よ。すべての法をあるがままに目覚め、平等に観じつくすこと、これを『現証』という。 そのように目覚める時、『生じる』という想いもなく、『滅する』という想いもないこと、これを『現証』という。 また、この真如と、そうでないものとの間に、分別を起こさないこと、これを『現証』という。 もし正しい見解に安住し、法において平等であり、何も得るものがないならば、その『得るものがない』ゆえに、『一』とも作らず、『異』とも作らず、『一』とも思わず、『異』とも思わないこと、これを『現証』という。 もし、身において一相を証得し、すべての法は無相であると知るならば、もしすべての法は無相であると知るならば、身心において染まり執着することがない。これを『現証を得る』というのである。」

「云何名得?」

「どのようなことを『得る』と言うのでしょうか。」

文殊師利言:「善男子!無所行句是名為得,無所行者不於三界中行,三界言說所不能說。何以故?正法無阿賴耶,亦無所行,故不能言說。復次,善男子!無聲言說,亦無法可得,以無所得,是故名得。」

文殊師利が言った。 「善き人よ。『何ものをも行じない』という言葉こそが、『得る』ということなのです。何ものをも行じない者は、三界(欲界・色界・無色界)のうちを歩むことがなく、三界の言葉や表現では説明することができません。

なぜなら、正しい教えには、執着する基盤(アーラヤ)がなく、また何かをなすということもないからです。それゆえに、言葉で語ることはできないのです。さらに、善き人よ。声もなく、言葉による表現もなく、得るべき法(真理)もありません。得るものがないからこそ、それを『得た』と名付けるのです。」

爾時師子勇猛雷音菩薩白佛言:「世尊!善哉!願說文殊師利童真菩薩所得佛剎。」

その時、師子勇猛雷音菩薩が仏に向かって申し上げました。「世尊よ、まことにありがとうございます。どうか、文殊師利童真菩薩がお悟りになられた仏の浄土についてお聞かせください。」

佛言:「善男子!汝當自問文殊師利童真菩薩。」

仏は言われた。「善き男子よ、あなた自身が文殊師利童真菩薩に尋ねなさい。」

時師子勇猛雷音菩薩摩訶薩,白文殊師利言:「云何是仁者佛剎莊嚴?」

師子勇猛雷音菩薩が文殊師利に問うた。「あなたの仏の国は、どのように飾られているのですか?」

答言:「善男子!若樂菩提者汝可當問。」

答えて言う。 「善男子よ。もし菩提を楽しむ者ならば、あなたはそのまま問うてよい。」

師子勇猛言:「汝豈不樂菩提耶?」

獅子勇猛が言った。「あなたは菩提を求める心を持たないのですか?」

文殊師利言:「不也!善男子!若有樂求則有厭離,若有厭離則有貪愛,若有貪愛則無出離。善男子!我為是故而不忻樂,亦無厭離。

文殊師利は言いました。「いいえ、善き方よ。もし楽しみを求める心があれば、そこには厭い離れる心が生まれます。厭い離れる心があれば、そこには貪り愛する心が生まれます。貪り愛する心があれば、真の解脱はありません。善き方よ、私はそのような理由から、楽しみを求めることもなく、また厭い離れることもないのです。」

「復次,善男子!汝言云何成就佛剎莊嚴?我不能自讚。何以故?對於如來一切智前,說自佛剎功德莊嚴,即為菩薩自讚已德。」

「また、善き男子よ。あなたは『どのようにして仏の国土の荘厳を成就するのですか』と問うが、私は自らを褒めることはできない。なぜなら、如来の一切智の前で、自らの仏国土の功徳や荘厳について語ることは、菩薩が自らの徳を褒めることになるからである。」

佛告文殊師利:「汝可當說自願佛剎功德莊嚴。何以故?令諸菩薩從汝聞已,決定成滿此之願故。」

仏は文殊師利に告げられた。「あなたは自ら願う仏の浄土の功徳と荘厳について語りなさい。なぜなら、諸々の菩薩があなたからそれを聞いて、この願いを必ず成就し満たすことができるからです。」

文殊師利言:「我不敢違於如來教命,承佛威力,我今說之。」

文殊師利が言いました。「私は如来の教えに背くことはできません。仏の御力のおかげで、今ここでお話しいたします。」

爾時文殊師利童真菩薩,從座而起,偏袒右肩,右膝著地,向佛作禮,而白佛言:「世尊!我今當說,若有求菩提善男子、善女人,應當諦聽,若得聞已,令其滿足真實之行由。」

その時、文殊師利童真菩薩が座を立ち、右肩を露わにして右膝を地につけ、仏に向かって礼拝し、こうお尋ねしました。 「世尊よ、私は今、お話ししましょう。もし悟りを求める善き男子や善き女子がおられるなら、どうか耳を傾けてください。それを聞けば、真実の行いを満たす道が得られるでしょう。

文殊師利右膝著地之時,於剎那間十方大地殑伽沙數諸佛世界六種震動。

文殊師利が右膝を地につけたその瞬間、瞬く間に十方の大地にあるガンジス河の砂の数ほどの仏の世界が六種に震動しました。

文殊師利白佛言:「我願若不於無量俱胝那庾多百千劫積集菩提,我終不證無上正覺。世尊!我以無礙天眼,見於十方乃至無量無邊世界所有諸佛。世尊!若非是我勸發無上菩提之心,修菩提行,勸學施戒忍進禪慧,令彼成就六波羅蜜。我既勸已教授教誡,悉令滿足無上正覺。世尊!彼時我以無礙天眼,觀察十方作佛事已,然後我證無上菩提。」

文殊師利は仏に申し上げた。 「もし私が無量の劫(こう)の長きにわたって菩提を積み重ねなければ、決して無上の正覚を証することはありません。 世尊よ、私は妨げのない天眼をもって、十方の無量無辺の世界のすべての諸仏を見てきました。 世尊よ、もし私が彼らに無上の菩提心を起こさせ、菩提の行を修めさせ、施し・戒め・忍び・精進・禅定・智慧を学ばせ、六波羅蜜を成就させていなければ―― 私は彼らを教え導き、戒め、無上の正覚を満たさせてきました。 世尊よ、そのとき私は妨げのない天眼で十方を見渡し、仏の教えを広め終えたのち、ようやく無上の菩提を証するのです。」

爾時眾中或有菩薩作是念言:「云何文殊師利童真菩薩,見如是等諸佛世尊?」

その時、会座の中にこう思う菩薩たちがいました。 「なぜ文殊師利(もんじゅしり)の童真菩薩が、このようにたくさんの仏さま方を拝見できるのだろうか?」

是時如來知諸菩薩作是思惟,告師子勇猛雷音菩薩言:「善男子!譬如有一丈夫,以此三千大千世界,碎如微塵。於意云何?彼微塵若算師、算師弟子,算知其數是百是千是俱胝那庾多百千不?」

時に如来は、菩薩たちがこのように考えているのを知り、師子勇猛雷音菩薩に告げられた。「善男子よ。たとえば一人の力ある者が、この三千大千世界を粉々に砕いて微塵のようにしたとする。あなたはどう思うか。その微塵の数を、数の専門家やその弟子たちが計算し、これが百であり、千であり、何億、何千億であると、その数を把握できるだろうか。」

「不也!世尊!」

「いいえ、世尊!そうではありません!」

佛言:「善男子!如是文殊師利童真菩薩,以無礙天眼觀察十方,一一世界見於如是無量無數諸佛世尊。」

仏は言われた。「善男子よ、この文殊師利(もんじゅしり)童真菩薩は、自由自在な天眼を用いて十方の世界を観察し、それぞれの世界において、このように計り知れないほど多くの諸仏世尊を見るのである。」

爾時文殊師利又白佛言:「世尊!我有如是願:『以殑伽沙數廣大世界成一佛剎,其佛剎中牆壁高大,至于有頂無量百千眾寶莊嚴,復以無量妙寶間錯鈿飾;若不爾者我終不證無上菩提。』

その時、文殊師利は再び仏に申し上げた。「世尊よ、私はこのような願いを抱いています。 『ガンジス川の砂の数ほどの広大な世界を一つに合わせて一つの仏の世界とし、その仏の世界の壁は高く大きくなって、天の頂にまで届き、無数の百千の宝で飾られ、さらに無数の美しい宝をちりばめて飾り立てます。もしそうでなければ、私は決して最高の悟りを開くことはありません。』」

「復次,世尊!我復有願:『令我剎中菩提之樹,其量正等萬大千界,彼樹光明遍照一切諸佛剎土。』

「また、世尊よ、私はもう一つの願いがあります。 『私の仏国土にある菩提樹の大きさが、ちょうど一万の大千世界と同じであり、その木の光がすべての仏の世界をあまねく照らし出しますように。』」

「復次,世尊!我復有願:『坐菩提樹已,於其中夜成等正覺,乃至般涅槃夜,於其中間不起于座,但以化身遍於十方無量無數俱胝那庾多諸佛剎土,為諸有情而演說法。』

さらに、世尊よ。私にはまた願いがあります。 「菩提樹の下に座ってから、その真夜中に悟りを開き、涅槃に入る夜に至るまで、その間、私は座を立たず、ただ化身をもって十方の無数・無量の仏国土に遍く現れ、すべての生きとし生けるもののために法を説き続けること。」

「復次,世尊!我復有願:『令我剎中無有聲聞、緣覺之名,唯有清淨大菩薩眾,離一切過及諸惑等,皆是清淨梵行之者滿此佛剎。其佛剎中無女人名,一切菩薩唯是化生,悉被袈裟結加趺坐,如是菩薩充滿其國,唯除如來之所變化,往詣十方為諸有情,隨其意樂說三乘法。』」

「また、世尊!私にはもう一つ願いがあります。『私の仏国土の中に、声聞や縁覚という名がなく、ただ清らかな大菩薩の集まりだけがあり、すべての過ちや煩悩を離れ、みな清らかな梵行を行う者たちがこの仏国土を満たしていますように。その仏国土の中には女という名もなく、すべての菩薩はただ化生であり、みな袈裟を身に着けて結跏趺坐し、このような菩薩がその国に満ちていますように。ただし、如来の変化された方が、十方へ赴いてすべての有情のために、その意楽に随って三乗の法をお説きになる場合は除きます。』」

爾時師子勇猛雷音菩薩白佛言:「世尊!文殊師利當來成佛,名字何等?」

その時、獅子勇猛雷音菩薩が仏に申し上げました。「世尊よ、文殊師利が将来、仏となる時、その名はいったい何とおっしゃるのでしょうか。」

佛言:「善男子!此文殊師利成佛之時,名為普見。善男子!以何因緣,稱彼如來號為普見?善男子!普見如來,普使十方無量阿僧祇俱胝那庾多百千世界中,普令見故,名為普見。彼諸有情見彼佛者,決定當得無上菩提。普見如來雖未成佛,若我現在及滅度後,有聞其名亦皆決定,當得阿耨多羅三藐三菩提,唯除已入聲聞、尼夜摩位及下劣勝解之者。」

仏がおっしゃいました。「善男子よ、この文殊師利が仏となる時、その名を普見という。善男子よ、どうしてその如来を普見と称するのか。善男子よ、普見如来は、十方の無量アサンキエイのコウティ・ナユタ・百千の世界において、すべての者に見えるようにするからである。そのため普見と名づけられた。その仏を見た有情たちは、必ず無上菩提を得ることが定まっている。普見如来は、まだ仏となっていない時であっても、私が今在世している時、また私が滅度した後に、その名を聞く者たちもまた、皆、必ず阿耨多羅三藐三菩提を得ることが定まっている。ただし、すでに声聞の位や涅槃の位に入った者、および劣った理解しか持たない者を除く。」

復次文殊師利白佛言:「世尊!我復有願:『如無量壽如來剎中,以法喜為食,而我剎中菩薩初生起食想時,即便百味飲食盈滿於鉢,在右手中,尋作是念:「若未供養十方諸佛,及施貧窮苦惱有情并餓鬼趣於其千歲,乃至不得涕唾食者,若不惠施令其飽足,我終不食於剎那頃,獲五神通有大威德,乘空無礙如風不著,即往十方無量無數諸佛剎中,以食供獻諸佛世尊并聲聞眾,及施貧匱苦惱有情并餓鬼趣,令其充滿離乎飢渴,即為說法既說法已,於剎那頃還至本土。」』

また、文殊師利菩薩は仏に申し上げました。「世尊よ、私はさらに願いがあります。『無量寿如来の浄土では、法の喜びを食とするように、私の浄土の菩薩たちも、生まれて初めて“食べたい”という思いを抱いたその瞬間、たちまち様々な味わいの食べ物が鉢いっぱいにあふれ、右手の中に現れます。するとすぐにこう思うのです。「もし十方のすべての仏様に供養せず、貧しく苦しむ人々や、千年もの間、よだれや食べ物さえも口にできずに飢え渇いている餓鬼たちに施さないなら、たとえ一瞬たりともこの食べ物を口にすることはできない。彼らに施し、満足させてはじめて、私は食べるのだ」と。五つの神通力を得て、大きな威徳を備え、風のようにとらわれることなく空中を自在に飛び、十方の無数の仏の浄土へと赴きます。そこで、食べ物を諸々の仏世尊や声聞の衆に捧げ、貧しく苦しむ人々や餓鬼たちに施し、飢えや渇きから救い、彼らに法を説きます。説法を終えると、瞬きする間にまた元の浄土へと戻ってくるのです。』とお願いいたします。」

「復次,世尊!我復有願:『得菩提已,於我剎中,若諸菩薩初生之時,所須衣服隨其意念,即於手中而出清淨沙門所宜衣服。是衣出已便作是念:「若不以此寶衣先當供獻十方諸佛,而我不應便自受用。」纔發是念,即時往詣無數世界,以此寶衣奉獻諸佛,還復本處,然自被擐。』

また、世尊よ、私はさらにこのような誓いを立てました。 「悟りを得た後、私の仏国土において、菩薩たちが生まれた時に、必要な衣服が彼らの思いのままに、その手のひらの中から清らかな僧にふさわしい衣が現れ出るように。その衣が現れたなら、彼らはこう思うだろう。『この尊い衣を、まず十方の諸仏に捧げずに、自分で使うべきではない』と。そう思ったとたん、ただちに無数の世界に赴き、この尊い衣を諸仏に捧げてから元の場所に戻り、その後に自らその衣を身にまとうのです。」

「復次,世尊!於我剎中,諸菩薩眾所有受用之具,先皆奉獻諸佛世尊并聲聞眾,然自受用。又我剎中遠離八難及不善聲,願於我剎中遠離眾苦,無有毀犯淨戒律儀,於色聲香味觸無不悅意。」

また、世尊よ。わたしの仏国土において、すべての菩薩たちが受用する道具や品々は、まず初めに諸仏世尊や声聞の僧侶たちに捧げられた後、自らもそれらを用います。さらに、わたしの国では八つの苦難(八難)や不善の声(悪い知らせや不快な響き)が遠ざけられています。願わくは、わたしの国においてあらゆる苦しみがなく、清らかな戒律や作法を破ることがなく、色・声・香・味・触のいずれもが心を喜ばせないものではない世界でありますように。

爾時師子勇猛雷音菩薩,白佛言:「世尊!而彼世界名號何等?普見如來成佛出現,復在何處?」

その時、師子勇猛雷音菩薩が仏に申し上げました。「世尊よ、あの世界は何という名でしょうか。また、普見如来が仏となり世に現れたのは、どの場所なのでしょうか。」

佛言:「善男子!彼佛世界名如願圓滿積集離塵清淨,其佛剎土在此南方,娑訶世界亦在其中。」

仏は仰せになった。「善き者よ、かの仏の世界を『願いのままに円満に積み集められ、塵を離れた清らかな世界』と名づける。その仏の浄土はこの南方にあり、娑訶世界もまたその中にある。」

復次,文殊師利童真菩薩白佛言:「我復有願:『於我剎中,積集無量百千眾寶,無量摩尼互相影現,所有大寶十方剎土之所難得亦未曾見,彼所積集摩尼寶等所有名號,於百千俱胝歲說不能盡。』世尊!彼世界中菩薩樂見彼剎,而為金者即現於金,樂見銀者即現於銀,然於見金未曾損減,樂見吠瑠璃、頗胝迦、赤珠、瑪瑙、牟薩羅寶無量諸寶,各隨所樂見種種相,并及彼沈水香,多蘖羅香、多摩羅跋香、龍堅香、栴檀香,各隨所欲悉皆得見,非彼世界寶相變異。彼佛剎中不假日月星宿、摩尼火光之所照見,皆從菩提樹自然出光而作照明。彼諸菩薩意所欲樂,以此光明照彼俱胝那庾多百千世界無有晝夜,以花開合辨其晝夜,隨諸菩薩所樂時節即皆應之,亦無寒暑及老病死。若諸菩薩隨其所樂欲證菩提,即往餘剎,於覩史多天壽盡降生而成正覺。於彼佛剎空中常奏俱胝那庾多百千種樂,雖不現相,而聞其聲,於彼樂中無有貪染相應之聲,唯出諸波羅蜜聲、佛聲、法聲、僧聲,諸菩薩藏法教之聲,悉皆得聞。彼中菩薩渴仰於佛,隨所諸處經行坐立,應念即見普見如來、應、正等覺坐菩提樹。若諸菩薩於法有疑,但見彼佛不待解說,疑網皆斷解了法義。」

また、文殊師利童真菩薩が仏に申し上げた。 「私にはもう一つの願いがあります。私の浄土には無量の百千の宝が積み集められ、無量の摩尼宝が互いに映り合い、その大いなる宝は、十方のどの仏国土でも得難く、また見たこともないものです。そこに積み集められた摩尼宝などの全ての名号は、百千俱胝の歳月をかけて説いても尽きることはありません。

世尊よ、その世界の菩薩たちが、その浄土を見たいと望む時、金を見たいと望めば金が現れ、銀を見たいと望めば銀が現れます。しかし金を見ることによって金が減ることは決してありません。吠瑠璃、頗胝迦、赤珠、瑪瑙、牟薩羅宝など、無量の宝々も、それぞれの望みに応じて様々な相を見ることができます。また、沈水香、多蘖羅香、多摩羅跋香、龍堅香、栴檀香などの香りも、それぞれの望みに応じて全てを感じ取ることができます。それは、その世界の宝の相が変わるというわけではありません。

その仏国土では、日月星辰や摩尼の火光に頼って照らすことはなく、全て菩提樹から自然に放たれる光によって照らし出されます。そこに住む菩薩たちは、意のままに、この光によって俱胝那庾多百千の世界を照らし出します。昼も夜もなく、花の開き閉じによって昼夜を区別し、菩薩たちの望む時に応じて時節が現れます。そこには寒さ暑さも、老いも病も死もありません。

もし菩薩たちが、その望みに従って悟りを証したいと願うならば、他の浄土に赴き、兜率天で寿命を終え、そこに降誕して正覚を成就します。

その仏国土の虚空では、常に俱胝那庾多百千種の楽器が奏でられますが、形は現れずにその音だけが聞こえます。その音楽には、貪りや執着に相応する音は一切なく、ただ波羅蜜の音、仏の音、法の音、僧の音、そして諸々の菩薩蔵の法教の音だけが、すべて聞こえてくるのです。

そこに住む菩薩たちは仏を慕い求め、経行し、立ち、座るあらゆる場所で、念じればすぐに、普見如来・応・正等覚が菩提樹に坐しておられる姿を見ることができます。もし菩薩たちが法について疑いを抱くならば、その仏を見るだけで、説法を待つまでもなく、疑いの網は断ち切られ、法の意味を理解することができます。」

爾時會中無量俱胝那庾多百千諸菩薩眾,異口同音而說是言:「今此世尊名義相稱,所謂名號普見如來,若有得聞其名號者,快哉獲得殊勝之利,何況得生彼佛剎中。若有得聞如是授記所說法要,及聞文殊師利童真菩薩名號,經於耳者,是則名為面見諸佛說是語已。」

その時、集会に集まった無数の菩薩たち(数えきれないほどの百千億の菩薩たち)が、声をそろえてこう言いました。「まさに、この世尊(如来)の名は、その功徳にふさわしいものです。『普見如来』という御名を耳にした者は、なんと幸いなことか、すぐれた利益を得ることができるのです。ましてや、その仏の浄土に生まれることができれば、なおさらです。また、このような授記(未来成仏の予言)の教えや、文殊師利(文殊菩薩)の御名を耳にした者は、それはまさに諸仏を目の当たりにしたも同然です。」と、こう言い終えました。

爾時世尊告諸菩薩言:「如是,如是!如汝所說。善男子!若有受持俱胝那庾多百千如來名號,若復有稱文殊師利童真菩薩名者,福多於彼,何況稱於普見佛名。何以故?彼俱胝那庾多百千如來利益有情,不及文殊師利於一劫中所作利益。」

その時、世尊は菩薩たちに告げられました。 「その通り、その通りです。あなたがたの言う通りです。 善き者たちよ、もし何千億もの如来の名号を受持する者がいたとしても、 それを上回る福徳を生むのが、文殊師利(もんじゅしり)の童真菩薩の名を唱えることです。 ましてや普見仏(ふけんぶつ)の名を唱える功德は、なおさら計り知れません。 なぜなら、何千億もの如来が有情(うじょう)を利益するよりも、 文殊師利が一劫(いっこう)の間に行う利益の方が、はるかに勝っているからです。」

爾時,俱胝那庾多百千天、龍、藥叉、健達嚩、阿蘇羅、蘖路荼、緊那羅、摩呼羅伽、人非人等,同聲唱言:「那謨文殊師利童真菩薩,那謨普見如來應正等覺。」眾多天龍說是語已,八十俱胝那庾多百千有情,發無上正等大菩提心,無量有情成熟善根,於無上菩提得不退轉。文殊師利復白佛言:「世尊!我復有願:『如我所見十方無量無數俱胝那庾多百千諸佛世尊,而彼諸佛所有佛剎功德莊嚴行相之類,如是一切皆令置我一佛剎中,唯除而為聲聞現化所莊嚴剎及五濁之世。若我自讚佛剎功德莊嚴,過爾所殑伽沙劫說不能盡。』世尊!如我所願,唯佛世尊、應、正等覺,餘不能知。」

その時、無数の天、龍、薬叉、健達嚩、阿蘇羅、蘖路荼、緊那羅、摩呼羅伽、人ならざるものたちが、声を揃えて唱えました。 「南無文殊師利童真菩薩、南無普見如来応正等覚。」 これらの天や龍たちがそう言い終えると、八千万もの多くの生きとし生けるものが、最高の悟りを求める素晴らしい心を起こしました。また、無数の生きとし生けるものが善い行いの種を成熟させ、最高の悟りの道において退くことのない境地を得ました。

文殊師利菩薩はさらに仏に申し上げました。 「世尊よ、私はさらにこのような願いを持っています。 『私が見た、四方八方の数え切れないほどの多くの仏世尊たち、そのすべての仏さま方の仏の国々の功徳や荘厳、そのありさまの一つ一つを、すべて私の一つの仏の国の中に収めたいのです。ただし、声聞のための教えを示すために荘厳された国と、五つの濁りに満ちた世界は除きます。もし私が自分の仏の国の功徳や荘厳を自ら褒めたたえようものなら、ガンジス川の砂の数ほどの長い時をかけても、そのすべてを語り尽くすことはできないでしょう。』 世尊よ、この私の願いは、世尊であり、応供であり、正等覚者であるあなただけがご存知であり、他の者には知ることができません。」

佛言:「如是,如是!文殊師利!如來知見於三世中無有限礙。」

仏は言われた。「その通り、その通りです、文殊師利よ。如来の智慧と見識は、過去・現在・未来の三世において、いかなる制限や障りもありません。」

爾時眾中,或有菩薩作如是念:「文殊師利所說佛剎功德莊嚴,與無量壽如來剎土為等不耶?」

その時、会衆の中に、こう思う菩薩がいた。 「文殊師利の説く仏土の功徳の荘厳は、無量寿如来の浄土と同じであろうか、違うのだろうか。」

是時世尊知彼菩薩心之所念,即告師子勇猛雷音菩薩言:「善男子!譬如丈夫而析一毛,以為百分以一分毛,於大海中取一滴水。善男子!彼一毛水多?大海水多?」

その時、世尊はその菩薩の心に思うところを知って、師子勇猛雷音菩薩に告げられた。 「善男子よ、例えばある人が一本の毛を細かく分けて、その百分の一で大海から一滴の水を取るとしよう。善男子よ、その毛先の一滴の水が多いか?それとも大海の水が多いか?」

師子勇猛白佛言:「世尊!一毛水少,大海水多。」

獅子勇猛が仏に申し上げた。「世尊よ、一毛の先にある水はわずかですが、大海の水は多いのです。」

佛言:「善男子!彼丈夫所舉一毛端水如無量壽佛剎功德莊嚴,餘大海水如普見如來佛剎功德莊嚴應如是見。」

仏は言われた。「善き男子よ、あの丈夫が持ち上げた毛の先ほどの水は、無量寿仏の浄土の功徳荘厳のごとくであり、残りの大海の水は、普見如来の浄土の功徳荘厳のごとくであると、そのように見るべきである。」

爾時師子勇猛白佛言:「世尊!過去現在及以未來,頗有如是佛剎功德莊嚴已不?」

その時、師子勇猛が仏に申し上げました。「世尊よ。過去・現在・未来において、このような見事な功徳に飾られた仏の国土(浄土)は、これまでにあったのでしょうか?」

佛答言:「有!善男子!東方去此過八十俱胝百千殑伽沙世界,彼有佛剎,名願住高踊,是中有佛,號普光常多功德海王如來,今現住彼,佛壽無量無邊,復有無量大菩薩眾圍繞說法。善男子!彼佛剎土功德莊嚴與普見如來佛剎不增不減,有四菩薩被不退甲冑住如是行。善男子!彼諸菩薩亦當得此普見如來佛剎莊嚴。」

仏は答えた。「あるとも、善男子よ。東方にここから八十俱胝百千殑伽沙の世界を過ぎた先に、『願住高踊』という名の仏の国がある。そこには『普光常多功徳海王如来』という名の仏がおられ、今まさにその国に住み、その寿命は限りなく、無数の大菩薩たちに囲まれて説法しておられる。

善男子よ、その仏の国の功徳の荘厳は、普見如来の仏の国とまったく同じで、増えも減りもしない。そして、四人の菩薩が退転しない鎧をまとい、そのような行を実践している。善男子よ、彼らの菩薩たちもまた、この普見如来の仏の国の荘厳を得ることになる。」

師子勇猛言:「唯願說彼菩薩名號及其住處,并說普光常多功德海王如來佛剎,為我示現彼佛菩薩,令諸菩薩取彼佛剎。」

師子勇猛が言いました。「どうか、その菩薩の名号とその住処をお示しください。また、普光常多功徳海王如来の仏国土についてお聞かせください。その仏と菩薩たちを私に示し、すべての菩薩があの仏国土を知ることができるようにしてください。」

佛言:「善男子!汝等諦聽,我今當說。善男子!第一菩薩名光明幢,在於東方無憂吉祥如來佛剎。第二菩薩名為智上,在於南方智王如來佛剎。第三菩薩名為寂根,在於西方慧積如來佛剎。第四菩薩名為願慧,在於北方那羅延如來佛剎。」

仏はおっしゃった。「善き者たちよ、よく聞きなさい。これからお前に説こう。 第一の菩薩の名は光明幢。東方の無憂吉祥如来の仏国土にいます。 第二の菩薩の名は智上。南方の智王如来の仏国土にいます。 第三の菩薩の名は寂根。西方の慧積如来の仏国土にいます。 第四の菩薩の名は願慧。北方の那羅延如来の仏国土にいます。」

爾時世尊以神境通現普光常多功德海王如來佛剎,令此大會見彼如來及菩薩眾,并其佛剎功德莊嚴,昔所未見亦未曾聞,不可思議眾相成就,彼此世界互得相見,猶觀掌中阿摩勒菓。彼佛世尊普光常多功德海王如來,身量八萬四千踰繕那,金色光明端嚴照曜如蘇迷盧山王,與四萬二千踰繕那身量菩薩摩訶薩前後圍繞,於無量功德莊嚴菩提樹下坐師子座,往俱胝那庾多世界,為諸有情而演說法。

その時、世尊は神境通によって、普光常多功徳海王如来の仏国土を現し示された。この大いなる法会に集まった者たちは、かの如来や菩薩の衆、そしてその仏国土の功徳の荘厳を目の当たりにした。それはかつて見たことも聞いたこともない、想像を絶するほどの素晴らしい相を備えていた。互いの世界が互いを見渡せる様子は、まるで掌の中にあるアモール果実を見るかのようであった。かの仏世尊、普光常多功徳海王如来の身丈は八万四千ヨージャナ。金色の光明は端厳にして輝き、スメール山王のようであった。そして、身丈四万二千ヨージャナの菩薩摩訶薩たちが前後に囲み、無量の功徳に荘厳された菩提樹の下の獅子座に坐し、無数の世界を巡って、多くの有情のために説法をしていた。

爾時世尊告諸菩薩言:「善男子!汝等見彼如來佛剎功德莊嚴菩薩眾不?」

その時、世尊は菩薩たちに告げられました。「善き人々よ、あなた方は、かの如来の仏国土における功徳の荘厳と、菩薩の集いをご覧になっただろうか。」

時諸大眾異口同聲,白言:「世尊!唯然已見。我等當學此菩薩行,如文殊師利童真菩薩之所修行,我等亦當成就如此莊嚴佛剎。」

その時、大勢の参会者たちは声を揃えて申し上げました。 「世尊よ、はい、私たちははっきりと見ました。私たちはこの菩薩の行いを学びたいと思います。文殊師利の童真の菩薩が修行されるように、私たちもまた、このような荘厳な仏の国土を成就したいと思います。」

爾時世尊熙怡微笑,從其面門放種種光,所謂青黃赤白紅紫等光,照曜無量無邊世界,照已還來,遶佛三匝,入於佛頂。

その時、世尊は柔和に微笑まれ、御顔からさまざまな光を放たれた。すなわち青、黄、赤、白、紅、紫などの光である。その光は無量無辺の世界を照らし、照らし終えると戻ってきて、仏の周りを三度巡り、仏の頂上に入った。

爾時慈氏菩薩摩訶薩白佛言:「世尊!以何因緣現此微笑?」

その時、慈氏菩薩摩訶薩が仏に申し上げた。「世尊よ、どのような理由でこの微笑みを現されたのですか?」

佛告慈氏:「由現彼佛世界功德莊嚴。時此大眾中八萬四千菩薩,見彼佛剎莊嚴之事,如文殊師利童真佛剎;於彼眾中唯有十六正士,而能成就增上意樂,作是願言:『如文殊師利國土莊嚴,願令我等亦當如是。』除十六正士,餘無能發如是大願,樂速疾證無上菩提,所求佛國如無量壽莊嚴功德。慈氏!汝今見不?意樂成就菩薩而能作大利益,由增上意樂故發是勝願,是故得彼佛剎如文殊師利。其諸菩薩少有信心志願下劣,由羸劣業,過六十俱胝那庾多百千劫,然始得滿五波羅蜜。」

仏が慈氏(弥勒菩薩)に告げられた。「かの仏の国土の功徳と荘厳を目の当たりにした時、この会衆の中にいた八万四千の菩薩たちは、文殊師利童真(文殊菩薩)の仏の国土のような、その仏の浄土の荘厳な様子を見た。その中で、ただ十六人の正士だけが、すぐれた意楽(強い決意)を完成させて、『文殊師利の国土の荘厳のように、私たちもまた同じようになりたい』とこのような誓いを立てることができた。この十六人の正士を除いては、他の者たちはこのような大いなる誓いを発することができず、また無上菩提(最高の悟り)を速やかに証得することを喜ばず、求める仏の国も無量寿(阿弥陀仏)の功徳の荘厳のようではなかった。

慈氏よ、あなたは今、それをご覧になっているか? 意楽を成就した菩薩は、大きな利益をなしうるのである。すぐれた意楽によってこの勝れた誓いを発するからこそ、文殊師利のような仏の国土を得ることができるのだ。

しかし、その他の菩薩たちは信心が少なく、志も願いも劣っている。弱く劣った業によって、六十倶胝那由多百千劫(非常に長い時間)を過ぎて、ようやく五波羅蜜を満たすことができるのである。」

爾時光明幢、智上、寂根、願慧等四大菩薩,從四方來而現於此,各於無量吠瑠璃光明樓閣中坐,有俱胝那庾多百千天眾圍繞,震動諸剎,以種種神通,散俱胝那庾多百千花及奏音樂。

その時、光明幢・智上・寂根・願慧という四人の大菩薩が、四方からやって来てこの場所に現われました。彼らはそれぞれ、無量の瑠璃のような光を放つ楼閣の中に座り、数えきれないほどの多くの天の民に囲まれていました。そして、さまざまな神通力で諸々の仏の世界を揺り動かし、無数の花を散らし、また音楽を奏でました。

是時慈氏菩薩摩訶薩白佛言:「世尊!以何因緣於此世界大地震動?四方復有四樓閣現?」

その時、慈氏菩薩(弥勒菩薩)が仏に申し上げた。「世尊よ、どのような理由でこの世界の大地が震動し、四方にまた四つの楼閣が現れたのでしょうか?」

佛言:「慈氏!是四菩薩由佛警覺而來親覲於佛世尊。」所言未訖於剎那頃,此四菩薩從樓閣下,往詣佛所頭面禮足,繞佛三匝退坐一面,彼菩薩光從四方來普照大眾。

佛は慈氏に告げられた。「慈氏よ、この四菩薩は、仏の呼びかけによって目覚め、私のもとへとやって来て、仏の世尊にお会いしたのである。」 この言葉が終わらないうちに、瞬間にして、この四菩薩は高楼から下り、仏のもとへ向かい、額を地につけて仏の足に礼拝し、仏の周りを三度巡ってから、退いて一方に座った。その菩薩たちの放つ光は四方から来て、あまねく大衆を照らし出した。

爾時世尊告諸菩薩言:「善男子!此四正士住不思議旨趣,汝等於彼正士應發殊勝恭敬之心,當問法要。善男子!汝等當聽彼正士願,彼正士願者,所有菩薩乘。善男子!善女人!若有得見彼四菩薩,於無上菩提得不退轉,超二十俱胝劫流轉生死,具足圓滿五波羅蜜。若有女人聞其名者,速得捨離女人之身。」是時世尊現彼剎已還攝神力,而彼世界忽然不現。

そのとき、世尊はもろもろの菩薩に告げて言いました。「善男子よ、この四名の正士は不可思議な旨趣にとどまっています。あなたがたは、かの正士たちに対して殊勝な恭敬の心を起こし、法の要を問うべきです。善男子よ、あなたがたはかの正士の願を聞くべきです。かの正士の願とは、すべての菩薩乗のことです。善男子、善女人よ、もしかの四名の菩薩を見ることができる者は、無上菩提において不退転を得て、二十倶胝劫の生死の流転を超え、五波羅蜜を具足し円満にします。もし女人でその名を聞く者は、速やかに女人の身を捨離することができます。」そのとき、世尊はかの仏刹を現じてから、また神力をおさめました。すると、かの世界は忽然として現れなくなりました。

爾時文殊師利白佛言:「世尊!一切法如幻,譬如幻師化作幻事,幻而復隱。世尊!如是一切法生已復滅,亦無生滅,此則平等。世尊!若學平等,疾證無上正等菩提。」

その時、文殊師利菩薩が仏に申し上げました。「世尊よ、すべての現象は幻のようなものです。まるで幻術師が幻の世界を現しては、また隠すように。世尊よ、このようにすべての現象は生じては消え、実は生も滅もありません。これこそが平等の境地です。世尊よ、もしこの平等を学ぶならば、速やかに悟りを得ることができるでしょう。」

爾時智上菩薩白文殊師利童真菩薩言:「云何而證無上菩提?」

その時、智上菩薩が文殊師利童真菩薩に尋ねた。 「どのようにして、この上ない悟りを成就するのですか?」

文殊師利言:「善男子!法無所得亦無所壞,於無無所著,於有無所得。」

文殊師利が言いました。 「善き人よ、真理には、得られるものもなければ、壊されるものもありません。『無』には執着するものがなく、『有』には得るものがありません。」

智上菩薩言:「文殊師利!為於有故獲於菩提?為於無耶?」

智上菩薩がお尋ねになりました。「文殊師利よ、悟りを得るのは『有(存在)』によってなのでしょうか、それとも『無(非存在)』によってなのでしょうか。」

答言:「善男子!法本無生,無已有、無今有、無當有,究竟無所得。」

答えました。「善男子よ。法は本来、生じることはありません。過去にあったことも、今あることも、未来にあることもなく、究極的には何も得るものがないのです。」

智上菩薩言:「文殊師利!以何一相而說於法?」

智上菩薩が尋ねました。

「文殊師利よ。どのような一つの真理の相(姿)をもって、法(真理)を説かれているのですか。」

文殊師利言:「善男子!云何所說一相法耶?」

文殊師利が言いました。「善男子よ、どのようなものを一つの相として説く法というのですか?」

智上菩薩答曰:「文殊師利!不見蘊及處、界,亦非無見亦非有見,於法無分別亦無所分別,又不於法而見積集,亦不於法而見散失,是即名為一相法門。」

智上菩薩が答えて言いました。「文殊師利よ、五蘊も十二処も十八界も『見る』ことはありません。また、無いという見解も、有るという見解もありません。諸法に対して分別することもなければ、分別されるものもなく、さらに、諸法が積み集まるのを見ることもなく、散り失せるのを見ることもありません。これこそを一相の法門と名付けるのです。」

師子勇猛雷音菩薩曰:「若於法性不違法性,不作種種分別,是凡夫法、是聲聞法、是緣覺法、是如來法,入於一相,謂遠離相,是即名為一相法門。」

師子勇猛雷音菩薩が言われました。 「もしも法(真理)の本質に背くことなく、これが凡夫の教えだ、声聞の教えだ、縁覚の教えだ、如来の教えだと、様々に区別せず、ただ一つの相(姿)に落ち着くこと―それは『分別から離れた相』と呼ばれるものです。これをこそ、一相の法門と名づけます。」

喜見菩薩曰:「若修行真如,而於真如無所思惟,亦不分別此是甚深,是即名為一相法門。」

喜見菩薩がおっしゃいました。「もし真実の姿(真如)を修行しながらも、その真実について何も思わず、『これは深遠な教えだ』とも分別しないのであれば、それをこそ一相の法門(唯一の真実の教え)と呼ぶのです。」

無盡辯菩薩曰:「諸法皆盡,究竟盡者乃曰無盡,說一切法不可盡者,是即名為一相法門。」

無盡辯菩薩は言われた。 「すべての現象は尽きるもの。しかし、その究極において尽きているということが、まさに『無尽』なのです。あらゆるものが尽きることがないと説くこと、これこそを『一つの相(あり方)の教えの門』と名づけるのです。」

善思惟菩薩曰:「若於思惟入不思惟,彼無所思亦不可得,是即名為一相法門。」

善思惟菩薩がおっしゃいました。 「もし考えていることを通じて、考えを超えた境地に入れば、そこには何も思うことがなく、また得るものもありません。これを『一相(いっそう)の法門』と呼びます。」

離塵菩薩曰:「若究竟不染,於一切相,染無所染,亦不愛不恚不癡,不作一不作異,亦非作亦非不作,不取不捨,是即名為一相法門。」

離塵菩薩がおっしゃいました。「徹底的に執着を離れ、あらゆる形(現象)に染まらず、染まることのないままに在るとき、そこには愛着も怒りも無知もありません。『一つ』とも作らず、『異なる』とも作らず、『作る』とも『作らない』とも言えません。取ることも捨てることもない。これを『一相(いちそう)の法門』と名づけるのです。」

娑蘖羅菩薩曰:「若入甚深法,難測如大海,而於正法亦不分別,如是住、如是說,於自無所思,於他無所說,是即名為一相法門。」

釈迦羅菩薩が言われた。「もし甚深の法に入り、大海のように測りがたく、しかも正法についても分別せず、このように留まり、このように説くならば、自らについて思うこともなく、他者について説くこともない。これこそを一相の法門と名づける。」

月上童真菩薩曰:「若思惟一切有情平等如月,而亦不思我及有情,如是說者,是即名為一相法門。」

月のうえの童真(どうしん)菩薩がおっしゃいました。 「すべての生きとし生けるものを、月の光が一つを照らすように平等に見つつも、『私』や『他者』という思いを持たないこと。このように説くことこそ、『一つの相(すがた)の教えの扉』と呼ぶのです。」

摧一切憂闇菩薩曰:「若遇憂慼而無所憂,而於憂箭亦不疲厭,云何有情起於憂根?所謂於我若有,於我住平等者,是即名為一相法門。」

一切の憂いと闇を打ち砕く菩薩が言われた。 「もし憂い悲しみに遭っても、憂えることなく、その憂いの矢に疲れ果てることも嫌悪することもない。では、どうして生きとし生けるものに憂いの根が生じるのだろうか。それは『私』が存在すると執着し、『私』という考えに囚われているからである。もし、『私』について平等の境地に安住するならば、これを『一相法門』と名付けるのである。」

無所緣菩薩曰:「若不緣欲界,不緣色、無色界,不緣聲聞、獨覺之法,不緣佛法,如是說者,是即名為一相法門。」

無所縁菩薩がおっしゃった。「欲望の世界に執着せず、色や形のない世界にも、音声を聞いて悟る者や自己悟りの道にも、仏の教えにも執着しない。このように説くことこそ、一つの相を説く教えの門となるのです。」

普見菩薩曰:「若說法者應平等說,其平等者所謂空性,不於空性思惟平等,於平等法亦無所得;如是說者,是即名為一相法門。」

普見菩薩が言われました。「法を説く者は、平等に説くべきです。その平等とは、すなわち空性のことです。しかし、空性について『平等である』と考えてはいけません。平等という法についても、何も得るものはありません。このように説くことこそ、一相法門と名づけられます。」

三輪清淨菩薩曰:「夫所說法不違三輪。云何為三?於我無所得,於聞不分別,於法無所取;如此名為三輪清淨。如是所說者,是即名為一相法門。」

三輪清浄菩薩が説いた。「説かれる法は、三つの輪を清らかにするものだ。その三つとは何か。説く者(自分)に執着せず、聞く者を区別せず、法そのものに捉われないこと。これを三輪清浄という。このように説くことこそ、一つの相(あり方)の教えの門と呼ばれるのである。」

成就行菩薩曰:「若知一切法不著,如是知、如是說,亦不說一字,所謂離言說故;若如是說一切法者,是即名為一相法門。」

成就行菩薩がおっしゃいました。 「もし一切の法に執着しないと知り、そのように知り、そのように説いても、一字も説かないこと——それは言葉を離れているからです。このように一切の法を説くならば、それを一相法門と呼びます。」

深行菩薩曰:「若樂瑜伽、知一切法,則於諸法而無所見,於彼若說若無說者,於法無二,是即名為一相法門。」

深行菩薩が説いた。「もしもヨーガを楽しみ、すべての法(あらゆる存在や現象)をあるがままに知るならば、その人はもはや諸々の法に執着して『これが何か』と捉えることはない。その境地では、説く者も説かれる法もなく、一切の法は対立を超えて一つである。これを一相(唯一のあり方)の法門という。」

如是無量大威德諸菩薩等,各各以自辯才說一相法。說此一相法門時,七十俱胝菩薩得無生法忍,八萬那庾多百千有情發無上正等菩提之心,七千苾芻盡諸有漏心得解脫,九十六那庾多人天得法眼淨。

このように無量の大きな威徳を持つ菩薩たちは、それぞれ自らの弁才をもって一相の法を説きました。この一相法門を説いたとき、七十倶胝の菩薩は無生法忍を得て、八万那庾多百千の有情は無上正等菩提の心を起こし、七千の苾芻は諸々の漏を尽くして心は解脱を得、九十六那庾多の天人たちは法眼浄を得ました。

爾時師子勇猛雷音菩薩摩訶薩白佛言:「世尊!彼普見如來,有幾何大菩薩眾而為眷屬?壽量幾何?却後幾時,文殊師利成等正覺?」

その時、獅子勇猛雷音菩薩が仏に申し上げました。「世尊(お世話になっている尊い方)、あの普見如来には、どれほどの大菩薩たちが集い、眷属となっているのでしょうか。また、その寿命はどれほどなのでしょうか。そして、これからどれほどの時を経て、文殊師利は悟りを開かれるのでしょうか。」

佛言:「善男子!如是之義當問文殊師利童真菩薩。」

仏陀は言われた。「善き者よ、この意味については文殊師利童真菩薩に問いなさい。」

爾時師子勇猛雷音菩薩摩訶薩,問文殊師利童真菩薩言:「汝却後幾時當得菩提?」

その時、獅子勇猛雷音菩薩(大菩薩)が文殊師利童真菩薩に尋ねました。「あなたは、あとどれくらいで悟りを開かれるのですか?」

文殊師利言:「善男子!若虛空界而為色相,我乃證於無上菩提;若幻師所幻丈夫證菩提,我乃當證無上菩提;若漏盡阿羅漢證菩提,我乃當證無上菩提;若夢中丈夫若光影若響應,如是變化證菩提;我乃當證無上菩提;若以日光成夜,月光成晝,我乃當證無上菩提。善男子!汝可當問求菩提者。」

文殊師利が言いました。「善き方よ!もし虚空そのものが形あるものとなるなら、その時こそ私は無上の悟りを証するでしょう。もし幻師が作り出した幻の人が悟りを得るなら、その時こそ私は無上の悟りを証するでしょう。もし煩悩を尽くした阿羅漢がさらに悟りを得るなら、その時こそ私は無上の悟りを証するでしょう。もし夢の中の人や、影や、こだま、そのような変化によって悟りを得るなら、その時こそ私は無上の悟りを証するでしょう。もし日光で夜ができ、月光で昼ができるなら、その時こそ私は無上の悟りを証するでしょう。善き方よ!むしろあなたは悟りを求める人について尋ねるべきです。」

師子勇猛言:「文殊師利豈不求菩提耶?」

獅子勇猛が言った。「文殊師利よ、あなたは菩提(さとり)を求めていないのですか?」

答言:「善男子!不也。何以故?文殊師利即是菩提,菩提即是文殊師利。何以故?但有名字,名字亦空。文殊師利乃至菩提,名亦遠離,無所有空,空者即是菩提。」

答えられた。「善男子(善き人よ)、そうではありません。なぜなら、文殊師利こそが菩提であり、菩提こそが文殊師利だからです。どうしてかといえば、ただ名前があるだけで、その名前もまた空(むなしい)ものだからです。文殊師利から菩提にいたるまで、その名もまた遠く離れており、所有することのない空、空それ自体が菩提なのです。」

爾時佛告師子勇猛雷音菩薩言:「汝頗見聞無量壽如來聲聞菩薩諸眾會耶?」

その時、仏は獅子勇猛雷音菩薩に告げて言われた。「あなたは、無量寿如来の声聞や菩薩の大いなる集いを、見たり聞いたりしたことがあるか。」

「唯然,世尊!我已見聞。」

確かに、世尊よ。私はすでに見聞きしました。

「善男子!於意云何?」

「善き男子よ、あなたはどう思いますか。」

答言:「非是算數思議之所能及。」

答えには、「それは計算や思考で及ぶものではありません」と言う。

佛言:「善男子!如摩伽陀國量一婆訶胡麻,取一粒喻無量壽佛國聲聞菩薩眾會,餘況文殊師利童真菩薩得菩提時菩薩眾會,應如是知。善男子!如以三千大千世界末為微塵,一塵一劫,若比普見如來壽量劫數,百分千分百千俱胝分,乃至算數譬喻所不能及。善男子!以算數計校籌量,應知普見如來壽命無量無邊。善男子!譬如三千大千世界析為微塵,或有一丈夫,取一微塵乃至眾多微塵,過三千大千世界乃下一塵,彼之丈夫,如是東行下盡塵數,如是十方一一丈夫,准前下盡彼微塵數。善男子!於意云何?彼三千大千世界,是百是千、是俱胝那庾多百千,知其量不?」

仏陀が言われた。「善男子よ。例えば、マガダ国で一バーカ(容量単位)の胡麻を取り、その一粒一粒を無量寿仏の国にある声聞や菩薩の大衆に譬えよう。さらに、文殊師利童真菩薩が悟りを得る時の菩薩の大衆は、それよりもなお多いと知るべきである。

善男子よ。例えば、三千大千世界を粉々にして微塵とし、その一塵を一劫とする。この劫数を、普見如来の寿命の長さと比べると、百分の一、千分の一、百千俱胝分の一にも満たず、算術や譬えでも計り知ることはできない。

善男子よ。算術で計算し、推測すべきである。普見如来の寿命は、無量無辺であると知るべきである。

善男子よ。例えば、三千大千世界を微塵に砕くとする。一人の男子が、一つの微塵を取り、さらに多くの微塵を取り、三千大千世界を過ぎてから一つの微塵を置く。その男子は、東に向かって進み、微塵をすべて置き終える。同様に、十方のそれぞれの男子も、同じようにして微塵をすべて置き終える。

善男子よ。あなたはどう思うか。その三千大千世界は、百であろうか、千であろうか、俱胝那庾多百千であろうか。その量を知ることができるだろうか。」

答言:「不也!世尊!」

答え:「いいえ、世尊よ。」

「善男子!如是十丈夫,各過三千大千世界又下微塵。彼一切世界,已下未下盡末為塵。善男子!於意云何?豈能算計是百是千、是俱胝那庾多百千數不?」

「善男子(善き人よ)。このような十人の大丈夫たちが、それぞれ三千大千世界を過ぎ去り、さらにその下に微塵を置いたとしよう。そのすべての世界、下に置かれた微塵も、まだ下に置かれていない微塵も、すべてをすりつぶして微塵としたとしよう。善男子よ、あなたはどう思うか? この微塵の数を、百や千や、あるいは俱胝(千億)や那庾多(兆)の百千の単位で計算することができるだろうか。」

答言:「不也!世尊!」

答え:「いいえ、世尊よ。」

佛言:「善男子!乃至十方十丈夫,復過三千大千世界,所下微塵及所未下微塵之處,又末為塵。善男子!於意云何?豈能算計彼之微塵,是百是千、是俱胝那庾多百千,乃至仰蘖羅,泯末羅,阿閦婆等?」

仏は言われた。「善男子よ。十方の十人の丈夫(勇者)がさらに三千大千世界を超え、降り注いだ微塵とまだ降り注いでいない微塵の場所をすべて粉々にし、さらにそれらを微塵としたとしよう。善男子よ、あなたはどう思うか。その微塵の数を計算して、それが百であるとか千であるとか、あるいは俱胝(くてい)那庾多(なゆた)百千、さらには仰蘖羅(ぎょうげつら)、泯末羅(みんまつら)、阿閦婆(あしゅば)などと言うことができるだろうか。」

「世尊!若人聞此算數心則迷亂,彼不可知其數量。」

「世尊よ、もし人がこの数を聞けば、心は迷い乱れるでしょう。その数量を知ることはできないのです。」

佛言:「善男子!如來悉知彼之微塵,是百是千、是俱胝那庾多百千,乃至仰蘖羅、泯末羅、阿閦婆等。善男子!如是如來悉知,復過彼量。」

仏がおっしゃった。「善き男子よ、如来はその微な塵の数が百であるか、千であるか、俱胝那庾多百千であるか、さらに仰蘖羅、泯末羅、阿閦婆などに至るまでも、すべてを知っておられる。善き男子よ、このように如来はすべてを知っておられ、さらにはその量を超えたものまでも知っておられるのである。」

爾時慈氏菩薩摩訶薩白佛言:「世尊!若有菩薩,求於如是了色之無盡智,寧於無量劫中受泥𪏭苦,而是菩薩於如是色大智中終不棄捨?」

その時、慈氏菩薩摩訶薩が仏に申し上げた。「世尊よ、もしある菩薩が、このような『色の尽きない智慧』を求めるならば、たとえ無量の劫の間、泥の中での苦しみを受けようとも、その菩薩はこの『色の大いなる智慧』を決して捨てないのでしょうか?」

佛言:「慈氏!如是,如是!如汝所說。豈有於佛無盡大智不起悕望?唯除下劣勝解及懈怠者。」說此如來大智之時,一萬有情發菩提心。

仏陀は言われた。「慈氏(弥勒)よ、そのとおり、そのとおりだ。あなたの言う通りである。仏の限りない大いなる知恵に対して、願いを起こさない者などいるだろうか。ただ、理解が浅く劣った者や、怠けている者を除いては。」このように如来の大いなる知恵が説かれた時、一万もの生きとし生けるものが菩提心を起こした。

佛告師子勇猛言:「善男子!如是十方世界微塵,彼十丈夫下微塵數,過如是等微塵數劫。善男子!文殊師利童真菩薩,於彼多劫示現行於菩薩之行。何以故?善男子!文殊師利不可思議,願亦不可思議,趣向亦不可思議;證菩提已,壽命亦不可思議,菩薩眾會亦不可思議。」

仏が師子勇猛に告げられた。「善男子よ。十方世界の微塵の数、そして十人の大丈夫の数だけ微塵を減じた数、そのような微塵の数よりもさらに多い劫のあいだ、善男子よ。文殊師利童真菩薩は、その多くの劫において菩薩の行いを示現し、行じられてきたのである。なぜかといえば、善男子よ。文殊師利は不可思議であり、その願も不可思議であり、その趣向もまた不可思議である。そして、悟りを成就した後に、その寿命もまた不可思議であり、菩薩の集いもまた不可思議である。」

爾時師子勇猛雷音菩薩摩訶薩白佛言:「世尊!希有!文殊師利發趣甚大,所修行大:所謂文殊師利童真,乃於爾所微塵數劫不生疲倦。」

その時、師子勇猛雷音菩薩が仏に申し上げました。「世尊よ、実に稀有なことです。文殊師利はその志が非常に大きく、修行も壮大であります。 すなわち、文殊師利童子は、あの無量の微塵の数ほどの劫の間も、疲れや倦みを生じることがなかったのです。」

文殊師利言:「善男子!於意云何?虛空有如是念於晝夜半月月時歲、劫百劫千劫俱胝那庾多百千劫不?」

文殊師利が言いました。「善き男子よ、あなたはどう思いますか?虚空が、昼や夜、半月、月、年、劫(こう)、百劫、千劫、俱胝(くてい)、那由多(なゆた)、百千劫といった時間の区切りを思うことがあるでしょうか。」

答言:「不也!文殊師利!何以故?虛空界無分別故。」

答えて言う。「いいえ、文殊師利よ。なぜなら、虚空の世界には分別がないからです。」

文殊師利言:「善男子!若如虛空等悟一切法,隨悟如是亦不分別,無所分別,於彼晝夜半月月時歲等,如先所說無有少想於法起者。善男子!如虛空界大火熾然,過無量殑伽沙劫,而虛空界不曾生起,亦不燒壞。何以故?虛空界無自性故。如是,善男子!若菩薩知一切法無性,亦無熱惱疲倦,如虛空不燒不生疲倦及以熱惱,而不動搖亦不生、不朽、不死、不遷、不起、無去無來。如是,如是!善男子!文殊師利名號亦爾,而不燒壞亦不疲倦,亦無熱惱,亦不動搖,不生、不朽、不死、不遷、不起、無去無來。何以故?名字究竟遠離故。」

文殊師利が言いました。「善男子よ。もし虚空のように、一切の法を悟るならば、その悟りに従って分別せず、何の分別もありません。昼と夜、半月、月、季節、年等についても、先に述べたように、法について少しの思いも起こりません。善男子よ。例えば虚空界に大火が燃え盛り、無量のガンジス川の砂粒ほどの劫が過ぎても、虚空界は燃えることも焼け落ちることもありません。なぜなら、虚空界には自性がないからです。それと同じように、善男子よ。もし菩薩が一切の法に自性がないと知れば、熱悩も疲れもありません。虚空が燃えず、疲れや熱悩を生じず、動揺せず、生じず、朽ちず、死なず、移らず、起こらず、去ることも来ることもないのと同じです。そうです、そうです。善男子よ。文殊師利という名もまた同じく、焼けず、疲れず、熱悩もなく、動揺せず、生じず、朽ちず、死なず、移らず、起こらず、去ることも来ることもありません。なぜなら、名前は究極的に遠離しているからです。」

說是法時,四大天王、釋提桓因、大梵天王,及餘大威德諸天子等,異口同音,唱如是言:「若諸有情聞此法門獲大善利,何況受持讀誦?當知不以少善根而能成就。世尊!我等於此法門,受持、讀誦、廣宣流布,為護持正法故。」

この教えが説かれた時、四大天王、帝釈天(しゃくらてんのう)、大梵天王(だいぼんてんのう)、その他大きな威徳を持つ天子たちが、ひとつの口から声を合わせてこう言いました。

「もし、生きとし生けるものたちが、この教えの方法を聞くならば、大きな善(よいこと)の利益を得ることができます。ましてや、これを心に受け止め、読み、唱えるならば、なおさらです。わずかな善根(善い行いの力)によって、これを成就できるものではないと知るべきです。

世尊よ、私たちはこの教えの方法を、心に受け止め、読み、唱え、広く世に伝え、流布いたします。それは正しい教えを護り、支えるためでございます。」

爾時師子勇猛雷音菩薩,白佛言:「世尊!善男子、善女人於此法門受持讀誦,為他宣說如是法要、佛剎莊嚴成就、發如是心,如文殊師利,所得功德,為幾許耶?」

その時、獅子勇猛雷音菩薩が仏に申し上げました。 「世尊よ。善き男子、善き女人が、この教えの門を受け持ち、読み誦し、他の人のためにこのような教えの要点——仏の国々の荘厳の成就について——を説き、またこのような心を起こすならば、その功徳はどれほどになるのでしょうか。まるで文殊師利のようにして得る功徳は、どのくらいのものでしょうか。」

佛言:「善男子!如來以無障礙眼所見世界,若有菩薩以七寶滿彼世界,於一一佛奉獻供養,乃至盡未來際俱胝劫中捨施,令此菩薩安住淨戒律儀,於一切有情得平等心。若有菩薩於此佛剎功德莊嚴法門受持讀誦,復能發心隨文殊師利所學行,於七步功德之聚,比前福聚,百分千分迦羅分百千俱胝分,乃至算數所不能及。」

仏陀がおっしゃった。「善き男子よ、如来はさまたげのない目で世界を見通しておられる。もしある菩薩が、その世界全体を七宝で満たし、一つひとつの仏にそれを捧げ供養し、尽きることのない未来の劫の間、それを施し続けたとしても、もう一人の菩薩が、戒律を清らかに保ち、すべての生きとし生けるものに平等の心を持つならば、その功徳はどれほどであろうか。

さらに、もし菩薩が、この仏の国土の功徳の荘厳について説かれた教えを受け持ち、読誦し、さらに文殊師利の学んだ行いに従って心を起こし、七歩の功徳の集まりを得るならば、先の功徳の集まりと比べて、百分の一、千分の一、迦羅分の一、百千俱胝分の一にも及ばず、はかりしれないほどである。」

爾時文殊師利菩薩,入菩薩平等照曜如幻相三摩地,入已,由文殊師利三摩地故,乃至眾會菩薩等,近見十方無量無邊諸佛世界,一一佛前皆有文殊師利,說自佛剎功德莊嚴。眾會見已,於文殊師利勝願三摩地智而生奇特,如文殊師利童真菩薩法王之子,於百千俱胝那庾多,願我等咸見。

その時、文殊師利菩薩は、菩薩の平等なる照らし出し、幻のような相の三昧に入られた。そして、その三昧の力によって、集まった菩薩たちを始めとする会衆は、十方の無量無辺の仏の世界を近くに見ることができた。それぞれの仏の前には、文殊師利がいて、それぞれの仏の国土の功徳や荘厳さを説いていた。それを見た会衆は、文殊師利の勝れた願いと三昧の智に驚きと崇敬の念を抱き、こう願った。「文殊師利童真菩薩、法の王の子が、百千の那由他もの数の功徳を積まれたように、私たちもどうか、すべてを見ることができますように。」

爾時慈氏菩薩,白佛言:「世尊!當何名此法門?云何受持?」

その時、慈氏菩薩が仏に申し上げました。「世尊よ、この教えの法門を何と名づけ、どのようにして受け持つべきでしょうか。」

佛告慈氏:「今此法門名為『諸佛遊戲』,汝當受持;亦名『不思議願』,汝當受持;亦名『說佛剎功德莊嚴』,汝當受持;亦名『發菩提心令歡喜』,汝當奉持。」

仏は慈氏に告げられた。「この法門の名は『諸仏の遊戯』という。あなたはこれを受け止め、保ちなさい。また『不可思議の願』ともいう。あなたはこれを受け止め、保ちなさい。また『仏の浄土の功徳の荘厳を説く』ともいう。あなたはこれを受け止め、保ちなさい。また『菩提心を発して喜びをもたらす』ともいう。あなたはこれを受け止め、保ちなさい。」

爾時十方無量菩薩眾集會者,於佛及法作大供養,雨眾天花,頭面禮足繞佛三匝,各還本土,作是讚言:「奇哉!世尊!奇哉!世尊!令我等聞是不思議法,及文殊師利童真菩薩大師子吼。」

その時、十方の世界から集まった無数の菩薩たちは、仏と法に大きな供養を捧げ、無数の天の花を降らせ、頭を地につけて仏の足に礼拝し、三度仏の周りを巡ってから、それぞれ自らの国へと帰っていきました。そして、こう讃嘆しました。「なんと素晴らしいことでしょう、世尊よ。なんと素晴らしいことでしょう、世尊よ。私たちにこの思いもよらぬ教えを聞かせてくださり、また文殊師利童子菩薩の大師子吼(力強い悟りの宣言)を聞かせてくださったことよ。」

說是法已,殑伽沙數菩薩,於無上菩提得不退轉,無量有情成就善根。

この教えが説かれると、ガンジス川の砂のような数の菩薩たちが、無上の悟りに対して退かない境地を得て、計り知れないほどの人々が善い根を成就しました。

佛說是經已,文殊師利童真菩薩摩訶薩、師子勇猛雷音菩薩摩訶薩,所有諸大聲聞、梵釋護世、天、龍、藥叉、健達嚩、阿蘇羅、蘖路荼、緊那羅、摩呼羅伽、人非人等,皆大歡喜信受奉行。

この経典を仏陀が説き終えられると、文殊師利童真菩薩摩訶薩、師子勇猛雷音菩薩摩訶薩をはじめ、すべての大いなる声聞たち、梵天や帝釈天、護世の神々、天、龍、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦楼羅、緊那羅、摩睺羅伽、人間や人間でない者たちまでもが、皆大いに喜び、この教えを信じて受け入れ、実践しました。

大聖文殊師利菩薩佛剎功德莊嚴經卷下

大聖文殊師利菩薩仏国功徳荘厳経 巻下


第二

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