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大方広総持宝光明経 (大方廣總持寶光明經)

「大方廣總持寶光明經」について

宋 · 底本の訳者:法天

2.7 万字 · 約 91 分

『大方広総持宝光明経』は、宋代の高僧・法天によって漢訳された重要な大乗仏教の経典であり、宝積部に属します。法天は北宋時代の著名な訳経僧で、10世紀末から11世紀初頭に活躍し、施護、天息災とともに宋代三大訳経家と称されました。本経は、諸仏菩薩の智慧の光明を総合的に保持する法門を説き、菩提心と般若智慧の重要性を強調しています。密教の真言と大乗の教理を含み、宝光明三昧の修行方法とその功徳を詳細に解説しており、大乗仏教における顕教と密教の融合という特色を体現しています。宋代の重要な訳経の一つとして、中国仏教思想の発展と密教の伝播を研究する上で貴重な価値を持ち、漢伝仏教の経典体系の中でも独特の地位を占めています。


大方廣總持寶光明經卷第一

大方広総持宝光明経 巻第一

西天中印度摩伽陀國那爛陀寺傳教大師三藏賜紫沙門臣法天奉 詔譯

西天中インド摩伽陀国那爛陀寺伝教大師三蔵賜紫沙門臣法天奉詔訳

如是我聞:

このように私は聞きました。

一時世尊在王舍城鷲峯山中,與大比丘眾百千人俱,圓滿一切白法,大師子吼,智慧無量,得大善利,并諸菩薩摩訶薩眾,其名曰:

あるとき、世尊は王舎城の霊鷲山におられ、大比丘の大衆、百千の人々と共におられた。彼らは一切の白法を円満し、大師子吼をなし、智慧は無量であり、大いなる善利を得ていた。また、諸々の菩薩摩訶薩の大衆も共におられた。その名は次のとおりである:

普賢菩薩摩訶薩、寶印手菩薩摩訶薩、常現菩薩摩訶薩、功德莊嚴菩薩摩訶薩、福德音菩薩摩訶薩、大慧菩薩摩訶薩、德嚴菩薩摩訶薩、金剛慧菩薩摩訶薩、金剛藏菩薩摩訶薩、金剛光菩薩摩訶薩、金剛器仗菩薩摩訶薩、妙金剛菩薩摩訶薩、持地菩薩摩訶薩、現一切法菩薩摩訶薩、觀自在菩薩摩訶薩、得大勢至菩薩摩訶薩、堅牢慧菩薩摩訶薩、金剛吉祥菩薩摩訶薩、金剛手菩薩摩訶薩、妙吉祥菩薩摩訶薩、滅惡趣菩薩摩訶薩、除一切煩惱慧菩薩摩訶薩、安詳步菩薩摩訶薩、離取捨菩薩摩訶薩、栴檀香菩薩摩訶薩、海慧菩薩摩訶薩、難勝菩薩摩訶薩、寶勝菩薩摩訶薩、慧行菩薩摩訶薩、辯積菩薩摩訶薩、妙香菩薩摩訶薩、慈氏菩薩摩訶薩,如是等無量菩薩摩訶薩,皆住不可思議解脫勇猛三摩地門,亦得不空無量音聲故,觀一切音聲諸佛剎土寂然憺怕,壽命無量,得大名稱,三界無著,亦無破壞,一切智者而為眷屬。出生無量諸三摩地三摩鉢底,能滿眾願,皆悉到於般若波羅蜜多故,獲得不空身語意業,得住一切智智無量行願,了達空、無相、無願解脫法門。如是等諸大菩薩眾,皆來會坐。
爾時普賢菩薩摩訶薩,於眾會中,從座而起,頂禮佛足,而白佛言:「世尊!法界應云何知?」

その時、普賢菩薩摩訶薩は、大衆の集う中で、座より立ち上がり、仏陀の足を礼拝し、このように申し上げました。「世尊よ、法界とはどのように知るべきでしょうか。」

佛言:「善男子!此法界無性,無能知者。何以故?善男子!由如虛空,離諸戲論、非離戲論,非取、非捨,非性、非無性,亦無處所。善男子!是故法界應如是知。」

仏は言われた。「善男子よ、この法界には自性がなく、それを知る者もいない。なぜならば、善男子よ、それは虚空のごとく、あらゆる戯論を離れ、しかも戯論を離れているわけでもなく、取ることも捨てることもなく、自性があるわけでもなく、自性がないわけでもなく、またどこにも存在しないからである。善男子よ、それゆえに法界はこのように知られるべきである。」

爾時普賢菩薩,復白佛言:「世尊!法界應云何住?」

その時、普賢菩薩が再び仏に申し上げました。

「世尊よ、法界はどのように住するべきでしょうか。」

佛言:「善男子!處所尚無,況復有住?善男子!此法界不可思、不可議、無自性、無能了知。善男子!彼法界性不可知、不可見。」

仏は言われた:「善男子よ、場所さえも存在しないのに、どうして住まうことがあろうか。善男子よ、この法界は思いも及ばず、言葉でも表せず、自性がなく、誰も理解することはできない。善男子よ、その法界の本性は知ることも見ることもできないのだ。」

普賢菩薩復白佛言:「世尊!菩提者為有幾何?」

普賢菩薩が再び仏に申し上げました:「世尊よ、菩提とは一体いくつあるのでしょうか?」

佛言:「善男子!菩提有無量相,不可測量。」

仏は言われた:「善き男子よ、菩提には無量の相があり、測り知ることができない。」

普賢菩薩言:「世尊!法界復云何分別?」

普賢菩薩がお尋ねになりました。「世尊、法界とはいったいどのように区別されるのでしょうか?」

佛言:「善男子!法界本無分別。」

仏は言われた:「善男子よ、法界は本来、分別のないものである。」

普賢菩薩言:「世尊!若法界不可分別者,云何凡夫眾生而能解了?」

普賢菩薩がお尋ねになりました。「世尊、もし法界が分別できないものであるならば、どうして凡夫である衆生がそれを理解することができるのでしょうか?」

佛言:「善男子!有分別者,即是一切愚迷眾生,於無分別而生分別。」

仏は言われた。「善男子よ、分別ある者は、すなわち一切の愚かで迷える衆生であり、無分別なるものに分別を生じさせる者である。」

普賢菩薩白佛言:「世尊!如來菩提如是甚深,微妙難解。」

普賢菩薩が仏に申し上げました。「世尊よ、如来の悟りはこのように深遠で、微妙であり、理解することが難しいものです。」

佛言:「善男子!如是,如是!如汝所說。」

仏は言われた:「善き男子よ、その通り、その通りだ!あなたの言うとおりである。」

佛復告言:「善男子!菩提者即一切法也,離諸戲論,是故無有分別。」

仏はまた告げられました。「善男子よ、菩提とはすなわち一切の法であり、あらゆる戯論を離れている。ゆえに、分別は存在しないのです。」

時彼眾中,妙吉祥童子亦在會坐,從座而起,頂禮佛足,白佛言:「世尊!願為我等,說此寶光明總持法門。」

その時、会衆の中にいた妙吉祥童子も座席から立ち上がり、仏足に頭を垂れて礼拝し、仏に申し上げました。「世尊よ、どうか私たちのために、この宝光明総持法門をお説きください。」

佛言:「善男子!汝今問彼一切法海辯才菩薩摩訶薩,彼為汝說。」

仏は言われた。「善き男子よ、今、そなたはあらゆる法の海である弁才菩薩摩訶薩にお尋ねなさい。彼がそなたに説いてくださるでしょう。」

於是妙吉祥童子,在如來前,合十指爪掌,白佛言:「世尊!如來是一切智者、一切見者,云何不說?」

そこで妙吉祥童子は、如来の御前にて、両手の指を合わせて掌を合わせ、仏に申し上げました。「世尊よ、如来は一切の智をそなえ、一切を見通されるお方。どうしてお説きにならないのですか?」

佛言:「善男子!為有如是大菩薩摩訶薩,以是義故,如來不說。」

仏は言われた:「善男子よ、このような大菩薩摩訶薩がいるゆえに、如来は説かないのである。」

妙吉祥言:「唯然,世尊!如來何故不自說耶?棄捨我等。」

妙吉祥は申し上げました。「まことにその通りでございます、世尊よ。如来はなぜご自身でお説きにならないのでしょうか?私たちを見捨てられるのですか。」

佛言:「善男子!吾非棄捨有情界故。善男子!為欲顯示彼菩薩摩訶薩,所說校量不可思議故。」

仏はおっしゃいました。「善男子よ、私は有情界を捨て去るからではないのです。善男子よ、かの菩薩摩訶薩の説かれた比較が不可思議であることを示そうとするがゆえなのです。」

時妙吉祥童子,復白佛言:「世尊!唯願如來大慈無量,為我說是寶光明總持法門。」

その時、妙吉祥童子は再び仏に申し上げました。 「世尊よ、どうか如来の大いなる慈悲をもって、この宝光明総持法門をお説きください。」

佛言:「善男子!汝今問此普賢菩薩摩訶薩,必當為汝說此法門。善男子!當知此菩薩摩訶薩智慧無量。」

仏は言われた。「善男子よ、汝が今この普賢菩薩摩訶薩に問うのは、必ずや汝のためにこの法門を説かれるであろう。善男子よ、知るがよい、この菩薩摩訶薩の智慧は無量であることを。」

妙吉祥言:「如來若令我問彼普賢菩薩摩訶薩,我今當問。」

妙吉祥は言った。「如来よ、もし私に彼の普賢菩薩摩訶薩にお尋ねすることをお許しくださるなら、今こそお尋ねいたします。」

佛言:「妙吉祥!汝自已得微塵等三摩地門,何故問於如來?」

仏は言われた:「妙吉祥よ、あなたはすでに微塵のような三昧の境地を得ているのに、なぜ如来に尋ねるのですか?」

妙吉祥言:「世尊!我非但一佛所說之法,乃至一切如來所說真如實性,我能憶持不忘,由如今日。」

妙吉祥は申し上げました。「世尊よ、私はただ一仏が説かれた法のみならず、すべての如来が説かれた真如の実性をも、今この日のように、記憶し保持して忘れることはありません。」

佛言:「善哉,善哉!善男子!汝今善說。」

仏は言われた。「善きかな、善きかな!善男子よ、汝は今、善く説く。」

佛言:「妙吉祥!汝當問此普賢菩薩摩訶薩總持法門。」

仏は言われた。「妙吉祥よ、そなたはこの普賢菩薩摩訶薩の総持法門について尋ねるがよい。」

時妙吉祥童子白佛言:「世尊!此普賢菩薩摩訶薩深達實相大乘法行。」

その時、妙吉祥童子が仏に申し上げました。 「世尊よ、この普賢菩薩摩訶薩は、実相の大乗法行を深く達しておられます。」

佛言:「善男子!汝等皆是自在法王之子,豈得異乎?善男子!汝福德無量,了達空法,得不可思議解脫三摩地門。」

仏は言われた。「善き男子よ、あなた方は皆、自在なる法王の子である。どうして異なることがあろうか。善き男子よ、あなたの福徳は無量であり、空の法を明らかに悟り、不可思議なる解脱の三昧の境地に達している。」

于時妙吉祥童子,承佛聖旨,在普賢菩薩摩訶薩前,合十指爪掌,一心恭敬,白普賢菩薩摩訶薩言:「佛子!願為我說二字法門。」

その時、妙吉祥童子は仏の聖なる御心を受け、普賢菩薩摩訶薩の前にて、両手を合わせて一心に敬い、普賢菩薩摩訶薩に申し上げました。

「仏子よ、どうか私に『二字の法門』をお説きください。」

時普賢菩薩言:「善男子!汝今所問二字者何?」

その時、普賢菩薩がおっしゃいました。「善男子よ、あなたが今お尋ねになった『二字』とは何を指しているのですか?」

是時妙吉祥童子,白普賢菩薩言:「佛子!覺與覺者二字,為何等相?」

その時、妙吉祥童子が普賢菩薩に申し上げました。 「仏子よ、『覚』と『覚者』という二つの言葉は、どのような意味を持っているのでしょうか?」

普賢菩薩言:「佛子!覺本無相、無性、不可思議、無有等等、離諸戲論、非離戲論、非言議之所能及。善男子!是故諸佛覺性如是。」

普賢菩薩は言われました。「仏子よ、悟りそのものは、形もなく、実体もなく、思いはかることもできず、比較できるものもなく、あらゆる言葉の遊びを離れています。しかし、言葉の遊びから離れているわけでもなく、言葉で論じることができるものでもありません。善男子よ、このように、すべての仏の悟りの本性はこのようなものなのです。」

妙吉祥言:「佛子!若佛法非戲論者,云何佛法作如是說?」

妙吉祥は言いました。「仏子よ、もし仏法が戯論でないなら、どうして仏法はこのように説くのでしょうか?」

普賢菩薩告妙吉祥言:「佛子!離言說故作如是說。」

普賢菩薩は妙吉祥に告げて言われました。「仏子よ、言葉を離れて、このように説くのです。」

妙吉祥言:「佛子!云何離言說?」

妙吉祥は言った。「仏子よ、どうすれば言葉の束縛から離れることができるのでしょうか?」

普賢菩薩言:「妙吉祥!智離言說。」

普賢菩薩は言われた:「妙吉祥よ、智慧は言葉を離れている。」

妙吉祥言:「佛子!智云何知?」

妙吉祥は言いました:「仏子よ、智慧とはどのようにして知られるのですか?」

普賢菩薩言:「妙吉祥!謂智無性,智非無性。」

普賢菩薩は言われました。「妙吉祥よ、智は無性であり、智は無性ではないと説く。」

妙吉祥言:「佛子!云何智無性,智非無性?應云何說三乘法?」

妙吉祥は言った。「仏子よ、どうして智は無性であり、智は無性ではないと言えるのでしょうか。また、三乗の教えはどのように説くべきでしょうか。」

普賢菩薩言:「妙吉祥!法界離染,云何有說?」

普賢菩薩は言われました。「妙吉祥よ、法界は汚れから離れているのに、どうして説法があるのでしょうか?」

妙吉祥言:「云何一切法,此亦無性?云何說如來性無漏?」

妙吉祥は言いました:「どうして一切の法が、これもまた無性なのでしょうか?どうして如来の性は無漏であると言えるのでしょうか?」

「五蘊性不可得故。」

五蘊の本質は捉えどころがないからです。

妙吉祥言:「云何菩提有戲論耶?」

妙吉祥は言った:「どうして菩提に戯れ論があるのでしょうか?」

普賢菩薩言:「佛子!菩提無有戲論,非離戲論。此菩提有戲論、非戲論者,非言、非說也。」

普賢菩薩は言われました。「仏子よ、菩提には戯論はなく、また戯論から離れているわけでもありません。この菩提が戯論であり、また戯論でないということは、言葉や説明では表せないものなのです。」

是時,世尊讚普賢菩薩摩訶薩言:「善哉,善哉!善男子!如汝所說,是不可思議法門,幽邃深遠,是真實言,天上人間無能解了。」

その時、世尊は普賢菩薩摩訶薩をほめて言われた。 「善きかな、善きかな!善男子よ!お前が説いた通り、この不可思議な法門は、深遠で奥深く、真実の言葉である。天上にも人間にも、これを理解できる者はない。」

時妙吉祥童子白佛言:「世尊!一切法不可知,不可見,無法可說。」

その時、妙吉祥童子が仏に申し上げました。「世尊よ、一切の法は知ることができず、見ることもできず、説くべき法もありません。」

佛言:「善男子,如是!如是!」

仏は言われた。「善き男子よ、その通りだ。その通りだ。」

時普賢菩薩摩訶薩,復白佛言:「世尊!今此清淨法門難解難知。」

その時、普賢菩薩摩訶薩は、再び仏に申し上げました:「世尊よ、今この清浄なる法門は、理解し難く、知り難いものでございます。」

佛言:「善男子,如是!如是!」

仏は言われた。「善き男子よ、その通りだ、その通りだ!」

是時,海慧菩薩白佛言:「世尊!此普賢菩薩善說如是清淨法門。」

その時、海慧菩薩が仏に申し上げました。「世尊よ、この普賢菩薩は、このような清浄な法門をよく説かれました。」

佛言:「善男子,如是!如是!復次,善男子!一切諸法清淨若此,霔大法雨。」

仏は言われた。「善男子よ、その通りである。さらに、善男子よ、すべての諸法はこのように清らかであり、大いなる法の雨を降らせる。」

是時,平等寂靜婆羅大娑羅子,白佛言:「世尊!此不可思議平等菩提,離文字相,不可見,離諸色相。」

その時、平等寂静婆羅大娑羅子が仏に申し上げました。「世尊よ、この不可思議なる平等の菩提は、文字の相を離れ、見ることができず、あらゆる色の相を離れています。」

佛言:「善男子!如是!如是!法界性離,泯絕諸相。」

仏は言われた。「善男子よ、その通りだ。その通りだ。法界の本性は離れていて、あらゆる相は消え去るのだ。」

是時,妙吉祥童子白佛言:「世尊!空云何相?為聲、為色、為是相好?」

その時、妙吉祥童子が仏に尋ねました。 「世尊よ、空とはどのような相なのでしょうか? それは音なのか、色なのか、それとも形や姿のことなのでしょうか?」

佛言:「妙吉祥!空離聲色,離諸言說,非離言說。善男子!法性如是,空離文字故說空,又離言故說空。善男子!空者一切法法之自性故。」

仏は言われた。「妙吉祥よ、空は声や形から離れ、あらゆる言葉からも離れている。しかし、言葉を離れることそのものではない。善男子よ、法性はこのようなものである。空は文字から離れているゆえに空と説かれ、また言葉から離れているゆえに空と説かれる。善男子よ、空とは、すべての法が本来持つ性質であるからなのだ。」

是時,長老舍利弗白佛言:「世尊!如來觀此得大變現不可思議解脫菩薩耶?」

その時、長老の舎利弗が仏に申し上げました。 「世尊よ、如来はこの大変現不可思議解脱を得た菩薩をご覧になっているのですか?」

佛告長老舍利弗言:「此阿羅漢智慧,與初發心菩薩智慧甚遠,何況此菩薩故!所以者何?初發心菩薩當得成佛,阿羅漢終不能得。」

仏は長老舎利弗に告げられました。「この阿羅漢の智慧と、初発心の菩薩の智慧とは、はるかに隔たっています。ましてや、この菩薩の智慧はなおさらです。なぜならば、初発心の菩薩はやがて仏となられるのに、阿羅漢はついに仏となることができないからです。」

是時,一切法自在王菩薩白佛言:「世尊!如佛所說,我悉了知。此聲聞應不得聲聞法?」

その時、一切法自在王菩薩が仏に申し上げました。 「世尊よ、仏がお説きになった通り、私はすべて理解いたしました。 しかし、この声聞は声聞の法を得ることができないのでしょうか?」

佛言:「善男子!此聲聞非不得聲聞法。復次,善男子!若聲聞與菩薩對論,智慧有殊,是故所不能及。」

仏は言われた。「善男子よ、この声聞は声聞の法を得ていないわけではない。さらに、善男子よ、もし声聞が菩薩と対論するならば、智慧に違いがあるゆえに、及ぶことができないのである。」

是時,妙吉祥白佛言:「世尊!如來云何說此舍利弗得智慧第一?」

その時、妙吉祥が仏に申し上げました:「世尊よ、なぜ如来は舎利弗が智慧第一であるとお説きになるのですか?」

佛告妙吉祥:「如我所說,實無所得。」

仏は妙吉祥に告げた:「私が説くところは、実に得るべきものは何もない。」

是時,妙吉祥童子語長老舍利弗言:「長老!汝云何得聲聞法?」

その時、妙吉祥童子は長老舎利弗に言いました。「長老、あなたはどうして声聞の法を得られたのですか?」

舍利弗言:「我所不任。」

舎利弗は言いました。「私はその任に堪えません。」

妙吉祥言:「汝豈非凡夫不?」

妙吉祥は言いました。「あなたは、やはり凡夫ではありませんか?」

「不也!善男子。」

いいえ、善男子よ。

妙吉祥言:「舍利弗!汝應云何學?」

舎利弗よ、あなたはどう学ぶべきでしょうか。

舍利弗言:「我無所學。」

舎利弗は言いました。「私は何も学んでいません。」

妙吉祥言:「云何得智慧第一?」

妙吉祥が尋ねました:「どのようにして智慧第一を得ることができるのでしょうか?」

舍利弗言:「我亦不任。」

舎利弗は言った。「私も務まりません。」

妙吉祥復語長老舍利弗言:「汝既非凡夫,又非智慧第一,為是何人?」

妙吉祥はまた長老の舎利弗に言いました。「あなたは凡夫でもなく、智慧第一でもない。では、いったい何者なのですか?」

舍利弗言:「善男子!我亦不知。汝智慧無量,由如巨海,是故我今,非汝對論。」

舎利弗は言った。「善き男子よ、私も知りません。あなたの智慧は限りなく、まるで大海のようだからです。ですから私は今、あなたと論じることはできません。」

妙吉祥言:「長老舍利弗!莫作是說,汝自耆年宿德,何故謙讓?」

妙吉祥は言った。「長老舎利弗よ、そのようなことをおっしゃってはいけません。あなたはご高齢で徳を積まれた方ですのに、どうして謙遜なさるのですか?」

舍利弗言:「善男子!我雖耆年,無德無證。復次,善男子!譬如一切差別萬法,由如巨嶽,金剛一擊,殞碎如塵。善男子!汝亦如是,於一毛孔所有智慧量等微塵數,一切眾生皆悉如我,亦所不及,善男子!況我一人乎?是故我今亦所不任。善男子!如大惡象,其身偉大,氣力便多,人用其鈎而能制伏,我亦如是。善男子!所以者何?汝有大智力,我力怯弱。善男子!汝等同於大龍,云何我力與仁者敵?」

舎利弗は言った。「善き男子よ、私は年老いてはいますが、徳も悟りもありません。さらに、善き男子よ、たとえばあらゆる違いを持つ万物は、巨大な山のようであり、金剛の一撃を受ければ塵のように粉々に砕け散ります。善き男子よ、あなたもまた同じです。一つの毛穴に宿る智慧の量は、微塵の数ほどあり、すべての衆生が私のようであっても、及びません。善き男子よ、まして私一人がどうして及ぶでしょうか。それゆえ、今の私には務まりません。善き男子よ、巨大な悪象は、その体が大きく、力も強いが、人は鉤を使ってそれを制することができます。私もまた同じです。善き男子よ、なぜならば、あなたには大いなる智慧の力があり、私の力は弱いからです。善き男子よ、あなた方は大龍に等しいのに、どうして私の力があなた方に敵対できましょうか。」

長老舍利弗白佛言:「世尊!如生盲人欲往他州,在道路中,決定不能見彼城邑,云何而能周遍遊歷?善男子!此亦如是,我對仁者如彼盲人,我今亦爾,佛道懸曠,由來甚遠,當云何知?」

長老舎利弗が仏に申し上げました。「世尊よ、生まれつきの盲人が他州へ行こうとして道中にいるならば、決してその町を見ることはできず、どうしてあちこちを巡り歩くことができましょうか。善男子よ、これもまた同じです。私はあなたに対してあの盲人のようであり、今の私もまたそうです。仏の道は遥か遠く、はるか昔から遠く離れております。どうすれば知ることができるでしょうか。」

佛告舍利弗:「勿作是說!如來威德能令一切眾生,暫歷耳根,尚得此法。舍利弗!況汝已得此不可思議三摩地故。」

仏は舎利弗に告げられた:「そのように言ってはならない。如来の威徳は、一切の衆生がわずかに耳にしただけでも、この法を得ることができるのだ。舎利弗よ、ましてや、あなたはすでにこの不可思議な三昧を得ているではないか。」

是時,世尊說是法時,天上人間有九萬二千眾生皆得是法。

その時、世尊がこの法を説かれたとき、天上と人間に九万二千の衆生がこの法を得ました。

是時,法慧菩薩承佛威神,即入三昧,名菩薩無邊相應寶光明三摩地。于時,法慧菩薩即便入於十方十千佛剎微塵等世界,於一一方,各各有十千佛剎微塵等諸佛世尊,皆現在前。時彼諸佛世尊,語法慧菩薩言:「一方如是,十方亦然。」彼佛世尊讚言:「善哉,善哉!法慧!汝能入此菩薩無邊相應三摩地故。復次,善男子!是時於一一方,有此一切十方十千佛剎微塵等如來位,彼如是等一切如來,皆同一號,皆是世尊毘盧遮那如來,最初威德本願力故,得大善利,乃至轉大法輪。彼如是等諸佛同說偈言:

その時、法慧菩薩は仏の威神力を受け、ただちに三昧に入られた。その三昧の名は「菩薩の無辺相応宝光明三摩地」という。そのとき、法慧菩薩は十方それぞれに十千の仏土の微塵の数ほどの世界に入られ、それぞれの方角に、それぞれ十千の仏土の微塵の数ほどの諸仏世尊が現前なさった。その時、それらの諸仏世尊は法慧菩薩に仰せになった。「一方がこのようであるならば、十方もまた同様である。」その仏世尊は讃めて言われた。「善きかな、善きかな、法慧よ。汝はこの菩薩の無辺相応三摩地に入ることができたからである。さらにまた、善男子よ、その時、それぞれの方角に、この一切の十方十千仏土の微塵の数ほどの如来の位があり、そのような一切の如来は皆同じ名号であり、すべて世尊毘盧遮那如来である。最初の威徳と本願の力によって、大いなる善利を得、さらに大法輪を転じるに至るのである。」そのような諸仏は共に偈を説かれた。

「『佛智本清淨, 普周於法界,
及觀眾生界, 遍入無礙智,
無等相應門, 善一切言語,
速得一切智, 圓滿於諸法,
三世智皆圓, 善說如是法。』

「仏の智慧は本来清らかで、あまねく法界に満ちわたる。 衆生の世界を見渡し、自在無碍の智慧に遍く入る。 比類なき相応の門、あらゆる言葉を巧みに使い、 一切智を速やかに得て、諸法を円満に成就する。 三世の智慧はすべて円満であり、このように法を巧みに説く。」

「善男子!汝今以佛威神力故,說此菩薩十住法門。」

善きかな、男子よ。今、あなたは仏の威神力によって、この菩薩の十住法門を説くことができたのです。

是時彼佛世尊各以無礙智,往照法慧菩薩,復得如是三摩地門,所謂無礙、無斷、不空法、不空智、無漏、無際、無盡、無來、無去、無邊、本性無著,得如是等三摩地門。是時彼佛世尊各伸右手,摩法慧菩薩頂。彼佛世尊摩菩薩頂已,即時法慧菩薩,從三摩地起,告諸菩薩言:「佛子!菩薩族類廣大無量,周遍法界、虛空界。佛子!菩薩摩訶薩,於過去如來族中已生,現在如來族中今生,未來如來族中當生。」

その時、かの仏世尊たちは、それぞれ無礙の智慧をもって法慧菩薩を照らされ、さらにこのような三昧の境地を得られました。すなわち、無礙・無断・不空法・不空智・無漏・無際・無尽・無来・無去・無辺・本性無著といった三昧の境地です。

その時、かの仏世尊たちは、それぞれ右手を伸ばして法慧菩薩の頂を撫でられました。仏世尊が菩薩の頂を撫で終えられると、たちまち法慧菩薩は三昧の境地から立ち上がり、諸菩薩に告げて言いました。

「仏子よ、菩薩の種族は広大無量であり、法界・虚空界に遍く満ちています。仏子よ、菩薩摩訶薩は、過去の如来の種族の中ですでに生まれ、現在の如来の種族の中に今生まれ、未来の如来の種族の中にこれから生まれるのです。」

是時,彼諸菩薩摩訶薩,告法慧菩薩言:「佛子!如汝所說,彼菩薩摩訶薩云何得過去、現在、未來諸如來族中生?復云何說彼菩薩得菩薩住故?」

その時、諸々の菩薩摩訶薩は、法慧菩薩に告げて言いました。「仏子よ、あなたがおっしゃるように、その菩薩摩訶薩はどのようにして過去・現在・未来の諸如来の族の中に生まれることができるのでしょうか。また、どうしてその菩薩が菩薩の境地を得たと言えるのでしょうか。」

彼諸菩薩摩訶薩告法慧菩薩言:「佛子!善哉!願為我等說此菩薩十住法門,彼過去佛已說,現在佛今說,未來佛當說。」

法慧菩薩よ、あなたはよくぞお尋ねになりました。どうか私たちのために、この菩薩の十住の法門をお説きください。それは過去の仏がすでにお説きになり、現在の仏が今お説きになり、未来の仏がお説きになるであろうところのものです。

「佛子!云何說菩薩十住法行?所謂:一、發心住,二、治地住,三、相應住,四、生貴住,五、方便具足住,六、正心住,七、不退住,八、童真住,九、王子住,十、灌頂住。佛子!是為菩薩十住法行。此過去、未來、現在三世諸佛世尊已說、今說、當說。

仏子よ、菩薩の十住の法行とは何か。それはすなわち、第一に発心住、第二に治地住、第三に相応住、第四に生貴住、第五に方便具足住、第六に正心住、第七に不退住、第八に童真住、第九に王子住、第十に灌頂住である。

仏子よ、これが菩薩の十住の法行である。これは過去、未来、現在の三世の諸仏世尊がすでに説き、今説き、これから説くところのものである。

「佛子!云何彼菩薩發心住?謂此菩薩得覩諸佛世尊色相巍巍、殊特妙好、廣大無比、說法廣大、化眾生廣大。見如是等廣大變現,又聞廣大法故,得未曾有。復見如是苦惱眾生,是故菩薩發阿耨多羅三藐三菩提心,為求如來一切智、一切相智,是故名為初發心住。又學如是十力,何等為十?謂:一、處非處智力,二、過現未來福業報智力,三、禪定解脫三昧智力,四、至一切處道智力,五、無數種種界智力,六、無數種種勝解智力,七、根勝劣智力,八、宿住憶念智力,九、天眼智力,十、無漏智力。佛子!此初發心菩薩應學此十住力故,彼初發心菩薩於一切時,恭敬供養諸如來故,彼菩薩安住稱讚故,為世間最上第一世主故,求佛無量最上智慧故,為求寂靜相應三摩地故,遠離輪迴故,轉正法輪故,救度一切苦惱眾生故。何以故?為真實法發心故,聽受親近、離諸散亂、相續不斷故。佛子!是故名為菩薩初發心住。

仏子よ、菩薩の「発心住」とは何か。 この菩薩は、諸仏世尊の色相が巍々として、殊に妙好で、広大無比であり、説法が広大で、衆生化導が広大であることを見る。このような広大な変現を見、また広大な法を聞くことによって、未曾有の境地を得る。さらに、このような苦悩に満ちた衆生を見るゆえに、菩薩は阿耨多羅三藐三菩提心を発し、如来の一切智・一切相智を求める。これが初発心住と呼ばれる所以である。

また、このような十力を学ぶ。何が十か。 一、処非処智力 二、過現未来の福業報智力 三、禅定解脱三昧智力 四、至一切処道智力 五、無数の種々の界智力 六、無数の種々の勝解智力 七、根の勝劣智力 八、宿住憶念智力 九、天眼智力 十、無漏智力

仏子よ、この初発心の菩薩は、この十住力を学ぶべきである。ゆえに、初発心の菩薩は一切の時に、諸如来を恭敬供養し、菩薩は称賛に安住し、世間の最上第一の世主となり、仏の無量最上の智慧を求め、寂静相応の三摩地を求め、輪廻を遠離し、正法輪を転じ、一切の苦悩衆生を救度するのである。

なぜか。真実の法のために心を発し、聴受親近し、諸々の散乱を離れ、相続不断であるからである。

仏子よ、これが菩薩の初発心住と呼ばれる所以である。

「佛子!復云何名菩薩治地住?佛子!此治地住菩薩,為諸眾生先發十種心。何等為十?謂信心、念心、精進心、慧心、願心、戒心、護法心、捨心、定心、迴向心。佛子!此治地住菩薩復發如是十種心故。佛子!此治地住菩薩常念多聞,相續不斷,常樂奉事善知識故,供承親近,於一切時能覺察故,發言謙敬故,求堅固無畏智故,發趣菩提智故,志求寂靜勇猛智故,志求妙法離諸虛假故,心不迷惑。何以故?謂發如是誠實心,求一切佛法故,乃至隨方有聖法處,躬自往彼,聽受親近,離諸散亂,相續不斷,未曾暫捨。佛子!是故名菩薩治地住。

仏子よ、さらに、どうしてこれを菩薩の治地住(じちじゅう)と呼ぶのか。仏子よ、この治地住にある菩薩は、すべての衆生のために、まず十種の心を起こす。どのような十種か。すなわち、信心(しんじん)、念心(ねんじん)、精進心(しょうじんしん)、慧心(えしん)、願心(がんしん)、戒心(かいしん)、護法心(ごほうしん)、捨心(しゃしん)、定心(じょうしん)、廻向心(えこうしん)である。仏子よ、この治地住にある菩薩は、さらにこのような十種の心を起こすゆえに。

仏子よ、この治地住にある菩薩は、常に多聞(たもん)を思い、絶え間なく続け、常に善知識(ぜんちしき)に仕えることを喜び、供養し親近する。すべての時にわたり、よく自らを省み、言葉は謙虚で敬いをもち、堅固で恐れのない智慧を求め、菩提(ぼだい)の智慧に向かって発心し、寂静(じゃくじょう)を志して勇猛な智慧を求め、妙法(みょうほう)を志してあらゆる虚偽を離れ、心は迷わない。なぜならば、このような誠実な心を起こし、あらゆる仏法を求めるからである。さらには、聖なる法のあるところには、どこへでも自ら赴き、それを聴き受け、親近し、散乱を離れ、絶え間なく続け、一時も捨てたことがない。仏子よ、これゆえに、これを菩薩の治地住と呼ぶのである。

「佛子!復云何名菩薩相應住?佛子!此相應住菩薩,有十所觀求一切法。何等為十?謂求一切無上法故,遠離一切憂苦故,觀法無自性故,空無體相故,一切法無有常故,一切法不可度量故,離諸疑惑故,不可改變故,非有非無故,非取非捨故。佛子!相應住菩薩,復觀一切眾生界平等,法界平等,世界平等,地界平等,水界、火界、風界、虛空界、欲界、色界、無色界、如是諸界悉皆平等。何以故?謂如是一切法,自性平等故。為求勝法往詣十方,於諸佛前,親近聽受,離諸散亂,念念相續,無有間斷。佛子!是故名菩薩相應住。

仏子よ、さらにいかにして菩薩の相応住というのか。仏子よ、この相応住の菩薩は、一切の法を求めるために十の観察を行う。どのような十かというと、すべての無上の法を求めるため、一切の憂いや苦しみから遠ざかるため、法には自性がないと観じるため、空であり形も実体もないため、一切の法は常ではないため、一切の法は計り知れないため、あらゆる疑いや迷いを離れるため、変えることのできないものであるため、有でもなく無でもないため、執着でもなく捨て去ることでもないためである。

仏子よ、相応住の菩薩はさらに、一切の衆生界が平等であり、法界が平等であり、世界が平等であり、地界が平等であり、水界・火界・風界・虚空界・欲界・色界・無色界、このようなすべての界がことごとく平等であると観じる。なぜかというと、このような一切の法は、その自性が平等であるからである。優れた法を求めて十方に赴き、諸仏の御前で親しく教えを聞き受け、散乱を離れ、心の一瞬一瞬が連続して、途切れることがない。仏子よ、このゆえにこれを菩薩の相応住というのである。

「佛子!復云何名菩薩生貴住?得生十種圓滿淨業解聖言說故。何等為十?謂此菩薩有所說法,眾必崇受,漸漸增長,堅固不退,了達諸法,觀諸世間無壞滅故,觀一切業性離妄想故,觀諸果報無取捨故,觀於輪迴無去來相故,觀於涅槃湛然寂靜故。佛子!此生貴住菩薩,得是十種圓滿淨業解聖言說故。復言佛子!生貴住菩薩,觀過去佛法平等,恒時憶念相續不斷故,觀未來佛法平等,願當學故,觀現在佛法平等,勤修習故。觀諸佛法如是平等,是故得過去際、未來際、現在際,於此三際皆得值遇,如是修習,憶持不忘,一切佛法慇懃恭敬。復觀過去佛法學,平等增長故,未來佛法亦如是學,平等增長故,觀現佛法亦如是學,平等增長故。佛子!此生貴住菩薩,如是觀察,趣向一切佛法,普皆平等,增長修習故。何以故?謂三世平等,最勝真實住,無虛假故,乃至聞彼他方有如是法,親自往詣,勤求精進,心不散亂,念念相續,無有間斷。佛子!是故此名菩薩生貴住。

仏子よ、さらに、どうしてこれを菩薩の生貴住というのでしょうか。十種の円満なる清浄な業を生じ、聖なる言葉を解するからです。どのような十種かといえば、この菩薩は説法するとき、人々は必ず崇めて受け入れ、次第に増長し、堅固で退転せず、諸法を了達し、諸世間を観じて壊滅することがないと知り、一切の業の性質を観じて妄想を離れ、諸果報を観じて取捨がなく、輪廻を観じて去来の相がなく、涅槃を観じて湛然として寂静であるからです。仏子よ、この生貴住の菩薩は、この十種の円満なる清浄な業を生じ、聖なる言葉を解するのです。

さらに、仏子よ、生貴住の菩薩は、過去の仏法を観じて平等であり、常に憶念して相続して絶えることがなく、未来の仏法を観じて平等であり、願って学ぼうとし、現在の仏法を観じて平等であり、勤めて修習します。諸仏の法をこのように平等に観じるので、過去際・未来際・現在際の三際に値遇し、このように修習し、憶持して忘れず、一切の仏法に対して慇懃に恭敬します。さらに、過去の仏法を学び、平等に増長し、未来の仏法もまたこのように学び、平等に増長し、現在の仏法もまたこのように学び、平等に増長することを観じます。

仏子よ、この生貴住の菩薩は、このように観察し、一切の仏法に向かい、普く平等に増長し修習するのです。なぜなら、三世は平等であり、最勝の真実の住処であって、虚偽がないからです。さらに、他方にこのような法があると聞けば、自ら赴いて勤めて精進し、心は散乱せず、念念相続して間断がないからです。仏子よ、これゆえに、これを菩薩の生貴住というのです。

「佛子!復云何名菩薩方便具足住?佛子!此方便具足住菩薩,觀於無量無邊無數阿僧祇,不可思議無等等眾生界,由如虛空,不生不滅,自性清淨,同真際等法性,如是觀察一切眾生,是名菩薩方便具足住。佛子!此方便具足住菩薩,有十種事,所修善業,皆為方便利樂一切眾生故,謂令一切眾生於無上道心不退轉故,愛樂一切眾生不捨離故,饒益安樂一切眾生故,悲愍一切眾生故,欲令一切眾生皆得不可思議解脫道故,洗滌一切眾生業垢故,攝伏一切眾生故,欲令一切眾生歡喜無厭故,以諸方便引導一切眾生故,欲令一切眾生究竟涅槃寂滅樂故。佛子!此方便具足住菩薩,如是乃至聞彼他方說如是法,親自往詣,勤求修習,心不散亂,念念相續,無有間斷。佛子!是名菩薩方便具足住。

仏子よ、さらに、どうしてこれを菩薩の方便具足住というのでしょうか。仏子よ、この方便具足住の菩薩は、無量無辺無数の阿僧祇、不可思議で無等無類の衆生界を観じます。それはあたかも虚空のごとく、生じることも滅することもなく、自性は清浄であり、真実の境涯と等しく、法性とひとしいのです。このように一切の衆生を観察することを、菩薩の方便具足住といいます。

仏子よ、この方便具足住の菩薩には、十種の事柄があります。修める善い行いはすべて、方便として一切の衆生を利楽するためです。すなわち、一切の衆生が無上の道において心が退転しないようにするため、一切の衆生を愛楽して離れないため、一切の衆生に利益と安楽を与えるため、一切の衆生を悲しみ憐れむため、一切の衆生がみな不可思議な解脱の道を得られるようにするため、一切の衆生の業の垢を洗い清めるため、一切の衆生を摂取し調伏するため、一切の衆生が喜び飽くことがないようにするため、さまざまな方便をもって一切の衆生を導くため、一切の衆生が究竟の涅槃の寂滅の楽しみを得られるようにするためです。

仏子よ、この方便具足住の菩薩は、このように、たとえ他方でこのような法が説かれていると聞いても、自ら赴き、勤めて求め修習し、心は散乱せず、念々相続して間断することがありません。仏子よ、これを菩薩の方便具足住といいます。

「佛子!復云何名菩薩正心住?佛子!此正心住菩薩,有十種法,應當樂聞,勤求志意,於佛法中得正心住。佛子!何等為十?謂說佛有色、無色,於佛法中得正心住;說法有色、無色,於佛法中得正心住;說菩薩所行之行有色、無色,於佛法中得正心住;如是乃至說此眾生界、大生眾生界、有煩惱眾生界、無煩惱眾生界、易化眾生界、難化眾生界,乃至大法界、出生法界、有色世界、無色世界、有法世界、無法世界。佛子!此正心住菩薩,如是乃至於佛法中聞此法故,是為菩薩得正心住。佛子!此正心住菩薩,復聞此十種法故,入理勤求,乃至聞於一切無上法,亦皆修學。何等為十?謂無相、無性、無實、無染、遠離、無著、無自性、如幻、如夢、離諸疑惑。聞如是一切法故,應勤修習。何以故?為此正心住菩薩,入於真實法門故。如是乃至聞彼他方說如是法,親自往詣,勤求修習,心不散亂,念念相續,無有間斷。佛子!是名菩薩正心住。

仏子よ、さらに、どうしてこれを菩薩の正心住というのでしょうか。仏子よ、この正心住の菩薩には、十種の法があり、喜んで聞き、志を込めて求め、仏法のうちに正心住を得るべきです。仏子よ、いったいどのような十種か。すなわち、仏には色があるとも色がないとも説き、仏法のうちに正心住を得る。法には色があるとも色がないとも説き、仏法のうちに正心住を得る。菩薩の行う行いには色があるとも色がないとも説き、仏法のうちに正心住を得る。このように、さらにこの衆生界、大生衆生界、煩悩ある衆生界、煩悩なき衆生界、教化しやすい衆生界、教化しにくい衆生界、さらに大法界、出生法界、色ある世界、色なき世界、法ある世界、法なき世界に至るまで説く。仏子よ、この正心住の菩薩は、このように、さらに仏法のうちにこの法を聞くゆえに、これが菩薩が正心住を得るということです。

仏子よ、この正心住の菩薩は、さらにこの十種の法を聞くゆえに、真理に入り勤めて求め、さらに一切の無上法を聞くに至っても、みな修学します。いったいどのような十種か。すなわち、無相、無性、無実、無染、遠離、無着、無自性、如幻、如夢、諸々の疑惑を離れることです。このように一切の法を聞くゆえに、勤めて修習すべきです。なぜならば、この正心住の菩薩が、真実の法門に入るためです。このように、さらに彼の他方でこのような法が説かれるのを聞けば、自ら赴き、勤めて求め修習し、心は散乱せず、念々相続して、間断することがありません。仏子よ、これを菩薩の正心住といいます。

「佛子!復云何名菩薩不退住?佛子!此不退住菩薩,聞十無著法,於佛法中心不退轉故。何等為十?謂聞非有佛、非無佛,此菩薩於佛法中心不退轉故;非有法、非無法,於佛法中心不退轉故;非有菩薩、非無菩薩,於佛法中心不退轉故;非取菩薩、非不取菩薩,非離菩薩行、非不離菩薩行,菩薩非出生、非不出生,於佛法中心不退轉故;過去諸佛非去、非不去,未來諸佛非來、非不來,現在諸佛非住、非不住,如是三世諸佛,智慧平等,一相無相,非盡、非不盡,離諸罣礙。此菩薩聞如是法故,非佛法中心不退轉故。佛子!如是名菩薩不退住。佛子!此不退住菩薩,復聞十種法,而能修習,何等為十?謂聞一多眾生,於一切法精勤修習故,此勝義諦,為一多緣起,為勝義諦故,即性、即無性、即相、即無相、即有色、即無色、離諸相好,心得決定,慇懃修習。何以故?謂聞如是一切諸法,因果該徹,通達無礙,真實法故,成熟解了;如是乃至,聞彼他方說如是法,親自往詣,勤求修習,心不散亂,念念相續,無有間斷。佛子!是故此名菩薩不退住。

「仏子よ、さらに何を菩薩の不退住というのか。仏子よ、この不退住の菩薩は、十の無著の法を聞き、仏法において心が退転しないゆえである。いかなるものが十か。すなわち、仏があるのでもなく、仏がないのでもないと聞き、この菩薩は仏法において心が退転しないゆえである。法があるのでもなく、法がないのでもないと聞き、仏法において心が退転しないゆえである。菩薩があるのでもなく、菩薩がないのでもないと聞き、仏法において心が退転しないゆえである。菩薩を取るのでもなく、菩薩を取らないのでもなく、菩薩の行を離れるのでもなく、菩薩の行を離れないのでもなく、菩薩が生まれるのでもなく、生まれないのでもなく、仏法において心が退転しないゆえである。過去の諸仏は去るのでもなく、去らないのでもなく、未来の諸仏は来るのでもなく、来ないのでもなく、現在の諸仏は住するのでもなく、住しないのでもなく、このように三世の諸仏は、智慧平等にして、一相無相であり、尽きるのでもなく、尽きないのでもなく、すべての罣礙を離れている。この菩薩はこのような法を聞くゆえに、仏法において心が退転しないのである。仏子よ、このように名づけて菩薩の不退住というのである。

仏子よ、この不退住の菩薩は、さらに十種の法を聞き、よく修習することができる。いかなるものが十か。すなわち、一と多の衆生を聞き、一切の法において精勤して修習するゆえである。この勝義諦は、一と多の縁起であり、勝義諦であるゆえに、すなわち性であり、すなわち無性であり、すなわち相であり、すなわち無相であり、すなわち有色であり、すなわち無色であり、すべての相好を離れ、心に決定を得て、慇懃に修習する。なぜかというと、このように一切の諸法は、因果が徹して通達無礙であり、真実の法であると聞き、成熟して解了するゆえである。このようにして、さらに他方でこのような法が説かれると聞けば、自ら往き詣でて、勤めて求め修習し、心は散乱せず、念念相続して、間断がない。仏子よ、このゆえに、これを菩薩の不退住というのである。」

「佛子!復云何名菩薩童真住?佛子!此童真住菩薩,得十種法。何等為十?謂得身業清淨、口業清淨、意業清淨,得察一切眾生起心動念,彼諸眾生凡所施為,悉能了知,能知眾生如是解脫,能知種種眾生界、種種法界、種種世界、及地界、水界、火界、風界、虛空界、欲界、色界、無色界,如是諸界悉能了知,神通奮迅,隨念而至。佛子!如是名菩薩童真住。佛子!此童真住菩薩,復聞十種法,而能修習。何等為十?謂聞一佛剎智,震動一切佛剎,觀一切佛剎,訪尋一切佛剎,遊行一切佛剎,往詣阿僧祇世界,問阿僧祇義趣,遠離種種自性差別,發一念心,而能周遍阿僧祇佛剎,聽聞修習故。何以故?謂聞如是真實法故,成熟解了第一義故。如是乃至,聞彼他方說如是法,親自往詣,勤求修習,心不散亂,念念相續,無有間斷。佛子!是故此名菩薩童真住。

仏子よ、さらに、どうしてこれを菩薩の童真住というのでしょうか。仏子よ、この童真住の菩薩は、十種の法を得ます。どのような十種かといえば、すなわち、身業の清浄を得、口業の清浄を得、意業の清浄を得、一切の衆生の起心動念を察知し、それらの衆生がなすすべての行いをことごとく了知し、衆生がこのように解脱することを知り、種々の衆生界、種々の法界、種々の世界、および地界・水界・火界・風界・虚空界・欲界・色界・無色界を知ることができ、このような諸界をことごとく了知し、神通奮迅し、念に随って至ることができます。仏子よ、このように名づけて菩薩の童真住といいます。

仏子よ、この童真住の菩薩は、さらに十種の法を聞いて、よく修習することができます。どのような十種かといえば、すなわち、一仏剎の智を聞き、一切の仏剎を震動させ、一切の仏剎を観察し、一切の仏剎を訪ね求め、一切の仏剎を遊行し、阿僧祇の世界に往詣し、阿僧祇の義趣を問い、種々の自性の差別を遠離し、一念の心を発して、よく阿僧祇の仏剎を周遍し、聞いて修習するからです。なぜならば、このような真実の法を聞くゆえに、第一義を成熟して解了するからです。このようにして、さらに、かの他方でこのような法が説かれるのを聞けば、自ら往詣して、勤めて求め修習し、心は散乱せず、念念相続して、間断することがありません。仏子よ、このゆえに、これを菩薩の童真住というのです。

「佛子!復云何名菩薩法王子住?佛子!此法王子住菩薩,有十種法,皆能了知。何等為十?謂能知一切眾生所生之處,能知一切眾生煩惱,能知一切眾生戀著,能知一切眾生方所,能知諸佛深妙法故,能知諸佛方便真實性故,能知世界種種差別法故,能知過去未來現在三世諸佛智慧故,能知一切世間廣大不堅牢法故,能知真性如如湛然寂靜故。佛子!是故此名菩薩法王子住。佛子!此法王子住菩薩復有十種法,應勤修習。何等為十?謂善學一切王城種種作用故,善一切王城禮樂故,善一切王城安住故,善入一切王城故,善能自在遍遊歷一切王城故,住法王灌頂故,住法王觀察故,得法王自在力故,繼紹法王位故,得住法王辯說故。何以故?謂修習一切無礙真實法故。如是乃至聞彼他方說如是法,親自往詣,勤求修習,心不散亂,念念相續,無有間斷。佛子!是名菩薩法王子住。

「仏子よ、さらに何を菩薩の法王子住というのか。仏子よ、この法王子住の菩薩には、十種の法があり、すべてを明らかに知ることができる。いかなるものが十か。すなわち、一切の衆生の生まれるところを知ることができ、一切の衆生の煩悩を知ることができ、一切の衆生の執着を知ることができ、一切の衆生の居場所を知ることができ、諸仏の深遠微妙な法を知ることができ、諸仏の方便と真実の性質を知ることができ、世界の種々の差別の法を知ることができ、過去・未来・現在の三世の諸仏の智慧を知ることができ、一切の世間の広大で堅固でない法を知ることができ、真実の性質が如如として澄み静寂であることを知ることができるからである。仏子よ、これゆえに、これを菩薩の法王子住というのである。

仏子よ、この法王子住の菩薩には、さらに十種の法があり、努めて修習すべきである。いかなるものが十か。すなわち、一切の王城の種々の働きをよく学び、一切の王城の礼楽をよくし、一切の王城の安住をよくし、一切の王城に入ることをよくし、自在にあまねく一切の王城を遊歴することができ、法王の灌頂に住し、法王の観察に住し、法王の自在力を得、法王の位を継承し、法王の弁説に住することができるからである。なぜかというと、一切の無碍なる真実の法を修習するからである。このように、はるか遠方でそのような法が説かれていると聞けば、自ら赴き、努めて修習を求め、心を散乱させず、念念相続して間断がない。仏子よ、これを菩薩の法王子住というのである。」

「佛子!復云何名菩薩灌頂住?此菩薩得十種神通。何等為十?謂能令阿僧祇世界種種動搖故;能照曜種種阿僧祇世界故;能觀察種種阿僧祇世界故;能於種種阿僧祇世界同時一心修習故;能於阿僧祇世界成就種種善業故;能於阿僧祇世界種種眾生差別心,同時能知故;能於阿僧祇世界一一眾生,種種心行能一時行故;能於阿僧祇世界一一眾生,有種種根器同時能解了故;能教化阿僧祇世界種種眾生故;能遍知阿僧祇一切眾生心所作用故。復次善男子!此灌頂住菩薩潛行密用,施為佛事,無人能知。所以者何?謂身業不能知,口業不能知,意業不能知,變現不能知,觀察種種變化不能知,觀過去所行之行不能知,於剎那頃所行之行皆不能知,觀智慧不能知,心意不能知,一切智用不能知。佛子!此灌頂住地菩薩,乃至法王子位菩薩,終不能知故。佛子!灌頂位菩薩,復聞佛世尊十住。何等為十?謂聞三世智、佛智、法智、法界分別智、法界中邊智、一切世界量等法界智、照察一切世界智、圓滿一切眾生智、一切法智、無邊佛智,此菩薩住一切諸佛智故。何以故?謂聞如是一切實際理智故。佛子!是故此名菩薩灌頂住。」

「仏子よ、さらに、何を菩薩の灌頂住というのか。この菩薩は十種の神通を得る。いかなるものが十か。すなわち、阿僧祇の世界を種々に動揺させることができるゆえに、種々の阿僧祇の世界を照らし輝かせることができるゆえに、種々の阿僧祇の世界を観察することができるゆえに、種々の阿僧祇の世界において同時に一心に修習することができるゆえに、阿僧祇の世界において種々の善業を成就することができるゆえに、阿僧祇の世界における種々の衆生の差別する心を、同時に知ることができるゆえに、阿僧祇の世界の一一の衆生の、種々の心行を、一時に行うことができるゆえに、阿僧祇の世界の一一の衆生の、種々の根器を同時に解了することができるゆえに、阿僧祇の世界の種々の衆生を教化することができるゆえに、阿僧祇の一切の衆生の心の作用を遍く知ることができるゆえである。さらに、善男子よ、この灌頂住の菩薩は、潜行密用し、仏事を施為するが、これを知る者は誰もいない。なぜかというと、身業によっては知ることができず、口業によっては知ることができず、意業によっては知ることができず、変現によっては知ることができず、種々の変化を観察しても知ることができず、過去に行った行いを観ても知ることができず、刹那の間に為した行いを観ても皆知ることができず、智慧を観ても知ることができず、心意によっても知ることができず、一切の智用によっても知ることができないからである。仏子よ、この灌頂住地の菩薩のことは、法王子位の菩薩に至るまで、ついに知ることができないのである。仏子よ、灌頂位の菩薩は、さらに仏世尊の十住を聞く。いかなるものが十か。すなわち、三世智、仏智、法智、法界分別智、法界中辺智、一切世界量等法界智、一切世界を照察する智、一切衆生を円満する智、一切法智、無辺仏智を聞くのである。この菩薩は一切の諸仏の智慧に住するゆえである。なぜかというと、かくのごとき一切の実際の理の智を聞くゆえである。仏子よ、このゆえに、これを菩薩の灌頂住というのである。」

大方廣總持寶光明經卷第一

大方広総持宝光明経 巻第一


第二

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