ご支援淨心禪堂すべての経典
メインコンテンツにスキップ
  1. 大悲経 (大悲經)
  2. 第一 (第一)
  3. 1 梵天品 (1 梵天品)
←と→
矢印キーでページをめくれます

大悲経 (大悲經)

「大悲經」について

北斉 · 底本の訳者:那連提耶舍

3.9 万字 · 約 131 分

大悲経は北斉時代に那連提耶舎によって漢訳された重要な仏教経典であり、大乗仏教典籍に属する。本経は大悲心を核心とし、菩薩の修行における慈悲の精神と智慧の法門を説き、大悲心を通じて衆生を利益し、仏道を成就することを強調する。経文の内容には仏陀の教え、菩薩の誓願及び修行方法が含まれ、深遠な哲学的內涵と実践的指導的意義を有する。著名な訳経師である那連提耶舎の訳本は言語が流暢で義理が明瞭であり、漢伝仏教に深遠な影響を与えた。大悲経は仏教経典の中で重要な地位を占め、大乗菩薩道思想を研究する上での重要な文献であり、今日に至るまで仏教徒の修学における重要な依拠の一つとなっている。


大悲經卷第一

大悲経 巻第一

高齊天竺三藏那連提耶舍譯

高斉天竺三蔵那連提耶舍訳

梵天品第一

梵天品第一

如是我聞:

このように私は聞きました。

一時佛在拘尸那城力士生地娑羅雙樹間。爾時,世尊臨般涅槃,告慧命阿難言:「汝可於娑羅雙樹間安置敷具,如師子王右脇臥法,吾今後夜當般涅槃。阿難!我已究竟涅槃,斷除一切有為言說。我已作佛事、已說甘露——無有窟宅、寂滅定甚深微妙,難見、難覺、難可測量——明智所知諸賢聖法。我已三轉無上法輪,若有沙門、婆羅門、若天、若魔、若梵、若人,以世共法無能轉者。我已擊法鼓、吹法䗍、建法幢、置法船、作法橋、降法雨。我已光照三千大千世界,滅除大闇,開示眾生,解脫正道,充益天人,所應度者皆悉已度。我已降伏一切外道及諸異論、動魔宮殿、摧魔勢力。大師子吼作諸佛事,建丈夫業,滿本誓願,護持法眼,教大聲聞,授菩薩記,為於未來佛眼不斷故。阿難!我今於後更無所作,唯般涅槃。」

ある時、お釈迦さまはクシナガラの町、力士たちの生地にある沙羅双樹の間にいらっしゃいました。その時、世尊はまさに入滅されようとして、智慧ある命を持つ阿難にこうお告げになりました。

「そなたは沙羅双樹の間に敷物を整え、獅子王が右脇を下にして臥すようにしなさい。私は今夜の後半に入滅しよう。阿難よ、私はすでに完全な涅槃に至り、一切の有為の言説を断ち切った。私は仏としての務めを成し遂げ、甘露のような教えを説き終えた。それは、とどまるべき家もなく、静寂の境地は甚深微妙であり、見難く、覚え難く、測りがたいもの——明らかな智慧を持つ者だけが知る、聖者たちの法である。私は三度にわたり無上の法輪を転じた。もし沙門や婆羅門、天、魔、梵天、人であろうと、世の常なる法をもってしてこれを動かす者は誰もいない。私は法の太鼓を打ち鳴らし、法の貝を吹き、法の旗を立て、法の船を浮かべ、法の橋を架け、法の雨を降らせた。私は三千大千世界を照らし、大いなる闇を滅ぼし、衆生に解脱への正しい道を開き示して、天と人とを満たし、度すべき者はすべてすでに度した。私は一切の外道と異なる論を降伏させ、魔の宮殿を揺るがし、魔の勢力を打ち砕いた。大いなる獅子吼をもって諸仏の務めをなし、丈夫の業を建て、本来の誓願を満たし、法の眼を護り持ち、大いなる声聞たちを教え、菩薩たちに記別を授け、未来において仏の眼が絶えることのないようにした。阿難よ、私は今、この後になすべきことは何もない。ただ入滅するのみである。」

爾時,阿難聞是語已,為憂箭所射,極大愁惱,悲泣流淚白佛言:「世尊!婆伽婆!涅槃太速。修伽陀!涅槃太速。世間眼滅、世間孤獨、世間無救,無有導師。」

その時、阿難はこの言葉を聞くと、憂いの矢に射貫かれたように、深い悲しみに襲われ、涙を流しながら仏に申し上げました。

「世尊よ、尊き方よ、涅槃はあまりにも早すぎます。 正しく目覚めた方よ、涅槃はあまりにも早すぎます。 この世の眼が消え、この世は孤独となり、この世には救い手がなく、導き手が失われてしまうのです。」

爾時,佛告慧命阿難:「止,莫憂悲。阿難!生法、有法、有為法、壞法若不滅者,無有是處。我昔告汝,一切所愛、稱意等事,必有離散。阿難!汝已慈心、不二心、無惡心及與身業,孝養隨順而無限量侍養於我。阿難!若復天、人、阿修羅等,給侍供養聲聞、緣覺,若減一劫、若滿一劫,若復給侍供養如來於一念頃,其福多彼。汝已供養大神通佛乃至般涅槃,當得大福、廣大功德。猶如甘露——第一甘露、最後甘露——究竟涅槃。是故,阿難!汝莫憂悲。」

その時、仏は慧命阿難に告げられた。「止めなさい。悲しみ嘆くことはありません。阿難よ、生まれたもの、存在するもの、因縁によって成るもの、壊れるべきもの、それらが滅びないということはありえないのです。私はかつてあなたに告げました。すべての愛するもの、心にかなうものは、必ず離れ散る時が来ると。阿難よ、あなたは慈しみの心、偽りのない心、悪意のない心と、そして身をもって、限りなく孝養を尽くし、私に随順して仕えてくれました。阿難よ、もし天、人、阿修羅などが、声聞や縁覚に一劫に満たぬ間、あるいは満劫の間、給仕供養したとします。それよりも、如来に対してほんの一瞬でも給仕供養する功徳の方が、はるかに大きいのです。あなたは大神通仏に仕え、ついに涅槃に至るまで供養したのですから、大きな福徳、広大な功徳を得ることでしょう。それはあたかも甘露のよう――第一の甘露、最後の甘露、すなわち究竟涅槃のようなものです。ですから、阿難よ、どうか悲しみ嘆かないでください。」

爾時,阿難憂悲抆淚,即為如來於雙樹間猶如師子右脇臥法安置敷具。即時三千大千世界所有樹木、藥草、叢林皆向如來涅槃方所,有欲倒者、有傴僂者、有欲至地者、有躄地者。於此三千大千世界所有眾流——大河、小河、泉池、陂湖——佛神力故,止不流動。三千大千世界所有禽獸,佛神力故,默然而住,不鳴、不食。三千大千世界所有日、月、星宿、火光、明珠乃至熒火,佛神力故,皆不顯現,無有光明,不能照曜。三千大千世界所有猛火,佛神力故,皆悉止息,不然、不熱、不能燒炙。三千大千世界所有一切地獄猛火,佛神力故,皆悉清涼。彼諸地獄所有眾生於剎那頃,佛神力故,皆得安樂。三千大千世界所有畜生,一切皆起慈心、愍心,不相瞋惱、加害斷命;一切餓鬼皆不飢渴;一切眾生,佛神力故,身心踊悅,離苦得猗,具足稱意第一安樂。

その時、阿難は悲しみの涙をぬぐい、すぐに如来のために双樹の間で獅子が右脇を下にして臥すようにと敷物を整えました。すると、三千大千世界にあるすべての木々、薬草、森は、如来が涅槃に入られる方角に向かって、倒れんとするもの、身をかがめるもの、地に届かんとするもの、地面に伏すものがありました。

この三千大千世界にあるすべての流れ──大河、小河、泉、池、湖──は、仏の神力によって、流れを止めて動かなくなりました。三千大千世界のすべての鳥や獣は、仏の神力によって、静かにとどまり、鳴かず、食べませんでした。三千大千世界のすべての太陽、月、星、火光、明珠、さらには蛍の光さえも、仏の神力によって、姿を現さず、光もなく、照らし輝くことができませんでした。

三千大千世界のすべての猛火は、仏の神力によって、ことごとく鎮まり、燃えず、熱くならず、焼くことができませんでした。三千大千世界のすべての地獄の猛火は、仏の神力によって、ことごとく涼しくなりました。それらの地獄にいるすべての衆生は、一瞬のうちに、仏の神力によって、安楽を得ました。

三千大千世界のすべての畜生は、みな慈しみの心、哀れみの心を起こし、互いに怒り悩ませたり、害したり、命を絶つことはありませんでした。すべての餓鬼は飢えも渇きもしなくなりました。すべての衆生は、仏の神力によって、心身が躍り喜び、苦しみを離れて安らぎ、満ち足りた望みどおりの第一の安楽を具えました。

當於世尊右脇臥時,三千大千世界於中所有須彌山王、鐵圍山、大鐵圍山、目真隣陀山、香山、雪山及諸黑山、大地、大海,一切皆悉六種震動,所謂動、踊、起、震、吼、覺。三千大千世界一切風輪皆不鼓動。

世尊が右脇に臥されたその時、三千大千世界のうちにあるすべてのもの――須彌山王、鉄囲山、大鉄囲山、目真隣陀山、香山、雪山、そしてさまざまな黒山、大地、大海――がことごとく六種の震動を起こしました。すなわち、揺れ動き、踊り上がり、持ち上がり、震え、轟き、目覚めるかのような動きです。三千大千世界のすべての風輪は、ひとりでに止みました。

一切眾生於剎那頃捨諸作業得猗而住,離於睡眠,心無散亂,欲作皆息,默然無聲。三千大千世界所有天、龍、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦樓羅、緊那羅、摩睺羅伽,梵天、釋天、護世王等,佛神力故,各見宮殿、床座、園林皆悉闇昧,無復威光,不生愛樂,彼等眷屬憂煩不樂。千世界主梵天王、三千大千世界主大梵天王,高心自恃,作如是念、作如是解:「念此世界及諸眾生是我所作、是我所化。」彼三千大千世界主大梵天王,佛神力故,見己宮殿及床座等闇昧無光,不生愛樂;摩醯首羅淨居天等亦復如是。

すべての生きとし生けるものは、一瞬のうちにすべての営みを捨て、安らぎを得てとどまり、眠りから離れ、心は散乱することなく、なそうとするすべての行いは止み、静寂に包まれ、声もなくなりました。

三千大千世界に存在するすべての天、龍、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦樓羅、緊那羅、摩睺羅伽、梵天、帝釈天、護世の王たちなどは、仏の神力によって、それぞれ自らの宮殿や寝床、園林がすべて暗く沈み、威光を失い、愛着も喜びも感じられなくなりました。彼らの眷属たちもまた、憂いと煩いに満ち、楽しむことができませんでした。

千世界の主である梵天王、三千大千世界の主である大梵天王は、高ぶった心で自らを頼みとし、このように思い、このように考えました。「この世界とそこに住むすべての衆生は、私が作り出したものであり、私が教化したものである」と。

その三千大千世界の主である大梵天王もまた、仏の神力によって、自らの宮殿や寝床などが暗く沈み光を失い、愛着も喜びも感じられなくなりました。摩醯首羅天や浄居天なども、同様でありました。

爾時,三千大千世界主大梵天王作如是念:「是誰力故而現此相?令我不樂宮殿、床座。」是時,大梵天王遍觀於此三千大千世界中造作富貴大自在主——如來、應供、正遍知——今日後夜當般涅槃,是故現此神力變化、不可思議、未曾有事,此之神力正是如來入涅槃相。時大梵王作是念已,憂愁不樂,戰悚毛竪,極疾怱怱,梵眾圍遶,共詣佛所。其三千大千世界諸餘梵天,皆悉已曾信受聖法、安住聖法。

その時、三千大千世界の主である大梵天王はこのように思われた。「いったい誰の力によって、このような相が現れているのか。私に宮殿や座の楽しみを忘れさせているのは。」その時、大梵天王はこの三千大千世界を見渡し、富と尊さを成就された大自在の主——如来・応供・正等覚者——が今夜明け方に涅槃に入ろうとしておられることを知った。それゆえに、このような不思議で、かつてない神通力の変化が現れているのだ。この神力こそ、如来が涅槃に入られる相なのである。大梵王はこのように思い、憂い悲しみ、身の毛もよだつほどの畏れを覚え、大急ぎで梵衆を従え、共に仏のもとへと向かった。この三千大千世界に住む他のすべての梵天たちも、すでに聖なる法を信じ受け入れ、聖なる法のうちに安らかに住していた。

爾時,三千大千世界主大梵天王到佛所已,頭面作禮而白佛言:「唯願世尊教勅於我,云何而住?云何修行?」作是語已,如來即問大梵王言:「梵天!汝今實作如是念言:『我是大梵天,我能勝他、他不如我,我是智者。我是三千大千世界中大自在主,我造作眾生、化作眾生,我造作世界、化作世界。』不?」

その時、三千大千世界の主である大梵天王は、仏のもとに到り、頭面を地に接して礼をし、仏にこう申し上げた。 「どうか世尊、私にお教えください。どのように住し、どのように修行すればよいのでしょうか」 この言葉を終えると、如来は大梵王に問われた。 「梵天よ、そなたは今、本当にこのように考えているか。 『私は大梵天である。私は他に勝り、他は私に及ばない。私は智者である。 私は三千大千世界の大自在主であり、衆生を造り、衆生を化し、世界を造り、世界を化す者である』と。 そうか?」

大梵天言:「如是,婆伽婆!如是,修伽陀!」

大梵天はお答えになりました。「その通りです、尊き世尊よ。その通りです、正しく悟られた方よ。」

佛言:「梵天!汝復為誰所作?為誰所化?」時彼梵天默然而住。

お釈迦様はお尋ねになりました。「梵天よ、ではあなたは誰に作られ、誰によって生み出されたのですか?」

すると、その梵天は黙ったまま、何も答えませんでした。

佛見梵天默然住故,而復問言:「梵天!有時三千大千世界為劫火焚燒,炎熾洞然。於意云何?是汝所作、是汝所化耶?」

梵天よ、あなたは黙っておられますが、私は尋ねます。 この三千大千世界が劫火に焼かれ、すべてが燃え上がるときがあります。 あなたはどうお考えですか。 それはあなたがなさったことですか、あなたが現し出されたことですか。

時大梵天而白佛言:「不也,世尊!」

その時、梵天は仏に申し上げました:「いいえ、世尊。そうではありません。」

佛言:「梵天!如此,大地依水聚住、水依風住、風依虛空。如是,大地厚六百八十萬由旬,不裂不散。梵天!於意云何?是汝所作、是汝所化耶?」

仏は言われた:「梵天よ、このように、大地は水の集まりによって支えられ、水は風によって支えられ、風は虚空によって支えられている。同じように、大地の厚さは六百八十万由旬もあるが、裂けることも散り失せることもない。梵天よ、どう思うか?これはあなたが造ったものか、あなたが作り出したものか?」

梵天言:「不也,世尊!」

梵天は申しました。「いいえ、世尊、そうではありません。」

佛言:「梵天!此三千大千世界百億日月流轉之時,梵天!於意云何?是汝所化耶?」

お釈迦様はおっしゃいました。「梵天よ、この三千大千世界に百億の日月が巡っているが、梵天よ、どう思うか。これはあなたが化現したものなのか?」

梵天言:「不也,世尊!」

梵天は申しました。「いいえ、世尊。そうではありません。」

佛言:「梵天!有時日月天子不在宮殿,宮殿空虛。梵天!於意云何?是汝所作、是汝所化、是汝所加耶?」

仏は言われた:「梵天よ、時に日や月の天子は宮殿におられず、宮殿は空っぽになることがある。梵天よ、どう思うか? それはお前が作ったのか、お前が化したのか、お前がそう仕向けたのか?」

梵天言:「不也,世尊!」

梵天は言いました。「いいえ、世尊。」

佛言:「梵天!如是,春、秋、冬、夏時節,於意云何?是汝所作、是汝所化、是汝所加耶?」

仏は言われた。「梵天よ、このように、春、秋、冬、夏の季節は、あなたにとってどう思うか。これはあなたが作ったものか、あなたが生み出したものか、あなたが加えたものか?」

梵天言:「不也,世尊!」

梵天は答えました。「いいえ、世尊、そうではありません。」

佛言:「梵天!如是,水、鏡、蘇油、摩尼、頗梨及餘淨器現諸色像——所謂大地、山河、樹林、園苑、宮殿、舍宅、聚落、城邑、駝、驢、象、馬、麞、鹿、鳥、獸、日、月、星宿、聲聞、緣覺、菩薩、如來、釋梵、護世、人非人等種種色像。梵天!於意云何?是汝所作、是汝所化、是汝所加耶?」

仏は言われた。「梵天よ、このように、水や鏡、酥油、摩尼珠、頗梨、その他の清浄な器に映るさまざまな色の像――すなわち、大地、山河、樹林、園苑、宮殿、家屋、村落、城邑、駱駝、驢馬、象、馬、鹿、鳥、獣、太陽、月、星宿、声聞、縁覚、菩薩、如来、帝釈天、梵天、護世天、人と非人などの種々の色の像である。梵天よ、どう思うか。これはあなたが作ったものか、あなたが変化させたものか、あなたが加えたものか?」

梵天言:「不也,世尊!」

梵天がお答えしました。「いいえ、世尊よ、そうではございません。」

佛言:「梵天!如是,山崖、深谷、大小諸鼓、歌舞等戲、麞、鹿、鳥、獸、人、非人等所出音聲。梵天!於意云何?是汝所作、是汝所化、是汝所加耶?」

仏は仰せになった。「梵天よ、そうだ。山崖や深い谷、大小の太鼓、歌舞などの芸能、鹿、鳥、獣、人間、人間ならざる者たちから出る音声について、梵天よ、あなたの考えはどうか。これらの音は、あなたが作ったものか。あなたが変化させたものか。あなたが加えたものか。」

梵天言:「不也,世尊!」

梵天が申し上げました。「いいえ、世尊よ。」

佛言:「梵天!如諸眾生於其夢中見種種色、聞種種聲、嗅種種香、甞種種味、覺種種觸、知種種法、作種種戲,種種啼哭、呻號、怖畏、苦樂等受。梵天!於意云何?是汝所作、是汝所化、是汝所加耶?」

仏は言われた。「梵天よ。例えば、夢の中で生きとし生けるものが、様々な色を見、様々な音を聞き、様々な香りを嗅ぎ、様々な味を感じ、様々な感触を覚え、様々なことを知り、様々な遊びをし、様々に泣き叫び、うめき声をあげ、恐れおののき、苦しみや楽しみなどの感覚を経験する。梵天よ、あなたの考えはどうか。それらは、あなたが作り出したものだろうか。あなたが変化させたものだろうか。あなたが加えたものだろうか。」

梵天言:「不也,世尊!」
佛言:「梵天!如四姓人端正、醜陋,貧窮、巨富,福德多少,善戒、惡戒,善慧、惡慧。梵天!於意云何?是汝所作、是汝所化、是汝所加耶?」

仏が言われた。「梵天よ、例えば四つの身分の人々の中に、容貌が美しい者や醜い者、貧しい者や大富豪、福徳の多い者や少ない者、戒めをよく守る者や悪い戒めを持つ者、智慧の優れた者や愚かな者がいる。梵天よ、あなたの考えはどうか。これらはあなたが作り、あなたが変化させ、あなたが加えたものなのか?」

梵天言:「不也,世尊!」

梵天がお答えしました。「いいえ、世尊よ、そうではございません。」

佛言:「梵天!一切眾生所有怖畏、苦切、惱害——所謂水、火、刀、風、崖岸、毒藥、惡獸、怨讐、人非人畏及以種種加害,於他常有怖畏。梵天!於意云何?是汝所作、是汝所化、是汝所加耶?」

仏が言われた。「梵天よ、あらゆる衆生が抱く恐怖や苦しみ、悩みや害――いわゆる水、火、刃、風、崖、毒薬、猛獣、怨敵、人や非人の畏れ、そして様々な害を与えられることへの恐怖は、常に他者に対して存在する。梵天よ、あなたはどう考えるか。これらはあなたが作り出し、あなたが変化させ、あなたが与えたものなのか?」

梵天言:「不也,世尊!」

梵天がお答えしました。「いいえ、世尊よ、そうではございません。」

佛言:「梵天!眾生所有種種疾病——所謂風、冷、熱病及諸雜病,時節代謝四大相違——若他所作、若先業報,所謂眼、耳、鼻、舌、身病,若復眾生種種心意熱惱等苦。梵天!於意云何?是汝所作、是汝所化、是汝所加耶?」

仏が仰せになった。「梵天よ。衆生が患う様々な病——すなわち、風病・冷病・熱病といった諸々の病や、季節の移り変わりによる四大(地・水・火・風)の不調、また他者の働きによるものや過去の業の報いとして生じるもの——例えば、眼・耳・鼻・舌・身の病、あるいは衆生の心に生じる様々な悩みや苦しみについて。梵天よ、あなたはどう思うか。これらはあなたが作り出したものか、あなたが変化させたものか、あなたが加えたものなのか。」

梵天言:「不也,世尊!」

梵天がお答えしました。「いいえ、世尊よ、そうではございません。」

佛言:「梵天!眾生所有曠野嶮賊、水災等難,或復中劫刀兵、疫病及以飢饉,梵天!於意云何?是汝所作、是汝所化、是汝所加耶?」

(梵天への問いかけ)

仏陀は言われました。「梵天よ、衆生が遭遇する荒野の危険や盗賊、水害などの災難、あるいは中劫に起きる戦争、疫病、飢饉について、梵天よ、あなたはどう思うか。これらはあなたが作り出したものか、あなたが変化させたものか、あなたが加えたものなのか。」

梵天言:「不也,世尊!」

梵天がお答えしました。「いいえ、世尊よ、そうではございません。」

佛言:「梵天!眾生所有愛別離苦——所謂父母、兄弟、姊妹、宗親、善友離別之苦。梵天!於意云何?是汝所作、是汝所化、是汝所加耶?」

仏陀は言われた。「梵天よ、人間が経験する愛する者との別れの苦しみ——すなわち、父母、兄弟、姉妹、親族、善き友と別れる苦しみは、いったい誰によるものだと思うか? それは、あなたが作り出し、あなたが変化させ、あなたが加えたものなのか?」

梵天言:「不也,世尊!」

梵天がお答えしました。「いいえ、世尊よ、そうではございません。」

佛言:「梵天!眾生所作種種惡業——所謂販賣生口、酒麴、紫礦、押油之具——若入大海曠野嶮處遊行諸方、若諸仙方術及餘種種斷事之法。梵天!於意云何?是汝所作、是汝所化、是汝所加耶?」

仏は言われた。「梵天よ、人々が行うさまざまな悪業――すなわち、人売買や酒、酵母、染料、油搾りの道具を商うこと、大海や荒野の危険な場所への旅、四方への行商、仙人の術やその他さまざまな裁判の方法など――について、梵天よ、あなたはどう思うか。これらはすべて、あなたが為し、あなたが作り出し、あなたが加えたものなのか。」

梵天言:「不也,世尊!」

梵天がお答えしました。「いいえ、世尊よ、そうではございません。」

佛言:「梵天!眾生所作種種業道,以是業因受於地獄、畜生、餓鬼、人、天之報。眾生所有若身、口、意、善行、惡行及世間所有十惡業道,於諸眾生都無慈愍,作諸苦惱、不利益事,墮惡道因緣,所謂殺生、偷盜、邪婬、妄語、兩舌、惡口、綺語、貪瞋、邪見。梵天!於意云何?是汝所作、是汝所化、是汝所加耶?」

仏陀がおっしゃった。「梵天よ、衆生が行う様々な業の道があり、その業の因によって地獄・畜生・餓鬼・人・天の報いを受ける。衆生の身・口・意による善行・悪行、そして世の中のあらゆる十の悪業の道、すなわち殺生・盗み・邪淫・偽りの言葉・二枚舌・悪口・飾った言葉・貪り・怒り・邪見――これらは、いずれも衆生に対する慈しみと思いやりがなく、苦しみや悩み、利益にならないことをなすものであり、悪い道に落ちる因縁である。梵天よ、あなたはどう思うか。これらは、あなたが行ったものか、あなたが作り出したものか、あなたが加えたものなのか。」

梵天言:「不也,世尊!」

梵天がお答えしました。「いいえ、世尊よ、そうではございません。」

佛言:「梵天!眾生所有種種苦事——所謂斬首、截其手足、刵劓耳鼻、節節支解、熱油所灌、火炙熬煑、刀劍鉾矟斫刺鞭打、繫閉牢獄、鬪諍言訟。梵天!於意云何?是汝所作、是汝所化、是汝所加耶?」

仏陀が言われた。「梵天よ、衆生が経験する様々な苦しみ——例えば、首を斬られること、手足を断たれること、耳や鼻を切り落とされること、関節を一つ一つ砕かれること、熱い油を注がれること、火で焼かれること、煮られること、刀剣や槍で刺されたり鞭で打たれたりすること、牢獄に閉じ込められること、争いや訴訟に巻き込まれること——これらの苦しみについて、どう思うか。これらは、あなたが作り出したものか?あなたが変化させたものか?あなたが加えたものか?」

梵天言:「不也,世尊!」

梵天がお答えしました。「いいえ、世尊よ、そうではございません。」

佛言:「梵天!眾生所作婬欲邪行——或婬母女、姊妹、淨持戒者——及餘惡業。梵天!於意云何?是汝所作、是汝所化、是汝所加耶?」

仏陀が言われた。「梵天よ。生命ある者が行う淫らな行為、あるいは母親や姉妹、戒律を守る者に対する姦淫、その他の悪しき業について、梵天よ、あなたはどう思うか。これらはあなたが作り、あなたが変じ、あなたが加えたものなのか。」

梵天言:「不也,世尊!」

梵天がお答えしました。「いいえ、世尊よ、そうではございません。」

佛言:「梵天!眾生所有種種殺害——厭蟲起屍、呪術方藥、鬼魅所著及餘種種惡業方便斷命因緣。梵天!於意云何?是汝所作、是汝所化、是汝所加耶?」
梵天言:「不也,世尊!」

梵天がお答えしました。「いいえ、世尊よ、そうではございません。」

佛言:「梵天!世間所有生、老、病、死、憂、悲、苦惱、無常法、盡法、變易法,於四姓人無所忌難,能令一切所愛無厭、種種之物敗壞離散。梵天!於意云何?是汝所作、是汝所化、是汝所加耶?」

仏陀は言われた。「梵天よ、世の中にある生・老・病・死、憂い、悲しみ、苦しみ、悩み、無常の法、尽きる法、移り変わる法──これらは四つの身分(*注:バラモン・クシャトリヤ・ヴァイシャ・シュードラを指す)に対して何ら差別なく、すべての人が愛してやまないもの、さまざまな事物を壊し散り散りにさせるものだ。梵天よ、あなたはどう思うか。これらのことは、あなたが作り出し、あなたが変化させ、あなたが加えたものなのか?」

梵天言:「不也,世尊!」

梵天がお答えしました。「いいえ、世尊よ、そうではございません。」

佛言:「梵天!眾生所有貪、瞋、癡障結使纏縛,及餘種種苦惱所縛,以是因緣令諸眾生堅著瞋怒迷惑心故,造作無量種種業行。梵天!於意云何?是汝所作、是汝所化、是汝所加耶?」

仏は言われた。「梵天よ、衆生が抱える貪り、怒り、無知という障りや、煩悩の結びつきによって絡め取られ、さらに様々な苦しみに縛られている。これらの原因によって、衆生は怒りや迷いに固く執着する心を持ち、計り知れないさまざまな行為を起こすのだ。梵天よ、あなたにとって、これはあなたが作ったものか、あなたが変えたものか、あなたが加えたものか。」

梵天言:「不也,世尊!」

梵天がお答えしました。「いいえ、世尊よ、そうではございません。」

佛言:「梵天!所有三惡趣——地獄、畜生、餓鬼——其處眾生為種種事受諸苦惱。梵天!於意云何?是汝所作、是汝所化、是汝所加耶?」

仏は言われた。「梵天よ、三悪趣(地獄・畜生・餓鬼)の世界では、そこに生まれた者たちが様々な苦しみを受けている。梵天よ、あなたはどう思うか。これはあなたが作り出し、あなたが変化させ、あなたが与えたものなのか?」

梵天言:「不也,世尊!」

梵天がお答えしました。「いいえ、世尊よ、そうではございません。」

佛言:「梵天!一切所有,若種子生、無種子生,樹木、藥草;若水陸生,華果、香樹,種種勝味——甘、苦、醎、辛、酸、澁之味——隨諸眾生所憙、不憙作損益者。梵天!於意云何?是汝所作、是汝所化、是汝所加耶?」

仏は言われた。「梵天よ、この世にあるすべてのもの——種から生じるものも、種なしで生じるものも、樹木や薬草、水陸に生じるもの、花や果実、香りのよい木々、そして様々なすぐれた味わい——甘味、苦味、塩味、辛味、酸味、渋味——それらは、それぞれの生きとし生けるものが好むか好まないかによって、利益や損害をもたらすものです。梵天よ、あなたはどう思うか。これらはあなたが作ったものか、あなたが変化させたものか、あなたが与えたものか。」

梵天言:「不也,世尊!」

梵天がお答えしました。「いいえ、世尊よ、そうではございません。」

佛言:「梵天!五道流轉,生死成壞,所有眾生無明覆蓋與愛結相應,馳走流轉始終難知,及未來生死流轉不斷其處。人、天,若魔、若梵、沙門、婆羅門,此等世間如亂絲纏縛,常馳流轉彼此往來,此諸眾生於流轉中不知求出。梵天!於意云何?是汝所作、是汝所化、是汝所加耶?」

仏陀が言われた。「梵天よ、五つの世界(五道)を巡り、生まれ変わり死に変わり、すべての衆生は無明(むみょう)に覆われ、愛執(あいしゅう)と結びついて、走り回り流転し続ける。その始まりと終わりは知り難く、未来もまた生死の流転が絶えることはない。人間界、天界、魔界、梵天界、沙門(しゃもん)、婆羅門(ばらもん)――これらの世の中は、まるで絡まり合った糸のように、絶えず流転し、互いに行き来している。これらの衆生は、流転の中で解脱(げだつ)の道を求めることを知らない。梵天よ、あなたはどう思うか。これはあなたが作り、あなたが化現させ、あなたが加えたものなのか?」

梵天言:「不也,婆伽婆!」

梵天は答えた。「いいえ、世尊よ。」

佛言:「梵天!汝從何因作是念言:『此諸眾生是我所作、是我所化、是我所加;所有世界是我所作、是我所化、是我所加。』耶?」

仏が言われた。「梵天よ、あなたは何のために『これらの衆生は我が作り、我が化し、我が加えたものである。すべての世界は我が作り、我が化し、我が加えたものである』と考えるのか。」

梵天言:「世尊!我以無智邪見、未斷顛倒心故,常於如來所說正法不聽受故,我本曾作如是惡見、如是惡說:『此諸眾生是我所作、是我所化;所有世界是我所作、是我所化。』世尊!我今還復問佛此義,所有世界是誰所作、是誰所化?一切眾生是誰所作、是誰所化、是誰所加、是誰力生?」

梵天が申し上げた。「世尊よ。私は無知と間違った見解のゆえに、まだ倒錯した心を断ち切れず、常に如来の説かれる正しい教えをお聴きしなかったために、かつてこのような誤った見解、誤った説を抱いておりました。『これらの衆生はすべて私が作り出し、私が化現したものである。あらゆる世界も私が作り出し、私が化現したものである』と。世尊よ。私は今、改めてこの意味について仏に問います。あらゆる世界は、いったい誰が作り出し、誰が化現したものでしょうか?すべての衆生は、いったい誰が作り出し、誰が化現し、誰が加え、誰の力によって生まれたのでしょうか?」

佛言:「梵天!所有世界是業所作、是業所化;一切眾生是業所作、是業所化、業力所生。何以故?梵天!無明緣行、行緣識、識緣名色、名色緣六入、六入緣觸、觸緣受、受緣愛、愛緣取、取緣有、有緣生、生緣老、死、憂、悲、苦惱,故有如是大苦聚集。梵天!無明滅乃至憂、悲、苦惱滅,更無作者、使作者、安置者,唯有業、有法、和合因緣,故有眾生。若能離此業、法、和合,當知是人則能遠離生死流轉。梵天!如是,世間業盡,煩惱盡、苦盡、苦息。如是出離,是名得於寂定涅槃。

仏陀は言われた。「梵天よ、あらゆる世界は業によって作られ、業によって現れ出る。すべての衆生は業によって作られ、業によって現れ、業の力によって生まれる。なぜか。梵天よ、無明を縁として行が生じ、行を縁として識が生じ、識を縁として名色が生じ、名色を縁として六入が生じ、六入を縁として触が生じ、触を縁として受が生じ、受を縁として愛が生じ、愛を縁として取が生じ、取を縁として有が生じ、有を縁として生が生じ、生を縁として老い、死、憂い、悲しみ、苦しみ、悩みが生じる。よって、このように大きな苦しみの集まりがあるのだ。梵天よ、無明が滅びれば、行が滅び、行が滅びれば、識が滅び……(中略)……憂い、悲しみ、苦しみ、悩みが滅びる。そこには、作る者も、作らせる者も、配置する者もない。ただ業と法と因縁の和合があるのみで、それによって衆生があるとされるのだ。もしこの業と法と和合を離れることができるなら、その人は生死の流転から遠く離れることができると知るべきである。梵天よ、このようにして、世間の業が尽き、煩悩が尽き、苦しみが尽き、苦しみが静まる。このように出離することを、寂定した涅槃を得たというのである。」

「梵天!於彼誰得涅槃?若業是業盡、若煩惱是煩惱離、若苦是苦息,如是等法,以諸佛神力故,諸佛所加故有。何以故?梵天!若非諸佛出世顯說,則不聞有如是等法。梵天!若諸佛、世尊出興世時,得有顯說如是寂定甚深難覺光明法門。若諸眾生得聞生法,從生得解脫;得聞老、病、死、憂、悲、苦惱法,從彼老、病、死、憂、悲、苦惱法而得解脫。梵天!是故,諸佛現作是加。

「梵天よ。そこにおいて、誰が涅槃を得るというのか。もし業があるならば、それは業の尽きることであり、煩悩があるならば、それは煩悩から離れることであり、苦しみがあるならば、それは苦しみの息むことである。このような法は、諸仏の神力によって、諸仏の加護によって存在する。なぜならば、梵天よ、もし諸仏が世に現れて明確に説かなければ、このような法があることを聞くことはできないからである。梵天よ、諸仏・世尊が世に現れる時、このような寂静で甚深く、悟り難く、光明に満ちた法門が明確に説かれる。もし衆生が、生という法を聞いて、生から解脱し、老・病・死・憂い・悲しみ・苦しみ・悩みという法を聞いて、それらの老・病・死・憂い・悲しみ・苦しみ・悩みから解脱するならば、梵天よ、それゆえに諸仏はこのような加護を現すのである。」

「梵天!諸佛作是開示顯說,所謂諸行猶如光影,無常、動轉、不定、不究竟、盡法、變易法。假使諸佛滅度之後,正法隱沒,亦復如是,示現所加,所謂諸行猶如光影。若佛不現,一切諸行於剎那頃如光影者,則不應說一切諸行猶如光影、如夢、如響。

梵天よ、諸仏はこのように開示し、明確に説かれている。すなわち、すべての行(現象)は光影のごとく、無常であり、動き変わり、定まらず、究極ではなく、滅する法であり、変化する法である。たとえ諸仏が滅度した後、正法が隠れ消え去っても、やはり同様に示され加えられる。すなわち、すべての行は光影のごとくである。もし仏が現れなければ、すべての行が一瞬のうちに光影のようであるならば、「すべての行は光影のごとく、夢のごとく、響きのごとくである」と説かれるべきではないであろう。

「梵天!諸佛以知一切諸行,猶如光影、如夢、如響、無常、動轉、盡法、變易法故,說言諸行猶如光影、如夢、如響。智者於彼觀其相已,以其相、以其攀緣因緣義故,得知諸行無常、動轉、盡法、變易法,破壞離散、時節代謝。於剎那頃乃至日、夜、半月,乃至一月、一歲,乃至百歲、一劫,乃至百劫一切盡壞。有大火聚,然已還滅;有大水聚,流已還止;有大猛風,吹已還息。世界大地有已還無;有諸大山——所謂鐵圍山、大鐵圍山、須彌山及諸黑山等——有已還無;日、月、星宿及諸眷屬有已還無,不明、不照,而復墮落。諸天宮殿有已還滅;諸有王都、城邑、聚落、樹林、園池、可樂之事生已還滅;諸天人等生已還滅、滅已復生。

梵天よ、諸仏はあらゆる行が光影のごとく、夢のごとく、響きのごとく、無常であり、揺れ動き、尽きる法であり、変わりゆく法であると知るがゆえに、「諸行は光影や夢や響きのようなものである」と説かれる。

智慧ある者は、それらの相を観察したのち、その相と、その因縁の意味によって、諸行が無常であり、揺れ動き、尽きる法であり、変わりゆく法であり、壊れて散り離れ、季節とともに移り変わるものであると知る。

一刹那の間にも、あるいは日、夜、半月、一月、一年、百年、一劫、百劫にわたっても、すべてのものは尽き壊れる。大きな火の集まりが燃え上がり、やがて消え去るように。大きな水の集まりが流れ、やがて止まるように。大きな激しい風が吹き、やがて鎮まるように。世界の大地も生じては、また無に帰す。様々な大山――すなわち鉄囲山、大鉄囲山、須弥山、その他の黒山など――も生じては、また無に帰す。日、月、星々とその眷属も生じては、また無に帰し、光を失い、輝きを失い、やがて堕ちる。天人の宮殿も生じては、また滅する。すべての王都、城邑、集落、林、園、池、楽しい事柄も生じては、また滅する。天や人も生じては滅し、滅してはまた生まれるのである。

「諸有智者見其相已,心生厭離,以此諸行無常、離壞變易盡故,以平等信心捨家出家,得知諸行猶如光影、如夢、如響。及見水中日、月、星宿等諸光影已,以彼相、以彼攀緣因緣義故得到菩提。有諸智士蒙佛教勅及善友教授,或自思惟,得知諸行猶如光影、如夢、如響,生於信心捨家出家。或有得證須陀洹果、斯陀含果、阿那含果、阿羅漢果;若大乘人或得初忍、或得第二、第三忍及能得到無上菩提。假使諸佛滅度之後,於世間中亦復如是說法流行。若諸眾生得聞法已,於三乘得度——所謂聲聞、辟支佛乘、一切種智無上大乘。

あらゆる知者たちは、その相を見て、心に厭離を生じる。これらの諸行は無常であり、壊れ、変わり、尽きるものであるからだ。平等の信心をもって家を捨て出家し、諸行が光影のごとく、夢のごとく、響きのごとくであることを知る。さらに、水中の日・月・星・宿などの光影を見て、その相と、その攀縁(よりどころ)の因縁の義によって、菩提に至る。ある智ある者たちは、仏の教勅(おしえ)と善友の教授を受けて、あるいは自ら思惟して、諸行が光影のごとく、夢のごとく、響きのごとくであると知り、信心を生じて家を捨て出家する。あるいは須陀洹果、斯陀含果、阿那含果、阿羅漢果を証得する者もある。大乗の者であれば、初忍、あるいは第二忍、第三忍を得て、無上の菩提に至ることもできる。たとえ諸仏が滅度した後であっても、世の中においてもまたこのように法は説かれ、流布する。もし諸々の衆生が法を聞くことができれば、三乗によって度脱される——すなわち、声聞・辟支仏乗、そして一切種智の無上の大乗である。

「梵天!汝應當知此法次第亦是諸佛之所加也。是故,智者見其相已,心生厭離,能知諸行是無常苦,動轉不定盡法、變易法,猶如光影、如夢、如響。

梵天よ、知るがよい。この教えの順序もまた、諸仏によって加護されているのである。それゆえ、賢者はその姿を見て、心に厭い離れる思いを起こし、あらゆる行為(行)は無常であり苦であり、揺れ動き定まらず、尽きる法であり、変化する法であると知る。それはちょうど、光や影、夢、こだまのようなものである。

「梵天!此等亦是諸佛境界、諸佛所加。有諸眾生已曾修行因成就者,得聞如是正法聲已,於如來所思念敬信:一切諸行無常壞滅,猶如光影、如夢、如響。有諸眾生於諸佛所曾修梵行者、或有在家受禁戒者,以是因緣解知如是一切諸行無常壞滅,猶如光影、如夢、如響;知已生信,捨家出家。諸佛世尊雖未出世,以有如是諸佛加故、以諸佛所種善根故,得到菩提。

梵天よ、これらもまた諸仏の境界であり、諸仏の加護によるものです。すでに修行によって因を成就したことのある衆生は、このような正法の声を聞いて、如来のもとで思い敬い信じます。一切の諸行は無常であり壊滅するもので、光と影のようであり、夢のようであり、響きのようであると。諸仏のもとでかつて梵行を修めたことのある衆生、あるいは在家で戒を受けた者たちは、この因縁によって、一切の諸行が無常であり壊滅するもので、光と影のようであり、夢のようであり、響きのようであると理解します。理解してから信を生じ、家を捨てて出家します。諸仏世尊がまだ世に出ておられなくても、このような諸仏の加護があるゆえに、諸仏のもとで善根を種えたゆえに、菩提に至ることができるのです。

「梵天!應如是知,此等皆是諸佛境界、諸佛所加。梵天!此三千大千世界非梵剎土、亦非外道六師剎土,唯是我等諸佛剎土。

「梵天よ、このように知るべきである。これらはすべて、諸仏の境地であり、諸仏の加護によるものである。梵天よ、この三千大千世界は梵天の領域でもなく、また外道の六師の領域でもない。ただ、我ら諸仏の領域にほかならない。」

「梵天!我昔於此無量百千億那由他阿僧祇劫修菩薩行,無量阿僧祇諸如來所種無量阿僧祇善根、淨持禁戒、苦修梵行及修無量百千億那由他難行、苦行,攝此佛土,修治令淨。如諸眾生所修善根,隨其所堪而清淨者、隨其時器應得度者,我於長夜以四攝事攝此眾生——所謂布施、愛語、利行、同事。彼等以我誓願力故,生此佛土、聞我說法即能信解,不復歸信梵、釋、護世、諸天王等。梵天!應如是知:此是佛土,非是梵、釋、護世剎土,亦非外道六師剎土。」

「梵天よ。私はこのはるか昔、無量百千億那由他阿僧祇劫もの長きにわたり菩薩の行を修行してきました。無数の如来のもとで、計り知れない善根を積み、戒律を清らかに守り、苦行や梵行に励み、さらに無数の難行・苦行を修行して、この仏の国土を整え、清らかにしてきました。

衆生がそれぞれに積んだ善根に応じて、ふさわしい者が清らかになり、その時と器に応じて悟りを得られるよう、私は永い夜の間、四つの摂事——すなわち、布施、愛語、利行、同事——によって彼らを導いてきました。そのため、彼らは私の誓いの力によってこの国土に生まれ、私の説法を聞けばすぐに信じ理解し、梵天や帝釈天、護世の神々、諸々の天王に帰依することはなくなりました。

梵天よ、このように知るべきです。これは仏の国土であり、梵天や帝釈天、護世の神々の国土ではなく、また、外道の六師の国土でもないのです。」

爾時,娑婆世界主大梵天王及百千梵眾現憂愁相,作如是言:「諸佛世尊通達希有勝妙之法。」

そのとき、この娑婆世界の主である大梵天王と、百千の梵天の衆は、憂いの表情を浮かべて、こう言いました。「諸仏・世尊は、めったにないすぐれた妙法を悟っておられるのです。」

是三千大千世界主大梵天王於如來所生希有心——諸佛希有乃有無量不可思議無盡境界。大梵天王即時歸依為佛弟子,於世尊所請求教勅,作如是言:「婆伽婆是我大師,修伽陀是我大師。唯願世尊教勅於我,云何而住?云何修行?」

これこそが、三千大千世界の主である大梵天王が、如来のもとで稀有な心を起こしたのです。すなわち、諸仏は稀有であり、その境地は無量、不可思議、無尽であると。

大梵天王はその場で帰依し、仏の弟子となりました。そして世尊に向かって教えを請い、こう言いました。「バガヴァン(尊き方)こそ我が師匠であります。スガタ(善逝)こそ我が師匠であります。どうか世尊よ、私に教えを垂れてください。いかにして留まり、いかにして修行すべきでしょうか?」

佛告梵天:「此三千大千世界是我佛土,我今以此付囑於汝。汝當順我,勿使真道善眼令有斷絕,無上佛眼、法眼、僧眼令有斷絕,莫作末後滅法人也。梵天!當有長子童真彌勒菩薩摩訶薩從佛口生、從法化生,大悲憐愍為欲利益一切眾生、欲令得樂、欲令安隱。彼亦於此三千大千世界如法補處,如我居此等無有異。汝既現在隨順我教,亦應順彼,勿令如是真道法母、佛眼、法眼、僧眼而有斷絕。何以故?梵天!乃至如是法母不斷者,隨其時節,佛眼、法眼、僧眼得不斷絕,釋梵天眼、人眼、解脫眼乃至涅槃眼得不斷絕。梵天!是故,我今付囑於汝,我此佛土三千大千世界。梵天!我已教勅,汝應隨順,莫作末後滅法人也。」
爾時,三千大千世界所有梵天、大梵天——彼等一切先於聖法已得正信——彼三千大千世界主大梵天王即時於聖法中深得正信。

そのとき、三千大千世界に住むすべての梵天や大梵天たちは、すでに聖なる教えに正しい信を抱いていました。そしてその三千大千世界の主である大梵天王は、その瞬間に聖なる教えに対して深い確信を得たのです。


2 商主品

CBETA コード: T0380

© AI 帮你读佛经 - 如是我闻

この文書は個人学習専用です。商業目的での使用は禁止されています。

訪問 rushiwowen.co

著作権:原文は CBETA
AI 翻訳は参考文献のみで、権威あるものではありません