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  4. 法句喻経 (法句喻經)
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六道集 (六道集)


法句喻經云。昔者天帝釋。五德離身。自知命盡。當下生世間。在陶作家。受驢胎身。既知福盡。甚大愁憂。自念三界之中。濟人苦厄。惟有佛耳。於是馳往佛所。稽首作禮。伏地至心。三自歸命佛。法。聖眾。未起之間。其命忽出。便至陶家驢母腹中作子。時驢自解走瓦坏間。破壞坏器。其主打之。尋時傷胎。其神即還入故身中。五德還福。復為天帝。佛從定起。讚言。善哉天帝。能於殞命之際。歸命三尊。罪對已畢。不更勤苦。爾時世尊。以偈頌曰。所行非常。謂興衰法。夫生輒死。寂滅為樂。譬如陶家。埏埴作器。一切要壞。人命亦然。帝釋聞偈。知無常之要。達罪福之變。解興衰之本。尊寂滅之行歡喜奉受。得須陀洹道(五德離身。即五衰相現。一衣服垢穢。二頭上華萎。三腋下汗流。四身體臭穢。五不樂本座。反上即五德也。凡言經云。律云。是釋迦如來親說。若言論云。乃菩薩羅漢註釋經律。之語)。

法句譬喩経に次のように説かれています。 昔、帝釈天は五つの徳が身から離れ、自らの命が尽きることを悟りました。まさに下界に生まれ変わろうとしている時、陶器職人の家で驢馬の胎内に宿る定めであると知りました。福徳が尽きたと悟り、たいそう憂いに沈みました。彼は思いました。「三界の中で、人の苦難を救えるのはただ仏のみである」と。そこで彼は急いで仏のもとへ赴き、頭を地に付けて礼拝し、心を込めて伏し拝み、仏・法・聖衆の三宝に帰依しました。その礼拝が終わらないうちに、彼の命は突然抜け出し、陶器職人の家の驢馬の母胎に子として宿りました。その時、驢馬は自ら器の間を走り回り、陶器を壊してしまいました。主人がそれを打つと、たちまち胎児を傷つけ、帝釈天の神識は元の身体に戻り、五つの徳と福も戻って、再び帝釈天となりました。仏が禅定から起きて、こう讃えられました。「善いかな、帝釈天よ。命尽きようとする際に、三宝に帰依したことで、罪の報いは終わり、再び苦しむことはないであろう」と。その時、世尊は偈を唱えられました。「行いは常ならず、これすなわち盛衰の法。生あるものは必ず死に赴く。寂滅こそが真の安楽である。譬えば陶工が土を練り器を作るが、全てはやがて壊れる。人の命もまた同じである」と。帝釈天はこの偈を聞き、無常の真髄を知り、罪と福の変転を悟り、盛衰の根本を理解し、寂滅の行いを尊び、歓喜して受け入れ、須陀洹果を得ました。

(五徳が身から離れるとは、五衰の相が現れること。一に衣服が垢で穢れる。二に頭上の華が萎れる。三に腋の下に汗が流れる。四に身体が臭く穢れる。五に本来の座を楽しめなくなる。これと反対の状態が五徳である。凡そ「経に云く」「律に云く」は釈迦如来の親説を指し、「論に云く」は菩薩や羅漢が経律を註釈した言葉を指す。)


述諸經文
天竺

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