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  1. 阿毘達磨集異門足論 (阿毘達磨集異門足論)
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阿毘達磨集異門足論 (阿毘達磨集異門足論)

「阿毘達磨集異門足論」について

唐 · 尊者舍利子說 著 · 底本の訳者:玄奘

12.2 万字 · 約 406 分

『アビダルマ集異門足論』は、仏教の重要な論書の一つです。これは仏陀の十大弟子の一人である舎利子尊者によって造られ、唐代の高僧・玄奘三蔵によって漢訳されました。この論は、説一切有部のアビダルマ論蔵を構成する七論の一つに数えられ、主に仏教の概念と教義の意味を解き明かしています。分類と归纳を通じて、仏法の要点を体系的に論じています。内容は、五蘊、十二処、十八界といった基本的な教理から、修行の階梯と解脱の道にまで及びます。この論は部派仏教の時代に重要な地位を占め、初期仏教思想体系を研究する上での鍵となる文献であり、後世の仏教理論の発展に基礎を築きました。玄奘の漢訳本は完全な形で保存されており、漢伝仏教においてアビダルマを研究する際の重要なよりどころとなっています。


阿毘達磨集異門足論卷第一

阿毘達磨集異門足論 第一巻

尊者舍利子說

尊者舎利子がおっしゃいました

三藏法師玄奘奉 詔譯

三蔵法師玄奘奉詔訳

緣起品第一

縁起品 第一

世尊一時遊力士生處,至波波邑,住折路迦林。時彼邑中諸力士眾,於恒聚戲東西村間嗢跋諾迦舊制多所,共造臺觀,瑩飾初成,未有沙門婆羅門等及諸力士曾所受用。時力士眾聞佛世尊將苾芻僧住近林內,互相慶慰咸共議言:「我等所修勝妙臺觀,應先請佛及苾芻僧無上福田於中止住,然後我等隨勝善業所獲資財於中受用。由斯我等長夜獲得利益安樂,豈不善哉。」諸力士眾作是議已,各集徒侶并諸眷屬,出波波村往如來所。到已頂禮世尊雙足,右遶三匝退坐一面。時薄伽梵以慈軟音,慰問力士并諸眷屬,復以種種微妙法門示現教導讚勵慶喜,說是事已默然而住。諸力士輩聞佛所說,歡喜踊躍即從座起,合掌恭敬俱白佛言:「我此邑中諸力士眾,於恒聚戲東西村間嗢跋諾迦舊制多所,共造臺觀,瑩飾初成,未有沙門婆羅門等及諸力士曾所受用。唯願世尊哀愍我等,將諸弟子於中止住,令我長夜利益安樂。」爾時如來哀愍彼故,將諸弟子往住其中,復以妙音為諸力士宣揚種種施果差別。問答往還過初夜分,諸力士輩并其眷屬聞法歡喜禮佛而去。

世尊はあるとき、力士たちの生まれた土地を遊行し、波波邑に至り、折路迦林にお住まいになった。そのとき、この邑の力士たちは、いつも集まって遊ぶ東西の村の間にある嗢跋諾迦の古い制多のところに、ともに楼閣を造り、飾り立ててちょうど完成したばかりで、まだどの沙門や婆羅門、また力士たちも使ったことがなかった。そのとき力士たちは、仏世尊が比丘僧を連れて近くの林におられると聞き、互いに喜び励まし合ってこう話し合った。「私たちが造ったこの勝れた美しい楼閣には、まず仏と比丘僧という無上の福田をお招きして中にお住まいいただき、その後で私たちが善業によって得た財産をそこで使おう。そうすれば、私たちは長く利益と安楽を得られるではないか。」力士たちはこう相談した後、それぞれ従者や家族を集め、波波村を出て如来のもとへ向かった。着くと世尊の両足を頭で礼し、右に三度回ってから一方に退いて座った。そのとき薄伽梵は、慈しみの柔らかな声で力士たちとその家族をねぎらい、さらにさまざまな微妙な法門を示し教え導き、励まし喜ばせた。そうして話し終えると、黙っておられた。力士たちは仏の説法を聞き、喜び躍り上がって座から立ち、合掌して恭敬しながら仏に申し上げた。「この邑の力士たちは、いつも集まって遊ぶ東西の村の間にある嗢跋諾迦の古い制多のところに、ともに楼閣を造り、飾り立ててちょうど完成したばかりで、まだどの沙門や婆羅門、また力士たちも使ったことがありません。どうか世尊、私たちを哀れんで、弟子たちを連れて中にお住まいください。そうすれば私たちは長く利益と安楽を得られます。」そのとき如来は彼らを哀れんで、弟子たちを連れて中にお住まいになった。さらに妙なる声で力士たちのために、さまざまな布施の果報の違いを説き示された。問答が交わされて初夜の分が過ぎ、力士たちとその家族は法を聞いて喜び、仏を礼して去っていった。

爾時世尊告舍利子:「吾今背痛,暫當寢息。汝可代吾為苾芻眾宣說法要,勿空度也。」時舍利子默然受教。佛便四疊嗢怛羅僧敷為臥具,大衣為枕,端身累足右脇而臥,如理作意住光明想及當起想,具念正知,如大寶山寂然無動。

そのとき、世尊は舎利子に告げられました。「私は今、背中が痛むので、しばらく休ませてもらう。あなたが代わりに僧たちのために法の要点を説いてくれ。むなしく時を過ごしてはならない。」そこで舎利子は静かに教えを受け入れました。仏は衣を四つに畳んで寝床とし、大衣を枕とし、からだをまっすぐにして足を重ね、右脇を下にして横たわりました。理にかなった思いを保ち、光明の想いと起きようとする想いを抱き、念と正しい知恵を備え、大きな宝の山のように静かに動じることはありませんでした。

爾時舍利子告苾芻眾言:「此波波村離繫親子,處無慚眾自號為師,其人命終未逾旬月,諸弟子輩兩兩結朋,諍訟紛紜互相𣣋蔑,各言法律我解非餘,如我所知是法是律,我之所說應理合儀;汝等於斯悉皆絕分。於其師教各隨己執,迴換前後或減或增,破析支離遂成多部。欲知勝負便共激論,為脫過難遞相誹斥,雖有論言而無論道,口出刀矟以相殘害。諸有白衣信彼法者,見其弟子乖諍如斯,皆共瞋嫌毀而捨去。」

そのとき、舎利子は比丘たちに告げた。「この波波村の離繋親子は、慚れを知らぬ者たちの中にあって自ら師と称していた。その人が亡くなってから十日も経たぬうちに、弟子たちは二つずつ組になって争い、互いに誹り合い、それぞれ『法と律を理解しているのは自分だけだ。他の者ではない。私が知っている通り、これが法であり律である。私の説くところこそ道理にかなっている』と言い張った。あなたが方はこのことに関して全く関わりがない。師の教えに対して、それぞれが自分の執着に従い、前後を入れ替えたり、減らしたり増やしたりして、ばらばらに分析し、ついに多くの部派を作り出してしまった。勝ち負けを知ろうとして互いに激しく議論を交わし、難を逃れるために次々と非難し合った。論じる言葉はあっても、道を論じることはなく、口から刀や矛を出すように互いを傷つけ合った。在家の者たちでその法を信じていた人々も、弟子たちがこのように争うのを見て、皆いらだち、嫌悪し、非難して去ってしまった。」

時舍利子復告眾言:「此波波村離繫親子所有法律惡說惡受,不能出離、不趣正覺,是可壞法、無趣無依。我等如來、應、正等覺大師法律,善說善受,能永出離、能趣正覺,非可壞法有趣有依。我等今應聞佛住世,和合結集法毘奈耶,勿使如來般涅槃後世尊弟子有所乖諍,當令隨順梵行法律,久住利樂無量有情,哀愍世間諸天人眾,令獲殊勝義利安樂。」

そこで舎利子は、再び皆に告げました。「この波波村の離繋親子の教えと掟は、悪しき説き方であり、悪しき受け入れ方であって、人はそこから脱け出ることができず、正しい悟りへと向かうこともできません。それは壊れゆくものであり、行く先もなく、頼るものもありません。しかし、私たちの如来・応供・正等覚という大師の教えと掟は、善き説き方であり、善き受け入れ方であって、人はそこから永遠に脱け出ることができ、正しい悟りへと向かうことができます。それは壊れることのないものであり、行く先もあり、頼るものもあります。私たちは今こそ、仏が世にいらっしゃるうちに、心を合わせて法と毘奈耶を結集すべきです。如来が般涅槃された後、世尊の弟子たちの間に争いが起こらないようにし、梵行の教えと掟に従って、長く留まり、無量の生きとし生けるものに利益と安楽をもたらし、世間の天人たちを哀れみ、殊勝な利益と安楽を得させましょう。」


2 一法品

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